skip to Main Content

発達障害を持つ子どもたち

2021.10.25 文部科学教育通信掲載

発達わんぱく会というNPO法人を立ち上げ、理事長として活躍されている小田知宏氏との出会いがあり、現在、発達障害を持つ子どもたちの発達のために、社会に何ができるのかについて議論を重ねています。

早期療育の機会

発達障害を持つ子どもたちは、全体の6.5%ですが、その多くは、早期療育を受けないまま、幼児期を過ごし小学校に入学します。早期療育を受けていない子どもたちの中には、親が、子どもの個性を理解し、子育ての中で療育の考え方を取り入れている場合もあります。しかし、発達障害を持つ子どもたちの多くは、早期療育の機会を得ず、幼児期を終えています。私は、この議論に参画し、早期療育が9割近くの発達障害を持つ子どもたちに届けられていないという事実に衝撃を受けました。

なぜ、そうなのか

発達障害の有無については、1歳半検診の段階で、診断可能です。しかし、検診で、保護者に、発達障害に触れられるのは、親が、その事に気づいていて、親から質問が出る時のみです。このため、多くの親は、1歳半検診で、子どもの発達障害のことを知らされることなく、子育てを行っています。その理由は、保護者が、発達障害を知ることで不安になってしまうからなのだそうです。

子ども不在

いつも、そう思うのですが、教育の議論は、子ども不在になることが多いです。1歳半検診で子どもの状況を保護者に伝えない方がよいという考えも、子ども不在のものです。子どもの脳は、私達の想像を超えるスピードで発達します。特に、五感(視る、聴く、触る、嗅ぐ、味わう)の脳は、3歳頃までに大人と同じ位まで発達します。この時期に、子どもに適した発達環境を用意してあげることで、発達障害を持つ子どもたちも、自分に必要な発達を苦労なく実現することが出来ます。1歳半の子どもには、療育の必要性を親に訴える力はありませんが、もし、子どもにその力があったなら「自分の一生の事を考えた時に、今が一番効率的に発達できるのだから、この時期に療育を受けさせてほしい」そう言うに違いありません。しかし、多くの子どもたちは、療育を受けず、幼稚園、小学校への進み、集団生活の中でその特性が健在化した時に始めて、自分の個性にあった学びの環境の必要性に気づくことになります。

 子育ての専門性

この議論をしながら、改めて、自分の子育てを振り返っても、素人だったなと反省することばかりです。私達は、誰からも、子育てについて教わることなく、大人になると親になります。常に、手探りで、アクションラーニングしながら、人間を大人に育て上げるのですから、とてもリスキーな話です。私も、幼児期の脳の発達について教わったのは、子育てを終えた後でした。日本には、「三つ子の魂百まで」という言葉があるので、昔の人の智慧はすごいと改めて驚いた記憶があります。核家族化し、子育ての先輩が近くにいない子育てが当たり前になった今日、誰もが親になる前に、子育ての基礎知識を持つことができるとよいのではないかと思います。

すべての子どもの発達の遅れ

発達障害の子どもたちの発達の機会についての議論を進める中で、今、すべての子どもたちの発達に遅れが出始めているという話題が出ました。宮城県の小学校1年生の体力・運動能力の経年変化を見ると、子どもたちの50メートル走のタイムは年々下がり続けていて、昭和57年から平成24年の10年間に、1秒の差が出ています。また、直近では、英ガーディアンが、ブラウン大学の研究結果を引用し、「パンデミック以前に生まれた3ヶ月~3歳の幼児の平均IQは100前後だった一方、パンデミック期間に生まれた幼児の平均IQは78だった」と報告しています。(プレジデント・オンライン2021.9.6) パンデミックにより、子どもたちが、外で遊ぶことや、親以外のいろいろな人、もの、出来事に出会う機会が減り、脳が発達する機会を奪われてしまっているのだろうと想像します。

就学前教育機関に対する予算

世界との比較でみると、日本の就学前教育に対する予算は圧倒的に低く、このテーマに対する国の優先度の違いに驚きます。【図1】子育ての専門知識が広がらない背景にもなっていると思います。ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学の労働経済学者、ジェームズ・J・ヘックマンは、「ペリー就学前プロジェクト」の結果を踏まえて、就学前教育の重要性を説いています。日本では、共働き社会への移行が進む中で、家族の子育てを支える社会への移行も不可欠です。就学前教育に対する予算が増えることを期待したいです。

  • ありたい姿についての仮説

議論を通して作成した「ありたい姿」は以下の通りです。

  • 社会全体が、幼児期の子どもの発達について基礎となる知識を持ち、子どもの個性にあった発達環境を、すべての子どもが得られるようになる。(無知や偏見がなくなる)
  • 親も安心して、幼児期の子どもの発達に向きあえるようになる。(親の安心)
  • 専門家も、子どもの個性について、親とオープンに話せるようになる。(専門知識の活用)
  • 発達障害を持つ子どもも健常児も、すべての子どもが自分の個性に合った発達の機会を得ることができる。
  • 国の支援/予算が充実する。
  • セオリーオブチェンについての仮説

社会課題を解決するために使用されるセオリーオブチェンジに当てはめて考えていました。

ステップ1:誰の課題なのか

ステップ2:どのようなニーズが満たされていないことが課題なのか

ステップ3:なぜ、ニーズが満たされていないのか、この課題が存在する背景はなにか

ステップ4:どのような課題に取り組むのか

このフレームワークを活用すると、人間を中心に、課題を再整理することができます。

 

なぜこうなのだろうか

多様なステイクホルダーと「なぜこうなのだろうか」について議論を始めています。

課題が生まれる/存在する理由

  • 専門家が不足している。
  • 親に専門性がない。
  • 発達障害に対する無知と偏見がある。
  • インスタグラムが親の教科書になっている。
  • 幼児教育における国・行政の予算が圧倒的に低い。
  • 親、子育て支援者、その関係性等、大人のニーズが優先され、子どものニーズが後回しになる。
  • 子どものためにという思いと、実際の行動に乖離があることに、気づけない。

皆さんに尋ねている問い

  • どのような社会通念や人々のもの見方が、この現実を支えていると思いますか。
  • この現実を創り出している「システム」の関係者はだれでしょうか。(例:子ども、親、・・・・・・)

 

まだ、答えは見えていませんが、引き続き、議論を続けていこうと思います。皆さんは、どうお考えになりますか。

学習する学校

2021.09.27文部科学通信掲載

最近、学校教育の世界で、学習する学校という言葉をよく耳にするようになりました。8月に開催された「未来の先生フォーラム2021」においても、学習する学校が紹介されていました。

 

学習する学校は、マサチューセッツ工科大学(MIT)経営大学院上級講師ピーター・センゲ氏が、その著書 『学習する学校』(英治出版)で紹介した学校のための組織論です。今日では、世界中の学校で実践されています。

 

ピーター・センゲ氏の著書では、『学習する組織 システムで未来を創造する』(英治出版)の方が有名で、この本は、世界100万部を突破し、ビジネス界に一大ムーブメントを巻き起こしました。海外では、1990年代に多くの企業や団体が、その導入を進め、GEのジャック・ウェルチ氏が、企業変革を推進する際に、学習する組織論を実践したことは、ビジネス界ではよく知られています。

 

学習する組織論

学習する学校という言葉を初めて聞かれる方は、学校が学習する場なのは当たり前なのに、なぜ、改めて学習する学校という言葉を使うのだろうという疑問を持たれる方がいるかも知れません。そこで、学習する組織論の特徴についてご紹介してみたいと思います。

 

学習する組織とは、起こりうる最良の未来を実現する組織です。起こりうる最良の未来を実現するためには、2つのことが必要です。組織が最良の未来が何かを知っていること、そして、もう一つは、そこに向かう力を、組織の構成員が持っていることです。実は、学習する組織になるということは、それほど簡単なことではないということを、皆さんもお解りいただけると思います。日本企業の多くも、バブル崩壊後の2000年代に、その導入を試みましたが、そのほとんどは、失敗に終わっています。

 

