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ウェンディ・コップ

文部科学教育通信 No.292 2012-5-28に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑥をご紹介します。

 

昨年のシリーズで、皆様にご紹介した教育NPO “ティーチ・フォー・アメリカ(TFA)”の創立者ウェンディ・コップ氏がこのほど、初来日しました。教育から社会を変える3つのイベントが開催され、合わせて1000人を超える人々が参加しました。東京大学で開催された学生対象の講演会では、TFAが全米で支持される理由や日本での新しいキャリアのあり方などをテーマにパネルディスカッションが行われました。六本木アカデミーヒルズで行われた来日記念セミナーでは、TFAの活動から、アイディアを形にするウェンディの実現力を学びました。日米文化教育交流会議(カルコン)主催のンシンポジウムではグローバル社会における社会起業家を通した教育改革をテーマに討論が行われました。

私が、TFAのことをはじめて知ったのは、母校ハーバードビジネススクールの100周年記念行事に参加した2008年のことです。「アメリカの公教育改革における社会起業家の役割」というセッションで、ウェンディ・コップ氏の話を伺う機会がありました。それまでは、TFAのことも社会起業家の存在も知らなかったので、大きな衝撃を受けました。そもそも、なぜビジネススクールで公教育の改革がテーマに挙げられているのだろうという好奇心から参加したのですが、ウェンディの話を聞いてすぐに謎が解けました。まず彼らのアプローチは、従来の教育改革のアプローチとは全く異なっていました。教育課題の解決をビジョンに掲げ、そのビジョンを達成するために創造的に課題解決に取り組むウェンディの思考と行動は、夢を実現するために果敢に挑戦する起業家の姿と重なって見えました。

 

●教育改革を社会起業家の視点で行う

ウェンディが、TFAを立ち上げたのは、彼女がプリンストン大学を卒業して間もなくのことでした。起業家のスティーブ・ジョブスは、「フォルクスワーゲンのようなPCがほしい」という願いからアップルを立ち上げました。一方でウェンディは、「いつか、すべての子どもたちに、すばらしい教育の機会が与えられる日が来るために」という願いから、教育という社会問題を解決することを志し、TFAを立ち上げました。二人に共通しているのは、起業時に誰もが不可能だと言っていたビジョンを実現したいと考え、果敢に挑戦したことです。その点でスティーブもウェンディも、実は同じ起業家だったのです。唯一異なるのはウェンディのビジョンがビジネスではなく、教育という社会問題の解決にあったということです。そう考えるとウェンディが、「社会起業家」と呼ばれるのもうなずけます。

 

●ティーチ・フォー・オール

TFAを参考とする教育モデルが世界に拡がり、現在、「ティーチ・フォー・オール」として世界23ヶ国にその取り組みが広がっています。ティーチ・フォー・ジャパン(TFJ)は、その23カ国目の加盟国として2012年1月より正式に発足しました。来日後、ウェンディが向かったのはティーチ・フォー・チャイナのある中国です。ウェンディは、過去を振り返り、こう話してくれました。「教育の問題は、国特有の問題であり、TFAでの経験は活かせないのではないかと思っていた。ところが、この5年間の経験から、そうでないことが分かった。 国により制度や仕組み、歴史的な背景等は異なるけれども、その課題を捉えると、多くの場合、共通のパターンや傾向が見られる。したがって、世界中のティーチ・フォー・オールのメンバーが、相互学習を重ねることで、パワーアップすることが可能である。」この話を聞きながら、私は学習する組織として高い評価を得ている米国のGE(ゼネラル・エレクトリック社)のことを思い出しました。学習する組織の考え方をGEに取り入れたジャック・ウェルチ氏は、バウンダリーレス(boundaryless)を目標に掲げました。変化の激しい時代に、すべての領域でベストプラクティスを自社開発することは不可能だが、世界中の人々や企業が考えたベストプラクティスを、スピーディに自社のものにすることができれば、最強の組織になれると彼は考えました。このような、組織の学習力こそが企業力を決めるというジャック・ウェルチ氏の考え方は、まさにTFAおよびティーチ・フォー・オールの成功法則に共通しています。

 

