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オランダ教育視察(3) 学校・地域・家庭の連携 子どもも大人も学習するピースフルコミュニティ

文部科学教育通信 No.336 2014-3-24に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る(46)をご紹介します。

 

近年、ピースフルスクールプログラム導入校での子どもたちや教師の変化が、家庭や地域社会にも良い影響を与えることが知られるようになりました。プログラム導入校の文化が校外にも広がり、子どもから大人まで様々な人達が学ぶコミュニティが生まれているのです。

ユトレヒト市では、70パーセントの小学校がピースフルスクールプログラムを実施していて、市内10地域のうち9地域がピースフルコミュニティとなっています。

オランダ教育視察シリーズ第3回目である今回は、子どもも大人も学習するピースフルコミュニティをご紹介いたします。

 

ピースフルコミュニティ

「一人の子どもを育てるには、村がひとつ必要である」

この言葉は、ピースフルコミュニティの概念を表しています。

子どもたちは、家庭や学校、地域社会といった複数の共同体で生活しているため、その全ての場所で同じことを繰り返し学んでいくことが、子どもの学習にとって大切であると考えられています。例えば、学校では「対立した時は、落ち着いて話し合いで解決しよう」と習っているにもかかわらず、家庭や地域社会でそれが体現できていないと、子どもたちは「本音と建て前は違うようだ」と思ってしまいます。そのため、子どもがかかわる全ての場所で一貫した学びの機会を作っていくことを目指したピースフルコミュニティが注目されています。

 

 ピースフルコミュニティができるまで

現在、ユトレヒト市中心に広がっているピースフルコミュニティですが、どのようにして学校から地域社会へと学びが広がっていったのでしょうか。

元々ピースフルスクールプログラムは、学校をひとつのコミュニティと捉え、先生と子どもたちが一緒に考え行動する、民主的な共同体を実現することを願って開発されました。そのため、子どもたちはコミュニケーションスキルといった知識を身につけるだけでなく、プログラムを通して安心安全な文化を自ら創ることができるようになります。

また、子どもは学校だけでなく家庭や地域などでも活動しているため、学校で学んだことを校外でも実践するようになります。例えば、家庭で夫婦喧嘩をしていると、’仲裁’を学んだ子どもが「私が仲裁しましょうか?」と保護者に話しかけることがあります。また、地域で大人同士の対立が起きた場合も、’赤い帽子’(自分の意見を押し通すスタイル)ではなく’黄色い帽子’(話し合いで解決するスタイル)で解決することが大切だと学んだ子どもが、「黄色い帽子をかぶって対立を解決した方が良いですよ」と大人に対してアドバイスすることもあります。

子どもが実践していることを大人が知らないでいると、学びが途絶えてしまう恐れがあります。「学校では対立を話し合いで解決することが大切だと習っているのに、大人の世界ではそうではない」と子どもが思ってしまっては、元の木阿弥です。

また、家庭や地域社会をより安心安全な場所にしていくことは、子どもたちが学習し続け、チャレンジできる環境を整えるという意味でも重要です。これらのニーズにより、大人もピースフルスクールプログラムから学ぶ必要性が高まりました。

まずは学校から近い共同体である学童保育やスポーツクラブでプログラム導入をはかり、’ビッグスクール’という形で校外でもプログラムの学びを実践する機会が生まれました。

その後、家庭や地域社会を含めたより広範囲のコミュニティで実践されるようになり、’ピースフルコミュニティ’が誕生しました。例えば、保護者や警察官向けのワークショップを開催し、子どもたちが学んでいるピースフルスクールプログラムのメソッドを大人たちも学んでいます。

 

 ピースフルコミュニティで行っていること

安心安全な場をみんなで創るため、学校関係者・保護者・ソーシャルワーカー・放課後プログラム(スポーツクラブなど)・デイケアセンター・市議会議員・警察官などが、共に様々な活動を行っています。

まず、お互いのことを理解していないと、些細なことでいさかいが起きてしまうため、お互いをよく知る機会を多く設けています。例えば、イスラム教の方は肌が接触することを好みません。しかし、イスラム教の文化や規範を知らない人からすると、握手を拒まれたことが悲しいと感じてしまいます。このような相手の文化背景への理解不足から対立が起きないように、どのような人がコミュニティに存在して、何を規範としているのか、どんな考えを持っているのか、といったことをお互いに理解し合うことを大切にしています。