学習する組織になるために

学習する組織になるために必要なこと、それは、5つの規律だとピーター・センゲ氏は言います。

1)メンタルモデル (認知の4点セット)
「メンタルモデル」とは、マインドセットやパラダイムを含め、それぞれの人がもつ「世の中の人やものごとに関する前提」である。自らのメンタルモデルとその影響に注意を払い、うまくいかないときには外にその原因を求めるのではなく、自らのメンタルモデルの欠陥を探求する。

 

2)チーム学習/ダイアログ 対話
「チーム学習」とは、チーム・組織内外の人たちとの対話を通じて、自分たちのメンタルモデルや問題の全体像を探求し、関係者らの意図あわせを行うプロセスである。中でも、「本音で腹を割って話す」ことに主眼を置き、集団で気づきの状態を高めて真の問題要因や目的を探求する一連の手法を「ダイアログ」という。

 

3)システム思考
「システム思考」とは、ものごとを一連の要素のつながりとして捉え、そのつながりの質や相互作用に着目するものの見方である。しばしば、全体最適化や複雑な問題解決への手法としても応用され、「生きているシステム」の考え方の根幹をなす考えでもある。

 

4)パーソナルマスタリー 動機の源、クリエイティブテンション
「パーソナルマスタリー」とは、自分が「どのようにありたいのか」 「何を創り出したいのか」について明確なビジョンを持ちながら、ビジョンと現実との間の緊張関係を、創造的な力に変えて、内発的な動機を築くプロセスである。

 

5)共有ビジョン
「共有ビジョン」とは、構成員それぞれのビジョンを重ね合わせて、組織として共有・浸透するビジョンを創り出すプロセスである。ひとたび、ビジョンが共有されれば、それが組織の行動、成果、学習の指針をコンパスのように示す。

 

15年前に、この5つの規律に出会った時には、私自身、なぜ、この5つなのかが分かりませんでした。しかし、実践を繰り返す中で、今では、この5つの規律の一つでも欠けていると、集団として最良の未来を実現することは不可能だという確信に至っています。

 

本日のテーマは、学校組織ですが、世界では、持続可能な発展を遂げている企業、行政、非営利組織、国すべてに、学習する組織論が導入されていると言っても過言ではありません。

 

組織論から見た学校

企業の組織論からみた学校は、「組織ではない」というのが、初めて学校組織を分析した際の率直な感想でした。

学習する組織では、組織を眺める際にも、システム思考を応用します。システムは、目的と要素と要素同士のつながりの3つで構成されています。学校には、学校の目的があり、児童・生徒、保護者、先生、管理職、地域住民、教育委員会、文科省、(メディア)等の様々な要素があり、その要素同士が繋がることで、学校が、その存在目的を実現するのが、「組織である」という意味です。

企業組織を例にとれば、とてもわかりやすいと思います。企業には、その存在理由があり、サービスや製品をお客様に提供しています。企業には、社員、管理職、経営者がいて、その先にはお客様、取引先、株主、社会があります。これらのステイクホルダー全てに対して、その役割を果たしていないと、企業は存在することができません。誰かが不満を抱えている状態は、長期間継続出来ない仕組みになっています。

学校はどうでしょうか。児童・生徒、親、先生、管理職は、同じ目的を共有しているのでしょうか。学校と教育委員会、教育委員会と文科省は、同じ目的を共有しているのでしょうか。学校と地域社会はどうでしょうか。残念ながら、今日の学校に対するものの見方は様々で、その目的に対しても、統一見解は存在しないのではないかと思います。

学習する組織の規律 共有ビジョン、対話、システム思考は、学校という組織(コミュニティ)には、存在しません。

 

共同エージェンシー

OECD学びの羅針盤2030は、共同エージェンシーの実践を提唱しています。これは、学習する学校を前提とした考え方です。共同エージェンシーの前提には、生徒の主体性があります。先生や親、社会が、生徒は、よりよい未来を創造する主体であると捉えることが、共同エージェンシーの前提です。また、生徒と協働する先生も、エージェンシーであることが期待されます。一人の人間として、一人の先生として、エンパワーされた(権限や力を与えられた)状態であることが、その前提です。先生と生徒は、立場は違いますが、協働する際には、共に学習者であるという姿勢で、フラットであることが期待されます。

学校教育を支えるすべての関係者が、この前提で合意した時に、初めて、学習する学校も、共同エージェンシーも、本物になります。

 

どこから始める?

学習する学校づくりには、対話が欠かせません。生徒と先生、先生同士、先生と管理職、学校と教育委員会、教育委員会と文科省、社会と学校、親子、親と先生、親と学校 立場の違う人たちが対話を通して相互理解を深めることができれば、学習する学校を実現することができます。また、その中で、願いやありたい姿を共有していくことがとても大事です。このような対話を経て、関係者すべてが、ありたい姿を具体的にイメージすることが出来たら、学習する学校としての一歩を踏み出す事ができます。

対話では、意見の交換にとどまらず、夫々の経験や気持ち、大切にしている価値観まで共有することが鍵を握ります。認知の4点セット(①自分の考え、②考えの背景にある経験、③気持ち、④考えの背景にある判断の尺度)を伝え、聴き合う対話から始めてみてはいかがでしょうか。

1on1 活用術 

2021.09.13文部科学教育通信掲載

リフレクションの活かし方として、1on1活用術について、あるセミナーで講演をさせていただきました。その内容を紹介したいと思います。

1on1

企業では、部下育成の新しい形として1on1という取り組みが始まっています。1on1

は,上司と部下の1対1の面談のことです。これまでも、上司と部下の面談はありましたが、これまでの面談は、上司が部下に指示を行う、進捗管理を行う、評価を伝えるなど、上司のための面談という位置づけでした。これに対して、1on1は、部下のための面談と言われており、部下が、自分のために上司の時間を使う場と考えられています。

セミナーでは、4つの視点で、1on1の質を高める方法をご紹介しました。

はじまりは、信頼関係から

今、職場で期待される人間関係のレベルに変化が見られます。

これまでの人間関係

レベル1

単なる業務上の役割や規則に基づいて、監督・管理したり、サービスを提供したりする関係。大半の「程々の距離感を保った」支援関係

これからの人間関係

レベル2

友人同士や有能なチームに見られるような、個人的で、互いに助け合い、信頼し合う関係

『謙虚なリーダーシップ/エドガー・H・シャイン,ピーター・A・シャイン(英治出版/2020))より引用

VUCA時代を生き抜く組織は、これまで以上に強いチーム力が求められることになります。その前提として、人間関係も、変わる必要があります。1on1の習慣も、新しい人間関係のレベルを期待しています。これまでは、仕事以外の話を職場でしない方がよい、仕事とプライベートを切り分けた方がよい、という考えが常識でした。しかし、これからは、職場でもプライベートの話をしてもよいことになります。また、これまでは、職場で、「気持ち」には言及しないというのが常識でしたが、今日では、「気持ち」を言葉にすることができる心理的安全性が大事であると言われるようになりました。

認知の4点セット【図】を活用した対話と傾聴は、レベル2の人間関係に欠かせません。自分が何を考えているのかだけではなく、その背景にある経験や感情、そして、大切にしている価値観やものの見方まで、相互理解することができるので、人との距離が縮まります。

また、多くの人々は、人の話を聴く際に、意見の背景にある経験、感情、価値観に意識を向けていません。この時、多くの人は、無意識に、人の意見に、自分の経験、感情、価値観を当てはめて、自分の解釈を加えて、相手の話を理解したと思い込んでいます。このため、実は、相手の話を本当に理解している確率はとても低いです。

 

自分ごと化の連鎖

VUCA時代には、自律型人材の存在が欠かせません。自ら定めた目的に対して主体的に取り組むことができる自律型人材は、たとえ、それが、会社や組織から与えられたミッションであったとしても、行動に移す前に、「自分はなぜ、そのことに取り組むのか」と自分に問いかけます。その結果、与えられたミッションも、自分ごと化することが可能になります。

1on1を、部下の主体性を引き出す機会にするために、オススメなのが、ビジョン語りです。正しくビジョンを伝えることができれば、ビジョンは、自分ごと化の連鎖を生む力を持ちます。事例をご覧いただければ、その効果は、一目瞭然です。【図:ビジョンの伝え方】