●ティーチング・アズ・リーダーシップ

TFAの教師が教える生徒は、他の教師が教える生徒の1.2倍~1.3倍成績が伸びることが知られています。その指導力を支えるのが、TFAの持つ組織の強みです。ウェンディは、有能な教師たちはどのような取り組みを行っているのかを徹底的に調べ、その学びをティーチング・アズ・リーダーシップとして普遍的に概念化しました。ティーチング・アズ・リーダーシップは、教師のために作られた行動規範であり、すべてのTFAメンバーの活動に反映されています。その意味では、TFAの文化といってもよいと思います。

(1)大きな目標を掲げる

(2)目的を持って計画する

(3)効果的に行動する

(4)生徒と、その家族および影響を与える人々を大きな目標に向かって本気で取り組ませる

(5)効果を追求し続ける

(6)弛まぬ努力をする

 

●トランスフォメーショナル・ティーチャー(生徒の人生を変える教師)

最近のTFAのキーワードは、トランスフォメーショナル・ティーチャーです。ティーチング・アズ・リーダーシップは、有能な教師の定義として有効なものですが、ウェンディたちの学習意欲は、そこに留まるものではありません。トランスフォメーショナル・ティーチャーとは、生徒を変容させる教師、生徒の人生を変えてしまう教師です。学力を向上させるだけでは、十分ではないと、ウェンディたちは考えています。生徒の学力を向上させることができる教師に共通の特性をティーチング・アズ・リーダーシップとして定義したのと同様に、トランスフォメーショナル・ティーチャーに共通の特性を見出したいと考えます。学習する組織ならではの発想です。一人の人が出来ることは、その成功要因を明らかにすることにより、組織のナレッジとなります。それは、採用や育成に活用され、トランスフォメーショナル・ティーチャーが、拡大再生産されます。

 

●3つの学び

TFAは、今では全米43地域に9300名の教師を派遣する組織に成長しました。22年のTFAの活動からの学びを、ウェンディは、3つのキーワードで紹介してくれました。

Solvable・・・   教育問題は、解決することができる。

Leadership・・教育問題の解決を推進するには、リーダーシップの力が不可欠である。

Shareable・・・ 問題解決から得られたナレッジは、固有のものではなく、広く適用可能である。

 

TFAで教員を経験した人は総計2万4000名にのぼり、様々な形で教育格差の是正に大きく貢献しています。中には教育長や政治家、企業の幹部として社会に影響力を持つ人材になっている人も多い、という事実を考えるとウェンディの言葉は大変説得力を持ちます。

TFAが教育課題の解決に果敢に取り組んできた歴史について詳しくお知りになりたい方は、ウェンディ・コップ著、松本裕訳、『世界を変える教室』 ~ティーチ・フォー・アメリカの革命~(英治出版、2012年)を是非お読みください。

「生きる力」とOECDのキーコンピテンシー

文部科学教育通信 No.291 2012-5-14に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑤をご紹介します。

PISAの前提として定義されたOECDのキーコンピテンシーは、世界のOECD加盟国の教育改革に、大きな影響を与えています。日本においても、「生きる力」に反映されており、2002年および、2011年改訂の学習指導要領に盛り込まれています。

OECDが、キーコンピテンシーの定義に取り組んだ背景には、社会の変化があります。これまでの学校教育では、子どもたちが将来、幸せに、意義ある人生を生きるために必要な力を身につけることができないという課題認識に基づき、キーコンピテンシーは、策定されました。

 

●変化、複雑性、相互依存

子どもたちが生きる時代は、これまでと何が違うのでしょうか。子どもたちは、絶え間なく続く技術革新に対応することが求められます。溢れる情報を取捨選択しなければなりません。経済成長と地球環境の保護という2つの矛盾する目的を達成しなければなりません。豊かさの追求と、貧困や富の格差の是正を同時に考えなければなりません。目的を達成するための取り組みは、より複雑になっており、特定のスキルを身に付けただけでは、問題解決に十分な力を持つことができません。このような時代認識に基づき、OECDのキーコンピテンシーは策定されました。

