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トランスフォーメーショナル・ラーニング

2022.12.12文部科学教育通信掲載

1990年代に、アメリカの企業GEが取り組むリーダー養成プログラムについて学ぶ機会がありました。その際に、ラーニングには2種類あると教わりました。一つは、トランスフォーメーショナル・ラーニングで、もう一つは、トランザクショナル・ラーニングです。現在、リフレクションを広める活動をしていますが、そのきっかけとなった学習体験です。

 

トランザクショナル・ラーニングとは、知識やスキルを習得する学習のことで、私達が、一般的に学習という言葉でイメージする学びがこれに当たります。では、トランスフォーメーショナル・ラーニングとは、どのような学習なのでしょうか。

トランスフォーメーションと言う言葉は、性質や機能などが変化する際に使用します。例えば、デジタルトランスフォーメーション(DX)は、ITの浸透が、人々のあらゆる生活を良い方向に変化させることを意味します。トランスフォーメーショナル・ラーニングも同様に、学習者自身が変化する学習のことを言い、自己変容を伴う学習と説明されることもあります。

OECDが発表した学びの羅針盤2030では、それまで、キー・コンピテンシーと呼んでいた学習内容を、トランスフォーメーショナル・コンピテンシーと名付けました。従来の学校教育は、トランザクショナル・ラーニングが中心でしたが、トランスフォメーショナルという言葉が使われたことで、これからの時代の学校は、個人と社会をよい変化に向かわせる力を学ぶ場所であることが、この命名によって明確になりました。

 

コロナ禍での変化

コロナ禍で始まったリモートワークを事例に、2つのラーニングの違いについて説明してみたいと思います。コロナ禍で、突然、リモートワークが始まりました。その結果、「仕事は会社で行うもの」という常識が、「仕事は、会社でも家でも行える」という考え方に変化しました。そのために、新しいITシステムを活用する必要が生まれ、人々は、リモートワーク環境を整備するために、リモート会議や、オンラインで使うホワイトボード、チームとのコミュニケーションツールの使用方法を学びました。

リモートワークの事例では、「仕事は、会社でも家でも行える」というものの見方の転換がトランスフォーメーショナル・ラーニングです。5年前に、もし、誰かが上司に、「明日は、パソコンの前に座ってする作業が中心なので、自宅勤務にします」と上司に伝えたら、上司はどんな反応をしたでしょうか。コロナ禍では、社会全体の常識が変わりましたが、この際に一人ひとりが受け入れた常識の変化が、トランスフォーメーショナル・ラーニングです。同時に、人々は、リモートワークの環境を整えるために、新しいITシステムの使用方法を学びました。こちらが、トランザクショナル・ラーニングです。

 

リーダーのラーニング力

コロナは、社会全体に大きなインパクトを与え、私達の生き方や働き方にも大きな影響を及ぼしました。このため、私達は、主体的に自分の意思で、トランスフォーメーショナル・ラーンニングを行ったのではなく、危機を乗り越えるために行いました。しかし、20年前に、GEのリーダー養成プログラムで学んだことは、リーダーが自らの意思で、トランスフォーメーショナル・ラーニングを行うことで、会社の変革を成功させるという考え方です。前例を踏襲するのではなく、自分の意思で、新しい常識を自ら、そして集団で作り上げていくことがリーダーの使命であるというのが、GEのリーダー養成プログラムの教えでした。

 

学習する組織

リーダーのラーニングを支えたのは、学習する組織の技術の一つであるメンタルモデルという考え方でした。メンタルモデルとは、人が世の中や物事に対して持っている前提のことです。この前提は、経験を通して形成されます。メンタルモデルの教えでは、自分のものの見方が、どのような経験により形成したものの見方なのかに意識を向け、課題の要因を自分の外に探すのではなく、自分のものの見方を変えることに意識を向けるというものです。

5年前に、誰もが、仕事は会社で行うものと言う考え方をあたり前だと考えていた時に、自宅で働く仕事のスタイルを導入することを想像してみてください。管理職であれば、最初に頭に浮かぶのは、「家で怠けず仕事していることを、どうやって管理するのか」という問いかもしれません。あるいは、「チームでの仕事が進まない」という心配かもしれません。いずれにしても、たくさんの障害が頭に浮かび、「みんなが出社する方が、理にかなっている」という結論になるのではないでしょうか。

メンタルモデルの教えでは、この状態を俯瞰してみれば、実は、「障壁のすべての原因は、あなたのものの見方にあるのではないか」という問いを自分に投げかけます。管理しないと人は怠けるというものの見方が、家で仕事をする部下の勤務上状況が心配になる背景です。チームでの仕事が進まないというものの見方の前提は、例えば、物理的に一緒にいることがチームで仕事をする上で必須だという考えです。

トランスフォーメーショナル・ラーニングは、自らのものの見方を、自分の意思で変えることを意味します。先程の例では、コロナ禍で必要に迫られてリモートワークを導入するのではなく、自分たちが描く未来像となる働くスタイルを実現するために、リモートワークを始めるという世界です。当然、新しいことに取り組む際には、様々な障壁があります。ありたい姿を実現するために、その障壁を一つひとつクリアすればよい、これが、トランスフォメーショナル・コンピテンシーを持つ人の姿勢です。

 

アンラーン

リフレクションのひとつの型として、アンラーンを広める取り組みを進めています。アンラーンは、トランスフォーメーショナル・ラーニングの中でも、最も難易度が高い、過去の経験を通して形成されたものの見方(常識)を手放すことに焦点を置いた学習方法です。

アンラーンでは、自分のメンタルモデルをメタ認知することが、その基礎となります。自分が常識だと思っていることは、過去の経験により形成されたメンタルモデルであるという認識に立つことができれば、「これが正解だ」というものの見方を多面的、多角的に捉え直すことも可能になります。

アンラーンを成功させるためには、ありたい姿が何かを明確にする必要があります。そして、ありたい姿を実現する意思を持つことが前提になります。そのために何ができるのかと考えた時に至る結論が、アンラーンということになります。アンラーンは、誰にとっても、それほど簡単なものではありません。このため、ありたい姿を願う内発的動機を必要とします。

アンラーンを成功させるために、ビジョンが必要なのはこのためです。

 

課題解決とトランスフォーメーショナル・ラーニング

トランスフォーメーショナル・ラーニングは、課題解決の手段のひとつです。課題山積の時代に生きる子どもたちが、未来を創造するためには、トランザクショナル・ラーニングの力を身につけただけでは十分ではなく、トランスフォーメーショナル・ラーニングの力と習慣を持つ必要があります。そのために、アンラーンを、まずは大人が習慣化することが大切であると考え活動しています。

皆さんも、ぜひ、身近なことからアンラーンにチャレンジしてみてください!

 

進化し続けるハーバード・ビジネススクール

文部科学教育通信2022.11.28掲載

ハーバード・ビジネススクールは、今年、スリカント・ダター氏を第11代目の学長として迎えました。2年に一度、ビジネススクールで開催される、グローバルアドバイザリーボード会議に参加し、初めて、ダター学長にお会いし、学長の話を聞く機会を得ました。

グローバルアドバイザリーボード

グローバルアドバイザリーボードの仕組みは、ニティン・ノーリア前学長の時代に始まりました。ハーバード・ビジネススクールの授業は、ケーススタディを中心に行われ、教授たちは、世界のビジネスの実事例をテーマに、ケーススタディのための教材としてケースを書いています。このため、ハーバード・ビジネススクールは、世界に、11の拠点となるリサーチセンターを有しています。アドバイザリーボードメンバーは、各地域のリサーチセンターから推薦されたメンバーで構成されており、このため、会議には、世界中からメンバーが選出されたメンバーが集まります。

ニティン・ノーリア前学長は、5つのIを柱に、約10年間の任期中に、HBS改革を行いました。

グローバルアドバイザリーボードは、国際化の取り組みの一つです。

ビジネススクールは、進化し続けるビジネスの世界と共に生きる宿命を持っているということもあり、自らをアップデートしていく力がとても強いです。このため、リフレクションを欠かすことがありません。過去から、これまでの取り組みを振り返り、今の自分たちのあり方を直視することで、自らの強みと、変えたほうが良いことが鮮明になります。

前学長の時代に、ハーバード・ビジネススクールの授業をオンラインで実施できるケーススタディ用のオンラインシステムを開発する際にも、一ミリも妥協せず、リアルな授業を、オンラインで再現することに成功しました。それは、リアルな授業の素晴らしさを、クラスで起きるディスカッションの偶発性や良質な教授の属人性に依存するのでなく、科学的に説明できる意図的なものであったことを意味します。

