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傾聴力
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2025.10.27文部科学教育通信掲載

傾聴力 

昭和女子大学キャリアカレッジで、米国でエグゼクティブコーチとしてご活躍の増田尚子先生を招聘し、『集合知を活かす実践ファシリテーター養成コース』を開講しています。米国では、マスターマインドと呼ばれる、参加者が心理的安全性のある環境で課題を共有し、多様な視点と協力を通じて解決策を探るプロセスをファシリテーションするスキルの習得を目指します。マスターマインドのファシリテーションスキルには、共感力、傾聴力、質問力、対話力等が含まれます。

そこで、本日は、傾聴をテーマにお話しをしたいと思います。

 

◆傾聴とは

「傾聴(けいちょう)」とは、相手の言葉をただ耳で聞くだけではなく、心を傾けて深く聴くことを意味します。これは単なる受け身の行為ではなく、相手を理解しようとする積極的な姿勢です。心理学者カール・ロジャーズが提唱した「来談者中心療法」では、傾聴を通じて「無条件の肯定的関心」「共感的理解」「自己一致」を実践することが、相手の自己成長や癒しを促すとされました。この考え方は教育、対人援助、組織開発など多様な領域で広く応用されています。

私たちは日常生活で「聞く」と「聴く」を混同しがちです。「聞く」は耳で音をとらえる物理的行為にすぎませんが、「聴く」は相手の内面にまで意識を向ける心理的行為です。傾聴はまさに「聴く」を深化させた営みであり、相手の存在を尊重する姿勢そのものといえます。

 

◆氷山モデルと傾聴

コミュニケーションの世界では「氷山モデル」がしばしば用いられます。氷山は海面に浮かぶ一部だけが見え、残りの大部分は水面下に隠れています。同様に、人が表現する言葉や行動は氷山の一角にすぎず、その背後には「感情」「価値観」「意図」「信念」などが横たわっています。傾聴とは、この見えない部分に耳を澄まし、相手の内面を理解する営みといえます。

例えば、同僚が「もう疲れた」と口にしたとします。表面上の事実は「疲労している」という情報ですが、その水面下には「認められたいのに評価されていない悔しさ」や「自分は役に立っていないのではないかという不安」が潜んでいるかもしれません。傾聴の本質は、相手が直接言葉にしていないこれらの感情や意図に共感的に寄り添うことです。

 

◆感情と意図を聴くことの意義

感情を聴く

感情は人間の行動の原動力です。表面的な言葉を受け止めるだけでは、その人が本当に伝えたいことに到達できません。怒りの裏には悲しみや寂しさが潜み、無関心の態度の裏には恐れや不安が隠れていることもあります。感情を丁寧に聴くことで、相手は「理解されている」という安心感を得ます。これが信頼関係の基盤を築き、率直な対話へとつながっていきます。

意図を聴く

意図とは、その人が行動や発言を通じて達成したい願いです。たとえば、ある子どもが「もう学校なんて嫌だ」と言うとき、単に登校を拒否したいのではなく、「自分を分かってほしい」「安心できる環境がほしい」といった意図を抱えている場合があります。傾聴によって意図に光を当てることで、問題の本質に近づき、より建設的な解決策を見出せるようになります。

 

◆理論的背景

傾聴に関連するいくつかの理論体系を紹介します。

ロジャーズの来談者中心療法

カール・ロジャーズは、クライエントが自己理解を深め成長するためには、カウンセラーが「共感的理解」で関わることが不可欠だと説きました。共感的理解とは、相手の感情や意味世界に自ら入り込み、まるでその人の立場から世界を眺めるように理解することです。これは氷山モデルの水面下にある感情や意図を捉えることと重なります。

ノンバーバル・コミュニケーション理論

心理学者アルバート・メラビアンの研究によれば、人間のコミュニケーションにおいて言語情報は全体の7%にすぎず、残りは声のトーンや表情、身振りといった非言語情報が大きな比重を占めます。傾聴は、これら非言語のメッセージを感受し、言葉の背後にある思いや意図を読み解く営みでもあります。

社会的構成主義と対話理論

近年の対話理論では、意味は相互作用の中で構築されるとされます。つまり、相手の言葉は独立した「事実」ではなく、関係性の中で形づくられるものです。傾聴を通じて水面下の感情や意図にアクセスすることは、相互に新たな意味を生み出し、関係を深める創造的な営みと位置づけられます。

 

◆傾聴を実践するための姿勢

氷山の水面下を聴く傾聴を実践するには、いくつかの態度やスキルが求められます。

 

判断を保留する
すぐに解釈や評価をせず、まず相手の言葉や感情をそのまま受け止めます。

沈黙を受け入れる
沈黙は相手が内面を整理する大切な時間です。焦らず待つことで深い感情が語られることがあります。

感情に名前を与える
「それは寂しかったんだね」「悔しかったのかもしれないね」と相手の感情を言葉にすることで、相手自身も自覚しやすくなります。

意図を推測し確認する
「本当はこうなりたかったのかな?」と問いかけることで、相手の意図に光を当てます。

ただし、感情や意図に関しては、あくまでも聴き手が感じた「仮説」でしかないので、謙虚な気持ちで、自分が聴き取ったことを伝える姿勢が大事です。

 

◆傾聴の効果

氷山モデルの視点で感情や意図に耳を傾ける傾聴は、以下のような効果をもたらします。

  • 相手の自己理解を促す
  • 信頼関係を強化する
  • 対立の背景にある本当のニーズを見つけ出す
  • 組織や社会において協働的な関係を築く

教育現場では、教師が子どもの感情や意図を傾聴することで、不登校や学習意欲低下といった問題の根底にあるニーズに気づきやすくなります。ビジネスの場では、上司が部下を傾聴することで、潜在的なモチベーションや改善点を引き出せます。

◆認知の4点セットの活用

私は、対話の文脈で傾聴の実践方法を紹介しています。この際に使うのが、認知の4点(意見、経験、感情、価値観)セットです。認知の4点セットを活用する傾聴では、「なぜそう思うのか」という問いを持ち、意見の背景にある経験、感情、価値観を聴き取ります。この聴き方を心掛けると、自分の解釈を加えることなく、相手の真意を理解することができます。

カール・ロジャーズは、クライエントの成長を促すために支援者が持つべき条件を3つ挙げています。

 

無条件の肯定的関心

相手を条件付きで評価するのではなく、そのままの存在として尊重する。

共感的理解

相手の立場や視点に立ち、相手の内的世界を理解するよう努める。

自己一致

援助者自身が偽りなく、ありのままの姿で関わる。

 

3つの条件と認知の4点セット

認知の4点セットは、この3つの条件を実践する上でも役立ちます。

相手の意見の背景を聴き取ろうとするときに、評価判断はできないので、無条件の肯定的関心に向かいやすくなります。意見の背景にある経験、感情、価値観を理解することとは、共感的理解そのものです。

自己一致とは、自分の言動と内面が一致している状態です。認知の4点セットは、自己の行動や内面のリフレクションを行う際のツールでもあるので、認知の4点セットは、自己一致にも役だちます。 

誰もが、生まれた時から誰から教わることもなく実践している「聴く」という行為も、このような理論に沿って実践とリフレクションを繰り返すことで、効果的にスキルを向上させることができます。