時代背景を表す言葉は、変化、複雑性、相互依存の3つです。技術が、急速に継続的に変化する世界においては、技術に関する学習はプロセスの一時点でのマスターだけでなく、変化に対する高い適用力が求められます。社会がどんどん複雑化、細分化してきており、個人的な関係においても、多様な人々との交流がますます求められてきています。また、グローバライゼーションは、新しい形態の相互依存性を作り出しています。経済競争や、環境破壊に繋がる様々な活動は、個人の住む地域や国家の枠を超えて広がってきており、グローバライゼーションによる相互依存性は、今後ますます高まることが予測されます。 

OECDは、このような時代背景を前提として、子どもたちが、将来直面する問題に対処するために必要な力を身につける教育を目指し、1997年に、キーコンピテンシーの検討を始めます。

 

●目的と方針

OECDは、キーコンピテンシーを策定するにあたり、目的と方針を明確にしています。究極の目的は、民主的な社会の実現と、持続可能な成長の維持です。その上で、キーコンピテンシーの妥当性を検証する指針を、3つに絞りました。方針の1つ目は、キーコンピテンシーが、個人と社会の両者にとって価値ある結果をもたらすものであること。2つ目は、特定の状況において求められるコンピテンシーではなく、あらゆる場面において普遍的に重要なコンピテンシーであること。3番目に、特定の専門家だけではなく、全ての個人にとって重要なコンピテンシーであることです。

OECDは、個人と社会、それぞれにとって価値ある結果とは何かも明確に定義しています。個人の成功の定義は4つです。①望ましい就職の機会と所得を得られること、②健康と安全が維持出来ること、③政治への参画が認められること、④人間関係やコミュニティが存在すること、の4つが重要であるとされています。同様に、社会の成功も、4つに絞り込んでいます。①経済的生産性が維持されていること、②民主的プロセスが存在すること、③社会的なまとまりや構成が成立し人権が守られていること、④)環境が守られていることの4つが挙げられています。このような成功を実現するために必要な力として、キーコンピテンシーの検討を行いました。

このような思考プロセスを経て、キーコンピテンシーの定義が、2002年に発表されています。

 

●3つのキーコンピテンシー

第1のカテゴリーは、相互作用的にツールを用いる力です。言語的スキルや数学的なスキルを土台としたコミュニケーション力は、このカテゴリーに含まれます。さらに子供たちは、創造的に問題解決を行うために適切な情報処理能力と思考力が求められます。そのために、①分かっていないことを認知する力、②適切な情報源を特定しアクセスする力、③その情報の質、適切さ、価値を評価する力、④知識と情報を整理する力を鍛える必要があります。技術革新に適応するのみでなく、技術革新を生み出す力も、このカテゴリーに含まれます。

第2のカテゴリーは、異質な集団で交流する力です。和を重んじる日本人にとって、得意な領域と思われがちですが、その内容を読み進めて行くと、日本人も発想の転換が求められることがわかります。人が自分にとって良いと感じる環境を作り出すためには、他者の価値観、信念、文化や歴史を尊敬し、評価するだけではなく、それらを取り入れて成長することが求められます。そのためには、共感力を持ち、自己及び他者の情動やモチベーションに効果的に対処する力が求められます。また、協力する能力としては、①自分のアイディアを出し、他者のアイディアに耳を傾ける力、②討議の力関係を理解し、基本方針に従う力、③戦略的、あるいは持続可能な協力関係を構築する力、④交渉する力、⑤異なる意見を受け入れ、その上で意思決定する力の、5つの力が求められます。このカテゴリーには、争いを処理し、解決する能力も含まれ、①異なる立場があることを認識し、現状の課題と危惧されている利害の全ての面から争いの原因と理由を分析する力、②合意できる領域とできない領域を認識する力、③問題を再構築する力、④要求と目標の優先順位を決める力、の4つの力が求められます。

第3のカテゴリーは、自律的に活動する力です。変化、複雑性、相互依存に象徴される新しい時代において、個人は、より広い視点を持ち、より広い文脈の中で、自己の行動や意思決定を捉えなければなりません。自分の行動の直接的・間接的な結果を認識する必要があります。変化する環境において、人生の意義や目的を明確にし、計画性とストーリーのある人生を生きる力が求められます。また、自らの権利、利害や、限界を知り、社会的な責任を果たすと同時に、自己を守る力をもつことが求められます。変化、複雑性、相互依存を前提とした社会において、幸福な人生を生きるために、システム思考を持つことが不可欠であることが解ります。

