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探究スタートアップ

2024.01.22文部科学教育通信掲載

株式会社JTBと一般社団法人次世代教育ネットワーキング機構の取り組む「探求スタートアップ」という中高生向けの教材開発の監修を手掛けました。

旅行の代名詞となっているJTBは、1912年(明治45年)に、訪日外国人への旅行斡旋を目的とした任意団体 「ジャパン・ツーリスト・ビューロー」として創業を開始し、昨年創業110年を迎えた企業です。JTBは、今年4月に、一般社団法人次世代教育ネットワーキング機構を創設し、次の時代を担う子どもたちのために様々な教育活動を手掛けています。

心ある企業や社会人が、学校と連携し時代が求める教育の推進に取り組む社会は、理想の社会の姿であるいう思いから、探求スタートアップの教材開発に参画致しました。

 

探求スタートアップ

「探求スタートアップ~発見!わたしのモノの見方・考え方~」は、リフレクションツール“セルフディスカバリー”を使って、これまでに気づかなかった自分自身の価値観(モノの見方・考え方)を発見し、そこから社会の様々な事象に対する課題意識(モヤモヤ)を自ら認識できるようになるための教材です。自分の内面にある課題意識に気づくことによって、自分の在り方行き方につながる探求課題を設定できるようになります。

クリエイティブテンションの原理

課題解决に欠かせない大切なものの一つに、クリエイティブテンション(創造的緊張)という概念があります。クリエイティブテンションとは、ありたい姿と現実との乖離を創造的エネルギーの源と捉える考え方です。

クリエイティブテンションは、今とは異なる未来を創造するための活動(問題解决、創造、学習、成長等)のエネルギーの源となります。このため、クリエイティブテンションは、探究学習における意欲の源と捉えることができます。

受け身に学ぶ教育から、主体的で自律的な学習を促進する教育にシフトすることが大切な時代が求める探求学習を実現するために、このクリエイティブテンションに基づく探究学習を促進していこう! という思いが、「探求スタートアップ」教材開発の背景にあります。

リフレクション

クリエイティブテンションを活かすために欠かせないもの それがリフレクションです。自分の気持ちや考えを認識し、分析することで、自分のモノの見方・考え方を発見するプロセスです。

自己の内面をリフレクションする際に、思考を可視化し、多面的多角的に、自らの考えを吟味するために、“セルフディスカバリー”というフレームワークの活用方法を活用し、探究学習のための準備を行います。

OECDは、生徒エージェンシーという言葉で、子どもたちの主体性を表現しています。生徒エージェンシーには、子どもたちが、よりよい未来を創る主体であるという思いが込められています。よりよい未来を創るために、自らのクリエイティブテンションを活かす探求に挑戦して欲しいと思います。

ここからは、探求スタートアップの4つのプラクティスを紹介します。

プラクティス1「違い」から発見する

リフレクションツール「セルフディスカバリー」の使い方を学びます。

同じテーマ 例えば、日曜日、部活、海、山、春、秋などについて、意見、経験、感情、価値観の4つの視点でリフレクションを行うと、様々な意見が出てくるだけではなく、その背景にある経験や気持ち、大切にしている価値観が一人ひとり違うことに気づきます。このワークを行うと、人は、実は、いつも同じことを考えている訳ではないことを体感することができます。また、このワークを通して、お互いの大切にしている価値観にも触れることができるので、クラスメイトとの相互理解も深まります。

セルフディスカバリーを活用することで、自分の考えていることだけではなく、自分のモノの見方や考え方についてもリフレクションを行えることが、探求学習の準備に欠かせないクリエイティブテンションに繋がっています。

自分が大切に思うことが満たされていない時に、人は何かを課題だと認識します。例えば誰かが嘘を付いていることを知り頭に来ている人は、「友達に嘘をつかない」ことを大切にしていて、今の現実が、その真逆であることを課題だと認識し、不満を感じます。

課題解决のテーマを探す際にも、同じ考え方を当てはめることができます。例えば、持続可能開発目標SDGsの17の項目の何に興味があるのかは、人によって異なります。教育二興味がある人もいれば、海の環境に関心を持つ人もいます。リフレクションを通して、自分はなぜ、教育に興味をもったのか、自分はなぜ海の環境に興味を持ったのかをリフレクションすることで、自分が、そのテーマに対して、どんな願いを持っていて、今の現実をなぜ課題だと思うのかを明らかにしていくことができます。このため、リフレクションは、課題発見のための重要な行為だと言えます。

プラクティス2 「共感」から発見する

このプラクティスでは、リフレクションフレームワーク「セルフディスカバリー」を活用し、インタビューを行います。お互いの強み・得意なことと共に、大切にしている価値観をインタビューを通して発見することを目指します。

このインタビューの手法では、相手の意見だけではなく、経験、感情、大切にしている価値観まで聴き取ることに挑戦するので、「共感」の体験学習にもなります。実際に、探求学習において、他者にインタビューを行う際にも、より深く話を聴き取ることができるようになります。また、お互いの強みだけではなく、大切にしている価値観を知ることで、相互理解も深まります。

プラクティス3 「強み」から発見する

このプラクティスでは、ハッシュダグで、自分の強み・好きなことに加えて、大切にしている価値観を3つ挙げてみます。また、プラクティス2のインタビューで発見したクラスメイトの強みと大切にしている価値観を伝え合うことも一緒に行います。プラクティス1~3を通して、リフレクションフレームワーク「セルフディスカバリー」を活用することと、価値観を言語化することにも慣れてきます。また、自分が、何を大切にしているのかについても理解が深まります。

プラクティス4 「モヤモヤ」から発見する

リフレクションフレームワーク「セルフディスカバリー」に慣れた所で、いよいよクリエイティブテンションにつながる探求テーマを見つける方法を学びます。それが、モヤモヤからの発見です。モヤモヤを言葉にし、リフレクションを行うことで、自分がどんなことを課題だと思うのか、理想の姿をどのように捉えているのかを明らかにすることで、クリエイティブテンションにつながる探求テーマを発見して欲しいと思います。

教育と技術革新のレース

2024.01.15文部科学教育通信掲載

めまぐるしく変化する時代に生きる私達は、想定外の出来事に対処しながら、幸せに生きる使命を与えられています。先の見通せない未来を、不安と捉えるのではなく、可能性と捉える等、時代の求めるものの見方を持つことも大切です。同時に、我々大人は、この時代背景を前提に、未来を生きる子どもたちの教育を考えることが大事だと感じます。

VUCA時代

世界共通の本格的な教育改革のスタートは、2003年です。その背景をOECDは変化、複雑、相互依存の3つのキーワードで表しました。当時のPISAの報告書の序文には、「人生の準備」というタイトルで、変化、複雑、相互依存の時代に生きる子どもたちのための教育は、過去の延長線にはないことを語りました。

若い成人が未来の挑戦に対処すべく、果たして充分に準備されているだろうか。彼らは分析し、推論し、自分の考えを意思疎通できるであろうか。彼らは生涯を通しての学習を継続できる能力を身につけているだろうか。父母、生徒、広く国民、そして教育システムを運用する人々は、こうした疑問に対して解答を知っておく必要がある。

2000年PISA報告書より

 

当時の日本は、ゆとり教育の結果、PISAの成績が下がってしまったと過去の延長線で教育改革の議論をしており、この時点での日本社会のものの見方のズレは、その後の教育改革の遅れにも繋がる残念なものでした。

