skip to Main Content

大空小学校の勉強会

2020.04.27文部科学教育通信掲載

皆さんは、『みんなの学校』という大阪市立大空小学校の映画をご覧になったことはありますか。もし、まだ、見たことがないという方は、ぜひ、ご覧いただきたいです。

大空小学校は、児童220人のうち、特別支援の対象となる子どもが30人いる学校で、すべての子どもたちが、同じ教室で学んでいます。

以前にも、『みんなの学校』は視聴したことがあったのですが、今回は、先生や教育関係者の皆さんと、大空小学校の勉強会として、映画を視聴しました。勉強会の目的は、大空小学校から学び、実践することです。

映画を見ながら、10年前に、ティーチフォージャパンというNPOの立ち上げに尽力し、日本教育大学院大学で教員養成を始めた頃のことを思い出しました。

 

困難を抱えた子どもたちの学習支援

現在は、ティーチフォージャパンから独立し、活動を大きく発展させているNPO団体ラーニングフォーオールのスタートは、10年前の葛飾区の学習支援教室 寺子屋くらぶ でした。寺子屋くらぶで学ぶ子とどもたちは、『みんなの学校』では、しんどい子どもと呼ばれている子どもたちです。大空小学校では、彼らも、みんなと一緒に学ぶことができるのですが、普通の学校では、クラスでみんなと一緒に学べなかったり、不登校になってしまう子どもたちです。

寺子屋くらぶには、不登校の子どもも居ましたが、学校に通っている子どもも来ました。そこで、最初に、頭に浮かんだのは、「なぜ、学校にちゃんと通っているのに、中学校になっても、九九も割り算もできないのか」という疑問でした。この疑問を持ちながら、学生ボランティアと一緒に、NPO活動を推進する中で、たくさんの驚きに出会ったことを思い出します。

 

驚きの数々

まず、一番の驚きは、彼らの可能性をつぶしているのは「大人や社会の諦め」であるという事実でした。寺子屋くらぶ初日、その場を運営し、私たちに学習支援の機会を下さった本当に親身に子どもたちのことを見ている方たちが、もちろん、一生懸命な学生ボランティアをがっかりさせないようにという親切心からだとも思いますが、「この子たちは、15分机に座れたら、それで素晴らしいことですから」と我々に伝えてくれました。

ところが、九九のできない中学生も、親身に向き合う学生教師と一緒に、初日から、主体的に3時間勉強し続けたのです。もちろん、問題を次々と解く3時間ではありません。しかし、小さいステップかもしれませんが、確実に、解らないことが解るようになるという学びに、彼らが3時間取り組んだのです。

 

寺子屋初日のリフレクション

この日のリフレクションは、3つありました。

  • 九九のできない中学生(本来なら小学生の学びを中学生で取り戻さなければならない子どもたち)は、学習指導の支援を受ける機会を得ることが難しい。その理由は、支援側の大人が、彼らが勉強することを諦めているから。
  • 九九の出来ない中学生も、「本当は、勉強ができるようになりたい」と思っている。しかし、自信もないし、誰からも期待されていない。だから、「自分は馬鹿だ」と思い込み、自分を諦めてしまう環境になっている。
  • 親身に彼らに向き合い、彼らを諦めない学生ボランティアと、彼らが出会うことで、小学校からの勉強の遅れも取り戻せる。

とても大きな収穫です。子どもたちを支援する方法はあると確信しました。

 

大きな疑問と小学校の事情

寺子屋初日の最も大きな疑問は、「学校に毎日通えているのに、どうして、九九ができない中学生になってしまうのか」でした。寺子屋に通う子どもの中には、不登校ではなく、学校に通えている子どもたちもいました。ところが、それでも、学習に遅れが見られます。「どうして、学校で学べないのだろう」そう素朴に思いました。

そこで、先生たちにヒヤリングをした所、学校の授業というものは、平均的な子どもたちのレベルに合わせて行われるという説明を受けました。確かに、授業は、個別指導ではなく、一斉授業なので、レベルを統一する必要があります。また、ある先生からは、落ちこぼれている子どもたちを対象に授業を行うと、学級崩壊が起きるというのが学校の常識だとも聞きました。

彼らの話を聴きながら、寺子屋に来ている子どもたちは、まじめに学校に通ったとしても、一旦、学力に遅れがでてしまうと、その遅れを取り戻すことが難しい状態で、授業を受けているということが解りました。

先生方の話から、同じ授業を同じように受けて、成績に差が出てしまう学校の仕組みは、困難を抱える子どもたちの自己肯定感を奪い続け、やがて、自分を諦めてしまうというとても残念な教育システムが出来上がっていることが解りました。

先生は、学級崩壊を起こさないために、一生懸命頑張っているのですから、非難する訳にもいきません。しかし、間違いなく、この環境は、しんどい子どもたちにとって、望ましい環境ではありません。

 

中学校の事情

その後、中学校でもティーチフォージャパンの先生が活躍するようになり、中学校の先生方とお話をする機会を得ました。

しんどい子どもたちの学力の遅れは、中学では、顕在化しています。寺子屋くらぶに通う子どもたちのように、九九や割り算ができないなど、小学校卒業の学力が身についていないまま、中学生になっています。当然ですが、中学校で、先生たちが、彼らの学力を高めることはできません。中学校の先生方が願っているのは、彼らが中学校を無事に卒業してくれること、その次の願いは、定時制高校に入学してくれることでした。

ところが、このような状態で、定時制高校に入学する子どもたちの多くは、高校を中退してしまうのが現実です。つまり、彼らが小学校、中学校に通えたとしても、義務教育の学力を身に付けることができないのです。

それどころか、9年間、彼らは、「自分は勉強のできない、ダメな奴だ」という刷り込みのために、学校に通っているのです。大人なら耐えられない職場に、9年も通い続けるのです。

しかし、『みんなの学校』大空小学校は、違います。

 

大空小学校を日本の当たり前に

大空小学校の理念は、「すべての子どもたちに学習権を保証する」です。寺子屋くらぶの活動経験から、私も100%この理念に賛同します。

もし、私たちが、小学校と中学校を義務教育と呼ぶのであれば、そして、義務教育の学びが、社会人として生きるベースの学力を身に付けることだと定義するのであれば、全ての子どもたちに、その学びを提供するために、学校や社会、全ての大人たちに何ができるのかを考えることが大切だと思います。

寺子屋くらぶで気づかされた、大人や社会の諦めは、そもそも、義務教育に対する諦めがスタートだと思いました。その結果、しんどい子どもたちは、自分を諦め、塾に通える子どもたちは、別の意味で、学校で学ぶことを諦めています。

大空小学校では、しんどい子どもが授業中教室を歩き回っても、誰もが授業に集中できます。一人ひとりが、自分の使命を持っているからです。同時に、しんどい子どもたちに共感する力ももっているからです。

学校は何のために存在するのか。誰のために存在するのか。しっかりと、勉強会で話し合っていきたいと思います。

園児向けシステム思考教育

2020.04.13文部科学教育通信掲載

経済産業省未来の教室とEdTech研究会の実証事業で幼児を対象に行ったシステム思考レッスンを、本年度も行いました。講師は、実証事業でもお世話になった福谷彰鴻先生と、風間紗喜先生です。今回は、お二人の先生が作成してくださった報告書の一部をご紹介したいと思います。

システム思考教育のねらい

「システム」という言葉を聞くと、ITや理系の学問の印象を持たれる方も多いと思われますが、システム思考におけるシステムとは、相互に影響を与える関係性のことです。人や社会やものごとは相互につながり合っていて、関係性の中で存在しています。この「つながり」に着目して、個別のできごとや目の前のできごとといった「氷山の一角」だけに囚われるのではなく、背景にある経緯、人の思考や感情、物理的な要素など、全体の構造に目を向ける考え方を、システム思考と呼びます。

氷山モデル(システム思考のプロセス)

システム思考のプロセスは、しばしば「氷山モデル」で表されます。私たちに見えるのは、氷山の海面から突き出した1割ほどだけで、残りの9割は水中に隠れています。この目に見える部分が「できごと」です。しかし、一歩引いて見てみると、できごとは「パターン」の中で生まれていることに気づきます。この動きのパターンを生み出しているものが「システム構造」です。ルールや制度、配置などの見えやすい構造と、思考、感情、行動の習慣という目に見えにくい構造があります。システム思考では、このシステム構造を捉えることで、ものごとにより根本的で効果的なアプローチを探ります。

