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働き方改革と組織の大改革

2020.01.27 文部科学教育通信掲載

働き方改革関連法が施行され日本の全企業が一斉にスタートラインに立った2019年。働き方改革を単なる形だけの変革で終わらせるのか、新しい時代に合わせて組織そのものを成長させるきっかけにするのか、経営の判断が問われている。企業は、どこに向かっていくのか、2020年を予測してみたいと思う。

 2020年、多くの企業で、失われた30年に終止符を打つ組織の大改革が始まることを期待したい。キーワードは、「学習する組織」とセルフマネジメント、日本的経営への原点回帰だ。

 

 進化を加速するために「学習する組織」になる。

大改革の指針となるのが、アインシュタインの言葉。

「問題を生み出した思考では、問題を解決することはでいない」である。

今では、古典とも言える「学習する組織」は、進化し続ける組織のOSとして、世界中の優良企業で実践されている。GEやGoogleの成功事例は有名だ。

学習する組織の特徴の一つは、社内外のベストプラクティスが、速やかに組織全体に広がることだ。時代の変化とともに変わり続けるGEは、境界線のない組織を実現し、世界中で生まれたベストプラクティスを組織の力に活かすことで知られている。最近では、エリック・リースが提唱するリーン・スタートアップの行動様式を研究し、大企業でありながら、ベンチャー企業のスピードと柔軟性のある組織に生まれ変わった。30万人を超える規模の組織が、変革を成功させることができるのは、GEが、学習する組織だからだ。

Googleは、人と組織の創造性を最大化するために、科学的な分析と、テクノロジーを活用し、自ら、ベストプラクティスを生み出し続けている。大企業になっても、大学の研究室で始まった創業期の探究心は今もなお健在で、エクセレンスを追求する彼らの探究心に、終わりはない。学習は、GoogleのOSとも言える。

日本企業も、学習する組織になることができれば、イノベーションで溢れる組織は、決して夢ではない。

 世界に見習い、自律型組織への移行が本格的に始まる。

管理型組織では、イノベーションは生まれないことは、今や世界の常識だ。慣れ親しんだマネジメント手法を手放すことは大きな挑戦だが、イノベーションを手に入れたければ、自律型組織への移行は避けられない。ありがたいことに、世界には、たくさんの成功事例も存在する。

  • アジャイルが進む

欧米では、開発チームがいち早く、アジャイルを導入し、自律型チームに移行した。日本では、まだ主流のウォーターフォールとは異なり、アジャイルを導入するチームは、大きな計画を立て、計画通りに開発を進めるのではなく、1ヶ月単位で計画を立て、一週間単位で仮説検証を行う。また、チームは、100%の意思決定権を持つ。開発の柔軟性とスピードを高めるために広まったアジャイルは、最近、世界の優良企業で、全社員の仕事の仕方にも活用され始めている。GEが、リーンスタートアップに学び、行動基準に、「試して勝つ」を加えたのも、このためだ。

  • ムーンショットを目指す。

日本でもベンチャー企業を中心に注目が集まる目標設定の手法OKR(Objectives and Key

Resultsの略)では、 「自分が何を実現したいか」が目標の定義だ。Googleでは、誰もが

OKRを活用し、自らの意思で、情熱を注げるストレッチ目標を設定する。OKRは、ムーンショット(月面着陸の様な偉業)が生まれる確率を高める手法と位置付けられているため、到達目標は、100%ではなく70%が目安となる。それでも、100%の目標を設定することが、大きな成果を生む確率を高めるという。

  • 多様性を活かす文化を醸成する。

多様性が化学反応を起こし、大きな成果をあげるチームには何が必要か。その答えも、Google が効果的なチームを研究したアリストテレス(チームの効果性の測定方法と効果性に影響を与える因子を特定するプロジェクト)ですでに明らかにしている。カギを握るのは、多様性を受け入れる土壌となる心理的安全の確保だ。2017年に危機に直面したウーバーの三千人の管理職に、信頼を回復する力を授けたハーバードビジネススクールのフランシス・フレイ教授は、心理的安全は土台であり、多様性を歓迎する文化が不可欠だという。多様性を歓迎する文化か否かは、メンバーの意見を賞賛する言葉に現れる。多様性を歓迎する文化では、「私もそう考えていました」ではなく、「私には、全く思いつかない意見だ」と異なる意見に焦点が当たる。多様性を化学反応に結びつけるためには、こうした文化の醸成が欠かせない。

  • 組織の存在目的を語る。

政府主導の働き方改革が進行する同時期に、フレドリック・ラルーの著書「ティール組織」が、日本でも話題となった。「ティール組織」の魅力の一つは、一人ひとりが組織の存在目的に共感し、繋がり、その具現化のために主体的に行動するところだ。そのために、組織の存在目的をいかに明確に表現するかが勝負となる。「もし、この世界から、あなたの組織が消滅したら、世界は何を失うことになりますか」(引用:『実務でつかむ!ティール組織』吉原史郎著 大和出版)という問いに、誰もが答えることができる組織が、自律と団結を共に実現する。無論、その答えは、GDPでも、時価総額でもないはずだ。

 

一人ひとりのセルフマネジメントとリフレクションが、未来を創る。

すでに述べたように、イノベーションで溢れる組織は、他律ではなく自律に向かっていく。こうした流れの中で、個人も、セルフマネジメント(自己管理)を高めることが期待されるようになる。

セルフマネジメントの領域は①期待値管理:自己の役割と責任、②成果管理:期待されている成果、③成長:自己成長のシナリオ、④幸福:心身の健康と幸福の定義の4つに分類される。

一人ひとりが、4つの領域で明確なビジョンを持ち、現状とありたい姿のギャップを自己点検し、自分の成長に責任を持つことが求められている。

セルフマネジメントに欠かせないのがリフレクション(自己内省)の力だ。前例のない時代に、答えを手に入れるためには、教科書を丸暗記するような知識面での学習だけでは不十分であり、自分の経験を適切なタイミングで振り返り、次のアクションに活かす力が求められる。

  • エンプロイアビリティが話題になる。

人生100年時代を見据えた多様な生き方・働き方が進むと、個人にとって次の関心事がエンプロイアビリティ(市場価値)の向上とキャリアの選択になる。キャリア開発が自己責任の時代に生きる若者にとっては、当然の権利と言えるが、企業の側でも、雇用の流動化を前提に、社員を社会の資産と捉え、その育成に当たる必要が出てくるだろう。

 

 日本の経営の原点に戻る。

オムロンの創業者・立石一真は、「企業は利潤の追求だけではなく、社会に貢献してこそ存在する意義がある」という企業の公器性を語っている。日本には、利潤だけではない、企業の存在目的という経営思想は昔からあり、これがイノベーションの原動力であったはずだ。日本の経営に立ち返り、不易と流行を明らかにすることも、組織変革を成功に導くために有益かもしれない。

 

 

社会起業家ハシナの物語(後半)

2020.01.13 文部科学教育通信掲載

前回に引き続き、人権問題の解決に挑戦し続けるハシナ・カールビー氏の取り組みを紹介します。

ハシナの偉業

ハシナは、人身取引の犠牲者を救うために、インド、バングラデシュ、ミャンマー、ネパール4ヶ国の政府、警察、NGO165団体、弁護士25人とのパートナシップ「インパルスモデル」を構築し、現在、その活動をタイにも拡大する準備を進めています。22年間に4ヶ国の行方不明72442人を救出し、マザーテレサ賞をはじめとする人権分野の17の賞を受賞しています。

人身取引は、私たちにとって馴染みがない言葉ですが、世界では、4030万人が人身取引の犠牲となっていて、その半数がアジア地域に集中しているそうです。(出典:ILO国際労働機関)人身取引の市場規模は、数十兆円規模と推測されています。そのうち強制労働により生まれる利益は、約3兆4100億円と推定されています。(出典:国連人身売買根絶フォーラム)

2001年 Eメール作戦の成果と専門性

高校の奉仕活動を通して出会った貧しい女性たちの経済的支援をしていたハシナは、「行方不明のこども」が、「人身売買」の標的であることを知り、その救出活動に取り組みます。最初に思いついた方法は、カルカッタ会議で出会った100を超えるNGOの人々に、メガラヤ州の「行方不明の子どもたち」の情報をEメールで共有することです。その結果、3名の子どもたちを救済することに成功します。素晴らしい成果です。しかし、2001年当時は、次に何をすればよいのか、どうすれば、この問題を根本的に解決することができるのか、まったく見当がつかなかったと言います。そこで、ハシナたちは、インド各地で実施している人権分野のリーダーシップ、人身取引関連の訓練プログラムに参加し、知識を深めていきます。また、人権侵害に関する法律も学びました。