前学長の時代に、ダイバーシティ・イクイティ・インクルージョンの取り組みも大きく進みました。それまで、ケーススタディの登場人物の多くが、白人の男性のリーダーであることが、無意識の偏見につながると考え、女性や黒人のリーダーが登場するケースの数を増やす取り組みを行いました。また、クラスでの発言が、成績に占めるウエイトが大きいために、男子学生の方が、女子学生よりも、よい成績を取るという傾向がありました。これが、正しい評価なのか、無意識の偏見によるものなのかを分析し、無意識の偏見を取り除くことにも成功しています。その結果、成績トップ5%に与えられる女性のベーカースカラーが、一気に増えました。

 

ダタール新学長

ダタール新学長は、ノーリア学長の時代にスタートしたハーバード・イノベーション・ラボの立ち上げに貢献した方です。ハーバード大学のファウスト学長が提唱したワン・ハーバードというビジョンの元、イノベーション・ラボは、立ち上がりました。ラボの目的は、学部を超えて、ハーバードの学生や教員、起業家、地域コミュニティが共に、イノベーションを生み出す拠点となることです。イノベーション・ラボの施設は、ビジネススクールに隣接した敷地に立っており、ビジネススクールが、ラボに果たす役割は大きいです。

ダタール新学長は、また、MBA教育を見直す必要性についても、その著書で論じています。彼が主張する「MBAは、よい社会や企業活動に貢献するリーダーを育てることに成功していないのではないか」という問題定義に、私も賛同します。同時に、このクリティカル思考を元に、今後、ダタール新学長が、どのような新しい戦略を打ち出し、これから10年の間に、どのようにハーバード・ビジネススクールの教育をアップデートしていくのかがとても楽しみです。

3Dインスティチュート

ハーバード・ビジネススクールは、7月に、3D(デジタル、データ、デザイン)インスティチュートを立ち上げ、この領域でのイノベーションを加速させる取り組みをはじめています。加速するテクノロジー革新を活かし、ビジネスを再発明することを目指しています。ここにも、ワン・ハーバードの思想が生かされています。複雑な課題解決に求められる学際を超えた協働リサーチやデータ活用が加速していくことで、どのような成果が生まれていくのか、とても楽しみです。

ケースメソッド100周年

今年は、ケースメソッド100周年に当たり、図書館には、100周年を祝う展示がありました。

ハーバード・ビジネススクールの設立は1908年です。スタートした当初は、今日のようなケースメソッドを活用した、学習者中心の指導法ではなく、教授による講義形式で行われていたそうです。

ビジネスを学ぶ上で、講義形式の授業に限界を感じた教授たちが、最初に始めたのは、企業のエグゼクティブを授業に招き、生の課題について語ってもらい、その課題を題材に、ディスカションを通して、ビジネスにおける意思決定を学ぶ授業の形式でした。

この授業を通して、ビジネスにおいては、マーケティングや、戦略、人事、生産管理などを、バラバラの科目として学ぶことにあまり意味がなく、意思決定は、常に、複合的な要素を統合するものであるという認識に発展していきます。こうして、ジェネラルマネジメントとリーダーシップを教えることに主眼を置くハーバード・ビジネススククールの原型が作られていきます。同時に、バラバラの要素を統合する戦略という概念の重要性が鮮明になります。

このような進化の中で、1922年に、最初のケースが作成されました。マサチューセッツは、全米で、最も多くの靴を製造している地域であったため、最初のケースは、靴メーカーが題材でした。そして、驚くことに、最初のケースは、A41枚です。我々が入学した頃には、20、30、40ページのケースもありましたので、少し羨ましくも思いました。

最初のケースを読んでみると、そこには、ケースの原型が見られます。

  • 経営者が直面している課題
  • 課題に関する背景情報
  • 会社や組織に関する背景情報
  • 経営者が応えなければならない重要な問い

 

ケーススタディの質を高めるためには、よいケースの存在がかかせません。そこで、1922年には、ハーバード・ビジネススクールは、ジェネラルエレクトロニクス社と提携し、同社の実課題をもとに、ケースライティングを行います。テーマは、多岐にわたり、マーケティング、ファイナンス、貿易、生産管理、広告、PRなどの領域で、同社の協力を得て、ケースを作成していきました。ジェネラルエレクトロニクスは、人材育成およびリーダー養成にとても力を入れる会社としても有名ですが、すでにその思想は、100年前に存在していたことがわかります。ケースライティングに協力したことは、ジェネラルエレクトロニクスの人材育成にも大きく貢献したといいます。

このような先人の努力が積み重なり、今日では、そのティーチングメソッドも確立し、ハーバード・ビジネススクールが主催するケーススタディの教授法を教員が学ぶためのプログラムには、世界中の教授が参加しています。

このような進化は、一人では成し遂げられるものではなく、「なにが大切なことなのか」を継承し続けていくことが、革新の土台となっていることも、重要な気づきでした。

 

SDGsのロールモデル

文部科学教育通信2022.11.14掲載

2015年にスタートしたSDGsの社会への浸透は、目を見張るものがあります。初等中等教育から高等教育まで、SDGsに関する教育プログラムが展開されています。また、企業のホームページを訪れれば、SDGsの17項目に貢献する様々な取り組みが公開されています。政府が掲げる2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指す目標に向けての取り組みも加速しています。

そんな中、今年も、青山ビジネススクールでソーシャルアントレプレナー(社会起業家)の講義が始まりました。2012年にスタートしたこの講義では、目まぐるしい時代の変化に合わせて、毎年、講義内容がアップデートされることになります。スタート当初は、東北大震災の翌年ということもあり、日本でも盛り上がりを見せたNPO活動が研究の中心でした。しかし、今日では、企業のサステナビリティに向けた取り組みに大きな進展が見られ、研究テーマに、非営利団体のみならず、営利団体が含まれるようになりました。

企業のロールモデル

サステナビリティの取り組みにおいて、ロールモデルとなる企業がいくつもありますが、その中の代表的な存在がユニリーバです。

ユニリーバの起源

ユニリーバは、1985年にイギリスで誕生した石鹸を製造販売する企業です。ユニリーバは、それまで、切り分けて販売されていた石鹸を、単品で購入できる石鹸に切り分け梱包し販売を始めます。そして、イギリス人が手洗いの習慣を定着させることに大きな貢献をします。これが、サステナビリティの取り組みで世界をリードするユニリーバの起源です。

サステナブル・リビング・プラン

ユニリーバは、2010年から2020年の10年間の計画として、サステナブル・リビング・プランに取り組みました。この期間、ユニリーバは、売上を2倍にすることを目指す一方で、環境負荷を半減すること、そして、10億人の豊かな生活を実現することを目標に掲げて、様々な取り組みを行いました。

私が、この活動の存在を知ったのは、2015年です。当時は、まだ、SDGsが始まる前で、企業は収益を目的としているというマインドセットが主流でしたので、ユニリーバの取り組みを知り、驚いたことを思い出します。

ハーバードビジネススクールのケーススタディで紹介されたのは、彼らの紅茶事業の取り組みでした。ユニリーバのゴールは、紅茶事業において、100%の茶葉をレインフォレスト・アライアンスという団体の認証を受けた農家から購入するというものでした。認証を受けた農家は、ある一定レベルの生活水準を維持していることを意味します。レインフォレスト・アライアンスの認証を受けるためには、一定水準の経済レベルに到達していることや、教育を始めとする社会インフラが整備されていることなどが求められます。ユニリーバは、茶葉の調達だけではなく、農家のコミュニティの発展に寄与することも、調達という仕事に含まれることになります。その結果、私達が、リプトン紅茶を飲むことで、私達も、海の向こうにある大地で茶葉を育てる農家の人たちの豊かな生活に貢献することができる仕組みになっています。ユニリーバは、79万軒以上の小規模農家の支援を行ったそうです。

サステナブル・リビング・プランの意義

このプランにより、79万軒以上の小規模農家の豊かさが実現し、工場からのCO2排出量は65%、水使用量を47%、廃棄物量を96%削減したそうです。2010年頃は、株式市場が全くサステナビリティに興味を示しておらず、彼らの注目は、企業の収益でしたから、ユニリーバは、株式市場の批判の的でした。しかし、その批判にも負けず、プランをやり遂げたユニリーバの経営陣を心より尊敬したいと思います。