ゆとり教育の時代に始まった総合学習は、世界に先駆けて始まった「変化、複雑、相互依存の時代」の教育に向かう流れでした。一方、教育界では、必ずしもそのような共通認識はなく、多くの教育関係者は、先生の週休5日制のためにゆとり教育がスタートしたという認識でした。また、当時の先生たちは、PBLなどの総合学習の手法を持ち合わせておらず、学びの羅針盤2030が提唱するAARモデル(仮説→アクション→リフレクション)を実践しながら総合学習の授業を発展させていきました。そして、「これならうまくできそうだ」とちょうどコツが掴めた当たりで、ゆとり教育の改革と共に、総合学習の時間は大幅に削減されます。もし時間を巻き戻すことがでるとしたら、あの当時の総合学習の経験で培ったナレッジを今日の探求学習に発展させたかったです。

 

教育の技術革新のレース

OECDの提唱する教育改革の重要なテーマの一つは、速いスピードで進む技術革新への対処です。

教育改革を考える上で、人間と、AIやコンピューターの違いを理解することが大切である。人間は、抽象的仕事、複雑で文脈を理解する必要のある仕事、倫理的な判断を要する仕事、手作業において、AIやコンピューターより優れている。AIやコンピューターは、定型的な作業、定型的な判断において、人間より優れている。(OECD学びの羅針盤2030年より)

2014年に、オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン博士は、論文『雇用の未来ーコンピューター化によって仕事は失われるのか』で、20年後までに、人類の仕事の約半分が人工知能や機械に代替されるという予測を発表しました。その後、野村総研が、オズボーン博士のチームと共同研究を行い、日本人の仕事の49%が消滅するという見通しが公表されました。

 

AIの進化でなくなる仕事

  • 事務職
  • 銀行員
  • 警備員
  • 建設作業員
  • 小売店の店員
  • タクシードライバー
  • ライター
  • ホテルの受付けや客室係

 

AIが進化してもなくならない仕事

  • 営業職
  • データサイエンティスト
  • 医者
  • 介護職
  • 教員・保育士
  • カウンセラー
  • コンサルタント
  • クリエイター

https://mba.globis.ac.jp/careernote/1152.htmlを参考に作成

 

技術革新により、人間に求められる仕事にも、変化が見られます。同時に、技術革新そのものに参画することも、重要な職業になっていきます。この変化を受け入れるために、事例としてよく登場するのが、1900年と1913年のNYの写真です。1900年の移動手段は馬車が中心でしたが、1908年にT型フォードが発売されると、NYの町並みからは馬車が消え、車が移動の中心になりました。このため、馬車から車への移行ができなかった馬車事業者は、職業を失うことになりました。今日の言葉で言えば、リスキリングの成功が、キャリアの成功に繋がるという事例です。

OECDは、教育は技術革新とレースをしており、技術革新に教育が追いつかないと、その結果、不幸になる人が生まれると産業革命の時代を振り返っています。今日は、デジタル革命と、その先にある指数関数的に成長する技術の未来に、教育はどう向き合えばよいのかは、教育関係者にとって重要なテーマです

社会のズレと教育課題

IMD国際経営開発研究所は、2023年度版「IMD世界デジタル競争力ランキング」を、11月30日に発表しました。このランキングは、デジタル技術をビジネス、政府、社会における変革の重要な推進力として活用する能力と態勢を、国・地域ごとに測定、比較する目的で毎年行われています。1位に米国が返り咲き、2位オランダ、3位シンガポール。10位以内には、東アジアの3カ国・地域(香港、台湾、韓国)も含まれる中、日本は、32位という結果で、2017年の調査開始以来、過去最低の結果とです。総合ランキングの結果も残念ですが、最も大きな課題の一つが、人材の領域のサブカテゴリー「デジタル・技術的スキル」が、64位(最下位)になっていることです。

日本企業も、技術革新に適応できていないことが明らかですが、これは、同時に、社会と共進する教育の課題でもあります。

 

 時代が求める人と組織

2023.12.25文部科学教育通信掲載

この度、文藝春秋よりご依頼があり、リスキリングをテーマにした講演会でお話をさせていただくことになりました。私が担当するテーマは、“学習する組織”の創り方です。

機械に仕事が奪われる?

時代が変化し、テクノロジー革新が進む中で、半分以上の仕事が機会に代替され、人間にはより創造的なアウトプットが期待されるようになるとう議論が教育の世界で始まったのは、10年以上前のことです。

アメリカでは、デューク大学の研究者キャシー・デビッドソン氏が、2011年8月にニューヨークタイムズ紙のインタビューで、「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業につくだろう」とコメントしています。また、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授が2013年に発表した論文「雇用の未来」では、米国の仕事の47%が自動化すると予測しました。

日本については、野村総合研究所が、オズボーン准教授及びフレイ博士と共同研究を行い、日本の労働人口の約49%が就いている職業は、機械に代替可能という試算を発表しています。

これらの予測を耳にした多くの働き手は、その当時、この事実をバラ色の未来とは認識せず、機械に仕事が奪われてしまうという捉え方をしたと思います。しかし、今日、AI技術の活用が広がる中で、もしかすると、テクノロジーと協働する社会は、恐ろしい未来ではなく、夢や可能性に満ちた未来かもしれないと思う人も増えているのではないかと思います。

 

リスキリング

変化する時代の中で、人材育成についても、たくさんの新しい概念が生まれています。その中の一つがリスキリングです。

リスキリングとは、これまでとは違う役割を担うために必要な成長とそれを支援することを意味します。代表的な例は、DX人材になるための教育支援です。

この他にも、自動化によってなくなる仕事に従事している人たちの転職を支援する目的で行う教育も大事になり、アウトスキルという名称が付いています。変化の激しい時代になり、企業経営には、より幅広く人材育成を捉えることが期待されるようになりました。

人的資本経営

このような環境下、日本では、2020年9月に経済産業省により「人材版伊藤レポート」が発表され、多くの企業の人材に対する向き合い方に変化が見られます。株式市場からも、非財務情報の開示が求められる中、人的資本に関する情報開示もより重要になってきています。

同時に、若者の職業感やワークライフバランスに対する認識の変化なども顕在化しており、企業は、人材の流動化も視野に入れながら、新しい時代に合わせた人的資本経営を行うことが迫られています。

 

学習する組織

このような時代の中で、企業にとって、より重要になるのが、目的の明確化であり、変わり続ける柔軟性です。そこで、リスキリングや人的資本経営に取り組む土台として「学習する組織」になることが必須であると感じます。

学習する組織は、組織を構成する全員の学習を前提とするため、経営者自らも、変わることが期待されます。誰かが変わるのではなく、自分が変わることに、全員が責任を持てると、学習する組織になります。

例えば、コミュニケーションの手段である対話は、「意見が変わる」ことを前提にしています。従来の組織の会議では、ディベートが中心で、誰もが自己主張を繰り返し、最終的には、パワーバランスで結論が決まるのが常識でしたが、対話では、階層上立場が上の人であっても、意見を変えることが許されます。対話の目的は、相互学習であり、その結果、新しいアイディアが生まれる事も含めて、誰もが、自分の意見に固執しないことで、新しい価値を生み出すことができます。

 

アンラーン

時代の変化は、我々に、前提を見直すことを求めます。社員のリスキリングに成功しても、組織が、DXを推進する環境を整備できなければ、社員はそのスキルを活かすことができません。このため、DXを推進する環境として適した文化の醸成が欠かせません。そこで必要になるのが、過去の成功体験により形成されたものの見方や、行動様式を手放すアンラーン(学びほぐし)です。

答えのある時代には、トップダウンで戦略を構築し、現場が実行するというアプローチが主流でしたが、答えのない時代には、このやり方では物事はうまく行かないと言われています。

小さくスタートして、スピーディに学習し、自社に適したDXの姿を生み出し、感触を掴んだところで、大きく展開していくことが、成功への道筋だと言われています。そのためには、トップが判断するのではなく、現場に裁量権を渡す必要があります。また、現場は、より主体的にその期待に答える必要があり、誰もが、アンラーンを期待されています。

