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幼児期からはじめるシチズンシップ教育 ~神奈川県箱根町でのピースフルスクールの実践~

文部科学教育通信No.398 2016.10.24掲載

平成27年度より神奈川県箱根町の幼稚園・保育園・認定こども園計5園でシチズンシップ教育ピースフルスクールプログラムの導入が開始しました。

今回は、ピースフルスクールのような子どもたちの心を育てるシチズンシップ教育プログラムが幼児期の子どもになぜ必要なのかをご説明し、箱根町での取り組みをご紹介いたします。

ぜひ、未就学児の姿だけでなく、彼らが小学生、中学生、高校生、大人になった時のことを想像しながら読んでいただけると幸いです。

 ピースフルスクールプログラムとは

子どもたちの主体性を伸ばし、共生社会を実現する力を磨く幼児・小学生を対象としたシチズンシップ教育プログラムです。多様化する社会において、子どもたちが主体的に共生社会に参画し貢献する大人に成長することを願って開発されました。

子どもたちは、レッスンと日常での実践を通して、多様な人々が共生する社会を実現するために必要なマインドと行動を身につけます。プログラムを通して、対立を話し合いによって子どもたち自身で解決することや、建設的な議論をして合意形成すること、自分とは異なる他者を尊重し共生すること等を小さなステップで学んでいきます。レッスンでの学びを学校生活の中で起きる他者とのトラブルに活かし、問題解決に取り組みます。このため、プログラム導入により、けんかやいじめのトラブルは減少し、子どもたちは安心して学校生活を送ることが可能になります。
また、お友達と一緒に問題を解決し、よりよい学級創りに貢献した経験を積むことで、子どもたちの自己肯定感や効力感が高まります。
このように、子どもたちはプログラムを通して「みんなが幸せになるために一人ひとりにできること」を学びます。具体的には、以下の項目に集約されます。

  1. 自分を幸せにすること
  2. 家族やお友達を幸せにすること
  3. みんなが幸せになるコミュニティづくりに参加すること

教育の役割の増大

家庭や社会が多様化している中で、子どもたちが育つ環境も大きく変化しています。心を育む機会やコミュニティでの生き方を学ぶ機会が子どもによって担保されないことがあります。教育の機会が得られないまま、子どもたちは経験を通して、裏切られ、傷つき、平和の実現や善く生きることを諦め、時には怒りや悲しみから平和を破壊するエネルギーを高めてしまうこともあります。

そのため、教育の役割に、「話す・聴く」といったコミュニケーションの基礎や、感情を認識し言葉で伝えること、怒りの感情をコントロールすること、多様な人を尊重し共生するための方法、問題が起きた時にどう解決するのかといった知識を得ることが求められるようになりました。
ピースフルスクールプログラムを幼児期から実施することで、平和を好み、善く生きようとする子どもたちの心が育つので、理想を諦めず、平和を守る人・善く生きる人に成長する確率が高まります。

 子どもたちの知っていることと知らないこと

園で、「いやな時は”いやだ、やめて”と言おう」というレッスンを行いました。トラとサルのパペットを使い、サルがお絵かきをしている時にトラがサルのクレヨンを奪ってしまうというシチュエーションの劇を演じます。

子どもたちに、こんな時どうしたらいいのかを尋ねたところ、多くの子どもが「謝ればいいんだよ」と答えてくれました。子どもたちは、お友達を傷つけるのはよくないこと、よくないことをした時は謝るということは既に知っています。

しかし、「嫌なことをされたサルは、”いやだから、やめて”とトラに言えばいいんだよ」と答える子どもはいませんでした。この実践から、子どもたちがお友達に「いやだ、やめて」と言うことに慣れていないことがわかります。

幼児期の間であれば、お友達から嫌なことをされても先生に助けを求めることができます。「先生、Aくんに嫌なことをされたの」「先生、BちゃんとCちゃんから仲間はずれにされた」という風に先生に報告し、助けを求めることは園の生活でよくあることです。

このように、嫌なことをされた時にその気持ちを伝える経験を積まないまま大きくなると、いつか先生に助けを求められなくなった時に、嫌な気持ちを抱えたまま我慢することになります。先生に助けを求めると、けんかやいじめが悪化してしまうからです。

また、からかい(おふざけ)からいじめに発展することもあります。それを防ぐためには、コミュニティに約束が必要です。

・楽しくない、いやだと感じた時に、自分の気持ちに気付いて「いやだ、やめて」と相手に伝えること

・どんなに楽しくても、お友達が「いやだ、やめて」と言った時は止めること

この二点をコミュニティ(この場合、園全体やクラス)の約束事とし、日常で実践することで、自分の限界を知り自分を守る力、相手の気持ちに気付き共感する力を磨くことができます。このような経験を幼児期から積むことで、お友達とのトラブルが増える年代になった時に、自分たちでどうしたら良いのかを考え、行動することができるのです。

 幼児のころから共に生きる善い経験を積む

幼児のころから、自分の心の声と相手の心の声を聴き、誰もが心地よい状態をみんなでつくるために行動する経験は、生涯の財産になります。

また、子どもたちが主体的に学び、積極的に他者と関わるためには、安心できる環境と心の繋がりが必要です。子どもたちが「こんなことを言ったら、誰かに悪口を言われるかもしれない」「目立ってしまったら、批判されるかもしれない」といった不安や過度の緊張感を持つような環境では、子どもたちの主体性を育むことはできません。

複雑で解決することが難しい問題が起きる前に、幼児のころから子どもたちの心を育て、共に生きる善い経験を積むことで、コミュニティがより安心安全な環境となり、より主体的に活動できるようになります。

箱根町の園では、月に二回ピースフルスクールプログラムのレッスンを実施しています。上記の「いやな時は”いやだ、やめて”と言おう」のレッスン以外にも、「ほめ言葉とけなし言葉」や「自分の気持ちを言葉で表現しよう」「相手のためになる助け方をしよう」「怒りの気持ちをコントロールしよう」「対立した時の助け方」などのレッスンと日常での実践を行い、多様な人々が共生する社会を実現するために必要なマインドと行動を身につけています。今は幼児である子どもたちが小学生、中高生、社会人になった時に、この学びがより活かせるようになることを願っています。

組織の気づきや学びを高めるリーダーシップ(後)

文部科学教育通信No.398 2016.10.24掲載

リーダーの大きな役割のひとつとして他者の「育成」があります。リーダー自身がリーダーシップを発揮することはもちろんですが、リーダーシップを発揮してくれる他者を育て、次世代のリーダーが生まれることで組織は強くなります。他者の育成においてリーダーが行うことのひとつにフィードバックがあります。組織のメンバーを成長させたいと思うのであれば、”気づきを与える”適切なフィードバックは欠かせない育成の手法です。フィードバックは現状とありたい姿のギャップを伝えることで、相手の気づきや学びを引き出すことです。これにより私たちは考えや行動を改善し、モチベーションや自信をもって次の行動に取り組むことができます。

ストレートで適切なフィードバック

フィードバックは目的を達成し、善い組織や未来をつくるために欠かせない要素です。リーダーがフィードバックをする前提として心構えがあります。それは、相手の無限の可能性を信じるということです。最初から、「この人には無理かも。」「面倒だな、厄介だな。」という気持ちで相手と関わっても結果は出ません。自分の考えを決めつけたままで思考停止していては、相手の真の気持ちや行動を捉えることができませんし、相手からの信用を得ることもできません。いつまでたっても行動が変わらず「なぜ変わらないんだ」と不満や怒りをもったままです。

