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AMBITIONER’S LAB(アンビショナーズ・ラボ)ワークショップ

文部科学教育通信 No.343 2014-7-14に掲載された教育と学習のイノベーションを探す(3)をご紹介します。

2013年に、「未来を創る力を共に学びたい」という想いで、AMBITIONER’S LAB(アンビショナーズ・ラボ、以下ABL)を立ち上げました。

ABLは、OECDのキーコンピテンシーや『学習する組織』、U理論、デザイン思考、ビジブルシンキング、マルチプルインテリジェンス、Teaching as Leadershipなどを主たる理論としています。

これらの理論をもとに、未来を創る人にとって必要な力と価値観を「未来を創る8つの力と4つの価値観」としてまとめました。

2014年6月から12月にかけて、ABLではこれらの力と価値観を身につけるためのワークショップを全12回開催いたします。

今回は、AMBITIONER’S LABとそのワークショップについてご紹介いたします。

 

●未来を創る8つの力と4つの価値観

ABLでは、未来を創るために必要な力と価値観を以下のようにまとめています。

【8つの力】

  1. 真の自分を生きる力
    人は、自ら心から望むことをする時にとてつもない力を発揮します。これが未来を創る原動力となるのです。未来を創る人は、自らはもちろんのこと、多くの人たちが、真の自分を生きることができるように、使命を見いだすことを助け、その実現を後押しする力が求められるのです。

  2. 心を突き動かすメッセージ発信力
    未来を創るためには、ビジョンを発信し、共鳴する仲間を作り、力を合わせることが必要です。そのために、論理的かつわかりやすい説明をすることに加え、人の心に火をつけ、心と心を結ぶメッセージ発信力が必要です。

  3. 新しい価値を生み出す対話力
    新しいアイデアは異質なものが交差するところで生まれます。多様な経験や専門性を持つ人同士が、お互いを尊重し、安心して意見をぶつけ合い、学び合うことを通して、新しい価値が生み出されます。

  4. 創造的な問題解決力
    未来に向かう過程では、あらゆる分野の既存の秩序が、大きな変化を求められます。そのような中で求められるのは、論理的に考える力、複雑にからみあった全体像を把握する力、過去にとらわれない新しい解を生みだす力です。

  5. 自らの意志で動く強いチームを創る力
    未来をつくるためには、個を超えたチームの力が必要だからです。夢とビジョンと目標を共有し、一人一人が自らの役割を知り、自らの意志でその目標の達成にコミットしていく。強い信頼関係のもと、互いの意見の相違を恐れず、オープンな議論ができる。強制力ではなく、自らの意志で動く。そんなチームを創る力が求められます。

  6. 自ら学び進化する強い組織をつくる力
    未来をつくるためには、新しい未来を生みだす意志と、過去のとらわれから脱却し、常に新しいものを受け入れ、自ら変わる力を持つ組織をつくることが必要です。共有ビジョンを実現するために、個人、チーム、組織全体が、必要な気づきと能力を高め続ける組織を創る力が求められるのです。

  7. 学習する力
    未来をつくるためには、過去にしばられず、常に新しい見方を手に入れる必要があります。また、多様性から新しい価値を生みだすことが大切です。好奇心を持ち、異質なものから学び、自らの思考や行動を省みて、自らの枠を広げ、成長する。こんな姿勢で行動し、進化を遂げる力が必要です。

  8. 育成する力
    自ら学び進化する強い組織をつくるためには、学習する力を持つ人を育成することが大切です。ありたい姿に向けた成長課題を明確にし、伴走者として観察とフィードバックにより人々の成長を支援する。このような育成力が求められます。

【4つの価値観】

  1. 人間の創造力と無限の可能性を信じる
    人間が持つ潜在的な力、まだ見ぬものを創造し、未来を創り出す力は計り知れないものがあります。未来を創る人は、この人間の持つ偉大な創造力と無限の可能性を信じ、人を活かし、人を育てる気概をこれまで以上に持つことが必要です。

  2. 他者への共感を大切にする
    他の人が置かれた状況に、深く共感することができれば、企業部門も公共部門も含めて、よりよい社会の実現に向けて、様々な新しい価値を生みだすことが可能となります。