OECDは、3つのカテゴリーを包括する力として、内省力およびメタ認知力が不可欠であると述べています。自らの経験を内省し、学びを抽象的概念化する力や、思考について考える力が、自律的学習者には不可欠だからです。

 

子どもたちが、幸せで、意義のある人生を「生きる力」を習得するために、私たち教育に関わる者には、OECDが述べている時代の変化や、子どもたちが新たに習得しなければならない力について、より多くの人々が知る機会を提供する責任があります。また、子どもたちに要求するキーコンピテンシーを、我々自身が、率先し、その実践者となることを目指す必要があります。新しい時代の「理解」の定義は、理解しているだけでは十分ではなく、実践出来ていることを指します。実社会を生きる力を身につける教育において、教育に関わる大人の「理解」の質が変わらなければなりません。

学習理論

文部科学教育通信 No.290 2012-4-23に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る④をご紹介します。

毎年、約9000人の教員を養成するティーチ・フォー・アメリカでは、効果的な指導を行うために、さまざまな学習理論の活用を奨励しています。今回は、ティーチ・フォー・アメリカが教員養成において紹介している学習理論の一部を紹介しましょう。

 

ティーチ・フォー・アメリカの教師たちは、学力の低い子どもたちを指導し、学力と生きる意欲を向上させ、自律的な生涯学習者に育てることを使命としています。そのため、彼らは、さまざまな学習理論を駆使し、指導に当たります。

 

発達理論

発達途上にある子どもたちに、我々は時として大人と同様の反応を期待することがあります。子どもたちは、何を、いつ学ぶことが最適なのでしょうか。ある年齢において、子どもたちに、どのような能力を持つことを期待することが妥当なのでしょうか。発達理論は、この2つの問いに対する答えを提供してくれます。子どもたちが、発達段階に適した最適な学びの経験を積み上げていくために、子どもの成長に関わる大人は、発達理論を理解しておく事が重要です。

 

発達理論の核になる考え方は、すべての子どもたちが、同じ早さで発達するのではないけれど、成長の過程は予測可能であり、生徒のスキルや能力は、ほぼ同じような経路をたどり発達を遂げて行くというものです。教師や親は、関わる子どもたちが、認知力、身体の発達、社会性、情緒面においてどのような発達レベルにあるのかを認識する必要があります。例えば、中学生の多くは、新たに懐疑心を学武断化にあるため、権威に歯向かいがちであることを知っておけば、子どもたちの指導における困難さが、子どもたちの発達の証であることを理解することが出来ます。また、中学生になると、抽象的・体系的に、仮説を立てたり、推論できるようになり、認知スキルは質的に変化すると言われています。したがって、中学生になっても、暗記のみを中心とした勉強に終始すると、子どもたちは、発達の機会を失うということを、指導に当たる大人は、認識しておかなければなりません。また、中学生になると、自己のアイデンティティに対する意識が芽生え、仲間との付き合いも深まります。集団の中で、生徒に恥をかかせない工夫が、より重要になります。

  • 年齢により、生徒の思考は変化する

  一般的に生徒はだんだんと複雑な考えや抽象的な考えを理解できるようになり、思春期を経て問題解決が出来るようになります。

  • 生徒は積極的に知識の意味づけをする

 生徒は、新しい知識を学ぶとすぐに分類したり、既に知っている知識と結びつけたり、身近な世界に当てはめて考えます。

  • 生徒の認知発達は以前に得た知識を土台にする

新しい知識は、以前に得た知識を土台に積み上げられます。土台がないと、知識を積み上げることができません。生徒が、知識を積み上げる土台を築くためには、多様な経験や考え方に触れる機会を提供する必要があります。