適切なフィードバックを行うためには、観察や対話を通して、フィードバックをする相手のデータを収集しておくことも重要です。

結果:あるべき姿に対して、どのような結果なのか。

行動:どのような行動を取っているか。

 思考、感情:何を考えて、どのような気持ちなのか。

 スキル、能力:どのようなスキル、能力を持っているのか。

 傾向、パターン:どのような傾向やパターンが見受けられるか。

フィードバックに対して誤解している人も多くいます。よくある事例として、「よく頑張ったね」「よかったよ」などの曖昧なフィードバックです。これでは何に対して頑張ったのか、何を強化すれば良いのか抽象的で次の行動に活かす再現性がありません。フィードバックで重要な点は、行動と結果の関係が明らかになることです。そのために、前述のデータ収集が必要になります。事前の観察や対話ができていないと、フィードバックを行うリーダー自身が相手の何を振り返り、伝えれば良いのか曖昧になってしまいます。行動と結果の関係が明らかになり認識できると、行動の何を変えることで(理想の行動)、望んでいる結果を出せるのか、その答えを見出すことができます。これをトリプルフィードバックと言います。トリプルフィードバックで明らかにする要素はこの3点です。

行動を変えるトリプルフィードバック

①実際の行動

②その結果

③理想の行動

行動による結果を、具体的に伝えることがフィードバックの本来の意義なのです。

 フィードバックの基本的な流れ

トリプルフィードバックを踏まえた、フィードバックの基本的な流れを見てみましょう。

  1. 話し合うテーマを共有する
  2. 本人の自己認識(良い点・改善点)を共有する
  3. 本人の自己認識を育成者の言葉で要約し認識の共有を確認する
  4. トリプルフィードバックで良い点を伝える
  5. トリプルフィードバックで改善点を伝える
  6. フィードバックに対するリフレクションと相互理解の対話を持つ
  7. 合意したことを整理する
  8. アクションプランを構築する
  9. 期待値に対する相互理解を確認する
  10. フォローアップスケジュールを決める
  11. 謝辞を述べて終了する

④と⑤にトリプルフィードバックが出てきますが、トリプルフィードバックは改善点を伝えるだけでなく、良い点を伝えるときにも使えます。その際、先に良い点を伝えるようにしましょう。褒めるだけでは人は育ちませんが、褒めないと人は育ちません。褒めることによって信頼関係が生まれ、フィードバックを聞いてもらえるようになるからです。普段から、オープンな状態で話ができるコミュニケーションの土台づくりを行っておくことが重要です。その一つの方法として相手を褒めるということがあります。褒められて嫌な気分になる人はいません。相手は褒めてくれたあなたに対して「自分を理解してくれる人だ」と信頼感を寄せることになります。通常のフィードバックは相手の失敗や不足している点に対して行うため、ネガティブな要素が強くなってしまいます。しかし、日頃からしっかりと信頼関係ができていれば、ストレートな発言を伝えても相手は冷静に受け入れることができます。

⑥に「リフレクションと相互理解の対話を持つ」とあります。リフレクションとは前例を踏襲する(状況に直面した時に慣習的なやり方や方法を規定通りに適用する)だけでなく変化に応じて、経験から学び、批判的なスタンスで考え動くために必要な力です。リフレクションは自分の気づきや能力を高める非常に重要な要素ですが、そこに他者が入り、フィードバックをもらうことで、より効果を高めることができます。自分一人では自覚できない曖昧なことへの認識が高まり、他者の意見を取り入れることで新しい発想が生まれます。相手のリフレクションを促すにはいくつかポイントがあります。リーダーは経験が豊富なため自分の意見を主張し指導してしまいがちです。しかし、それでは相手は自分で考えることをやめてしまいます。リーダーは自分の意見を出さずに、質問と反映を繰り返しながら、相手の顕在化している意見や課題の背景にある潜在的な意識を探求してください。

反映

話し手の言葉と気持ちを聴き取り、聞き手がその内容を話し手に伝えること。「○○なのですね。」「○○という気持ちなのですね。」

質問

YES、NOで答えられるクローズ質問よりも、自由に答えを考えられるオープン質問の方が思考を刺激する。

顕在化していることよりも、その奥にある潜在的な部分に本当の課題が潜んでいる可能性があります。答えを渡すのではなく、本人が深く考え、気づきを得ることが重要です。解決策を決めていく上で、アドバイスをあまり具体的にしてしまうと主体性を阻害することになってしまいます。解決策を与えると課題に取り組むモチベーションを上げる機会を逃し、アドバイス通りに課題に取り組んで上手く行かなかったら、他者のせいにできてしまうのです。答えを渡していると、相手が自立的に問題解決することができません。長期的にはリーダーの助けを最小限として一人でリフレクションし成長することがゴールです。

⑧でアクションプランを構築する、⑨期待値に関してもできるだけ本人に計画を立ててもらうようにしましょう。アクションプラン構築時には目標を明確に定義します。そのためにSMARTゴールのフレームワークを活用することができます。

  • Specific【具体的】
    ゴールが具体的に表現されている
  • Measurable【測定可能】
    ゴールの達成が、測定可能である
  • Achievable【実現性】
    チャレンジングなゴールであるとともに、実現可能である
  •  Relevant 【企業・組織目標との整合性】
    企業や組織の目標と整合性が明らかである
  • Time-bound【スケジュール】
    期限が明確である目標に対する理解を一致させるためにはSMARTゴールを意識してみましょう。

フィードバックを一度すれば終わりということではなく、⑪フォローアップスケジュールを決め、進捗確認を継続していきましょう。フィードバックの時間が終わっても相手を観察し、必要に応じで適切に介入していくことが重要です。

組織の気づきや学びを高めるリーダーシップ(前)

文部教育科学通信 No.397 2016.10.10掲載

リーダーシップとはリーダー的立場の人だけが備えるべきものではありません。リーダーシップが特別な能力だと勘違いされることが多いのですが、リーダーとメンバーは役割の違いであり、能力の違いではありません。メンバーであってもリーダーシップは必要なのです。メンバーでもリーダーシップが求められる理由は何でしょうか。これからの時代の価値創造は、スピードや正確性だけではなく、個々の能力を活かし多様な人たちの掛け算で生まれる創造性が鍵となるためです。そのためには、個人が自律し主体的であることが求められます。リーダーの指示を待つのではなく、自ら考え行動していくことそのものがリーダーシップのはじまりなのです。

リーダーシップとマネジメントの違い

 よく混同されるのがリーダーシップとマネジメントの能力です。マネジメントとは、目標を実現するために、資源配分を行い計画を策定すること、また作成した計画に基づきPDCAサイクルを管理する力を指します。一方、リーダーシップとは自分の言葉や行動、存在を通して、自分以外の人も主体的に動くようにしてしまう影響力のことを言います。つまり、自分自身がリーダーであるとともに、周囲の人もリーダーにしてしまうということです。

リーダーシップに対しての誤解

 1930年代は、リーダーシップと高い相関関係のある特性として、想像力、人気、社交性、判断力、説得力、優越力、ユーモア、協調性、活発性、運動能力などが挙げられていました。リーダーは生まれ持ったもの、能力のある人だけのものという認識があったのです。しかし、マネジメントの父と呼ばれるピーター・ドラッカーは「リーダーシップは、学べる時代になった。」と語り、今までの概念を覆しました。ドラッカーはまた「リーダーシップに適した性格、スタイル特性などは存在しない。優秀なリーダーたちに共通な特徴は、カリスマ性を持っていないことだ。」とリーダーシップについて言及しています。リーダー像もひとつではなく、一人ひとりの個性を土台に、人の数だけ存在して良いのです。誰かの真似をしても、理想のリーダーにはなれません。自らを知り、自分らしいリーダーシップを構築していくものなのです。これからはチームの時代となりました。リーダーは一人で良いというわけではありません。個性を活かすリーダーシップを、全員が発揮することで、最強のチームをつくることが可能となります。