ユニリーバのメッセージ

私たちは、2010年、成長とサステナビリティを両立するビジネスプランとして「ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン」(USLP)を導入しました。それから10年以上が経ち、世界は大きく変わりました。環境や社会の課題はますます複雑に、深刻になっています。企業のサステナビリティへの取り組みは「したほうがよいもの」ではなく「していて“あたりまえ”」になりつつあります。

USLPの10年間で、多くの成果がありました。世界で13億人以上の人々に石鹸を使った手洗いや朝晩の歯みがきなどの衛生的な生活習慣を身に着けていただき、常にうまくいっていたとは言えませんが、「サステナビリティを暮らしの“あたりまえ”に」したいという想いを常に持ちつづけ、行動しつづけてきました。その原動力となった3つの信念があります。「パーパス(目的・存在意義)を持つブランドは成長する」、「パーパスを持つ人々は成功する」、「パーパスを持つ企業は存続する」ということです。

 

SDGsの素案作成

SDGsに先行して、企業としてサステナビリティに取り組む経験を蓄積してたユニリーバは、SDGsに草案作成の段階から関わっています。

2012年には、 ユニリーバのポール・ポールマン前CEOが国連の「ポスト2015年開発アジェンダに関する事務総長有識者ハイレベル・パネル」の一員として、SDGsに産業界の意見が反映されるよう努めたそうです。そして、2014年には、ユニリーバは「ポスト2015ビジネス・マニフェスト」 」を策定し、20社以上の国際的な企業の合意を得ました。これは、産業界がSDGsの達成を支援するための能力を強化するというビジョンを掲げています。そして、2015年に、国連総会で17の持続可能な開発目標(SDGs)を含む「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択された翌年には、ポール・ポールマン前CEOが国連グローバル目標の事務総長アドボカシー・グループの一員となりました。

ユニリーバ、そして、ポール・ポールマンがいなければ、今日のような企業によるSDGsの取り組みの発展は無いのではないかと思います。

市民セクター

社会問題の解決に大きな力を注いでいるもう一つの団体が、アメリカの団体アショカです。

アショカの創業者ビル・ドレイトンは、長くマッキンゼーで政府や企業のコンサルティングを行った後に、その知見を活かし、世界の社会起業家の活動を支援するためにアショカを立ち上げます。最初に支援した団体は、インドの起業家ですが、今では、世界中に存在する3000人以上もの社会起業家の巨大ネットワークに発展しています。

社機会起業家という言葉の生みの親でもあるビル・ドレイトンは、市民セクターという言葉を使い、新しい時代を予測しています。これまでの時代には、営利、非営利あるいは、政府、非政府とう区分が存在しましたが、これからの時代は、市民セクター、非市民セクターの区分になるという予測です。

営利企業を中心に社会が発展したアメリカでは、非営利企業が生まれ、営利企業が担うことのできない社会課題に取り組んで来ました。同様に、ヨーロッパでは、政府が担うことのできない社会課題に非政府団体が取り組んできました。しかし、これからの時代に、この「非」という言葉のつく存在は消えていき、すべての団体と個人が市民セクターの一員として、社会問題の解決に取り組む時代が到来しているといいます。この視点に立てば、営利企業にも関わらず、サステナビリティに取り組んだユニリーバは、市民セクターの一員としてやるべきことに取り組んだといえます。

 

 

 

 

トランスフォーメーショナル・ラーニング

文部科学教育通信2022.12.12掲載

20年以上も前に、アメリカの企業GEが取り組むリーダー養成プログラムについて学ぶ機会がありました。その際に、ラーニングには2種類あると教わりました。一つは、トランスフォーメーショナル・ラーニングで、もう一つは、トランザクショナル・ラーニングです。現在、リフレクションを広める活動をしていますが、そのきっかけとなった学習体験です。

トランザクショナル・ラーニングとは、知識やスキルを習得する学習のことで、私達が、一般的に学習という言葉でイメージする学びがこれに当たります。では、トランスフォーメーショナル・ラーニングとは、どのような学習なのでしょうか。

トランスフォーメーションと言う言葉は、性質や機能などが変化する際に使用します。例えば、デジタルトランスフォーメーション(DX)は、ITの浸透が、人々のあらゆる生活を良い方向に変化させることを意味します。トランスフォーメーショナル・ラーニングも同様に、学習者自身が変化する学習のことを言い、自己変容を伴う学習と説明されることもあります。

OECDが発表した学びの羅針盤2030では、それまで、キー・コンピテンシーと呼んでいた学習内容を、トランスフォーメーショナル・コンピテンシーと名付けました。従来の学校教育は、トランザクショナル・ラーニングが中心でしたが、トランスフォメーショナルという言葉が使われたことで、これからの時代の学校は、個人と社会をよい変化に向かわせる力を学ぶ場所であることが、この命名によって明確になりました。

 

コロナ禍での変化

コロナ禍で始まったリモートワークを事例に、2つのラーニングの違いについて説明してみたいと思います。コロナ禍で、突然、リモートワークが始まりました。その結果、「仕事は会社で行うもの」という常識が、「仕事は、会社でも家でも行える」という考え方に変化しました。そのために、新しいITシステムを活用する必要が生まれ、人々は、リモートワーク環境を整備するために、リモート会議や、オンラインで使うホワイトボード、チームとのコミュニケーションツールの使用方法を学びました。

リモートワークの事例では、「仕事は、会社でも家でも行える」というものの見方の転換がトランスフォーメーショナル・ラーニングです。5年前に、もし、誰かが上司に、「明日は、パソコンの前に座ってする作業が中心なので、自宅勤務にします」と上司に伝えたら、上司はどんな反応をしたでしょうか。コロナ禍では、社会全体の常識が変わりましたが、この際に一人ひとりが受け入れた常識の変化が、トランスフォーメーショナル・ラーニングです。同時に、人々は、リモートワークの環境を整えるために、新しいITシステムの使用方法を学びました。こちらが、トランザクショナル・ラーニングです。

 

リーダーのラーニング力

コロナは、社会全体に大きなインパクトを与え、私達の生き方や働き方にも大きな影響を及ぼしました。このため、私達は、主体的に自分の意思で、トランスフォーメーショナル・ラーンニングを行ったのではなく、危機を乗り越えるために行いました。しかし、20年前に、GEのリーダー養成プログラムで学んだことは、リーダーが自らの意思で、トランスフォーメーショナル・ラーニングを行うことで、会社の変革を成功させるという考え方です。前例を踏襲するのではなく、自分の意思で、新しい常識を自ら、そして集団で作り上げていくことがリーダーの使命であるというのが、GEのリーダー養成プログラムの教えでした。

 

学習する組織

リーダーのラーニングを支えたのは、学習する組織の技術の一つであるメンタルモデルという考え方でした。メンタルモデルとは、人が世の中や物事に対して持っている前提のことです。この前提は、経験を通して形成されます。メンタルモデルの教えでは、自分のものの見方が、どのような経験により形成したものの見方なのかに意識を向け、課題の要因を自分の外に探すのではなく、自分のものの見方を変えることに意識を向けるというものです。

リモートワークの事例であれば、5年前に、誰もが、仕事は会社で行うものと言う考え方をあたり前だと考えていた時に、自宅で働く仕事のスタイルを導入することを想像してみてください。管理職であれば、最初に頭に浮かぶのは、「家で怠けず仕事していることを、どうやって管理するのか」という問いかもしれません。あるいは、「チームでの仕事が進まない」という心配かもしれません。いずれにしても、たくさんの障害が頭に浮かび、「みんなが出社する方が、理にかなっている」という結論になるのではないでしょうか。

メンタルモデルの教えでは、この状態を俯瞰してみれば、実は、「障壁のすべての原因は、あなたのものの見方にあるのではないか」という問いを自分に投げかけます。管理しないと人は怠けるというものの見方が、家で仕事をする部下の勤務上状況が心配になる背景です。チームでの仕事が進まないというものの見方の前提は、例えば、物理的に一緒にいることがチームで仕事をする上で必須だという考えです。

トランスフォーメーショナル・ラーニングは、自らのものの見方を、自分の意思で変えることを意味します。先程の例では、コロナ禍で必要に迫られてリモートワークを導入するのではなく、必要に迫られた訳ではなく、自分たちが描く未来像となる働くスタイルを実現するために、リモートワークを始めるという世界です。当然、新しいことに取り組む際には、様々な障壁があります。ありたい姿を実現するために、その障壁を一つひとつクリアすればよい、これが、トランスフォメーショナル・コンピテンシーを持つ人の姿勢です。

 