  3. 多様性を尊重する
    多様性を尊いもの、価値あるものとして受け入れ、多様性から新しい価値を生みだし、多様性が安全に存在できる環境をつくる力が求められるのです。

  4. 倫理観を大事にする
    自分たちのチームや組織の偏狭な利益だけでなく、社会の善にどのように貢献するかを考慮することが求められます。
    目的の正しさを常に考えて行動する力が必要となります。

ABLは、これらの力と価値観を実践的に身につけるためのワークショップを開発しました。
ハーバード教育大学院のプロジェクトゼロで学んだ「理解のための学習」などの理論をもとに、単なる知識だけで終わらないワークショップとなっております。

 

●AMBITIONER’S LABワークショップ

未来を創る力を身につけるために、ABLは全12回のワークショップを開発しています。
この場の狙いは、「人、組織、自然環境において希望と可能性に溢れた未来を実現するために、必要な力とは何だろう」ということを互いに学び合う場です。
参加メンバーには企業、NPO、学生など、様々な立場の人がいます。多様な視点、経験をもとに、共に実践しながら学ぶのがAMBITIONER’S LABです。
ワークショップのキーワードには、「願い、課題、パーソナルマスタリー、多様性、共感力、イノベーション、学習、メッセージ発信、問題解決、氷山モデル、知覚と判断、共有ビジョン、主体性、リーダーシップ、変革理論、価値観、倫理観、組織、個」などがあります。
ある回のワークショップでは、「真の自分を生きる力」を身につけるために、人の潜在的能力に着眼したワークショップを行います。例えば、『学習する組織』のパーソナルマスタリー(自己マスタリー)を探求し、理想(ありたい姿)と現実とのギャップを埋めるために何ができるのかなどを考えます。そのために必要となる、思考が停止している状況から自律的に思考すること、課題を分析し深掘りするだけでなく未来志向で考えること、効率を優先しすぎるのではなく本質は何なのかを考えること、知識学習にとどまるのではなく実践学習に向かうこと、責任問題にするのではなくリフレクション(内省)をして現状を改善し続けることなどの重要なマインドセットについても学びます。
単なる知識として学習するだけでなく、今の自分にとって何が必要なのか、何を行えばいいのかがわかる内容となっています。

 

●第一回目ワークショップ

第一回目のワークショップでは、テーマを「課題認識と願いの共有」としました。
個人・組織・社会あるいは地球の全体の在り様に対して、「どんな願いをもっているのか、どんな課題意識を持っているのか」を、それぞれの立場で考えました。
あるグループは、以下のアウトプットを出しました。
「社会・組織・家族の未来について考えました。突き詰めたところ、一人ひとりが受け入れられる、安心安全だと感じられる社会、組織、家庭を実現したいという願いが、チームメンバーで共有されました。そのため、個人がチャレンジしたいと思え、他人や周囲のことも考えられる前向きな思考になるためには、そもそも心無い批判のない環境や、再チャレンジ可能であるということが社会のベースとして必要なのではないか、という意見もあがりました。」
このような未来を実現するために、AMBITIONER’S LABで学び、社会において実践を続けます。

AMBITIONER’S LABhttp://ambitioners.jp/

未来教育会議 マルチステークホルダーでのシステム思考ワークショップ

文部科学教育通信 No.342 2014-6-23に掲載された教育と学習のイノベーションを探す(2)をご紹介します。

2013年6月に「未来教育会議」という、未来の社会、未来の人、未来の教育のあり方を多様なマルチステークホルダーで考え、一緒に豊かな現実を創造していくためのプロジェクトを、株式会社博報堂をはじめとする企業の方々と共に立ち上げ、2014316日にキックオフシンポジウムを実施し、250 名を超える皆さまにご参加いただきました。

同年4月15日には、政策分析ネットワークとの共催で、教育シンポジウム「オランダ先端事例に学ぶ 未来の社会と教育の在り方」~未来教育会議設立の背景とビジョン~ を開催し、200名以上の参加者が集いました。

この度、企業・行政・学校・NPO・家庭・地域の方々とともに日本の今の教育システムを理解するためにシステム思考ワークショップを開催いたしました。

今回のワークショップのゴールは、「誰かを悪者にして終わるのではなく、それぞれのセクターの立場を共有し、現在の教育システム全体を俯瞰すると同時に、なぜそのような現状となっているのかを構造的に理解する」です。

