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VUCA時代の学習する組織

2019.10.28 文部科学教育通信 掲載

経営者が学習する組織を学ぶ

学習する組織を、企業経営者の皆様に紹介する機会をいただくことになりました。学習する組織に魅了されて、20年の歳月が過ぎてしまいましたが、時代の変化を感じることができる出来事です。

2008年に、日本を学習する国にしたいと思い、「チーム・ダーウィン 学習する組織だけが生き残る」(英治出版)という本を書きました。本の出版から11年の時を経て、経営者の皆さんにも、学習する組織をご紹介することができることをとても嬉しく思います。

英語には、Nothing is free in this world(この世にただのものは一つもない)という言葉があります。努力しないで手に入るものはないことを説明する時にも、この言葉を使います。学習する組織を実現する際にも、この言葉が当てはまり、努力しないで学習する組織は手に入りません。おそらく、そこが、学習する組織が、これまでブームにならなかった原因ではないかと思います。

学習する組織は、起こりうる最良の未来を実現するために、誰もが、学び、変わることができる組織なのです。ただし、それは、誰もが、学び、変わることを意味しており、誰かが、学習する組織を届けてくれる訳ではありません。学習する組織を創るコンサルティングを行うにしても、外部の人間にできることは限られており、経営者をはじめとするすべての構成員が、学び、変わる必要があります。

VUCA時代に突入した

VUCA(不安定で変化が激しい、先が読めず不確実、複雑、曖昧)時代に突入した今日、変わらないことは、死を意味するという説明も、やっと説得力を増してきました。誰もが、変わろうという機運が高まっていることは、学習する組織を提唱する私にとっては、とても嬉しいことです。

もちろん、どんな時代にも、変わらないで欲しいことはあります。人の優しさや思いやり、自分を大事にする心、誰かのためになることを嬉しく思える心などは、いつまでも、変わらない方が良いです。しかし、多くの事柄は、過去を踏襲するのではなく、時代に合わせて変化することが求められる時代です。特に経営者にとっては、過去を踏襲する思考では、企業の存続が危うくなる時代でもあります。

変化する時代の中で、若者の雇用に対する考え方も変わり始めています。友人が、スタンフォード大学を訪れて、優秀な若者たちに、「あなたたちは、グーグルに就職するの?」と尋ねたところ、「あんなつまらない会社にはいかないよ」という返事が返ってきてびっくりしたという話をしてくれました。「それでは、どこで働くの?」という質問に、若者たちは、「僕たちは、プロジェクトベースでチャレンジングな仕事をするんだ。半年働いて、半年は休む。そんな働き方がいい」と語ったそうです。彼らには、グーグルが、退屈な大企業に見えるのですね。

日本でも、働き方改革の波は少しずつではありますが、大きくなってきています。若者の転職は、当たり前になりつつありますし、大企業ではなくベンチャー企業を選ぶ若者や、起業を選択する若者も増えています。企業で働く若者も、「市場価値」を意識し始めています。会社に人生を託す終身雇用に安住することができなくなってきていると感じているからでしょうか。だから、愛社精神がないかというと、そういう訳ではありません。誰もが、自分の仕事には誇りを持ちたいし、好きな製品やサービスを通して、世の中に貢献したいと思っています。

経営者は、新しい時代に即した、従業員と会社の関係を構築していく必要があります。お給料を払っていれば、どんな仕事を頼んでも良いという考え方では、これからの時代に、優秀な若者を魅了することはできないということを肝に銘じる必要があります。共働き夫婦が働き手の中心になると、辞令で転勤が確定するという働き方も、通用しなくなるでしょう。経営者には、たくさんのマインドの切り替えが求められます。

学習する組織では、このような変化に対応するために、5つの規律(メンタルモデル、システム思考、共有ビジョン、自己マスタリー、対話)が必要だと言います。その中の一つの規律がメンタルモデルを意識することです。メンタルモデルとは、我々のものの味方や判断軸のようなもので、通常は、過去の経験によって形成されます。

 

(これまでのメンタルモデル)

人事は会社が決めるもの

従業員は、人事の発令に従って、職務や職場を異動することが普通

従業員には、人事の発令に文句を言う権利はない

 

(VUCA時代のメンタルモデル)

キャリア選択は自分で決めるもの

職務や職場の異動は、会社都合だけではなく、個人の要望も反映されるのが普通

従業員は、自分のキャリア開発に責任を持つ

 

メンタルモデルの違いから理解する

メンタルモデルの違いを眺めることで、時代の変化を理解していくことが容易になります。

最近では、いつでも、どこでも働けるというリモートワークが流行り始めています。オリンピックの時期に向けて、都庁でも取り組みが進められているリモートワークですが、完全に市民権を手に入れているわけではありません。特に、過去のメンタルモデルを持ったまま、リモートワークを推進すると、「リモートワークをいかに管理するか」という思考になりやすいです。PCにカメラをつけて、データ入力のログを取り、管理するという発想もあります。

一方で、ユニリーバ社のように、朝5時から夜10時までの間、いつ、どこで働いても良いという制度も始まっています。ユニリーバ社は、この働き方を導入した結果、生産性が3割向上したと報告しています。そして、「自分の生産性は、自分で管理するのが一番である。なぜなら、自分の生産性がどのような状態で最も高まるのかを誰よりも知っているのは自分だから」と言います。

過去の前例を踏襲していたのでは、このような発想には行けないですね。

最近では、エンゲージメントという言葉も流行っています。ワーク・エンゲージメントとは、一言で言うと仕事の恋をしていること。その状態において、人は、活力と熱意を持ち、仕事に没頭することができると言います。最近では、エンゲージメントサーベイが流行っていて、経営者も、従業員のエンゲージメントを高めるために創意工夫を求められます。衛生面などの物理的環境を整備し給与を支払うことで、従業員満足を維持することができた時代もありましたが、今日は、精神的な満足度を高めることで、生産性を高め、人々の有能さを引き出すことができると考えられるようになりました。

経営者にとって大変な時代とも言えますが、学習する組織を作りやすい時代とも言えます。学習する組織は、すべての構成員に、主体性を発揮することを求めます。それが、会社の仕事であっても、自らの意思で、仕事に取り組む個人であることを要求します。「あなたは、なぜ、この仕事に取り組むのか」この問いに、自分の言葉で答えることができない集団には、学習する組織は作れないと言われています。

指示命令と管理で動く集団が、これまでの企業組織の常識でしたが、一人ひとりのワーク・エンゲージメントに意識を向ける組織は、一人ひとりの主体性を活かす組織になります。そうなると、学習する組織の規律の一つである自己マスタリー(自分が何者かを知っている、自分がなぜ、そのことに取り組むのかを知っている、自分が何を実現したいのかを知っている)を誰もが実践することになります。

日本が学習する国になる可能性は、日々高まっている。そんな時代がやってきました。

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