アンラーン

リフレクションのひとつの型として、アンラーンを広める取り組みを進めています。アンラーンは、トランスフォーメーショナル・ラーニングの中でも、最も難易度が高い、過去の経験を通して形成されたものの見方(常識)を手放すことに焦点を置いた学習方法です。

アンラーンでは、自分のメンタルモデルをメタ認知することが、その基礎となります。自分が常識だと思っていることは、過去の経験により形成されたメンタルモデルであるという認識に立つことができれば、「これが正解だ」というものの見方を多面的、多角的に捉え直すことも可能になります。

アンラーンを成功させるためには、ありたい姿が何かを明確にする必要があります。そして、ありたい姿を実現する意思を持つことが前提になります。そのために何ができるのかと考えた時に至る結論が、アンラーンということになります。アンラーンは、誰にとっても、それほど簡単なものではありません。このため、ありたい姿を願う内発的動機を必要とします。アンラーンを成功させるために、ビジョンが必要なのはこのためです。

課題解決とトランスフォーメーショナル・ラーニング

トランスフォーメーショナル・ラーニングは、課題解決の手段のひとつです。課題山積の時代に生きる子どもたちが、未来を創造するためには、トランザクショナル・ラーニングの力を身につけただけでは十分ではなく、トランスフォーメーショナル・ラーニングの力と習慣を持つ必要があります。そのために、アンラーンを、まずは大人が習慣化することが大切であると考え活動しています。

皆さんも、ぜひ、身近なことからアンラーンにチャレンジしてみてください!

 

「脳内整理」のための内省のルーティン

文部科学教育通信 2022.10.24掲載

大人たちがずっと学び続けるための生放送 スクーの授業に、3回シリーズで登壇しています。今週のテーマは、朝のリフレクションの習慣についてです。

“みんなで学べる”スクー

スクーは、“みんなで学べる”ライブ動画学習サービスです。講義には、受講生の代表として、アナウンサーが参加し、全体の進行だけではなく、受講生の一人として授業に参加します。講師と受講生代表が、時々、対話を行いながら、生放送に参加している受講生と一緒に、学んで行くスタイルなので、“みんなで学べる”仕組みになっています。

オンラインから参加している皆さんも、質問や意見、気づきなどを自由に投げかけることができ、よい意見には、「いいね」を伝えられるので、受講生同士も、メッセージを伝え合うことができます。

講師も、受講生代表からの質問に答えたり、受講生代表が、オンライン上から参加した人たちの質問を選び、代読してくれるので、オンラインでし参加している人ともインタラクティブな対話を行うことができます。受講生の顔は、見えませんが、みんなの書き込みから、なんとなくお人柄や生活スタイルなどが伝わってくるので、みんなと一緒に講義を進めているという感覚になります。

朝のリフレクション

リフレクションをテーマにした3回シリーズでは、頭がごちゃごちゃしてすぐに行き詰まり易いと感じている人や、内省の基本となるルーティンを習慣化したい人を対象に講義を企画しました。

朝のリフレクションでは、自己のモチベーションを高めることができるようになることをゴールにしました。自分の心に火をつけることができると、楽しく、前向きに一日を過ごすことができます。

リフレクションとは

自己の内面を客観的かつ批判的に振り返る行為です。リフレクションを行うことで、物事に対して、これまで通りのやり方や、ものの見方をそのまま適応するのではなく、批判的スタンスで、経験から学び、考えることが狩野になります。批判的という言葉は、多面的多角的に考えるという意味で使っています。

自分の心に火をつけるために

自分の心に火をつけるために、パーパスとビジョンを持つ習慣がお薦めです。

 

パーパスとビジョンを持つための問い

  • ビジョン
  • 何を実現したいですか。
  • いつ頃までに、実現したいですか。
  • それが実現した姿を具体的にイメージすると?
  • その姿を、成功の評価軸で表すと?
  • パーパス
  • どんな存在でありたいですか。
  • 誰に、どんな価値を提供する存在でありたいですか。
  • あなたが人生を通して実現したいことは何でしょう。

(一番、答えやすい問いを選び、お答えください)

 

認知の4点セット

パーパスとビジョンを持つためには、問いについてリフレクションを行います。そのために使用するのが、認知の4点セットです。

自分がどう思っているのか について、それはなぜかを自分に問いかけます。

なぜそう思うのか の問いに、3つの視点で答えることで、自分の考えがどこからやってきたのか が解ります。1つ目は、経験です。意見の背景には、必ず、経験を通して知っていることが紐づいています。経験には、実体験も、誰から教わったことも、本で読んだことも、テレビで見たことも、すべて含まれます。2つ目は、経験に紐付く感情です。経験の記憶は、感情と紐づいているので、意見の背景には、ポジティブかネガティブいずれかの感情が存在しています。そして、3つ目は、意見を支えている価値観やものの見方です。これは、判断の尺度とも言えます。

自分が何を考えているのか、なぜそう考えるのかを確かめるために、意見、経験、感情、価値観の4つの視点で、リフレクションを行います。

 

ビジョン形成のためのリフレクション(事例)

意見:何を実現したいのか。

リフレクションが日本の当たり前になること!

経験と感情:どんな経験と感情が、その意見の背景にあるのか。

前例に縛られずに、多面的多角的に考えたり、多様性から学ぶことができる人は、リフレクションが上手です。リフレクションが上手な人と一緒に仕事をすると、よい変化を創る活動がとても簡単で、楽しいです。

価値観:何を大切にしているから、そう考えるのか。

一人ひとりの潜在能力が開花すること。

この事例では、リフレクションを広めたい理由は、一人ひとりの潜在能力が開花することに喜びを感じるからだということが解ります。

 

動機の源とクリエイティブテンション

ビジョンを形成するためのリフレクションを行うと、自分が何を大切にしているのかを知ることができます。先の事例では、「一人ひとりの潜在能力が開花すること」に喜びを感じるので、そのために必要なリフレクションを広めたいと考えていることが解ります。

 

この大切にしている価値観のことを、動機の源と呼びます。動機の源は、自分のモチベーションが上がる理由、自分を突き動かす大切な価値観です。動機の源は、誰もが持っているのですが、多くの場合、無意識に活用していることが多いです。

リフレクションを行うことで、自分の内面を見つめ、内発的動機の源泉である大切な価値観を見つけると、比較的簡単に自分の心に火を付けることが可能になります。

自分が大切にしている価値観とつながる目的をもった時、人の能力は最大化すると言われています。この状態を、クリエイティブテンションと呼びます。クリエイティブテンションは、現状とありたい姿のギャップを埋めたいと強く思う内発的動機を持っている状態のことです。

リフレクションを通して自分の動機の源を知ることと、クリエイティブテンションを高めることができるビジョンを持つことは、自分の心に火を付けるために欠かせない行為です。

 

今日のビジョン

リフレクションを通して、中長期的に実現したいビジョンを持ち、日々を過ごすことができれば、「今日のビジョン」も、簡単に作成することができます。

中長期的に実現したいビジョンを持っていない人には、カレンダーを眺めて、今日一日を予測し、今日のビジョンを考えることもお薦めです。この際にも、認知の4点セットで自分に尋ねてみてください。

意見:今日のビジョンはなんだろう?

経験:そのビジョンのアイディアは、どのような経験に紐づくアイディアなのか?

感情:その経験には、どんな感情が紐づいているのか?

価値観:私は何を大切にしているから、そう思うだろうか?