啓発活動

行方不明の子どもたちは、「人身取引」の標的となりうるという事実を、広く知ってもらうための啓発活動も行いました。しかし、州政府は、自域の子どもたちが人身取引の対象になることを恥じ、認めようとしません。そして、売春宿で働いているのは、バングラディシュからやってきた子どもたちだと根拠のない主張をします。この経験から、リアルタイムの正確な情報をいかに報告できるかがカギを握ることを学びます。

3つのP

活動を続ける中で、解決策に必要な具体的な3つの要素も見えてきました。3つのPです。一つ目は、Police 警察、2つ目は、Protection 保護、3つ目はPress メディアです。警察官と社会福祉関係者、ジャーナリストの3者がうまく機能すると、問題を解決することができる、そう確信しました。も一つ、問題を解決する上で欠かせないのは、チェンジメーカーを見つけることです。州政府で、人権問題に対応する人たちの中にも、ハシナたちの活動に共感し、問題を解決したいと強く願っているチェンジメーカーがいます。こうして、チェンジメーカーが連携し協力し、子どもたちを救出し、保護施設で見守るという仕組みが生まれました。この連携には、シェアードリーダーシップが欠かせないとハシナは言います。

リーダーたちが1つの目的に向かってそれぞれの立場で貢献するリーダーシップのあり方です。

2003年 4か国の警察官訓練プログラム

ハシナは、米国務省から助成金をもらい、2003年から警察官を対象とした訓練プログラムを開始します。インド政府と共に開発した訓練プログラムには、インド、ミャンマー、バングラディシュ、ネパールの警察官約3万人が参加しています。警察官は、現場から子どもたちを救出する重要な役割を担います。そのために、何に留意する必要があるのか、どのようなコミュニケーションが効果的なのか等、訓練を通して、子どもたちを救出ために必要な力を磨きます。こうした訓練を受けた警察官は、子どもたちを救うために、連携し協働する重要なパートナーです。

 2006アショカ・フェロー選出

冒頭にご紹介したアショカは、世界中の社会起業家を発掘し、特に優れた社会起業家を、アショカ・フェローに認定しており、ハシナも、その一人に選ばれました。この時、初めて、ハシナ自身は、自分が社会起業家であることを知ります。高校時代から、本能と直感に頼り進めて来た活動が評価されることは、とてもうれしいことです。また、アショカ・フェローに選ばれる審査の過程で、これまでの活動を徹底的に振り返ることができたのも、とてもよかったと言います。こうして、ハシナは、直感を頼るだけではなく、戦略と頭脳を使う社会起業家として歩み始めます。2006年には、フルブライトの奨学金を得て、ハワイ大学に半年間留学する機会もあり、彼女のリーダーシップは、さらに磨かれて行きます。

2013年 インパルスモデルの強化

2001年から始めたEメール作戦が少しづつ進化して出来上がった人身取引のデータベースは、連携して子どもを救済するインパルスモデルの心臓部です。活動をより広範囲に広げるためには、隣国とのデータ共有も必要となります。しかし、システムの容量は限界です。この危機的な状況を救ったのは、日本社会開発基金が主催する「最も革新的な開発プロジェクト」賞の受賞です。この資金を元手に、これまでに蓄積した人身取引の情報を精査し、管理の仕組みを改良することが可能になりました。インド工科大学に開発を依頼し完成した新しいシステムは、インド東北6州に加えて、バングラディシュ、ミャンマー、ネパールの情報を扱えます。国境近辺には人身取引業者が集まり易く、このシステムの導入により、4か国の警察官がリアルタイムに情報を共有し、子どもたちの救出に当たる強靭な協働体制が可能になりました。また、それまで、2~3か月かかっていた1人の救出活動が、このシステムの恩恵により、2日間で救出可能になったそうです。

ネズミ炭鉱の強制労働

調査の結果、メガラヤ州にある高さ1Mの炭鉱で、7万人の子どもたちが、硫黄の汚染された空気を吸いながら石炭を掘り出す作業を行っていることが明らかになりました。そこで、ハシナは、調査結果をプレスリリースとして、世界中に発信します。その結果、ニューヨーク・タイムズ、LAタイムズ、ABC、CNN、フランスや中東のメディアも、取材に訪れ、世界中に、メガラヤ州の炭鉱の実態が知れ渡りました。そして、2007年から2014年までに1200人の子どもを救出することができました。ところが、救出した数だけ、子どもたちが補充される状況が続きます。そこで、根本原因を断つしかないと考えたハシナは、炭鉱を運営するマフィアを相手に訴訟を起こしました。ハシナは、命を狙われる経験もしたそうです。ハシナの車が襲われ、ドライバーが亡くなるという事故にも遭いました。2014年には、炭鉱は完全閉鎖。ハシナたちの勝訴です。

2018年 ジャーナリスト訓練プログラム

ねずみ炭鉱の事例が示す通り、調査結果をメディアが公表すればするほど、世論が高まり、活動しやすくなり、救出結果も出せます。しかし、そのためには、報道が正確な調査とデータに基づくことが大前提です。そこで、人権取引に強いジャーナリストを増やすために、ジャーナリストの本格的な訓練を実施するアイディアを思いつきます。ここでも、シェアードリーダーシップが生かされます。プログラムリーダーは、元インドのCNNの熟練したレポーターです。参加者は、インド、バングラディシュ、ネパール、ミャンマーの越境人身取引に強い関心を持つ有能なジャーナリストです。

社会起業家ハシナの物語を楽しんで頂けましたでしょうか。

ハシナは次々とアイデアを思いつき実行に移します。ハシナの物語には終わりはありません。

社会起業家ハシナの物語

2019年12月23日 文部科学教育通信掲載

日本での活動を支援している社会起業家のネットワーク アショカジャパン は、毎年、世界的に活躍する社会起業家を招聘し、日本に紹介する活動を行っています。今年も12月に、インドで社会起業家として活躍するハシナ ・カールビー氏が招かれ、セミナーやワークショップが開催されました。

 

ハシナの偉業

ハシナは、人身取引の犠牲者を救うために、インド、バングラデシュ、ミャンマー、ネパール4ヶ国の政府で活動し、政府と警察、および各国NGO165団体、弁護士25人とのパートナシップ『インパルスモデル Impulse Model」を構築しています。現在、その活動をタイにも拡大する準備を進めています。22年間に4ヶ国の行方不明者72,442人を救出し、マザーテレサ賞をはじめとする人権分野の17の賞を受賞しています。

人身取引は、私たちにとって馴染みがない言葉ですが、世界では、4,030万人が人身取引の犠牲となっていて、その半数がアジア地域に集中しているそうです。(出典:ILO国際労働機関)人身取引の市場規模は、数十兆円規模と推測されています。そのうち強制労働により生まれる利益は、約3兆4100億円と推定されています。(出典:国連人身売買根絶フォーラム)

高校時代の奉仕活動

1971年、インドのメガラヤ州都シロンで生まれ、カトリック修道院附属学校に通っていたハシナ は、週末に「恵まれない人々」への社会奉仕を行うリーダー養成プログラムに参画します。老人ホームや病院、ホームレスシェルターなどへの訪問や、支援のための資金集めに熱心に取り組む中で、彼女は、自身がとても恵まれた環境に生まれ育ったことに、改めて気づいたそうです。また、活動する中で、施しを与えるという支援に疑問を抱くようになり、貧しい女性が経済的に自立する手段として、工芸品製作スキルを教える活動に力を注ぐようになりました。

学歴よりも信頼関係を

高校3年生となり、大学進学の進路について考える時期がやってきました。ハシナは、両親やロンドンに住んでいた祖母の勧めに従い、英国北部にある名門大学への進学を決めました。外国へ行くことに反対だった母親も説得し、高校の先生にも推薦書を書いてもらい、無事、留学の準備が整いました。

しかし、友達や家族みんなに祝福され、英国に向かう飛行場で、ハシナは大きな決断をします。英国大学への入学を取りやめ、高校時代に取り組んでいた女性の経済的自立を支援する活動を続けるという決断です。それは、英国に飛び立つ飛行機が出発する数時間前の決断でした。

「私が、5年間インドを離れたら、私を頼りにしている女性たちはどうなるのか。名門大学の学位は、どれだけ私の活動の助けになるのか」

彼女の心の声が尋ねたそうです。そして、彼女は、この心の声に従い、英国大学への進学を断念します。

決断をした直後、ハシナはお兄さんに飛行場から電話をかけます。その時、お兄さんは、「決断をするのであれば、その責任を引き受けることになる。もう、後戻りはできないよ」とハシナに伝えたそうです。ハシナの意思を尊重したお兄さんのアドバイスもとてもパワフルです。