誰もが、変わり続けることで、持続可能な社会の発展に寄与する組織と人々が増えることが、人的資本経営の目指す姿なのだと思います。そのために、学習する組織であることが必須ではないでしょうか。

システム思考とシステムチェンジ

2023.12.11文部科学教育通信掲載

世界の動向を見ていると、地球上の全く別な場所で、異なるメンバーが行っている議論に不思議な共通点を感じることがあります。

例えば、VUCA時代の教育の未来について、2003年に、OECDは、教育改革の指針となるキー・コンピテンシーを発表しました。OECDは、その後、学びの羅針盤2030を発表し、世界中で、行政が牽引する教育改革の流れを創りました。同時期、アメリカでは、アップルなどの新興企業が中心となり、Partnership for 21st Century Skillsという団体を創り、これからの時代を生きる子どもたちの教育に必要なことを整理し、民間企業を中心とする団体が教育改革の流れを創りました。P21スキルフレームワークも、世界中の教育者が、時代が求める教育をデザインする際に活用しています。

大人もVUCA時代に生きる原体験を持つ今日、この2つの組織が提示している教育改革の指針を理解することは容易ですが、今から、20年前に、「21世紀を生きる子どもたちが幸せになるために必要なスキルは、これまでものとは違う」と言われても、なかなか理解することが難しいと感じたことを思い出します。

このような経験から、私には、『世界や社会は、未来を創る人達の先見性とビジョンにより形作られる』という思い込みがあります。そして、この思い込みを持ちながら、世の中を眺めることにしています。

 

システム思考

The Future of Jobs Report 2023のトップ10を見ると、システム思考が新たに6位に加わりました。

【2027年までに重要性が増すトップ10のスキル】

第1位:クリエイティブ思考

第2位;分析思考

第3位;テクノロジー・リテラシー

第4位;好奇心と生涯学習

第5位:レジリエンス、フレキシビリティ、アジリティ(機敏性)

第6位システム思考

第7;AIとビッグデータ

第8位モチベーションと自己認識

第9位タレントマネジメト

第10位:サービス思考と顧客サービス

 

2023年時点のトップ10も参考に添えます。

第1位:分析思考

第2位:クリエイティブ思考

第3位:レジリエンス、フレキシビリティ、アジリティ

第4位:モチベーションと自己認識

第5位:好奇心と生涯学習

第6位:テクノロジー・リテラシー

第7位:信頼性と細部へのこだわり

第8位:共感と積極的な傾聴

第9位;リーダーシップと社会的影響

第10位;品質管理

出典:後藤宗明著『新しいスキルで自分のミライを創るリスキリング実践編』日本能率協会マネジメントセンター

 

システム思考は、私達の従来のものの見方を補完、刷新する「新しいものの見方」(ピーター・センゲ)です。

従来のもの見方の特徴は、出来事をスナップショットで見て対処すること、要素還元型の考えに基づく分析や分類を行うこと、パターンや因果を線形に捉える傾向があることなどです。しかし、こうしたものの見方では、今日の複雑性や脆弱性を増やした組織システムや社会システムの中で成果を出し続けることが難しくなっています。

システム思考は、対局の流れを観ること、つながりを含む全体像を観ること、根本を観ることによって、複雑なシステムにおいても、より本質的で持続的に成果を作らすことを意図します。

出典:チェンジ・エージェントHP

システム思考は、OECDが提唱する学びの羅針盤2023においても、新しい価値を創造する力として重要視しています。学びの羅針盤2023は、変革を起こすコンピテンシーを整理し、提示したものなので、デザイン思考と共に、システム思考が含まれるのはとても自然なことだと思います。

 

システムチェンジ

最近、システム思考同様に、システムチェンジという言葉もよく耳にするようになりました。世界で始まっているドーナッツ・エコノミック・アクション・ラボ(地域で、持続可能な経済モデルを実現することを目指すコミュニティ活動)では、オーストラリアでも、ロンドンでも、オランダでも、みんなシステムチェンジに取り組んでいます。

複雑な問題を解決する際に、システムチェンジという考えを最初に提唱したのは社会起業家という言葉を生み出し、世界中の社会起業家のネットワーク『アショカ』という団体を立ち上げたビルドレイトンです。

アショカは、社会問題の解決には、4つのアプローチがあると述べています。

4つのアプローチ

■ダイレクトサービス

ダイレクトサービスは、現場に直接介入する奉仕的活動です。

現場に直接介入する奉仕的な活動をダイレクトサービスと呼びます。慈善活動(チャリティ)とも呼ばれ人類の歴史が始まって依頼存在してきました。より余裕のあるものが助けを必要としている者へ寄付やボランティアなどの形で手を差しのべる高位のことです。とりわけ、災害や事故などの被害に対応して提供されるダイレクトサービスはなくてはならない貴重な活動です。現場での活動には、明確で具体的なやりとりがみられます。

■大規模なダイレクトサービス

大規模なダイレクトサービスは、スケールを拡大したダイレクトサービスです。

現場に根ざした直接的なダイレクトサービスの、規模が拡大した活動が「大規模なダイレクトサービス」です。この活動は、活動を管理化、効率化し、活動範囲を、広範囲(全国的、全世界的)に予算をつけて拡大します。システムチェンジが、模倣によって広がるのに対して、大規模なダイレクトサービスは、活動自体を通常の企業のように拡大し、より多くの人口が恩恵をうけられるようになります。赤十字、難民支援プログラム等がこれにあたります。

 

■システムチェンジ

システムチェンジは、問題を生み出す水面下の構造的欠陥に介入する新たな解決アプローチです。

眼の前にある問題が見える時、その問題をすぐに取り除くために奔走するのではなく、問題を見出している牛綿花の様々な要素の複雑な絡み合いにフォーカスし、掘り下げ、根本的な解決策を生み出す新しいシャキア問題の解決モデルです。応急措置的な問題解決と一線を引きます。例えば、生活費に困窮するシングルマザーに支援金を上げるのではなく、もう一歩先を言って彼女たちに無償で職業訓練を提供するのでもありません。貧困を産んでいる根本の社会的な要因に介入して改善する解決アプローチを指します。

 

■フレームワークチェンジ

フレームワークチェンジとは、意識(マインドセット)と行動のパターンの変革です。

システムチェンジを起こす人が現れ、彼らがゼロから作り出した途が定着し始めると、ある量いいの基準と構造が変容することに繋がります。すると、次に、社会全体を貫く「人の意識(マインドセット)の転換」が起こります。その結果、これまでサッカーのルールでプレイしていたのに、ラグビーのルールが通用する社会になったということが起きます。このように、新しいマインドと行動のパターンが、社会の「当たり前」になることをフレームワークチェンジと呼びます。

出典:アショカジャパンHP(一部変更を加えています)

アショカは、システムチェンジが、フレームワークチェンジを起こすと述べています。チェンジメーカーが、模倣可能な問題解決の実践方法の型を創り、それを横展開することで、フレームワークチェンジに発展すると考えるからです。

地球規模の複雑な問題を解決したいと願う人々の心が、システム思考やシステムチェンジに可能性を見出しているのではないか思います。ぜひ、皆さんも、システム思考やシステムチェンジという言葉に耳を傾けてみてください。

 

 人・企業・社会への期待

2023.11.13文部科学教育通信掲載

人的資本経営が重視され、企業は、新しい考え方に基づき、「人」に向き合い始めています。同時に、「人」も、新しい考え方に基づき、「キャリア」に向き合い始めています。難関大学を卒業し、大企業に就職することで、幸せな人生が保障されるという時代が終わり、職場で理不尽なことが合っても、家族のために我慢するという時代も終わりました。