そこでの学びや気づきについて、ご紹介いたします。

 

●未来教育会議の思想

ワークショップのはじめに、未来教育会議の思想についてお話いたしました。

当プロジェクトは、以下の3点を大切に活動しています。

  1. 枝葉ではなく、根っこを考え、扱う。
    現象や出来事だけにとらわれるのではなく、システムレベルの変容にチャレンジします。

  2. 自己の変容。主体的に関わり、挑戦し、行動する。
    主語は「自分」、主体的に考え、主体的に行動します。決して観察者にならず、自分も変わることを恐れません。

  3. 多様性を大切にする。安心の場。
    個人の立場、組織としての立場、異なるステークホルダーの立場を行き来しながら、本当に大切なことを見出していきます。


日本の教育や社会について考えるとき、図らずも他の組織や人を責めてしまうこともあると思いますが、誰かを責めていても状況を変えることはできません。
未来教育会議では、自分もシステムの一端を担っていることを念頭に、多様性から学び、自己の変容を大切にしています。そのベースがあってこそ、未来の社会や教育の在り方を描くことができると考えています。

 

●プラウド&ソーリー

当プロジェクトの思想を共有した後、プラウド&ソーリーという手法を使って、「教育について、あなたが誇りに思うこと、申し訳なく思うことはどのようなことか」を、各ステークホルダーで考え、他のステークホルダーの人たちに共有しました。

たとえば、誇りに思うことでは以下の意見があがりました。(一部を抜粋)

・日本人のほぼ全員が教育を受けることができる
・一定レベルの学力水準を実現している
・子どもや先生の変化に立ち会うことができる
・学校と教育産業が補完しあっている
・先生はみんな子どもたちのことを真剣に考えている

申し訳なく思うことは、以下の意見があがりました。(一部を抜粋)

・大学で学んだ内容と仕事が結びついていない
・大学合格、実績を重視してしまう
・本当にサポートすべき人にサービスを届けられていない
・限られたリソースのため、活動のスピードが限られてしまう
・現状の改善に終始してしまい、根本的革新に至っていない

このように、誇りに思い大切にしていることと、申し訳なく思っていることを正直に共有することで、普段はなかなか関わることのない異なるセクターのことを深く理解することができ、立場は異なっても、多くの人が「より良い社会と教育」をつくるために、日々活動していることが明らかになりました。

 

●ストーリーテリング

次に、各ステークホルダーから一人代表を選出し、プラウド&ソーリーでは語りきれなかった思いや考えを深堀りしていきました。
21世紀スキルといったこれからの時代に必要となる力を子どもたちに届けたいと思っても、今の構造ではすぐに届けることが難しいため常に歯がゆさが伴うとお話しされた方もいらっしゃいました。また、「生きる力」を育むことの大切さを理解している一方で、受験制度の枠内で仕事をしていることにジレンマを感じているという声もあがりました。
様々な教育プログラムが存在する今、教育の機会が増えすぎて、どのような基準で何を選択すべきか悩んでしまうという保護者の方もいらっしゃいました。
また、近頃、学校や指導の仕方、先生のマインドなどの変化を感じるといった声もありました。より良い教育を子どもたちに届けるために、積極的に新しい考えや手法を取り入れている学校や先生も増えていることも事実です。
日本の教育をより良いものにしたいという願いをもったメンバーの喜びや焦りなど、よりリアルな意見を伺うことができました。

 

●教室内スタディツアー

ストーリーテリングでより深く思いを共有した後、教室内での疑似スタディツアーを実施しました。ここでは、ステークホルダーごとのテーブルを用意し、一人代表になってもらいます。その代表以外の人は、自分が興味のある他のステークホルダーのテーブルに移動し、質問したいことを聞き、対話します。
学校と一般企業との連携について対話しているグループでは、企業側のニーズが学校教育に与える影響や、インターン制度やCSR活動について話していました。また、入社後にすぐに辞めてしまう社会人について、なぜそのような現象が起きるのかも話し合いました。
保護者のグループでは、保護者の学校への期待や、地域や家庭との連携、PTA活動について深掘りしていました。モンスターペアレントと呼ばれるのではなく、どのようにすれば学校や地域と上手に連携していくことができるのかに興味のある保護者の方が多かったです。