ハシナが英国の大学に留学することを喜んでいた祖母や両親が彼女の決断を受け入れてくれるのには時間がかかりましが、彼女は、自分の選択を後悔しなかったと言います。この決断が、困難に直面しても、現在の活動を推進する原動力になっているそうです。10代で、人生を変える大きな決断を行なったハシナの勇気と叡智を讃えたいと思います。

 

定時制大学と活動の両立

地元に戻ったハシナは、仕事をしている人たちのための定時制の午前部の定時制大学に入学し、活動を始めます。毎朝6にスタートし11時に終了する講義に出席し、午後は、自ら立ち上げた団体の活動に従事します。

ハシナは活動を見直して、慢性的な貧困状態を変えるためには、工芸品を輸出することを思いつきます。そこで、貿易商のお兄さんに相談したところ、デザインの見直しと量産体制を整えないと輸出は難しいと言われました。それでも、彼女は諦めず、お兄さんから輸出業者の連絡先をもらい、「貧しい村を救うために安定的な女性の経済力を作り出さなくてはならない、そのために工芸品の市場を探している」という趣旨の手紙を100名に送り、輸出の道を模索しました。それから半年ほど経って、一人のフランス人業者から「協力しましょう!」という返事が届き、続けて、竹から製品を作る指導をしていた日本人からも協力を申し出があったそうです。こうして、工芸品を輸出する市場が出来上がり、約200所帯の生活が成り立つようになりました。

 

環境保護政策が人権問題を生み出す

1996年 に環境保護のために木を伐採することを禁じる法令が成立し、竹と藤(とう)が伐採できなくなり、女性たちは、工芸品づくりを断念しなければならなくなりました。その後、法律改正を求める訴訟を起こし、竹と藤は、「農産物」と認められましたが、法律が改正されるまでの期間、村の人々は、工芸品の販売以外の手段で、生計を立てることを考えなければなりません。そこで、子供達を、他の州に、「家事手伝い」として送り出すことになります。ところが、その中の何人かの子どもたちが行方不明となっていることが判明します。

ハシナは、環境保護を理由に、竹や藤の伐採を禁じた法律が、人権問題を生み出しているという事実を、世の中に伝えるために、この事実を記録した報告書を作成し、2001年に発表しました。この時点で、ハシナは、行方不明となった子どもたちが人身売買の被害に遭っているという認識はありませんでした。しかし、作成した報告書が、人権分野で活動する人々の目に留まり、2001年にカルカッタで開催された「未成年の人身売買」をテーマとするインド全国合同会議に招かれます。

カルカッタ会議

カルカッタ会議に参加し、初めて、ハシナは、この問題に取り組んでいる100を超えるMGOがインドにいることを知ります。それまで手探りで進めていた取り組みには、既に大勢の専門家がいることを知り、力を合わせれば大きな解決策が生み出せることを直感したのは、この時だそうです。この会議で、初めて、「行方不明の子ども」が「人身売買」の標的であるということを知ったそうです。

会議の後、ハシナが最初に取り組んだのは、Eメール作戦です。メガラヤ州の「行方不明の子ども」の情報を、会議の参加者全員に共有してもらうためにEメールを送りました。まだ、Eメールがそれほど広まっていない時代でしたから、当時は、とても斬新なアイディアと評価されたようです。そして、このEメール作成の成果として、メガラヤ州出身の少女2人と隣接州の少女1人がムンバイの売春宿で見つかり救出されました。この Eメール作戦の成功体験を通して、ハシナと会議に出席した100を超えるNGOの人々は、「情報共有が解決に繋がる」ことを確信します。

高校の奉仕活動を通して出会った貧しい女性たちの経済的自立を支援していたハシナは、こうして人権問題を解決する社会起業家としての道を歩み始めます。

後半では、ハシナが、人身取引の問題を解決のためにどのようなモデルを生み出し、その活動を発展させていったのかをご紹介します。

 

 

がん教育

2019.12.9 文部科学教育通信 掲載

がん教育

21世紀学び研究所は、女性のヘルスケアの知識を教育啓発し、子宮頸がん検診の受診を呼びかける活動を行なっている団体シンクパールが学校で実施する「がん教育」を支援しています。

日本人の二人に一人が生涯がんになるということは多くの方がご存知のことかと思います。しかし、20歳から39歳のがんの8割を女性が占めているという調査結果をご存知の方は少ないのではないでしょうか。この調査結果は、今年10月に、国立がん研究センターが発表したもので、乳がんや子宮頸がんの増加が、その原因だそうです。

シンクパールの代表を務める難波美智代さんは、自らも、がんサバイバーで、女性のヘルスケアに関する教育啓発活動を行い、様々なイベントを企画し、講演も行っていらっしゃいます。今年に入り、シンクパールは、がん経験を持つ多くの方達に、学校現場でのがん教育を実施していただくために、その準備を支援する活動を始められていて、我々は、そのプログラムの企画に参加しています。

日本人の二人に一人が生涯がんになる我が国において、がん予防やがんに対する正しい認識を持つことは、家族や自分の健康と幸せを大切に生きる上でとても大切なことです。そこで、日本政府も、がん教育の実施に向けて、大きく舵を切りました。

私も、この活動を行うまで、存じ上げなかったのですが、2014年に、厚生労働省において「がん教育」の実施が閣議決定し、2016年に、文部科学省より外部講師を用いたがん教育ガイドラインが策定され全国に都道府県がん教育推進協議会が設置されています。学習指導要領においても「がん」が記載され、「がん」を知ることで、いのちの大切さを学び正しく理解する教育の推進が全国で一斉にはじまっています。

 

2016年に、改正されたがん対策基本法に、「がんに関する教育の推進のために必要な施策を講ずる」という文言が加わり、第3期がん対策推進基本計画(2019~2020年)では「国は、全国での実施状況を把握した上で、地域の実情に応じて、外部講師の活用体制を整備し、がん教育の充実に努める。」ことが示されました。2018年に公示された新中学校学習指導要領及び2019年に公示された新高等学校学習指導要領に、新たにがん教育についても取り扱うことが明記され、文部科学省も、2014年から「がん教育総合支援事業」を行い、がん教育を推進しています。

 

がん教育とリフレクション

参加される方々は様々で、ご自身ががんのサバイバーである場合や、ご家族や大切な方をがんで亡くされた方などです。プログラムでは、その経験をリフレクション(自己内省)していただき、子どもたちに何を伝えたいのかそのメッセージを浮き彫りにしていきます。このようなことを伺っても良いのだろうか。とても不安な気持ちで、最初のワークショップを実施したのですが、私の不安は無用なものだったことがすぐにわかりました。

プログラムの流れ

最初に伺う3つの質問(全てがん経験に関してです)

  • 最も嬉しかった経験
  • 最も辛かった経験
  • 最も印象に残ったこと

この経験を、意見、経験、感情、価値観の4点セットで伺います。

  • 何が、最も(嬉しかった、辛かった、印象に残った)経験ですか。
  • それは、具体的にはどのような経験ですか。
  • その経験には、どのような気持ちが紐づいていますか。
  • あなたは、何を大切にしているのでしょうか。

この質問を通して、自分の経験をリフレクション(自己内省)し、他者の経験についても、話を聞く機会を持ち、誰もが、自分の経験に意味づけを行っていきます。

プログラムの最初の質問は、嬉しかった経験についてです。企画の過程では、嬉しかった経験が出てくるのか、辛い経験しかないのではないかという心配もありましたが、人間とは素晴らしいもので、どんな状況にあっても、前向きさを忘れることはなく、喜びを見出すのです。これは、このワークショップで学んだ大切なことの一つです。

シンクパール代表の難波さんは、手術の翌朝の太陽の美しさを語ってくれました。術後の痛みのある中、窓の外には、太陽の姿があり、その太陽の輝きに魅了されたそうです。太陽はいつも通り、東から昇り、西に沈む。このあたり前のことが、とてもありがたく感じるというのも、特別な経験です。

家族を亡くされた方もいらっしゃいましたが、家族の大切さや、健康であることのありがたさを教えてもらったという方もいらっしゃいます。どんな経験にも、希望を見出す。それが人間である。これが、私自身が、このワークショップを通じて学んだことでした。

ワークショップでは、さらに、リフレクションの問いが続きます。

子どもたちの前に立ち、お話をするイメージを持っていただきます。

  • 子どもたちの前に立つあなたは、どんな存在でありたいですか。ミッション
  • がん教育を通して、あなたは何を実現したいですか。ビション
  • その場では、どのような価値観を大切にしたいですか。バリュー