 

システム思考者の習慣

システム構造を探る思考を学ぶ中で、子どもたちは「システム思考者の習慣」を身に付けます。自分たちが直面するさまざまな問題に対して、ただ感情的に反応するのではなく、立ち止まり、一歩下がってものごとを客観的に捉えて話し合い、解決策を生み出していく。そんな習慣を育むのがシステム思考教育です。

本レッスンでは、システム思考者の習慣のうち、②時間と共に、どう変化するか観察してみよう、④原因や行動と結果には必ずつながりがある、⑤別の見方から考えてみる、⑫時間と共に物事が変化することを知る、を重点的に扱ってきました。

 

システム思考レッスンの構成

時系列変化パターングラフ

内容:絵本の場面で、登場人物の気持ちや、花の種の数がどう変化したかを、グラフに表しました。氷山モデルの「パターンやトレンド」を捉える習慣を身に付けることを意図しています。

意図:

  • 一つひとつのできごとだけでなく、時間の経過とともに変化するものを捉える。
  • 変化とその原因を結びつけ、起きているできごとと、それが起きたのはなぜかを考える。
  • アイディアを視覚的に表現し、人に伝える。話し合いに活用できる。

①絵本「むしゃむしゃむしゃ」 ②絵本「きりんはダンスをおどれない」

感情のレッスン(Peaceful School Programより)

内容:人の思考や感情の習慣は、システム構造の「見えにくい部分」として、私たちが体験するできごとを生み出しています。このレッスンでは、パペットを用いて「感情」という概念を理解します。自分の気持ちを認知し、理解することと、次に、周囲の人の気持ちを理解し、言葉で伝えあうことを学びます。また、自分とお友だちは違う感情を持っていて、同じ場面でも人によって違う気持ちを覚えたり、違う行動を取ることを学びます。自分自身やお友達の感情を理解することで、

意図:

  • 自分の内面の変化に気づき、自分の感情の取り扱い方を学ぶ。
  • 人の気持ちへの共感の醸成と、違いを認識し受容する力を育む。

①うれしい気持ち   ②はずかしい気持

つながりの輪(コネクテッド・サークル)

内容:「つながりの輪」は、要素のつながり、特に原因と結果の関係を可視化するツールです。さまざまな要素がどのように影響を与え合って、繰り返される動きのパターンを生み出しているかを理解します。

 

意図:

  • 「原因」と「結果」の関係性の可視化と理解
  • 一方向的な線形の関係に対し、「結果」が今度はまた「原因」となり、「結果」に影響する…といった循環の関係になっていることに気づく。

 

「つながりの輪」の例(『キリンはダンスを踊れない』より)

物語の冒頭、ダンスが苦手だったキリンは、みんなに笑われることを恐れるあまり動きがぎくしゃくして、ますますみんなに笑われ、ますますダンスが苦手になり、ついにはパーティーを逃げ出してしまいます。一方、物語のおしまいでは、自分の中に大好きな音楽を見つけて、思うように踊り始めたキリンが、みんなの拍手や喝采を受けて、ますますダンスが楽しく、そして上手になっていきます。このような物語を題材に、日常にも、社会や自然界にも多く存在する好循環、悪循環といったパターンを生み出している仕組み(構造)を考えます。

 

ループ図(因果関係ループ図)

内容:

  • つながりの輪を元に、因果関係を図示してそこから生まれる変化のパターンを考えるツールです。

意図:

  • 私たちの身の回りにあるできごとの背後に、どんなつながり(システム構造)があるか理解する。
  • 「もしも〇〇だったら、〇〇したら」、どのような変化が起きるかを想像する習慣を身に付ける。

例:身体にばい菌が入ると、熱が上がってばい菌を減らしてくれます。そして、熱が上がると汗が出て、身体を冷やしてくれるので、熱が次第に下がっていきます。

熱が出る、汗が出るといった「できごと」の背景に、私たちの身体というシステム構造が、相互につながりあってばい菌から私たちを守ってくれていることを理解します。

また、 熱をすぐに下げてしまったり、汗が出なくなったらどんなことが起きるのか? など、思考と洞察の引き出しを増やしていく効果もあります。

来年度に向けて

来年度は、5月からレッスンをスタートする予定で、今年よりもレッスンの数が増えます。日本では例を見ない幼児のシステム思考教育を実現できたのも、福谷彰鴻先生と、風間紗喜先生のおかげです。一人でも多くの子どもたちが、システム思考者の習慣を持つ大人に育ってくれることを願っています。

 

自己推進力養成ワークショップ

2020.03.23 文部科学教育通信掲載

ポジティブ心理学の専門家と協働して、「自己進化力養成ワークショップ」を開発しました。

人は、自己の弱みを改善するよりも、強みに意識を向けて、それを生かし、伸ばすことで、最大の能力を発揮することができるという信念に基づき、ドン・クリフトンが開発したストレングスファインダー(R)を基礎に、リフレクション(自己内省)のメソッドを組み合わせたワークショップです。

 

資質の診断

受講生は、ワークショップ参加前に、ギャロップ社がネット上で提供しているストレングスファイダー(R)診断を受け、自己のトップ5の資質を理解します。ワークショップでは、その資質について、リフレクション(自己内省)と対話を通して、お互いの共通点や違いに学びます。講師や他者からのフィードバックも、貴重な学びの機会になります。

ストレングスファインダー(R)では、人の資質を34分類しています。資質とは、無意識に繰り返される意見、感情、行動パターンであり、何かを生み出す力です。上位資質を磨くことで、資質を自分の強みにすることが可能です。

 

リフレクション

ストレングスファイダー(R)も、他のアセスメントもそうですが、診断結果をどのように、個人が受け止め、活用するのかが大切になります。そこで、自己のトップ5について理解を深める際に、認知の4点セットを活用したリフレクションを行います。

 

(ステップ1)資質の解説を読む

例えば、私の場合には、戦略性が最も強い資質でした。そこで、ストレングスファイダー(R)の解説書マーカス・バッキンガム&ドナルド・O・クリフトン著「さあ、才能に目覚めよう ~あなたの5つの強みを見出し、生かす」 日本経済新聞出版社に、記載されている戦略性についての解説を読みます。

「戦略性という資質によって、あなたは色々なものが乱雑にある中から、最終目的にあった最善の道筋を発見することができます。これは学習できるスキルではありません。これは得意な考え方であり、物事に対する特殊な見方です。他の人には複雑さとしか見えない時でも、あなたにはこの資質によってパターンが見えます。これらを意識して、あなたはあらゆる選択肢のシナリオの最後まで想像し、常に「こうなったらどうなる? では、こうなったらどうなる?」と自問します。このような繰り返しによって、先を読むことができるのです。そして、あなたは起こる可能性のある障害の危険性を正確に把握することができます。それぞれの道筋の先にある状況がわかることで、あなたは道筋を選び始めます。行き止まりの道をあなたは切り捨てます。まともに抵抗を受ける道を排除します。混乱に巻き込まれる道を捨て去ります。そして、選ばれた道――すなわちあなたの戦略――にたどり着くまで、あなたは選択と切り捨てを繰り返します。そして、この戦略を武器として先に進みます。これが、あなたの戦略性という資質の役割です:問いかけ、選抜し、行動するのです。」(同書より)

(ステップ2)アンダーラインを引く

該当する資質に関する解説を読んだ後は、文章の中から、特に自分に該当していると思える箇所にアンダーラインを引いてみます。私が選んだのは、以下の3つです。

  • 他の人には単に複雑さとしか見えないときでも、あなたには、この資質によってパターンが見えてきます。
  • あなたは起こる可能性のある障害の危機性を正確に予測することができます。
  • 問いかけ、選抜し、行動するのです。

(ステップ3)認知の4点セットでリフレクションする

次に、認知の4点(意見、経験、感情、価値観)セットを活用し、なぜ、この3箇所が気になったのかをリフレクションします。ここでは、一つだけ、リフレクションを紹介します。