チームのはじまり

 それでは、リーダーして良いチームをつくるために、どうすれば良いでしょうか。チームづくりにもまずは準備が必要になります。チームメンバー一人ひとりの心の中にあるビジョンを共有することから始めましょう。個人のビジョンから対話を通して、チームのビジョンを創造します。このとき個人のビジョンとチームのビジョンがつながっていることが重要です。この対話を繰り返し、チームで共有することは簡単なことではありませんが、重要なプロセスです。個人とチームのビジョンがつながることで、チームのビジョンが一人ひとりの心の中に存在し、実現したい願う強固なビジョンとなります。これを共有ビジョンと言います。共有ビジョンを創造する際に大切な問いがこちらです。

  1. あなたは何を実現したいのか?(ビジョン)
  2. 何を大切にする仲間なのか?(価値観)
  3. 私たちは、何のために存在するのか?(ミッション)

どれだけメンバーの心を動かし、行動を引き出すことができるかが共有ビジョンの良し悪しを決めます。大きな変化を創り出したいときや、困難が大きいときなどは、評価や対価だけで人動かすことができません。チームに根付いた共有ビジョンが、原動力となり目標達成に向け、人は動き出すのです。

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文化をつくる

 多くの組織で独自の文化が存在し、そこにいる人々の行動や価値観に影響を与えています。この組織文化こそが、望む結果や未来を得るために重要な基盤となります。組織文化を創るには、ある程度長い期間が必要になりますが、ここでも鍵を握るのがリーダーの存在です。リーダーの一貫性のある言動が、仲間に浸透することで、文化となるのです。一貫性のある言動と一言に言っても、その階層は多岐に渡ります。根底にある信念や価値観、それに紐づく感情、思考、態度、行動すべてにおいて一貫性が求められます。これは容易なことではありません。例えば、いくら素晴らしい信念や価値観を語っても、行動が伴わない人は誰も信用しません。リーダーはロールモデルとなるために、自らを冷静に客観視し、振り返る必要があります。

チームビルディング

 チームは、以下のような流れを経て成長していきます。

  1. 信頼関係の確立
    お互いの信頼関係ができている
  2. 自然な対立の発生
    メンバーの意見に対して自然な対立が起こる。
  3. コミットする姿勢
    メンバーは決定事項や行動計画に対してコミットする姿勢ができている。
  4. 実行に対する責任感
    一人ひとりが計画の実行に対して責任を負っている。
  5. 結果の達成
    チーム全体の結果の達成に注意が払われる。

(引用:The Five DYSFUNCTIONS of a TEAM Patrick Lencioni

 まずは信頼関係の構築がベースとなります。チームのメンバーがお互いの弱点や失敗に対して、心からオープンになれなければ、信頼関係は築けません。メンバー一人ひとりが周囲の人に対して、素の自分を見せることができる状態であり、周囲の人に受け入れてもらえる安心感が信頼につながります。信頼を欠いたチームでは、自分の意見を出せず、チームの決定にコミットすることも難しくなるでしょう。

 複数の人が集まれば、自然な対立が起こります。対立と言うとネガティブな印象がありますが、決して悪いことではありません。対立が起こることで問題が顕在化し、変化や改善へのきっかけとなるのです。対立することへの恐怖を克服し、受け入れることが重要です。率直に意見交換をし、価値観ベースで対話を行えば、対立を乗り越え、新たな発想が生まれます。これが一人では生まれないチームであることの効果となります。

 前述した共有ビジョンがしっかりと握れていれば、コミットする姿勢や責任感も増していくことでしょう。ただし、最初に握れば後は放置しても良いということはなく、メンバーの状況を常に観察し、支援していくことが重要です。

保存

セルフリーダーシップを磨く

文部科学教育通信 No.396 2016.09.26掲載

現代は情報に溢れ、仕事や日常生活での判断の数が急速に増えています。常に脳がフル回転しており、注意が散漫になっている状態が続いています。心身ともに疲れ果てているという方も多いのではないでしょうか。このような時代に見直されているのが、落ち着いた状態を取り戻し、今の自分に注意を向ける認知の力です。メタ認知とも言われ、頭の中のもう一人の自分が自分を客観視して、コントロールできる能力を指します。現在、Googleで開発され世界のあらゆる企業で広まっている「マインドフルネス」もこの認知の力を活用したものです。

先日、日本でマインドフルネスを広める一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート(MiLI)とイベントを開催しました。

マインドフルネスとは、「今この瞬間に、完全な注意を向けた状態」です。今、周囲で起きていること、自分に生じている感情や思考、身体的な感覚などに目を向けることを指します。

一方、マインドフルネスでない状態とは、注意が「今」からそれ、散漫になることです。そのことに気づかず、起きることすべてに反応し、特定のことに執着して全体が見えないことを指します。例えば、あれやこれやと物思いにふけっていたり、血眼になって頑張っていたり、感情的に行動している状態です。また、湧いてくる考えや感情を抑え込んでいることもマインドフルネスとは言えません。

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私達が広める企業向けプログラム「OS21」でも、マインドフルネスと共通する「認知」の力を重要としています。ここでポイントになるのが感情です。忙しい日々の中では、感情が動く場面に遭遇することが多々あると思います。しかし、私達は自分の感情の変化を立ち止まって認知し、受け止めることをしないまま過ごしています。自分の感情をきちんと受け止め、評価判断を保留にしていくことが要となります。日本では感情について語る機会が少なく疎かにされがちです。しかし、人の言動はすべて感情に紐付いています。様々な状況の中で困難を乗り越え、他者と協同していくために、この感情のコントロールが欠かせないのです。

当日は認知や感情の扱いを中心に、このような流れで進みました。

気づく力と制御する力
マインドフルネスを養うために、訓練として瞑想を取り入れることが多くあります。心が「今」という瞬間を意識し、評価判断を挟まない気づきの状態になるのです。プロセスとしては、自分の呼吸に注意を向けることから始めます。呼吸に集中しているうちに、注意がそれて雑念がわいてきます。注意がそれたことに気づき、また呼吸に注意を戻すといったサイクルを回します。この時に雑念がわいてしまってはいけないと無理に考える必要はありません。違うことを考えてしまっても、また自然と呼吸に意識を戻し、評価判断をしないことが大切です。瞑想を通じて、「メタ注意」の力を養います。「メタ注意」とは一般的な「注意」に対し、注意自体への注意、注意がそれたことを知る能力を言います。自己の内面の状態をメタ注意することで、はじめて制御ができるのです。ここでは、自己制御のメカニズムを学びました。

認知と動機の源
私達は知らず知らずのうちに認知をして物事を捉えています。過去の経験、価値観、そこに紐づく感情により形成されるものの見方です。ここでは認知の力を使いペアを組んでお互いの内面を探求するワークを行いました。嬉しい時、モチベーションが高い時、悔しい時、怒っていた時など感情の記憶と結びつく出来事や、人生に大きな影響を与えた出来事を思い出してもらい、そこから自分の大切にしている価値観や信念を見つけていきます。これが、人それぞれが異なって持っている動機の源です。自己の内面を探ることで、自分がどのようなときに能力が最大化し、生き生きと行動することができるのか、自分の活かし方も見えてきます。

マインドフルカンバセーション
聴き手、話し手として、マインドフルネスをコミュニケーションに応用する〝マインドフルリスニング〟”マインドフルトーキング”の練習です。ペアを組み、話し手が話をし、聴き手は瞑想の呼吸のように相手に注意を向けて聴きます。意見や感想などは返しません。話が止まって沈黙が訪れたら、その〝気まずさ〟にも注意を向けながら反応せずに実践をつづけます。このようにすぐに評価判断をせず、なぜ自分や他者がそう思うのか受容し合うことが真の対話につながるのです。

つながる力と多様性
合わない人と仕事をするとき、無関心な人、我慢できない人、制御する人と人によって対応は様々です。マインドフルネスや認知の力が高まると、自分や相手に対し寛容になっていくことが実感できます。ネガティブな感情に気づいて、セルフマネジメントすることができ、異質なものにあったとき感情の制御が働くのです。自分や他者の内面を知ると同時に、人それぞれが違って当たり前なことに気づきます。これが、多様性を受け入れるということにつながっていくのです。