認知の4点セットを活用することで、感情や価値観に意識を向けることができるようになると、多面的、多角的に考える力が高まります。

私達が、何かの意見に縛られるときには、その意見に確信を持つ理由があります。その理由が、過去の経験、感情、価値観だからです。自分の内面をリフレクションし、自分が何に縛られているのかを俯瞰することができれば、多面的、多角的に物事を捉えることも可能になります。しかし、自分の内面を見つめることができないと、自分の考えを分析することもできないので、自分の意見に縛られている状態を変えることはできません。

感謝のルーティン

幸せな気持ちで、朝をスタートするために、もう一つのお薦めが、感謝のルーティンです。

感謝したいことを3つ書き出し、その中の一つについてリフレクションします。

感謝のリフレクションも、その意見の背景にある経験、感情、価値観を見つめることで、自分の心を幸せにすることが可能になります。

感謝のリフレクションは、勿論、朝以外にもいつでも行っていただけます。

WCCE2022

文部科学教育通信2022.10.10掲載

WCCE 2022 (World Conference on Computers in Education 第12回教育におけるコン ピュータに関する国際会議)が、8月に広島で開催されました。

WCCEとは

WCCE (World Conference on Computers in Education)は1970年より数年(現在では4年)間隔で開催され る、〈コンピュータと教育に関わる研究および教育実践の国際交流 〉を主題とする国際会議です。2022年広島開催による WCCE 2022 は日本およびアジア地域における初めての開催であり、 1970年第1回アムステルダム開催より通算して第12回目の開催 となります

 

会議のテーマ

今回の会議テーマは Towards a Collaborative Society through Creative Learning (創造的 な学習を通じた協働社会に向けて) です。教育とICTとの距離、そして教育分野における世界と日本と の距離を一気に縮め、創造的な学習を通じた協働社会へのシフトを促進することを狙いとしています。

開催母体

開催母体である IFIP (International Federation for Information Processing 情報処理 国際連合)は1960年4月に UNESCO の提案で組織された情報処理関連学会の国際的な連合 組織で、日本は、一般社団法人情報処理学会が代表学会として加盟しています。 一般社団法人情報処理学会は、コンピュータとコミュニケーションを中心とした情報処理 に関する学術および技術の振興をはかることにより、学術、文化ならびに産業の発展に寄与 することを目的に1960年に設立されました。WCCEの日本開催は、情報処理学会と日本学術会議の共催での実施となりました。

 

日本開催の意義

WCCE では ICT分野の最先端技術の教育利用、ICT理解の普及に向けた情報学および情報科学教育、ICTと教育による開発途上国支援などに関わる知見が世界各国から集められ、研究者はもとより教育者、UNESCOほか各国の政策立案者、ICTと教育が関わる民間企業・ NGO・NPO 関係者、など幅広い背景を持つ参加者により議論や情報交換が行われます。

日本で開催することにより、当該分野の持続発展に対する日本からの貢献がより明確に認識されるとともに、 UNESCO を始めとする世界の教育政策動向により深く関与するための人的交流のチャネルが強固なものとなることが期待されます。この会議では毎回、 教育、ICT、そしてSDGsに代表されるグローバルな政策課題に関して各国の最前線で活躍 する専門家が多く集まり、オープンな雰囲気の中、情報や意見交換を行う場が随所に生まれます。参加国は、約40カ国です。

日本のICT教育に関する教育政策の展望

私も、パネルディスカッションに参加し、意見を述べる機会を頂戴しました。久しぶりの英語でのプレゼンテーションに、ドキドキしながら、日頃から大きな課題だと思っていることを伝えました。

 

  • 教育と社会は双子

教育と社会は双子です。教育と社会は、鶏と卵の関係にある。このことに気づいたのは、オランダに教育視察に訪れた時でした。強い市民力を体現している大人たちのいるオランダでは、誰もが社会を変えることができると信じています。一方、日本では、日本財団の調査が示す通り、自分には、社会を変える力が無いと思っている子どもたちが多い。しかし、これは、子どもだけの話ではなく、大人の話でもあります。多くの大人が、社会だけではなく、自分が務める会社も、自分の部下も変えることができないと思っています。

 

日本のDXが遅れてしまう背景には、縦割り構造にあると思っています。日本中の市町村のサービスには、多くの共通項があるにも関わらず、日本は、大手ベンダーが、二分する形で市町村のサービスを受注しており、共通化するという発想はありません。しかし、日本全体で、付加価値の向上を目指すのであれば、共通化し、普遍的なサービスの向上を図る方がよいのですが、それでは、過去から積み上げた売上を守ることができない。テクノロジーの進化は、世界中で平等に進んでいるのに、人間が進化を拒んでいる。これが、日本でDXが進まない理由だと思います。

世界中が、SAPのシステムを使用していますが、日本企業だけが、最後まで個別最適化を望んだという事実も、日本の特性をよく表しています。世界は、SAPの標準機能に合わせる選択を早期にしました。その方が、バージョンアップにも対応し易いからです。しかし、日本企業は、自社のこれまでのやり方を変えることに抵抗し、SAPの標準機能への移行が、世界で最も遅れた国になりました。

本当の利益、本当の付加価値は、標準化の先にあるという視点を持つためには、実は、リフレクションが欠かせません。一見、個別最適化されているようにみえるシステムにある、普遍的で共通化できる要素を抽出するために、これまで、そして現在のシステムを振り返る必要があります。それができると、共通化してもよいことと、個別最適化すべきことを仕分けることが可能になります。

 

  • 自律分散型組織への移行

企業では、今、管理型組織から自律分散型組織への移行が始まっています。指示命令に素直に従う従順な社員では、前例のない時代を生き抜くことが難しくなったからです。また、IT企業では、リモートワークとオフィスワークの併用が進み、上司の指示なしに働くことができる社員でなければ、仕事ができないという現実もあります。

学校教育においても、OECDが提唱する学びの羅針盤2030では、生徒エージェンシーという言葉で、子どもたちの自律を促す教育の重要性を明らかにしています。生徒エージェンシーには、子どもたちが、社会に参画するだけではなく、社会を変える力を持つ個人であるという、子どもたちへの期待が込められています。子どもは、学校で学び、大人が社会を動かすという、これまでの子どもと大人の役割分担の考え方にも、変化が見られます。

自律分散型組織の思想は、テクノロジーの進化がもたらした新しい哲学でもあります。インターネットが世の中に生まれた時から、技術者が願っていたのは、誰かに支配される世界ではなく、一人ひとりが、主体的にテクノロジーを謳歌する世界でした。グーグルも、創業期には、インターネットの世界では、真の民主的な社会を実現することが可能であると考えていました。

残念ながら、グーグルも、アマゾンも、アップルも、世界を支配するプラットフォームに成長し、彼らが持つデジタル情報によって、個人が支配される世の中になりました。しかし、技術者たちは、真の民主的な社会を諦めている訳ではありません。暗号資産(トークン)に、大きな期待が寄せられているのは、このためです。

学校現場で、生徒エージェンシーを育むためには、大人の社会が、エージェンシーを育む必要があります。私も、企業が、管理型組織から、自律分散型組織に移行する変革を、微力ながら支援していきたいと思います。

 

  • 多様性・公正・包摂

多様性を公正に扱い、包摂する社会の実現に向けて、世界中がその取組を本格化しています。テクノロジーの進化により、個別最適化が可能になり、学校教育でも、一人ひとりの生徒が、個別最適な学びを実現するためにICTを活用するという考え方が広まっています。

しかし、日本では、公正ではなく、平等という思想が強く、学校は、日本全国どこに行っても同じ教育を受けることができることを大事にしています。生徒の学力や、背景に関わらず、同じ教育を受けることができる、これが平等の思想です。一方、多様性を尊重する国では、結果の平等のために、提供する教育は変えてよいという思想になります。学校でも、子どもたちは、進度に合わせて個別最適な学びを得ることが可能になります。

テクノロジーの恩恵を得ることができる人間を育てる教育へのシフトが期待されます。

 

自分を知ることにどんな価値があるのか

2022.09.26文部科学教育通信掲載

人生を生きる上で、基礎となる学力を身に着け、人間としての成長を遂げるために通う学校で、今日においても、「自分を知る」ことの重要性が、生徒や保護者、社会に伝わっていないことが残念です。

生徒の仕分け

生徒は、学校における重要なことを、「成績や内申書に関係するもの」とそれ以外で分けています。このため、中学校や高校になると、音楽等 人生を豊かなものにするはずの教科が多くの生徒から軽視されてしまいます。「自分を知る」ことについては、おそらく、その人生における重要性を理解している生徒は皆無ではないかと危機感を覚えます。

就職活動のため

そう思ったきっかけは、大学生から、就職のために行う自己理解の捉え方を教えてもらった経験です。大学生からは、自己分析は、エントリーシートを書くために行うもので、エントリーシートを書き終えたら一切やらないと言われました。私が驚いたら、彼らの方がもっと驚いて、「なにかやる理由があるんですか」と言われました。彼らからすると、受験勉強が終わったのに、なぜ、勉強するのですかという感覚だったのではないかと思います。

自己理解がすべて

大人の能力開発を支援する仕事をしていると、あらゆる場面で、自己理解ができていないことが阻害要因になっていると感じます。

リーダーシップ

リーダーシップには、一つのスタイルはありません。しかし、一つの法則があります。それは、自分らしさを土台に、自らのリーダーシップスタイルを構築していかなければならないということです。

リーダーシップは、受けて主導で、その良し悪しが判断されます。リーダーシップを発揮して、誰かに、ビジョンを語った時に、その相手が、喜んで、自らの意思で、そのビジョンに向かう姿になっていれば、リーダーシップが発揮できている、もしそうでなければ、発揮できていないという判定です。