転職も当たり前になり、新卒の3年以内の転職も、「3年3割」と言われており、3人に1人が転職しています。

学校教育も、社会の変化に合わせて、答えのない時代に生きる子どもたちに、自ら考え、行動し、自分の考えを試しながら、正解を見出す力を育む授業が始まっています。また、起業家教育に力を入れる大学も増えています。

 

時代背景

これまでの考え方で、キャリアを考えることが難しくなった背景には、4つの大きな変化があります。まだ、他にもたくさんの変化がありますが、ここでは、4つに絞ります。

・VUCA

・AI・データ・ネットワーク

・サステナビリティ/SDGs

・システムチェンジ

 

VUCA

VUCAは、Volatility 不安定で変化が激しい、Uncertainty 先が読めず不確実性が高い、 Complexity 服zタス、Ambiguity 曖昧模糊とした の頭文字を繋げた、変化の激しい先の読めない時代の様子を表す言葉です。このように、不安定で変化の激しい時代に、持続可能な発展を目指す企業では、変化に合わせて必要な能力を準備しなければならず、リスキリング(別な役割に移行するための能力アップ)やアップスキリング(今の職業で必要更なる能力アップ)という言葉も生まれています。

 

AI・データ・ネットワーク

AI・データ・ネットワークのテクノロジー革新は、私達の仕事を大きく変えていきます。10年前の予測では、おおよそ半分の仕事がマシーンに代替されると言われています。言い換えると、すでにある仕事を、マシーンに置き換える事自体が、新しい職業になるということです。この領域では、技術革新のスピードが早く、日々、新たな職業が生まれている言われるくらい、新しい領域を学び続ける必要があります。このため、海外のIT系の企業では、学歴を問わない大企業も生まれています。能力があるかだけではなく、能力を高め続けることができるかが、勝負だからです。

 

サステナビリティ/SDGs

サステナビリティ/SDGsは、経済成長の結果、人間が作り出した人間にとって深刻な課題です。2009年に、地球の限界を示すプラネタリーバウンダリーを、ストックホルム・レジリエンス・センターのヨハン・ロックストローム博士(現ポツダム気候影響研究所所長)のチームが発表し、この考え方は、SDGsの土台となっています。プラネタリーバウンダリーは、地球の健康を9つの領域で捉えられることを明らかにしました。そして、残念ながら、私達人間の営みが地球に与えている負荷は、地球の限界を超え始めています。例えば、気候変動に関連する大気中の二酸化炭素の濃度は、限界値の下限が350ppm、上限が450ppmで、450ppmを超えると、地球の容量の限界を超えてしまうのですが、すでに、現在、この値が400ppmを超えています。地球の健康が危機にさらされる中でも、世界は、経済の成長を手放す覚悟を持つことができず、刻一刻と迫る地球と人類の危機に向かって邁進しています。

そんな中で、新たに「ドーナッツ経済学」という新しい経済学が、オックスフォード大学の経済学者ケイト・ラワース氏により2011年に発表されました。皆さんもご存知のドーナッツの形をした経済学のアイディアです。このドーナツには、2つの大事なコンセプトが含まれています。一つは、経済活動を、プラネタリーバウンダリーの内側で行うことです。現在のように、地球の限界を超えても、資源が枯渇するまで、自然資本を使い続けるのではなく、持続可能な地球を前提に経済活動を行うことを目指す経済学です。もう一つは、すべての人たちが、一定の生活水準を保ち、水や食料が不足し苦しんでいる人たちがいない社会です。富の格差も貧困問題も、地球から消滅します。

「ドーナッツ経済学」は、現在、アムステルダムやメルボルン等、世界中の地域で、経済の仕組みとして活用する試みが始まっています。世界を一度に動かすことは無理でも、地域の住民や企業が合意すれば、実践できるというのが、「ドーナッツ経済学」の魅力でもあります。

システムチェンジ

この話は、4つめのシステムチェンジの話にも繋がります。システムチェンジとは、課題の根本原因を取り除く課題解決の手法です。事象に働きかける課題解決とは異なり、システム思考や対話を通して、その課題を生み出している構造や仕組み、人々のものの見方を理解し、システム全体を変えることを目指します。システムには、3つ(目的、要素、要素同士の繋がり)の要素があります。システムチェンジでは、この3つの要素のどこを変化させれば、システム全体によい変化を起こせるかを探求します。

今日の課題は、事象に対処していても、課題解決を行うことができず、根本解決を目指すためには、多くの関係者のマインドと行動が変わる必要があります。また、人々は、既存の組織や既存の枠組みに縛られない発想で、課題解決に取り組むことが期待されます。「自社の利益ために、自分の人生を捧げる人」の集団では、大きな社会問題を解決することはできません。雇用の流動化や、越境学習は、システムチェンジを推し進めるためにも、不可欠なものなのかもしれません。

このような時代の変化の中で、「良い仕事」の定義も変わります。

 

企業の強さ

この新しい環境の中で、企業は、かつてないスピードで「付加価値」を創出する力を鍛えることが必要になりました。強い企業であり続けるために、企業は、新たなものの見方を前提に、組織力を強化する必要があります。

「どうすれば、一人ひとりの潜在能力を開花させ、創造に向かうエネルギーを高め続けることができるのか」

「どうすれば創造性の高いチームをつくれるのか」

これら問いに、答えるために様々な考え方が生まれています。

創造性を高めるためには、心理的安全性が必要です。クレイジーなアイディアを言葉にすることが許されない組織で、独創的なアイディアが生まれることはありません。また、同質性が高い組織では、発想が広がらず、新しいアイディアが生まれにくいので、多様性が大事だと考えるようになりました。また、創造的な活動を、指示命令と管理のアプローチで促進することが不可能なので、自律的な人材を増やしていこうという話になりました。このように、イノベーションを実現するために、今、「組織」と「人」は変わり始めています。

企業活動においても、最近では、社会問題の解決が大きなテーマになっています。そのためには、共感力が大事だと言われるようになりました。自分と置かれた状況やバックグラウンドが異なる他者の気持ちや立場を理解し、よい変化を実現するために行動することができる人が増えれば、社会問題の解決にもよい影響を及ぼします。

人・企業・社会すべてがよい変化に向かうことで、よい未来を共に創ることができるのではないでしょうか。

社会課題解決への挑戦

2023.11.13 文部科学教育通信掲載

世界の難民と世界へ挑戦する

今年も、青山学院大学ビジネススクールで担当しているソーシャル・アントレプレナーの授業が始まりました。毎年、この授業では、クライアントになる団体をお招きし、学生がクライアントに対してコンサルテーションを行います。今年は、WELgee(ウェルジー)代表 渡部カンコロンゴ 清花さんをクライアントにお招きします。ウェルジーのHPから、渡部さんのメッセージを引用します。

 

■渡部代表のメッセージを引用します■

2016年、今ではよき友人たちである「難民」に東京で出会ったことからWELgeeは始まりました。
難民の人々も、歓迎できる社会を作ろう。
Welcome と Refugeeを組み合わせたのがWELgeeです。「難民」と日本社会が、人として出会うきっかけを作るところから始まりました。そこに、志を同じくする仲間たち、応援団が集まって今があります。
彼らは、生き延びた土地で学び、働き、将来、平和になった社会の担い手となる人々です。命を繋いだ先がたまたま日本だった人々が、今ここにすでにいます。
わたし自身が、難民という背景や境遇を乗り越えて、前を向いて生きる友人たちの、ファンの1人です。自分で未来を選び、日本に降り立った同世代の彼ら彼女らが持つ志に励まされ、勇気をもらい、夢に感動し、一緒になにかしたいと感じた日本人の1人です。
そんな若者たちが、希望を取り戻し未来の選択肢をもてる社会を作りたいと思います。私たちは、彼らと共に、もっとカラフルな世界を作れるはず。これを読んでくださっている皆さんにもできることがあります。国政問わず、意欲ある若者の背中を押せる仕組み作りを一緒に仕掛けませんか?