意見:他の人には単に複雑さとしか見えないときでも、あなたには、この資質によってパターンが見えてきます。

経験:どんな経験がありますか。

未来の教育を創るワークショップや未来教育会議では、多様な立場の教育関係者と対話を繰り返し、教育の課題を探求しました。その際に、システム思考を使い、先生が滝つぼで溺れている教育システム(①)や、主体性を奪う教育のシステム的な課題(②)、教育と経済は双子(③)であるなどを明らかにしてきました。

感情:その経験には、どんな感情が繋がっていますか ——苦しさ

価値観:どのような価値観が、その意見や経験の背景にありますか。あなたは、何を大事にしているのでしょうか。——–課題解決のために、課題を可視化する、課題について認識を揃える、全容を俯瞰する

 

 

 

(ステップ4)価値観を理解する

リフレクションを行うと、私がパターンを見ようとする背景に、課題を可視化して、共通認識を確立することや、課題を俯瞰することが、課題解決のために必要なことだと思っていたことがわかります。私は、おそらく、課題解決のために、戦略性という資質に、投資し続けてきたようです。

 

リフレクションと多様性

このように、トップ5の各資質について、自分の経験を振り返り、自分がどのように、その資質を活用してきたのかを理解することで、資質との向き合い方を整理することも可能になります。ワークショップでは、他にも、戦略性をトップ5に含む人がいましたが、当然、夫々が、戦略性の解説の中で、自分に該当すると思う箇所も、その解説に紐づく経験も異なります。もちろん、リフレクションで明らかになる価値観も異なります。

 

診断結果が同じでも、その資質が持つ意味や、生かし方は一人ひとり異なることが、認知の4点セットを活用したリフレクションを行うと明らかになります。

これからのキャリアや人生に、強みの源泉となる資質をどう生かしていくかをより深く考える機会になります。

 

リフレクションは幸福の元

診断結果に限らず、自分の考えを深掘ってみたい時、ぜひ、認知の4点セットを活用したリフレクションを実践してみてください。リフレクションを繰り返すと、自分が何を大切にしているのかがはっきりと見えてきます。自分が大切にしている価値観は、自分を幸せにする原動力になります。また、時に、その価値観は、資質同様、使いすぎると人生の阻害要因になることもあります。リフレクションの習慣を持っていれば、そのことにも、気づきやすくなります。

DX(デジタルトランスフォーメーション)時代の人財育成(後半)

2020.0309 文部科学教育通信掲載

2月3日に、三菱総合研究所にて、DX時代の人財育成に関するセミナーで、NPO法人人間中心設計推進機構理事長 篠原稔和氏、株式会社三菱総合研究所デジタル戦略グループ主任研究員清水浩行氏と共に登壇し、人間のOS(学ぶ力、創造力等)のアップデートについて講演を行う機会を頂戴致しました。2回に分けて、その概要をご紹介します。

前半では、OSをアップデートする方法と、OSをアップデートすることが大切な理由を紹介しました。後半では、OSをアップデートする効果をお伝えします。

 

OSのアップデートの効果

OSをアップデートには、3つの効果があります。

  • 圧倒的な当事者意識が醸成される

ダニエル・ピンクの提唱する主体性 モチベーション3.0を手に入れることができます。

  • 前例を踏襲しない学びが可能になる

過去に縛られない思考の柔軟性と創造力が高まります。

  • 多様性を活かす共創力が高まる

多様性を活かす共創に適した環境を創ることが容易になります。

 

1.圧倒的な当事者意識

OSをアップデートすると、自己の内発的動機 動機の源を知ることができます。動機の源とは、あなたがやりがいを感じる理由であり、あなたを突き動かす大切な価値観のことです。

仲間と一緒にプロジェクトを成功させた時でも、嬉しい理由は様々です。競争に勝ったことが嬉しい人もいれば、みんなで頑張れたことを喜んでいる人もいます。同じように喜んでいても、実は、喜んでいる理由が、一人ひとり違います。

皆さんはご自身の動機の源を知っていますか。認知の4点セットを活用すれば、動機の源を簡単に知ることができます。あなたは、自分の動機の源を知らないと思っているかもしれませんが、実は、あなたの心は、あなたの動機の源をすでに知っているからです。私たちは、大切な価値観が満たされている時に、ポジティブな気持ちになり、その逆の場合、ネガティブな気持ちになります。とても楽しい時、どのような価値観が満たされているから楽しいのかを自分に尋ねてみてください。何度か、自分への問いかけを繰り返していると、あなたの動機の源が明らかになります。

動機の源につながるビジョンを持った時に、人の潜在能力は最大化すると言われています。

創造力も、問題解決力も高まります。動機の源は、課題を発見するセンサーの役割を果たします。動機の源の説明は、皆さんもよく知っている企業の起業ストーリーに照らして説明すると一番わかりやすいので、グーグルを事例にご紹介したいと思います。

グーグルの共同創業者ラリー・ペイジと、セルゲイ・ブリンは、テレビ広告と同じように、高い広告料を支払った企業の情報が、検索結果の上位にくる検索エンジンのビジネスモデルに大きな疑問を抱きました。

二人とも科学者の家に生まれ育ち、スタンフォード大学で研究をしていたので、ラリーとサーゲイは、情報がお金で操作される検索エンジンの世界は間違っていると思いました。

例えば、病気のお母さんのために薬を探しても、高い広告料を支払った薬品会社の薬を選んでしまう検索エンジンでは、役に立たないと思ったのです。

当時、誰もが、疑問を持つことなく、当たり前に使っていた検索エンジンを課題だと思う背景に、彼らの動機の源がありました。彼らが信じている大切な価値観があったからこそ、彼らは、「広告料をもらわないで、どうやって検索エンジンを稼働させるのか」という投資家の批判にも負けず、民主的に検索結果が一覧として表示されるグーグルを誕生させることができました。

動機の源につながるビジョンを実現するために最善を尽くしている時、人のクリエイティブテンションが最高に高まると言います。クリエイティブテンションとは、ありたい姿と現状のギャップを埋めたいという強い思いで、動機の源とありたい姿がつながっている時に、人の創造力や問題解決力が高まる理由でもあります。

             OSのアップデートに活用する認知の4点セット

 

2.前例を踏襲しない学び

前例を踏襲しない学びを実践するためには、自分の境界線の外に出る必要があります。そのためには、自分の知らない多様な世界との対話を通して学ぶ力が大切になります。そこで役立つのが、認知の4点セットです。他者の世界にある経験、感情、価値観を聴き取ることで、自分の知らない世界をより深く学ぶことが可能になります。

そのために最も大切な力は、感情をコントロールし、評価判断を保留にする力です。すぐに判断する習慣を少し見直す必要があります。

 

3.多様性を活かす共創力

創造的なチームには、心理的安全性が重要であることは、グーグルのアリストテレスという研究で広く知られるようになりました。

心理的安全性とは、周囲に素の自分を見せることを、自分自身が受け入れられる状態であり、同時に、素の自分を見せても、周囲の人に受け入れられる安心感のある状態です。

認知の4点セットで経験を振り返るリフレクションができる組織は、自分の内面、感情までも開示しており、心理的安全性を保ちやすいです。

多様性を活かすためには、オープンでフラットな文化を醸成することも大切です。文化を創るのは難しそうと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。文化を支えるのは、一人ひとりの行動様式です。誰もが、理念を共有し、理念を体験する行動様式をとっているのかが、文化を創る上で決め手となります。

そのためには、誰もが、ありたい姿を認識し、自分の言動を振り返り、あるべき姿に近づこうとする努力が欠かせません。リフレクションは、文化を創る際にも、欠かせないのはこのためです。

 

対話から共創へ

共創では、自己と他人の思考に境界線がなくなります。この状態になると、多様性が化学反応を起こすことが可能になります。

誰もが、クリエイティブテンションを持ち、ビジョンを自分事化し、フラットでオープンで、心理的安全があり、評価判断を保留にして多様な世界から学べるチームになると、共創力は高まります。そのためには、リフレクションや対話力が欠かせません。

OSをアップデートするために、認知の4点セットを活用したリフレクションと対話を皆さんも、ぜひ、実践してみてください。

DX(デジタルトランスフォーメーション)時代の人財育成(前半)

