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感情を認識すること、言葉で伝えること、コントロールすること

文部科学教育通信No.357 2015.2.9掲載

今、教育の世界では、「感情」や「共感力(エンパシー)」を重視しようとする動きがあります。

今までの日本の教育でも、「誰に対しても思いやりの心をもち、相手の立場に立って親切にする」「謙虚な心をもち、広い心で自分と異なる意見や立場を大切にする」ことの大切さは教えられていましたが、自分自身の感情を認識し、大切にすることは、あまり重要視されてきませんでした。相手の立場で物事を考え、深く共感できるようになるためには、まず、自分の感情を認識し、言葉で伝え、必要に応じてコントロールできるようになることが大切であると考えています。

今回は、ピースフルスクールプログラムが子どもたちに教える「感情」に関する学習ステップと、佐賀県武雄市武内小学校で実施したピースフルスクールプログラムの授業「感情を認識し、言葉で伝えよう」と「怒りをコントロールしよう」についてご紹介いたします。

 

感情に関する学習ステップ

他者の気持ちを理解するためには、まず、自分の気持ちを知り、言葉で伝えることができるようになることが大切です。今、自分は一体どんな気持ちなのか。プログラム導入校では日々の生活でこのことをしっかり認識できるようになる取り組みを行っています。

自分の感情を認識すると同時に、その感情を言葉で表現し、伝える練習も行います。例えば、誰かから不愉快なことをされた時に、自ら「嫌だから、やめてほしい」と言う必要があることを子どもたちは学びます。

そして、誰かと対立した時に、怒りの気持ちをコントロールできるようになることも必要です。怒りの感情をそのまま周囲の人にぶつけるのではなく、まずは一旦落ち着けるように自らの感情をコントロールするのです。このことを学んでいない子どもたちは、怒りの感情に翻弄され、周囲に強くあたったり、暴力に訴えたり、歪んだ形でストレスを発散するようになってしまいます。日本で起きている犯罪の多くも、原因を突き詰めると、怒りや不満の気持ちを上手に昇華できないことが原因となっているのではないでしょうか。

このように、感情に関する学習のステップを経て、ようやく他者の気持ちを理解することができるようになるのです。

いきなり他者に思いやりの心を持てるようになるのは難しいですが、感情としっかり向き合うことで、自然とそういう心が育つのです。

 

感情を認識し、言葉で伝えること

ピースフルスクールプログラム導入校の子どもたちは、学習ステップの第一段階である感情を認識し、言葉で伝える練習をします。

授業では、まず、自分がどんな気持ちなのかを知ることの大切さを伝えます。そして、悲しい・寂しい・辛いといったマイナスの感情でいることも、決していけないことではないと伝えます。なぜか、「いつも明るく、楽しく、仲良くしましょう」といった風に、ポジティブな感情でいるのを善として奨励することが多いですが、人間ですから色々な感情の日があって当然です。このようにポジティブが善であるという雰囲気をつくってしまうと、ネガティブな感情を抱いている子どもたちは、何か後ろめたい、悪いことをしているような気持ちになるものです。その結果、自己肯定感も自ずと下がってしまいます。

人間なのだから、ポジティブな感情の日もあれば、ネガティブな感情の日もある。悲しいことや辛いことがあった時に、その感情を認め、話せるようであれば周りのお友達に話してみる。そうすれば、少し楽になることも学びます。また、ネガティブな感情を抱いているお友達が周囲にいる場合、みんなで寄り添うことの大切さも学びます。

こうすることで、自分はここに居ていいんだという安心感が得られ、自尊心や自己肯定感も上がるのです。

これらは、一度レッスンを行っただけでは身に付きません。そのため、先生が折に触れて子どもたちに気持ちを尋ねたり、「感情スティック」と呼んでいるツールを使って「今、自分はどんな気持ちか」を認識する練習を行っています。このスティックを使うと、クラスにいる子どもたちの状態を把握することも可能です。「怒っている」や「悲しい」にスティックを入れている子どもに対して、何があったのかを尋ねることもできます。

また、スティックは一日の内に何度も移動させることが可能です。登校した時は、兄弟とけんかして「怒っている」にスティックをさしたけれど、お友達が話を聞いてくれて気持ちが落ち着いた時は「嬉しい」にスティックをさしかえることができるのです。

このように可視化することで、感情は変化するということも学べます。

怒りをコントロールする

ピースフルスクールプログラム導入校では、誰かと対立やけんかをした時に、暴力やいじめに走るのではなく、話し合いで解決することを奨励しています。

しかし、いきなり「対立した相手と、話し合いで解決しましょうね」と伝えたところで、そううまくはいきません。

まずは、対立やけんかをした時に起こる「怒り」の感情を自分でコントロールすることの大切さを学びます。

人間なので怒ってしまうことがあって当然です。しかし、怒りの気持ちをそのまま相手にぶつけたり、物にあたってしまっては、状況がますます悪化してしまいます。

子どもたちは、「怒りの温度計」というツールを使って、怒りの感情は上昇することもあれば、下げることもできるということを学びます。

誰かとけんかしたり、自分の思い通りにいかないことがあった時に、頭の中に「怒りの温度計」をイメージします。そして、今、自分がどれぐらい怒っているのかを認識します。そして、その温度を下げるためにできることを行うのです。例えば、落ち着くために10秒数えてみる。けんかの相手から一旦離れてみる。深呼吸をしてみる。授業では、こういった対応を取れるようになるために練習します。

また、クラスの誰かが怒っている時、周囲のお友達や先生が、「今、怒りの温度計がとても上昇しているね。一旦落ち着こうか」と声をかけることもできます。

子どもたちは、日々の生活の中で、自分で気持ちをコントロールする必要があることを学ぶのです。

これができるようになると、鬱憤が溜まっているからといって、暴力やいじめに発展することが減ります。もし、暴力やいじめが起きたとしても、学校の多くの子どもたちが「自分の感情を自分でコントロールすることが正しい」という認識を持っているので、そのいじめに便乗することがなくなります。

怒りがおさまって、落ち着いて話すことができるようになれば、あとは、対立の解決のために当事者同士で話し合いをします。子どもたち自身でコミュニティを創りあげていくというのは、このようなことの積み重ねなのです。

 

感情と向き合うことの大切さ

今回は、感情と向き合うことの大切さについて触れました。

大人の世界でもそうですが、いくら正しいことをするように教えても、そこに気持ちが伴わないと上辺だけで終わってしまいます。残念ながら、日本では自分の感情を大切にする文化は育っていませんが、一歩ずつ、感情と向き合い、受け入れていく練習をすることが必要ではないでしょうか。これは、子どもたちにとってはもちろんですが、大人である私たちにとっても大切であると考えています。ぜひ、身近なところから取り入れていただけると幸いです。

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