 

●システムシンキング

これまで、様々な観点から教育の今を探っていきました。ここからは、「現状の日本の教育について深く掘り下げたい問題だと思うこと」について、その問題がなぜ起きているのかを探るためにシステムシンキングを行いました。
一人ずつ、自分が関心のある問題を紙に書き出し、自分の関心と近い人でグループになりました。
問題だと思うことを深堀りして理解し、関連する事柄を洗い出して、つながりをシステム図で表していきます。テーマとなった問題である「教育システムと社会システムのギャップ」や「社会に出たときに必要な力を教育する仕組みがない」では、社会に出たときに求められる力がなぜ学校教育で培われないのか、どうしたら培うことができるようになるのかを追究しました。
時代の変化に対応するためのニーズの多様化がある一方で、変化への恐れや過度の負担などが要素として出てきました。また、多くのニーズが学校や教員に対する圧力となっていることもわかりました。

 

今回このようなワークショップを開催し、日本の教育の現状に何が起こっているのか、どこにアプローチすればより良い教育と社会を実現できるのかをマルチステークホルダーで考えることができました。
引き続き、未来教育会議では未来の社会、未来の人、未来の教育のあり方を、多様なマルチステークホルダーで共に考え、共に豊かな現実を創造していく活動を続けてまいります。

未来教育会議:http://miraikk.jp/


未来教育会議 教育シンポジウム「オランダ先端事例に学ぶ 未来の社会と教育の在り方」~未来教育会議設立の背景とビジョン~

文部科学教育通信 No.341 2014-6-9に掲載された教育と学習のイノベーションを探す(1)をご紹介します。

2013年6月に「未来教育会議」という、未来の社会、未来の人、未来の教育のあり方を多様なマルチステークホルダーで考え、一緒に豊かな現実を創造していくためのプロジェクトを、株式会社博報堂をはじめとする企業の方々と共に立ち上げ、2014316日にキックオフシンポジウムを実施し、250 名を超える皆さまにご参加いただきました。
同年4月15日には、政策分析ネットワークとの共催で、教育シンポジウム「オランダ先端事例に学ぶ 未来の社会と教育の在り方」~未来教育会議設立の背景とビジョン~ を開催し、200名以上の参加者が集いました。このシンポジウムでは、2月に未来教育会議実行委員会で訪問したオランダのピースフルスクールやスティーブジョブズスクールでの気付きや学びを共有し、参加者と日本の社会や教育の在り方を考えました。

今回はこの教育シンポジウムについてご紹介いたします。


●未来教育会議のビジョン

シンポジウムでは、オランダの教育視察報告に先立ち、未来教育会議設立の背景とビジョンについてお話しました。
未来教育会議が目指しているものは、大きく二つあります。
ひとつは、教育に携わっている様々な立場の人や活動を繋ぐプラットフォームとなることです。2008年以降、世界では教育改革が猛スピードで進んでおり、日本でも教育現場の方々だけでなく、様々な立場の方が教育に関わるようになりました。そのため、同じようなことを目指した異なる団体の活動やサービスが増え、それぞれが日々より良い結果につながるように活動を続けています。こうした現状を一歩進め、教育システム全体を大きく進化させるために、それぞれの活動や団体を繋ぐ必要があると考えています。
もうひとつは、マルチステークホルダーで共有ビジョンをつくり、そのビジョンに向かってそれぞれが活動を続けることができるようにすることです。ビジョンがあるというのは、未来の社会、未来の人、そして未来の教育の三点で語れるということです。これら三点は密に関係しているため、どれか一点だけから未来のあるべき姿を考えたとしても、一貫性を保てず、大きな変化を生むことはできません。三点のつながりを意識して共有ビジョンを打ち出すことで、新しい教育のシステムが創出されていくと考えています。