という3つの質問に答えていただきます。

どんな存在でありたいかという質問に対して、「なんでも質問できる、身近な存在でありたい」という方もいらっしゃいました。実際、教室の中には、親ががんの治療を受けている生徒がいる場合があります。家族にがん患者がいると、全員が健康な時とでは、家族の様子も変わり、子どもながらに、楽しく遊ぶことに対する申し訳なさがあったり、お友達と同じではないことに辛さを感じたり、子どもの世界にも苦労があります。そんな生徒が、自分のことを話せる雰囲気が作れることを目指しているとお話されていました。

全校生徒にがんに関する講演会を実施した記事を読んだことがありますが、その際には、講演者にお礼を述べる生徒会長自身が、家族にがん患者がいることを初めてその場で話してくれたそうです。グッドニュースでもなく、友達に話しても何かが変わるわけでもなく、だから、友達にも、それまで話せなかったそうです。

何を実現したいのかで圧倒的に多かったのは、家族と自分の健康のために、今できることにみんなで取り組もうということ。お家に帰ったら、親が検診に行っているかを確認すること。健康であることに感謝すること。健康や命を大切にすることなど、誰もが、家族と自分のためにできることをやる。そんな世の中にしていきたいという思いを、みなさん語ってくださいます。

共感を生むビジョン語り

家族や自分の健康や命、幸せを大切にすることは、誰もが大事なことと知っていながら、健康な時には当たり前と考えてしまいます。しかし、実際にがん経験を持つ人たちが、自分の経験を通して語ることにより、共感が生まれます。

そこで、共感を生むビジョン語りの準備でワークショップを締めくくります。

ビジョン語りのポイントは、パーソナルストーリーとその時に味わった感情を語ることです。何を実現したいのか。それはなぜか。なぜなら、私にはこんな経験があるから。その時の気持ちは・・・。だから、皆さんにも、こんな行動をとって欲しい。

心と心がつながることで初めて、人の言葉は心に残ります。そんなメッセージを、たくさんの方が、子どもたちに届け、健康を大切にする社会の実現に寄与できればと思います。

 

自信てなに?

2019.11.25 文部科学教育通信 掲載

今朝、ラジオを聴いていたら、「同窓会に行けない症候群」という本の著者鈴木信行さんがゲスト出演し、お話をされていました。同窓会に行きたくないと思う若い人が増えていて、男性の場合、その理由の1位は時間がない、2位は自信がない。女性の場合、1位は自信がない。そんな説明をされていました。SNSの時代になり、同窓会に行かなくても、リアルタイムでお互いの様子がわかる等、他の理由もたくさんあるのだとは思いますが、自信がないという言葉が気になりました。

 

社会構造の変化と自信

著者の鈴木さんは、高度経済成長の時代には、誰もが自信を持てたというお話もされていて、社会構造の変化が、同窓会に行けない症候群を生み出していると言います。確かに、そうかもしれないと思いましたが、他にも理由があるのではないかと思いました。

 

働き方改革やダイバーシティ推進に取り組んでいることから、キャリアや人生の選択が広がる今日、誰かと自分を比較するという考え方を持ち続けると、誰もが、自信が持ち難くなっているのではないかという仮説を持ちました。

 

レールに乗らないと異端児と言われた時代

これまでは、学歴と就職というレールがあり、誰もがレールに乗ることが当たり前で、同級生は、就職先が違っても、みんな同じようなキャリアを積んでいたのではないかと思います。

 

私の上司だった藤田田さんは、日本マクドナルドやトイザらスなどの事業を立ち上げ、起業家として成功を収めた人物ですが、当時、東京大学法学部を卒業して、官僚にも、大企業のビジネスマンにもならなかったのは藤田田さんだけでした。今なら、キャリア開発の成功モデルとして賞賛されるかもしれませんが、当時、王道と考えられていた道を歩く人たちからは、常に、異端扱いだったそうです。もちろん、藤田田さんと仕事をした経験のある全ての人たちは、藤田さんを愛していたので、彼は、異端扱いされても、何も気にしていなかったと思います。

 

今日では、難関大学を卒業した人たちの中にも、藤田田さんのように起業したり、ベンチャー企業に就職することを選択する若者も増え始めています。新卒一括採用で、企業に就職し、みんな同じ年頃で結婚し子どもを出産し、キャリアアップのタイミングもほぼ一緒という横並びの人生観は、存在しなくなるでしょう。

 

このような変化は、すでに始まっていて、同窓会に参加しても、どこかで、昔のように、横並びの人生をイメージし、自分に自信が持てないと思う人がいるのかもしれないと思いました。

 

女性は、何もかも手に入れる人生を目指していて、キャリア、結婚、出産の3つとも手に入れた人が勝者だというような考え方もあると聞きます。結婚、出産の時期が遅くなっている今日、何もかも手に入れていない若い女性が、自信が持てないということも想像できます。

 

キャリア開発の理想像

今日、20代の若い者の生き方を見ると、意識の高い若者ほど、学歴と就職というレールを意識せず、キャリアの選択肢の幅が拡大していると感じます。同時に、「自分の好きなことを見つけると良い」等、キャリア開発に関する理想像が語られることが多く、多くの若者が、現在の仕事に確信が持てなくなっているというのも事実ではないかと思います。また、成長意欲が高い若者も多く、この場所にいて、本当に自分は成長できるのか、市場価値を高め続けることが可能なのかという疑問も湧きます。

 

企業が人事を決めるこの国で、キャリア開発を同時に考えるのは、とても難しいことです。ところが、就職活動から、「君がやりたいことは何か」を若者に尋ねる面接が当たり前になり、若者の意識の方が、社会通念よりも、先に覚醒してしまっていると感じます。しかし、企業に就職すると、「まずは、言われたことをきっちりとやりなさい」と従順さが求められます。こうした状況の中、多くの若者が、与えられた仕事を通してキャリアを積むというこれまでのキャリア観と、就職活動で培ったキャリア観の矛盾の中で、さらに不安を募らせるという結果になっているのではないかとも思います。

 

若者の不安に共感

自分の人生を振り返っても、若い頃は、先が見えず、不安なことも多かったのだと思います。それだけ、未来の可能性と選択肢が大きいと、今なら言えますが、当時は、やはり自信がなく、自分の未来はどうなるのかと不安に思った覚えがあります。

 

男女雇用機会均等法世代の私は、キャリアを実家の家業でスタートさせました。金庫扉を製造販売する事業会社で、貿易や経営企画の仕事をしていました。ところが、30代の前半で、突然、クーデターに見舞われ、会社を離れることになりました。

 

工場の隣にある家で生まれ育ち、会社の名前のついた公園で幼児期から遊んでいた私にとって、会社を離れることは、突然、名字を失うくらい衝撃的な出来事でした。30歳を過ぎて始めて、私も、今の若者と同じように、「私は人生で何を実現したいのか」という問いと向き合わなければならなくなりました。当時、「自分の好きなこと」「自分の得意なこと」を仕事にすればいいんだというアドバイスをたくさんもらったことを記憶しております。しかし、どうすれば、自分の好きなこと、自分の得意なことを掛け合わせて、キャリアを選択できるのか。当時の私には、正直、さっぱりわかりませんでした。その後は、ご縁を頼りに、キャリア開発を行なうことになりました。

 

就職活動をしたところ、厳しい現実が見えてきました。あるキャリア開発の専門家に、「女の3高は嫌われるんだよね。君、就職は厳しいよ。①高学歴、②高家柄、③高所得 最悪の条件だ」と言われました。絶望的なコメントです。そこで、以前から、存じ上げていた藤田田さんに、自ら採用をお願いしに伺うことにしました。藤田田さんには、ハーバードビジネススクールのジャパンツアーで、百人の学生が日本を訪問した際にお話していただいた経緯がありました。英語は決して流暢ではないのですが、そのお人柄とお話はとても魅力的で、海外の学生たちもみんな藤田さんの大ファンになりました。その時、「もし自由だったら、藤田田さんのかばん持ちでいいから、側で働いてみたい」そう思ったことを思い出し、藤田さんに採用して欲しいとお願いしました。

幸いにも、藤田商店に就職ができ、新規事業の立ち上げを経験させてもらったことは今でも、忘れることができない、楽しくて、チャレンジが大きく、ストレスの小さい、最高の仕事経験でした。

 

自分を知るリフレクション

現在、21世紀学び研究所で、リフレクションを広める活動をしている背景には、私自身の異端のキャリア人生があります。そして、10代、20代で、自分を知ることが、人生を豊かなものにするという確信があります。

 

