skip to Main Content

学長インタビュー ”次代の教育を創る”株式会社による挑戦

文部科学教育通信 NO.2689 2011-5-23 に掲載された熊平美香学長インタビューをご紹介します。

 

日本教育大学院大学は2006年4月、構造改革特別区域法に基づき、千代田区「キャリア教育推進特区」認定の株式会社による専門職大学院として設立されました。

 わが国で最初の教師育成の専門職大学院大学として開講して五年目を迎え、この間に巣立った3期の修了生のほとんどが教職で活躍しています。

 今回のインタビューは、日本教育大学院大学の使命と将来構想を中心にお話を伺いました。

 

閉塞感を打破する教師を育てたい

――日本教育大学院大学の使命についてお伺いします。

 学長 本学の使命をお話するために、設立の背景からお話したいと思います。本学は株式会社立の大学院です。設置母体は、栄光ゼミナールという学習塾・進学塾を経営している(株)栄光です。栄光は株式会社ですが、塾経営を通じて子どもたちと関わっていますから、子どもたちの変化や学校における課題がとても身近な問題としてあります。その中で、教育における閉塞感をじかに感じた創業者が、何かできることがあるのではないかということから始まったのが本学です。自らも創業時代、教師として塾に通う子どもたちの指導に当たった創業者は、教育における諸問題を解決するためにはよい先生が必要であるという信念がありました。教員養成を目的とする大学院が存在していなかった当時、教員養成を目的とした大学院を創ろうと考えた背景には、このような問題意識がありました。塾経営の中で先生と子どもの関係の重要性を強く認識し、先生に力を与えれば教育が変わり、学校が変わるのではないかと考えたようです。教員にもっとパワーを持ってもらいたい、という願いから株式会社による大学経営という未知の世界に挑戦しているわけです。

 本学のテーマは、次代の教育を創るということです。そのための教師をつくることを強く意識しています。新しい風を吹かせ、閉塞感を打破してくれるような教師を育てたいと思っています。 

 次代の教育を考える上で、まず考えなければならないのは、現在、学校に通う生徒や児童が社会で活躍する時代に、彼らにどのような力が求められるかということです。子どもたちに未来の挑戦に対処できる力を身につけさせることが、教育の使命であると考えるからです。日本においては戦後の経済復興の時代、世界的には産業革命を核とした工業化時代に築かれた繁栄の法則に変化が表れています。彼らが社会で活躍する時代には、競争から共生による繁栄の時代、グローバルにフラット化する社会と、これまでとは全く異なるパラダイムの時代に突入しています。その中で、子どもたちが、未来の挑戦に対処する力を学ぶために、効果的な指導に当たれる教師を育てることが、私たちの教師育成の目指すところです。 

本学が、社会人経験者を教員にすることを狙ったのも、社会人経験者であれば、このような時代の潮流を感じる経験を持ち、次代の教育創りに大きく寄与できると考えたからです。

 

次代に求められる「グローバル人材」の育成を 

 私は、これまで企業を対象に人材育成やリーダーシップ養成のコンサルテーションを行うなど様々なかたちで人材育成に関わってきました。その中で「グローバル人材」というキーワードが鮮明になってきました。グローバル人材とは、単に英語が話せるというだけではなく、「生きる力」や「社会人基礎力」の土台をしっかりと持った人材であると思います。

そのためには、(1)パーソナルマスタリー(客観的自己認知に基づく一貫性のある生き方)と人生の目的(2)軸となる倫理観や信念、(3)専門性の土台となる基礎学力と思考力、(4)他者との対話を通じての問題解決や価値創造、(5)主体性と協調性の融合を、子どもたちは、学校生活を通じて学ぶ必要があります。もちろん、このような力をすべて、成人する前に習得することはできませんから、人生を通じて学習し、成長し続けることが必要です。これが、OECDが提唱している継続的に学習し続けることの重要性だと思います。

 社会起業家の父でアショカ財団の創設者であるビル・ドレイトン氏が、昨年、早稲田大学で講演した際に、日本の高校生や大学生に伝えたメッセージが、グローバル人材の育成には重要だと思います。「世界はとても速いスピードで変化している。君たちがこれから生きる時代がどうなるかを大人たちは解っていない。大人は、正解を持っていない。そんな時代に生きているのだ。」教育に携わる我々は、次代を生きる子どもたちが、自ら、正解を見つけられる人材、継続的に学習することができる人材に育成しなければなりません。

  次代の教育を創る教師は、自らがロールモデルとなり、「生きる力」、「社会人基礎力」、「学習し続ける力」を高め続けることが大切だと思います。子どもたちは、そのような生き方から、たくさんの学びを感じ取ってくれるに違いないと思います。