2020.02.10 文部科学教育通信掲載

2月3日に、三菱総合研究所にて、DX時代の人財育成に関するセミナーで、NPO法人 人間中心設計推進機構理事長 篠原稔和氏、株式会社三菱総合研究所デジタル戦略グループ主任研究員 清水浩行氏と共に登壇し、人間のOS(学ぶ力、創造力等)のアップデートについて講演を行う機会を頂戴致しました。2回に分けて、その概要をご紹介します。

 

なぜ、OSのアップデートが必要か

学校で教わった「学び方」がイノベーションの最も大きな障害です。

学校で熟達するのは、既にある情報を処理する「学び方」です。学校では、未知の世界にどう対処するのかを教わりません。

最近、正解のない授業という言葉が生まれていますが、現実社会で直面する未知の世界に対処する思考力を学ぶ、先生ではなく「あなた」が正解を決める授業は、まだ、始まっていません。このOS(学び方)では、テクノロジーの知識を持っていても、イノベーションを創出することが困難です。そこで、DX(デジタルトランスフォーメーション)を実現するためにも、OSのアップデートが必要になります。イノベーション人材になるために誰もが学校で学んだ学び方のアンラーン(学んだこと、身に付けたことを一旦リセット)する必要があります。

 

また、皆さんのようなエリートには、もう一つ大きな課題があります。皆さんの中で、テストで20点を取った経験がある方はいらっしゃいますか。このPPT(図1参照)は、大人だけに共有したいと思いますが、前例のない時代には、100点よりも、20点を取る人が強いです。速く20点を取り、フィードバックに学び、正解を創造する力を持つ人が勝つというのが未知の世界で正解を手に入れる成功法則です。デザイン思考、デザインスプリント、リーンスタートアップ、スクラム等、前例のない時代に未来を創るために様々なツールが生まれていますが、試して勝つことは、すべてのツールに共通の理念と行動様式です。

 

OSをアップデートする方法

そこで、OSをアップデートする方法をご紹介します。リフレクションと対話、認知の4セットです。メゾットの背景となる理論は、ピーター・センゲの学習する組織、ダニエル・ピンクのモチベーション3.0、脳神経科学者アントニオ・ダマシオの研究成果、2003年にOECDが発表した義務教育のガイドライン等です。

 

認知の4点セット

認知の4点セットは、リフレクションと対話的学びの質を担保するために開発したメソッドです。認知とは、私たちが日常的に行っている物事を知覚し、判断する行為です。認知は、私たちの学びに密接な関係があります。グーグルが、無意識の偏見を説明する際に使っているパワーポイントを活用し、人間の認知の特性を説明します。人間は、毎秒1100万ビッドの情報を受け取っていますが、意識的に処理できるのは、40ビッドのみ。1%以下ということになります。認知の4点セットは、自身が知覚した貴重な情報を、どのように解釈しているのかを理解するツールです。認知の4点セットを活用すると、自分の知覚、判断、感情、価値観を客観視することが簡単に行えます。

 

認知の4点セットの問い

意見:最も印象の残ったことは何ですか。

経験:その意見の背景にはどのような経験がありますか。

私たちが意見を持つ前提には、過去の経験を通して知っていることがあります。同じ話を聞いていても、実は、みんな同じことを学んではいません。もし、同じことが印象に残ったとしても、その背景となる経験が異なります。

感情:その経験にはどのような感情が紐づいていますか。

感情は、意見の背景ある経験の記憶が紐づいています。その時に味わった感情が、その経験の意味づけにも影響を及ぼしています。

価値観:そこから見えてくるあなたが大切にしている価値観は何ですか。

意見の前提には、判断に使用した価値観や尺度が存在します。ここでは、価値観にものの見方も含めています。

 

認知の4点セットを活用した事例(図2参照)

意見:20点よりも、100点のほうがよいという言葉にドキッとした。

経験:100点の時は褒められ、80点だと褒められない。そもそも、20点の答案用紙とは無縁だった。

感情:100点 うれしい 80点 残念 誰かの20点びっくり

価値観:100点満点、勤勉、結果

4点セットで、学びをリフレクションすることで、自分が何を学んだのか、何を大切にしているのかが明らかになります。これが、認知の4点セットを活用したリフレクションです。

 

OSをアップデートするメソッド

OSをアップデートするメソッドは、認知の4点セット、リフレクション、対話です。

リフレクションとは、自己を客観的かつ批判的に振り返る行為です。物事に対して、これまで通りのやり方やものの見方をそのまま適応するのではなく、批判的スタンスで経験から学び、考え行動する力として、2003年にOECDが発表した学校教育の指針において要と位置付けられたのがリフレクションです。

実は、対話においてもリフレクションは不可欠です。対話とは、自己を内省し、評価判断を保留にして、他者に共感する聴き方と話し方です。評価判断を保留にするためには、自分の考えを客観視し、感情をコントロールすることが求められます。評価判断を保留にして、多様な世界に共感することで、自分の枠の外に出ることが可能になります。そこで、認知の4点セットによるリフレクションが不可欠になります。

 

リフレクションと対話の実践事例

ここで、リフレクションと対話の実践事例を一つご紹介したいと思います。

5年前にドイツに視察に行き、ドイツの国家戦略インダストリー4.0は、リーダーによる10数年に渡るリフレクションから生まれたことを知りました。ドイツの経団連 BDIによるプレゼンで最初に見されたのが、世界トップのIT企業名のリストに、26の星条旗と、5つの欧州旗が表示されたパワーポイントです。ドイツのリーダーたちは、敗北を認め、しかし、未来は変えることを決意したそうです。そこで早速、現状調査を行ったそうですが、日本同様に、99.6%を占める中小企業の6割が、全く準備ができていないし、経済的なメリットもわからないという結果だったそうです。日本で、このような調査結果が出たら、夢を諦めてしまうのではないでしょうか。しかし、彼らは、全くこの結果を気にしていませんでした。「課題はクリアしていけば良いのです」と自信をもって語る様子に、リフレクションのパワーを学びました。未来を創ることは、現状とありたい姿のギャップを埋めることです。そのためには、課題を直視するリフレクションが不可欠なのです。

OSのアップデートは、DX(デジタルトランフォーメーション)時代に生きる私たちにとってとても大切なことだと思います。ぜひ、みなさんも実践してみてください。

後半では、OSをアップデートすることで得られる3つの価値についてご紹介したいと思います。

リフレクションの啓発

2020.02.10文部科学教育通信 掲載

2003年にOECDが世界に向けて発信した教育指針は、VUCA時代に生きる私たち大人の育ちにも関わる指針だ。その中で、リフレクションが、要となる力と記載されていることから、リフレクションを啓発する活動を始めて、すでに10年が経過している。

 

主体的・対話的で深い学び

学習指導要領の改訂の議論が進む中、審議会の心ある委員の皆様に、リフレクションや対話力を高める教育の必要性を訴えた。主体的・対話的で深い学びの意味を、どこまでの教育関係者が理解しているかは分からないが、主体的・対話的で深い学びは、リフレクションや対話の重要性を意識した上で創られた言葉だ。

 

大人にもリフレクション

リフレクションは、子どもたちだけでなく、今の時代を生きる私たち大人にも欠かせない。そこで、経済産業省の門をたたき、2017年には、RIETI(独立行政法人経済産業研究所)BBLセミナーで、経済と教育の対話の必要性を訴えた。その後、経済産業省 我が国産業における人材力強化に向けた研究会の「必要な人材像とキャリア構築支援に向けた検討ワーキング・グループ」にて、「学びと主体性の質の転換」をテーマにリフレクションの重要性を訴えた。そして、改訂された社会人基礎力にリフレクションを加えて頂いた。2015年からは、21世紀学び研究所を立ち上げ、リフレクションの実践方法を広める活動にも従事している。

 

リフレクション

リフレクションとは、自己の内面を客観的・批判的に振り返る行為で、物事に対して、これまで通りのやり方やモノの見方を、そのまま適応するのではなく、批判的スタンスで、経験から学び、考え行動する力。

前例のない時代に、自ら答えを見出すためには、知識の蓄積量だけでなく、それを活かす力が問われる。溢れる情報を取捨選択し、活かすことが大切だ。同時に、経験を通して学ぶ力が必要になる。最初から正解を見出せるほど簡単な時代ではないので、仮説検証を繰り返すことになる。そこで、欠かせないのがリフレクションだ。最初から、100点を取ることを目指すのではなく、早く20点を取り(失敗し)、経験から学ぶことで100点が取れる。これが、創造の世界だ。