このため、自分の意図がどうだったのかではなく、他者がどう受け止めたのかを理解するために、他者からのフィードバックを得ながら、自らのリーダーシップを高めていくのが常識です。この際に、使われるのが、ジョハリーの窓と呼ばれるフレームワークです。特にリーダーシップの発揮において盲点となるのが、相手が知っていて、自分が知らないことです。

例えば、相手の話を聴いているつもりでも、パソコンから目を話していなければ、相手は、話を聴いていないと思うというように、人間には、自分には気づけないことがあります。こういう癖を見つけて、改善していきます。そして、「相手も自分も知っている」領域を大きくしていくことで、効果的にリーダーシップを発揮することを目指します。

また、リーダーシップには、ブレない軸が欠かせません。自分はどんな人間なのか、何を大事にしているのか、自分にとって譲れないものはなにかを、明確にできていなければ、本当の意味でリーダーになることはできません。

また、最近のトレンドは、全員がリーダーシップを発揮する組織が強いと言われるように、誰もが、自分の強みや得意領域でリーダーシップを発揮することが期待されています。自分を知り、活かすだけではなく、その力をチームに還元することが期待されるようになりました。このため、リーダーになりたい特別な人だけではなく、誰もが、自分を知ることが、強いチームづくりの源泉になります。

多様性の尊重

多様性の尊重に対しても誤解があります。世の中の多くの人は、「私は、(私と違う)あなたを尊重します」という姿勢で多様性を尊重しています。しかし、この考えは、自分を基準に、違いを捉え尊重すると言っています。これは、本当の意味で、多様性を尊重しているとは言いえません。自分も多様性の一部であり、相手も多様性の一部であるというのが、正解です。そのためには、自らがどのような多様性なのかを、明らかにする必要があります。

また、ジェンダーや世代、国籍などの属性はとてもわかり易い多様性ですが、突き詰めれば、一人ひとりが違うというのが多様性の本質であると思います。男女の特性に違いがあるかもしれませんが、男性は皆同じで、女性は皆同じということはありません。同じ家に生まれた兄弟でも、同じ人間ではありません。

一人ひとりが違うという視点にたてば、誰もが、自分を知ることの大切さに気づくことができます。自分の取説は、自分にしかわからない、その自分とともに、最も長く一緒に生きて行くのは自分だから、自分を知らないよりも、知っている方が、よりよい人生の選択もできるのではないか そう思えるのではないでしょうか。

信頼関係の構築

信頼関係の構築においても、他者理解の前に、自己理解があります。なぜなら、他者理解の前提には、一人ひとりの持つ「偏見」があるからです。誰もが、自分の経験を通して、形成されたものの見方があります。こういう人がいい人だ。こういう人は嫌いだ。誰もが、人間であれば、このような「偏見」を持っています。

例えば、物事を継続してやり続けることが大事と親に教わり、自らもそのようにしてきた人が、次々と興味関心が変化する人に対して、ネガティブな感情を抱いてしまう、というように、自分が大事にしていることを軽視しているように見える人に対して、好感が持てなかったり、信頼できなかったりというのはよくあることです。

しかし、これでは、多様性の時代に、自分とは異なる人に対して信頼を寄せることができず、良好な人間関係を構築することができません。

自分を知り、自分がどのような「偏見」を持っているかを認めた上で、評価判断を保留にして、自分に見えていない相手の良さを知ろうとする姿勢を持つことが大切です。

多様性を包摂する時代に、信頼関係を構築するためには、「他者理解」の前に、「自己理解」を行うことが大切です。

アメリカ留学と自己理解

そういう私自身も、日本の教育を受け、典型的な日本人として育っていたので、「自己理解」を迫られたのは、アメリカの大学院に留学する時でした。そこで始めて、自分と向き合うことを迫られ、とても苦労した覚えがあります。2,3ページのエッセイを書くのに、半年位時間を要しました。幸い、素晴らしい指導者にめぐり逢いましたが、書いても、書いても、ボツになります。しかし、最後に出来上がったエッセイを眺めて、なるほど、自分を知っている人のエッセイはこうなるのかと納得した記憶があります。

大学院が知りたかったことはとてもシンプルで、私がどこからやってきて、今どこに立っていて、これからどこに行こうとしているのか。そのために、この大学で学ぶことがどのような意味や価値をもつのか。過去については、これまでの生き方をエピソードとともに語る必要があります。このため、エッセイを書くことで、これまでの人生の棚卸しと、これからの人生の北極星について真面目に考えることができました。

久しぶりに、今年、息子が留学をするためにエッセイを書く様子を見ながら、30年前のことを思い出しました。

ウェルビーイングと自己理解

教育の究極のゴールは、社会と個人のウェルビーイングであると言われるようになりました。社会のウェルビーイングは、みんなで共に創り上げることが大切ですが、個人のウェルビーイングについては、個人が責任です。そのためにも、自己理解の大切さを、誰もが認識する社会を実現したいです。

就活とリフレクション

2022.09.12文部科学教育通信掲載

先日、就活生のためのYOUTUBE 「しゅんダイヤリー」とJobPicksのコラボ企画に参加し、現役大学生と一緒に、就活のためのリフレクションに取り組みました。

就活という意思決定

就活は、大学生にとって、人生で最も大きな意思決定です。しかし、彼らが持っている情報は限られており、最良の意思決定を行うための情報が圧倒的に不足しています。海外では、新卒一括採用という考え方はなく、インターンシップから始めて、本採用につなげたり、インターンシップを通してスキルを磨き、キャリアップにつなげていく等が一般的です。しかし日本では、大学生の間に、就活を行い、就職と言う名の就社のための決断を迫られます。

噛み合わない社会モデルと時代

VUCA時代に突入し、前例の見えない時代、DXが更に進む時代、これまでの職業がAIに代替される時代に、高度経済成長期に形成された就職という社会モデルが、時代と噛み合わなくなっていると感じます。大学を卒業したら、すぐに就職し、生涯1社で働き続けるという生き方は、今の20代の若者にとっては、珍しいケースになるでしょう。そんな中、彼らは、今でも、エントリーシートを記入し、真剣に就活を行っています。

なにがよい就職なのか

変化の激しい時代になり、安定を求める人も増えていると聴きます。一方で、受験同様に、優良企業に就職するために頑張る人も、多くいます。そこで問題となるのが、優良企業の定義です。かつては、歴史があり、ブランドも確立している企業に就職することが望ましいという社会通念が存在したように思いますが、今では、歴史のある企業であっても、将来を保証するものでもありません。また、歴史のある企業には、ヒエラルキー的な風土が存在し、若者の多くは、不自由さを感じてしまうようです。

ESのためのリフレクション

「しゅんダイヤリー」でお話を伺った高橋さんと、安保さんのお話から、自己分析は、エントリーシートを描くために行う作業という説明を受けました。就活生は、エントリーシートを提出後に、自己分析を行うことはないそうです。これは、とてもショッキングな事実です。リフレクションを通して、自分を知ることに価値があるのではなく、エントリーシートを埋めることに価値があるから、そのために自己分析を行うというのが、就活生の常識であることを知りました。

自分を知ることの大切さ

以前、教育視察で訪れたデンマークやオランダでは、幼児期から自分を知ることの大切さを先生たちが強調していました。様々な遊び道具が用意されていて、子どもたちは、自分で好きな遊びを選び、興味のあることを探究する機会を通して、自分が好きなこと、得意なことを見つけて行きます。また、お友達と一緒に遊ぶ中で、多様性の中での自分を見出していきます。

オランダでは、幼児が、計画を立てて遊ぶ様子も見学しました。壁に、園の遊び場が描かれていて、キーホルダーのようなものに名前が付いていて、お外で遊びたい子は、お外の場所に、自分の名札を付けてから遊びます。お部屋の中も、音楽や、アート、言葉遊びや読書、数遊び等、子どもたちの興味関心に合わせたコーナーが用意されていました。このため、子どもの興味関心を容易に理解することができます。そして、毎日、どこで遊んだかの記録をポートフォリオに書き記すことで、子どもの特性を理解する事もできます。また、先生は、その記録を使い、いつも遊んでいないコーナーで遊んでみることを奨励し、子どもが、あたらしい世界に触れる機会を持つことにも気を配っていました。