自身のビジョンを語った後は、部下のビジョンを引き出します。その際にも、認知の4点セットを活用することができます。「何に取り組みたいのか。何を実現したいのか」やりたいことを尋ねた後に、なぜ、そうなのかを、経験、感情、価値観レベルで質問することで、部下が、リフレクションを通して、自分がやりたいことを明確にし、自分ごと化させることが可能になります。

 

リフレクションの促進

リフレクションでは、自分を知り、課題を直視し、ありたい姿を明確にし、ありたい姿に向かい行動する自分をメタ認知すること、そして、経験から学ぶことを支援します。この一連のプロセスを、自分一人で行うことがとても難しく、伴走者がいることは、とても心強いです。特に、自分のものの見方が、自分を縛り付けている時に、そのことに自分自身で気づくことは容易ではありません。

経験から学ぶ振り返りでは、得たい結果に対して、実際の結果を振り返ります。その際に、アクションの前提となる仮説と、経験を通して得た智慧(新たな仮説)を明確にする際に、他者からの問いかけは、とてもパワフルなものです。また、経験そのものを意味づける際にも、すでに、自分のものの見方が、経験の捉え方を限定してしまっているので、他者のレンズが、そこに加わることで、経験からより多くの学びを得ることができるはずです。

 

多様性の心得

最後にお伝えしたのは、多様性の包摂と無意識の偏見についてです。

「私と違うあなたを尊重します」という在り方は、多様性を包摂している姿ではありません。この在り方は、「私を基準に、あなたが違うことを尊重する」という考えが前提としており、自分は多様性ではなく、相手が多様性であるというものの見方を表しています。多様性を包摂するという場合には、自分も多様性の一部であり、あなたも多様性の一部であるというものの見方が大切になります。

部下育成においても、この考え方が大切だと言われています。その理由は、私達は、自分に似た人を高く評価する傾向を持っているからだといいます。このため、多様性を組織に根付かせるためには、リーダーが、自己認識を高める必要があります。自分が、どのような人を高く評価する傾向を持っているのかを知り、無意識の偏見を排除することが大切です。

最後に

最後にお伝えしたのは、成人発達理論が説明している2つの発達レベルです。人が、自分一人の力で発達できるレベルは「機能レベル」です。他者の支援を得て得ることができる発達レベルは、「最適レベル」です。この2つのどちらがより大きな発達・成長に繋がるか、皆さんも、もうお解りですね。人間は、他者の支援を得ることで大きく成長することができます。ぜひ、皆さんも、他者育成に貢献し、自らの成長には他者の支援を求めてください。

 

子供の成長に寄与する小学校の先生たち

2021.08.23文部科学教育通信掲載

日本では、新学習指導要領、GIGAスクール構想がスタートし、世界では、学びの羅針盤2030が発表され、時代が求める教育の姿が、より明確になっていう実感があります。

一方で、学校現場の現実については、メディアの偏った報道を通して理解することが多く、教育現場のリアルを正しく理解できていないのではないかと感じています。

 

現実は?

どんな改革においても、それを成功させるためには、ありたい姿と、現実の2つを正しく理解することが欠かせません。改革を望む人々は、ともすると、ありたい姿にばかり目を奪われがちです。しかし、ありたい姿を実現するために最も大切なことは、現実の中でも最も厳しい現実を直視することであると、ビジョナリー・カンパニーの著者ジェームス・C・コリンズは述べています。

そこで、教育現場の現実を理解するために、先生へのヒヤリングを始めることにしました。今回の記事は、首都圏の公立小学校の先生に伺ったお話を中心に、書かせていただきます。

 

仮説

10年前に、教員養成に従事していた際に、「授業の準備のための時間が取れない。子どもたちと向き合うための時間がない」という声をよく耳にしました。この環境は、今もそれほど変わっていないのではないかという仮説を持ち、お話を伺いました。

 

市場ディマンドの原理

親が期待する「我が子」へのサービス → 先生の仕事が増える

先生が多忙になる理由の一つに、親の存在があります。最近の風潮として、学校に対する要求が、市場ディマンドと同じようになってきているという先生は多いです。特に、インターネット社会になり、大量生産大量消費の時代が終わり、個別最適化されたサービスに慣れ親しんでいる親世代が、学校にも同様の要求を求めるようです。

例えば、学校に電話をかけ、「家の子を、○○ちゃんの近くに座らせないでください」と要望を伝える親もいるそうです。子どもが嫌いなお友達とは距離を置けるように、親が先生にお願いをすることで、子どもは、快適な環境を手に入れることができるのかもしれません。しかし、本当は、社会人になるまでに、少し苦手だと思う人とも交流する練習をしておいた方が、幸せになれるのではないかと思います。それでも、先生は、保護者の期待に答えることを求められています。

放課後は、職員室で、先生たちが電話を奪い合うという話にも驚きました。学校で起きた出来事を親に報告するために、先生たちが電話を使用するのだそうです。ちゃんと報告をしておかないと、逆に、親から電話がかかり、「うちの子のかすり傷のことを、先生は知っていましたか」と追求されたりするのだそうです。

20年前に、息子が小学生だった頃にはなかった様子です。親が携帯を持つようになったことも、蜜な情報共有を求める背景にあるのかもしれません。

学校に対する苦情を、教育委員会に連絡する親もいるそうです。教育委員会は、電話を受けた以上、責任を持って対応する必要があります。このため、親の苦情は、教育委員会から学校に降りてきます。そのような苦情については、真実は何か、何が本当の課題だったのかを確かめるということにはならず、手続き的な対応が迫られます。その内容がどうであれ、苦情に関係している先生は、その対応に時間を割かなければなりません。

 

子どものストレス

子どものストレス → 先生の仕事が増える

首都圏に暮らす子どもたちは、ストレスを抱えています。塾やおけいで、お友達と遊べなかったり、昼も夜も、勉強しなければならない等 子どもたちも多忙です。先生は、子どもが、塾に通い始めると、すぐに解るそうです。疲れていたり、何か、いつもと様子が違うそうです。学力だけでは充分ではない時代、英語やプログラミング等、子どもへの期待は増大し続けています。子どもにとっても、親の期待に答えるのは、容易なことではありません。子どものストレスは、子どもの問題行動に繋がることもあります。

 

厳しい指導

厳しい指導ができない → 子どもの問題行動の指導が難しい

企業でもハラスメントが問題となる中で、部下との接し方に悩む上司がいますが、学校でも、体罰禁止が厳しく徹底されるようになり、厳しい指導も、やり難くなったといいます。厳しい指導に対して、「先生、教育委員会に言いますよ」と、冗談なのか本気なのかわからないような発言をする子どももいるようです。その結果、子どもの問題行動の指導も、難しくなりました。

 

調査・報告・アンケート

調査・報告・アンケート → 先生の仕事が増える

健康診断も、各種の調査報告も、子どもたちに関するものは、すべて先生が取りまとめているのが現状です。健康診断等 同じテーマでも、国と自治体でフォーマットが異なるため、同じような質問に、複数回入力が必要な調査もあるようです。子どもたちも、類似した目的の複数のアンケートに、何度も答えなければなりません。データ駆動社会を実現するのであれば、まず、教室で行われている調査・報告・アンケートの一本化から始めるとよいのではないかと思います。

 

教育改革による多忙化

教育改革 → 準備から実施まですべて先生が担う

GIGAスクール構想で、一人1台のパソコンが支給さえると、パソコンに番号を振り、パソコン管理棚に設置するのも、先生の仕事です。それが、どれほど子どもたちにとって良い取り組みでも、なんでも先生任せという考えは違うのではないかと思います。新しい取り組みを導入するにあたっては、学校現場の工程表を作成し、工数を計算し、必要なボランティアを募る等の配慮が必要なのではないかと思います。

 

休憩のない1日

学校には、先生の休憩時間はない

先生には、休憩がありません。給食指導があるため、昼食時に、先生が休憩を取ることが出来ない日本の学校では、午後に別途45分間の休憩時間が用意されているようです。しかし、多忙な一日を過ごす先生方は、いつのまにか、この45分間も仕事をするのが当たり前になっています。オランダに教育視察に訪れた際に、先生たちには、休憩室があり、お昼時間には、先生がお昼休みを取ることができるように、保護者が子どもたちを当番で見ていました。

 

先生にとって一番大事な仕事

目指すべきは、子どもたちに向き合う時間の最大化

先生が、その使命を果たすために最も大切なことは、子どもたちと信頼関係を構築することです。子どもたちとの信頼関係が土台にあることで、学習指導も生活指導も、効果的に行うことができます。当然ですが、先生が、子どもたちとの信頼関係を構築するためには、一定の時間を要します。また、信頼関係を構築するために必要な時間は、子どもたちの状況によって異なります。過去に、先生との信頼関係を気づけなかった子どもは、新しい担任の先生に対しても、すぐに心を開くことはなく、信頼関係を構築するのに時間を要します。先生にとって、いちばん大事な仕事の一つが、子どもたちと向き合うことであるにも関わらず、その時間を充分取ることができないというのは、先生にとってストレスの原因となっているのではないかと思います。

子どもたちとの信頼関係を構築し、日々、子どもたちに必要な学習指導、生活指導を行い、子どもたちの成長に寄与している実感を持てることができれば、間違いなく、先生は、やりがいのある素敵な職業だと思います。そのために、親、企業、社会、行政が協働する社会を実現したいです!