リフレクション
ここまでの力を統合すると、経験を振り返り自分の学びを高めることができます。出来事や他者、環境ではなく、自己の行動や内面を振り返ることが可能になります。この自己の振り返りが、一番の学びとなり、次のアクションに応用ができるのです。つまり望む結果を得る最善の方法を手に入れることができます。今回のイベントでは、リフレクションのサイクルに基づき、イベントでの経験を自分のものとして活かす方法を体験していただきました。

今回のイベントで行ったような内容を習慣的に続けることによって、様々な効果が実感できるようになります。まず、心の落ち着きが得られやすくなります。すると、様々な仕事や考え事がある中でも集中力が高まり、生産性があがります。緊張をともなう場面でも、自分の不安を制御し、普段の自分の力を出し切る状態をつくることができます。他者とのコミュニケーションにおいても、即座に感情で判断することが減り、相手への共感力が高まることでしょう。お互いの信頼関係も築きやすくなるはずです。

こうした自己認識力、自己管理能力はセルフリーダーシップにつながります。リーダーシップというと他者率いて統括するイメージがありますが、自分自身をリードするという考え方です。今の社会は、仕事や解決すべき問題が高度となり、一人のリーダーが道を示し、メンバーがその通りに動くだけでは機能しなくなっています。一人ひとりが自ら考え、行動する力がより求められているのです。そのためには、まず自分の考えや行動をきちんと認知し、マインドフルネスな状態になることから始まるのです。

自立と共生の力を伸ばすシチズンシップ教育 ~ピースフルスクールプログラム実践報告会より~

文部科学教育通信No.395 2016.09.12掲載

ピースフルスクールプログラムとは、子どもたちが園や学校という「社会に出る前にチャレンジできる場所」で、主体性を伸ばし、共生社会を実現する力をみがくシチズンシップ教育プログラムです。

多様化する社会において、子どもたちが無力感や孤独感、不安感に押しつぶされる前に、

「問題が起きても、自分たちで解決できるから、大丈夫!」

「誰かと違っていても、お互いの個性を尊重して活かすことができるから、安心!」

という気持ちで日々を過ごし、自分たちの力で安心安全な環境をつくることのできる人へと成長してくれることを願い、オランダで開発されました。現在オランダでは800校以上に導入されています。

2013年度より日本でのプログラム開発をスタートし、2014年度に佐賀県武雄市の小学校、2015年度に神奈川県箱根町の幼稚園・保育園・子ども園全5園に導入しています。

2016年8月20日に実践報告会を兼ねた公開イベントを開催しました。保育園や幼稚園、小学校の先生をはじめ、教育委員会や民間企業、保護者など、様々な立場の方にご参加いただきました。今回は、このイベントでの発表内容の一部をご紹介いたします。

日本に必要な理由

2011年にオランダのピースフルスクールを訪問した際、子どもたち自身で自らのコミュニティを安心で安全なものにしている姿を目の当たりにし、日本の子どもにもこの学びが必要だと感じました。

その理由の一つに、いじめの問題があります。いじめは、被害者と加害者・加担者だけの問題ではありません。いじめを見て見ぬふりする傍観者こそが集団圧力となっていじめを支える原因となっているのです。本来であれば、いじめに気付いた人がその解決のお手伝いをすることが望ましいですが、そのような行動をとると自分がいじめの標的になってしまう恐れがあるので、傍観者でいる選択をする子どもたちが多いです。

日本にプログラムを展開しようとしていた2013年当時、「全国生徒会サミット2013 いじめ撲滅宣言」という北海道から沖縄まで、全国から43校の中学校生徒会の代表が集まり、いじめ問題の解決について話し合うイベントが開催されました。日本全国でいじめの問題が起きていて、誰もがその問題に困っていることがわかりました。

その当時、中学・高校でピースフルスクールの話をする機会があり、「いじめを話し合いで解決する」というテーマで行ったワークショップを通してわかったことは、「いじめは良くないと頭でわかっていても、解決のために行動を起こせる人はほぼいない」ということでした。いじめのある状態を望む人はいないのですが、解決しようとするマインドもスキルも身についていないことが明らかとなり、オランダのピースフルスクール導入校の子どもたちは、けんかやいじめといった問題を自分たちで話し合って解決していることを知っていたため、日本にもこの学びが必要だと確信しました。

二つ目は、世間一般で優秀とされる学生の現状に危機感を覚えたことです。2010年頃から教育系NPOで活動する学生の研修を担当してきました。21世紀という複雑な時代を生きる彼らは、多様な人々と話し合い、刺激し合い、新しいアイディアや知恵を創造する共創力が求められているにも関わらず、みんなで考えるよりも一人の頭で考える方が得意であったり、コミュニケーションにおいて対立を回避しようとしたり、話し合いでは主張しないで合意に導くか、一人で決めようとするかいずれかのパターンが多いことに気付きました。

ピースフルスクールでは、一人ひとり自分の意見を持つことを大切にしていて、意見が対立することは当たり前であるという共通認識を持っています。対立した時にけんかやいじめに発展させたり、相手の言いなりになるのではなく、話し合いで解決することが必要であるというマインドとスキルを4歳の頃から少しずつ身につけているのです。そのため、多様な人と協働し、何かを生み出すことが得意です。

日本の学生と話していて、彼らはオランダのピースフルスクール導入校の子どもが学んでいることを学ぶ機会さえもなかったこと、「対立は良くない」という価値観が染みついていることに気が付き、日本にもこの学びを届けることにしました。

特徴的な学び

ピースフルスクールプログラムには、4つの特徴的な学びがあります。

  1. 自分の意見を持つ責任がある
    コミュニティに所属しているということは、自分の意見を持つ責任があるということを学びます。例え「わからない」であっても、自分の頭で考えて、意見を持たなくてはならない。このことをコミュニティの共通理解としています。
  2. 対立は悪くない
    民主的な社会とは、多様な意見が存在する社会です。そのため、対立することが前提となります。対立は起きて当たり前、起きても話し合って解決できるということを知っているので、対立を必要以上に恐れることはありません。
  3. コミュニティには共感がある
    子どもたちは、感情に関することを丁寧に学んでいます。自分の感情を認識すること、感情を言葉で伝えること(伝えないとわからないこともあるため)、相手の感情に耳を傾けることを日々経験し、共感力を高めています。そうすることで、子どもたち自身で安心安全な環境をつくることができるのです。
  4. 問題解決に取り組む
    子どもたちは、問題が起きることは仕方のないことだが、その問題を放置したり、さらに悪化させることはいけないことだという共通認識を持っています。お友達とけんかした時は話し合って解決する。クラスや学校の課題を話し合って解決する。このマインドとスキルを身につけていきます。

日本での実践

2014年度より佐賀県武雄市の小学校、2015年度に神奈川県箱根町の幼稚園・保育園・子ども園全5園にプログラムを導入し、現在も子どもと大人が一緒にプログラムを学び続けています。

園や小学校での導入のねらいは、「同調圧力に負けず、自分の意見を伝え、意見が対立した時は話し合いでよりよい答えを導き出す力を身につけること」「幼少期から心が繋がるよい経験、共に生きるよい経験を積むこと」です。

現在は、先生をはじめとする子どもと関わる大人がプログラムを学び、子どもたちにレッスンを実施して学びを届け、学んだことを日常で使えるようサポートすることを続けています。2年半の活動を通して以下のことがわかりました。