小さい頃から、自分が好きなこと、自分が得意なことを知り、自分の人生やキャリアの選択をすることで、誰もが、自信を持ち、独自の人生を生きることができます。学校も、社会も、理想像を語りますが、一人ひとりの人生に責任を持ってくれる訳ではありません。そして、理想像は、その時々の環境により変わります。誰かの物差しでなく、自分の物差しで、人生の選択が行えることが、幸せに繋がる。同時に、その際の結果に責任を持つためには、経験を振り返るリフレクションは不可欠です。

 

自分の選択に自信を持ち、幸せに生きる人たちが増えることを願っています。

VUCA時代の学習する組織

2019.10.28 文部科学教育通信 掲載

経営者が学習する組織を学ぶ

学習する組織を、企業経営者の皆様に紹介する機会をいただくことになりました。学習する組織に魅了されて、20年の歳月が過ぎてしまいましたが、時代の変化を感じることができる出来事です。

2008年に、日本を学習する国にしたいと思い、「チーム・ダーウィン 学習する組織だけが生き残る」(英治出版)という本を書きました。本の出版から11年の時を経て、経営者の皆さんにも、学習する組織をご紹介することができることをとても嬉しく思います。

英語には、Nothing is free in this world(この世にただのものは一つもない)という言葉があります。努力しないで手に入るものはないことを説明する時にも、この言葉を使います。学習する組織を実現する際にも、この言葉が当てはまり、努力しないで学習する組織は手に入りません。おそらく、そこが、学習する組織が、これまでブームにならなかった原因ではないかと思います。

学習する組織は、起こりうる最良の未来を実現するために、誰もが、学び、変わることができる組織なのです。ただし、それは、誰もが、学び、変わることを意味しており、誰かが、学習する組織を届けてくれる訳ではありません。学習する組織を創るコンサルティングを行うにしても、外部の人間にできることは限られており、経営者をはじめとするすべての構成員が、学び、変わる必要があります。

VUCA時代に突入した

VUCA(不安定で変化が激しい、先が読めず不確実、複雑、曖昧)時代に突入した今日、変わらないことは、死を意味するという説明も、やっと説得力を増してきました。誰もが、変わろうという機運が高まっていることは、学習する組織を提唱する私にとっては、とても嬉しいことです。

もちろん、どんな時代にも、変わらないで欲しいことはあります。人の優しさや思いやり、自分を大事にする心、誰かのためになることを嬉しく思える心などは、いつまでも、変わらない方が良いです。しかし、多くの事柄は、過去を踏襲するのではなく、時代に合わせて変化することが求められる時代です。特に経営者にとっては、過去を踏襲する思考では、企業の存続が危うくなる時代でもあります。

変化する時代の中で、若者の雇用に対する考え方も変わり始めています。友人が、スタンフォード大学を訪れて、優秀な若者たちに、「あなたたちは、グーグルに就職するの?」と尋ねたところ、「あんなつまらない会社にはいかないよ」という返事が返ってきてびっくりしたという話をしてくれました。「それでは、どこで働くの?」という質問に、若者たちは、「僕たちは、プロジェクトベースでチャレンジングな仕事をするんだ。半年働いて、半年は休む。そんな働き方がいい」と語ったそうです。彼らには、グーグルが、退屈な大企業に見えるのですね。

日本でも、働き方改革の波は少しずつではありますが、大きくなってきています。若者の転職は、当たり前になりつつありますし、大企業ではなくベンチャー企業を選ぶ若者や、起業を選択する若者も増えています。企業で働く若者も、「市場価値」を意識し始めています。会社に人生を託す終身雇用に安住することができなくなってきていると感じているからでしょうか。だから、愛社精神がないかというと、そういう訳ではありません。誰もが、自分の仕事には誇りを持ちたいし、好きな製品やサービスを通して、世の中に貢献したいと思っています。

経営者は、新しい時代に即した、従業員と会社の関係を構築していく必要があります。お給料を払っていれば、どんな仕事を頼んでも良いという考え方では、これからの時代に、優秀な若者を魅了することはできないということを肝に銘じる必要があります。共働き夫婦が働き手の中心になると、辞令で転勤が確定するという働き方も、通用しなくなるでしょう。経営者には、たくさんのマインドの切り替えが求められます。

学習する組織では、このような変化に対応するために、5つの規律(メンタルモデル、システム思考、共有ビジョン、自己マスタリー、対話)が必要だと言います。その中の一つの規律がメンタルモデルを意識することです。メンタルモデルとは、我々のものの味方や判断軸のようなもので、通常は、過去の経験によって形成されます。

 

(これまでのメンタルモデル)

人事は会社が決めるもの

従業員は、人事の発令に従って、職務や職場を異動することが普通

従業員には、人事の発令に文句を言う権利はない

 

(VUCA時代のメンタルモデル)

キャリア選択は自分で決めるもの

職務や職場の異動は、会社都合だけではなく、個人の要望も反映されるのが普通

従業員は、自分のキャリア開発に責任を持つ

 

メンタルモデルの違いから理解する

メンタルモデルの違いを眺めることで、時代の変化を理解していくことが容易になります。

最近では、いつでも、どこでも働けるというリモートワークが流行り始めています。オリンピックの時期に向けて、都庁でも取り組みが進められているリモートワークですが、完全に市民権を手に入れているわけではありません。特に、過去のメンタルモデルを持ったまま、リモートワークを推進すると、「リモートワークをいかに管理するか」という思考になりやすいです。PCにカメラをつけて、データ入力のログを取り、管理するという発想もあります。

一方で、ユニリーバ社のように、朝5時から夜10時までの間、いつ、どこで働いても良いという制度も始まっています。ユニリーバ社は、この働き方を導入した結果、生産性が3割向上したと報告しています。そして、「自分の生産性は、自分で管理するのが一番である。なぜなら、自分の生産性がどのような状態で最も高まるのかを誰よりも知っているのは自分だから」と言います。

過去の前例を踏襲していたのでは、このような発想には行けないですね。

最近では、エンゲージメントという言葉も流行っています。ワーク・エンゲージメントとは、一言で言うと仕事の恋をしていること。その状態において、人は、活力と熱意を持ち、仕事に没頭することができると言います。最近では、エンゲージメントサーベイが流行っていて、経営者も、従業員のエンゲージメントを高めるために創意工夫を求められます。衛生面などの物理的環境を整備し給与を支払うことで、従業員満足を維持することができた時代もありましたが、今日は、精神的な満足度を高めることで、生産性を高め、人々の有能さを引き出すことができると考えられるようになりました。

経営者にとって大変な時代とも言えますが、学習する組織を作りやすい時代とも言えます。学習する組織は、すべての構成員に、主体性を発揮することを求めます。それが、会社の仕事であっても、自らの意思で、仕事に取り組む個人であることを要求します。「あなたは、なぜ、この仕事に取り組むのか」この問いに、自分の言葉で答えることができない集団には、学習する組織は作れないと言われています。

指示命令と管理で動く集団が、これまでの企業組織の常識でしたが、一人ひとりのワーク・エンゲージメントに意識を向ける組織は、一人ひとりの主体性を活かす組織になります。そうなると、学習する組織の規律の一つである自己マスタリー(自分が何者かを知っている、自分がなぜ、そのことに取り組むのかを知っている、自分が何を実現したいのかを知っている)を誰もが実践することになります。

日本が学習する国になる可能性は、日々高まっている。そんな時代がやってきました。

大学院の同窓会

2019.10.14 文部科学教育通信 掲載

ハーバードビジネススクールの30周年の同窓会に参加するために、9月に、ボストンを訪れました。この時期のボストンは、天候も良く、とても過ごしやすいです。今年は、温暖化の影響か、まだ、秋の紅葉は見ることはできませんでしたが、爽やかな気候の中、芝生の広がるキャンパスで、懐かしい同級生との再会を祝い、楽しい時間を過ごしました。

同級生の様子は様々で、現役で活躍している人もいれば、リタイアモードの人もいます。最近、ますます増えているのは、非営利団体の活用を支援し、社会貢献に従事する人たちです。

私のように、教育に熱い思いを持つ人たちも、たくさんいます。

 

オンライン・スクールリーダープログラム

とても嬉しかったのは、One Harvardの理念のもと、教育大学院とビジネススクールが協働して、オンラインのスクールリーダープログラムのデモを体験できたことです。ケースメソッドのカリキュラムは、とても実践的です。例えば、「荒れた学校に校長として赴任した際に、取り組むアクションの優先順位は何か」といった問いを中心に、学校改革について考えます。実際に、変革を成功させた校長先生へのインタビューも視聴することができるので、自己のリーダーシップを振り返り、アクションプランを考えることができます。

