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システムダイナミックスの父 フォレスター教授

文部科学教育通信 No.298 2012-8-27に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑫をご紹介します。

 

MITスローン経営学大学院の名誉教授およびシニア講師を務めるフォレスター教授は、アメリカの情報工学の先駆者であり、システムダイナミックスの生みの親でもあります。1956年にスローン大学院でシステムダイナミックスの研究を始め、子どものK-12 Education(初等・中等教育)にシステムダイナミックスとコンピューターモデリングを導入する方法を開発してきました。研究が進むにつれわかったことは、幼少期からシステムダイナミックスに触れてこそ、子どもたちは、システムダイナミックスの本当のパワーを活用できるということでした。そこで、彼は、1991年にCreative Learning Exchangeを創設し、初等・中等教育におけるシステムダイナミックスの活用と学習者中心の学習を奨励・支援し続けています。この団体が主催しているシステム思考・システムモデリングの会議は、今年で10回目を迎え、教育関係者に多くの影響を与え続けています。

今回は、7月に開催された会議でご一緒した、フォレスター教授の「初等・中等教育の未来」に関する見解をご紹介します。米国の教育事情に基づき述べられている点もありますが、工業化社会の教育システムを持つ日本においても、共通点が多いと感じます。

 

フォレスター教授が語る初等・中等教育(K-12 Education)の未来*

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今日の学校は工業化社会の黎明期のニーズに合わせて設計されたものです。工業化社会には、画一化した製品を大量生産する工場システムにおいて力を発揮できる人材を輩出する学校が必要でした。時代は変わり、今日の学生は問題解決能力、チームワーク、コミュニケーション能力、生涯学習などの様々な幅広いスキルを身に付ける必要性が出てきました。私たちの目的は、社会・経済・物理的システムがどのように機能し、自分たちの行動をどのように改善していったらいいか、ということを学生や社会人に深く理解してもらうことにあります。

 

システムダイナミックス教育は従来の初等・中等教育には存在しなかった考えですが、私はこの分野のパイオニアとして、20年以上にわたり研究を行ってきました。システムダイナミックス教育は、今や実証する段階を過ぎて、できるだけ多くの学校に導入するべき段階にきています。学校への導入は、長い期間を要し、決して容易な取組みではありませんが、子どもたちが未来の挑戦に対して立ち向かっていくために、学校が行わなければならない教育の一つです。

 

多くの人が現在の初等・中等教育に対して失望しています。米国のナショナルアカデミックエンジニアリング発行の記事によれば、「米国の公立学校に対して6500億ドルもの追加投資が行われたが、高校卒業レベルの学生の「科学」の標準テストの点数は更に下降している」そうです。しかし、なぜ成績が更に下降したかという質問に答えられる人はいるでしょうか。これは、企業診断の場合によく見受けられる現象ですが、問題を解決しようとして行うそのことが、実際には問題の原因になっており、現状を改善しようすればするほどさらに状況が悪くなっていく、というものです。

 

科学と数学に集中的に重点を置き、「どの子も置き去りにしない」というスローガンに基づく取組みが教育を間違った方向に導いています。学校全体でのテストの平均点を上げるためには、すべての子どもたちが同じような成果を出すことが望まれますが、当然のことながらそれは不可能なことです。学校やクラスに対して生徒のテストの平均点を上げるようにとのプレッシャーがかけられ、勉強の得意な生徒たちの能力を伸ばす支援を犠牲にして、勉強の苦手な子どもたちの支援にかなり多くの労力が割かれています。更に不幸なことには、テストの点数を上げるのは、先生の地位の向上や学校の経済的発展のためであり、生徒に学ぶ喜びや楽しさを与えたり、個人の成長を促したりするためではない、ということです。

 

多くの批評家たちが我々の社会にイノベーションが欠如していることを嘆き、算数と科学の学習がイノベーションにつながると結論付けています。しかし、現在の学校に対する様々なプレッシャーがイノベーションを抑制する結果になっています。イノベーションは、新しい手法を導入し、成功を何度も繰り返すことで生まれるものです。イノベーションとは、従来にはない考えを試すということです。失敗を恥ずかしいと思うのではなく、学習経験としてとらえ、従来の枠組みの外にあるものに時間を投じてみることです。イノベーションの精神とは、何年もの間、他人とは違っていられる勇気を持ち、平凡と不可能の間に横たわるイノベーション可能な領域を見つけられるよういろいろと試みてみることです。現在の初等・中等教育にはどこにもイノベーションを育む土壌が見当たりません。それどころか、従来の学校はイノベーションにつながる傾向を阻害し、教師も生徒もその状況に順応させられてしまっています。

 

過去30年に亘り行われてきたシステムダイナミックスの初等・中等教育における実験的な取組みが、草の根レベルで勢いづいてきました。システムダイナミックスは人間の関心事のほとんどすべての領域に亘り、時間とともに物事がどのように変化していくかという事を問題にしています。システムダイナミックスはコンピューター・シミュレーションモデルを使って一つのシステムの構造や方策がどのような行動を生み出しているかを明らかにします。複雑なシステムのシミュレーションも小学生の理解の範囲内であることが証明されています。

システムダイナミックスは多くの分野や職業で広く、しかし、浅く広まっています。私自身はシステムダイナミックスを未来の初等・中等教育の基礎になるものと考えていますし、これが私たちのもっとも重要なフロンティア業務です。このシステムダイナミックス教育に取り組む先生たちの会議を2年に1回、開催し、毎回100~200名の先生が参加します。

 

学校の改革は長期に亘る時間がかかりますが、短期的な取組みは大抵の場合、うまくいかないことが実証されています。しかし、今始めないことには根本的な変革はいつになっても行われません。より多くの方々がこの教育的取組みに参加してくださることを望みます。

 

終わりに

システム思考教育は、着実に社会に広がりをみせています。アメリカ国内では、地域レベルで、コミュニティと行政、学校関係者が、共通の教育ビジョンを掲げ、21世紀の教育改革に取り組むプロセスが、複数展開されています。システム思考は、複雑な問題解決に必要な思考法であり、21世紀の教育に不可欠な能力として、教育改革に盛り込まれています。

 

システム思考教育の学校教育への導入は、世界中に広がりを見せています。今年の会議には、中国南京からも8名の教育関係者が出席し、南京におけるシステム思考教育の実践例を紹介してくれました。南京では、9年前から南京ノーマル大学(南京師範大学)と連携して100万ドルの予算で教材開発を行い、高等学校においてシステム思考教育を始めているそうです。会議では、その推進責任者、開発責任者、そして、高校の先生方が、その成果を報告してくださいました。

 

今回の会議に参加して、日本におけるグローバル人材育成の一つのテーマとして、システム思考教育は、外すことができない領域であると確信しました。

 

*出典:Comments on Future of K-12 Education, Jay W. Forrester, Jan. 5, 2011

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