未来を創るリフレクション講座

2021.08.09文部科学教育通信掲載

このたび、NewsPicksが運営するNewSchoolで、未来を創るリフレクション講座を実施することになりました。昨日、その体験会を実施し、参加者との意見交換をする機会を持ちました。

 

2019年 NewsPicksの記事

2019年1月に、佐藤留美副編集長に、【図解・保存版】「自分を知るリフレクション講座」実況中継という素敵な記事を書いていただいたのが、NewsPicksとのご縁の始まりです。記事では、副編集長自らが、認知の4点セットの記入用紙に、ペンでリフレクションを記入したものを、そのまま画像で記事の中で紹介する等、臨場感あふれるリフレクション講座の様子を、とてもわかり易く紹介していただきました。記事のピック数は、5364と、NewsPicksの中でも、とても多いです。佐藤留美さんのペンの力に圧倒されたことを今でも鮮明に覚えています。私が読んでも、とてもおもしろく、わかりやすく、リフレクションのことが解説されています。元ネタは、私なのですが、佐藤留美さんのように文章で上手に表現することができるとはとても思えませんでした。

その後、佐藤留美さんは、JobPicksを立ち上げて、誰もが、幸せにキャリアを選択できる社会の実現に向けて、『JobPicks 未来が描ける仕事図鑑』(NewsPicks)も出版さされています。幸せなキャリアを実現するために、自己を知ることはとても大事なことです。このため、リフレクションにも、共感頂いたのだと思います。

 

2021年 書籍出版

NewsPicksの記事が紹介されてから2年後の今年の3月に、やっと、私自身も、『リフレクション 自分とチームの成長を加速させる内省の技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を出版し、書籍を通してリフレクションを広めることが可能になりました。リフレクションは、実践することに意味があるので、この本は、読むための本というよりも、実践するための本というコンセプトで書きました。いつも、ワークショップで実施していることを、本にするというのは、とても難しいのですが、出版社の支援もあり、なんとか出版にたどりつけました。

2019年にもVUCA時代だから、リフレクションが必要と話していましたが、なかなか臨場感を持ってVUCA時代を実感することが難しいと感じていました。しかし、コロナを通して先は読めないという実体験を持ったことで、VUCAが身近なものになり、リフレクションの必要性も、とても説明しやすくなりました。

 

2015年と2021年のギャップ

リフレクション講座を開始したのは、今から6年前の2015年です。学習する組織のリーダー養成を専門にしていたので、その知見を活かしながら開始したのですが、人によって理解のばらつきが出てしまうことに悩みました。特に、認知の4点セットを使ったリフレクションについては、できる人、できない人、価値を見いだせる人、価値を見いだせない人がいて、全員に伝わる伝え方に悩みました。ところが、昨日の体験会では、多くの方たちが、すらすらと認知の4点セットを活用し、自分の考えを述べていて、本当に感激しました。

 

認知の4点セットは、意見、経験、感情、価値観の4つの要素で、自分の内面をメタ認知するツールです。自分の意見の背景には、経験があり、経験の記憶は感情に紐付いています。さらに、意見、経験、感情の背景には、価値観(ものの見方等も含む)があります。この4つの要素で、自分の思考や感情をメタ認知することができると、自分を俯瞰することができるようになります。例えば、負の感情が湧いて来た時にも、「自分はなぜ、今、怒っているのか」を俯瞰できます。また、自分の考えについても、「その考えの根拠はどこからやってきているのか」を知ることができ、それ以外の考えもあるという可能性に意識を向けることができます。

 

VUCA時代には、過去・現在・未来の連続性を疑う必要があるため、自分の内面をメタ認知することがとても大事になります。過去の成功体験が通用しないかもしれないとしたら、オートパイロットで思考するのはとても危険なことです。同時に、スピードが問われる時代ですから、ゆっくりと考えようという訳にも行きません。そこで、認知の4点セットで自分の内面をリアルタイムでメタ認知できる習慣が役立ちます。リフレクションは、不確実な時代を幸せに生きるために必要なことなのです。

 

2003年OECDキー・コンピテンシー

私とリフレクションという言葉の出会いは、2009年にさかのぼります。当PISA(OECDの学習到達度調査)の報告書との衝撃的な出会いがきっかけです。報告書の序文に、VUCA時代に生きる子どもたちが、幸せに生きる準備を万全にするために、教育が今大きく変わらなければならないという趣旨のことが書いてありました。そして、そのためのガイドとして、キー・コンピテンシーを発表し、最近では、学びの羅針盤2030を発表しています。キー・コンピテンシーでは、リフレクションは要であるという説明があり、学びの羅針盤では、AAR(Anticipation、Action, Reflection)モデルに発展しています。

 

オランダの4歳児との出会い

その後、オランダに教育視察に訪問した際に、4歳児が先生と一緒にリフレクションを行っている様子に出会いました。「過去3ヶ月を振り返り、一番誇りに思うワークは何? なぜ、誇りに思うの?どこに一番苦労した?次に同じことをやるとしたら何を変える?」このシンプルな問いに、子どもは自然な様子で答えていました。小さい頃から、こんな風にリフレクションを行う習慣を持つことができれば、とても楽にリフレクションの力を身につけることができます。また、これくらいシンプルな問いかけができる先生は、自らもリフレクションを行っている人だと思いました。教育が変わるためには、大人が変わらなければならないという私の使命が明確になったのは、この時でした。

 

世界のリーダーのリフレクション

リフレクションという言葉を強く意識したのは、OECDのキー・コンピテンシーとの出会いからですが、今思えば、ハーバードビジネススクールに留学していた際に、アメリカの産業界が行っていたのはリフレクションでした。「なぜ、アメリカは日本に負けたのか」、「なぜ、日本は強くなれたのか」この2つの問いに対するリフレクションが盛んに行われていました。その後、日本に帰国して驚いたのは、日本の経済界は、お祭りモードで、全く、自らを振り返る様子がなかったことです。「なぜ、日本は強くなれたのか」この通説が確立される前に、日本のバブルは崩壊し、失われた数十年が続いています。

 

未来を創るリフレクション

なぜ、振り返る行為が未来を創るのかと疑問に思われるかもしれません。経済界が、もし、リフレクションを行っていたら、今とは全く違う社会を創れていたと思います。強い理由が明確であれば、環境の変化に併せて、不易と流行を見極めることができます。リフレクションにおいては、環境の変化にも目を向ける必要があります。これまでと、これからの何が違うのか、我々は、自らの前提の何を見直さなければならないのか このようなリフレクションができれば、あらゆる可能性に対する仮説を構築でき、仮説に基づき行動することが可能になります。

 

NewSchoolでは、一人ひとりが、マイプロジェクトを成功に導くためにリフレクションを実践するアクションラーニングに取り組みます。リフレクションのパワーを皆さんにも実感してもらえるよう尽力したいと思います。

