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社会起業家ハシナの物語(後半)

2020.01.13 文部科学教育通信掲載

前回に引き続き、人権問題の解決に挑戦し続けるハシナ・カールビー氏の取り組みを紹介します。

ハシナの偉業

ハシナは、人身取引の犠牲者を救うために、インド、バングラデシュ、ミャンマー、ネパール4ヶ国の政府、警察、NGO165団体、弁護士25人とのパートナシップ「インパルスモデル」を構築し、現在、その活動をタイにも拡大する準備を進めています。22年間に4ヶ国の行方不明72442人を救出し、マザーテレサ賞をはじめとする人権分野の17の賞を受賞しています。

人身取引は、私たちにとって馴染みがない言葉ですが、世界では、4030万人が人身取引の犠牲となっていて、その半数がアジア地域に集中しているそうです。(出典:ILO国際労働機関)人身取引の市場規模は、数十兆円規模と推測されています。そのうち強制労働により生まれる利益は、約3兆4100億円と推定されています。(出典:国連人身売買根絶フォーラム)

2001年 Eメール作戦の成果と専門性

高校の奉仕活動を通して出会った貧しい女性たちの経済的支援をしていたハシナは、「行方不明のこども」が、「人身売買」の標的であることを知り、その救出活動に取り組みます。最初に思いついた方法は、カルカッタ会議で出会った100を超えるNGOの人々に、メガラヤ州の「行方不明の子どもたち」の情報をEメールで共有することです。その結果、3名の子どもたちを救済することに成功します。素晴らしい成果です。しかし、2001年当時は、次に何をすればよいのか、どうすれば、この問題を根本的に解決することができるのか、まったく見当がつかなかったと言います。そこで、ハシナたちは、インド各地で実施している人権分野のリーダーシップ、人身取引関連の訓練プログラムに参加し、知識を深めていきます。また、人権侵害に関する法律も学びました。

啓発活動

行方不明の子どもたちは、「人身取引」の標的となりうるという事実を、広く知ってもらうための啓発活動も行いました。しかし、州政府は、自域の子どもたちが人身取引の対象になることを恥じ、認めようとしません。そして、売春宿で働いているのは、バングラディシュからやってきた子どもたちだと根拠のない主張をします。この経験から、リアルタイムの正確な情報をいかに報告できるかがカギを握ることを学びます。

3つのP

活動を続ける中で、解決策に必要な具体的な3つの要素も見えてきました。3つのPです。一つ目は、Police 警察、2つ目は、Protection 保護、3つ目はPress メディアです。警察官と社会福祉関係者、ジャーナリストの3者がうまく機能すると、問題を解決することができる、そう確信しました。も一つ、問題を解決する上で欠かせないのは、チェンジメーカーを見つけることです。州政府で、人権問題に対応する人たちの中にも、ハシナたちの活動に共感し、問題を解決したいと強く願っているチェンジメーカーがいます。こうして、チェンジメーカーが連携し協力し、子どもたちを救出し、保護施設で見守るという仕組みが生まれました。この連携には、シェアードリーダーシップが欠かせないとハシナは言います。

リーダーたちが1つの目的に向かってそれぞれの立場で貢献するリーダーシップのあり方です。

2003年 4か国の警察官訓練プログラム

ハシナは、米国務省から助成金をもらい、2003年から警察官を対象とした訓練プログラムを開始します。インド政府と共に開発した訓練プログラムには、インド、ミャンマー、バングラディシュ、ネパールの警察官約3万人が参加しています。警察官は、現場から子どもたちを救出する重要な役割を担います。そのために、何に留意する必要があるのか、どのようなコミュニケーションが効果的なのか等、訓練を通して、子どもたちを救出ために必要な力を磨きます。こうした訓練を受けた警察官は、子どもたちを救うために、連携し協働する重要なパートナーです。

 2006アショカ・フェロー選出

冒頭にご紹介したアショカは、世界中の社会起業家を発掘し、特に優れた社会起業家を、アショカ・フェローに認定しており、ハシナも、その一人に選ばれました。この時、初めて、ハシナ自身は、自分が社会起業家であることを知ります。高校時代から、本能と直感に頼り進めて来た活動が評価されることは、とてもうれしいことです。また、アショカ・フェローに選ばれる審査の過程で、これまでの活動を徹底的に振り返ることができたのも、とてもよかったと言います。こうして、ハシナは、直感を頼るだけではなく、戦略と頭脳を使う社会起業家として歩み始めます。2006年には、フルブライトの奨学金を得て、ハワイ大学に半年間留学する機会もあり、彼女のリーダーシップは、さらに磨かれて行きます。

2013年 インパルスモデルの強化

2001年から始めたEメール作戦が少しづつ進化して出来上がった人身取引のデータベースは、連携して子どもを救済するインパルスモデルの心臓部です。活動をより広範囲に広げるためには、隣国とのデータ共有も必要となります。しかし、システムの容量は限界です。この危機的な状況を救ったのは、日本社会開発基金が主催する「最も革新的な開発プロジェクト」賞の受賞です。この資金を元手に、これまでに蓄積した人身取引の情報を精査し、管理の仕組みを改良することが可能になりました。インド工科大学に開発を依頼し完成した新しいシステムは、インド東北6州に加えて、バングラディシュ、ミャンマー、ネパールの情報を扱えます。国境近辺には人身取引業者が集まり易く、このシステムの導入により、4か国の警察官がリアルタイムに情報を共有し、子どもたちの救出に当たる強靭な協働体制が可能になりました。また、それまで、2~3か月かかっていた1人の救出活動が、このシステムの恩恵により、2日間で救出可能になったそうです。

ネズミ炭鉱の強制労働

調査の結果、メガラヤ州にある高さ1Mの炭鉱で、7万人の子どもたちが、硫黄の汚染された空気を吸いながら石炭を掘り出す作業を行っていることが明らかになりました。そこで、ハシナは、調査結果をプレスリリースとして、世界中に発信します。その結果、ニューヨーク・タイムズ、LAタイムズ、ABC、CNN、フランスや中東のメディアも、取材に訪れ、世界中に、メガラヤ州の炭鉱の実態が知れ渡りました。そして、2007年から2014年までに1200人の子どもを救出することができました。ところが、救出した数だけ、子どもたちが補充される状況が続きます。そこで、根本原因を断つしかないと考えたハシナは、炭鉱を運営するマフィアを相手に訴訟を起こしました。ハシナは、命を狙われる経験もしたそうです。ハシナの車が襲われ、ドライバーが亡くなるという事故にも遭いました。2014年には、炭鉱は完全閉鎖。ハシナたちの勝訴です。

2018年 ジャーナリスト訓練プログラム

ねずみ炭鉱の事例が示す通り、調査結果をメディアが公表すればするほど、世論が高まり、活動しやすくなり、救出結果も出せます。しかし、そのためには、報道が正確な調査とデータに基づくことが大前提です。そこで、人権取引に強いジャーナリストを増やすために、ジャーナリストの本格的な訓練を実施するアイディアを思いつきます。ここでも、シェアードリーダーシップが生かされます。プログラムリーダーは、元インドのCNNの熟練したレポーターです。参加者は、インド、バングラディシュ、ネパール、ミャンマーの越境人身取引に強い関心を持つ有能なジャーナリストです。

社会起業家ハシナの物語を楽しんで頂けましたでしょうか。

ハシナは次々とアイデアを思いつき実行に移します。ハシナの物語には終わりはありません。

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