■社会課題と出会い

社会課題解決に取り組む人は、何かをきっかけに、社会課題の存在を知り、現状とは異なる「有りたい姿」を願い、社会課題の解決に取り組み始めます。多くの社会課題は、人々がその課題に気づかず、放置されたままになっていることが多く、その解決は簡単ではありません。このため、最初に思いついた解決策をそのまま適応しても、社会課題の解決に繋がらず、道半ばで、課題解決を諦めてしまう人も多いです。

社会課題と向き合うと、当初捉えていた社会課題が、違ったものに見えてくることも多いです。その結果、課題そのものを再定義し、その上で、解決策を考えることも有益です。ビジネスの世界でも、今日求められるピボット(変化の推進)は、社会課題の解決にも欠かせません。

■7年間の活動を経て

渡部さんは、社会の代表的な反応を以下のような言葉で語っていました。

「難民・・・治安が悪くなったら心配。」「難民の前に、日本にも困ってる人いるんじゃない?」「国連とかヨーロッパは大変そうだけど、日本はあんまり関係ないよ」

難民問題に関心を示す人が少ない日本で活動するウェルジーも、この7年間は、試行錯誤の連続だったようです。それでも諦めず、渡部さんは、7年間で300人の難民を支援し、人生の再建を伴走した実績を作り上げました。そして、今年、ウェルジーは、「世界の難民と、世界へ挑戦する」という新しいコンセプトを作り、活動を強化しています。

■世界の難民と、世界へ挑戦する

未来を切り拓くために、いま必要な人は誰か?

ビジネスを見据える経営者ならば、決して避けて通れないこの問題に、私たちはひとつの新しい解を与えたい。それが、確固たる意思を胸に、海の向こうからやってくる難民人材という存在。彼らは、強い信念と個性、そしてプロフェッショナリズムを持ち、常に挑戦することを恐れず、さまざまな逆今日も機械に変えてきた。難民という言葉の先には、決して希望から逃げない一人の人間のストーリーがある。アフリカでの政治活動に命の危機を感じた彼は、日本で、“母国の医者の卵と日本の医療従事者との架け橋”になった。紛争地域で教師やジャーナリストとして活躍していた女性は、日本で“国際NGOのメンバーとして母国を応援する活動”を牽引している。

難民人材が、あなたのチームを、あなたの会社を、そして日本全体を、より強く、より豊かに、変革させる力になる。

(渡部さんの講義資料より引用)

 

労働人口の減少による人材不足や、グローバル人材不足に悩む企業の問題解決策の一つとして、難民人材の採用を促進するというアイディアは、とても素晴らしいです。人権を尊重し、多様性を包摂する新しい時代の経営の目指す方向性にも合致しています。

 

ウェルジーの就労支援

WELgeeは、日本にやってきた難民の人生の伴走者となり、彼らの経験や専門性を活かし、日本で人生を再建するために「就労・キャリア」を支援するプログラムを展開しています。そのために、キャリア教育、メンターシップ、スキル開発を手掛けています。キャリアコーディネーターが企業と本人の双方に伴走し、採用への道筋を模索していきます。

例えば、何世代にも渡る迫害や差別を受けてきた、ある少数民族の生まれであるAさんの伴走者は、Aさんに「IT技術を活かして、社会的に弱い立場に置かれた人の力になりたい」という夢があることを知ると、プログラミングの勉強をする機会を用意し、IT企業での就職先を探しました。現在、Aさんは、日本のIT企業でエンジニアとして活躍しています。

 

増え続ける難民

10年前に、ハーバード教育大学院で行われた未来の教育研究会に参加した際に、教育における重要な変化の一つに移民の増加が含まれていたことを思い出します。

2019年のデータを見ると、出身国以外で暮らしている移民の数は、2億7200万人で、世界の人口の3.5%を占めています。また、2022年末時点で、迫害や紛争などにより故郷を追われた人の数は約1億840万人で、その数は、増え続けています。国連難民高等弁務官事務所の保護対処となっている難民の数は、2012年以降、ほぼ2倍に増えています。

 

難民という言葉

「難民」とは、「人種・宗教・国籍・特定の社会的集団の成員資格・政治的意見を理由に迫害されるという十分に理由のある恐怖のために国籍国の外におり、かつ、その国の保護を受けられないか、そのような恐怖のためにそれを望まない者」(UNHCR「難民の地位に関する条約」「難民の地位に関する議定書)を指します。

 

私自身、これまで難民についてあまり考える機会がなかったのですが、渡部さんのお話を聴きながら、改めて、「難民」というネーミングが良くないと思うようになりました。難民の人から、渡部さんが、「私たちのことを日本語では何ていうの? 漢字の意味はなに?」と聞かれたという話を聴き来ました。英語では、レフジーと言いますが、その語源は、フランス語のrefugieで、rifugierの過去分詞を名詞化したもので、「避難する、保護する」という意味を持ちます。日本語の「難民」とは、少し様子が異なります。渡部さんたちが付けた「難民人材」という言葉には、

命の危険があって祖国に戻れない人々に対して、私たちの社会が持つ眼差しを見直そうと投げかけているようにも思いました。

 

日本の難民の現状

現在、日本政府に、難民認定手続きを行なっている「難民認定申請者」は、9299人います。日本の難民認定申請者数と認定数、難民認定申請者が経験する壁については、図1、2をご覧ください。

私自身も授業を通して難民に対する理解を深めていきたいと思います。

 演習 先生と児童の話し合い

2023.10.09文部科学教育通信掲載

オランダのシチズンシップ教育ピースフルスクールプログラムの『演習 先生と児童の話し合い』の内容をご紹介します。

児童の主体性を育むシチズンシップ教育ピースフルスクールでは、児童同士のトラブルを、子どもたちが、自らの力で解決することを練習します。ピースフルスクールプログラムを導入する小学校には、メディエーターという名の話し合いのファシリテーションを担当することども達がいます。メディエーターは、全て小学5、6年生で、毎日2名が交代で担当します。児童同士のトラブルは、メディエーターが、話し合いを支援します。メディエーターでは扱い切れない問題については、先生が介入します。

児童の主体性を育む先生は、頭ごなしに叱るのではなく、先生が自ら問題解決をするのでもなく、子ども達同士が言い分をお互いに伝え合い、自ら解決策を考えることを支援します。そのために、子ども達は、毎週、レッスンを行い、自分の頭を整理する方法や、心を落ち着かせる方法、

相手の話を傾聴する方法、自分の考えを根拠と理由を添えてわかり易く相手に伝える方法を学んでいます。この小さく切り分けられたレッスンを繰り返し行うことで、トラブルが起きた時にも、冷静に話し合うことができます。また、先生も、子ども達の主体性を尊重し、子ども達同志の話し合いを促進するメディエーター役ができるように練習を行います。オランダでも、日本同様に、先生達は、子ども達のトラブルに介入し、自ら問題解決を行うことが上手なので、メディエーター役を担うためには、そのスイッチを切り替える必要があるようです。

今回ご紹介する『演習 先生と児童の話し合い』は、子どもたちに石を投げられた先生と児童の話し合いです。先生自身が当事者であるため、この話し合いを冷静に行うことは、とても難易度が高いです。

 