教育の芯

2021.07.26文部科学教育通信掲載

未来教育会議で、多様なステイホルダーと教育について対話を重ねた結果 明らかになったことの一つは、教育と経済・社会が双子であるという事実です。

社会の失われた半世紀

我が国の経済・社会では、失われた10年、20年という言葉が使われています。私が、教育改革を強く願うようになった背景には、失われた半世紀を避けたいという強い思いがありました。また、私は、この「失われた○○」という言葉が大嫌いです。社会は自らが創るものであるという主体性に欠ける、他責社会を象徴する言葉であると感じられるからです。

教育の失われた半世紀

1985年に出された臨時教育審議会の第4次答申を読み、教育も、失われた半世紀に近づこうとしていることに気付かされます。1985年の答申に書いてある課題は、今日、更に悪化し、義務教育は、人間に例えると、ガンの転移が進み、延命措置が難しい状態に陥っています。一方、1985年の答申は、とても整然と、とてもまっすぐに教育課題を直視しており、その点は、昨今の答申よりも、ずっと、心がやすらぎます。

(教育改革に関する第4次答申「はじめに」より引用)

来るべき時代は、人類文明の在り方と人間の生き方を問い直し、多様な文化の一層の開花と人間生の回復を強く求めるであろう。こうした時代の要請にこたえていく上で教育の社会的責任と使命は重い。このことを十分に自覚し、教育改革に携わる者は、日本の将来と人類社会の明日のために教育界における相互信頼を回復し、教育の世界にみずみずしい活力と創造性を生み出さなければならない。

教育改革の成否は、政府の積極的な対応はもとより、国会の理解や地方公共団体の協力、教育関係者をはじめ、すべての国民の熱意に待つところが極めて大きく、改革の実現に向けて、国民各位の深い理解と協力を切望するものである。

 

批判・他責の責任

未来教育会議の活動を行う以前は、我が国の教育は、文科省が形創るものであるという認識でいました。このため、「教育課題が解決しないのは、文科省に問題があるからだ」と単純に考えていました。ところが、多様なステイクホルダーで対話を繰り返し、教育システムについての理解が深まると、この物の見方は、間違いであることが分かりました。「我が国の教育は、社会、国民、保護者、メディア等の「批判」に基づき形創られている」ています。

社会の批判は、無責任です。いじめや学級崩壊、不登校等の教育課題の解決には時間を要します。しかし、メディアは、それぞれのテーマを、一過性の課題として扱い、批判を繰り返します。このため、教育界は、本質的な課題に向き合うのではなく、事象としての課題に向き合うことになります。又、批判は、教育現場に対する共感力に欠けていて、教育が悪いのは、文科省、教育委員会、学校、先生のせいだと他責を前提にしているので、質が悪いです。

今日では、「学校がブラックで、教員の働き方改革必要だ」が批判の矛先です。もちろん、先生の多忙化は問題です。しかし、この話を単純に、業務削減で片付けようとしても、決して、先生の多忙化の問題は解決しません。

 

滝壺で溺れる先生

OECDが発表した「未来を創る羅針盤2030」では、トランスフォーマティブ・コンピタンシーの一つにシステム思考を紹介しています。未来教育会議も、この思考法で、教育に関する要素と要素の繋がりを眺め、教育に何が起きているのかを理解しようとしました。その結果、全ての批判が、教育現場に押し寄せていて、滝壺では先生が溺れているという構造が見えてきました。子どもたちは、滝の外で、先生たちの様子を眺めています。この絵を書いた2009年に、すでに、「先生は、忙しくて授業準備ができない」と悲鳴をあげていました。教育批判が増すと、学校は、100を超える報告書に対応しなければなりません。子どもと保護者の多様化も、先生が多忙化する要因です。

 

学校は、子どもたちが学ぶ場所

大空小学校の木村泰子初代校長は、「学校は、先生が教える場所ではなく、子どもたちが学ぶ場所である」とおっしゃいますが、滝壺の様子を見れば、学校は、子どもたちが学ぶ場所ではないことは明らかです。2009年に描いた蛸壺で溺れる先生たちの様子を見ながら、早晩、学校は、先生が教える(働く)場所でもなくなるのだろうということは、容易に想像できました。

 

学級に責任を持つ先生たち

2009年に、先生が滝壺で溺れている絵を多くの教育関係者に紹介した所、誰もが「そうだね。間違っていないよ」と言いました。そのことにも、また、驚きました。先生という職業は、「教える」仕事以外にも、たくさんの仕事があり、授業準備ができないのは仕方がないという受け止め方が主流でした。また、先生には、学級に責任を持つという使命感があり、その年の子どもたちの様子によって、仕事の難易度も相当変わってしまうことも分かりました。先生は、学校ではなく、学級に帰属しているというのが、一般的な学校組織の常識のようです。

大空小学校の木村泰子校長や麹町中学校の工藤勇一校長は、学級担任制を廃止し、学校全体、学年全体で子どもたちを育てる学校を実現していますが、この考え方は、学校の「当たり前」ではないようです。

 

義務教育の崩壊

今日の教育課題は、1985年よりも更に複雑化しています。GIGAスクール、英語教育、プログラミング教育、主体的で対話的な深い学び、概念教育、アクションラーニング、共同エージェンシー等々 教育への期待が膨張する今日、残念ながら、過去からの課題を積み残してきた現在の学校と教室は、時代が求める教育を提供する場とは言えない状況です。

その結果、受験勉強同様に、教育産業が、新しい教育ニーズに対応していくことは容易に想像できます。その結果、義務教育の存在意義が問われ、格差社会が更に進みます。子どもたちの社会である学校が機能不全に陥ると、子どもたちは、大人や社会を信頼することなく育ち、政府を信頼しない国民を増やすことになります。時代は、共生社会を願っているのに、子どもたちは、個人主義、弱肉強食といった旧態依然のマインドセットを身に着けた社会人になっていくでしょう。それは、とても悲しいことです。

 

義務教育の存在意義

義務教育を崩壊させないために、今、大切なことは、義務教育の存在意義に立ち返り、「すべての子どもの学習権を保障する学校」を目指すことです。それは、同時に、今の学校と教室が、すべての子どもの学習権を保障していないことを認めることです。

落ちこぼれ、吹きこぼれという言葉を平気で使うのではなく、全ての子どもたちが、学習することができる教室を実現することができなければ、学校の未来はありません。なぜなら、それが、教育の芯となる部分だからです。そして、この芯は、子どもたちの力なしに創れないということを、大空小学校は私に教えてくれました。

教育が芯を取り戻すためには、「学校は、先生が教える所ではなく、子どもたちが学ぶ所である」と言える校長と先生の存在も不可欠です。子どもたちも、先生も、校長も、保護者も、みんなの学校を創るメンバーの一員として、学校を創る責任を持つ。地域の人たちも、責任を持つ。そんなマインドセットを持つことができれば、教育が、他責・批判の被害に合うこともなくなります。教育の芯に立ち返れることを、切に願います。

オンライン学習への道のり

2021.07.12文部科学教育通信掲載

スクーで、リフレクションの講義を行いました。スクーは、大人たちがずっと学び続けるマナ放送コミュニティーです。スクーは、2011年に、森健士郎さんが創業した会社です。教育機関は、コロナで慌ててオンライン学習をスタートしましたが、スクーは、10年間 オンライン学習の実績を持ちます。

以下、ホームページから森さんの言葉を引用します。

2011年の春。
大手情報系企業に務めていた私は、インターネット上で教育録画を視聴する「eラーニング」という学習システムを初めて利用しました。その時、強く心の中に残ったのは「これだけテクノロジーやクリエイティブが進化している世の中なら、もっと良いものが作れるはずだ。」という思い。
衝動そのままに、次の日に会社へ退職届を提出。株式会社Schooはスタートしました。

(株式会社スクーHPより)

 