振り返り嫌い

日本の学校では、自分を知ることや、自分について学ぶことを重要視しません。生徒も、学力が高まる訳ではないので、自分を知ることに関心がありません。新学習指導要領がスタートし、学校でも振り返りの重要性が強調されるようになりました。その結果、振り返りを嫌う生徒が増えている現実もあります。生徒は、振り返りは、自分のために行うものではなく、先生の期待に答える行為という認識を持っています。このため、振り返りは、自分にとって意味のない、無駄な行為と考える生徒が多いです。先生が読むのだから、本音を書く気になれないという生徒もいます。

しゅんダイアリーで就活生に伝えたこと

就職活動の中で、インターンをしたり、先輩の話を聞いたり、新しい経験をしたら、その度にリフレクションして欲しいと伝えました。楽しくても、やりがいを感じられなくても、その経験を振り返ることで、自分が何を大切にしているかを知ることができます。

楽しかったら、なぜ楽しかったのか

職場の人たちとのやり取りの中で、良好な人間関係を垣間見ることができ、こんな職場で働きたいと思ったとしたら、私は、職場の人間関係を大事にしたいと思っていることが分かります。

やりがいを感じない時には、なぜ、やりがいを感じないのか

誰もが、仕事に集中していて、インターンの自分には、集中して取り組める仕事はなく、なんとなく、一日を過ごしてしまったのでつまらなかったと思ったとしたら、私は、仕事を任されるような人になりたいとか、自分の裁量で仕事ができる人になりたいと思っていることがわかります。

自分が大切にしていることが解ると、その観点から仕事を選びやすくなります。

リフレクションは、過去と現在と未来をつなぐものです。過去の経験を振り返ると、自分を知ることができます。その結果、リフレクションを通して、今、できる最良の決断を行うことが可能になります。未来は、現在の決断により形づくられます。また、過去をリフレクションし、自分らしさを知ることで、自分にあった未来のありたい姿を思い描くことが可能になります。

リフレクションをしないで、自分を知らないまま、意思決定を行う時、就活生は何を基準に意思決定をしているのでしょうか。多くの学生が、社会や親の基準を頼りに決断しています。

反省ではあくリフレクション

以前、米国企業GEのイメルト元会長のお話を伺った際に、とても印象に残った言葉がありました。「911や、リーマンショックなど、想定外の出来事が起きる中で、意思決定を行うことは容易ではなく、間違うこともある。そんなときには、軌道修正をする。僕は、毎晩、今日を振り返り、反省することもある。でも、翌朝には、自信満々の自分になる」この話を聴いた時、リフレクションのお手本を示していると思いました。

多くの人が、振り返りを学習ではなく、反省と捉えています。反省には、後悔や、申し訳ない気持ち等のネガティブな感情が紐づいているので、反省しているときには、経験からの学びを得にくい状態になっています。誰かに、責任を追求される状態であれば、心理的安全性は更に低下し、人間が学ぶ環境ではなくなります。一方、失敗経験には、学びの種がたくさん含まれており、失敗経験を通して得た智慧を可視化することに焦点を当てたリフレクションを行うことができると、ポジティブなリフレクションを行うことができます。その結果、経験を自信につなげることも可能になります。

成功でも、失敗でも関係なく、経験したことに価値があります。経験の価値は、それをどう意味づけるのかによって変わります。リフレクションを通して、智慧を言語化することの大切さを就活の前に知って欲しいと思います。そのために、学校の振り返りのあり方も、見直す必要がありそうです。

山城経営研究所

20220808文部科学教育通信掲載

先日、山城経営研究所創立50周年、KAE35周年イベントのパネルにモデレーターとして参加させていただきました。

山城経営研究所は、1972年に世界に通用する「日本経営」の確立に情熱を注いできた山城章(一橋大学名誉教授)によって創立され、「企業を同経営するか」だけではなく、社会のため、世界のため、更に地球のために「企業や経営はどうあるべきか」を真摯に追求する「経営堂」の実践を提唱しています。この思いに基づき、1986年に企業経営のあるべき姿を求めて、経営革新を実践するプロフェッショナル経営リーダー育成野鳩して「経営道フォーラム」を開講しました。今日では、1650名の経営リーダーネットワーク担っています。 私も、11期生として、コミュニティに参加しています。

山城経営研究所の理念

今回、モデレーターを担当するにあたり、改めて、山城経営研究所の理念に触れることができ、大きな刺激を受けました。

世界から尊敬される日本発地球企業を創ることができる 次世代経営リーダーを育成する

1.世界に通じる普遍的経営哲学を学ぶ場を提供する

2.未来をつくり、対境*を豊かにする心を持った経営リーダーを育成する

3.生涯学びあい、磨きあい、道を究める同志ネットワークを支援する

日本経営の強みを、世界に通用する普遍的経営哲学として学び、社会性、公共性、公益性を軸にした経営を担うことができる次世代経営リーダーが育つ教育を実現することを目指す、素晴らしい理念です。

SDGsやESG投資などにもつながるマルチステイクホルダー資本主義へのシフトが進む今日においても、決して古くなることのない理念です。

 

失われた50年の回避

パネルディスカッションのテーマは、「日本企業と経営リーダーのサスティナビリティ」 2030年に向けた企業と経営リーダーの価値基準と実践力 です。そのために、 捨てるもの、獲得するもの、伸ばすもの の3つの視点で、パネルを進めました。

パネルに登壇したのは、株式会社東急ホテルズ 代表取締役社長 村井 淳 氏、日本アイ・ビー・エム株式会社 代表取締役社長執行役員 山口 明夫 氏、 株式会社エル・ティー・エス 代表取締役社長CEO 樺島 弘明 氏 の3名の経営者です。

皆さん、山城経営研究所の卒業生なので、根底に流れている思いは一緒です。一方、お立場や背景は三者三様で、パネルは、とても深い対話となりました。

以下、パネラーの皆さまのプレゼン内容を抜粋してご紹介致します。

 

村井さんから学んだこと

・大きくても変われる

村井さんは、歴史のある日本企業の

社長というお立場でお話くださいました。大きいから変われないという言い訳をしないことや、過去のすべての経験の価値を再考すること、経営リーダーが自ら、時代の求める学びに率先して取り組むことなど、ご自身が、日頃から、心がけ、実践されていることをお話いただきました。

サステナビリティの取り組みなどは、すでに、現場からボトムアップで実践が積み上がっているそうで、トップダウンと、ボトムアップの融合の大切さを語っておられました。これも、まさに、日本経営の強みの一つです。

・人的資本投資

経営戦略と人事戦略の融合した「戦略的人事」の重要性についても、語っていただきました。リスキリングなどの言葉が生まれるほど、今日では、誰もが自分自身をアップデートして行かなければならない時代になりました。若者も、自己成長の機会を得ることができる企業への就職を目指しています。一方で、企業に長く務めている社員の中には、学び続けることにそれほど意欲的でない人もいます。これが、どこの会社でもいま起きている現実です。

そこで、村井社長は、学びたいときに、学びたい分野について、学びたい社員が手をあげて学べる環境をつくり、社長自らも学ぶ姿勢を持ち、人的資本投資に取り組んでおられます。

歴史のある会社が、時代と共にアップデートすることができれば、最強だと思いました。

 

樺島さんから学んだこと

樺島さんは、ベンチャー企業の創業社長です。今回のパネルでは、若い世代の経営者や社員の代表として、時代が求める経営について語っていただきました。

・問題提起1 企業は、経営者のものから、社会と従業員のものへ 

樺島さんは、企業は、個人が社会に価値を提供する器になる時代と言います。多くの企業経営者が、社会価値の創造が、企業の使命であるという語り方をします。同じことを、個人のレンズから見ると、樺島さんの語り方になるのだと思いました。

・問題提起2

人と業績による管理だけでなく、事業構造と情報によるマネジメントへ

変化の激しい時代の経営者は、組織図や財務諸表を片手に、自らも現場に足を運び、時には、自らも活動に参加し、一次情報に基づく経営を行う必要があると言います。以前、別の経営者から、結果指標ではなく、原因指標に注目しないと、未来は作れないと教わったことがあり、その話にも通じるものがあると思いました。

・問題提起3

規模だけではく、社会的価値でも企業の成長を図る

成長と利益、ROEだけで経営を評価する時代は終わりました。そこで、今日では、パーパス経営が重視されるようになっています。何のために企業が存在するのか、どんな価値をお客様に提供し、その結果、どのように社会に貢献するのか この問いに対する答えを、社長だけではなく、すべての構成員が自分事として持つことで、パーパス経営が実現します。

