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「生きる力」とOECDのキーコンピテンシー

文部科学教育通信 No.291 2012-5-14に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑤をご紹介します。

PISAの前提として定義されたOECDのキーコンピテンシーは、世界のOECD加盟国の教育改革に、大きな影響を与えています。日本においても、「生きる力」に反映されており、2002年および、2011年改訂の学習指導要領に盛り込まれています。

OECDが、キーコンピテンシーの定義に取り組んだ背景には、社会の変化があります。これまでの学校教育では、子どもたちが将来、幸せに、意義ある人生を生きるために必要な力を身につけることができないという課題認識に基づき、キーコンピテンシーは、策定されました。

 

●変化、複雑性、相互依存

子どもたちが生きる時代は、これまでと何が違うのでしょうか。子どもたちは、絶え間なく続く技術革新に対応することが求められます。溢れる情報を取捨選択しなければなりません。経済成長と地球環境の保護という2つの矛盾する目的を達成しなければなりません。豊かさの追求と、貧困や富の格差の是正を同時に考えなければなりません。目的を達成するための取り組みは、より複雑になっており、特定のスキルを身に付けただけでは、問題解決に十分な力を持つことができません。このような時代認識に基づき、OECDのキーコンピテンシーは策定されました。

時代背景を表す言葉は、変化、複雑性、相互依存の3つです。技術が、急速に継続的に変化する世界においては、技術に関する学習はプロセスの一時点でのマスターだけでなく、変化に対する高い適用力が求められます。社会がどんどん複雑化、細分化してきており、個人的な関係においても、多様な人々との交流がますます求められてきています。また、グローバライゼーションは、新しい形態の相互依存性を作り出しています。経済競争や、環境破壊に繋がる様々な活動は、個人の住む地域や国家の枠を超えて広がってきており、グローバライゼーションによる相互依存性は、今後ますます高まることが予測されます。 

OECDは、このような時代背景を前提として、子どもたちが、将来直面する問題に対処するために必要な力を身につける教育を目指し、1997年に、キーコンピテンシーの検討を始めます。

 

●目的と方針

OECDは、キーコンピテンシーを策定するにあたり、目的と方針を明確にしています。究極の目的は、民主的な社会の実現と、持続可能な成長の維持です。その上で、キーコンピテンシーの妥当性を検証する指針を、3つに絞りました。方針の1つ目は、キーコンピテンシーが、個人と社会の両者にとって価値ある結果をもたらすものであること。2つ目は、特定の状況において求められるコンピテンシーではなく、あらゆる場面において普遍的に重要なコンピテンシーであること。3番目に、特定の専門家だけではなく、全ての個人にとって重要なコンピテンシーであることです。

OECDは、個人と社会、それぞれにとって価値ある結果とは何かも明確に定義しています。個人の成功の定義は4つです。①望ましい就職の機会と所得を得られること、②健康と安全が維持出来ること、③政治への参画が認められること、④人間関係やコミュニティが存在すること、の4つが重要であるとされています。同様に、社会の成功も、4つに絞り込んでいます。①経済的生産性が維持されていること、②民主的プロセスが存在すること、③社会的なまとまりや構成が成立し人権が守られていること、④)環境が守られていることの4つが挙げられています。このような成功を実現するために必要な力として、キーコンピテンシーの検討を行いました。

このような思考プロセスを経て、キーコンピテンシーの定義が、2002年に発表されています。

 

●3つのキーコンピテンシー

第1のカテゴリーは、相互作用的にツールを用いる力です。言語的スキルや数学的なスキルを土台としたコミュニケーション力は、このカテゴリーに含まれます。さらに子供たちは、創造的に問題解決を行うために適切な情報処理能力と思考力が求められます。そのために、①分かっていないことを認知する力、②適切な情報源を特定しアクセスする力、③その情報の質、適切さ、価値を評価する力、④知識と情報を整理する力を鍛える必要があります。技術革新に適応するのみでなく、技術革新を生み出す力も、このカテゴリーに含まれます。

第2のカテゴリーは、異質な集団で交流する力です。和を重んじる日本人にとって、得意な領域と思われがちですが、その内容を読み進めて行くと、日本人も発想の転換が求められることがわかります。人が自分にとって良いと感じる環境を作り出すためには、他者の価値観、信念、文化や歴史を尊敬し、評価するだけではなく、それらを取り入れて成長することが求められます。そのためには、共感力を持ち、自己及び他者の情動やモチベーションに効果的に対処する力が求められます。また、協力する能力としては、①自分のアイディアを出し、他者のアイディアに耳を傾ける力、②討議の力関係を理解し、基本方針に従う力、③戦略的、あるいは持続可能な協力関係を構築する力、④交渉する力、⑤異なる意見を受け入れ、その上で意思決定する力の、5つの力が求められます。このカテゴリーには、争いを処理し、解決する能力も含まれ、①異なる立場があることを認識し、現状の課題と危惧されている利害の全ての面から争いの原因と理由を分析する力、②合意できる領域とできない領域を認識する力、③問題を再構築する力、④要求と目標の優先順位を決める力、の4つの力が求められます。

第3のカテゴリーは、自律的に活動する力です。変化、複雑性、相互依存に象徴される新しい時代において、個人は、より広い視点を持ち、より広い文脈の中で、自己の行動や意思決定を捉えなければなりません。自分の行動の直接的・間接的な結果を認識する必要があります。変化する環境において、人生の意義や目的を明確にし、計画性とストーリーのある人生を生きる力が求められます。また、自らの権利、利害や、限界を知り、社会的な責任を果たすと同時に、自己を守る力をもつことが求められます。変化、複雑性、相互依存を前提とした社会において、幸福な人生を生きるために、システム思考を持つことが不可欠であることが解ります。

OECDは、3つのカテゴリーを包括する力として、内省力およびメタ認知力が不可欠であると述べています。自らの経験を内省し、学びを抽象的概念化する力や、思考について考える力が、自律的学習者には不可欠だからです。

 

子どもたちが、幸せで、意義のある人生を「生きる力」を習得するために、私たち教育に関わる者には、OECDが述べている時代の変化や、子どもたちが新たに習得しなければならない力について、より多くの人々が知る機会を提供する責任があります。また、子どもたちに要求するキーコンピテンシーを、我々自身が、率先し、その実践者となることを目指す必要があります。新しい時代の「理解」の定義は、理解しているだけでは十分ではなく、実践出来ていることを指します。実社会を生きる力を身につける教育において、教育に関わる大人の「理解」の質が変わらなければなりません。

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