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最高のアクティブラーニング

2019.02.25 文部科学教育通信 掲載

大人の教育事業に従事する中で、世界の教育プログラムに多くのことを学んで来ました。そこで、今回は、財務会計を教えるインカム・アウトカムという教育プログラムについてご紹介したいと思います。

 

アクティブラーニングのゴール

インカム・アウトカムとの出合いは、私の教育観を変えました。このプログラムを通して、「大人も楽しく、そして深く学ぶことができる」というアクティブラーニングの魅力を実感することができました。

財務会計の研修に参加した経験を持つ多くの人は、研修に楽しい思い出を持っておらず、また、財務会計自体におもしろさを感じる人は、とても少ないというのが現実です。一般的には、財務会計の研修に参加した結果、苦手意識を持つ人が多いです。しかし、インカム・アウトカムに参加する人たちは、財務会計を、楽しく学び、もっと学びたいという意欲も高まります。財務会計に対する苦手意識よりも、好奇心を持つ人が圧倒的に多いです。

今日、日本の学校教育でも、アクティブラーニングが始まっています。グループで話し合ったり、探求したりする授業は、生徒の思考を活性化し、相互学習が促進されます。アクティブラーニングの究極のゴールは、もっと学びたいという探究心が高まることではないでしょうか。インカム・アウトカムを通して、そのヒントを提供できればと思います。

 

学びの最近接領域

ヴィツコギーが提唱した学びの最近接領域は、学びを設計する上でとても大事な概念です。

難易度が高すぎても、やさしすぎても学ぶ意欲が下がるというのは、大人も子どもと同じです。

インカム・アウトカムは、とてもシンプルな導入に始まり、だんだん、複雑になるよう設計されています。シンプルなまま続けても、途中で飽きてしまいますが、次々と新しい課題が登場し、飽きる暇がありません。最初に学ぶのは、貸借対照表ですが、むずかしい用語は最低限です。貸借対照表には、「もっている資産」と、「誰が資金を出したのか」の2つのことが書いてあることを学びます。少し時間が経過すると、資産には、流動資産と固定資産がある等、財務用語が登場しますが、誰もが悩むことなく自然に財務用語を理解していきます。

難易度の設定は、楽しく学ぶプログラム開発において、もっとも重要でむずかしいことのように思います。テーマから心が離れない状況を設計できると、最高の学び体験を提供することができます。

本質が土台にある

先ほど、貸借対照表を、「もっている資産」と「誰が資金を出したのか」の2つの要素で説明するという事例を紹介しました。このようにシンプルにすることができるのは、本質が土台にあるからです。シンプルにすることで、本質を見えなくしては意味がありません。根底には、財務会計の理論があり、その理論には忠実に、しかし、シンプルに設計することが大切です。実際、このプログラム参加者は、研修終了後に、企業の財務会計報告書を読み、理解することができるようになります。会計士レベルでの用語の理解はできませんが、財務諸表の骨格を学ぶことにより、損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書の3つの財務諸表を理解することができます。

専門家は知りすぎていて、どこまで何を教えることが本質を教えることなのかを、区分することが苦手です。その結果、学び手は、研修を通して学ぶことをあきらめてしまうというのが、もっともかなしい結果です。専門家も、教える立場になるのであれば、知識の伝達ではなく、本質を伝える工夫が必要です。本質を見極め、枝葉末節をそぎ落とす勇気を持つ必要があるかもしれません。すべてを理解してもらうことが不可能な時、何を教えるのかを見定める必要があります。

マルチプルインテリジェンスに対応している

ハワード・ガードナーの提唱するマルチプルインテリジェンスは、IQ(言語、論理・数学)以外にも、人のインテリジェンスが存在すると述べています。体を動かすことや、人と対話すること、内省すること、空間を捉えることなども、インテリジェンスに含まれます。アクティブラーニングの魅力は、机上での学習スタイルに縛られず、多様なインテリジェンスを活用することができることです。

インカム・アウトカムでは、財務諸表がボード上に表現されるために、視覚的にも、わかりやすく、空間を視覚的に捉えることが得意なインテリジェンスに対しても、有効なプログラムです。通常、財務会計の研修では、会計資料に目を通し、それを理解、分析するのですが、このプログラムでは、ボード上に、財務の結果を表し、その姿の変化を追いかけながら、財務状況を理解することになります。たとえば、負債には、赤いチップを活用し、赤いチップが山積みになると、返済が迫るという感覚を視覚的にも実感することができます。紙面でゼロの数がひとつ増えても、負債が増えた危機感はあまり高まりませんが、赤いチップを使うと、誰もが現状を理解し、なんとかしなければと考えるようになります。

 

 

 

 

 

 

チームで戦う

通常、インカム・アウトカムは、4人のチーム編成で行い、6チームが、経営成績を争います。財務会計を学ぶという目的と同時に、ゲームに勝つという目的が加わります。そのために、メンバーは、話し合い、経営判断を行います。経営判断には、様々な要素が含まれるため、一人で判断を行うことは困難です。チームの相互学習の質が、チームの成果を決定付けることになります。

会社経営を行うので、営業、製造、開発、人事、財務等幅広い視点が求められるため、多様性のあるチームの方がパワフルです。一方、多様性があっても、誰かがワンマンで進めてしまうと、集合知を生かすことができず、チームは退廃してしまいます。

チームで議論を戦わせ、相互学習を通して、成長していくチームが、多くの場合、もっともよい成績を上げることも、大変興味深いです。

全員が同じ情報を共有するための工夫

全員で考えを深めるために、様々なツールが用意されています。予算の作成や、キャッシュフロー予測、借入適正の計算等、全員で使用できるツールを用意しておくことで、ディスカッションの質と生産性があがります。

みんなで一緒に考えるためには、自分の考えを可視化する必要があり、そのためには、共通のフォーマットがあることが助けになります。自分の考えを共有するフォーマットがない時には、自分の考えをチームメンバーに共有できるように、白板を用意しています。このような環境整備も、アクティブラーニングを促進する上で、重要なポイントです。

さいごに

インカム・アウトカムを通して、学び手を理解し、彼らの立場に立ち、プログラムを設計することの重要性を学びました。教える側の論理ではなく、学び手の論理に従って、楽しく学ぶプログラムの設計にこれからも取り組みます。

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