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日本人とイノベーション

文部科学教育通信No.369 2015.7.27掲載

経産省や文科省が起業家養成に向けた支援に積極的に取り組んでいます。起業家養成の取り組み自体は大変素晴らしいものなのですが、本当にそれだけで、世界最下位に近い日本の起業活動率を改善し、グーグルのような企業を生み出すことができるのか疑問に思います。日本の起業活動率は、5%を割り込み世界でも最下位に近い状況であることが解ります。起業活動率は、経済成長率に直結しているので企業活動率を高めていくことが日本の持続可能な成長には急務です。日本にも、たくさんのベンチャー企業が生まれていると思われるかもしれません。しかし、楽天やティーエヌエイなどをはじめとするベンチャー企業をまとめてもその時価総額は、11兆円程度で、グーグル一社の時価総額38兆円には程遠いのが現実です。

「なぜ日本人はイノベーションを起こせないのか」問いを持ち過ごす中で見えてきた仮説があります。そこで、今回は皆さんにその仮説を共有してみたいと思います。

日本人がイノベーションを起こせない12の理由

1.若者の低い人口比率 

サウジアラビアを訪問した際に実感したのですが、29歳以下が7割近いサウジアラビ  アでは若者がとても元気です。それに対して、29歳以下の人口は3割弱の日本では、若者のエネルギーを感じることが少ないです。日本では、20世紀の成功体験を持つ年寄りの考えが社会を支配し今日の社会を形創る中、若者が自らの意思や考えに基づき行動することは非常に困難な状況です。若者は、その潜在的な力を眠らせているのです。

2.個人より組織が優先

滅私奉公という言葉は使われなくなりましたが、今日でも、企業人の多くは個人より組織を優先するよう求められます。社会の課題についても、行政に任せきりで受け身的な態度を取ります。しかし、行政組織にいる人も、短期間に異動するため、一つのことに主体的にコミットする訳ではありません。企業でも、行政でも、働く人々は組織を優先して生きています。イノベーションの源である主体性は重要視されません。

3.フラットではなくヒエラルキーな構造

イノベーションを実現する上で最も大切なことは、フラットにネットワーク化する構造です。ところが、日本ではまだ、ヒエラルキー構造が主流で情報の流れは上位下達が中心です。ヒエラルキー構造の末端にいる若者の声は、どこにも届きません。常に存在する上下関係は、イノベーションに欠かせないオープンな対話を許しません。

4.思考停止

「貴方はどう思うのですか」と質問を投げかけると意見がでないのが日本の特徴です。周囲の様子をうかがったり、上司の顔色を見たりして正解を捜します。自分の考えを持つということに対して自信がなく自分に許可すら与えていない様子です。脳科学では、思考は感情が支配していることを証明しています。思考停止状態は、感情停止状態であるともいえます。自分で考えたい、自分の考えを共有したいという感情よりも、思考停止と沈黙の方が賢明であるという感情が優先されているようです。この習慣を取り除かない限り、イノベーションには向かえません。

5.未来志向ではなく既知志向

既知志向を持つ人々が社会を動かしており、未来についてもその正しさを証明することが求められます。グーグルを起ち上げたラリーとサーゲイは、検索結果のランキングがテレビ広告のようにお金で操作される仕組みであることに大きな問題意識を持ち起業します。お金をもらえないでどうやって検索事業を行うのかとスタンフォード大学の教授に尋ねられた時、「世界が間違っているんだ」と言う彼らを信じる人たちがいたから、今日のグーグルの存在があります。イノベーションを起こすためには、未来を変えるアイディを信じる人が必要です。

6.知の分断

アメリカでは、脳科学者、発達心理学者、教育学者、学校の先生が協働して脳科学と学校教育を繋ぐ取り組みが進んでいます。ニューロサイエンス・イン・ザ・クラスルーム(http://www.learner.org)でもその取り組みが紹介されています。脳科学者は、学校の先生が知っていること以上のことは発見しないだろうと言います。しかし、先生が経験を通して知っていることを科学的に証明することにより汎用性の高い法則を明らかにすることが可能になります。このような専門性を超えたコラボレーションは日本ではなかなか起きません。知の細分化と分断により、専門家の存在に焦点を当てる日本の在り方では、イノベーションは実現しません。

出典:経済産業省委託調査起業活動率TEAの国際比較

7.リスク回避

学習とは、未知の世界を自分のモノにするプロセスです。学習には、常にリスクが伴います。このため、リスクを取ることが歓迎されない環境では、学習は起きません。学習のないところにイノベーションが生まれる可能性はゼロです。学習とリスクの関係を理解し、結果として得られる学習に目を向けることが必要です。

8.効率優先

工業化社会を勝ち抜くため、生産性や効率を重視してきましたが、その中で忘れ去られたものが本質を捉えることです。誰もが、「なぜ」から考えることを好まず、「答え」を欲しがります。「何をすればよいか言ってくれればやります。」こんな人が増えてしまいました。

イノベーションは、「なぜ」から考えることからしか始められないのですが、多くの人にとって、「なぜ」は楽しみではなくストレスのようです。

9.知識学習思考

知識を持つことと、行動することは別のことです。ところが、学校で身に付けた学習習慣を手放せない人が多くいます。リーダーシップを身に付けたいと考え本を読み続ける人たちです。リーダーシップは自ら行動し、実践を通して学ぶ以外に力を身に付ける方法はありません。起業家は、動いて学び軌道修正を掛ける実践学習者のロールモデルなのです。

10.対立が嫌い

多様性はイノベーションに不可欠であると言います。しかし、多様性が活かされるためには条件があります。それは、意見の対立を恐れることなく自由に思ったことを発言し、お互いの考えから刺激を受け共創するコミュウニケーションが存在することです。和を重んじ対立を避けていたのでは、イノベーションに多様性を活かすことができません。

11.リフレクション

21世紀の学習の要はリフレクションです。過去を振り内省的観察をし、そこからの学びを定義し次のアクションに活かすことが求められます。しかし、日本では、この習慣がありません。失敗については責任問題になりやすいため、だれも振り返りをすることを好みません。自らの意思で目的を設定し行動した結果を振り返るリフレクションよりも、他人の設定した目的に合わせて行動し結果を評価されるという習慣の方が、自らリフレクションを行うよりも楽なのかもしれません。起業家は自らの夢を実現するためにリフレクションを駆使します。

12.悪いニュースを話題にしない

日本では、悪いニュースについて話題にすることを避ける傾向があります。創造的な課題解決に向かうためには、課題についてしっかりとした議論がなされることが不可欠です。大きな課題ほど、課題についてオープンに話せないこの国では、課題解決に取り組むことは不可能なようです。

12の理由の中には、教育にとても深い関係がある事柄も含まれています。起業家養成講座をいくら開催しても、このままではイノベーションに向かう人は増えないのではないかと心配でなりません。皆さんにできることから取り組み、この国のイノベーションを支えて欲しいと思います。

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