 

『ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則』

日々、リフレクションの重要性をどう人に説明すればよいかが、頭から離れない。そうなると、何を見聞きしても、リフレクションと結びつけてしまう。私たちは、毎秒1100万ビッドの情報に触れていて、その中の40ビッドの情報にしか意識を向けることができないという話を聴けば、リフレクションに意識が向くことも納得できる。本を読んでいても、リフレクションに関する情報がとても気になる。

久しぶりに、ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則 著者ジム・コリンズ(日経BP出版)を読んでみると、リフレクションの記述があることに気づいた。リフレクションの啓発活動を始める前にも、この本は読んでいるのだが、その時には、リフレクションについて書かれていることに気づけなかった。これがリフレクションであるという説明はされていないので、おそらく、多くの人たちが、ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則は、ビジョンの重要性を説明していて、リフレクションの重要性を語っていないと思うのだろう。

 

ビジョンとリフレクションの関係性

未来教育会議では、未来の社会と人と教育を3点セットで捉えることで、教育ビジョンを確かなものにしたいと考え、国内外のスタディツアーを行っていた。その時に訪れたドイツで、ビジョンとリフレクションの関係性に学んだ。

ドイツは、現在、国家戦略としてインダストリー4.0(第4次産業革命)を推進している。スタディツアーで訪れたドイツでは、ドイツの経団連を訪問し、インダストリー4.0についての講演を聴く機会があった。そこで、最初に紹介されたパワーポイントが衝撃的だった。

日本から訪れた団体に対して、彼らが見せたのは、世界のトップIT企業のリスト。そのリストには、EUとアメリカの旗が表示されていた。旗の数は、EU5に対してアメリカ26。パワーポイントを見せながら、経団連のスピーカーは、「これが、国家戦略インダストリー4.0が生まれた背景です」と説明した。

ドイツのリーダーたちのリフレクションは、10年以上続いたそうだ。この敗北を振り返り、課題を直視した結果、生まれたのがインダストリー4.0という話に感動した。さらに、その先もある。インダストリー4.0を推進するに当たり、最も大きな挑戦は、ドイツの産業の99.6%を占める中小企業がインダストリー4.0を実現する力を持つことだ。そこで、中小企業の実態を調査したところ、6割近い企業が、インダストリー4.0に向かう用意ができていないことが明らかになった。日本なら、これはむずかしいかもしれないと、目標のすり替えが起こりそうだが、ドイツ人にはその様子がない。リフレクションを通して課題を直視した上で形成されたビジョンは揺るがない。

 

課題を直視するリフレクション

リフレクションは未来を創る力、未来を創るために大切なことは、現実を客観視すること。その上で、未来のありたい姿を考える。現実とありたい姿が明らかになれば、そのギャップを埋めるために、何をすればよいかを考え、行動し、リフレクションを繰り返しながら、未来に近づけばよい。

ドイツのインダストリー4.0は、その後も、リフレクションを繰り返している。インダストリー4.0は、産業界の問題であるというのが、スタート時点の認識だった。このため、情報通信、電子、機械などの産業団体が中心となり、インダストリー4.0を推進するための準備が始まった。ところが、検討を進める中で、これは、産業界だけの問題ではなく、教育や労働に関わる変革も必要になることが明らかになった。そこで、インダストリー4.0の推進体制に、産業界だけでなく、教育や労働行政も加わった。

 

飛躍的な成功を遂げる企業の特徴

ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則は、飛躍的な成功を遂げた企業を11社に絞り込み、共通の特性を明らかにした。第4章 最後には必ず勝つ - 厳しい現実を直視する には、以下のようにリフレクションの重要性が書かれている。

  • 偉大な実績に飛躍した企業はすべて、偉大さへの道を発見する過程の第一歩として、自分がおかれている現実のなかでもっとも厳しい事実を直視している。
  • 自社がおかれている状況の事実を把握しようと、真摯に懸命に取り組めば、正しい決定が自明になることが少なくない。厳しい現実を直視する姿勢を貫いていなければ、正しい決定をくだすのは不可能である。
  • 偉大さへの飛躍を導く姿勢のカギは、ストックデールの逆説である。どれほどの困難にぶつかっても、最後にはかならず勝つという確信を失ってはならない。そして同時に、それがどんなものであれ、自分がおかれている現実のなかでもっとも厳しい事実を直視しなければならない。
  •          ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則 著者ジム・コリンズ(日経BP出版)から引用
    • ジェームス・ストックデールは、ベトナム戦争で、8年間戦争捕虜を経験した後、生還したアメリカ軍人

 

皆さんも、ビジョンを形成し、ありたい姿を実現する際に、ぜひ、リフレクションを実践してみてください。その威力に驚くはずです!

働き方改革と組織の大改革

2020.01.27 文部科学教育通信掲載

働き方改革関連法が施行され日本の全企業が一斉にスタートラインに立った2019年。働き方改革を単なる形だけの変革で終わらせるのか、新しい時代に合わせて組織そのものを成長させるきっかけにするのか、経営の判断が問われている。企業は、どこに向かっていくのか、2020年を予測してみたいと思う。

 2020年、多くの企業で、失われた30年に終止符を打つ組織の大改革が始まることを期待したい。キーワードは、「学習する組織」とセルフマネジメント、日本的経営への原点回帰だ。

 

 進化を加速するために「学習する組織」になる。

大改革の指針となるのが、アインシュタインの言葉。

「問題を生み出した思考では、問題を解決することはでいない」である。

今では、古典とも言える「学習する組織」は、進化し続ける組織のOSとして、世界中の優良企業で実践されている。GEやGoogleの成功事例は有名だ。

学習する組織の特徴の一つは、社内外のベストプラクティスが、速やかに組織全体に広がることだ。時代の変化とともに変わり続けるGEは、境界線のない組織を実現し、世界中で生まれたベストプラクティスを組織の力に活かすことで知られている。最近では、エリック・リースが提唱するリーン・スタートアップの行動様式を研究し、大企業でありながら、ベンチャー企業のスピードと柔軟性のある組織に生まれ変わった。30万人を超える規模の組織が、変革を成功させることができるのは、GEが、学習する組織だからだ。

Googleは、人と組織の創造性を最大化するために、科学的な分析と、テクノロジーを活用し、自ら、ベストプラクティスを生み出し続けている。大企業になっても、大学の研究室で始まった創業期の探究心は今もなお健在で、エクセレンスを追求する彼らの探究心に、終わりはない。学習は、GoogleのOSとも言える。

日本企業も、学習する組織になることができれば、イノベーションで溢れる組織は、決して夢ではない。

 世界に見習い、自律型組織への移行が本格的に始まる。

管理型組織では、イノベーションは生まれないことは、今や世界の常識だ。慣れ親しんだマネジメント手法を手放すことは大きな挑戦だが、イノベーションを手に入れたければ、自律型組織への移行は避けられない。ありがたいことに、世界には、たくさんの成功事例も存在する。

  • アジャイルが進む

欧米では、開発チームがいち早く、アジャイルを導入し、自律型チームに移行した。日本では、まだ主流のウォーターフォールとは異なり、アジャイルを導入するチームは、大きな計画を立て、計画通りに開発を進めるのではなく、1ヶ月単位で計画を立て、一週間単位で仮説検証を行う。また、チームは、100%の意思決定権を持つ。開発の柔軟性とスピードを高めるために広まったアジャイルは、最近、世界の優良企業で、全社員の仕事の仕方にも活用され始めている。GEが、リーンスタートアップに学び、行動基準に、「試して勝つ」を加えたのも、このためだ。

  • ムーンショットを目指す。

日本でもベンチャー企業を中心に注目が集まる目標設定の手法OKR(Objectives and Key

Resultsの略)では、 「自分が何を実現したいか」が目標の定義だ。Googleでは、誰もが

OKRを活用し、自らの意思で、情熱を注げるストレッチ目標を設定する。OKRは、ムーンショット(月面着陸の様な偉業)が生まれる確率を高める手法と位置付けられているため、到達目標は、100%ではなく70%が目安となる。それでも、100%の目標を設定することが、大きな成果を生む確率を高めるという。