【演習で扱う出来事】

イルマ先生は家に帰ろうとしていました。授業が終わった後に課題の評価をしていたらすっかり時間が遅くなってしまいました。もう辺りは真っ暗です。すると、突然窓を叩く音が聞こえました。しかしそれは上の階からです。先生は音の正体を確かめるために階段を上りました。するとまた窓を叩く音がします。今度はさらに大きな音です。上の階に着くと、先生は窓を見ました。外を覗き込もうとした時、窓に向かって石が飛んで来るのが見えました。幸運にも窓は割れませんでしたが、当然先生はとても驚きました。外に三人の少年が走り去って行くのが見えました。それは彼女の知らない子たちでした。彼女はまた下の階に行って誰かいないかどうか確認しました。幸い、インゲ先生がまだ残っていました。彼女たちは外に出て一緒に少年たちを探しました。今、何もせずに家に帰ってしまったら、今度こそ少年たちが石で窓を割ってしまうかもしれないからです。

外は真っ暗です。もう誰の姿も見えません。彼らが学校の周りを歩き、また中に戻ろうとした時、小さな沢山の石が飛んできました。彼女たちは「やめなさい!」と叫びながら、犯人の正体を確かめようとしました。その時一人の少年が走り去りました。イルマ先生はその少年を見て、それが自分のクラスにいるボブという生徒だということに気付きました。

彼女たちは家に帰りました。翌朝、イルマ先生は校長先生と一緒にボビーを呼び出し、昨日の夜何をしていたのか聞きました。ボビーは泣き始め、一緒にいたのが近所に住む年上の男の子二人だったことを話しました。彼らは別の学校に通っています。彼らはボビーが弱虫でないことを証明するように命令しました。彼らは一緒にボビーの学校へ行き、まだ明かりがついていることを確認しました。そこでいたずらをしようと、小さな石を窓に向かって投げ始めました。しかし反応がないので、二人の少年はどんどん大きな石を投げ始めました。ボビーは何も言うことができず、逃げ出す勇気もありませんでした。その後、先生たちが彼らを探すために学校の周りを歩いていることに気付くと、彼は巻き込まれることを恐れ、茂みの奥深くに隠れました。その時、別の男の子がイルマ先生に向かって手に持てるだけの砂利を投げつけました。ボビーはとても恐くなり、とにかく夢中で走り去ったのでした。

【パート1の問い 出来事の振り返り】

  1. ボブのストーリー:何が起きましたか。 どんな気持ちでしたか。
  2. 先生のストーリー:何が起きましたか。 どんな気持ちでしたか。
  3. 両者が合意したストーリー:何が起きましたか。

 

問題を解決するためには、出来事について両者の考えを一致させる必要があります。この話し合いを阻害するのが感情の働きです。怖い経験をしたイルマ先生も、その感情を横に置き話し合いに参加する必要があります。悪いことをしたと感じているボビーも同様です。恐れの感情に支配されている間は、冷静に話し合うことができません。

冷静に話し合いを行うために、お互いが、自らの感情について話すことは有益です。自分がどんな気持ちなのか、なぜそうなのかを言葉にして伝えることができると、冷静になることができます。また、相手の感情とその背景を聴くことで、自分の立場で主張するだけではなく、相手の立場に共感することができます。その結果、同じ出来事を、自分から見た景色と、相手から見た景色の両面から捉え直すことができます。

ピースフルスクールの演習を通じて、感情は、話し合いを阻害する要因であり、話し合いを促進する要因でもあることを学びました。その分かれ道が、自己の内面をメタ認知するリフレクションの実践です。

【パート2の問い 今の気持ちと願い】

  1. ボブの立場:ボブはどんな気持ちですか。何を願っているのでしょうか。
  2. 先生の立場:先生はどんな気持ちですか。何を願っているのでしょうか。

 

問題解決のためには、今の気持ちを伝え、聴き合うことも大切です。その上で、何を願っているのかを伝え合うことで、問題解決のための話し合いに進むことができます。

 

【パート3の問い 課題解決について】

  1. ボブと先生は、どのような課題を解決する必要がありますか。
  2. どのような解決策が考えられますか。どのようなアクションが考えられますか。
  3. ウィン・ウィン、ウィン・ルーズ、妥協、修復のどれに該当する解決策ですか。

この演習では、ウィン・ウィン解決のフレームワークを活用し、イルマ先生とボブの課題解決について考えます。その際に、修復という言葉についても学びます。イルマ先生とボブにとって、一旦壊れた信頼関係を元に戻すことが、重要な問題解決のポイントだからです。

 

演習のまとめ

コンフリクト( 対立) を、全員が満足するように解決できた場合、それはウィン・ウィン解決と呼ばれます。

両者のうちどちらか一方だけが満足している場合、それはウィン・ルーズ解決策と呼ばれます。どちらかが勝ち、もう一方が負けています。

どちらも満足していない場合、それはルーズ・ルーズ解決と呼ばれます。どちらも負けています。

時々、完全なウィン・ウィン解決策が不可能なことがあり、その場合は妥協という方法があります。全員が少し満足することができます。

時には、修復がウィン・ウィン解決策の一部であることがあります。

トライブが起きても信頼関係を修復できるという考え方も、とても大切なことだと思いました。ピースフルスクールの演習に学び続ける日々です。

教育行政リーダー研修

2023.09.11 文部科学教育通信掲載

8月に独立行政法人教職員新機構で行われた教育行政リーダー研修の講師メンバーの一員として、研修に参加致しました。日本全国から集まった33名の教育委員会の優秀な方々の学びの場にご一緒できたことは、とても貴重な経験になりました。

講師陣は、帝京大学大学院講師 町支大裕氏、国立教育政策研究所統括研究官 千々布敏弥氏 秋田教育委員会次長 和田渉氏、愛知県立大学准教授 葛西康介氏、兵庫教育大学院准教授菅野裕太氏、北海道立教育研究所長 中澤美明氏、新潟県新潟市教育委員会次長 池田浩氏、宮崎県延岡市教育長 澤野幸司氏、兵庫県加西市教育委員会主幹兼指導主事 藤田亮氏、鳴門教育大学学長 佐古秀一氏、大分県別府教育事務所所長 板倉慎二氏、神奈川県鎌倉市教育長 高橋洋平氏(担当順)です。

本研修の準備に当たっては、講師陣との打ち合わせを何度も実施しており、ZOOMでは、何度もお会いしておりました兵庫教育大学の日渡先生が6月にお亡くなりになられたことはとても悲しい出来事でした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

今回は、 教育行政リーダー研修に参加して得た2つの学びに触れたいと思います。

 

2つの相似系

よく学校と教育委員会は、相似系であると言われます。しかし、この研修を通して、教育委員会には、もう一つ大事な景色があり、教育委員会は、行政とも相似系であるという事実を知りました。私は、学校と教育委員会の関係性にばかり目を向けていたのですが、教育委員会がその使命を果たすためには、議会や財政との関係性が重要であるという、言われてみれば当たり前の事実を改めて理解することが出来ました。ディスカションの中で、「学校にいたときには、子どもたちの目線を大事にしていたのに、教育委員会では、子どもたちのことを考えることがとても少なくなる」という発言が多く出て、改めて、学校教育を支える仕組みの構造的な難しさを実感しました。また、同時に、この構造が、子ども中心の教育改革がスムーズに進行しない理由なのだと思いました。

 

オランダの教育監督局

ディスカッションをしながら、オランダの教育監督局を訪れたときのディスカッションを思い出しました。憲法で教育の自由が保障されているオランダでは、200人の父母が集まれば学校を設立することが可能です。学校の土地や建物は行政が提供することが決まりなので、誰もが、教育理念と志を持てば学校を始めることができます。一方、オランダでは、小学校の卒業試験があるため、誰もが、中学校に行ける訳ではありません。このため、学校は、教育の質を担保できなければ、子どもたちが小学校を卒業できなくなるので、しっかりとした教育を行う必要があります。そして、教育監督局が、学校を監督します。

