キャリア教育最前線 ビジネスモデル「ユー」
文部科学教育通信 No.296 2012-7-23に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑩をご紹介します。
皆さんは、ビジネスモデルという言葉をご存知でしょうか。同じ商品を販売するビジネスでも、その仕組みや構造を変えることにより、新しいビジネスに生まれ変わります。この考え方で、誰でも、手軽にビジネスアイディアを創造するために生まれたフレームワークが、ビジネスモデルキャンバスです。2010年に、Business Model Generationという本が出版され、今年2月、日本でも、その翻訳本がビジネスモデル・ジェネレーションビジネスモデル設計書(アレックス・オスターワルダー著、小山龍介翻訳)として出版されました。
江戸時代、ビジネスモデルという言葉はありませんでしたが、日本には、新しいビジネスモデルを創造した人がいました。それが現在の三越となる越後屋です。それまで、反物は、富裕層を中心に訪問販売で売られていました。店主は、お客様の家族構成を熟知しており、家族の皆さんに似合う反物を仕入れて販売していました。もちろん、信用売りですから後払いです。ところが、三井高利氏は、「現銀安売無掛値(かけねなし)」の看板を掲げて、反物を店舗に並べ、大衆向けに反物を切り売りしました。もちろん、現金商売です。同じ反物の販売なのですが、モデルを変えることにより、ビジネスは大成功、後の三越に発展します。顧客は、富裕層から庶民へ。販売単位は、一反から切り売りへ。販売チャネルは、訪問販売から店頭販売へ。信用売りから現金商売へ。ビジネスを構成する要素を、変えることにより、着物を売るビジネスを全く新しいビジネスに塗り替えました。起業家をたくさん生んでいるアメリカで、ビジネスモデルの理論が最初に適用されたのは、1901年、ジレットがカミソリ本体を安く売り、替え刃で収益を上げるというビジネスを立ち上げてからです。 このことは、日本人は、起業家に向かないというまことしやかな説が、単なる言い訳でしかないことを証明してくれます。
さて、ここからが本題です。そのビジネスモデルが、更に進化し、ビジネスモデルに当てはめて「自分の価値」を、戦略的に考えようという発想で生まれたのが、Business Model You( ビジネスモデル「ユー」) Tim Clark著 です。
不確実で不安定な時代に、二十一世紀の子どもたちが幸福な人生を送るためには、これまで以上に、己を知ることが重要です。大きな会社に就職すれば、一生安泰という時代は終わりました。会社や上司が、丁寧に、社員を育てることも、困難な時代になりました。このような時代におけるキャリア開発を念頭に考えられたのが、ビジネスモデル「ユー」です。自分のキャリアを、就職や就社という定義で考えるだけではなく、職業を、自分自身を体現する機会と考えます。自分は、人生を通して、誰にどのような価値を提供することで、社会に貢献したいのか。自分が、大切にしている価値観は何か。そのために、今持っている力は何か。今後、高めて行かなければならない力は何か。その力を得るために、どのような学習や経験が必要なのか。このような視点で、キャリアを選び、成長を積み重ねて行く事により、ビジネスモデル「ユー」を高めて行きます。
モチベーションという言葉をよく耳にします。自分の得意な事、自分の好きな事を通して、世の中に貢献することができる時、人のモチベーションは最大化します。しかし、その答えは、学校も、先生も、親ですら、教えてあげることはできません。自分を知ることが、モチベーションを最大化する方法なのです。
ビジネスモデル「ユー」では、自己認知力を高めるために、さまざまな、質問のフレームワークが用意されています。その一部をご紹介しましょう。
●What Sort of Person Are You?
あなたが「どんな人であるか」を知るとても良いエクササイズがあります。
1.260余りの単語のリストからあなたの特徴を表すのにしっくりくる単語を12個ほど選びます。単語は、「アカデミック」「真面目」「受容的」「正確」「目標志向型」「臆病」「野心家」「心配性」「好奇心旺盛」「客観的」など多岐に亘っています。
2.選んだ単語の根拠を自分で書きいれます。例えばあなたが、「ゆるぎない、着実」という単語が自分に当てはまると思ったら、その根拠として「私はいつも最後までプロジェクトを遂行し、めったに脱線することはない」と書きます。
3.次に他の人(友人、同僚、上司、両親等)があなたどう見ているかを知るために、同じエクササイズを依頼します。相手が「クリエイティブ」という単語を選んだら、どうしてそう思うのか、「クリエイティブ」が私にあてはまると相手が思う根拠を聞いてみます。
4.このエクササイズを3~4人の相手に対して繰り返すことにより、共通の単語が浮かび上がってきます。他の人の見方は、自己認識と一致している時もありますが、思いもかけないあなたの「強み」が浮かび上がってくることもあります。
●Life Line Discovery
満足できる仕事を手に入れるために重要な要素が3つあります。1)興味、2)スキル(能力)、3)個性です。ライフライン(自分史)を書くことであなたにとって大事な3つの要素が発見できます。
引用: Business Model You, P98 Career “Sweet Spot”
1. 自分史を描いてみましょう。横軸を時間軸(過去→現在)として、これまでのあなたの人生で起こったHigh(良い出来事)やLow (悪い出来事)を15~20個書き入れます。ここでいう出来事とは、仕事、プライベートに関わりなく、あなたの人生で重要かつ具体的で、強い感情と結びついている出来事です(例:引越、入学、就職、結婚、旅行、病気等)。出来事を書き入れたら、それを線で結びます。
引用: Business Model You, P101 Darcy’s Life Line
2. 描いた自分史から、Highの出来事に着目し、どんな仕事の時に自分がワクワクしたのかを見つけ出します。その出来事にどんな活動やアクション(取り組んだこと、対処したこと)が含まれていましたか。
3. その活動やアクションは「会計の仕事」「情報処理」「買い物」「秘書的仕事」「インタビュー」など、仕事上で用いることのできる能力とどの程度結びついていますか。リストをチェックをして、どんな仕事の内容が多かったか、チェック印の多い順に10個を選び出してみましょう。
4. 今まであまりやったことがなくても好きな仕事、もっとやってみたい仕事をリストの中から5つ選び出します。
5. チェック印の多い10個の仕事と好きな5個の仕事の中からさらに3~4個の仕事を絞り込み、あなたが「関心」と「能力」の両方を持つ仕事を見つけ出します。
「私は他人とどう違うのか?」という違いに目を向け、自分が何者かを考えさせることが、キャリア教育の第1歩であると思います。このようなフレームワークを用いて、子どもたちが自分について考えたり、学業以外の多様な活動に参加する機会を与えることが重要です。また、子どもたちに自由に議論させることで、自他の違いに気づかせる機会も必要です。
キャリア開発は、生涯を通じたプロセスです。ビジネスモデル「ユー」は、自己の存在理由を見つけ、自己成長と革新に導く生涯学習型のモデルです。自己を生かし続けるために、とても有益なモデルだと思います。現在、著者のTim Clark氏(筑波大学国際経営コース・教授)と共に、大学生や若者向けのビジネスモデル「ユー」活用方法を開発中です。