skip to Main Content

リフレクションの啓発

文部科学教育通信 2018.10.8掲載

最近、優秀なリーダーの皆さんと接する機会が増えました。そこで、勇気を持って、これまで感じていた課題を共有することにしました。日本人のビジネスパーソンは、個人レベルでは、世界で最も優秀だと感じます。しかし、残念なことが2つあります。

 その1、日本人は過去を振り返ることができないこと。これは、日本が NO.1になった時もそうでしたし、現在も同様です。なぜうまくいっているのか、なぜうまくいっていないのかを、組織的に振り返ることができません。

 その2、日本人は自ら作り上げた組織や社会を、自らの意思で変えることができないこと。この二つが弱点となり、今日の状態になっていると感じます。

未来を変えるためには、まず過去を振り返るリフレクションが必要です。リフレクションの質を高めるためには、自分の思考や感情を客観視する力が求められます。そして、感情を生かす力が必要です。物事がうまく行っていない時、自己嫌悪に陥るのではなく、だれかを責めるのではなく、課題を直視する勇気と、課題が深刻でもポジティブにその事実を受け入れ、未来創造に向かう力は、いずれも感情の扱いに関するものです。

なぜ、私たちは、リフレクションができないのでしょうか。なぜ、課題が積み上がっていくのでしょうか。その背景にある私たちの特性を見ていきましょう。

課題を話題にしない日本人

日本人と課題について話していると、途中から、話題が変わるという経験をこれまでもたくさんしてきました。最初は、課題認識の話なのですが、途中から、話題は、善い点に移行します。「でも、私たちには、こんないいところがある」「日本のよさをもっと世界に伝えたいよね」このような感じです。課題についての話題は、そこで終わりです。もちろん、善い点を話すことは素敵なことです。しかし、課題の話が、そこで打ち切りになることが問題です。こうして、課題を放置した結果、積み上がっていきます。そして、いつのまにか、課題の原因は、我々の外になるということになります。

日本の経済成長の鈍化は、今日始まった話しではありません。しかし、私の予想が正しければ、近々、日本の経済成長が行き詰るのは、人口減少だからしかたがないという話になると思います。これほど明解で都合のよい理由はありません。携帯電話の数も、食事の数も、人口により決まります。しかし、人口減少だけが、経済が低迷する理由ではありません。この姿勢を継続していると、自分を省みるチャンスを失い、ますます他責を助長することになり、変化のチャンスを逸します。

ソサイティ5.0の前にある4.0

最近では、AIやIoT時代を先取りしたソサエティ5.0というキーワードを耳にするようになりました。ソサエティ5.0とは、2035年にわが国が目指すサイバー空間と現実社会が高度に融合した超スマート社会。Society1.0狩猟社会、Society2.0農耕社会、Society3.0工業化社会、Society4.0情報化社会、その次に来るのがSociety5.0超スマート社会のようです。

超スマート社会は夢のような世界で、「必要なもの・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会のさまざまなニーズにきめ細かに対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、言語といったさまざまな違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会」とのこと。ソサエティ5.0は素敵なビジョンですが、その前に、ソサエティ4.0が実現しているかのようなストーリーになっていることが気になります。目標を遠くに置いたことで、ますます、ソサエティ4.0に向かうエネルギーが減退してしまうのではないでしょうか。

 

日本は、世界で進むソサエティ4.0から完全に脱落しています。アマゾンが誕生したのは1994年、ヤフーの誕生は1995年、マイクロソフトがインターネットエクスプローラーを開発したのは1996年、グーグルが誕生したのは1998年です。1990年代に始まった情報通信技術の革新と新たな産業の創出に、日本の情報通信産業は参画していません。日本は、製造業に強みがあるからよいと思われるかもしれませんが、IoTや第4次産業革命では、製造と情報通信技術の融合が求められます。しかし、情報通信技術の革新が起きなかった日本では、その融合を進める技術者が圧倒的に不足しています。その課題を直視し、対策を打たなければ、ソサエティ5.0は、4.0同様に世界の企業を中心に進められることになるのでしょう。

変化のスピードが、これまでにないほど早く進むこれからの時代なので、それが残念な結果になるのか、逆によい結果になるのかはわかりません。しかし、「必要なもの・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会のさまざまなニーズにきめ細かに対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、言語といったさまざまな違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会」を誰かが創ってくれるような表現とあわせて、責任の所在のない夢の世界の描写がとても気になります。

ドイツのインダストリー4.0との違い

ドイツでは、現在、インダストリー4.0というAIやIoT時代の産業革命を国家戦略として位置づけ推進しています。ドイツは、日本と同様に、99.6%の企業が中小企業ということもあり、産業革命の主役は中小企業です。

2年前に、ドイツを訪問し、BDI(経団連)や商工会議所の取り組みについて話を伺いました。彼らの取り組みは、日本とは間逆です。課題を議論し、直視するところから始めます。課題が明確になると、その次に決断をします。我々は、課題のある状態を受け入れるのか、それとも、我々は、あるべき姿を実現したいのか。こうして、生まれたのがドイツの国家戦略インダストリー4.0なのです。2年前に、未来教育会議の視察の一環で、ドイツを訪問した際に、この事実を知り衝撃を受けました。

ドイツでは、日本の経団連に相当するBDIを訪問しお話を伺う機会を得ました。その冒頭で映し出されたパワーポイントには、アメリカの国旗が26旗、EUの旗が5旗あり、その横には、企業名が書かれています。そして、これが、私たちがインダストリー4.0という国家戦略を打ち出した背景ですという説明を受けました。ドイツ、そしてEUは、情報通信産業においてアメリカに退廃したことを認めた上で、決断をしています。次の時代は、アメリカの一人勝ちを許さない、その決断が国家戦略インダストリー4.0です。では、この決断は、いったい誰がしたのでしょうか。この議論には、すべての産業団体が参画し、大学も労働組合も参画しています。誰も、政府の決めた方針だから、様子を見ようという態度ではありません。夫々が、自分の立場や役割を明確に持ち、貢献しています。

話さなくても課題は存在する

このようにお話すると、ドイツは、ものすごく進んでいると思われるかもしれませんが、決してそうではありません。2年前のことになりますが、我々が視察で紹介されたのは、「衝動」というタイトルが付いた中小企業の実態を調査したリポートでした。ドイツは日本と似ていて、99.6%が中小企業の国です。このため、インダストリー4.0の中心は、中小企業ということになります。調査の結果、56%の企業が、まったく準備ができていないと答え、セキュリティ、人材育成、資金等、できないと考える理由がたくさん出ています。しかし、BDIの方たちも、商工会議所の方たちも、誰も、その事実をネガティブに受け止めていないことも驚きでした。課題を直視し形成されたビジョンの力の大きさを、改めて実感しました。

課題は直視しなければ、存在しないというものではありません。直視しなくても存在し、その課題が、じわじわとより深刻になる。真綿で首を絞められた状態に、やがて気づいたときは手遅れという感じでしょうか。今なら、まだ、たくさんできることがあるのに、なぜ、私たちは、課題を直視できないのでしょうか。

世界では、マインドフル、グロースマインド、レジリアント等、たくさんの心に関する手法が生まれています。その背景には、誰もが簡単ではないチャレンジに直面する時代の要請があります。私たちの社会も心を強くして、課題解決に臨める日が一日も早く来ることを願い、リフレクションの啓発活動を行って参ります。

 

 

Back To Top