●今、日本の教育システムに何が起きているのか

未来教育会議設立の背景には、このような気付きがありました。
教育関係者、保護者、行政の方々、企業人。どなたとお話ししても、日本の教育に危機感を覚えていると感じたのが2011年のことでした。そこでわかったのは、教育に関わる全ての人は子どもたちの幸せや子どもたちにより良い教育を届けたいと願っているにもかかわらず、現実の教育は破壊的な方向に向かっているということでした。目指す社会のイメージやビジョンがバラバラであるため、対処療法での問題解決に終始し、結果的に教育現場や子どもたちに負荷が増え、システムが複雑化していることもわかりました。教育をより良くしたい、子どもたちに幸せになって欲しいと願い、良かれと思ってしていることが、先生にとっては過剰な要求となり、子どもたちからは主体性を奪う結果になっているのです。
日本の教育は教育に関わる人々が作り上げていると思っていましたが、必ずしもそうではなく、メディア、保護者、社会の声に応える形で教育は変容しています。教育は社会が作っているのです。直接に子どもたちと関わる機会のない人でも、一人ひとりにできることはありますし、やってはいけないこともある、ということに気付いたのです。そのため、社会を構築しているマルチステークホルダーと共に未来の社会と教育の在り方について考え、教育をシステムとして捉えないといけないと思い、未来教育会議を立ち上げることになりました。立ち上げて間もないプロジェクトではありますが、今後も日本の未来をより良いものにするために活動を続けてまいります。

 ●オランダの先端事例に学ぶ未来の社会と教育のあり方

オランダの教育視察報告では、次の2点を中心に具体的な事例を挙げながらお話しました。ひとつは教育に関わる社会システム、もうひとつは教育の具体的な方法論です。
まず、オランダの教育の基盤となっている「教育の自由」について説明しました。オランダでは1917年に憲法で「思想の自由、設立の自由、方法論の自由」が保障され、1970年頃から教育に対して様々な方法論を担保しようといった動きが出てきました。学習指導要領はありますが、それを逸脱しない範囲で、学校がどのような教育を行うかを決定して良いことになっているのです。
また、オランダでは学校をサポートする民間機関が多く存在していることも社会システムの特徴といえます。今日、日本の教育市場は約23兆円となっており、学校運営、補助学習(学習塾など)、教材・学校支援といった市場があります。日本、アメリカ、ヨーロッパを比較すると、日本は補助学習の市場が大半を占めています。アメリカは職能訓練や学校の運営を民間が担っているケースが多く見られます。ヨーロッパは、学校支援のマーケットに集中しています。今回オランダの学校を視察し、学校というコミュニティにおいて子どもたちは学習し、心を育み、様々なチャレンジをしていることがわかりました。日本では、勉強を学校だけでなく学習塾に頼っているケースが多いですが、オランダでは学校の時間に勉強を行っているケースがほとんどで、限られた予算をどのように使うのが一番良いかを考えているのです。
教育の具体的な方法論では、学校と地域でシチズンシップ教育を実施しているピースフルスクールと、授業を全てタブレットで行っているスティーブジョブズスクールについてお話しました。
スティーブジョブズスクールは、ITテクノロジーで発達段階の個別教育を高度にサポートしていることが特徴です。習熟度別に学習を進めるため、子ども毎に時間割を決め、異学年が同じ空間で学習しています。どの子どもも時間を持て余すことなく、自分にあったレベルの勉強に熱心に取り組んでいるのです。子どもたちはバーチャルなものとフィジカルなものから学んでいることが印象的でした。
ピースフルスクールは、建設的に議論して意思決定する習慣を学ぶことと、コンフリクト(対立)を子ども自身で解決することを軸にした教育プログラムで、民主的な社会の担い手であり、平和な社会を構築する力をもつ人を育てます。「自分で考える」「異なる意見を持つ者同士で対話する」「決定にコミットする」という教育において大切な三点を、学校や地域で学んでいるのです。自分の意見を相手に伝え、相手の話をしっかりと聞き、感情を理解し、合意形成している姿を見て、これらは日本の子どもにとっても必要な力だと感じました。
未来教育会議は、日本の教育が欧米の教育に比べて劣っていることを指摘したいわけではありません。日本の教育をより良いものにするため、世界の事例から学ぶ必要があることを伝えたいと考えているのです。

オランダ教育視察(5) 全ての人が幸せに生きる アムステルダム市の取り組み

文部科学教育通信 No.339 2014-5-12に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る(48)をご紹介します。

20142月中旬、先進的な教育の取り組みを視察するためにオランダを訪問しました。

5回にわたりオランダでの気付きと学びをお伝えしたいと思います。

教育の自由が保証されているオランダは、日本とは異なる教育システムを導入しています。

オランダ教育視察シリーズ第5回目である今回は、全ての人が幸せに生きるために様々な活動を行っているアムステルダム市の取り組みについて紹介いたします。

 