  • 多様性を活かす文化を醸成する。

多様性が化学反応を起こし、大きな成果をあげるチームには何が必要か。その答えも、Google が効果的なチームを研究したアリストテレス(チームの効果性の測定方法と効果性に影響を与える因子を特定するプロジェクト)ですでに明らかにしている。カギを握るのは、多様性を受け入れる土壌となる心理的安全の確保だ。2017年に危機に直面したウーバーの三千人の管理職に、信頼を回復する力を授けたハーバードビジネススクールのフランシス・フレイ教授は、心理的安全は土台であり、多様性を歓迎する文化が不可欠だという。多様性を歓迎する文化か否かは、メンバーの意見を賞賛する言葉に現れる。多様性を歓迎する文化では、「私もそう考えていました」ではなく、「私には、全く思いつかない意見だ」と異なる意見に焦点が当たる。多様性を化学反応に結びつけるためには、こうした文化の醸成が欠かせない。

  • 組織の存在目的を語る。

政府主導の働き方改革が進行する同時期に、フレドリック・ラルーの著書「ティール組織」が、日本でも話題となった。「ティール組織」の魅力の一つは、一人ひとりが組織の存在目的に共感し、繋がり、その具現化のために主体的に行動するところだ。そのために、組織の存在目的をいかに明確に表現するかが勝負となる。「もし、この世界から、あなたの組織が消滅したら、世界は何を失うことになりますか」(引用:『実務でつかむ!ティール組織』吉原史郎著 大和出版)という問いに、誰もが答えることができる組織が、自律と団結を共に実現する。無論、その答えは、GDPでも、時価総額でもないはずだ。

 

一人ひとりのセルフマネジメントとリフレクションが、未来を創る。

すでに述べたように、イノベーションで溢れる組織は、他律ではなく自律に向かっていく。こうした流れの中で、個人も、セルフマネジメント(自己管理)を高めることが期待されるようになる。

セルフマネジメントの領域は①期待値管理:自己の役割と責任、②成果管理:期待されている成果、③成長:自己成長のシナリオ、④幸福:心身の健康と幸福の定義の4つに分類される。

一人ひとりが、4つの領域で明確なビジョンを持ち、現状とありたい姿のギャップを自己点検し、自分の成長に責任を持つことが求められている。

セルフマネジメントに欠かせないのがリフレクション(自己内省)の力だ。前例のない時代に、答えを手に入れるためには、教科書を丸暗記するような知識面での学習だけでは不十分であり、自分の経験を適切なタイミングで振り返り、次のアクションに活かす力が求められる。

  • エンプロイアビリティが話題になる。

人生100年時代を見据えた多様な生き方・働き方が進むと、個人にとって次の関心事がエンプロイアビリティ(市場価値)の向上とキャリアの選択になる。キャリア開発が自己責任の時代に生きる若者にとっては、当然の権利と言えるが、企業の側でも、雇用の流動化を前提に、社員を社会の資産と捉え、その育成に当たる必要が出てくるだろう。

 

 日本の経営の原点に戻る。

オムロンの創業者・立石一真は、「企業は利潤の追求だけではなく、社会に貢献してこそ存在する意義がある」という企業の公器性を語っている。日本には、利潤だけではない、企業の存在目的という経営思想は昔からあり、これがイノベーションの原動力であったはずだ。日本の経営に立ち返り、不易と流行を明らかにすることも、組織変革を成功に導くために有益かもしれない。

 

 

社会起業家ハシナの物語(後半)

2020.01.13 文部科学教育通信掲載

前回に引き続き、人権問題の解決に挑戦し続けるハシナ・カールビー氏の取り組みを紹介します。

ハシナの偉業

ハシナは、人身取引の犠牲者を救うために、インド、バングラデシュ、ミャンマー、ネパール4ヶ国の政府、警察、NGO165団体、弁護士25人とのパートナシップ「インパルスモデル」を構築し、現在、その活動をタイにも拡大する準備を進めています。22年間に4ヶ国の行方不明72442人を救出し、マザーテレサ賞をはじめとする人権分野の17の賞を受賞しています。

人身取引は、私たちにとって馴染みがない言葉ですが、世界では、4030万人が人身取引の犠牲となっていて、その半数がアジア地域に集中しているそうです。(出典:ILO国際労働機関)人身取引の市場規模は、数十兆円規模と推測されています。そのうち強制労働により生まれる利益は、約3兆4100億円と推定されています。(出典:国連人身売買根絶フォーラム)

2001年 Eメール作戦の成果と専門性

高校の奉仕活動を通して出会った貧しい女性たちの経済的支援をしていたハシナは、「行方不明のこども」が、「人身売買」の標的であることを知り、その救出活動に取り組みます。最初に思いついた方法は、カルカッタ会議で出会った100を超えるNGOの人々に、メガラヤ州の「行方不明の子どもたち」の情報をEメールで共有することです。その結果、3名の子どもたちを救済することに成功します。素晴らしい成果です。しかし、2001年当時は、次に何をすればよいのか、どうすれば、この問題を根本的に解決することができるのか、まったく見当がつかなかったと言います。そこで、ハシナたちは、インド各地で実施している人権分野のリーダーシップ、人身取引関連の訓練プログラムに参加し、知識を深めていきます。また、人権侵害に関する法律も学びました。

啓発活動

行方不明の子どもたちは、「人身取引」の標的となりうるという事実を、広く知ってもらうための啓発活動も行いました。しかし、州政府は、自域の子どもたちが人身取引の対象になることを恥じ、認めようとしません。そして、売春宿で働いているのは、バングラディシュからやってきた子どもたちだと根拠のない主張をします。この経験から、リアルタイムの正確な情報をいかに報告できるかがカギを握ることを学びます。

3つのP

活動を続ける中で、解決策に必要な具体的な3つの要素も見えてきました。3つのPです。一つ目は、Police 警察、2つ目は、Protection 保護、3つ目はPress メディアです。警察官と社会福祉関係者、ジャーナリストの3者がうまく機能すると、問題を解決することができる、そう確信しました。も一つ、問題を解決する上で欠かせないのは、チェンジメーカーを見つけることです。州政府で、人権問題に対応する人たちの中にも、ハシナたちの活動に共感し、問題を解決したいと強く願っているチェンジメーカーがいます。こうして、チェンジメーカーが連携し協力し、子どもたちを救出し、保護施設で見守るという仕組みが生まれました。この連携には、シェアードリーダーシップが欠かせないとハシナは言います。

リーダーたちが1つの目的に向かってそれぞれの立場で貢献するリーダーシップのあり方です。

2003年 4か国の警察官訓練プログラム

ハシナは、米国務省から助成金をもらい、2003年から警察官を対象とした訓練プログラムを開始します。インド政府と共に開発した訓練プログラムには、インド、ミャンマー、バングラディシュ、ネパールの警察官約3万人が参加しています。警察官は、現場から子どもたちを救出する重要な役割を担います。そのために、何に留意する必要があるのか、どのようなコミュニケーションが効果的なのか等、訓練を通して、子どもたちを救出ために必要な力を磨きます。こうした訓練を受けた警察官は、子どもたちを救うために、連携し協働する重要なパートナーです。

 2006アショカ・フェロー選出

冒頭にご紹介したアショカは、世界中の社会起業家を発掘し、特に優れた社会起業家を、アショカ・フェローに認定しており、ハシナも、その一人に選ばれました。この時、初めて、ハシナ自身は、自分が社会起業家であることを知ります。高校時代から、本能と直感に頼り進めて来た活動が評価されることは、とてもうれしいことです。また、アショカ・フェローに選ばれる審査の過程で、これまでの活動を徹底的に振り返ることができたのも、とてもよかったと言います。こうして、ハシナは、直感を頼るだけではなく、戦略と頭脳を使う社会起業家として歩み始めます。2006年には、フルブライトの奨学金を得て、ハワイ大学に半年間留学する機会もあり、彼女のリーダーシップは、さらに磨かれて行きます。

