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ウェンディ・コップ

文部科学教育通信 No.292 2012-5-28に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑥をご紹介します。

 

昨年のシリーズで、皆様にご紹介した教育NPO “ティーチ・フォー・アメリカ(TFA)”の創立者ウェンディ・コップ氏がこのほど、初来日しました。教育から社会を変える3つのイベントが開催され、合わせて1000人を超える人々が参加しました。東京大学で開催された学生対象の講演会では、TFAが全米で支持される理由や日本での新しいキャリアのあり方などをテーマにパネルディスカッションが行われました。六本木アカデミーヒルズで行われた来日記念セミナーでは、TFAの活動から、アイディアを形にするウェンディの実現力を学びました。日米文化教育交流会議(カルコン)主催のンシンポジウムではグローバル社会における社会起業家を通した教育改革をテーマに討論が行われました。

私が、TFAのことをはじめて知ったのは、母校ハーバードビジネススクールの100周年記念行事に参加した2008年のことです。「アメリカの公教育改革における社会起業家の役割」というセッションで、ウェンディ・コップ氏の話を伺う機会がありました。それまでは、TFAのことも社会起業家の存在も知らなかったので、大きな衝撃を受けました。そもそも、なぜビジネススクールで公教育の改革がテーマに挙げられているのだろうという好奇心から参加したのですが、ウェンディの話を聞いてすぐに謎が解けました。まず彼らのアプローチは、従来の教育改革のアプローチとは全く異なっていました。教育課題の解決をビジョンに掲げ、そのビジョンを達成するために創造的に課題解決に取り組むウェンディの思考と行動は、夢を実現するために果敢に挑戦する起業家の姿と重なって見えました。

 

●教育改革を社会起業家の視点で行う

ウェンディが、TFAを立ち上げたのは、彼女がプリンストン大学を卒業して間もなくのことでした。起業家のスティーブ・ジョブスは、「フォルクスワーゲンのようなPCがほしい」という願いからアップルを立ち上げました。一方でウェンディは、「いつか、すべての子どもたちに、すばらしい教育の機会が与えられる日が来るために」という願いから、教育という社会問題を解決することを志し、TFAを立ち上げました。二人に共通しているのは、起業時に誰もが不可能だと言っていたビジョンを実現したいと考え、果敢に挑戦したことです。その点でスティーブもウェンディも、実は同じ起業家だったのです。唯一異なるのはウェンディのビジョンがビジネスではなく、教育という社会問題の解決にあったということです。そう考えるとウェンディが、「社会起業家」と呼ばれるのもうなずけます。

 

●ティーチ・フォー・オール

TFAを参考とする教育モデルが世界に拡がり、現在、「ティーチ・フォー・オール」として世界23ヶ国にその取り組みが広がっています。ティーチ・フォー・ジャパン(TFJ)は、その23カ国目の加盟国として2012年1月より正式に発足しました。来日後、ウェンディが向かったのはティーチ・フォー・チャイナのある中国です。ウェンディは、過去を振り返り、こう話してくれました。「教育の問題は、国特有の問題であり、TFAでの経験は活かせないのではないかと思っていた。ところが、この5年間の経験から、そうでないことが分かった。 国により制度や仕組み、歴史的な背景等は異なるけれども、その課題を捉えると、多くの場合、共通のパターンや傾向が見られる。したがって、世界中のティーチ・フォー・オールのメンバーが、相互学習を重ねることで、パワーアップすることが可能である。」この話を聞きながら、私は学習する組織として高い評価を得ている米国のGE(ゼネラル・エレクトリック社)のことを思い出しました。学習する組織の考え方をGEに取り入れたジャック・ウェルチ氏は、バウンダリーレス(boundaryless)を目標に掲げました。変化の激しい時代に、すべての領域でベストプラクティスを自社開発することは不可能だが、世界中の人々や企業が考えたベストプラクティスを、スピーディに自社のものにすることができれば、最強の組織になれると彼は考えました。このような、組織の学習力こそが企業力を決めるというジャック・ウェルチ氏の考え方は、まさにTFAおよびティーチ・フォー・オールの成功法則に共通しています。

 

●ティーチング・アズ・リーダーシップ

TFAの教師が教える生徒は、他の教師が教える生徒の1.2倍~1.3倍成績が伸びることが知られています。その指導力を支えるのが、TFAの持つ組織の強みです。ウェンディは、有能な教師たちはどのような取り組みを行っているのかを徹底的に調べ、その学びをティーチング・アズ・リーダーシップとして普遍的に概念化しました。ティーチング・アズ・リーダーシップは、教師のために作られた行動規範であり、すべてのTFAメンバーの活動に反映されています。その意味では、TFAの文化といってもよいと思います。

(1)大きな目標を掲げる

(2)目的を持って計画する

(3)効果的に行動する

(4)生徒と、その家族および影響を与える人々を大きな目標に向かって本気で取り組ませる

(5)効果を追求し続ける

(6)弛まぬ努力をする

 

●トランスフォメーショナル・ティーチャー(生徒の人生を変える教師)

最近のTFAのキーワードは、トランスフォメーショナル・ティーチャーです。ティーチング・アズ・リーダーシップは、有能な教師の定義として有効なものですが、ウェンディたちの学習意欲は、そこに留まるものではありません。トランスフォメーショナル・ティーチャーとは、生徒を変容させる教師、生徒の人生を変えてしまう教師です。学力を向上させるだけでは、十分ではないと、ウェンディたちは考えています。生徒の学力を向上させることができる教師に共通の特性をティーチング・アズ・リーダーシップとして定義したのと同様に、トランスフォメーショナル・ティーチャーに共通の特性を見出したいと考えます。学習する組織ならではの発想です。一人の人が出来ることは、その成功要因を明らかにすることにより、組織のナレッジとなります。それは、採用や育成に活用され、トランスフォメーショナル・ティーチャーが、拡大再生産されます。

 

●3つの学び

TFAは、今では全米43地域に9300名の教師を派遣する組織に成長しました。22年のTFAの活動からの学びを、ウェンディは、3つのキーワードで紹介してくれました。

Solvable・・・   教育問題は、解決することができる。

Leadership・・教育問題の解決を推進するには、リーダーシップの力が不可欠である。

Shareable・・・ 問題解決から得られたナレッジは、固有のものではなく、広く適用可能である。

 

TFAで教員を経験した人は総計2万4000名にのぼり、様々な形で教育格差の是正に大きく貢献しています。中には教育長や政治家、企業の幹部として社会に影響力を持つ人材になっている人も多い、という事実を考えるとウェンディの言葉は大変説得力を持ちます。

TFAが教育課題の解決に果敢に取り組んできた歴史について詳しくお知りになりたい方は、ウェンディ・コップ著、松本裕訳、『世界を変える教室』 ~ティーチ・フォー・アメリカの革命~(英治出版、2012年)を是非お読みください。

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