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企業の力で社会を変える

文部科学教育通信NO.368 2015.7.27掲載

アドバイザーを務めている一般社団法人アショカ・ジャパンでは、7月2日に、ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティング株式会社の代表取締役・プジデント&CEOであるフルヴィオ・グアルネリ氏をお迎えし、講演会を行いました。ユニリーバは、リプトン紅茶、ダブやラックスなどの石鹸やシャンプーをはじめとするブランドで有名な多国籍企業です。世界190カ国で、毎日20億人の人がユニリーバの製品を使い、年間売上は6兆円を超え、社員数は17万人です。

今回は、この講演会を企画した背景と教育との関係についてご紹介したいと思います。

21世紀の教育目的

最近、その重要性が盛んに謳われるようになった21世紀を幸せに生きる力は、OECDが、キーコンピテンシーとして定義している力です。OECDが、教育の大きな転換を求める前提には、社会の変化があります。変化、複雑、相互依存という3つのキーワードで表される21世紀の社会で幸せに生きるために必要な力は、それ以前の力とは同じではないということを、OECDは明確にしました。こうして生まれた新たな教育観の前提には、社会が目指す2の目的があります。一つは、持続可能性と経済成長をともに実現すること。二つ目は、多様な人々が共生する社会の実現です。新たな教育観の目指すところは、この二つの社会の実現に貢献する人を育てることということになります。このたびの講演会は、この二つの社会の実現に関するものでした。

サステイナブル・リビング・プラン

さて、今一度、ユニリーバの取り組みに話を戻したいと思います。ユニリーバは、「環境負荷を減らし、社会に貢献しながらビジネスを2 倍に」という企業ビジョンの下、2010年に「ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン」を導入しました。この計画では、2020年までに「10 億人以上のすこやかな暮らしを支援」、「環境負荷を半減」、「数百万人の暮らしの向上を支援」という3つの大きな目標を掲げました。約50項目にわたる数値目標が設けられ、目標達成に向けて、現在も世界各国のユニリーバで取り組みが進められています。事業のあらゆる部分に持続可能性を組み込み、売上成長と持続可能性の両立をめざす同社の成長戦略は、21世紀のビジネスモデルとして、世界中から注目を集めています。概念だけではなく行動に踏み出した先端的な試みは、ユニリーバで働くすべての人々の指針となっています。

ビジネススクールでも持続可能性に注目

昨年9月に、ハーバードビジネススクールで開催された新しいケーススタディ研究会に参加し世界から集まったアドバイザーとディスカッションを行いました。そこで初めて、私も、ユニリーバの持続可能なビジネスへの取り組みについて知りました。ケーススタディのテーマは、ユニリーバの紅茶ビジネスです。紅茶ビジネスの持続可能性に挑戦するユニリーバでは、2015年までに、ティーパックの100%、2020年には、紅茶ビジネスの100%を、持続可能な農家からの調達にするという目標を掲げ、その実現に向けて、栄養不足に苦しんでいる人々の半分は小規模農家という現実を変えるために、小規模農家の自立支援と生活向上の支援を行うことを決めました。その結果、私たち消費者も、リプトン紅茶を飲むことで、世界の貧困の撲滅に貢献できるというモデルです。しかし、このモデルには、これまでのビジネスの枠組みに含まれていない新たなコストが含まれます。

パラダイムシフトへの願い

ハーバードのケーススタディ研究会に参加した多くの人々は、企業の目的は利益の追求であり、ユニリーバの取り組みは労力とコストがかかりすぎるので評価できないと批判的です。そんな中、フランス人のユニリーバ元社外役員が以下のように述べました。「大切なことは、CEOであるポール自身が、このことを信じているかどうかだ。大切なことは、この取り組みが正しいか否かだ。間違ったことは続かない。正しいと信じるのであれば、後はやるだけだ」

このコメントを聞きながら、私が思い出したのは、OECDの教育目的でした。持続可能性と経済成長をともに実現する人を育てる。そのために、前例のないことに挑戦し、複雑な問題を解決する人を育てる。ユニリーバのCEOポール・ポールマン氏のような人を育てることが、教育目的なのだと思いました。そこで、日本人にも、ポールのような存在を知ってもらうために、ユニリーバの活動を紹介する講演会を企画することにしました。私たち大人は、持続可能性と成長の両立は大切と言いながらも、いざ、企業人の立場になると、株価を気にし、利益を優先する行動をとっているというのが現実ではないでしょうか。日本では、残念ながら、安倍総理が、最近、ROE(株主資本利益率)を高めるよう企業に求めています。正直、これは、地球規模で今起きているトレンドとは逆行した動きです。株式市場を満足させるためにROEを最優先する時代から、持続可能性と経済性のバランスを取る時代へのパラダイムシフトは確実に始まっています。今年9月には、国連がSDGs(持続可能な開発目標)を発表する予定です。日本においても、ポールのような大人が増え、持続可能性と経済成長を共に実現する取り組みが始まることを願います。

 

アショカと新たな市民セクター


このたびの講演会の主催団体アショカは、米国に本部を持つ世界最大の社会起業家のネットワークです。米ワシントンの本部と世界 34カ国に運営支部を持ち、社会起業家の発掘と支援を行っています。「社会起業」という概念は、社会福祉とビジネス起業という相反する基準やアプローチを持つ2つのセクターを融合させることで、社会の歪みがより迅速かつ効率的に改善されるという発想から1970年代に生まれました。この概念の生みの親であるビル・ドレイトンは、21世紀は、新たな市民セクターにより形創られると言います。これまでの社会では、社会の問題を解決するのは、営利組織ではなく非営利組織、政府ではなく非政府組織と考えられて来ました。これに対して、21世紀は、企業も、社会問題の解決に参画する時代であると言います。こうして、社会をよくするために貢献する企業や個人は、新たな市民セクターに含まれ、これまでの区分では説明できない時代が到来していると言います。ユニリーバは、まさに、この市民セクターに参画する企業の代表例と言えるでしょう。これまで、企業の社会的責任は、CSR活動と定義づけられていましたが、これからは、事業戦略の一部として取り組みが発展していく時代が到来します。21世紀の教育が、その人材育成を担うというOECDの提案は、とても的を得た方針であったと思います。我が国においても、ユネスコにより推進されてきた持続可能な開発のための教育(ESD)が始まり10年が経過しました。20世紀の教育を受けた大人は、新しい時代を切り開く教育を受けた若者の考えを聴き、彼らがそのビジョンを実現するために、支援者的立場に回ることが、持続可能な経済成長を促進する上で、とても大切なのではないかと思います。

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