2013年 インパルスモデルの強化

2001年から始めたEメール作戦が少しづつ進化して出来上がった人身取引のデータベースは、連携して子どもを救済するインパルスモデルの心臓部です。活動をより広範囲に広げるためには、隣国とのデータ共有も必要となります。しかし、システムの容量は限界です。この危機的な状況を救ったのは、日本社会開発基金が主催する「最も革新的な開発プロジェクト」賞の受賞です。この資金を元手に、これまでに蓄積した人身取引の情報を精査し、管理の仕組みを改良することが可能になりました。インド工科大学に開発を依頼し完成した新しいシステムは、インド東北6州に加えて、バングラディシュ、ミャンマー、ネパールの情報を扱えます。国境近辺には人身取引業者が集まり易く、このシステムの導入により、4か国の警察官がリアルタイムに情報を共有し、子どもたちの救出に当たる強靭な協働体制が可能になりました。また、それまで、2~3か月かかっていた1人の救出活動が、このシステムの恩恵により、2日間で救出可能になったそうです。

ネズミ炭鉱の強制労働

調査の結果、メガラヤ州にある高さ1Mの炭鉱で、7万人の子どもたちが、硫黄の汚染された空気を吸いながら石炭を掘り出す作業を行っていることが明らかになりました。そこで、ハシナは、調査結果をプレスリリースとして、世界中に発信します。その結果、ニューヨーク・タイムズ、LAタイムズ、ABC、CNN、フランスや中東のメディアも、取材に訪れ、世界中に、メガラヤ州の炭鉱の実態が知れ渡りました。そして、2007年から2014年までに1200人の子どもを救出することができました。ところが、救出した数だけ、子どもたちが補充される状況が続きます。そこで、根本原因を断つしかないと考えたハシナは、炭鉱を運営するマフィアを相手に訴訟を起こしました。ハシナは、命を狙われる経験もしたそうです。ハシナの車が襲われ、ドライバーが亡くなるという事故にも遭いました。2014年には、炭鉱は完全閉鎖。ハシナたちの勝訴です。

2018年 ジャーナリスト訓練プログラム

ねずみ炭鉱の事例が示す通り、調査結果をメディアが公表すればするほど、世論が高まり、活動しやすくなり、救出結果も出せます。しかし、そのためには、報道が正確な調査とデータに基づくことが大前提です。そこで、人権取引に強いジャーナリストを増やすために、ジャーナリストの本格的な訓練を実施するアイディアを思いつきます。ここでも、シェアードリーダーシップが生かされます。プログラムリーダーは、元インドのCNNの熟練したレポーターです。参加者は、インド、バングラディシュ、ネパール、ミャンマーの越境人身取引に強い関心を持つ有能なジャーナリストです。

社会起業家ハシナの物語を楽しんで頂けましたでしょうか。

ハシナは次々とアイデアを思いつき実行に移します。ハシナの物語には終わりはありません。

社会起業家ハシナの物語

2019年12月23日 文部科学教育通信掲載

日本での活動を支援している社会起業家のネットワーク アショカジャパン は、毎年、世界的に活躍する社会起業家を招聘し、日本に紹介する活動を行っています。今年も12月に、インドで社会起業家として活躍するハシナ ・カールビー氏が招かれ、セミナーやワークショップが開催されました。

 

ハシナの偉業

ハシナは、人身取引の犠牲者を救うために、インド、バングラデシュ、ミャンマー、ネパール4ヶ国の政府で活動し、政府と警察、および各国NGO165団体、弁護士25人とのパートナシップ『インパルスモデル Impulse Model」を構築しています。現在、その活動をタイにも拡大する準備を進めています。22年間に4ヶ国の行方不明者72,442人を救出し、マザーテレサ賞をはじめとする人権分野の17の賞を受賞しています。

人身取引は、私たちにとって馴染みがない言葉ですが、世界では、4,030万人が人身取引の犠牲となっていて、その半数がアジア地域に集中しているそうです。(出典:ILO国際労働機関)人身取引の市場規模は、数十兆円規模と推測されています。そのうち強制労働により生まれる利益は、約3兆4100億円と推定されています。(出典:国連人身売買根絶フォーラム)

高校時代の奉仕活動

1971年、インドのメガラヤ州都シロンで生まれ、カトリック修道院附属学校に通っていたハシナ は、週末に「恵まれない人々」への社会奉仕を行うリーダー養成プログラムに参画します。老人ホームや病院、ホームレスシェルターなどへの訪問や、支援のための資金集めに熱心に取り組む中で、彼女は、自身がとても恵まれた環境に生まれ育ったことに、改めて気づいたそうです。また、活動する中で、施しを与えるという支援に疑問を抱くようになり、貧しい女性が経済的に自立する手段として、工芸品製作スキルを教える活動に力を注ぐようになりました。

学歴よりも信頼関係を

高校3年生となり、大学進学の進路について考える時期がやってきました。ハシナは、両親やロンドンに住んでいた祖母の勧めに従い、英国北部にある名門大学への進学を決めました。外国へ行くことに反対だった母親も説得し、高校の先生にも推薦書を書いてもらい、無事、留学の準備が整いました。

しかし、友達や家族みんなに祝福され、英国に向かう飛行場で、ハシナは大きな決断をします。英国大学への入学を取りやめ、高校時代に取り組んでいた女性の経済的自立を支援する活動を続けるという決断です。それは、英国に飛び立つ飛行機が出発する数時間前の決断でした。

「私が、5年間インドを離れたら、私を頼りにしている女性たちはどうなるのか。名門大学の学位は、どれだけ私の活動の助けになるのか」

彼女の心の声が尋ねたそうです。そして、彼女は、この心の声に従い、英国大学への進学を断念します。

決断をした直後、ハシナはお兄さんに飛行場から電話をかけます。その時、お兄さんは、「決断をするのであれば、その責任を引き受けることになる。もう、後戻りはできないよ」とハシナに伝えたそうです。ハシナの意思を尊重したお兄さんのアドバイスもとてもパワフルです。

ハシナが英国の大学に留学することを喜んでいた祖母や両親が彼女の決断を受け入れてくれるのには時間がかかりましが、彼女は、自分の選択を後悔しなかったと言います。この決断が、困難に直面しても、現在の活動を推進する原動力になっているそうです。10代で、人生を変える大きな決断を行なったハシナの勇気と叡智を讃えたいと思います。

 

定時制大学と活動の両立

地元に戻ったハシナは、仕事をしている人たちのための定時制の午前部の定時制大学に入学し、活動を始めます。毎朝6にスタートし11時に終了する講義に出席し、午後は、自ら立ち上げた団体の活動に従事します。

ハシナは活動を見直して、慢性的な貧困状態を変えるためには、工芸品を輸出することを思いつきます。そこで、貿易商のお兄さんに相談したところ、デザインの見直しと量産体制を整えないと輸出は難しいと言われました。それでも、彼女は諦めず、お兄さんから輸出業者の連絡先をもらい、「貧しい村を救うために安定的な女性の経済力を作り出さなくてはならない、そのために工芸品の市場を探している」という趣旨の手紙を100名に送り、輸出の道を模索しました。それから半年ほど経って、一人のフランス人業者から「協力しましょう!」という返事が届き、続けて、竹から製品を作る指導をしていた日本人からも協力を申し出があったそうです。こうして、工芸品を輸出する市場が出来上がり、約200所帯の生活が成り立つようになりました。

 

環境保護政策が人権問題を生み出す

1996年 に環境保護のために木を伐採することを禁じる法令が成立し、竹と藤(とう)が伐採できなくなり、女性たちは、工芸品づくりを断念しなければならなくなりました。その後、法律改正を求める訴訟を起こし、竹と藤は、「農産物」と認められましたが、法律が改正されるまでの期間、村の人々は、工芸品の販売以外の手段で、生計を立てることを考えなければなりません。そこで、子供達を、他の州に、「家事手伝い」として送り出すことになります。ところが、その中の何人かの子どもたちが行方不明となっていることが判明します。

ハシナは、環境保護を理由に、竹や藤の伐採を禁じた法律が、人権問題を生み出しているという事実を、世の中に伝えるために、この事実を記録した報告書を作成し、2001年に発表しました。この時点で、ハシナは、行方不明となった子どもたちが人身売買の被害に遭っているという認識はありませんでした。しかし、作成した報告書が、人権分野で活動する人々の目に留まり、2001年にカルカッタで開催された「未成年の人身売買」をテーマとするインド全国合同会議に招かれます。