グローバルアドバイザリーボードとして、HBSの未来について考える会議に参加しているのですが、私も、教育大学院とのコラボで、公教育の質の向上にHBSが貢献するとよいと提案をした一人なので、プログラムを体験できて本当に嬉しく思いました。

HBSの進化

同窓会の最大の魅力は、最新の学びに触れる機会になることです。同窓会は、5年ごとに行われていますが、最近は、グローバルアドバイザリーボードとして、隔年、母校を訪れているので、最新の学びに触れる機会は増えています。それでも、1年ごとに、進化を遂げる学校の様子を知ることは、大きな刺激になります。

学長が素敵すぎる

ノリア・ニッティン学長はインド人。学長になられて10年になります。その間、母校は、大きな変容を遂げました。時代に合わせて、歴史のある大学院が、進化し続けることは、日本にいると考えられません。ニッティン学長のリーダーシップとイノベーションの推進は、まるで教科書通りです。そのひとつが、オンライン・ケースメソッド・クラスルームの実現です。今回初めて、オンライン授業が行われるスタジオを訪れ、想像を超える学習体験の質の高さに圧倒されました。

5年前のアドバイザリーボードでは、クラスの臨場感をオンラインで再現できないのではないかという懸念点が多く出ていたので、実際に出来上がった素晴らしいオンライン授業を体験し、自分の想像力のなさを反省しました。

ハーバードビジネススクールの特徴は、ケーススタディにあります。1年目は、九十人のグラスメートが、ケースをもとに議論を繰り返すことで、学生は、多面的、多角的な判断軸を手に入れ、同時に、ビジネスを成功に導くための法則を学びます。場を共有することが大切だから、教室のオンライン化は難しいと誰もが思っていました。

テクノロジーをどう生かすのか

日本でも、テクノロジーを教育に生かすEdtechが花盛りです。テクノロジーを教育に生かすという発想自体は、全く、目新しいものではありません。しかし、ハーバードビジネススクールのオンライン教室は、少し様子が異なり、ケーススタディという学習メソッドと教室環境をすべてオンラインに置き換えることに挑戦しました。オンラインになっても、リアルな教室で学ぶ体験と学習効果を一ミリも損なうことなく授業を再現することは、大きな挑戦でした。

クラスのスタートは、いつも、コールドコールで始まります。誰が、指名されるかわからないため、常に、クラスのスタートは緊張感から始まります。この緊張感がなければ、ケーススタディではないと、体験した誰もが思うほど、コールドコールは、ケーススタディに欠かせません。それをオンラインでも再現したのです!

オンラインでは、ランプを使って、最初の発表者が指名されます。指名された学生は、決めれた時間内にコメントをすることが求められます。実際のクラスでは、時間管理はそこまで厳しくないのですが、オンライになり、時間管理が加わりました。教室では、どんな発言も、時間とともに消えるのですが、オンラインでは、発言はデータとして残ります。結果的には、オンラインの方が、教室よりも、厳しい環境になりました。

テクノロジーと人間が臨場感を作り出す

壁中に映し出されている60名の参加者は、一人ひとりがテレビスクリーンのようなサイズで、とてもはっきりと顔が見える状態です。オンラインなので、世界中の人たちが、授業に参加することが可能です。

次に、驚いたのはカメラの数です。60人の参加者の顔が投影されているスクリーンの下には、60台のカメラが設置されています。教授が、誰かを指名したり、誰かと対話する際には、そのカメラを通して語りかける様子が投影されるため、本当に教授が自分に語りかけていることを実感することができます。あまりの臨場感に、スクリーンを介しての教室なのに、教授が近づいてきて、慌てて、後ろに退く人もいるそうです。

そのほかにも、何台ものカメラが、教授の様子を多方面から撮影し、教授の動きをリアルに感じられるように工夫しています。これらは、現在、人間の力に依存していますが、いずれ機会に代替される日が来るでしょう。

さらに、音声にも、細部へのこだわりが見られます。通常、オンライン会議を行う際には、話をする人以外が、音声を切っておくのが一般的です。 ところが、オンライン教室で音声を切ってしまうと、教授がジョークを言っても、誰も笑わない不自然な雰囲気になります。そこで、少し小さめの音で音声が常に聞こえる環境にしているそうです。 そして、誰かが話す時だけ、その人のマイクの音量を高めるのだそうです。市販の会議システムとは、大違いです。

今回、実際に、オンライン教室を見学し、テクノロジーを活用するためには、2つのことが大事であることを学びました。一つは、自分は何者かということをちゃんとしていることです。この事例では、教室で実施されるケーススタディという学びの体験です。それは、受講生と先生のやりとり、受講生同士のやりとりによって作り上げられています。どのクラスも、議論が中心であるため、同じになることはありませんが、そこには確立されたメソッドがあり、成功の法則があります。この法則を知り尽くしているからこそ、オンラインでも、教室同様の学びを提供することができる環境を作り上げることができました。

二つ目は、妥協を許さない、エクセレンスの追求です。彼らに、もし、オンラインだから仕方がないという思いがあれば、これくらいで良しにしようということになるでしょう。しかし、彼らは、オンライン教室での学習体験が、リアルな教室と同じになることを求めました。それが、開発チームにも伝わり、ここまでのプログラムに発展したのだと思います。

ハーバードビジネススクールの進化から、目が離せません。

ダイバージティ経営研究会

2019.09.23 文部科学教育通信 掲載

昭和女子大学ダイバーシティ推進機構では、ダイバーシティの推進と働き方改革をテーマに、企業の皆さんと共に研究会を実施しています。本日は、働き方改革をテーマに、八代尚宏先生のお話を伺いました。

少子高齢化により加速する女性活躍促進の鍵を握るのは、実は、女性ではなく男性の働き方改革であるということを、どれだけの人が理解しているのでしょうか。八代先生のお話を伺い、そんな問いが頭に浮かびました。

 

世界が絶賛した働き方

八代尚宏先生は、「80年代には、日本の働き方が世界で絶賛され、世界から多くの視察団が日本に訪れた」というお話をされました。高度経済成長を支えた男性社会の働き方が、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた時代を作り上げ、高く評価されていたそうです。しかし、残念ながら、成長が鈍化した今、同様の働き方を続けることはできません。そう言葉にするのは簡単ですが、人々のマインドセットや行動様式に組み込まれた働き方に関する価値観を変えることは、それほど簡単なことではありません。

変えると一言で言っても、「何を変えるのか」をこの国の誰が本当に整理できているのでしょうか。そんな疑問も沸いてきます。実際の所、多くの人たちが、半信半疑の中、ダイバーシティ推進と働き方改革に取り組んでいるというのが現実かもしれません。

2020年女性管理職比率30%

2013年に、安陪総理が、2020年に女性管理職比率30%を目指すという方針を打ち出し、スタートした成長戦略としての女性活躍推進は、女性活躍推進法や働き方改革関連法の施行により、異例のスピードで進んでいると感じます。若い男女は、高齢化する社会の中で、子育てをしながら夫婦共に働く社会環境が整いはじめていることに安心感を抱いている様子です。一方、男性社会で活躍してきた人々にとっては、出産後も働き続ける時短社員をはじめとする制約人材の登場に、戸惑いを抱いているというのが正直な感想ではないでしょうか。

時短社員の出現

出産後、時短で働く女性たちは、5年前に比べれば確実に増えています。女性を対象にした管理職育成研修に参加する女性の中にも、時短の方々がいらっしゃいます。時短でも責任のある仕事がしたい。そう考える女性もたくさんいます。一方、上司の皆さんとお話をすると、時短の女性に何を依頼してよいかわからないという悩みがあるようです。私は、両方の立場を経験しているのでよくわかるのですが、子育て中の最大の問題は、突発的な子どもの病気です。不思議なもので、この日は絶対病気にならないで! と強く願うと、その日に限って、子どもは熱を出します(笑)科学的根拠はありませんが、お母さんの緊張感が、子どもの体調不良の原因で、私自身がリラックスしていれば、子どもは急に熱を出したりしないのではないかという仮説を持ちました。事実、あらかじめ、熱が出た時に、誰に頼むのかを準備しておくと、そんな日に限って、熱が出ないということも、多くありました。「子どもの発熱で休みます」「保育園から電話が入り、お迎えにいきます」という状況では、男性社会では、「当てにならない」ということになりますが、全員が女性なら、お互い様ということになり、助け合いが生まれます。共働きが当たり前になり、夫と妻のどちらが今日休むか、そんな議論が当たり前になれば、男性も、助け合うというイメージを持ってくれるのでしょう。

活躍する時短社員

時短を経験し、管理職になられた女性の多くは、前倒しで仕事に取り組むことや、段取りを考えて動くこと、いざという時に周囲が困らないように情報を整理しておくことなど、とても効率的に仕事を計画し実行しています。ある男性が、夜、予定があると、仕事を積み残さないように、計画的に仕事を処理するという話をされていましたが、時短の女性は、毎日、そのような感覚で仕事をしています。

営業職の女性でも、信頼を勝ち得て、逆に、お客様が、時短の働き方を理解し、4時以降連絡をしないという事例なども、生まれています。2020年に女性管理職比率は30%にはなりませんが、安陪総理の発言を機に始まった女性活躍推進は、現在も推進中ではありますが、確実に実を結びつつあります。

ハンディがある?