スクー体験

講義を行う中で、改めて、森さんのおっしゃることが理解できました。講義は、1時間でしたが、その中で、私は、たくさんの質問に答える経験をしました。講義は一人で行うのではなく、司会進行を務める方と一緒におこないます。私の担当は、中田さんという方でした。中田さんは、受講生代表という立ち位置で、画面に登場します。また、600名近い方たちが参加してくださったのですが、みなさんが、お部屋(インライン講座)に入ると、「着席しました」とストリーミングに投稿してくれます。また、私が話をしている間にも、ストリーミングに、みなさんがたくさんの質問を投稿してくれます。そして、受講生代表の中田さんが、質問をお名前と一緒に読み上げ、私に問いかけてくれます。私の講義は、6つのパートに分かれていたので、そのパートの間で、たくさんの質問に答えることができました。オンラインで行った講義で、1時間の間に、20以上の質問に答えることができたのは、この講義形式のおかげです。

この原体験を持ち、HPを読むと、スクーが、本物である背景がよくり理解できます。

創業したのは原体験から

ミッションの意味は進化していく

私自身の原体験から始まった株式会社Schoo
「世の中から卒業をなくす」という全社Missionと、ライブ配信というテクノロジーを用いて、人同士のつながりによって独自の学びを生むというサービスの核は今も変わっていません。
しかし、なぜこの事業に取り組むのかという「志」や「私たちが挑むべき社会の問題」は、出会い助けてくださった方々や、ご利用いただくユーザー様・クライアント様によって、少しずつ深く広く意味を進化させてきました。

 学びとは何か。

学ぶこととは楽しいことなのではないか。
人とは何か。

人はもっと選択肢を持って生きられるのではないか。

 Missionとサービスがいろいろなものと接する中で、私達は「学びのサービスを運営する会社」から、学びという手段を軸に「人や人類をより良く進化させ続ける会社」へと自らの解釈を深めてきました。

スクーは現在、大学や企業のeラーニングを支援する事業も展開しています。オンラインでの学びの可能性に10年前に気づき、その思いを体現し、そして、学び手と共に進化し続けてきたスクーを体験し、私自身も、改めて、eラーニングの学習体験とは何かを考えさせられました。

コーセラ

最近、AIやテクノロジーの進化に学ぶために、コーセラでの学習体験をしました。日本の自宅で、スタンフォード大学のアンドリュー・ン先生が、惜しみなくそのナレッジをわかりやすく解説してくれる「全ての人のためのAI」という講座に、心より感謝したのは、数ヶ月前のことでした。

アンドリューは、コーセラの創設者の一人です。インターネットが持つ学びの可能性を理解し、大学の講義を、世界に配信するというコンセプトに初めて触れたときには、とても驚きました。しかし、アンドリューたちは、本気でした。どこの国で生まれても、どんな環境で育っても、良質の講義を受けることができる環境を実現することで、誰かの潜在的な能力が開花する可能性が高まるという「学びの可能性」を信じていたのだと思います。

大学の知を民主化することで、社会全体が底上げされることも事実です。もちろん、その背景には、大学は知の消費者ではなく、知の創造主であるという自負があるのだと思います。このような理念があることで、大学が創造する知は、社会実装され、その実践が理論を更に進化させるという好循環のループが生まれます。

ブレンデッド・ラーニング

最近、21世紀学び研究所も、UMUという仕組みを活用し、ブレンデッド・ラーニングにチャレンジし始めています。テクノロジー、コンテンツ、学習理論を融合させることで、良質な学習体験をデザインすることが可能になります。また、学習プラットフォームを、学び手が共有することで、お互いの学習体験から学ぶことも可能になります。ブレンデッド・ラーニングでは、オンライン講義と対面講義の融合させるだけではなく、インプットとアウトプットをどのように設計するか、インプットを反転授業にするのか、授業形式にするのか、講師との対話をどのように設計するのか、学び手同士のディスカッションをどのようなテーマでどのような配分にするのか、学習者に何をアウトプットしてもらうのか等 良質な学びを設計するためには、たくさんの検討事項があります。そして、この設計の違いが、良質な学びを実現するための鍵を握ります。

ラーニングを設計する専門性

海外の学校教育を調べてみると、海外の学校には、ラーニングを設計できるラーニング・コーディネーターが存在することを知りました。コーディネーターの仕事は、個別最適な学びを実現するために、子どもたちの学び手としての多様性を理解することと、良質の学習を設計することが中心です。また、アクティブラーニングにおいては、概念学習を設計し、中心となる問いを立て、カリキュラム全体を通しての学びを統合するための設計を行っています。

日本でも、主体的で対話的な深い学びを中心に置く教育が始まっていますが、ラーニングを設計する専門家は、学校に配置されていません。おそらく、誰もが、それは教師の仕事であると考えているのではないかと思います。本当にそうでしょうか。

オンライン学習という選択

ハーバードビジネススクールも、現在、オンラインの講義を始めています。グローバルアドバイザリーボードの一員として、学長が、オンラインへのシフトを検討していた2015年に、その議論に参加した経験があります。ハーバードビジネススクールの授業は、コールドコールで始まるのが決まりです。最初に教授に指名された学生は、ケーススタディの登場人物になったつもりで、環境分析と、自分の決断を述べなければなりません。このプレッシャーでスタートする授業で、様々な議論を通して、学生は、決断に必要なものの見方を手に入れていきます。多くの人々は、この授業の臨場感をオンラインで再現ことは無理だと考えました。しかし、学長は、諦めることなく、そして一ミリも妥協することなく、授業の臨場感をオンラインで再現しました。

日本では、コロナを機に本格化したオンライン学習ですが、スクーのようにビジョンを持ち、その取組を発展させることが大切であると感じました。そのために、ブレンデッドラーニングや、ラーニング設計等 新たな専門領域における理論と実践の融合が進むことも期待したいと思います。

リーダーシップ開発

2021.06.28文部科学教育通信掲載

変化する時代の中で、リーダーシップ開発の在り方が変わり始めています。海外の様子を調べてみると、2008年のリーマンショックをきっかけに、新しいリーダーの在り方に関する議論が一機に進んだようです。

 

学習する組織

ピーターセンゲの提唱する学習する組織は、30年前に紹介された理論ですが、今日のリーダーシップにおいても、外せない考え方です。センゲの提唱する学習は、机上の勉強ではなく、変化を創る過程で、人間や組織が実践しなければならないアクションラーニングです。

変化を創る過程では、これまでのやり方を変える、これまでの目標を変える、これまでのものの見方を変えるなど、様々な「変える」を実行しなければならず、そのためには、ビフォアー・アフターのギャップを埋める必要があります。そのため、学習力が鍵を握ります。

多くの企業が、変革に失敗するのは、この学習をうまく設計し、駆動することができないからです。経営トップが変革を推進しようとしても、組織には、現状を維持する大きな力が働いており、変革を前進させられないという事例は、誰もが耳にしたことがあると思います。

センゲは、組織が変わるためには、5つの規律を組織にインストールする必要があると言いました。

 

メンタルモデル:センゲは、変化を実現するためには、誰もが、自らのものの見方をメタ認知する必要があると言います。ものの見方とは、私たちが、物事を捉えるために活用している「レンズ」のことです。私たちは、物事を捉える際に、自分が特別なレンズを掛けているとは考えません。しかし、実は、誰もが、特別なレンズで物事を捉えています。このレンズは、過去の経験に基づき形成されるものなので、経験が違えば、モノの見方は違います。

深いレベルでの変化が期待される時には、行動を変えることが期待されるだけはなく、このレンズを新たにする必要が出てきます。そのためには、自分が今掛けているレンズが何かをメタ認知する必要があります。

システム思考:センゲは、組織や社会といった大きな単位で変化を実現するためには、システム思考が必要であると言います。物事が単純ではない時、そこには、システムが存在します。物事をシステムとして捉える際には、目的と要素と要素の繋がりを理解する必要があります。組織には、果たす目的があり、そこには多様な人々、多様な機能、多様は仕組みや制度等々、様々な要素が存在します。このため、何か一つの要素を変える際には、システム全体に目を向ける必要があるといいます。システムは、蜘蛛の巣と同じで、どこか一か所に触れると、全体の形状に影響を及ぼします。このため、組織変革を行う際には、システム全体を俯瞰し、自らが望む変化を設計していく必要があります。

チーム学習:システム全体を俯瞰する際に、欠かせないのがチーム学習です。例えば、研究開発チームが仕事の仕方を変えることが、マーケティングにどう影響するのかを、研究開発チームがすべて把握できる訳ではありません。対話と通して、相互学習することができれば、連携しながら、よい方向に変化を創り上げることができます。人々が集う組織や社会に変化を起こすために対話が欠かせないのはこのためです。