最近の若手起業家は、事業を立ち上げる時から、社会に意識が向いているといいます。

・リーダーが入れ替わる

樺島さんは、オンラインゲームを事例に、ある時点では他の人たちに指示を当たるが、次の自邸では指示を受けるというように、リーダーが自然に役割を交代することが、ご自身も実践されているリーダーシップという解説がありました。いわゆる、フラット化する組織を、リーダーの景色から説明するとこうなるのだと納得しました。

 

山口さんから学んだこと

時代と共に変わり続ける大企業のロールモデルであるIBMのマインドセットに触れることができました。

・環境認識

まず、環境認識を揃えること、これが経営の使命だと思いました。ビジネススクールにおいても、環境認識を土台に、戦略を考えます。環境認識でコンセンサスを取ることで、変革する理由が明確になります。

・重要なキーワードの統合

パーパス経営の実践では、それが、自社都合ではなく、お客様にとって価値があること、その結果、社会にとって価値があることであるという確認を一致させるために対話を行うそうです。変革には、対話を通して共感を得ることが欠かせないそうです。

決断にもスピードが求められる時代ですが、間違いを正す機能を組織が持つことも重要です。このために、透明性が欠かせないと言います。このお話を伺いながら、ダイバーシティの力が生かされているとも思いました。年齢や立場に関係なく、おかしいと思ったら意見を言えるという心理的安全性が、正しい決断を支えています。

リスキリングに関しては、人材データベースもしっかりと構築されていて、1週間に1回、新たな学びに対するレコメンデーションが、社長を含めすべての人材に届くそうです。こうして、自然に、自分をアップデートしていくことができるようになっていることはすごいことだと思いました。

企業も教育も変化が求められる時代です。

 

〈注〉対境とは、実践経営学の「10の経営原理」で説かれている企業の「社会性、公共性、公益性」の原理のこと

グローバル化に向けて

20220725文部科学教育通信掲載

中教審でも、グローバル政策として、高等教育のあり方についての議論が始まっています。

産業界の要請

国内の市場が縮小する中、大手企業のみならず、中小含めてすべての企業で、海外進出や、海外との連携を視野に事業を発展させることが求められるようになりました。しかし、社内を見回しても、グローバル人材はいないというのが、多くの企業の抱えている課題です。

その結果、グローバル展開を覚悟した企業では、企業と個人が、共に、お金と時間を投資し、社内で、グローバル人材開発を行っています。中学校から英語を始めているにもかかわらず、仕事で英語を使えるレベルに到達している社員はほとんどおらず、グローバルに活躍が期待されている人材は、仕事をしながら英語を学んでいます。

世界は、かつてはものづくりの拠点でしたが、今日では、世界は市場です。このため、海外進出においては、多様な世界のニーズに共感できる企業だけが生き残るとも言われています。

 

英語教育のゴール

日本のグローバル化を本気で考えるのであれば、義務教育における英語教育のゴールは、社会どこでも英語が話せる人がいる国にすることです。

それは、企業のグローバル化にとっても、留学生の日本での就職にとっても、大学の発展にとっても重要なことです。

企業人は、社会に出てから、改めて英語を学び直す必要がなくなり、その結果、デジタルなど別な学びに、時間を使うことが可能になります。

留学生あるいは、外国人が日本で就職する際のハードルが下がります。米国企業の日本法人で働く日本人は、米国本社で働くことを夢見るのですが、日本企業の現地法人で働く外国人は、日本の本社で働くことを希望しません。言葉の壁があることを知っているからです。

大学に目を向けると、英語を話すことが当たり前の社会でないために、教員の英語力にも、課題があります。以前、オランダの教育関係者に、日本の大学教授を紹介したところ、「なぜ、彼は、教授なのに英語をはなさないのか」という質問をされて、驚いた経験があります。

オランダも、かつては、国際化に遅れを取り、大学のグローバル化に力を入れたそうです。このため、今日では、全て教授は英語を話せるようになったといいます。

大学教授が、英語でも、日本語と同等の授業を行うことができれば、より多くの留学生が、日本で学ぶことに興味を持つでしょう。日本語の授業を受けたとしても、友達や、事務部門の職員が英語を話すことができれば、留学生にとってはとても心強いです。

 

留学生の就職

留学生の就職に目を向けると、課題は山積です。多くの留学生が、日本に就職して驚くのは、会社が、彼らに日本人的な行動様式を求めることです。多様性枠で入社しているのに、なぜ、彼らは、我々を、彼らと同じ様に染めようとするのかと、不思議がります。

また、世界の優秀な人材は、誰も解決することができない難しい課題を解決することに、とても意欲的ですが、そういう人材が日本に魅力を感じないといいます。理由は、規制や組織内のしがらみなど、物事を前進させるための障壁がとても多いからです。

日本で働くことは、世界の人々にとってあまり魅力的ではないというデータも、出ています。

毎年、各国の国際競争力を報告するIMDの2021年の世界タレントランキングでは、日本は世界64の国と地域の中で、39位となりました。

世界タレントランキングでは、教育分野への投資、タレント(高度人材)の誘致、国内におけるタレント(高度人材)の育成という3つの項目から各国の競争力を比較しています。

世界ではスイスが1位となり、アイスランド、デンマーク、スウェーデンと続きました。アジア太平洋地域では、上からシンガポール(10位)、香港(11位)、台湾(16位)、韓国(33位)、日本(35位)という結果となっています。

また、英金融大手HSBCホールディングスが2020年に発表した、各国の駐在員が働きたいランキングでは、日本は調査対象33カ国中、32位という結果でした。「賃金」、「ワークライフバランス」、「子どもの教育」の3つが最下位であったことが、32位の結果につながっています。

外国人から見た視点が全てと言えないと思いますが、彼らの視点を真摯に受け止めることは、国内の優秀な人材の海外流出を抑えるうえでも大切ではないかと思います。

教育が変わることも重要ですが、それと同じくらい企業が変わることも重要です。教育と企業の両方が変わることで始めて、グローバル政策が実を結ぶのだと思います。

 

留学生の量と質の向上

理想は、大学が、グローバル化を牽引するプラットフォームとなり、世界に伍すのではなく、研究活動および、教育を通して地球や人類の発展に寄与する大学として、世界の優秀な人材を魅了し、研究活動と教育を通して、グローバルと日本社会の発展に寄与することではないかと思います。

教育再生実行会議でも提言しましたが、国際バカロレアやケンブリッジ国際の認定校の卒業生が、日本の大学に留学し易い環境整備が進むことを願っています。国際バカロレアの認定校は、世界150カ国の国と地域に5,500校、ケンブリッジ国際は、世界160カ国の国と地域に10,000校あります。

スタンフォードやハーバード等のトップクラスの大学が、この2つの認定校の卒業成績を入学資格にするほど、その教育レベルの高さが、世界的に評価されています。日本の大学に、優秀な留学生が来ることで、日本の学生にとっても、たくさんの良い刺激を得ることができます。

世界では、留学生の学費は、国内の学生よりも高く、同時に、留学生のための支援も充実しています。また、国立大学などでは、定員枠を留学生が埋めてしまうと、日本の大学生の門戸が狭くなってしまうので、留学生の定員枠を別途設けると良いのではないかと思います。このような制度改革が進むことで、大学も、留学生を歓迎し易くなります。

 

アウトバウンドの留学生

コロナで、日本から海外に留学する学生数が激減しました。2019年には、11.5万人に増加していた留学生は、98.6%減少し、1500人になりました。この数値が、どのくらいのスピードで回復に向かうのか、不安が残ります。

日本財団の18歳調査では、社会と自分のつながりについての意識がとても低いという結果が出ています。日本国内においても、社会とのつながりを感じられないとしたら、世界とのつながりはもっと感じられないのではないかと思います。

世界の若者と交流することで、社会や世界とのつながりを実感し、自分らしく貢献することができるとよいと思います。また、初等中等教育でも、今日は、生徒エージェンシーを高めることが求められています。社会課題に向き合い、社会を変えられると本気で思う生徒が増えることが、彼らの幸福にも、社会の発展にも重要です。

世界では、学位のインフレが起きていて、国際機関で働くのであれば、大学院、さらには博士過程の修了が当たり前と言われるようになりました。人類が直面する課題がより複雑になり、より高度な専門性が求められる時代になったためです。

しかし、日本では、学位のインフレは起きていません。学位をとっても、その価値を、企業も社会も評価しないからだと思います。

世界では、同時に、スタートアップや、テクノロジーの専門性を有する若者や、学位を必要としないというトレンドも生まれています。

グローバル政策の議論を大切に行いたいと思います。

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