女性も男性同様に重要な労働力にするためには、男女の不平等を解消する必要があり、働き方改革が推し進められているという背景があります。しかし、男性社会において、働き方改革の必要性がどこまで理解されているのかは疑問です。長時間働けない女性に基準を合わせて、働き方を変えることにどのような意義があるのか。そう思う人も多いのではないでしょうか。あるいは、女性ばかり活躍が期待され、自分たちの活躍に期待する声が聞こえないと、寂しく感じている男性も多いかもしれません。

八代先生は、講義の中で、「女性には、ハンディがある。シングルの女性であっても、専業主婦を持つ男性と戦わなければならないからだ」と話されました。そこまでは、考えたことがなかったので、私にとっても、このコメントは目から鱗でした。OECDのフランス事務所でお仕事をされた経験のある八代先生ならでのコメントではないかと思います。

共働き社会

女性が男性同様活躍するためには、これまでの当たり前を変えていく必要があります。たとえば、夜の接待ができないと営業担当になれない商習慣は、専業主婦を持つ男性社会を前提にしています。しかし、女性が働くということは、同時に、夫も家庭に協力することになるので、これからは女性だけでなく、男性も、夜遅くまで仕事をすることができないということになります。

現時点では、古い働き方と新たしい働き方が混在した状態ですが、これから、10年もすれば、共働き社会が当たり前になり、新しい働き方が当たり前という時代が到来するのでしょう。

多様な働き方

働き方改革においては、リモートワーク、兼業・副業と新たな制度が次々に始まり、人事担当者は頭を悩ませています。管理する側にとっては、多様性ほどやっかいなものはありません。誰もが、一律、同じような条件で働いてくれることを前提にした制度に、どのように多様性を包摂するのか、柔軟性を実現できるのか。チャレンジは大きいです。

海外では、インターネットの時代になり、ワークとライフの区別をなくす働き方も進んでいます。一日24時間の中で、ワークとライフをどのように区分するのかを自分で決めることができるという考え方です。たとえば、子どもを持つ親にとって、こどものお迎えや保護者会などに自由に参加できて、子どもが寝てからゆっくりと仕事をする方が、人生は充実するし、生産性も高まるという発想です。もちろん、残業という概念も、この働き方にはありません。

イギリスの大手通信会社では、いつ、どこで、どのくらいの時間働くのかを、自己申請できるそうです。そして、上司は、部下が働き方の変更を申請したら、理由を聞かず、その考えを尊重するというのがポリシーだと伺いました。働き方を選ぶ権利は個人に帰属し、個人の生き方に関わる選択は、尊重されるべきものなのだそうです。

本当の働き方改革は、企業が制度をどう変えていくかではなく、個人がどう生き、働くのかを考えることなのかもしれません。みなさんは、どんな働き方を実現したいですか。

彼女の時代

2019.09.09文部科学教育通信 掲載

アリババが主催する2019女性起業家カンフェレンスの基調講演を行いました。「彼女の時代:彼女たちが創り出す世界」というコンセプトで開催されたカンフェレンスは、事業だけでなく、女性が創り出す家族、コミュニティ、会社、商品など、多種多様な世界観で、女性の創り出す世界に注目したものです。新しい創造に踏み出す女性たちの勇気とインスピレーションをシェアし合うことで、お互いをエンパワメントすることを狙いにしています。

 

カンファレンスの趣旨

世界の女性リーダーの知見をシェアする場を提供することで、女性が社会や会社の意思決定に積極的に参加し、新しい価値の創造に主体性と自分らしさを発揮できる世界に貢献することを目指し、このコンフェレンスは、2015年から毎年行われているそうです。そして、日本で初めて開催されたカンフェレンスでは、アリババの創業者ジャック・マー氏のいる広州の会場をカンフェレンスシステム繋ぎ、行われました。

 

ジャック・マー氏の信念

アリババは、女性の活躍が進んでいる企業としても有名です。IT企業には珍しく、創業からしばらく、女性比率は49%だったと伺いました。現在は、規模が拡大し、女性比率は、33%。しかし、女性管理職比率は34%を維持しています。

 

創業者ジャック・マー氏は、女性を選ぶのではなく、女性に選ばれる企業になることを目指すと言います。彼は、あと数週間で経営を後身に譲り、これからは、女性活躍支援や教育の発展に、自分の時間とエネルギーを注ぐ予定です。彼が主催する最後のカンフェレンス、そして日本で初めてのカンフェレンスで、基調講演をさせていただいたことは、とても貴重な思い出になりました。

 

ジャック・マー氏への質問の中でも、「政治家について女性の比率を提示するクォーター制

についてどう思うのか」という質問に対してのジャックの答えでした。今に、「男性のクォーター制、つまり男性の比率を高めないといけないのではないか」という議論が始まるだろうという将来予測を語りました。女性の持つ顧客視点、コミュニケーション力、変化を望むマインドセットなどが、社会をより良い方向に向かわせるというジャックの信念は、とても強く、彼の話を聞きながら、私を含めて日本の女性たちも大変大きな勇気をもらいました。

 

基調講演

基調講演では、以下のようなお話しました。

アントレプレナーの姿

アントレプレナーという言葉で、アップルを創業したスティーブ・ジョブス氏や、アリババを創業したジャック・マー氏をイメージする方も多いと思います。しかし、アントレプレナーは、ビジネスパーソンだけに当てはまる言葉ではありません。ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサも、アントレプレナーです。インドの修道院で豊かなこどもたちの教育に従事していたマザー・テレサは、修道院の外の街に暮らす貧しい人たちを助けるために生きたいと強く思うようになりました。しかし、バチカンは、すぐにテレサの要望を受け入れた訳ではなかったそうです。何度も、お願いをし、許可をももらったテレサは、貧しい人々を助ける活動を始め、やがて、「神と愛の宣教者の会」は、世界123カ国に、四千人のネットワークを持つ宣教者の会に発展します。アントレプレナーは、自分のアイディアと行動で、世の中にポジティブなインパクトを与える人、そう捉えると、マザー・テレサも、偉大なアントレプレナーです。アントレプレナーに一つの形はなく、自分が何を大切にしていて、どんな世界を作り出したいのかが、アントレプレナーの全てです。

 

アントレプレナーとの仕事

私は、マクドナルドの創業者藤田田氏、カルチャーコンビニエンスストアの創業者増田宗昭氏の二人のアントレプレナーと仕事をした経験を持ちます。彼らは、業種業態の異なる事業に従事していますが、アントレプレナーとしての気質には、共通のものがあると感じました。

ビジョンが明確で、独自性があり、決断が早い。そして、何より素敵なことは、夢は実現するということを、私に信じさせてくれたことです。私はそんなアントレプレナーの気質が大好きです。基調講演では、女性アントレプレナーのパネルディスカッションがありましたが、みなさんにも、アントレプレナーの気質を感じることができました。

 

私の独立

私も、独自のアントレプレナーの道を歩む一人の人間です。私が、独立をしたのは、ワークライフバランスを実現するためでした。仕事が大好きだった私は、当時、ワーク・ワークライフを生きていました。そんな私が、子どもの出産を機に、子育てに夢中になり、そこで初めて、ワーク・ライフ・バランスが必要になりました。

仕事はスローダウンしましたが、子育てと、仕事の両立を目指し、実業を離れ、人材育成や組織開発の仕事に取り組む中で、たくさんの学びを得ることができました。

また、子育てを通して、リーダーシップ、タイムマネジメント、チームビルディング、権限委譲のスキルを磨きました。また、子どもの成長に関わることで、人間が本来持っている潜在的能力、成長と学習の可能性を心から信じることができるようになりました。この経験が、今日の仕事の土台になっていると感じます。そして、子どもが成長し、学齢が上がるごとに、仕事の幅を広げ、息子が成人した今日は、再びワーク・ワークバランスの人生を楽しんでいます。

 