 グローバル人材に話を戻しますと、英語で自己の考えを述べる力も大切です。ダボス会議などの国際会議では、ここ二、三年、韓国人や中国人が自分の意見を率直に述べて存在感を増す一方で、日本人はその場にいるにもかかわらず、発言をしません。国際的にも日本人の存在感が低下しています。

 

 自己主張について新しい視点を身に付ける

――よく言われるのは、日本人は自己主張を好まないということですね。

 学長 私自身は高校と大学院でアメリカに留学していますし、諸外国の方々とかかわりを持っています。しかし、日本人ほど知識や教養のレベルが高いにもかかわらず、自己主張しない国民はいません。これは、日本の教育の大きな課題だと思います。 

自己主張をしない傾向は、日本の文化とも関係があり、自己主張よりも和を重んじることは日本人の美徳でもあります。今度の東日本大震災でも被災者の方々の協調性や忍耐強さが海外から賞賛されているように、日本人は、みんなでやっていかなければならないときに、対立をどう調和させるかというところに素晴らしいものを持っていると思います。しかし、グローバル社会においては、自己主張について新しい視点を身につける必要があります。(1)意見の違いは対立ではない、(2)正解は、多様な意見交換により生まれる、(3)主張しないことはその場に存在していないことに等しい、このような視点を持ち、意見を述べ合う訓練を学校で行う必要があります。1つの正解を中心とした教科指導とは別に、このような対話を促進することができる教師が求められます。 

 最近、ベストプラクティスの一つとして、オランダの教育に関心を持っています。オランダでは市民教育がしっかりしていて、民主主義において一人一人の国民が身に付けていなければならないことをしっかりと教えています。その前提となる学校教育では「自主性」と「共生」が二つの軸になっています。共生というのは主体性なしには実現しない、共生の前提となるのが主体性だといわれて、なるほどと思いました。オランダの国民性は主張が強いと言われていますが、主張のないところに共生は生まれないというのです。

 

――日本でも個の優先ということが言われていますね。

 学長 日本で言われている個の優先では、残念ながら間違った理解が広まっているのではないでしょうか。例えばオランダでは子どもたちは幼稚園のころから遊びの予定を自分で決めて壁に表示します。つまり、遊ぶこと一つをとっても幼稚園のころから自分で予定を決めて遊びます。個が自由であるということは、自分で決めて行動することが基本です。そして、決めたことに責任を持つということです。その訓練を、オランダの子どもは、幼稚園から始めているのです。

 ところが、日本では学校にいる間に子どもたちが、自ら意思決定する、選択を迫られることはほとんどないのではないでしょうか。授業時間内にやることは明確で、先生がきめ細やかに指示を出しますから、言われた通りにしていれば、学校の一日を無事に終えることができます。個を尊重すると言いながら、日本の子どもたちは個を尊重された体験を持っていないのではないでしょうか。 

 ただ、私は日本の教育の緻密さや丁寧さなどは大変素晴らしいと感じています。それは学校の仕組みや学習指導要領も含めて、様々なものがきめ細やかに緻密につくり込まれていることによって可能になっているわけですから、そこは尊重したいと思います。ですから、日本の教育がいけないということではありません。日本の社会の中で、「個人」とか「自由」とか「生徒主体」といった言葉が、とても歪められたものになっていることを危惧しているのです。「社会人基礎力」にしても、言葉だけが先行して魂が置いていかれないか、とても危惧しています。 

本学では、2013年の改定を目指して新しいカリキュラムを作成しているところです。改定においては、これまでにお話してきたような課題認識のもと、次代の教育の担い手となる教員養成を目指しています。

 

――日本教育大学院大学の強みについてお伺いします。

 学長 私たち強みは次代の教育創りに対する「志」と子どもを軸とした「教育観」です。本学は世の中の必要にせまられてできたわけではありませんから、志以上でも以下でもありません。また、株式会社立であり、学校法人でもありませんので、国の援助も一切受けていません。自らの意志と教育に対する熱い思いだけでここに立っています。ですから、すべてのことを子ども中心に考えて進めることができます。子ども中心というのはもちろん子どもを自由気ままにさせることではありません。子どもたちがそれぞれの力を伸ばして、それを生かして社会に貢献し、有意義な人生を送り、自分なりの幸せを掴むために教育は貢献しなければなりません。そのために子どもたちに何を教えなければならないのか、そのために学校はどうあるべきか、教員はどうあるべきか、何を変えなければならないのか、そういう視点から考えられることが何よりも本学の強みだと思っています。既成の枠やしがらみがありませんので、様々なことに柔軟に対応できることも強みです。

