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ワシントン州の理科学習スタンダード

文部科学教育通信 No.300 2012-9-24に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑬をご紹介します。

2012年7月に、参加した初等・中等教育関係者の集まるシステム思考の勉強会(The Systems Thinking and Dynamic Modeling Biennial Conference 2012)で、ボーイングに勤めるポール・ニュートンさんの発表を伺う機会がありました。ボーイングや、マイクロソフトの本社のあるワシントン州では、自治体、民間企業、非営利団体による教育活動が盛んで、さまざまな新しい取り組みが進められています。2010年に改訂されたワシントン州政府発行の理科学習スタンダード*1では、システム思考が必須学習項目として取り入れられ、明確なガイドラインが示されています。

 

ワシントン州の理科学習スタンダードでは、分野横断的概念と能力として、4つの学習領域が挙げられています。

(1)システム思考・・・システム思考は複雑な現象を分析・理解することを可能にします。生徒は小学校第一学年では部分と全体の関係、中学校ではシステム分析、高等学校では予期せぬ結果、フィードバックループなどを学び、システムの概念を少しずつ広く、深く学んでいきます。

(2)探求・・・探求とは、科学の根幹を成すものであり、生徒が科学的考えについての知識と理解を深め、自然界がどのように機能しているかを学ぶための活動です。生徒は、自然界に対する理解を深めるために、質問をしたり、質問に答えたり、様々な調査を行います。調査には、システム的観察、フィールドスタディ、モデル、シミュレーション作成、探査、実験等)も含まれます。

(3)応用・・・応用とは、現実世界の問題を解決するために技術を設計する能力、科学と技術の関係やそれらの社会への影響を理解する能力、科学技術分野での様々な職業を認識する能力を含みます。これらの能力は、生活上の課題を解決するために学校で学んだことを応用して、社会問題を理解・解決したり、コミュニティ、州、国家の繁栄に貢献するために必要とされます。 

(4)物理学、地理・宇宙科学、生命科学・・・科学分野を9つの大きな領域に分けて学習します。9つの領域とは、「力と運動」「物質:特性と変化」「エネルギー:移転、変化、保有」、「地球と宇宙」「地球システム、構造、過程」「地球の歴史」「生き物の構造と機能」「生態系」「生物進化論」です。 

 

システム思考のガイドライン

 

第1の学習領域として挙げられているシステム思考では、幼稚園の年長から、高校生になるまでの間に、どのように順を追って学習を深めていくのかを見てみましょう。

●Grades K-1*2

テーマ:「部分」と「全体」の関係

概要: 

K-1の学年では、生徒は「部分」と「全体」の関係に注目します。「全体」を構成する様々なタイプの物体の部分の名前を覚えます。生徒は、簡単に分解したり、元に戻したりすることのできる物体(動植物を含む)と、分解してもう一度組み立てようとすると、元の形には戻らない物体があることを学びます。「部分」と「全体」の関係をよく知ることは、全ての理科学習の土台であり、自然環境や与えられた環境下でどのようにシステムが機能しているかを理解するための重要な基礎となります。

●Grades 2-3

テーマ:システムを構成する「部分」の役割

概要: 

K-1学年では生徒は「部分」と「全体」の関係を学びました。2-3学年では、生徒は物体、植物、動物を構成する「部分」がシステムとしてどのように結びつき、機能しているかを学びます。「全体」と「部分」は異なる特性を持ち、一つでも「部分」を取り除いてしまうと「全体」が以前と同じようには機能しなくなります。また、同じ「部分」が、異なるシステムの中では違った役割を果たします。生徒は、システムとは「全体」を構成する相互作用を持つ「部分」の集まりであることを学びます。物体、植物、動物は単なる「部分」の集まり以上のものであることを理解することは、全ての自然環境や人為的環境を調査する上で価値を持つ深い見識です。

●Grade 4-5

テーマ:複雑なシステム

概要: 

Grade 2-3では、生徒は物体、植物、動物を構成する「部分」がどのように結びつき、機能しているかをシステムとして考えることを学びました。4-5学年では、生徒は、システムには小さなサブシステムがあり、サブシステムは大きなシステムの部分になっていることを学びます。前の学年で学んだシステムと「部分」についての考え方がシステムとサブシステムについても応用できます。また、生徒はインプットとアウトプットについて学び、インプットが変わった場合にシステムがどう変わるかを予測します。システムの階層についての概念は生徒が機械的なシステム(都市など)と自然システム(エコステムなど)の間の関係を理解する架け橋になります。

●Grade 6-8 (中学生)

テーマ:インプット、アウトプット、境界、フロー

概要:

Grade 4-5では、インプットやアウトプットと少し複雑なシステムについて学びました。6-8学年ではシステム思考を使ってより複雑な状況を単純化したり、分析したりします。この学年で生徒が学ぶシステムの概念は、システムの境界を選択すること、物質のフローやシステムのエネルギーを計測して、オープンかクローズかのシステムを決定すること、システム思考を科学、技術や複雑な社会問題に適用することなどです。これらの見識と能力は、生徒が科学の領域間の関係や科学と技術と社会の間の関係を理解するために役立ちます。

●Grade 9-12 (高校生)

テーマ:予測とフィードバック

概要:

Grade 6-8では、生徒は複雑な状況をシステムとして捉えることにより、状況を単純化し、分析することを学びました。Grade 9-12では、生徒はより精緻なシステムモデルを構築し、フィードバックの概念を学びます。生徒は与えられた状況に対してシステム分析が役に立つかどうかを決定し、役に立つ場合は、システム、サブシステム、システムの境界、フロー、フィードバックを説明できるようにします。次の段階では、変化を予測するダイナミックモデルとしてシステムを用います。また、最も高機能なシステムモデルを用いても、実世界がどのように動くかを正確に予測することは不可能であることを学びます。このシステムに対する深い理解とシステム分析を使う能力は科学的探究心と技術デザインの両方にとって欠かすことのできないツールです。

 

 

システム思考は、変化、複雑性、相互依存に基づく新しい時代に生きる未来の成人にとって必須の力です。21世紀を生きる力の教育を学校で実施するために創られた米国の非営利団体パートナーシップフォー21でも、「学習能力とイノベーションのスキル」の学習領域において、クリティカル思考とならんでシステム思考の重要性を挙げています。

 

OECDが、2003年に発表したキーコンピタンシー(生きる力の定義)では、自律的に生きるために、システム思考力を育む重要性を述べています。複雑な社会で自分のアイデンティティを実現し、目標を設定して意思決定を行っていくためには、システム(構造、文化、出来事、実践行動、法律や規則、社会習慣等)を俯瞰する力、パターンを認識する力が不可欠です。

 

日本の未来の成人にも、システム思考を育む機会を提供していきたいと思います。(2968字)

 

*1ワシントン州の理科学習スタンダードhttp://www.k12.wa.us/Science/pubdocs/WAScienceStandards.pdfからご覧いただけます。

*2  KとはKindergarten(幼稚園の年長学年)のこと。アメリカの学校教育ではK学年を義務教育と定め、小学校と同じ校舎で学ばせることが多い。通常、小学校:K~Grade 5、中学校:Grade 6~8、高等学校:Grade 9~12を指します。

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