ビジョン形成:人々が集う組織や社会が変化を推し進めるためには、理由と方向性が必要になります。そこで大切なのが、ビジョン形成です。現状維持を望む大きなエネルギーに反して、変化を推し進めるためには、「変わるとよいことがある」と誰もが信じる必要があります。また、大きな改革に際しては、どこに向かうのかを見える化する必要があります。ビジョンが、人々の心に存在する状態になることで、変化が始まります。

パーソナルマスタリー:最後に紹介するのが、パーソナルマスタリーです。センゲは、パーソナルマスタリーは学習する組織の要であり、パーソナルマスタリーを持つ集団だけが、学習する組織を実現できると言います。パーソナルマスタリーとは、人のBeingを表す言葉です。

「どこからやってきて、今どこにいて、次にどこに向かうのか」という問いに対して答えを持つ人のことを、パーソナルマスタリーがあると言います。自己認識を深め、自らの内発的動機を活かし、自ら目的を持って行動する自律型学習者の集団だけが、学習する組織を実現することができます。

適応型リーダーシップ

適応型リーダーシップを提唱するのは、ハーバード・ケネディスクールのロナルド・A・ハイフィッツです。

ハイフィッツは、今日のリーダーが直面する課題を、適応課題と呼び、適応課題を解決するために、リーダーも、適応型になる必要があると言います。これまでの課題は、技術的に解決できるものだったが、今日の課題は、スキルや知識を増やすだけでは解決できず、リーダーは、過去の経験に基づくものの見方そのものを見直さなければ、課題に対処することができないと言います。

ハイフィッツは、また、リーダーは、バルコニーの上にたち、自らが働きかけているシステム全体を俯瞰する重要性にも触れています。その際に、自らも、介入しているシステムの一部であると捉え、システムを俯瞰することが大事であると言います。センゲの提唱するシステム思考、メンタルモデルは、適応型リーダーシップにおいても、重要な役割を果たします。また、バルコニーに立てない人は、リーダーとして機能しないのであれば、メタ認知力を持たない人はリーダーになることができないと言えます。

 

課題と能力のギャップ

『なぜ人と組織は変われないのか』(英治出版)の著者ロバート・キーガンは、我々が適応課題に直面している様子を以下のように述べています。

  • 世界が「複雑になりすぎている」と感じるのは、世界の複雑さと自分の能力の複雑性(能力のレベル)の間にギャップが生まれているからだ。
  • あなたが、今日と明日の世界で直面する課題の多くは、既存の思考様式のままで新しい技術をいくらか身に付けるだけでは対応できない。
  • 知性のレベルを高めることで、思考様式を変容させなくてはならない。

ロバート・キーガン著『なぜ人と組織は変われないのか』(英治出版)より引用

キーガンは、大人の知性には3つの段階があり、今日求められる知性は、自己変容型知性であると述べています。

 

ロバート・キーガンは、成人発達理論の視点から、ハイフィッツは、リーダーシップ開発の視点から、適応課題に向き合うために、リーダーに必要な成長について述べています。

教育改革を推し進めるリーダーシップにおいても、センゲ、キーガン、ハイフィッツの理論が役立つのではないかと思います。

 

人の幸福と教育の関係

2021.06.14文部科学教育通信掲載

教育の究極の目的は、ウェルビーイング(幸福)であるという考えが広がりを見せています。

その観点から、教育について考えてみたいと思います。

なぜ教育が変わらなければならないのか

教育改革が進む中、未来教育会議という団体を立ち上げ活動しています。教育のあるべき姿を正しく見極めるためには、未来の社会、未来の人、未来の教育の3つの視点で語れることが大事であることをOECDのレポートより学び、ラーニングジャーニーと対話を繰り返しています。

OECDのレポートでは、「なぜ、教育が変わらなければならないのか」がとても明確です。

OECDから学んだこと

これまでの教育では、子どもたちは、人生の準備をすることができない。変化、複雑、相互依存が進む社会の中で、子どもたちが幸せに生きるために、問題を解決する力が必要になる。そのためには、学力だけに焦点を当てるのではなく、自ら仮説を立てて検証し、問題を解決していく力が必要になる。その過程では、一人で問題を解くのではなく、多様な利害関係者や専門家と協働して問題を解決する力が必要になる。

テクノロジーの進化は、人間の仕事の再定義を促進し、ホワイトカラーの定型的な業務は、ほぼすべて機械に代替される中、人間には、テクノロジーを活かし、創造する力が必要になる。テクノロジーの進化は、人々をエンパワーし、企業への帰属という職業観を前提としたジョブ・シーカーという生き方から、ジョブ・メーカーという生き方へのシフトが進む。その結果、学校を卒業し、就職して定年まで働き続けるという3部構成の人生ではなく、学び直しが人生の中で何度か訪れることが人生の当たり前になる。従来の行き方を前提とするのであれば、誰もが、不安定(変化)な人生を生きることになる。

子どもたちは、また、グローバル化した社会に生き、持続可能な経済成長という新たな命題に立ち向かわなければならない。

OECDは、このような前提にたち、ウェルビーイングのための教育指針として、学びの羅針盤2030を発表しています。子どもたちには、受け身で学ぶ生徒ではなく、より良い未来を創る主体であることが期待されています。

全ての答えは教室にある

ウェルビーイングにつながる教育の答えは、教室にあるのではないかという仮説を持ちました。多くの教室には、吹きこぼれと、落ちこぼれと、中間層が存在します。

落ちこぼれる子どもたち

子どもの貧困問題に取り組むNPO法人ラーニングフォーオールの活動を通して、落ちこぼれている子どもたちの現実について知りました。子どもの貧困は、多くの場合、金銭的問題だけではなく、発達の遅れという課題も伴います。子どもたちの多くは、小学校入学時にすでに発達の遅れを抱えており、最初は生活面に現れます。次に、発達の遅れは、勉強面に現れます。義務教育の恩恵を受け、子どもたちは、学校に通うことができますが、残念なことに、教室では、彼らに必要な学びの機会を得ることができません。一斉授業を行なうことを使命とする教員は、中間層に当てた授業を行うことしかできないからです。多忙な先生が、放課後に、彼らに、授業以外の指導を行うことも難しいため、彼らの遅れは、日々蓄積してきます。

幸福につながらない教室

学びの最近接領域とは程遠い授業内容に参加し、理解が進まない授業に参加することで、彼らは、2つの被害を被っています。一つは、自分に必要な学びを得ることができず、義務教育を終えても、社会人になるために必要な学力を身につけることができないという被害。もう一つは、9年間学校に通い続けても学力が身につかないことにより、自分は社会の落ちこぼれであると思い込み、中学生の段階で人生を諦めてしまうという被害です。その結果、自立できず、生活保護を必要とする社会人を輩出するのですから、社会も被害を被っています。環境さえ異なれば、社会に貢献できる大人になれたはずの子どもたちを、なぜ、日本の教育は救えないのでしょうか。

吹きこぼれる子どもたち

どうすれば、この問題を解決できるのかを考える中で、フィンランドの教育について専門家の話を伺い、ハッとさせられることがありました。吹きこぼれの子どもたちの話をしていた時です。フィンランドでは、すべての子どもたちは違うということを前提に、教育が進められています。教室には、ものすごく理解の早い子もいれば、遅い子もいます。先生たちは、常に、子どもたちの様子を観察し、必要に合わせて、小さい島を作り、異なる学習内容に子どもたちが取り組めるようにします。そういうお話の中で、フィンランドでは、理解の早い子も、アクティブラーナーとして、自分に必要な学びを追求することが期待されていることを教わりました。理解の早い子は、自分にとって意味のない授業を受け身でやり過ごすのではなく、自分にとって必要な学びを求めることが、自律的に学ぶアクティブラーナーに求められる姿勢であるという説明を受けました。日本では、吹きこぼれの子どもたちの多くは、昼間は、学校で受動的ラーナーとして授業に参加し、夜に塾でアクティブラーナーになっているのかもしれません。