本学のカリキュラムは「人間力」「社会力」「教育力」という三つの柱を立てています。教育力だけでなく、人間力と社会力を挙げているところが重要です。子どもたちは、読んだり聞いたりしたものではなくて、見たものや経験したことから最大に学びます。つまり、教員の人間力や社会力がしっかりしていれば、そういう集団に身をおいた子どもたちは、そこから人間力や社会力を学ぶわけです。ですから、人間力や社会力を持った教員をしっかりと育てていきたいと思います。

教育においても、「生きる力」や「社会人基礎力」が重要となる今日、ビジネス界を経験した教授陣がいることも強みだと考えます。ビジネス界の人材育成においては、グローバル化が進んでおり、世界のベストプラクティスが、日本企業においても展開されています。リーダーシップの養成一つをとっても、この20年間に、その定義や育成方法に大きな変化が見られます。子どもたちが将来、社会で活躍するためにどのような力が必要かを理解した上で、学校教育を考えることができるのも、本学の強みであると考えます。

 

 ディベートや対話をファシリテートできる教員を育てる

――特色ある教育・研究についてお伺いします。

学長

理論と実践の融合をコンセプトに教育に当たっています。このため、教科指導のカリキュラムにおいては、専門知識の習得とともに、実践的な授業指導の在り方を学ぶ機会を提供しています。授業においては、講義中心ではなく、ディベートや対話をファシリテートできる教員の養成も目指しています。

現場で問題解決に取り組める教師になるために、現代の子どもや教育を取り巻く社会・文化的な状況を正しく把握することが大切であると考えています。教員経験を持つ教授陣を中心に、学校現場に対する理解を深める指導を行っています。発達障害をはじめとする子どもの多様性についても理論と実践の両面から指導に当たっています。

ICTおよび教育心理学は、次代の教育を創る上で重要な役割を果たします。現場で実戦応用できるよう基礎知識を習得してもらうことを目指しています。

この他、創造的問題解決やプレゼンテーションなど、社会人基礎力に繋がるカリキュラムも充実しています。

 教授陣の多様性は、研究の幅の広さにも反映しています。テーマは、キャリア教育、参画教育、発達障害、株式会社立の学校教育など広範囲にわたります。

 

――教授陣に多彩な方を集めていますね。

 学長 多彩で多様な教授陣は、本学の強みです。教員経験者、校長経験者、研究者、そして私のような民間教育機関出身者もおります。教員および校長経験者は、教師として子どもの指導に当たる上で、教師として学校の一員となる上で必要な知識やスキルを、理論と実践を交えて指導しています。研究者は、教員として継続的に成長する上で土台であり基礎となる理論と学習方法を指導します。民間教育機関出身者は、有能な社会人、組織人、そして次代の教育を創るリーダーに求められる実践的な力を習得することに貢献しています。多様な専門性が融合することにより、新たな価値が生まれることを期待し、教授陣同士が、お互いの専門性を学ぶ機会も設けています。様々な人材が揃うことで、ダイナミズムが生まれています。それぞれの教員が様々な強みを持っていますので、次代の教育を一緒に創りあげるためには最高の人たちが揃っていると思っています。

 

グローバルな視点から注目団体と交流を進める

――他機関との連携や国際交流についてお伺いします。

 学長 

グローバルにフラット化する社会だからこそ、今、世界で次代の教育を創る人たちと繋がることが大切であると考え、積極的に国際交流を進めています。その中でも、ベストプラクティスとして注目している団体は、以下の5つです。

  • 複雑化する社会に生きる力を育てることを使命にシステム思考教育を推進する米国に拠点を置くWaters Foundation
  • ハーバード教育大学院のハワード・ガードナー教授が主宰するFuture of Learning
  • 社会人基礎力教育を推進するThe Partnership for 21st Century Skills
  • 米国の教育問題への対処に貢献するTeach for America
  • オランダで市民教育を推進するPeaceful School
  • 社会起業家の育成を手掛けるAshoka財団

 

英語教育においても、提携しているアライアント国際大学や、グループ会社であるカプランなどとも連携し、教員養成に特化した英語教育を準備しているところです。

 

国内においても、次代の教育創りを目指している自治体やNPOなどとも積極的に交流を進めています。自治体では、「島まるごと人づくり」をコンセプトに、教育を柱とした持続可能な地域の発展を企画推進している隠岐國海士町の実践から多くのことを学んでいます。

 