  • ピースフルスクールプログラムは、「実際にできるようになること」を目的としている
  • クラスで対立が起こった時に、話し合って問題を解決しようとする姿が見られる
  • 授業や日常生活において、自分の意見を伝えることができるようになっていて、自分とは異なる意見であっても、相手の話に耳を傾け、理解しようと努める姿が見られる
  • プログラム実施前は「意見が違う人とは仲良くできない」「理解し合えない」と思っていた児童が、プログラム導入後は、「意見が違っても友達でいられる」「対立は意見の違いから生じるものだから、怖がらなくて大丈夫」と考えるようになっている
  • アクティブ・ラーニングなど、話し合いによる学び合いの基礎として必要な力を身につけられること

ピースフルスクールプログラムの学びを園や学校の文化とし、コミュニティに関わる人全員の共通認識とするまで時間はかかりますが、いい兆しは見られていると思います。

2030年の企業、社会、人のあり方(その1)

文部科学教育通信No.391 2016.07.11掲載

未来の社会、未来に人、未来の教育のあり方の3つの視点で教育のビジョンを語れる社会を創るために、未来の企業、社会、人のあり方について考えました。今回は、2回シリーズで、その結果、明らかになった4つの異なる世界をご紹介したいと思います。

2030年の企業、社会、人のあり方に関する4つの異なる世界

未来に影響を及ぼす要因に関して、6つ領域の膨大なトピック(日本の人口減少、グローバル化、資源危機リスク、自然災害リスク、AIやロボットなどテクノロジーの進化等)から「確実なこと」は共通とし、「不確実かつインパクトが大きい要素」の組合せ方によって、2030年に起こりうる4つの世界を想像し、シナリオを描きました。これらのシナリオは「未来予測の正しい答え」を示しているのではなく、「未来をどう創っていくか」の問いです。

2030年 確実に/ほぼ確実に起こること

日本の人口減少、3人に1人が6歳以上の高齢者。
アジア、アフリカを中心とする世界の人口の増大と、都市部への集中。
グローバル化・国境を越えた経済活動の拡大と日本の存在感の低下。
資源危機リスク、食糧危機リスク、自然災害リスク、国際政治不安・テロリズム、金融危機の存在。
AI(人口知能)やロボットなどのテクノロジーの進化と職業の変容。
価値観の変化、ミネリアル世代の台頭。

不確実かつインパクトが大きい要素

企業経営のものさしが画一か、多様化か。
働き方が画一か、多様か。終身雇用や年功序列型賃金等の日本的雇用慣行が継続するか否か。

今回は、4つの異なるシナリオのうち、企業経営のものさしが画一である場合の2つのシナリオについてご紹介したいと思います。

5.png■ 高齢化社会と「20世紀型労働」神話の維持

安定的な雇用へのニーズは根強く、転職や起業を積極的に志向する人は少なく、ジョブ型雇用や兼業(副職)、リモートワークやワークシェアリングといった自由な働き方を求める声は小さい。

■「五輪ロス」と日本企業の構造的弱体化

企業においては、株主と短期的収益を重視するものさしが中心的に機能。短期視点での経営に偏っていた企業は「五輪ロス」により経営難に陥っている。一方で、 解雇規制が厳しく、リストラも限界。社員平均年齢は高くなるばかりだ。

■ イノベーション後進国・日本の「失われた半世紀」

働き方の自由・多様性・テクノロジーなど土壌づくりの面で立ち遅れた日本は、 イノベーション後進国に転落している。

■「三すくみ」の社会

一方、政府は、年金支払い費用・医療費で毎年巨額の財政赤字。政府・企業・市民の各セクターがビジョンを共有しないまま、自己の行動を最適化しようとした結果、「三すくみ」 状態によって構造改革が阻害されている。

図1.png図2.png
【2030年シナリオ② 個の台頭シナリオ ~大格差の発生とニッチの台頭~】

■ テクノロジーによる「働き方のシフト」と「消える職業」

個人が時代の変化をリードする社会。「テクノロジーの発達」が個人の働き方をエンパワーメントし、働き方の多様化が拡がる。常にライフスタイルを更新しようという志向があるミレニアル世代の影響力も大きくなっている 。一方で、ロボット技術やAI技術で代替され消える職業も。

■ オープンで柔軟な雇用制度・人事制度

企業も、女性、シニア、中途採用、ジョブ型雇用等多様性ある人材を活用。また、解雇の規制も緩和され、成長分野への柔軟な人材配置が進む。

■ “近視眼的”経営と個人起点イノベーション

企業の長期視点やサステナビリティへの志向は薄く、短期的収益・株主志向。イノベーションを生み出すのはテクノロジーを駆使した個人である。

■ “電気羊が人間を喰い殺す” 大格差の時代

「就労格差」が増大し、個人の力の差がより顕著に表れる弱肉強食の時代。また、財政負担は増大、格差の拡大と社会保障制度危機が時代の一大テーマとなっている。

次回は、企業経営のものさしが多様な世界における2つのシナリオをご紹介します。

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未来教育会議の短い歴史

文部科学教育通信No.390 2016.06.27掲載

3年前に発足し活動を続けている未来教育会議は、昨年の活動を通して創り上げた「2030年の未来の社会・企業のシナリオ」を、6月12日に発表しました。シナリオは、未来教育会議のHPからもダウンロードしていただけます。ぜひ、教育に関わる多くの方々にも、ご覧頂きたいと思います。

未来教育会議は、なぜ、「2030年の未来の社会・企業のシナリオ」を描いたのか、どのように活用したいと考えているのかを、未来教育会議の短い歴史を振り返りながらご説明したいと思います。

未来教育会議の立ち上げ

未来教育会議は、2013年に、オランダのシチズンシップ教育ピースフルスクールを開発したレオ.パオ氏と、奥様でビジネスパートナーであるカオリン氏の来日がきっかけで生まれた団体です。教育の未来を社会と共に創りあげているオランダの事例に勇気付けられ、ワークショップに参加してくれた3人の知人と共に、約1年の議論を経て未来教育会議を立ち上げることになりました。その後メンバーも増え、実行委員会のメンバーは7名になりました。

その際に、ヒントとなったのは2010年から2012年にかけて取り組んでいた「教育の未来を創るワークショップ」で積み重ねた議論でした。ワークショップでは、延べ200人を超える人々と教育の未来について考え、話し合いを行ってきました。話し合いには、文科省、教育委員会、校長先生、先生、NPO等の教育団体、民間教育事業者、保護者、学生と多様な人々にご参加いただき、マルチステイクホルダーで話し合うことを大事にしました。その結果、教育がよい方向に向かうためには、教育をシステムとして捕らえることが重要であることに気づきました。たとえば、21世紀スキルを身につけるためにスタートしたゆとり教育も、民間教育サービスに強く依存する日本社会では、子どもたちにゆとりを与える結果には繋がりませんでした。教育熱心な親たちは、子どもたちを塾に通わせることを選択し、ゆとり教育により、子どもたちの多忙化が加速しました。このような状態では、どのような施策を打ち出しても、真の狙いが具現化することになりません。

滝つぼで溺れている先生に気づく

マルチステイクホルダーによる対話を始めた当時、私は日本教育大学院大学の学長をしており、教員の職務についても、強い危機感を持っておりました。社会人経験と高い志を持ち教員になった修了生たちが、学校現場でさまざまな困難に直面していました。教師には、授業以外の多くの職務があります。家庭も多様化し、子どもたちを朝起こすことまでも先生の仕事になり、不登校の子どもたちの家庭訪問も必要な仕事です。複雑な社会環境による歪が、子どもたちの生活に影響を与え、そのインパクトをすべて先生が背負うことになります。そんな中、先のワークショップでのある議論で、私は自らを省みる必要性に迫られました。その議論の結論を絵で表すと、先生が滝つぼで溺れていて、滝つぼには、文科省、教育委員会、保護者、メディア等からの要求が次々と流れ落ちているのです。教育システムは、社会が教育に新しい要求をすればするほど、先生たちが安心して新しいことに取り組めない環境を作り出しているのです。息子が小学生の頃ゆとり教育が始まり、教育批判をしていた保護者の一人として、私も、先生が溺れる環境を作ることに加担していたことに気づかされました。先生を守らなければ、教育がよくならないことは明らかです。しかし、同時に、教育には変わってもらう必要があります。その両方を実現するために何が必要か、その結論が、教育のビジョンを共有する社会の実現でした。