女性のリーダーシップ

女性アントレプレナーの皆さんに一つアドバイスをすることを求められたので、私は、リーダーシップの話をしました。

昭和女子大学キャリアカレッジでいつもお話しするのですが、女性はリーダーに最適だということです。リーダーシップとは、影響力のことです。アントレプレナーは、自分の夢を実現するために、他者を巻き込み影響力が必要になります。

リーダーシップの定義は、時代とともに変わり、1980年代は、カリスマ的なリーダーが良いと考えられていましたが、今日では、エンパシーやチームがリーダーシップにおいて重要と考えられるようになりました。多様化する時代の中で、自分と異なる他者の立場や考えを理解することがますます大事になっています。複雑な問題解決にチャレンジすることが求められる時代には、チーム力が欠かせません。グローバルリーダーに最も大切ことは、エンパシーだとも言われる時代です。そして、エンパシーもチームも、女性がとても得意なことです。女性アントレプレナーには、リーダーシップを発揮して、夢を実現して欲しいと思います。

 

世界も日本の女性に注目

残念ながら、ジェンダーギャップレポートによると、日本は、世界149カ国中、114位とう低いランキングです。政治と経済活動に女性が参加していないことが、その理由です。役員会にも国会にも女性がいないため、この国の意思決定は女性抜きで行われています。

もし、女性が意思決定に参加していたら、女性活躍推進ももっとスムーズに行えるし、OECDの平均以下と言われている教育予算も増やすことができるし、意思決定に生活者の視点が生かせるのではないかと思います。一方で、日本は、教育の面で男女平等が実現しています。女性の潜在的な力はまだまだ眠っているままなのではないでしょうか。エコノミストの元編集長ビル・エモット氏が、今年、「日本の未来は女性が決める」という本を出版されたのも、そんな想いがあったからだと思います。

 

自分らしく生きる、働く。それがアントレプレナーの実践。それがやりがいと幸せにもつながっている。自分のアイディアと行動で、社会にポジティブなインパクトを与える女性が増えることが、世界を幸せにする。そう信じて、私も女性アントレプレナーを支援して行きたいと思います。

組織デザイン

2019年8月26日 文部科学教育通信掲載

自律型人材を増やし、自律型組織をつくる活動を加速しています。実はグローバル化する以前の日本企業は、自律型組織でした。しかし、いつのまにか、指示命令・管理型組織に変容してしまいました。その結果、組織は停滞し、人も充実感が得られない そんな状態に陥っていることがとても残念だからです。

牧歌的な日本企業

私が、新入社員だった頃は、まだ、日本型経営の名残あり、人々は愛社精神を持ち、会社には、家族的な雰囲気がありました。日本は、世界的に見ても、経営者と新入社員の給与の差がとても小さく、みんなが同じフロアーで仕事をする、フラットな組織でした。当時は、まだ、終身雇用が当たり前で、会社を売り買いすることも、人が流動することも稀でした。

これが、今から30年前の日本企業の様子です。

指示命令・管理型組織

上下関係がより鮮明になったのは、バブル以降ではないかと思います。特に、業績を上げるために、指示命令・管理を徹底する企業が増え、ポジションパワーで圧をかける組織風土も生まれました。そうなると、終身雇用で流動性がないことが、人を苦しめ、倫理的に間違った指示にも、従わなければならない。上司の評価も、かわいい部下か否か、俺のいうことを聞くか否か、といったとても俗人的な評価でしたから、誰もが、上司の顔色を見ることになります。

バブルの頃から、日本企業にも西洋の制度や仕組みが紹介され、成果主義という考え方が導入されます。それまで、家族的な雰囲気で、年功序列の給与制度だった日本企業にも、成果を挙げている人を高く評価するという考え方が導入されました。成果主義の導入により、指示命令・管理で人を動かす組織風土がより強くなって行きました。

学校

この10年間、学校の教育改革を支援するために、様々な活動に取り組んで来ました。その中で、大きな課題が浮き彫りになりました。それは、指示命令に従う受身な人材を育成する学校文化を変えない限り、日本の教育はよくならないということです。

先生と生徒の上下関係、関心意欲態度の評価のために行動する生徒たち、その様子が、バブル崩壊後の日本企業の姿と重なりました。そこで私は、学校文化を変えるために、企業を自律型組織に変える活動を始めています。

企業と学校の関係

遠回りのようですが、企業が変われば学校も変わると考えました。企業が変わる方が、学校が変わるよりも簡単です。その理由は、2つあります。企業の方が、課題を可視化しやすく、また、組織を変えることによるメリットも評価しやすいからです。業績や、組織風土、人々のやりがいなどとして、変化を誰もが実感することができます。

企業が変われば学校が変わる そう信じて活動にまい進しています。企業が変われば、社会通念が変わり、社会通念が変わると、学校にもその影響が出るからです。また、企業に働く親たちの常識が変われば、学校にもその影響がでます。社会をシステム思考で捉えると、学校は、社会の映し鏡と考えることができるため、企業が変われば学校が変わるはずです。そう信じて、企業の組織改革を支援しています。

OS21

今、日本でも、子どもたちの主体的、対話的で深い学びに重きを置く教育が始まっています。自律型組織を実現するためにも、主体的、対話的で深い学びが必要になるため、大人向けに、リフレクションを広める活動に取り組んでいます。この学び方を、コンピューターのOSと、21世紀を掛け合わせて、OS21と呼んでいます。自分の考えや気持ちをリフレクションし、批判的なスタンスで、振り返ることで、深い学びを得ることが可能になります。OS21を企業で広めることで、親が家庭でも、主体的、対話的深い学びを子どもたちに実践してくれることを期待しています。

文化・風土

教育改革では、常に、何を教えるのかに意識が向いてしまいますが、学びを支える文化・風土の醸成が、何を教えるかと同じ位大事だと考えています。

学びのためには、心理的安全性が担保されていることが必須です。誰もが、安心して巣の自分を出せて、巣の自分を出しても、受け入れてもらえるという安心感です。教育現場に、この心理的安全性がないことはとても大きな課題です。

学校は、先生にとっても、生徒にとっても、安全な場所ではないのではないか、そう考えています。先生と生徒の人間関係、保護者と先生の人間関係、生徒同士の人間関係、どれをとっても、不安な状態ではないかと思います。この環境では、安心して、本音を出すことはできず、誰もが、表層的な関係性の中で、調和を保っているのではないでしょうか。この環境では、主体的、対話的で深い学びを実現することは難しいです。

ピースフルスクール

学校の文化を変えるために、何もしていない訳ではありません。オランダのシチズンシップ教育ピースフルスクールを広める活動が、それにあたります。子どもたちが、自立と共生のために必要な理念とスキルを磨くことで、子どもたちが、自ら心理的な安全性を実現する教育です。

多様な意見があること、多様な気持ちがあることが、当たり前であると考え、対立が起きたら話し合うという行動基準を持つことで、先生が介入しなくても、子どもたちが、自ら社会を作り上げることができます。その結果、子どもたちの主体性も高まり、学校も自律型組織に変わることができます。

学校が自律型組織に変わるためには、先生が指示命令を手放すだけでは充分ではなく、生徒が主体的に問題を解決する力を高めることが必要です。その方法論を提示してくれるのがピースフルスクールなので、日本の教育が、指示命令に従う受け身人材ではなく、自律的な人材を育てる上で、このプログラムが必須ではないかと思い、活動しています。

時代が求める組織

企業経営の世界では、上司のいない、階層のないフラットな組織という概念が生まれています。個人が、組織の存在目的とつながり、自律的に使命を果たす組織です。自律的な個人は、指示命令がなくても、自ら考え動くことができるし、お互いに協力して問題を解決することもできる このような信念を持つ新しいタイプの組織が、世界中で生まれています。

高度成長期の日本企業は、これに近かったのではないかと思います。以前、ある自動車メーカーで管理職研修を行った際に、「日本でも立ち上げたことがない工場を、突然、アメリカで立ち上げてこいといわれ、がむしゃらに頑張った」とか、「いきないり、30代で150人の部下を持ち組織を動かした」というような話がでました。成長のスピードにあわせて、誰もが精一杯チャレンジする世界では、指示命令を待っている社員はいなかったのではないかと思います。

命令に従う受身人材が増えてしまったのは、この数十年の話ではないかと思います。そうであれば、私の仕事は、私たちのDNAにある、自律性を蘇らせるだけでよいはず!そう信じ、自律型人材と自律型組織を増やす活動に取り組んでいます。

そして、学校現場にも、子どもたちの自律性を守り、育む環境が当たり前になる日が来ることを願い、経済と教育の対話を続けていきたいと思います。

 

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