設置母体である株式会社栄光も、次代の教育を創造する気概を持っており、昨年、他の塾と連合し、「次代の教育を共に拓く会」を結成しています。多くの子どもたちにとって不可欠である学校と塾という2つの学びの場に深く関われることも我々の強みであると考えています。

 

 

――学生生活支援の取り組みについてお伺いします。

 学長 ゼミ教官がメンターとなり、事務局と連携をとり、学生の学生生活、履修、就職までの相談に応じています。教員の面倒見がよいのは、設置母体の栄光ゼミナールとも共通する理念です。教員は、かなり濃密に関係を築いて、丁寧な対応をしています。そのせいか、修了生も研究室によく顔を出してくれます。

 

創立以来、本学は、教員と学生がともに創り上げるという校風もあり、学生委員会を設置し、学生とともにソフトボール大会や、ホームカミングデーの企画推進を行っています。ホームカミングデーでは、修了生が、教員生活や学校での経験を、後輩と共有し、実践的な学びの重要性を促してくれます。

 

 在学中は、栄光ゼミナールでの塾教師として勤務する学生や、非常勤講師として学校で指導に当たる学生もおります。就職に関しては母体である株式会社栄光による支援がありますし、学生の心の問題については、学校心理士の資格認定にも関わる専門家の教員を中心に対応すると同時に、提携先のアライアント国際大学臨床心理大学院にも支援していただく体制を整えています。

 

――広報活動の取り組みについてお伺いします。

 学長 本学に来る学生は電車の中の広告やホームページをきっかけに本学のことを知るようです。世代が変わってほとんどの学生がホームページを見ますので、今後も情報を充実させていきたいと思っています。本学の理念に共感する学生に来ていただきたいと思っていますので、広報については私たちの行っていることを正しく伝えることに注力しています。

 それから、グループ会社で複数の塾と連携して「次代の教育を共に拓く会」を結成していますので、私たちの考える「次代の教育」についても、もっと発信していきたいと思っています。

 

リーダー自身が学習者としての手本を示す

――リーダーシップについて先生のお考えを伺います。

 学長 私は「学習する組織」をテーマにしています。学習する組織というのは、起こり得る最良の未来を実現するために、メンバーの一人一人が継続的に必要な気付きや能力を高めていくことのできる組織のことを言います。学習する組織、つまり各人が主体的にやりがいを持って活躍できる集合体をつくっていくということが、私の目指しているリーダーシップです。一人一人の教員や学生が最大限に生かされる状態をつくるために、私に何ができるかということを常に考えています。

そのためには、リーダー自身が、学習者としての手本を示すことが大切です。私の尊敬する学習する組織の提唱者のピーター・センゲ先生は、毎日、瞑想をし、常に、開かれた思考、心、行動の観点から、自己の思考、心、行動を行えるように、自己の立ち位置を整えているそうです。また、その日の終わりには、一日のラーニングを内省しているそうです。このような在り方が、私の目指すリーダー像です。

――男女共同参画社会の推進のために、女性リーダーについて先生のお考えをお伺いします。

 学長 女性も、家庭や子供を持っても働き続けることが当たり前の社会になったことを大変うれしく思います。

私は女性の活躍を支援する活動を続けています。男性と女性を比べたときに大学生までは私の方が優れていたとか負けていなかったという女性が多いのですが、いったん社会に出るとなかなかそうならないということがあります。経営幹部の研修においては、女性がゼロのことも多いですし、女性がいたとしても明らかに少数派です。経営幹部の半数が女性となるにはもう少し時間がかかりそうです。

 以前、アメリカで活躍している女性リーダーたちにインタビューをしたことがあります。その中のお一人、NYの大手広告代理店で役員をされた女性のコメントには、女性リーダーが成功するうえでの秘訣が満載でしたので、彼女の言葉をご紹介したいと思います。

「私は、戦略を考えることと、言葉で表現することが大好きだったので、広告という仕事を選びました。好きな仕事でなければ、こんなに大変な仕事を続けられませんでした。仕事は、短距離走ではなく長距離走と考えていましたので、子育ての時期はスローダウンしました。昇進しようと思っていたのではなく、チームを成功に導こうと思っていたら、いつの間にかこんなポジションにいました。」

女性には、男性より人生の選択肢が多く存在します。働き続けることもその一つです。そのため、自分なりの「働く理由」を明確に持つことが大切です。子育てをハンディと捉えず、子育ても人生における貴重な体験と考え楽しむこと、男性のまねをするのではなく、チームを大切にする女性らしいリーダーシップで組織をけん引していくこと――私も、彼女に習い、実践学習中です。

Back To Top