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幼児のことから心を育てる教育(1)

文部科学教育通信No.358 2015.2.23掲載

今、子どもたちを取り巻く環境は大きく変化しています。

小学校中学年頃になると、学校やクラスで仲間外れやいじめが起きることが多く、子どもたちはいじめの対象とならないための自己防衛力を身につけるようになります。心の中では「友達をいじめてはいけない」「いじめのある学校は嫌だ」と思っていても、声に出して主張すると自分が攻撃される恐れがあるので、いじめに加担したり、見て見ぬふりをする傍観者となったりするのです。このような環境で生活している子どもたちの多くは、心を押し殺して生きています。

また、誰かと対立やけんかをした時に怒りの感情を抱いたとしても、その気持ちを落ち着いて相手に伝えることはせず、我慢したり、誰もいないところで叫んだり、寝て発散するといった対処法をとる子どももいます。

このように、小学生のころからコミュニケーションが上手にとれないため、人間関係をうまく築くことができず、自分を押し殺して生活している子どもが増えています。

中学生以上になると、本音と建て前が顕著になります。
例えば、いじめに関する授業を行った際、多くの生徒は「いじめは良くないと思うし、いじめのある学校には通いたくない。居心地が悪い」「いじめに怯えながら生活するため、学業や部活動などに悪影響があると思う」と発言しました。これは生徒たちの本音であると思います。多くの生徒がいじめのない学校生活を送りたいと願っているのです。

それでは、みんなでいじめを撲滅するために行動を起こそうと提案すると、「いじめをなくせるとは思わないし、いじめを解決するために行動を起こすと、今度は自分が対象となる恐れがあるので何もできない」と声を小さくします。現実と向き合わず、何とかやり過ごしているのです。

このような経験を子どものころから繰り返していると、大人になった時により複雑な問題を解決することは難しくなります。

そうならないために、何ができるのでしょうか。
人間の学習力に限界はないので、大人になってからでも学び、変化することはできますが、「人と関わることが怖い」「本音ベースで行動することはできない」「問題を口にすると事が大きくなるので、気付いていないふりをした方が良い」といったメンタルモデル(思い込み)が形成されてしまうと、それを変えるのは難しくなります。その前に、「人と関わることは怖くない」「問題は解決できる」という価値観を身につけることが必要なのです。

2013年より、子どもたちの心を育て、自立と共生を実現するピースフルスクールプログラムを開発、展開していますが、この度、神奈川県箱根町の教育委員会の方々より、箱根町の幼稚園と保育園でのプログラム導入の声が挙がりました。

2015年2月に「ピースフルスクールプログラム説明会」と題して、教育委員会と幼稚園・保育園の先生方向けに講義を行いましたので、今回と次回にわたり、その内容をご紹介いたします。

 

ピースフルスクールプログラム説明会

教育委員会主催のピースフルスクールプログラム説明会を実施いたしました。

講義の構成は、以下の通りです。

  1. 21世紀の教育とは

  2. ピースフルスクールプログラムとは

  3. プログラムの内容

  4. まとめと振り返り(質疑応答)

 

21世紀の教育とは

今回初めてピースフルスクールプログラムを紹介するにあたり、なぜこのような教育が幼児期から必要なのかについて説明いたしました。

21世紀は「変化・複雑・相互依存の時代」と言われています。

そのような時代において、OECDは21世紀の教育目的を以下のように定めています。

  1. 持続可能な成長を実現する社会

  2. 多様な人々が安心して共生できる民主的な社会

また、2000年に発表されたOECDの「生徒の知識と技術の測定(PISA)」の報告書の序文に、Prepared for Life(人生の準備は万全か)というタイトルで以下の通り書かれていました。

若い成人が未来の挑戦に対処すべく、果たして充分に準備されているだろうか。彼らは分析し、推論し、自分の考えを意思疎通できるだろうか。彼らは生涯を通しての学習を継続できる能力を身につけているだろうか。父母、生徒、広く国民、そして教育システムを運用する人々は、こうした疑問に対して解答を知っておく必要がある。

子どもたちは、変化・複雑・相互依存の時代において、持続可能な社会を多様な人々とともに実現するために、在学中に充分な準備をしておくことが求められています。

また、OECDは「21世紀を生きる力」として3つのコンピテンシーカテゴリーを定めています。

カテゴリー1.相互作用的に道具を用いる

カテゴリー2.異質な集団で交流する

カテゴリー3.自律的に活動する

OECDは子どもたちが身につけるべき力をこのように定義していますが、実際の学校教育を見てみると、全てが完全に実現されているとは言い難いのが現状です。

とりわけ、カテゴリー2と3の力を教える教育はあまりなされていないと言えます。

しかし、子どもたちが変化・複雑・相互依存の時代において、持続可能な社会を多様な人々とともに実現するためには、学校教育の中でカテゴリー2と3の力を養う必要があります。

ピースフルスクールプログラムは、カテゴリー2と3に書かれている「他人といい関係をつくる能力」や「協力する能力」、「争いを処理し、解決する能力」「自らの権利、利害、限界やニーズを表明する能力」といった力を学校で養うことができる内容となっています。

冒頭で申し上げた通り、これらの力を養うためには、「人と関わることが怖い」「本音ベースで行動することはできない」「問題を口にすると事が大きくなるので、気付いていないふりをした方が良い」といったメンタルモデル(思い込み)が形成される前にプログラムをスタートすることが肝心です。

このメンタルモデルが形成されてしまうと、小学校高学年や中高生のころに起きる問題に対処療法的な対応をとることしかできなくなり、根本的なアプローチをとることが難しくなるため、幼児期や小学校低学年ころからプログラムを実施することが望ましいのです。

 

大人になる練習

PISAの報告書の序文に書かれているPrepared for Life(人生の準備は万全か)にもある通り、子どもたちは人生を幸せに生きるための準備をしなくてはなりません。

言い換えると、これは大人になる練習を学校生活の中で実施していくことと同義であると考えます。

子どもたちがその準備を充分にできるようにサポートをすることが、我々大人の責任であると思います。

ピースフルスクールプログラムを導入している園や学校に通う子どもたちは、そのコミュニティにおいて、多様な人々と幸せに生きる練習を始めます。自分の意見を持つことや、気持ちを大切にすること、対立を話し合いで解決することなど、小さな一つひとつの練習が子どもたちの力になります。

幼児のころからいきなり問題を自分たちで解決することは難しいですが、幼児は幼児のレベルで、小学校低学年は小学校低学年のレベルで一つずつ学べるように、子どもたちの成長にあわせてプログラムを実施していくのです。

そうすることで、学校生活を通して、自立と共生の力を身につけることができるのです。

子どもたちの主体性を育み、21世紀を幸せに生きるために、今何をしなければならないのか。

このことを我々大人もしっかりと考える必要があると思います。

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