skip to Main Content

子どもの個性を育む学校

2021.12.13文部科学教育通信掲載

子どもの個性を育める環境

先日、ソニー科学教育研究会主催の講演会で2000年にノーベル化学賞を受賞された白川英樹先生のお話を伺う機会がありました。その際に、子どもの個性を育む教育を実現するためには、20人学級が適切であろうという意見をお持ちであることを知りました。ヨーロッパ諸国では、すでに実践されている学級のサイズです。

日本では、約40年ぶりに学級編成の標準が一律引き下げられ、小学校で35人学級が実現することになりました。学級人数をさらに15人減らすのに、後何年かかるのだろうかと考えると気が遠くなります。

子どもの興味関心の多様性

子どもは、大人と違い、自由に自分の意思に基づき行動することが許されます。赤ちゃんが乳母車の中で、空を眺めようと、親の携帯で遊ぼうと、先生に叱られることはありません。その時に、子どもが、何に関心を持つのかに意識を向けると、親は、子どもの個性を学ぶ事ができます。

オランダの幼稚園では、遊びのコーナーが、マルチプルインテリジェンス理論に基づきデザインされていて、一人ひとりの子どもが何に強い関心を持っているのかを先生が見守ることが出来ます。

 

CDプレイヤーとヘッドホーンが用意された 音楽を聞けるコーナー

植物や自然に触れられる お庭のコーナー

言葉のパズルで遊べる電子黒板が用意された 言語コーナー

数や図形で遊べる 算数コーナー

絵や図工ができる 絵画コーナ-

体を動かせる 運動コーナー

静かに本を読んだり、考え事ができる 内省コーナー

 

子どもが、毎日、どのコーナーで遊んでいるのかを記録することで、一人ひとりの子どもの個性を把握することができます。また、いつも同じコーナーで遊んでいる子どもには、違うコーナーで遊んでみることを提案し、色々な世界に触れることを奨励しています。

マルチプルインテリジェンス(MI)理論

マルチプルインテリジェンス(MI)理論は、ハーバード大学教育大学院認知心理学ハワード・ガードナー教授が提唱した理論です。1983年にこの理論が発表されたことで、知能という概念が大きく進歩することになります。

MI理論 8つの知能
①言語的知能 (Verbal – Linguistic)
②論理・数学的知能 (Logical – Mathematical)
③空間的知能 (Visual – Spacial)
④音楽的知能 (Musical)
⑤身体運動的知能 (Bodily – Kinesthetic)
⑥対人的知能 (Interpersonal)
⑦内省的知能 (Intrapersonal)
⑧博物的知能 (Naturalistic)

人間は誰でもこの8つの知能を持って生まれ、どの知能が強いか弱いかという“程度”と“組み合わせ”が一人ひとりの「個性」になります。

従来(現在)の学校教育は、①言語的知能 (Verbal – Linguistic)、②論理・数学的知能 (Logical – Mathematical)だけを知能と捉え、伸ばすことに注力してきました。今までの人間社会がこの2つの能力を職業との関連で要求してきたためです。

学びの扉

マルチプルインテリジェンス理論は、人間の知能と個性を理解する上でとても役立つ理論ですが、学びという視点では、更に重要な理論を提示してくれています。それが、学びの扉(エントリーポイント)という考え方です。

教室における個性・多様性において、学びの扉が最も大切なものではないかと思います。生徒一人ひとりが、同じテーマについて、自分の興味関心の扉から学ぶことを許されるのであれば、どれだけ多くの生徒が、主体的に学びに向かうことができるでしょうか。想像しただけで、ワクワクしてきます。

皆さんは、どの扉から学びたいですか。

6つの「学びの扉(EP)」 

The Aesthetic Window(審美的)

このEP(エントリーポイント)を通して学習者は、テーマや芸術的作品の形や感覚の品質に答える。例えば色、線、表現や絵画の構成、蜂の巣の表面の複雑なパターンや詩の頭韻法や韻律。

The Narrative Window(説話的)

このEPを通して学習者は、テーマや芸術的作品の説話的要素に答える。例えば、絵画の中の描写される伝説、歴史のある時期の出来事のシーン、摩天楼建設の背景の話。

The Logical/Quantitative Window(理論/数量的)

このEPを通して、学習者は、理論的か数字的考察を招く芸術的テーマか作品の様相に応じる。例えば、ある芸術作品の創造にどんな決断がなされたか、自動車の総合的な寸法の計算の問題やミステリーのどの役が本当の悪役かの決定など。

The Foundational Window(根拠的)

このEPを通して学習者は、テーマや芸術的作品によってあげられた、より広い概念や哲学的問題に応じる。例えば微積分学は社会で重要か否か。メタファーは真実を描写するか否か。何故スープの缶が芸術なのか。

The Experiential Window(経験的)

このEPを通して学習者は、手や体を使って実際に何かをすることにより、テーマや芸術作品に応じる。例えば、近所の歴史の劇を演じることや、音楽に合わせた詩を用意すること。

The Interpersonal/Collaborative Window(協働的)

学習者は、協働活動を通して学ぶ。うまく設計されたグループ活動。グループプロジェクト、議論、討議、ロールプレイ活動における学生の特別な、卓越した貢献。

子どもの個性は、とても多様で、何か一つのレンズで図れるものでは有りませんが、マルチプルインテリジェンスや、学びの扉のレンズを持つことで、多様性を共通言語で捉え、教育活動に活かすことができるのではないでしょうか。

脳科学が証明している通り、興味関心を持てないと、人は学ぶことができません。感情が反応しない事柄は、記憶にも残りません。短期記憶でテスト対策は出来ても、生涯に渡り価値のある学びにはつながりません。むしろ、学びに対する間違った思考回路が習慣化してしまい、興味関心を持ち学ぶことができない大人に育つ危険性すらあります。

 

個性を育む機能を持たない学校システム

学校教育が、個性や多様性を育むことが難しい理由は、明確です。学年ごとに先生が教えなければならないことが決まっていて、先生は、学習指導要領で定めらた学習目標を達成するために必要な教育内容を一定の期間内に教える使命を持ちます。一人の先生が、35人一人ひとりのマルチプルインテリジェンスや学びの扉を尊重する環境を整えることは、現状の教育環境では不可能です。

もう一つの障壁は、評価です。テストの点数というわかりやすい評価が当てはめられる成績が、最もわかりやすい個性の定義となります。人間の持つ個性の豊かさは、数値で図ることは難しく、成績に比べると、捉えどころのない評価になってしまいます。その結果、個性は大事で、個性は大切に育まなければならないと誰もが思いながらも、個性を育む教育を実現することができないというのが、今の学校教育の限界なのだと思います。

個性を育む機能を持つ学校システム

個性を育むことに成功しているオランダの小学校では、学年ごとの到達目標はなく、その代わり、小学校卒業時点で試験を行います。そして、小学校卒業の学力を持たない子どもは、卒業しない仕組みになっています。また、定期的に行われるテストは、子どもの発達を測定することを目的としているため、テストの内容も、子どもに合わせて用意されるそうです。100点を取るテストをしてしまうと、その子の発達を正しく測定できないからだそうです。テストの結果は、問題解決に生かされます。子どもの発達の遅れには、2つの原因が考えられます。一つは、子ども自身に発達の課題がある場合、もう一つは、指導に課題がある場合です。この2つの視点で、課題を見定め、課題を解決することで、誰もが、生きるために必要な発達を実現することができます。

学級人数も、過去からの延長ではなく、未来志向で考える必要があるのではないでしょうか。

 

Back To Top