また、どのようなコミュニティを創っていきたいのかという「共有ビジョン」を、コミュニティに属する人たちと共に考えます。その際、誰かを批判するのではなく、子どもたちにどんな大人に育ってほしいのか、そのためにどのようなコミュニティをつくるのか、どのような教育を行うのかを、「願い」としてお互いに共有します。

そして、子どもを含むコミュニティに属する人達で、その共有ビジョンがどの程度達成できているのかを確認します。もし課題があるとしたら、それはどのような課題なのか、解決のためにできることは何かを考え、解決のためにそれぞれが貢献します。

立場が異なる者同士で協働して安心安全な場を創り上げ、子どもも大人も共に学んでいるピースフルコミュニティから学ぶことは数多いと考えます。

 

 オープニングセレモニーの様子

オランダ訪問時に、新しいピースフルコミュニティのオープンセレモニーが開催され、我々日本からピースフルスクールを見学にきたメンバーも同席させていただきました。

セレモニーには、そのコミュニティを創る担い手である様々な立場の人が参加していました。

どのような思いで新しいコミュニティが出来たのか、コミュニティのコーディネーターであるペイトラさんがスピーチされた後、赤ちゃんが写った写真を参加者全員で見て、その赤ちゃんがどのような大人に育ってほしいのかを、参加者が発表し、誓いのサインをポスターに書いていきました。

学校関係者や保護者、市役所の方、警察官、スポーツクラブの方などが、それぞれの願いを共有し、お互いの思いを尊重している姿は、まさにピースフルスクールプログラムでの教えを体現していると感じました。このセレモニーに参加した子どもたちも、学校での学びが社会でも生かされていることを感じているようでした。

「一人の子どもを育てるには、村がひとつ必要である」

この概念を日本にも広めるため、活動を続けていきたいと思います。

オランダ教育視察(2) ピースフルスクール採用校での学び

文部科学教育通信 No.335 2014-3-10に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る(45)をご紹介します。



20142月中旬、先進的な教育の取り組みを視察するためにオランダを訪問しました。

5回にわたりオランダでの気付きと学びをお伝えしたいと思います。

第2回目である今回は、ピースフルスクール採用校であるマルクススコールを訪問した際の学びをご紹介いたします。

 

レッスンでの子どもたちの様子

211日にユトレヒトにあるマルクススコールを訪問しました。

この学校の教育方針は、以下です。

「全ての子どもたちに学ぶ意思があるという前提のもと、その力をより伸ばすための教育を行っている。社会の一員として貢献するために、集団生活の中で自分の価値と役割を見出すことができる子どもに育てる。」

ここでは、グループ7(小学5年生)のピースフルスクールのレッスンを見学させていただきました。レッスンは以下の構成で行われました。

  1. はじまりのゲーム

    子どもたちは二人組になり、質問の書かれた紙を持ちます。それぞれが質問に答えたら、二人は握手をして別れます。また新しい人とペアになり、それぞれが問いに答えます。クラスのお友達と積極的に関わることで、質問するスキル、質問に答えるスキル、人によって答えや意見が違うことを学びます。

  2. レッスンのアジェンダ共有

    子どもたちはレッスン内容や学ぶことを把握します。このアジェンダでレッスンが進むことに賛成かどうか、先生は子どもたちに確認します。

  3. レッスン

    今回のテーマは「対話を通して合意すること」でした。第45回写真.JPG
    4人グループに分かれ、「CITOテストの制度に賛成か、反対か」について、自分の意見を他のメンバーに伝え、対話を通してグループで一つの答えを出します。
    CITOテストとは全国共通学力試験のことで、オランダでは、毎年2月、政府教育評価機構CITOが小学6年生の子どもたちを対象にこのテストを実施します。テストの結果をふまえ、子どもたちは今後の進路を考えます。
    はじめに、自分の意見をまとめます。その際、先生や他のお友達の意見に左右されず、自分はどう思うのか、を大切にします。そして、その意見をグループのお友達に伝えます。伝える際は、良い・悪いだけでなく、なぜそう考えたのかという根拠となる理由も伝えます。ピースフルスクールでは、理由を伝えないと意見としてみなされません。
    私が見学していたのは、男子一人、女子三人のグループでした。その内、CITOテストに賛成であるのは男子一人と女子一人。残りの女子二人はテストに反対という意見でした。それぞれが自分の意見を伝えると、対話をはじめます。
    最初に、テストの制度に反対であるという意見を持っている女子が「せっかく長年勉強を頑張っているのに、たった一回のテストで進路を決められてしまうのはおかしいわ。緊張してしまうかもしれないし、体調が悪いことだってありえるもの。」と言いました。すると、テストに賛成であると答えた男子が、「そうだよね。僕も緊張してしまうから、テストは嫌だなと思うよ。」と言い、反対であるという意見に変えました。他の人の話を聞いて納得した場合、意見を変えることも自由です。
    10分間の対話を通して、このグループではテスト制度に反対である、という意見にまとまりました。レッスンの最後にそれぞれのグループがどの意見に落ち着いたのか、その理由はなぜかを発表します。6グループ中4グループがテスト制度に賛成、2グループが反対という意見でした。

