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「未来の教室」実証事業を終えて

2019.03.11 文部科学教育通信掲載

クマヒラセキュリティ財団は、経済産業省の未来の教室実証事業を通して、おそらく、日本で初めてであろう幼児向け「システム思考」教育に挑戦しました。

 

背景と狙い

世界93カ国3500人のチェンジ・メイカーのネットワークを構築している非営利団体アショカは、システミック・チェンジ(課題の根本原因を特定し、抜本的な課題解決を行うこと)を起こす人々を発掘し、その取り組みを広く世界に紹介しています。そこで、未来の教室実証事業が目指すチェンジ・メイカーの育成において、「システム思考」が必須だと考えました。

学習する組織論の提唱者ピーター・センゲ氏は、「人間はみんな生まれつきシステム思考家としての素養を持っている(People are all innate systems thinkers.)」と主張していますが、残念ながら日本国内においては「システム思考」教育が教育現場では行われておらず、その素養が育まれる環境がありません。またはその芽が摘まれている状況ですらあることを課題と捉えました。

「未来の教室」と EdTech 研究会第1次提言では、「幼児が小さな興味や意志の芽が出た時に「もっと!」という気が芽生える仕掛け、さらに『今の生活の、身近な課題』の解決に向けて、個と集団を活かした行動を通じて、その変化を体感できるプログラムを、全国の保育所でも幼稚園でも認定こども園でも一般的に行うべき」とあります。そこで、チェンジ・メイカーの資質を育むために「システム思考」教育こそ、経済産業省事業で就学前から行うべきであると考えて、本事業に挑戦することにしました。国外の先行事例を参考にし、世界の「システム思考」教育を牽引するウォーターズ財団(米国)の協力を得ながら行いました。

 

学習範囲の決定

ウォーターズ財団(米国)が開発した、子ども向けシステム思考者の14の習慣を参考に、①大きな視点でみてみよう、②時間と共に、どう変化するか観察してみよう、③原因や行動と結果には必ずつながりがある の3つの習慣を習得するために、時系列変化パターングラフを活用した学習プログラムを開発および実施することに決定しました。時系列変化パターングラフとは、X軸に時間の流れ、Y軸に時間とともに変化する要素を置き、要素が変化する様子を線グラフで表すシステム思考のツールのひとつです。システム思考は、目的と要素と、要素の関係性を理解する思考法であり、時系列変化パターングラフを理解することは、要素と要素の関係性を理解する上で、とても有効な方法です。成人は、変数を自ら考えることができますが、今回は、5歳児を対象としましたので、XとY軸をあらかじめ設定し、グラフを作成してもらうことにしました。

到達目標は、「時系列変化パターングラフを作成できるようになり、できごとを時間軸に沿って原因や理由を含めながら説明できるようになる」と定めました。

教材の開発

絵本を使ったレッスンでは、絵本の登場人物の気持ちが、場面ごとにどんな風に変わるのかを、グラフに表します。シールを貼って、シールを線で繋ぐと、気持ちの変化が可視化されます。グラフが書けたら、次はお話タイムです。どんな物語だったのか、登場人物はどんな気持ちだったのかをみんなでお話します。子どもたちは、グラフを見ながら、時には、手でグラフを描きながら、お話をしてくれました。

 ■アナログ教材(事例)

・絵本『ソフィーはとってもおこったの』を活用し、ソフィーの気持ちをグラフ化する。

・大きさを変えられる教具「ホーベルマン球」を使って、子どもの成長や、園での1日をグラフ化する。

 

実証事業では、独自に映像を活用したデジタル教材を開発しました。映像では、自転車のスピードの変化や、ピザやドーナッツをみんなで食べている様子など、物事が時間の経過とともに変化する様子を表しました。子どもたちは、映像を視聴し、グラフを描きます。

■デジタル教材(事例)

・自転車が速度を変えて進む映像を視聴し、グラフ化する。

・グラフを描いた後は、時系列で何が変化したのか、なぜ変化したのかを話し合い、グラフの理解を深める。

 

デジタル教材開発の指針

就学前の子どもたちがシステム思考の基本となるいくつかの習慣を理解する手助けとして有効な教材になるために、次の基準を設けました。

1. 子どもたちの生活体験にある素材から学習課題に入る。 2. 教え込みではなく子どもたち自身で気がつくようなしかけを加える。 3. 子どもたちの自由なつぶやきや発言、意見のやりとりを可能にするために映像は静止画像と無音声を中心にする。 4. 子どもたちの集中度を高めるために2分以内の映像にする。

事前事後アセスメント

事前事後アセスメントでは、季節と気温の変化をグラフに表しました。事前アセスメントでは、ほとんどの子どもたちがグラフの概念を知りませんでした。しかし、6回のレッスンを行った後は、X軸、Y軸を理解し、グラフを活用し、物事の変化とその原因を説明できるようになりました。

(事後アセスメントの事例)

ウォーターズ財団からも、グラフを書くことで、説明のし方が変わり、語彙も増えると伺っていましたが、実際に、事後アセスメントでは、多くの子どもたちが、時間の経過とともに何が変化するのか、どうして変化するのかをとても上手に語ることができるようになりました。

 

プログラム開発協力園の声

プログラム開発にご協力いただい園の先生方からは、以下のようなコメントを頂戴しました。

「年長児の話を聞いていたら、ちゃんと時間の流れに沿って話をしていることに気がつき、成長を感じることができました。自分自身もこのプログラムを知ることで、時間の流れに意識を向けて、子どもたちの変化を気づくことができました。」

「園の中で日々起きるいろいろなことに、時系列変化パターングラフをイメージして考えると、その時の目の前で起きていることだけでなく、その日の朝や少し前に起きたことや気持ちの動きまで考えたり、そのうえで本当に解決すべきことを考える手助けになるのではないかと思います。」

「年長児について入学準備として自分の名前が書けるようにとか、10まで数えられる等の指導がありますが、一方でシステム思考等の考える習慣を身に着けることは、自分の身の回りで起きたことを解決するのに役立つのではないかと思います。年長さんなら、身に着けることができると思います。」

実証事業を終えて

今回の実証事業は、短期間であり、実証データとしては十分ではありませんが、子どもたちが時系列変化パターングラフを習得し、自分の言葉で時系列で何が変化したのか、なぜ変化したのかを語る様子から、システム思考者の習慣化に向けたファーストステップを歩んでいる様子が伺えました。本事業の結果を踏まえて、今後も、長期にわたる実証実験を継続していきたいと思います。同時に、国外ですでに先行事例のある小学校におけるシステム思考教育の実証実験にも、取り組んでみたいです。

 

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