●オランダの教育システム

日本では、満6歳の誕生日以後における最初の41日から6年間を小学校、小学校等修了から15歳に達した日以後の最初の331日までを中学校等に就学させる義務教育が定められています。4月生まれの子どもも、早生まれと呼ばれる翌年の3月生まれの子どもも、同じタイミングで入学するなど、子どもの発達に合わせた入学の制度は取っていないと言えます。
オランダにも義務教育があり、5歳から18歳の間は義務教育を受けます。4歳のお誕生日を迎えると学校に入学して良いという案内が届き、5歳のお誕生日までに入学します。このように、どのタイミングで小学校に入学するのかを、子どもの発達にあわせて決めることができるのです。
4歳は義務教育の期間には含まれませんが、多くの子どもは4歳の誕生日を迎えると基礎学校と呼ばれる学校に入学します。また、アムステルダム市では4歳から初等教育への入学を認める新しい教育政策が施行されています。
オランダでは4歳から12歳までの期間を初等教育と呼びます。保護者は自分の子どもをどの学校に通わせるかを決めることができます。子どもたちは、初等教育の最終学年である小学6年生の時に、CITOテストと呼ばれる全国共通学力試験を受けて今後の進路を考えます。このように、日本と比較して早期のタイミングで進路が分かれていくことになります。
初等教育終了後、12歳から16もしくは18歳までの期間を中等教育と呼びます。中等教育は進路別に分かれていて、大きく3種類の進学先があります。
大学進学の準備を行う6年制のVWO(大学進学中等教育)と、5年制のHAVO(上級一般中等教育)、4年制のVMBO(職業訓練中等教育)があります。
進学の割合としては、VWOHAVOに進学する子どもが40%、VMBOに進学する子どもが60%となっています。
落ちこぼれてしまった子どもは、教育のやり直しをするか、職業訓練の道を選ぶことができますが、いずれも23歳になるまでに義務教育を終えることが求められています。
中等教育終了後は、VWOに通う子どもはWO(大学教育)に進学します。HAVOに通う子どもはHBO(上級職業教育)、VMBOに通う子どもはMBO(中等職業教育)に進みます。今までは4年間のVMBO終了後に進むMBOは必須ではなかったところ、近日MBOのレベル2までは義務教育に組み込まれました。ゆえに、子どもたちはいずれの学校に進学しても5歳から18歳の間は義務教育を受けることになります。
また、例えばHAVOからVWOに進みたいと思った場合、途中で進路を変更することもできるので、中等教育のタイミングで全てが決まってしまうわけではありません。
進学のタイミングもあくまでも目安であるため、子ども一人ひとりの発達段階に応じた進学が可能となります。それを当然とするマインドを皆が持てていることが大切であると思います。

 

全ての人が幸せに生きるためのセーフティネット

移民が多いオランダでは、オランダ語を理解できる人とそうではない人とが共存しています。学校では基本的にオランダ語で授業が行われるため、初等教育が始まる段階でオランダ語をある程度理解できていないと、授業についていけなくなる子どもが出てきてしまいます。
そのため、アムステルダム市では、教育面や言語面で恵まれない2歳から6歳までの子どもに対する早期幼児教育を行っています。近年、アムステルダム市内に住む2歳半以上の子どもを対象に、プレスクールを開始するようになりました。プレスクールは、言語面で不利な状況にある移民の子どもたちなどを対象にした入学準備のための機関として機能しています。言語の壁を早期に取り除くことで、授業についていけずに落ちこぼれたり、周囲とコミュニケーションがうまく取れずによい関係を築けなくなったり、自己肯定感が低くなる子どもを少なくすることが狙いです。
初等教育においても「Ready to Start」と呼ばれる言語面に不利な点がある子どもを対象にしたプログラムが行われています。このプログラムは言語学習に特化していて、6歳から9歳の間は学校教育内での言語学習機会をつくり、10歳から11歳の子どもは学校外や休暇中にも学習を続けられるようサポートします。初等教育から中等教育に移行する期間である12歳から13歳の間も言語学習プログラムを受けることができます。
このプログラムで子どもたちを指導する教師のための研修プログラムも存在します。教師は、効果的な言語教育を行うための研修や、保護者との連携をはかるためのコミュニケーションスキル向上の研修を受けます。
また、アムステルダム市が運営している言語学習のためのウェブサイトがあり、家庭で保護者と子どもが一緒に学習することもできるようになっています。学校でカバーできない部分は市が担うといった役割分担がうまくできていることも特徴であるといえます。
アムステルダム市にあるアムステルダム公共図書館内にも、言語学習のためのコーナーがあり、家で学習することが困難な人たちも言語学習を続けることができます。オランダ語が不得意な大人も学べる機会が保障されているのです。
このように、言語の壁を取り除くためのプログラムが複数存在しているのは、全ての人が幸せに生きることを大切にしているからであると思います。たまたま言語が理解でき、家庭が機能していて、教育の機会に恵まれた人だけが幸せになるのではなく、困難な状況に置かれている人たちも共に幸せになっていくことが大事だとされているアムステルダム市から見習うことがたくさんあるのではないでしょうか。