教育のビジョン

こうして、1月にスタートした未来教育会議は、教育のビジョンを、未来の社会、未来の人、未来の教育のあり方の3点セットで語れる社会を実現することから始めることにしました。

未来教育会議は、4つのビジョンも掲げています。

  1. 自立と共生が実現し、すべての人が自分を幸せにすることができる社会をつくる
  2. 主体的に考え、相互にかかわりあい、問題解決できる力を持つ人を育てる
  3. 教育に関する柔軟性や自由さが担保されている社会をつくる
  4. 学校、家庭、地域、企業が共創して教育にかかわり合う社会を創る

未来教育会議の最初のゴールは、教育のビジョンが共有される社会を創ることです。ビジョンが共有されていれば、行政、学校、家庭、地域、企業が協働して、教育を作り上げることができます。しかし、ゆとり教育に始まる一連の教育改革において、必ずしもビジョンが共有されていないのが現実です。教育改革が進む中、現場の先生や保護者が求めていること、企業が求めていること、そして教育の主体である生徒が求めていることがバラバラでは改革を成功させることは困難です。特に、新しい教育を作り上げるプロセスにおいては、上手く行かない事も含めて関係者が振り返り、改善を繰り返すリフレクションのプロセスが不可欠です。善い事も悪い事も振り返るためには、関係者が有るべき姿についての共通認識を持つことと同時に、信頼関係があることが大前提となります。

世界一子どもが幸せな国 日本へ

なぜ教育が変わらなければならないのか。どのように変わらなければならないのか。この問いに、教育関係者、保護者、生徒全員が明確な答えを持つ社会を一日も早く気づきたいと思います。未来教育会議の活動で、オランダやデンマークを訪問すると、欧州では、目指す社会の姿や教育のあり方について、2015年の段階でコンセンサスが確立していることを実感します。21世紀がスタートして15年が経過しているため、彼らの取り組みは一定の成果もあげています。グローバル化やテクノロジーの進化が加速する中、20世紀の社会モデルを手放せない日本は、企業も教育も、ガラパコス状態です。しかし、大人は、組織の壁を越えて連携することができず、打ち出された改革も、抵抗勢力が存在しスムーズに前進しているとは言いがたい現実があります。子どもの幸せを願わない大人はおらず、これだけ多くの人々が教育をよくするために真摯に取り組んでいるのに、結局は、その阻害要因となっているのも、大人です。このような大人の様子を生徒たちはどのように眺めているのでしょうか。子どもには、一歩踏み出す勇気を持ち、コミュニケーション力を高めて欲しいと願う大人たちは、自らに対しても、同様の期待を持つ必要があります。ポジションパワーで押さえ込む改革は、受け身社会のアプローチです。私たち大人に、ビジョンを共有し、自らの意志で21世紀の教育を創造する先生たちを暖かく見守り、支援する社会を創ることができるでしょうか。誰でも、初めて取り組むことで、100%上手くいくことなどありません。今、学校の先生には、次々と新しい事が求められています。大きなプレッシャーを感じて当然です。批判の目ではなく、支援の心を持ち、先生が学び成長することを見守る社会を実現する必要があります。そして、全ての大人は、これまでの成功体験を手放し、21世紀が求める力を身につける努力をする必要があります。

世界一子どもが幸せな国日本を実現するために、立場や組織の壁を越えて全ての大人が協力する社会が実現するために活動して行きたいと思います。

昭和女子大学 ダイバーシティ推進機構の取り組みに思う

文部科学教育通信No.389 2016.6.13掲載

共働き社会への転換

昭和女子大学で、2014年からキャリアカレッジの学院長として女性の活躍を支援しています。安倍総理の成長戦略の施策の一つとして、2014年から女性活躍推進が本格的に動き始めました。20141月に開催されたダボス会議の基調講演で安倍総理は、女性の労働力は日本でもっとも活用されていない資源であり、日本は、女性が輝く国にならなくてはいけないと述べました。そして、オリンピックの年2020年までに、25歳から44歳の女性の就業率を73%にすることと、指導的地位に占める女性の割合を30%にすることを目標に掲げました。その後、女性活躍推進法が成立し、201641日から、労働者301人以上の企業は、女性活躍推進のための行動計画を提出することが義務付けられています。

政府による女性活躍推進の取り組みは新たらしいものではありません。しかし、現在の取り組みには、これまでとは大きな違いがあります。専業主婦が家庭を守り、男性が外で働くという社会モデルから、共働き社会に転換することを国が経済戦略の一貫として明確にしたことです。これまでであれば、企業は女性に働く機会を与え、出産後も働き続けられる制度を用意していれば十分でしたが、これからは、女性が働き続けていることや、男性同様に管理職に登用することが求められます。女性社員比率や、管理職比率等を数値目標に落とし込み、行動計画を策定し、実績を公開することが義務づけられています。同様に、女性にとって、働き続けることは選択肢の一つであった時代が終わり、誰もが働き続け、優秀なら管理職を目指すことが当然という時代が到来しました。

日本の女性の現状は奇異に映る

経済のグローバル化により、日本の女性活躍推進は世界の注目も浴びています。IMFのラガルド専務理事は、日本の女性活躍がG7並に進めば一人当たりのGDPが4%上昇し、北欧並なら8%上昇すると述べています。ゴールドマンサックスも、女性の労働力が男性並みになれば、GDPは13%上層すると予測しています。女性を経済活動に参加させることができなければ、日本の経済の先行きが厳しいというというのが世界の見方です。そんな中、女性の管理職比率が、OECD加盟国の平均の38.8%を大きく下回る現状も浮き彫りになりました。世界経済フォーラムが毎年発表するジェンダー(男女平等)ギャップレポートでは、教育や健康面で平等が実現している一方、政治と経済活動におけるギャップが大きく、総合では101位という評価になっています。ロンドンビジネススクールのリンダ・グラットン教授は、著書「ワークシフト」の出版記念で日本に来日された際に、ビジネスの世界で高齢の女性には会うことがなかったと述べ、労働人口の半数が、「大人対大人」として意見を聞いてもらえていないとしたら、日本企業で働く人々が「意思を持った大人」に移行する妨げになると発言しています。世界から見れば、奇異に映る女性の社会進出の現状ですが、国内では慣習であり、むしろ、女性管理職比率を30%にする取り組みに違和感を覚える人の方が多いかもしれません。

古い社会モデルの中に新しい価値観が

男女雇用機会均等法とともにキャリアを歩んできた私は、複雑な心境でこの一連の動きに向き合っています。女性に機会が与えられ、女性に対する期待が高まることはとても素敵なことなのですが、現実を見ると、必ずしも女性たちにとって最良の環境が用意されている訳ではありません。これまで管理職になることを考えていなかった女性たちが、突然管理職になることを求められ、戸惑いを感じる人も少なくありません。彼女たちの上司である経営幹部や管理職の多くは、専業主婦を持つ企業戦士です。結婚・出産を抱える女性たちに、企業戦士の働き方を求めることは不可能ですが、長時間労働を止めることは容易ではありません。そんな中、男性と同じように頑張る女性たちに、「君はよく頑張る。いい仕事をしてくれるので大変助かっている」と高い評価を与える一方で、「でもうちの娘には、君みたいな働き方をしてほしくない」などと本音を漏らす上司もいるようです。