カルカッタ会議

カルカッタ会議に参加し、初めて、ハシナは、この問題に取り組んでいる100を超えるMGOがインドにいることを知ります。それまで手探りで進めていた取り組みには、既に大勢の専門家がいることを知り、力を合わせれば大きな解決策が生み出せることを直感したのは、この時だそうです。この会議で、初めて、「行方不明の子ども」が「人身売買」の標的であるということを知ったそうです。

会議の後、ハシナが最初に取り組んだのは、Eメール作戦です。メガラヤ州の「行方不明の子ども」の情報を、会議の参加者全員に共有してもらうためにEメールを送りました。まだ、Eメールがそれほど広まっていない時代でしたから、当時は、とても斬新なアイディアと評価されたようです。そして、このEメール作成の成果として、メガラヤ州出身の少女2人と隣接州の少女1人がムンバイの売春宿で見つかり救出されました。この Eメール作戦の成功体験を通して、ハシナと会議に出席した100を超えるNGOの人々は、「情報共有が解決に繋がる」ことを確信します。

高校の奉仕活動を通して出会った貧しい女性たちの経済的自立を支援していたハシナは、こうして人権問題を解決する社会起業家としての道を歩み始めます。

後半では、ハシナが、人身取引の問題を解決のためにどのようなモデルを生み出し、その活動を発展させていったのかをご紹介します。

 

 

がん教育

2019.12.9 文部科学教育通信 掲載

がん教育

21世紀学び研究所は、女性のヘルスケアの知識を教育啓発し、子宮頸がん検診の受診を呼びかける活動を行なっている団体シンクパールが学校で実施する「がん教育」を支援しています。

日本人の二人に一人が生涯がんになるということは多くの方がご存知のことかと思います。しかし、20歳から39歳のがんの8割を女性が占めているという調査結果をご存知の方は少ないのではないでしょうか。この調査結果は、今年10月に、国立がん研究センターが発表したもので、乳がんや子宮頸がんの増加が、その原因だそうです。

シンクパールの代表を務める難波美智代さんは、自らも、がんサバイバーで、女性のヘルスケアに関する教育啓発活動を行い、様々なイベントを企画し、講演も行っていらっしゃいます。今年に入り、シンクパールは、がん経験を持つ多くの方達に、学校現場でのがん教育を実施していただくために、その準備を支援する活動を始められていて、我々は、そのプログラムの企画に参加しています。

日本人の二人に一人が生涯がんになる我が国において、がん予防やがんに対する正しい認識を持つことは、家族や自分の健康と幸せを大切に生きる上でとても大切なことです。そこで、日本政府も、がん教育の実施に向けて、大きく舵を切りました。

私も、この活動を行うまで、存じ上げなかったのですが、2014年に、厚生労働省において「がん教育」の実施が閣議決定し、2016年に、文部科学省より外部講師を用いたがん教育ガイドラインが策定され全国に都道府県がん教育推進協議会が設置されています。学習指導要領においても「がん」が記載され、「がん」を知ることで、いのちの大切さを学び正しく理解する教育の推進が全国で一斉にはじまっています。

 

2016年に、改正されたがん対策基本法に、「がんに関する教育の推進のために必要な施策を講ずる」という文言が加わり、第3期がん対策推進基本計画(2019~2020年)では「国は、全国での実施状況を把握した上で、地域の実情に応じて、外部講師の活用体制を整備し、がん教育の充実に努める。」ことが示されました。2018年に公示された新中学校学習指導要領及び2019年に公示された新高等学校学習指導要領に、新たにがん教育についても取り扱うことが明記され、文部科学省も、2014年から「がん教育総合支援事業」を行い、がん教育を推進しています。

 

がん教育とリフレクション

参加される方々は様々で、ご自身ががんのサバイバーである場合や、ご家族や大切な方をがんで亡くされた方などです。プログラムでは、その経験をリフレクション(自己内省)していただき、子どもたちに何を伝えたいのかそのメッセージを浮き彫りにしていきます。このようなことを伺っても良いのだろうか。とても不安な気持ちで、最初のワークショップを実施したのですが、私の不安は無用なものだったことがすぐにわかりました。

プログラムの流れ

最初に伺う3つの質問(全てがん経験に関してです)

  • 最も嬉しかった経験
  • 最も辛かった経験
  • 最も印象に残ったこと

この経験を、意見、経験、感情、価値観の4点セットで伺います。

  • 何が、最も(嬉しかった、辛かった、印象に残った)経験ですか。
  • それは、具体的にはどのような経験ですか。
  • その経験には、どのような気持ちが紐づいていますか。
  • あなたは、何を大切にしているのでしょうか。

この質問を通して、自分の経験をリフレクション(自己内省)し、他者の経験についても、話を聞く機会を持ち、誰もが、自分の経験に意味づけを行っていきます。

プログラムの最初の質問は、嬉しかった経験についてです。企画の過程では、嬉しかった経験が出てくるのか、辛い経験しかないのではないかという心配もありましたが、人間とは素晴らしいもので、どんな状況にあっても、前向きさを忘れることはなく、喜びを見出すのです。これは、このワークショップで学んだ大切なことの一つです。

シンクパール代表の難波さんは、手術の翌朝の太陽の美しさを語ってくれました。術後の痛みのある中、窓の外には、太陽の姿があり、その太陽の輝きに魅了されたそうです。太陽はいつも通り、東から昇り、西に沈む。このあたり前のことが、とてもありがたく感じるというのも、特別な経験です。

家族を亡くされた方もいらっしゃいましたが、家族の大切さや、健康であることのありがたさを教えてもらったという方もいらっしゃいます。どんな経験にも、希望を見出す。それが人間である。これが、私自身が、このワークショップを通じて学んだことでした。

ワークショップでは、さらに、リフレクションの問いが続きます。

子どもたちの前に立ち、お話をするイメージを持っていただきます。

  • 子どもたちの前に立つあなたは、どんな存在でありたいですか。ミッション
  • がん教育を通して、あなたは何を実現したいですか。ビション
  • その場では、どのような価値観を大切にしたいですか。バリュー

という3つの質問に答えていただきます。

どんな存在でありたいかという質問に対して、「なんでも質問できる、身近な存在でありたい」という方もいらっしゃいました。実際、教室の中には、親ががんの治療を受けている生徒がいる場合があります。家族にがん患者がいると、全員が健康な時とでは、家族の様子も変わり、子どもながらに、楽しく遊ぶことに対する申し訳なさがあったり、お友達と同じではないことに辛さを感じたり、子どもの世界にも苦労があります。そんな生徒が、自分のことを話せる雰囲気が作れることを目指しているとお話されていました。

全校生徒にがんに関する講演会を実施した記事を読んだことがありますが、その際には、講演者にお礼を述べる生徒会長自身が、家族にがん患者がいることを初めてその場で話してくれたそうです。グッドニュースでもなく、友達に話しても何かが変わるわけでもなく、だから、友達にも、それまで話せなかったそうです。

何を実現したいのかで圧倒的に多かったのは、家族と自分の健康のために、今できることにみんなで取り組もうということ。お家に帰ったら、親が検診に行っているかを確認すること。健康であることに感謝すること。健康や命を大切にすることなど、誰もが、家族と自分のためにできることをやる。そんな世の中にしていきたいという思いを、みなさん語ってくださいます。

共感を生むビジョン語り

家族や自分の健康や命、幸せを大切にすることは、誰もが大事なことと知っていながら、健康な時には当たり前と考えてしまいます。しかし、実際にがん経験を持つ人たちが、自分の経験を通して語ることにより、共感が生まれます。

そこで、共感を生むビジョン語りの準備でワークショップを締めくくります。

ビジョン語りのポイントは、パーソナルストーリーとその時に味わった感情を語ることです。何を実現したいのか。それはなぜか。なぜなら、私にはこんな経験があるから。その時の気持ちは・・・。だから、皆さんにも、こんな行動をとって欲しい。

心と心がつながることで初めて、人の言葉は心に残ります。そんなメッセージを、たくさんの方が、子どもたちに届け、健康を大切にする社会の実現に寄与できればと思います。

 

Back To Top