教育監督局は、小学校卒業試験の結果を元に、教育の質に課題がある学校に対して改善を求めます。学校は、教育監督局から改善を求められると、必要に応じて外部の教育専門家の支援を受け、教育改善に取り組みます。この仕組みでは、教育の質を担保する責任は学校(を運営する理事会)にあり、課題を発見し指摘するのが教育監督局で、教育専門家はそのための改善策を学校現場の先生たちとともに講じます。学校の運営する理事会は、改善のための予算を確保し、教育の質向上に責任を持ちます。行政と学校の役割と責任がとても明確です。また、教育監督局の改善要求に答えられない学校は、退場するという仕組みなので、課題が永遠に残ることもありません。

子どものよい育ちを願う仲間

家庭も、先生も、校長も、教育委員会も、議会も、地域も、みんな子どものよい育ちを願う仲間であるはずなのに、なぜ、子どもを中心に据えて物事を考えることが難しいのでしょうか。秋田県の和田先生のお話を伺いながら、改めて地域社会や家庭と学校の関係について考えさせられました。2010年にも、当時の秋田県教育委員会の根岸教育長のお話を伺ったのですが、秋田県では、学校や先生の悪口をいう親はいないというお話がありました。共働きも多いそうで、祖父母が子育てに関わることも多く、祖父母会(祖父母版保護者会)を行う学校もあると伺いました。和田先生のお話を通して、秋田県の教育委員会には、今日でも、子ども目線がしっかりと定着していることがわかりました。子どもを中心に置いた議論があることで、学校、家庭、地域が、子どもたちのよい育ちを願う仲間になることができます。

 

子どもの変化、子どもの成長

鳴門教育大学学長の佐古先生には、学校の内発的改善力を高める実践事例をご紹介いただき、リフレクションやチーム学習が生かされている様子を嬉しく思いました。子どもの問題行動を改善する取り組みを行う学校において、チーム学習を通してビジョンを形成し、みんなで学校改善を行う取り組みはとても参考になりました。特に、(1)子どもの問題行動ではなく、その背景にある根っこの課題を見つけた時に、みんなの行動が変わること、(2)子どもの変容のエピソードが先生の内発的改善力の原動力になることの2つが、私にとっては大変貴重な学びでした。ある学校で、子どもの問題行動の背景にある根っこの課題として、「自分を大切にしてもらった経験が少ない」という視点が持てた時、「ようきたね」という心で迎えるという先生たちの立ち位置が明確になり、その結果、子どもにも先生たちの思いが届き、子どもたちにも変化が見られたという成功事例を伺い、私も嬉しくなりました。また、子どもたちの変容のエピソードを、「あの子がこんな風に変わった」「こんな子どもたちが増えた」と、先生たちが語り始めると、それは何よりも先生たちの喜びなので、みんなの内発的動機に火がつくということも、とても納得できるお話でした。

 

子どもの靴を履いてみる

以前、ある学校の校長先生と、先生に向けたリフレクション講座を企画したことがあります。

校長先生のご依頼は、先生たちはとても多忙で疲れているので、先生たちを元気にするリフレクションを行いたいというものでした。悩んだ末に企画したのが、「あなたを悩ませている子ども」をテーマにしたリフレクションでした。最初は、自分の経験と感情を振り返り、「なぜ、その子が自分のとって悩みの種なのか」をリフレクションしてもらいました。例えば、ある先生は、授業中に、算数の問題を全く解こうとしないBさんについてリフレクションをしてみると、「みんなに算数ができるようになって欲しい」という願いがあるために、自分が、Bさんの様子に不満を感じてしまう事に気づきました。その後で、Bさんの靴を履いて、Bさんの世界を想像するリフレクションを行うと、Bさんの問題行動の背景を理解することができます。(図参照) 佐古先生のお話を伺い、このアプローチは、学校における課題解決にも役立つのではないかと思いました。

教育委員会にも、リフレクションと対話が広がることを願っております。

女性活躍推進の未来

2023.08.28文部科学教育通信掲載

女性活躍推進に取り組むことが、企業のあたり前になり、育成の取り組みも盛んです。企業の中には、役員が自ら女性活躍推進の最前線に立ち、メンターやスポンサーとして、直接、女性たちの指導に当たるケースも生まれています。

 

成長戦略

日本における女性活躍推進が本格化したのは、2014年です。労働人口が減少する中で、女性活躍推進は、労働力確保のための重要な打ち手と考えられ、成長戦略の一環として女性活躍推進に取り組むことになりました。女性活躍推進法と、働き方改革関連法が制定され、全国で女性活躍推進が本格化します。政府が当初掲げた2020年に女性管理職比率を30%にするという目標は実現しませんでしたが、多くの女性が、結婚・出産を経ても、会社を辞めなくなったことで、今後は女性管理職比率は高まるであろうことが予測されます。

短い女性活躍の歴史

我が国の男女平等は、家父長制が廃止された戦後がスタートです。1967年には、働く女性が、1000万人を超えましたが、男女別の採用と賃金制度や、結婚退社の慣行は残ります。1960年代には、結婚退職制度を導入している企業や、定年年齢を男性が55歳、女性35歳と規定している企業もあったようです。

1985年に、日本は国連の女子差別撤廃条約を批准することを決定し、男女雇用機会均等法が成立し、我が国の女性活躍は本格的に始まります。女性が働き続けるために必要な、育児休業法が制定され、男女従業員に、子どもが満1歳になるまでの休業が認められることになりました。2009年には、短時間勤務制度なども導入され、女性が、結婚出産を経ても働き易い環境整備のための制度が整備されました。しかし、女性活躍は一向に進まず、多くの女性が、結婚や出産を機に、専業主婦になるという慣習は残り続けました。

制度が整っても、女性が退社する理由は、男性の働き方に合わせることができなかったからです。夜遅くまで働く社員が高く評価され、夜接待をすることで営業成績が上がる職場に、女性が働き続けるためには、育児を放棄するか、誰かに託す覚悟を持つ必要があります。このため、2014年以前にキャリアアップを目指す女性は、働く女性の中でも特別な存在でした。結婚出産後も働き続けた女性の多くは、親やパートナーの支えがあり、また、子どもを産まないという選択や結婚しないという選択をした女性たちもいました。

そこで、生まれたのが男性の働き方を変えていこうという発想です。男性も女性も、ワークライフバランスの時代の始まりです。昨年からは、パパ産後育休も始まり、男性も家事育児に参画することが良いことだと考えられるようになりました。その結果、共働きの子育て世代が増え、男性の働き方も大きく変わろうとしています。ある保育園では、朝子どもを保育園に連れてくる親の9割がパパだという話を伺いました。

政府は、女性管理職比率と、出生率をともに向上させることを目標に掲げていますが、出生率については、改善が見られず、新たな少子化対策の必要に迫られています。

 

数値目標

政府は、2025年に、係長級の管理職比率30%の目標数値を掲げています。 課長級では18%、部長級では12%が目標です。2014年以降に始まった女性活躍推進の取り組みの結果、2021年の女性管理職比率は、係長級で20.7%、課長級で12.4%、部長級では7.7%になっています。

30%という数値目標の背景には、ハーバード大学のロサベス・モス・カンター教授が提唱する黄金の3割理論があります。30%は、マイノリティがマイノリティでなくなる割合で、組織に質的な変化を起こすと言われています。10人の役員の中で、1人女性がいても、同調圧力が存在するため、一人の存在では、他者と異なる意見を述べることに勇気が必要になります。しかし、3人女性がいれば、意見を述べやすくなります。このため、多様な意見が表出しやすくなり、多様性を活かすことも容易になります。

 