出産を終えて仕事に復帰する女性たちは増えていますが、時短の女性には、補佐的な仕事しか与えられないと多くの上司が考えています。海外では、フレックス、時短、在宅など多様な働き方が用意され、当たり前になっているのですが、日本では、まだまだ企業戦士という働き方が当たり前と考える人たちが多いです。そんな中、周囲に気を使い頑張りすぎて行き詰ってしまう女性も少なくありません。女性が男性同様に働く社会を実現するためには、男性の働き方も含めて見直しが必要になります。2006年にアメリカの女性リーダーに行ったヒヤリングで、大手コンサルティング会社でパートナーとして活躍している女性の話を伺った時の驚きが思い出されます。子育てとの両立のために彼女は在宅で勤務をしていました。上司はNYの本社にいて、チームは上海で仕事をしていると説明されました。上司とは、成果目標を握っているので、在宅でもまったく問題なくパートナーとしての機能を果たしているというのです。この話を元に考えれば、時短であっても、その枠の中で出すべき成果と役割期待を明確にすれば、補佐的な仕事ではなく、責任を持つ仕事をすることは可能なはずです。

女性の間にも不調和音が流れます。子育てなら早期退社が可能でも、独身の女性がお稽古に行くために早期退社することは否定的に受け止められ、独身の女性たちが不平等を感じるというのです。これらすべては、古い社会モデルの中に、突然、女性が働き続ける社会という新しい価値観が放り込まれ、当事者が右往左往する状態なのです。無論、2014年前から女性活躍推進に取り組んできた企業も、管理職として登用されている女性たちも存在します。子連れ出社を認めるなど、新たな発想で取り組む企業もあります。しかし、それが普通とはいえません。ダイバーシティ推進機構では、産学連携研究会を立ち上げ、このような現場の実態を把握し、企業と女性双方にWinWinとなるダイバーシティの推進に貢献していきたいと思います。

日本は今、大きな転換点に

世界第2位の経済大国に上り詰めた日本は今、大きな転換点に立っています。少子高齢化の中で持続可能な成長を実現するためには、男性も女性も同様に働ける企業に変わることが求められています。同時に、新興国が台頭する中、日本企業には、成長を続ける世界の市場に付加価値の高い新製品や新規事業の創造が求められています。前例を踏襲しない、新しいやり方に挑戦することや、イノベーションを起こす際に、多様性は欠かせません。ところが、日本の風土や文化は、画一性や調和を求める傾向が強く、多様性はイノベーションの源ではなくコストやストレスに繋がることの方が多いです。そこで、ダイバーシティ推進機構は、女性活躍推進をゴールに置くのではなく、「多様性を活かす経営でイノベーションを実現する」ことをビジョンに掲げました。イノベーションが求められる時代だからこそ、女性をはじめとする多様性を取り込める企業や社会創りが求められます。女性活躍推進に取り組む中で、さまざま困難が予測されますが、その先には明るい未来があると信じています。ぜひ、皆さんも、女性活躍推進をご支援いただきたいと思います。

自分を知ることから始めるシェアド・リーダーの育成 -星美学園高等学校でのワークショップ-

文部科学教育通信No.388 2016.5.30掲載

今回は、星美学園で実施しているワークショップについてご紹介いたします。

国際社会に喜んで貢献できるシェアド・リーダーの育成

星美学園では、個々の強みを生かしつつ、諸外国との互恵的な連携を促進する人を育てるために、高校3年間を通したシェアド・リーダーシッププログラムを開発し、実施しています。

シェアド・リーダーとは、一人の優秀なリーダーのことではなく、それぞれの持ち味を活かす形でチームに貢献するリーダーのことを指しています。シェアド・リーダーに必要な力として、

  1. Intelligence(知性を磨き、活用し、正しく判断する力)
  2. Toughness(困難にも粘り強く立ち向かう精神力)
  3. Contribution(周囲を観察し、協働する力)

を掲げ、これらの力を高校3年間で培うことを目標としています。

生徒たちは、高校1年生の3月にフィリピン・韓国・香港の三カ国でフィールドワークを行いますが、フィールドワークまでの期間に、チームビルディングや対話の方法を学び、国際社会への貢献をテーマにした課題研究や多様な人と協働するための力をみがくワークなどを行います。クマヒラセキュリティ財団は、多様な人と協働するための力を身につけるためのワークショップを先生方と開発いたしました。

リーダーシップを発揮するためには、自分を知ることが大切

「それぞれの持ち味を活かして、リーダーシップを発揮してください」と言われたところで、自分がどのような人間かがわかっていないと、どうしたらいいのかわかりません。そこで、第1回ワークショップでは、まずは自分を知り、自分を定義する時間を持つことにしました。

自分を知る過程で、クラスメートとの対話を行い、多様性にも気が付いていくように設計しています。

事前課題として、「自分史」を作成しました。過去15年ほどの中で、テンションが上がった時、下がった時を記録していきます。

ワークショップ開始後の個人ワークで、「自分史」で抜き出した一番テンションが上がった時と下がった時の理由を考えます。例えば、一番テンションが上がった出来事が「水泳の大会で入賞したこと」である場合、「勝負に勝ったこと」なのか「先生や親から褒められたこと」なのか、それとも「自分の目標をクリアしたこと」が理由でテンションが上がったのかを追求します。

その後、さらに自己理解を深めるために、個性や価値観を掘り下げる質問をペアで行います。質問の例は、以下です。

  • 一番夢中になった経験は何か。なぜ夢中になったのか。
  • 頭にきた経験は何か。何が頭にきたのか。
  • 悲しかった経験は何か。なぜ悲しかったのか。
  • 仲の良い友達はどんな人か。どんなところが好きなのか。
  • チームや仲間の中で、どんな役割を果たすことが多いのか。それはなぜか。
  • 部活や学級活動で楽しい事ことは何か。どんなところが楽しいのか。
  • マイブームは何か。なぜはまっているのか。
  • 自分を動物に例えると何か。それはどうしてか。

質問をする中で、生徒同士の対話が進み、今まで知らなかった相手のことがわかると同時に、今まで意識しなかった自分のことにも気が付く時間となりました。

質問例以外に、お互いのことをより知ることができると思う質問事項を考え、質問し合う時間も設けました、海外でのフィールドワークを行う際、現地の人と対話をしながら進めるので、質問を考えて対話を続ける力を養うことも大切です。

ひとしきり質問をしあった後は、自分を定義するワークを行いました。

まずは、先ほどの対話を通してわかったペアのことについてシートに記入します。対話をする前には書けなかったことが書けるようになったとの声もありました。

  • ペアが好きなこと
  • ペアが得意なこと
  • ペアが大切にしている価値観
  • ペアの魅力

記入が済んだらシートをペアと交換し、ペアから見た自分を知ります。どうしてそう思ったのかを質問し合い、理解を深めます。

ペアから見た自分を知った後は、自分で自分の好きなこと、得意なこと、大切にしている価値観、魅力を言語化します。ペアからの意見との相違点を知ることで、他者から見た自分と自分自身で思っている自分に差があることにも気が付きました。自分では「他の人からもこう思われているだろう」と思っていたことが、そうではない事実を知る機会でした。

最後に、「自分は〇〇〇〇〇」という表現を考え、自分を定義します。その際、自分からこの要素がなくなると自分でなくなることを意識しました。

身近な多様性を知ること

第2回ワークショップでは、メンタルモデルを理解することで身近な多様性を知る時間を持ちました。

最初に、みんなで同じ動画を見ます。今回は、アメリカの都市部に住む10代の女の子がインドに初めて訪れた時の6分程度のショートムービーを見ました。それぞれの生活や人々が抱えている課題の違いに焦点をあてた動画です。

動画を見た後は、以下の問いが書かれたシートに記入します。

  1. 最も印象に残ったところ
  2. そのことに関連した過去の出来事と感情の記憶
  3. そこから見えてきた大切にしている価値観

動画の感想を共有するだけでは、似たような感想になる可能性がありますが、最も印象に残ったところは、ほぼ全員異なる場面を選択しています。

次に、グループで、シートに記入したことやどうしてそう思ったのかを対話を通して共有しました。全員が同じ動画を見ても、印象に残ったことやその理由、関連する過去の出来事などは異なるということを知りました。