  • チャレンジングな課題を与えて認知発達を促進させる

チャレンジングな課題は、認知発達を促進させます。すべての生徒が、同様のチャレンジに対処することはできませんが、教師は、常にチャレンジを提供する必要があります。

  • 社会的な関わりが認知理解を促す

生徒は、自分の考えや、ものの見方、信念、思考過程を、周囲の大人や友だちと共有することにより、多様なものの見方や考え方を身につけ、自分の理解の不足している点を見つけることができます。社会的な関わりが、認知理解を促すのはこのためです。

 

記憶理論

記憶理論を知っていることも、子どもたちの指導に当たる上で大変有効です。生徒に理解させることは、単に情報を与えるだけではなく、短期記憶から長期記憶に移行する手助けをすることです。ワーキングメモリとも呼ばれる短期記憶は、新しい情報をしばらくの間とどめておくためのもので、積極的に活用する間だけ記憶にとどめることが可能です。長期記憶は、情報を長期的に保管する「記憶の倉庫」です。子どもたちが、学んだことを、長期記憶にするために、指導者に出来ることは何でしょうか。様々なやり方で、繰り返し唱える、以前の知識とひも付ける、覚えることを整理する、覚えることを分析や評価するなどが、短期記憶を長期記憶に移行する代表的な手法です。南北戦争がなぜ起きたのかを学ぶ時、奴隷制度賛成派と反対派の議論を比較させたり(分析的アプローチ)、南軍と北軍の兵士になったつもりで、日記を書かせたり(創造的アプローチ)、南北戦争の教訓をユーゴスラビアのような実在の国に適用する方法を話し合う(実践的アプローチ)など、多様なアプローチが紹介されています。

 

学習スタイル

生徒は、自分に最も合ったやり方で情報を取り入れます。子どもによって情報を取り入れやすい学習スタイルがあり、全ての学習プログラムが全ての生徒に適しているわけではないということを、両親及び学校の先生は念頭に置く必要があります。視覚学習者は、視覚から情報を取り入れます。教科書や板書、図、写真、地図などが、学習に効果的です。読み書きした事や、目で見る事のできる説明により、効果的に学びます。聴覚学習者は、聞く事によって、最も良く理解する事が出来ます。聞いたことや、話したことをよく覚えていて、話し合いも大好きです。口頭での指示もよく理解することが出来ます。聴覚学習者の中には、音に敏感すぎて、静かでないと集中できない生徒もいるので注意が必要です。接触・運動感覚学習者は、手や身体を使ったり、道具を使ったり、実際に体を使って参加できる授業を喜びます。自分でやってみてやり方を覚えていきます。機械の仕組みなどの複雑なプロセスや手続きを理解することが得意です。全体に占める割合が少ないので、このタイプの学習者がいることは、忘れられがちです。教師が一つのスタイルに固執することなく、様々なスタイルを取り入れることで、どのタイプの学習者も、授業の中で理解や記憶を向上させる機会を持つ事が出来ます。

 

ブルーム理論

ブルーム理論は、認知理解を6つ(知識、理解、適用、分析、統合、評価)の階層に分類しています。この理論を活用することにより、学習目的を明確にする事が出来ます。

 

知識

 単なる知識の暗記を達成目標とする

理解

 教えられたことを、自分のものとして理解し、自分の言葉で説明することを達成目標とする

適用

 定義、公式、原則などを、実際の問題に適用することを達成目標とする

分析

 情報を構成要素に分解し、それぞれの要素がお互いにどのように関連しているかを理解する

統合

 学んだことを、創造的に活用することを達成目標にする

評価

 学んだことを、質の基準に照らして評価することを達成目標とする

 

①学習目的の評価基準

低い階層の認知理解(知識、理解、適用だけの学習)では、長期的な暗記に繋がらず、また、実社会で活用することができないため、学習者にとって有益な学習にならないことを指摘しています。また、認知理解の6レベルを、学習目的の難易度を測定する基準として用いることにより、効果的に指導案を作成することが出来ます。

 

②少しずつ階層を登る学習

低学年においては、低い階層での理解でも十分ですが、学年が上がっても、事実の学習のみに終始することは、発達上大きな問題となります。生徒が、知識を完璧にマスターするためには、何度も具体的な内容に触れ、多様な視点で検討し、創造的に活用する経験を繰り返す必要があります。生徒は、民主主義についての説明を聞いただけでは、民主主義が実際にどのようなものなのかを理解することも、その良い実践者となることもできないのです。