 

保護者との関わりを強めるための取り組み

子どもの教育を学校だけに任せるのではなく、学校が担うことの難しい部分を市が担当するといった役割分担がうまく機能していることも特徴の一つであるといえます。
アムステルダム市は、子どもの成績に影響を与える要素として、クラスサイズが8%、教師の質が43%、家庭環境が49%であると分析しています。
そのため、子どもが初等教育に通っている家庭に対して、「Active parents」と呼ばれる保護者との関わりを促すプログラムを行っています。
子どもが結果を出すためには、家庭での保護者の関心とアドバイスが大切であるとの前提のもと、学校・家庭・地域といったコミュニティが一体となって関わる必要があると考えています。
具体的には、教育上のパートナーシップを築きあげるために、保護者への情報提供を行い、密にコミュニケーションをとっています。
子どもだけでなく、その保護者や家庭にまで視野を広げてサポートすることを、学校と市が共に担っていくシステムが機能していることは、オランダの強みであるといえます。
子どもから大人まで全ての人が幸せに生きることを目標として、各部分が連携していくことは、日本にとっても必要であると思います。

オランダ教育視察(4) 新しい時代への教育 スティーブジョブズスクールの挑戦

文部科学教育通信 No.338 2014-4-28に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る(47)をご紹介します。

 

20142月中旬、先進的な教育の取り組みを視察するためにオランダを訪問しました。
5回にわたりオランダでの気付きと学びをお伝えしたいと思います。

初等教育の自由度が高いオランダで、20139月に”スティーブジョブズスクール”と呼ばれる学校が7校開校しました。この学校では、授業は全てi-Padで行い、子どもたちはそれぞれの理解レベルに合わせて勉強を進めています。

オランダ教育視察シリーズ第4回目である今回は、新しい時代の教育に挑戦する”スティーブジョブズスクール”についてご紹介いたします。

  

●合言葉はEducation for a new era!

2013年9月、”スティーブジョブズスクール”と呼ばれる学校が誕生しました。アップル社の共同創設者にちなんで名づけられていますが、運営母体はO4NTというオランダの非営利団体です。オランダではこのように、リスペクトしている対象の名前を学校につけることがあります。
この学校での授業は全てi-Padで行われています。子どもたちは、教科ごとに自分の理解レベルに合ったレッスンを選択し、勉強しています。i-Padはツールであり、端末を使用する目的はその子どもにあった学習を継続することです。様々なアプリを利用することで、子どもごとのマルチプルインテリジェンスにあった学びを提供することが可能となっています。
この学校では、それぞれの子どもが教科ごとに異なるレベルのレッスンを受けているため、学年分けやクラスルーム形式での一斉授業はなく、異学年で学習を行っています。すでにその単元の学習を完了している子どもが、理解に躓いている子どもに勉強を教えるといった、学び合い、教え合いが自然と生まれています。
学校は午前7時半から午後6時半まで開いており、午前10時半から午後3時までのコアタイムを守れば、いつ登下校しても良いという制度をとっています。
カリキュラムはオランダの文部科学省が定めた58の学習目標に基づいて定められていますが、子どもたちは教師の助言を受けながら、取り組む学習目標を自ら選び、自分のペースで課題をこなしています。そのため、小学生のうちからプランニングする力を身につけることもできます。選択する権利と責任があることも学べるのです。
また、この制度を導入しているため、一斉授業で頻繁に起こる既に理解している内容のレッスンを再度受けなければならないとか、理解できないままに授業を受けるといった、子どもたちの学習意欲を下げることにつながる状況が生じません。全ての時間が子どもたちにとって学びにつながる時間として使われていることが大きな特徴です。
この学校には子どもたちの進捗を把握するシステムがあるため、教師はいつでも手元の端末から、誰がどの授業を受けているのか、問題を何問解いたのか、正解した問題と間違った問題は何か、どれぐらいの時間をかけているのかを確認することができ、それをもとに子どもたちに助言やサポートを提供しています。また、データで進捗を管理できるため、保護者との面談でもより具体的な話をすることが可能になっています。