  4. レッスンのまとめ

    子どもたちの様子をふまえて、先生が大切なポイントを共有します。意見を伝えるには根拠も伝えること、納得していないのに意見を変えることは良くないが納得したら意見を変えても良いこと、話し合いを通して合意形成できること、既存の制度やルールが本当に正しいのか考えること。これらの重要性を伝えていました。そして、子どもたちに対して、何を学んだのか、その学びをどのように活かすのか、といったリフレクションの問いも投げかけていました。

  5. おわりのゲーム

    ほめ言葉サークルというゲームでレッスンを終えます。
    まず、子どもたちは円になります。地球柄のボールを持った子どもは、クラスのお友達の素敵だと思うところを一つ発表して、そのお友達にボールを投げます。ボールをもらったお友達は、別のお友達の素敵なところを発表し、その人にボールを投げます。「いつも周りに優しく接していて素敵だと思うわ。」「走るのがとても早いのが素敵!」「色んな神様のことを大切にしていて、すごいと思うよ。」
    普段なかなか伝える機会のないことを、こういったアクティビティの中で伝えていきます。

1から5までのレッスンは約40分で終わりました。授業開始前よりも場の空気はあたたまり、子どもたちからは自信や前向きな力が伝わってきました。レッスンを見学して、子どもたちの自己肯定感や共感力が高まる理由がわかりました。

 

メディエーター(仲裁者)との対話

ピースフルスクールには、メディエーターと呼ばれる対立やけんかの仲裁を手伝う人がいます。メディエーターはグループ7、8(小学5、6年生)であることが多く、自ら立候補し、その資質が認められた場合にメディエーターとなるケースが多いです。

今回、この学校のメディエーターである子どもたちと対話する機会がありました。

先生からは、「ピースフルスクールを採用し、メディエーターという制度を導入したことで、校内の対立やけんかは大幅に減少した。今では、メディエーターが仲裁するまでに至らず、対立やけんかを子ども同士の話し合いで解決できることが多い。」と嬉しそうに報告してくれました。

仲裁をする上で難しいと感じることは何か、という質問に対して、「仲裁をすることは、対立している二人の意見をきちんと聞いて状況を把握すること、どちらかに加担するのではなくどちらの意見も尊重すること、対立している子どもが自ら解決策を導けるようにサポートすることなどが難しいが、とても勉強になる。」と一人のメディエーターが答えてくれました。また、日本でもこの制度が必要かどうかという問いに対して、「日本にもけんかやいじめがあると思うけれど、この制度を導入すると自分たちで問題を解決するようになるから、必要だと思う。」という意見を聞くこともできました。また、将来の夢は何かという質問では、人のために働きたいという理由で医者やエステティシャン、先生、といった職業があがりました。先生や保護者の望みに応えるために夢を語るのではなく、きちんと自分でなぜなりたいのか、どのような大人になりたいのかを語ることのできる子どもたちを目の前にして、子どもは幼稚な存在なのではなく、大人が幼稚な存在に仕立て上げてしまっているのだと感じました。確かにオランダと日本で異なることはたくさんありますが、オランダと日本では文化が違うから、日本の子どもたちには無理だ、といった考えは、日本人のメンタルモデル(偏見)であって、子どもたちの力を信じられていないのだと痛感しました。

今後ピースフルスクールを日本で展開する上で、今回の訪問での気付きや学びを活かしたいと考えております。

 

ピースフルスクールのウェブサイト:http://peacefulschool.kumahira.org/

 

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