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社会企業家という生き方

2019.02.11 文部科学教育通信 掲載

2011年より日本でも活動している米国に本拠をおくアショカという団体の活動を支援しています。アショカは、1980年に、ビル・ドレイトン氏により設立されました。

ビル・ドレイトン氏は、マッキンゼーのコンサルタントとして長く活躍する中で、ビジネスの世界に存在する起業家のマインドや手法と、社会問題を解決する活動が融合することで、社会問題の解決に取り組む人々の成果が大きく飛躍するのではないかという仮説をもちます。そして社会起業家という言葉を生み出しました。今日、アショカは、世界80カ国に、3500人を超える社会起業家のネットワークを構築し、その活動を支援しています。

デイビッド・グリーンの招聘

アショカジャパンでは、昨年7月に続き、今年1月に、アショカフェローに選出された社会起業家デイビッド・グリーン氏を招聘し、2日間のワークショップを行いました。デイビッド・グリーンは、貧しい人たちにも良質な医療が届く世界を実現するために、医療関係者を巻き込み活動しています。彼が、最初に取り組んだのは、白内障の手術をインドの貧しい人たちに届ける取り組みでした。

 活動の起源

デイビッドは、困難を抱える人々を支援する非政府団体でキャリアをスタートさせます。そこで、寄付を集めて、その資金で白内障の手術を支援する活動に取り組みます。最初の支援では、予算が十分でないために、手術に使用するレンズが悪質で、手術にも課題があり、支援したにも関わらず、患者さんの目を傷つけてしまうこともありました。そこで、潤沢な資金を集め、良質な手術に従事します。ところが、この取り組みも、資金がなくなると続けることができません。資金がなくなり良質な医療を届ける活動を継続することが困難になりました。そして多くの人々から、この取り組み自体が批判を浴びる結果となってしまいました。この経験により、貧しい人々に良質の医療を届けることをあきらめてしまいます。この時、デイビッドは、周囲の人々とは、間逆のことを考えていました。周囲の人は、貧しい人たちに、良質な医療を届けようと考えたこと自体が間違っていたと考え、デイビッドは、どうずれば、貧しい人たちにも、先進国の人々が得ている医療と同質の医療を届けられるのかと考えたのです。こうして、デイビッドの活動の基礎が固まっていきます。当然、この時点で、デイビッドは解決策を持っていません。しかし、問いは明確です。「どうすれば、貧しい人たちにも、先進国並みの良質な医療を届け続けることができるのか」

 

答えを探す旅

デイビッドは、問いと共に、医療の世界を探求し始めます。その中でも、特にコスト構造に注目しました。貧しい人々に良質な医療を届けるためには、コストを削減する必要があるからです。こうして、彼は、レンズの価格と原価には大きな開きがあることを発見します。そして、付加価値を生まない流通などのコストを限りなく削減することができれば、レンズの価格を大幅に下げることができることを突き止めます。ビジネスの世界でいうバリューチェーンに注目し、その構造的な課題を突き止めていきます。また、病院のコストの中心が、医師の報酬であることにも注目します。一人の医師が大量の患者さんの手術を行うことができれば、一回の手術のコストを削減することができます。そこで、医師には手術の重要なパートのみを担ってもらい、それ以外の事柄はすべて補佐役が担うという手術のプロセスを開発します。さらに、病院には、富裕層と一般向けの有料サービスと、お金を払うことができない人々への無償サービスを組み合わせた価格体系を提案します。その結果、インドのアラヴィンド病院は、世界でも最も多くの白内障の手術を行う病院になりました。無償で手術を行っているにもかかわらず、この病院は、33%の利益を実現しています。デイビッドは、こうして、貧しい人々を対象にした持続可能な医療を提供する事業モデルの確立に成功しました。

デイビッドが開発した医療事業モデルは、今日世界中に広がり始めています。そのために、デイビッドは、アイ・ファンドという資金調達手法や、医師向けのトレーニング手法を確立し、その展開を支援しています。また、義足や聴覚障害をはじめとする医療領域に、同様のモデルを当てはめ、事業化を進めています。

 

資本主義の未来

現在、多くの企業が参画し、その取り組みが活発化している国連の持続可能開発目標SDGsも、地球のすべての人々を包摂するという理念に基づく活動です。26人が世界の富の半分を所有する今日のグローバル経済の仕組みの中で、貧しいことによって、苦しい生活をしている多くの人々がいることは、日本にいると想像しにくいように思います。我々もデイビッドのお話を通して、世界の課題に少しだけ触れることができました。

アラヴィンド病院を、年間22万人の手術を行う世界最大の眼科病院に育てあげ、そのモデルを世界に広げることにも成功しているデイビッドは、現状に満足などしておらず、次の打ち手を懸命に探求しています。デイビッドは、人口が爆発的に増えている途上国において、やがて深刻化する高齢化の問題にも意識を向けています。高齢化問題が深刻化する前に、貧しい人々も、医療にアクセスできる仕組みを確立する必要があると言います。課題がそこにある限り、デイビッドが、現状に満足する日はこないのでしょう。ワークショップの参加者からは、「なぜそこまで頑張れるのか。いつになったら満足できるのか。どこまでいくつもりなのか」等の質問が出ました。

デイビッドは、資本主義の新たな形についても言及しました。我々に必要なのは、共感資本主義なのではないかと彼は言います。利益を最大化することを至上命題としてきた資本主義の世界からは、アラヴィンド眼科病院の事業モデルは生まれなかったでしょう。しかし、一方で、デイビッドが業界に参入したことで、手術の数が爆発的に増え、レンズの販売数も急成長しました。世界の全人口を医療の世界に招き入れることに成功すれば、市場は拡大していきます。ビジネスチャンスといえます。

従来のビジネスモデルの枠組みで、物事を捉えていては、寄付モデルしか成立しない医療の世界に、デイビッドは、新たなモデルを提示し、持続可能な儲かる仕組みが創れることを証明しました。多くのビジネスパーソンが、デイビッドの活動に触発され、様々な領域で、多くの人々の幸せのために事業活動に取り組んでくれることを期待したいと思います。

 

アショカジャパン

誰もが、そんなことができるはずなないと、思考停止してしまう課題に真摯に向き合い、次々と課題を乗り越えていくデイビッドの生き方を通して、ファシリテーターとしてワークショップに参加した私も、多くのことを学びました。デイビッドを招聘してくれたアショカジャパンにも感謝しています。

アショカは、誰もがチェンジメーカーになる時代を予測し、そのために最も大切なのが、エンパシー(共感力)であると言います。また、今後ますます、社会問題の解決が、ビジネスにおいても活動の中心になっていくことを予測しています。営利企業が営利を追求し、そこで得た儲けの一部をフィランソロピーにまわすという考え方は、もう古いと言います。時代が求める企業の活動目的は、営利の追求と共に、持続可能な社会を維持することであり、営利、非営利の区別は今後消滅していくであろうというのです。これは、日本に昔からある三方よしの考え方にも通じています。

持続可能な社会を実現するために、チャレンジしている人たちを今後も、微力ながら支援して行きたいと思います。

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