キャリア教育と自己マスタリー

文部科学教育通信 No.289 2012-4-9に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る③をご紹介します。

 

キャリア教育の究極の目的は、幸福に対する自分の定義を持ち、自分の人生の選択を行う力を持つ人を育てることです。そのためには、まず、自分にとって幸福とは何かを知る必要があります。しかし、残念ながら、子どもたちは、高校を卒業するまで、自分について学ぶ経験をあまり持っていません。今回は、キャリア教育において、最も大切な、「自分を知ること」をテーマに、私の学習経験を、ご紹介したいと思います。

 

このテーマに取り組み、改めて感じることは、日本の教育では、「自分」について学ぶ機会が余りにも少ないことです。前回ご紹介したマルチプルインテリジェンスもそうですが、私たちは、自己の特性を捉える機会がありません。親は、良い子像の定義を持っており、学校には、良い生徒像があります。子どもたちは、小さいころから、親や先生の期待に応える努力をしますが、自分の期待に答える経験を持ちません。やがて、大学生になり、就職活動の時期になり初めて、自己分析の診断を受け、自分とは何かをにわか勉強します。

 

「高校までは過保護で、大学になると突然放任になる教育システムには憤りを感じます。大学でここまで自己責任を要求するのであれば、もっと以前から練習をしておきたかったです。」ある大学生から言われた言葉です。

 

私は、幼少の頃から、組織で大きな夢を実現するストーリーが大好きで、リーダーシップに大変強い関心がありました。ハーバードビジネススクールに行ったのも、リーダーシップを身に付けたいと考えたからです。『パワーと影響力』という講義では、数多くのリーダーたちの成功物語や苦難の道のりを学び、リーダーになった気分で講義の最終日を迎えました。教授が、「君たちのリーダーシップにとって最も大切なことをこれから伝える」と言いました。私は、全神経を集中させ、彼の話に耳を傾けました。「君たちは、これまで沢山のリーダーから学んだ。しかし、どのリーダーのマネをしても、本物のリーダーにはなれない。リーダーシップとは、君たちのパーソナリティの上に構築されるものなのだ。他者のリーダーシップを真似ることは、「偽物」のリーダーシップを築くということになる。誰が、「偽物」のリーダーに付いていくだろうか」
私は、大きな衝撃を受け、そして、困惑しました。

 

それからも、私のリーダーシップに関する学びの旅は続きます。サンフランシスコで、MBTIの資格コースに参加した時のことです。参加者の多くが中間管理職でした。そこで、ある女性が、「我々がリーダーである以上は、客観的自己認識を行うことが、当然要求されます」と自信をもって語りました。参加者は、多様な組織に所属する30代前半の中間管理職でしたが、客観的に自己認識ができていることが、一般常識のようでした。ここでも、私は、新たな問いに遭遇します。「私は、客観的に自己認識できているのだろうか」
もう、お気づきだと思いますが、リーダーシップを強化するために最も重要なことは、自分を知ることなのです。

 

リーダーシップに求められる力も、時代とともに変化してきましたが、ある時から、真の(Authentic)リーダーという言葉を、盛んに耳にするようになりました。お恥ずかしいのですが、私は、最初にこの言葉を耳にした時、「最強のリーダーとしての能力を持っている人、様々な力を持つ人」と解釈しました。しかし、後に、「真のリーダー」とは、学習する組織の中に出てくる自己マスタリーに繋がること、そして、ビジネススクールで教授が話していたパーソナリティの話につながっていることに、気づきました。自己の内面と深い繋がりを持ち、自分の生きる理由、信念や価値観と繋がることが出来た時、リーダーとして最強になるということが、「真の」という言葉に込められていたのです。

 

自己マスタリーとは、ピーター・センゲ先生が提唱する学習する組織の5つの力の中の一つです。自己マスタリーを持つ人は、以下の問いに明確な答えを持つ必要があります。「私は、何者か。私は、どこからやって来たのか。私は、今なぜここにいるのか。そして、私は、これからどこへ向かっているのか」自己マスタリーを持つ人は、自分が大切にしていること、価値観や信念、動機の源泉を知り、自分の活かし方を知っています。自分の取り組んでいる活動が、人生に持つ意味を認識し、人生を通して一貫性のあるストーリーを構築することができます。