世界とのギャップ

共働き社会へのシフトが進み、保育園の送り迎えに参画するお父さんが増えている日本にいると、女性活躍推進は進んでいると感じますが、残念ながら、世界との比較では、日本の順位は下降傾向にあります。毎年発表されるジェンダーギャップ指数2023では、146カ国中126位となっており、韓国や中国よりも遅れている国という評価になりました。

ジェンダーギャップ指数は、教育、健康、経済参画、政治参画の4つの指標で男女の差を評価しています。日本は、以前は、教育では1位だったのですが、高等教育就学率の男女比が加わったことで、47位に順位が後退しました。健康では59位、経済参画では123位、政治参画では138位という結果です。

世界では、女性役員比率4割を目指しており、係長級の管理職比率3割を目標にしている日本とはかなり様子が違います。また、政治についても、世界は、1980年代から女性役員位率を高め続けており、日本とはかなり様子が異なります。

国会の姿

日本の女性活躍推進が本物になるためには、国会における女性議員比率をどれだけ高めることができのかにかかっているのではないかと思います。先日、ある研修で、「国会は、おそらく1980年代の企業の感じなのだろう」という意見がでました。我々の先人の多くは、「女性が男性以上に頑張って、自分には何も劣っている点はない」と虚勢を張って生きていました。企業においても、「子どもがいるから、・・」等と口がさけても言えない時代もありました。しかし、企業は、すっかり様変わりしました。

女性議員が増えることは、子ども目線、生活者目線、人口の半数を占める女性目線が、政策に反映されることを意味します。企業目線と政治目線だけで物事が推進される国よりも、万人が行きやすい国になるよう思います。そのための改革は、誰がどのように進めることになるのでしょうか。企業の女性活躍が加速することが、政治の世界を動かすことになるのでしょうか。今しばらく様子を見守りたいと思います。

意見 経験 感情 価値観

2023.08.14

自己を客観的および批判的に振り返る行為であるリフレクションを行うために、意見・経験・感情・価値観の4点セットで自分の内面を俯瞰する方法をワークショップで紹介しています。意見・経験・感情・価値観を認知の4点セットと名付け、自分の内面をメタ認知するための手法と説明しています。

なぜメタ認知が大事なのか

変化の激しい時代になり、過去の成功体験が役に立たないことが増えています。また、多様性を活かす時代になり、異なる考えに遭遇する機会も増えています。このような時代には、即決即断ではなく、自分の考えについても、すぐに「これしかない」と考えるのではなく、多面的多角的に考えることが必要になります。同時に、変化のスピードに合わせて、決断のスピードも必要になるため、より深く・より早く思考し判断することが求められます。

メンタルモデル

認知の4点セットの原型は、学習する組織論で紹介されているメンタルモデルです。メンタルモデルとは、人間が持っている人や物事に対する前提です。夏は暑い、桜は春に咲く、海は青い、アメリカ人は◯◯、日本人は◯◯、あの人は◯◯等 私達は、過去の経験を通して、人や物事に対して前提を持って暮らしています。この前提は、物事を判断する上でも、思考に影響を及ぼし、判断を支援する役割を担います。

雪が積もった朝、皆さんは坂道を避けて歩きませんか。その理由は、私達が、過去の経験を通して、雪の積もった朝、坂道を下ると滑り易いことを知っているからです。このように、メンタルモデルは、私達を危険から守るために、大切な役割を果たします。

私達の行動の前提には、メンタルモデルがあります。例えば、家をギリギリに出ても、電車の接続がスムーズで、遅刻しなくて済んだ経験を数回繰り返すと、「このぐらいギリギリに家を出ても、時間までに到着できる」という思い込みを持ち、ギリギリに家を出ることが習慣になるかもしれません。しかし、ある日、電車の遅れにより、接続がうまく行かず遅刻してしまうと、過去の経験に基づく前提が通用しないと気づきます。そして、この経験を通して、新しいメンタルモデルが形成されます。

行動と認知の4点セット

私達の行動の前提には、意見・経験・感情・価値観が存在します。例えば、上意下達の組織に長く働く人は、「上司に物を申してはいけない」というメンタルモデルを持ち、上司の考えに従うことを大切にしています。上意下達の組織では、多くの人たちが、このメンタルモデルと行動様式を当たり前だと思っているため、組織風土にも、その姿が現れます。このため、新人も、すぐに、このメンタルモデルと行動様式を習得し、上意下達の組織風土に合わせることができます。

【意見:上司に物申してはいけない】→【行動:上司の指示に従い行動する】

私達の考えが、行動に反映することは、誰もが理解出来ると思います。

【メンタルモデル】→【意見】→【行動】

では、そもそも、なぜそう考えるのでしょうか。この問いに対する答えが、先程から紹介しているメンタルモデルです。過去の経験を通して形成されたものの味方が、意見の前提にあります。

【経験と感情】→【価値観(ものの見方や前提)】

メンタルモデルである、物事に対する前提は、過去の経験とその時に味わった感情を通して形成されます。

行動・思考・経験・感情・価値観

これらをつなぐと、私達の行動は、思考を前提としていますが、その思考の前提には、経験、感情、価値観があると言えます。

【行動】←【思考】←【経験】←【感情】←【価値観】

【行動:上司の指示に従い行動する】

【思考:上司に物申してはいけない】

【経験:物を申した同僚が、叱られている様子をみた】

【感情:怖い】

【価値観:上意下達の原則】

 

結果を変えるために

【結果】←【行動】←【思考】←【経験】←【感情】←【価値観】

私達は、物事がうまく行かない時、行動を変えることにフォーカスを当てることが多いです。結果を変えるために行動を変えることは誰もが考えます。しかし、もし、行動を変えても、よい結果に繋がらない時には、行動の前提にある思考を変える必要があります。そのためには、思考の前提となるメンタルモデルである経験、感情、価値観に目を向ける必要があります。

このように、前提を見直すことも、学習の一つで、ダブルループラーニングや、アンラーニング等の言葉が使われるようになっています。

【ダブルループラーニング】

原因と結果の関係を、行動と結果の2つで捉えることをシングルループラーニングと呼び、行動の前提に目を向けることをダブルループラーニングと呼びます。先程からの説明では、メンタルモデルにも意識を向けるということと同じ意味です。

【シングルループラーニング】

アンラーニングは、学びほぐしと呼ばれることもあり、過去の経験を通して形成されたものの見方や行動様式をアップデートすることを意味します。例えば、先程の事例のような上意下達の組織で働いていた人が、ベンチャー企業に転職したことを想像してみてください。誰もが主体性を持ち、一緒に新しい価値を創造していく仕事の仕方に切り替えるためには、過去のメンタルモデルと行動様式を手放すことが求められます。

変化の激しい時代には、誰もが、アンラーンの必要性を感じることが増えているのではないでしょうか。

学習する組織の教え

学習する組織には、「物事がうまく行かないときには、自分の外に原因を探すのではなく、自分のメンタルモデルに意識を向けたほうがよい」という教えがあります。学習する組織のリーダーは、自らの行動や思考だけではなく、その前提となるメンタルモデルを捉え、変えて行きます。

この考え方は、変革を推進するすべての人々の行動を支えます。自らのメンタルモデルに意識を向けることができると、変化の障害が自分であることにも、気づけやすくなります。ポジションや立場の違いを超えて、この考え方を誰もが実践するチームは強いです。

教育変革

現在行われている教育変革においても、学習する組織の教えは役に立つと考えてます。学校現場も、教育関係者も、親も社会も、すべての人々が、自分のメンタルモデルを見直し、社会全体がチーム学校になり、子どもたちが「人生の準備」を行う学校教育を支えることができる日を夢見て、活動を続けたいと思います。

8月には、初めて、教育委員会の関係者と一緒に、メンタルモデルの学習を行う予定です。しっかりと、メンタルモデルの価値を皆さんに伝えきりたいと思います。

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