時代が求める人と組織
2023.12.25文部科学教育通信掲載
この度、文藝春秋よりご依頼があり、リスキリングをテーマにした講演会でお話をさせていただくことになりました。私が担当するテーマは、“学習する組織”の創り方です。
機械に仕事が奪われる?
時代が変化し、テクノロジー革新が進む中で、半分以上の仕事が機会に代替され、人間にはより創造的なアウトプットが期待されるようになるとう議論が教育の世界で始まったのは、10年以上前のことです。
アメリカでは、デューク大学の研究者キャシー・デビッドソン氏が、2011年8月にニューヨークタイムズ紙のインタビューで、「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業につくだろう」とコメントしています。また、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授が2013年に発表した論文「雇用の未来」では、米国の仕事の47%が自動化すると予測しました。
日本については、野村総合研究所が、オズボーン准教授及びフレイ博士と共同研究を行い、日本の労働人口の約49%が就いている職業は、機械に代替可能という試算を発表しています。
これらの予測を耳にした多くの働き手は、その当時、この事実をバラ色の未来とは認識せず、機械に仕事が奪われてしまうという捉え方をしたと思います。しかし、今日、AI技術の活用が広がる中で、もしかすると、テクノロジーと協働する社会は、恐ろしい未来ではなく、夢や可能性に満ちた未来かもしれないと思う人も増えているのではないかと思います。
リスキリング
変化する時代の中で、人材育成についても、たくさんの新しい概念が生まれています。その中の一つがリスキリングです。
リスキリングとは、これまでとは違う役割を担うために必要な成長とそれを支援することを意味します。代表的な例は、DX人材になるための教育支援です。
この他にも、自動化によってなくなる仕事に従事している人たちの転職を支援する目的で行う教育も大事になり、アウトスキルという名称が付いています。変化の激しい時代になり、企業経営には、より幅広く人材育成を捉えることが期待されるようになりました。
人的資本経営
このような環境下、日本では、2020年9月に経済産業省により「人材版伊藤レポート」が発表され、多くの企業の人材に対する向き合い方に変化が見られます。株式市場からも、非財務情報の開示が求められる中、人的資本に関する情報開示もより重要になってきています。
同時に、若者の職業感やワークライフバランスに対する認識の変化なども顕在化しており、企業は、人材の流動化も視野に入れながら、新しい時代に合わせた人的資本経営を行うことが迫られています。
学習する組織
このような時代の中で、企業にとって、より重要になるのが、目的の明確化であり、変わり続ける柔軟性です。そこで、リスキリングや人的資本経営に取り組む土台として「学習する組織」になることが必須であると感じます。
学習する組織は、組織を構成する全員の学習を前提とするため、経営者自らも、変わることが期待されます。誰かが変わるのではなく、自分が変わることに、全員が責任を持てると、学習する組織になります。
例えば、コミュニケーションの手段である対話は、「意見が変わる」ことを前提にしています。従来の組織の会議では、ディベートが中心で、誰もが自己主張を繰り返し、最終的には、パワーバランスで結論が決まるのが常識でしたが、対話では、階層上立場が上の人であっても、意見を変えることが許されます。対話の目的は、相互学習であり、その結果、新しいアイディアが生まれる事も含めて、誰もが、自分の意見に固執しないことで、新しい価値を生み出すことができます。
アンラーン
時代の変化は、我々に、前提を見直すことを求めます。社員のリスキリングに成功しても、組織が、DXを推進する環境を整備できなければ、社員はそのスキルを活かすことができません。このため、DXを推進する環境として適した文化の醸成が欠かせません。そこで必要になるのが、過去の成功体験により形成されたものの見方や、行動様式を手放すアンラーン(学びほぐし)です。
答えのある時代には、トップダウンで戦略を構築し、現場が実行するというアプローチが主流でしたが、答えのない時代には、このやり方では物事はうまく行かないと言われています。
小さくスタートして、スピーディに学習し、自社に適したDXの姿を生み出し、感触を掴んだところで、大きく展開していくことが、成功への道筋だと言われています。そのためには、トップが判断するのではなく、現場に裁量権を渡す必要があります。また、現場は、より主体的にその期待に答える必要があり、誰もが、アンラーンを期待されています。
誰もが、変わり続けることで、持続可能な社会の発展に寄与する組織と人々が増えることが、人的資本経営の目指す姿なのだと思います。そのために、学習する組織であることが必須ではないでしょうか。