その後の講義では、人にはそれぞれメンタルモデル(ものの見方)があること、メンタルモデルは過去の経験や感情から生まれるので、同じ環境で学んでいる生徒たちであっても、それぞれ異なること、メンタルモデルを通して相手のことを理解しているので、対話を通して「なぜそう思うのか」「どんな価値観があるのか」を話し合うことで、お互いをより深く理解できることを学びました。

これからの3年間でシェアド・リーダーシップを磨いていく生徒たちにとって、自分を知り、多様性から学び続けることがその第一歩となったと考えています。

今回ご紹介したワークは、大人が体験しても学びがあると言えますので、ぜひ実施していただければと思います。

教育への感謝

文部科学教育通信No.387 2016.5.16掲載

2010年から教育をテーマに、様々な活動を行ってきました。当時は、日本教育大学院大学の学長として、教員養成に関わり、同時に、ティーチフォージャパンの準備会にボランティアとして参加していました。現在は、昭和女子大学キャリアカレッジ学院長、未来教育会議実行委員会代表、認定NPO法人ティーチフォージャパン理事など幅広い立場で、教育に関わる活動に取り組んでいます。

1987年から89年の2年間ハーバードビジネススクール(HBS)に学びました。この2年間の経験が、私の人生を変えました。教育に貢献したいと思う背景には、教育への感謝の気持ちと、教育の持つ力に対する確信があるからです。

 

問いに対する答えを見つける

感謝の一つ目は、家業の存続のために、我々が何をすればよいのかを学んだことでした。

私が、ビジネススクールに留学した目的は、自社の事業が、将来は衰退産業となることが明らかな時、企業が存続するために経営者にはどのような選択肢があるのかという問いに対する答えを見つけることでした。当時はバブルの絶頂期。金融機関に金庫設備を販売する我が社の業績は上り調子でした。しかし、電子マネーの時代の到来は明らかで、将来的には、銀行の支店はATMに取って代わることが予測されました。どうすれば、我が社が100年企業として生き残れるのか。その答えを求めて、私はビジネススクールに留学しました。HBSでは、自社の社会における存在意義を軸に経営を行う大切さを学びました。存在意義とは、製品やサービスそのものではなく、それら通して会社がお客様に提供している価値のことでした。それまで、私は、金庫ではなく、どんな製品を売ればよいのかという視点で答えを探していましたが、存在意義に立ちかえれば、答えが捜しやすくなります。

帰国後は、HBSでの学びを活かし、金庫に縛られず、建物や空間全体のセキュリティを提供する事業へとシフトすることができ、電子マネーの時代にも、世の中に貢献できる企業として存続することが出来ました。

 

リフレクションの意味を学ぶ

第2の感謝は、OECDが21世紀を幸せに生きる力の要と定めるリフレクションを、大人が行う場に立ち会うことができたことです。当時の日本企業は、世界のスターでした。グローバル競争とは、欧米企業が、日本企業の脅威に立ち向かうことを意味していました。このため、私たち日本人は、日本企業のありようを説明する重要なリソースパーソンとしての役割を果たしていました。アメリカ人の学生は、アメリカの企業が日本から何を学ぶべきなのかを真摯に追及していました。後に、私の上司になる日本マクドナルドの創立者藤田田氏なども、インタビュー映像で授業に登場していました。アメリカ人が、素直に敗北を認め、勝者に学ぶ姿は真摯であり、また、これが終わりではないという自信を感じさせるものでした。リフレクションを行い、よいものからは学びとり、間違いは正し、更に先に発展していくという姿勢は、学生、教授、学校全体に共通するものでした。日本では、残念ながら、一度も、このような場面に遭遇したことはありません。

 

未来を予測する力を身に付ける

当時のビジネススクールには、すでに、中国や東欧などの共産圏から一人、二人と留学生が来ていました。アドミッションオフィスの責任者は、電話回線も安定していない国々から学生を入学させるために奔走していました。共産圏の人たちに、なぜビジネススクールの学びが必要なのだろうかと疑問を抱いていた所、1989年、ビジネススクールを卒業する年に、ベルリンの壁が崩壊しました。その時、私は始めて彼らが未来を創る動きに参画していたことを知ります。この出来事を機に、未来を予測したければ未来を創る人になるか、未来を創る人の動きを見るか、いずれかであるということを再認識しました。それ以来、ハーバードビジネススクールの動向を常に追いかけています。ビジネススクールの教育は、残念ながらビジネスの先に行くことはありません。常に、ビジネスが先を走り、その研究を通して成功の法則や新たな方向性を示してくれるのがビジネススクールです。

HBSは、進むべき方向性を判断するために、今日においても重要な役割を果たします。

2008年に100周年を迎えてHBSの記念イベントに参加し、大きな時代の変化を感じ取ることが出来ました。リーマンショックの直後、10月に行われた100周年員ベントは、混乱と混沌の中で進められましたが、講演者たちのメッセージには共通性があり、ビジネスの世界のパラダイムが変わることを実感することが出来ました。その事例をいくつかご紹介したいと思います。

 

公教育がビジネススクールのテーマとなる

人材育成に関する分科会のパネラーにはティーチフォーアメリカの創立者ウェンディコップ氏をはじめとする公教育の改革に取り組む社会起業家たちが登壇していました。あれから、8年が経過した今日、ティーチフォーアメリカの卒業生(ティーチフォーアメリカとは、アイビーリーグなどの大学を卒業した優秀な若者を2年間、貧困地域の学校の教師として派遣する団体。派遣数は年間1万人を超える)の多くがハーバードビジネススクールに学んでいます。

 

社会問題の解決が主要なテーマになる

当時も、すでに、ノーベル平和賞を受賞したモハメドユヌス氏をはじめとする社会起業家が世の中にたくさん生まれていましたが、当時、私は、この流れはまだビジネスの本流ではないという認識でした。しかし、ビル&メリンダ・ゲイツ財団を創立したゲイツ氏が、ロックフェラーのことを徹底的に研究し、マイクロソフトを卒業した今、人生で何を成し遂げるのかを考え、「マラリアを無くした男として歴史に名を残す」と述べたことを聴き、社会問題の解決が、これから最も優秀な人材を魅了する付加価値の高い事業領域になっていくことを確信しました。また、リーマンショックを受け、クリントン政権時の元財務長官のローレンス・サマーズ氏が、解決すべき課題として富の格差に言及する様子からビジネススクールの役割が変わり始める予兆を感じました。

 

善い人を育てることがリーダーの仕事である

2014年には、同窓会に参加しイノベーションのジレンマで著名なクレイトン・クリステンセン先生の講演を聴く機会を持ちました。彼は同窓生に向かい、リーダーの究極の仕事は善い人を育てることではないかと語りました。善い目的を持つビジネスを創造する善きリーダーのもと、仕事を通して善い人は育ちます。

 

事業を通して貧困をなくす

2014年からは、ハーバードビジネススクールのグローバルアドバイザリーボードの一員として、最新のケーススタディを研究する会合に参加しています。参加した研究会で世界190カ国に事業を展開するユニリーバ社のリプトン紅茶事業が目指す持続可能な経営についてのケーススタディを行いました。ユニリーバ社は、2020年までに10億人の貧困をなくすことを事業目標に掲げています。この事業目標を達成するために、紅茶事業では、茶葉の調達活動の一環として、貧しい農家の生活環境の改善に取り組んでいます。このような最先端の取り組みについても、HBSの研究を通して学ぶことができます。

HBSは、卒業した後も、こうして常に私に未来の世界を指し示してくれる教育機関です。この学びを活かし、世の中に還元して行きたいと思います。

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