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システム思考・システムモデリングの会議

文部科学教育通信 No.297 2012-8-13に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑪をご紹介します。

米国マサチューセッツ州で7月に開催されたシステム・シンキング・ダイナミック・モデリング・カンファレンス(Systems Thinking and Dynamic Modeling Biennial Conference)に参加しました。この会議は、システムダイナミックスの生みの親であるMITのジェイ・フォレスター教授、学習する組織(FIFTH DISCIPLINE)の著者ピーター・センゲ先生たち、ウォーターズ財団のウォーターズ氏が中心となって始めた、学校の先生たちのためのシステム思考・システムダイナミックスの勉強会です。1996年夏にスタートし、隔年開催されています。
私は、2010年に始めてこの会に参加し、今年が2回目の参加となります。2年ぶりに、カンファレンスに参加して明らかになったのは、地域や学校単位で、システム思考教育の展開が進んでいるということです。2年前は、ともすると一部の意識の高い先生や特別な学校による取り組みとして捉えられていたシステム思考や21世紀の教育がより大きな動きとなり、社会全体に広がり始めているという実感を持ちました。

システム思考による小学生の問題解決

2年前のベストプラクティスとして紹介されたアリゾナ州のツーソンにおける教育実践の事例です。ツーソンでは、約20年前から学校教育に、システム思考やシステムダイナミックスが取り入れられています。今年は、3人の小学一年生がシステム思考を活用して問題解決を行う例が紹介されました。子供たちが校庭で遊んでいる時に、ふと発した意地悪な言葉が相手の心を傷つけ、傷ついた相手がさらにひどいことを言ってケンカになり、お互いの関係がどんどん悪化していく様子をシステム思考の自己強化型ループを用いて説明していました。この悪循環のループをどこかで断ち切らない限り、この構造はずっと続いていくことを、子どもたちは理解していました。この映像はhttp://www.watersfoundation.org/webed/mod9/mod9-3-1.html でご覧戴けます。
小学1年生の子どもたちが、友達との言い合いの構造をシステムとして捉え、問題を解決するために、その構造にどのように働きかけるのかを話し合っている様子には、子どもの潜在的な力の大きさを感じます。これまで一般的には広まっていなかったシステム思考は、将来、複雑な社会において問題解決をしなければならない子どもたちに不可欠な力です。子どもが学ぶためには、まず、大人がシステム思考の実践者になる必要があります。

3人の校長が語るシステム思考・システムダイナミックス教育の現場への導入

●イノベーションアカデミーチャータースクールの事例
イノベーションアカデミーチャータースクールは、1996年に創立した生徒数800名の比較的新しい学校です。システム思考教育は、創立期から始めているということでした。現在、8割近い教師が、システム思考教育に関わっているそうです。会議には、イノベーションアカデミーの数学の先生が参加されていて、質疑応答の時間に、彼女の体験談を紹介してくれました。最初の数年間は低空飛行、4年目にアハ体験があり、システム思考の価値を実感して以来、積極的に数学教育にシステム思考を取り入得ることが可能になったというお話です。導入に躊躇していた先生たちに、勇気を与えるスピーチでした。

●アリゾナ州ツーソンでの事例
アメリカの学校教育におけるシステム思考導入においては、最も長い経験を持つキャシー・シェップ校長の体験談も大変興味深いものでした。彼女は、この20年間に、3つの学校に、システム思考教育を導入・展開した経験を持ちます。最初の学校では、5年間で、システム思考教育を導入、展開、定着させました。ところが、2つ目の学校での導入は、容易ではありませんでした。組合も強く、先生同士の関係も悪く、保護者からの支援も得られない状況だったそうです。この学校で最初に行わなければならなかったのは、先生との信頼関係の構築、先生同士の恊働体制の構築、保護者やコミュニティの支援の獲得だったそうです。そこで、大変役に立ったのは、システム思考の中にある「推論のはしご」です。意見の相違の背景に、どのような経験や判断があるのかを共有し、お互いの考えや立場を理解することに時間をかけたそうです。この時の苦労は、すべて、3番目に赴任した学校での展開に生かされました。3番目の学校では、最初の3年間は、土壌作りに費やしたそうです。具体的には、初年度は、1学年に絞って小さなチームで取り組みをはじめ、一年ごとに学年を増やし、3年目に、大きく離陸させるという戦略です。
大変興味深いのは、2004年にスタートした取り組みは、2007年に全校展開になり、それから3年後の2010年には、システム思考の実践者として、生徒が先生のレベルを超えたというお話でした。最初の6年間は、先生がリードしますが、その後は、生徒の中にもリーダーが現れ、生徒の実践力は急激に増すというのです。この段階で、保護者やコミュニティの支援も一気に拡大していきます。

●ウィンストンセーラムパブリックスクールの事例
バッド・ハリソン校長は、システム思考教育の導入に取り組み始めて今年で3年目です。パネラーの一人でもあるウォーターズ財団のトレイシー・ベンソン氏の支援を受け、着実に推進を進めています。
ハリソン校長は、ノースカロライナ州のフォーシス地域全体での導入の企画推進も担当しています。初級プログラムを地域の25人の校長と校長の選抜した先生に受講してもらうところから始めました。最終的に導入を決めたのは、25校中7校でした。導入を決定した学校では、夏休みに研修を実施、新学期からの導入がスタートします。ところが、最初は、なかなか先生たちの実践は進みません。そんな先生たちをサポートしたのがトレイシーです。トレイシーは、10月から3ヶ月おきに各学校を訪問し、先生たちの支援を行いました。その結果、システム思考教育は着実に進んでいます。幸運なことに、校長先生の中には、システム思考教育の効果を確信し、ブログやツイッター等で積極的に発信する先生もいるそうです。
大変興味深かったのは、ハリソン校長の言葉です。「抵抗する人たちを強制的に新しい取り組みに巻き込むことはやめました。扉は常にオープンにして、いつでも歓迎するという招待状を送る方が、私も疲れませんし効果もあります。」このような姿勢で推進するからこそ、推進がスムーズに行くのかもしれません。

●システム思考教育を支援するトレイシー
最後のパネラーは、トレイシーです。さまざまな学校で、システム思考教育を導入する先生たちが実践を通じて成長することを支援するのが、トレイシーの役割です。彼女の支援を受けた先生たちは、システム思考の学習者として、また、学内での協働者として、システム思考教育を継続的に発展させている様子が分かります。1年目は、システム思考教育を始めること、実践を通して自信を持つ事に主眼がおかれていますが、2年目は、ガイドラインに基づいて、システム思考教育についての自己分析を行い、あるべき姿を目指す事となります。トレイシーは導入における様々な障害を一つのプロセスとして捉えていました。

 

パネルディスカッションを通して、成功事例には、行政と学校の良好な関係、校長と先生の信頼関係、先生同士の恊働体制、保護者やコミュニティと学校の良いコミュニケーションなどが欠かせないという普遍的な法則が明らかになりました。システム思考は、複雑な時代の問題解決に不可欠な力と言われています。日本の子どもたちにも届けたい教育の一つです。

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