経済(社会)と教育は双子

高度経済成長の時代に、均一的な労働者を育成する学校教育の使命が終わり、多様で、複雑化する社会に合わせて、学校教育には、新たな使命が求められるようになりました。また、いじめや不登校、学級崩壊、子どもの貧困、家庭の教育力の低下、塾等の教育サービスの発展等 様々な変化があり、その全てが、学校現場での教員の仕事の難易度を上げていきました。そこに、21世紀型教育の要請が加わり、教員への期待は、高まる一方です。学校は、先生にとっても、幸せを実感し難い職場になっているのではないかと思います。

教育システムの時代との乖離は、企業にも負の影響を及ぼします。企業には、認知能力が高く、非認知能力が低い人材が多く、DXをはじめとする創造的な活動を活性化させる人材が圧倒的に不足しています。

一方、企業側も、ジョブ型とメンバーシップ型、キャリアビジョン形成等、変化の時代に対応する雇用の在り方を見直しているように見えて、根本から変えて行くという気概は見られません。中途半端に揺れる企業都合での雇用の在り方の見直しでは、若者に夢も希望も与えることができません。

人を幸せにする教育と社会

子どもたちがアクティブラーナーになり、先生たちも、安心して子どもたちの最近接領域の学びをデザインできる教室を実現することができ、子どもたちが未来に夢を持つことができる社会を実現できれば、幸せな人生に寄与する教育が実現できるのではないかと思います。

企業も、教育も、お互いを批判するのではなく、自らの在り方をリフレクションし、共に変わっていくことが本当に必要だと思います。そこで、私たち大人が、自己都合にならず、簡単な道を選ばないために必要なことは、子どもたちが生きる未来の社会を想像し、子どもたちに共感し、子どもたちが少しでも困らないように、不安に押しつぶされないように、そして、幸せな人生を実現できるように、何が出来るのかを考えることが大事ではないかと思います。そのためには、「何かを変えると、自分が何かを失うかもしれない」という恐怖心から思考停止になるのではなく、ゼロベースで、あるべき姿を再構築する勇気が必要です。

 

AI/データー活用と人材育成

2021.05.24 文部科学教育通信掲載

VUCA時代に突入し、社会人の学び直しが、大きなテーマになっています。その中で、リスキリングという言葉まで登場しました。

リスキリングとは

英語では、職業能力の再開発、再教育という言葉です。社会のデジタル化や、企業のDX(デジタルトランスフォメーション)が進む中で、欧米では、新たに生まれた職を得るための職業能力開発のことを、リスキリングと呼び、従来の職業開発とは切り分けているようです。リスキリングは、既存の職業能力のスキルアップに比べると、個人にとっても、企業にとっても、チャレンジ度が大きい能力開発です。

AI(人口知能)

2014年にオックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン博士が2014年に発表した「雇用の未来―コンピューター化によって仕事が失われるのか」という論文が、話題になりました。この論文では、将来、AI(人工知能)に代替される可能性の高い職業・仕事が紹介されています。野村総合研究所が、オズボーン博士と共同研究を行い、日本の労働人口の約49%が、人工知能やロボット等に代替される可能性が高いことが予測されました。多くの企業と個人が、リスキリングを必要とするのはこのためです。

 AI/ データ活用人材育成

このような背景から、私自身も、AI /データ活用人材の育成に挑戦することになりました。学芸大学教育研究科AI研究プログラム准教授の遠藤太一郎先生と、日本アクションラーニング協会の清宮普美さんとご一緒に、プログラム開発を進めています。これまでの経験を生かしつつ、未知の世界に挑戦することは、私自身のリスキリングへの挑戦でもあります。一方、リフレクションは、リスキリングにとても親和性が高く、これからの展開がとても楽しみです。

全ての人のためのAI

AI /データ活用を推進するために、スタンフォード大学教授で、グーグルブレイン(人工知能の専門家による研究チーム)を立ち上げたアンドリュー・ンのコーセラの講座「すべての人のためのAI」に学びました。世界をリードするアンドリュー先生は、とてもソフトな口調で、簡単に分かりやすく、AIと機械学習の違いや、AI企業になるために何をすればよいかなどを説明してくれています。

AI/データ活用企業になるステップ

アンドリュー先生の講座では、ステップ1 パイロットプロジェクトを複数走らせて見る、ステップ2 社内でAIチームを創る、ステップ3 経営者、マネージャーを含む幅広いしゃいんに、AIトレーニングを行う、ステップ4 AI戦略を構築する が望ましいと教えています。

一方、日本で、多くの企業の取り組みは、アンドリュー先生の提案とは真逆のステップです。ステップ1 AI戦略を構築する、ステップ2 マネージャーや社員にAIトレーニングを行う、ステップ3 社内にAIチームを創る、ステップ4 パイロットプロジェクトを複数走らせる です。

AI /データ活用のできる組織に生まれ変わるために、日本の大企業は、コンサルタントを採用し、戦略を構築し、数千人規模でAI人材育成の教育を行っています。しかし、アンデリュー先生の講座では、最初に行うことは、AI /データ活用のパイロットプロジェクトを複数は知らせて見ることだと言います。私は、この違いは、とても深刻なものと受け止めています。

なぜ、真逆なのか

アプローチが真逆であることも問題ですが、それ以上に問題なのは、真逆のアプローチが望ましいと考えてしまうことです。なぜ、日本企業は、アンドリュー先生の講座とは真逆のアプローチを取ってしまうのでしょうか。それは、日本企業が、いまだに、答えのある時代のアプローチを踏襲しているからだと思います。答えのある時代には、トップが戦略を打ち出し、人的資源を結集しチーム編成を行い、物事をトップダウンで推進することができます。

しかし、前例のない時代には、やってみなければわからないことが多く、トップの意思決定を中心に、計画に従って物事を進めることは難しく、トップダウンでは、理想の姿を作ることが困難です。

前例の見えない時代には、プロトタイプを創り、仮説を持って試していることが大事です。また、試した結果のフィードバックを受けて、軌道修正をかける権限を、現場が持つことも大事です。上位社が意思決定をして、現場が実行するというヒエラルキー的な役割分担も、あまり効果的な手段ではありません。前例の見えない時代には、仮説検証の質とスピードをどれだけ上げられるかが問題なのですが、トップダウンでは、定期的な報告で、仮説検証の手を止めることになります。報告の結果、担当者ではなく、経営が軌道修正に関与し始めると、担当者の主体性も奪われて行きます。

アジャイルが進まないことと同じ

この現象は、以前から、世界で進むアジャイル型の開発プロセスが、日本で進まず、日本では、ウォーターフォル型の開発プロセスが今日でも主流であるという事象とも繋がる現象だと思いました。

アジャイル開発は、10名未満の小さいチームで行う開発プロセスです。チームメンバーは、自分たちのプロジェクトに関する意思決定を行う全権を持ちます。メンバーは、1日、1週間、1ヶ月の単位で、リフレクションを行い、プロジェクトを推し進めます。プロジェクトには、様々な部署を代表するメンバーが参加していますが、部署に戻り、上長の意向を確認することは不要です。だから、機動的に、プロジェクトを前進させることができます。また、意思決定にも慣れているので、スピードを維持することができます。

意思決定力と学習力

仮説検証を良質なものにするためには、仮説を持つタイミングでの意思決定と、検証の過程での学習が重要な役割を果たします。良質な仮説検証には、良質な意思決定力と学習力が必要になります。この二つは、主体性が欠如する環境の中では、磨くことができないもので、これが、日本企業が、正解のない時代に成功を手に入れるために生まれている様々な手法を活かすことができない背景なのではないかと思います。

正解のない時代の学校

正解があることを前提に学習を設計することが得意な学校教育の中で育ち、裁量権のない環境で仕事をし続けると、誰もが、本来持っている主体性を眠らせることになります。正解のない時代には、トップダウンで打ち出された方針に従って、主体的に動く優秀な人材が歓迎されました。これからの時代に生き残る社会と組織は、一人ひとりの仮説検証力に支えられるとすれば、教育も大きく変わらなければならないと言えます。OECDが提唱するA(見通し)A(アクション)R(リフレクション)モデルは、このことを、教育界に伝えようとしているのだと思います。

 

Back To Top