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子どもの声を受けとめ、学校の改善に取り組む先生の姿

今回私が訪問したのは、新設の学校ではなく、従来の教育が行われていた学校にこの制度を導入したスティーブジョブズスクールでした。
なぜこの制度を導入したのか、学校の先生に質問したところ、以下の回答がありました。
学校の子どもから、「先生は僕のできないところには目を向けるけれど、できるところは見てくれない」と言われたことがあります。その時、子どもたちのペースを大切にできていないこと、一人ひとりの成長を見逃していることに気が付きました。また、私たちが教えていることは過去のものであって、これから彼らが社会に出る上で必要となってくる未来のものではないことにも気が付きました。21世紀を幸せに生きる力を学校全体で教えられていないという事実を目の当たりにしたのです。そのような状況を改善するため、それぞれの子どもに合った進度で学習を進め、できるようになったところをしっかりと認め、褒めることができる環境をつくるスティーブジョブズスクールの制度を採用することを決めました。
この先生のお話を伺い、既存の体制を批判的にとらえ、子どもたちにとってより良いプログラムや制度を躊躇せずに取り入れることの大切さを実感しました。新しいことを始めようとすると、校内や保護者からの反対にあうこともあります。しかし、本当に子どもたちにとって何が必要なのかを突き詰めて考えていくと、その時に取るべき選択肢が見えてくるのだと思いました。そして、その考えや思いをきちんと伝え、お互いに理解することで、学校のフィロソフィーや文化に同意できるようになります。
また、スティーブジョブズスクールでは個別学習をベースに授業を行っているものの、教育は知識を高めるだけでなく、人とのコミュニケーションから学ぶものが多いという考えのもと、バーチャルな方法とフィジカルな方法とをバランスよく取り入れることも大切にされていることがわかりました。一斉授業はありませんが、25人の異学年からなるホームルームはあり、コーチと呼ばれる担任もいます。体育や音楽、芸術のレッスンを選択することもでき、異学年で協働しながら授業に取り組んでいます。全ての時間をi-Padと向き合って過ごしているわけではないのです。
子どもたちにとって何が必要なのか、どうすれば必要な学びを届けることができるのか。
この問いの答えを探し続けることが先生や保護者にとって重要であると再認識しました。

  

先生の在り方、学校と家庭との連携

私が訪問したスティーブジョブズスクールでは、コーチと呼ばれる先生とパートタイムの先生がいます。コーチは25人からなるホームルームの担任を担当していて、得意な科目の先生として子どもたちと関わります。一人の先生が全ての科目を担当することはなく、算数が得意な先生は算数のレッスンで躓いている子どもをサポートします。
パートタイムの先生は13人の子どもをサポートします。それ以上の人数を担当することはなく、13人をしっかりとサポートすることをミッションとして働いています。
このように、先生によって役割が異なり、先生が無理なく安心して働くことのできる環境を整備できていることも特徴です。
また、学校と家庭の連携にも力を入れています。先生と保護者が対話を重ねることで、保護者が学校のフィロソフィーや取り組みに賛同していることも連携のベースとなっています。6週間に一度、先生と保護者、子どもで、勉強の進捗を振り返り、これからの計画を考える機会があります。その場では、子どもごとの進捗を記録しているシステムを利用します。
発達段階における個別学習の機会を担保しながら、自ら計画を立て学習を進める力を身につけられるスティーブジョブズスクールの思想を学びました。日本の学校現場にも活かすことのできるポイントがたくさんあると思います。

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