 

スティーブ・ジョブス氏がスタンフォード大学の卒業式で行なったスピーチをご存知でしょうか。彼は、「自分の人生を振り返った時、すべての点は、一つの道になっていた」と語ってくれました。人生には、自分で選択できないこともありますが、その中でも、自分に正直に、大切な選択を行なってきたスティーブの自己マスタリーに触れるスピーチは、世界中の人々を感動させました。

 

起業家は、自己マスタリーを事業として体現しています。どれほど偉大な起業家でも、他の起業家の事業は起業できなかっただろうと思います。代表的な例として、アップルとデルをご紹介しましょう。

 

スティーブ・ジョブスは、シリコンバレーという場所で育ち、小学生の頃から近所に住む技術者のお兄さんと一緒に、ガレージでモノづくりを楽しみます。そして、技術者に連れられて参加した研究会で、初めてデスクトップコンピューターに触れ、「フォルクスワーゲンのようなPCが欲しい」と思ったことが、後に、アップルを起業する道につながりました。

 

一方、デルの創業者マイケルが、最初に買ってもらったコンピュータは、アップル社製です。マイケルは、届いたばかりの新品のコンピュータを解体してしまいます。彼は、その構造に興味があったのです。マイケルは、小学生の頃から効率を重んじる少年で不必要なステップを省略するのが大好きでした。顧客からの注文があったときだけパソコンを製造し、顧客に直販する、という完全受注生産の直販システムの会社(当時の業界では先例がない)を設立したのも、当然といえば当然でしょう。
 

二人とも、偉大な起業家ですが、どちらの起業家も、一方の事業を立ち上げる姿を想像することはできません。起業家は、自己マスタリーを、事業と人生を通して体現しているのがおわかりいただけましたか。

 

グローバル人材、リーダー、そして起業家が求められる時代には、自己マスタリーを持つことが必須です。「自分が何にこだわり、どのような価値観を大切にしているのか、どんな時、自分のやる気が最も高まるのか、人生を通して何を実現したいのか」自分を本当の意味で活かすためには、自分を知っていることが不可欠なのです。

 

子どもたちの進路をめぐる環境は、大きく変化しています。人口の減少に伴う日本市場の縮小、新興国中心の経済成長に支えられたグローバル経済の中で、若者がキャリアを考えることは、決して、容易なことではありません。一人ひとりが、幸福な人生を生きるための「正解」を与えることはできません。しかし、一人ひとりが、自分の幸福の定義と、その実現のために何をすればよいのかを考える力を身につける手助けを、キャリア教育を通して行うことは可能です。職業を選ぶためだけではなく、生涯を通しての自分の生き方について考えさせることが、キャリア教育の本当の意義だと思います。

OECDのキー・コンピテンシー

OECDのキー・コンピテンシーとは、世界中のOECD加盟国が共通認識を持つ、グローバル時代を生きる力を定義したものです。今、教育に求められていることは、我々大人を超える大人に子どもたちを育てることです。OECDのキー・コンピテンシーは、子どもたちのために策定されたものですが、これを読むと大人にも、成長が求められる時代であることが解ります。THE DEFINITION AND SELECTION OF KEY COMPETENCIES Executive Summary(PDF) と ドニミク・S・ライチェン 立田慶裕監訳(2006)  『キー・コンピテンシー 国際標準の学力をめざして』 明石書店を参考に概要をまとめましたので、ご覧下さい。oecd_key_competencies.pdf

●OECDのキー・コンピタンシーは、どのようなロジックで策定されたのでしょうか。

OECDが、キー・コンピタンシーの定義に取り組んだ背景には、社会の変化があります。これまでの学校教育では、子どもたちが将来、幸せに、意義ある人生を生きるために必要な力を身につけることができないという課題認識に基づき、キー・コンピタンシーは、策定されました。

●前提となる時代の捉え方

時代背景を表す言葉は、変化、複雑性、相互依存の3つです。

  • •変化 技術が急速に変化する世界においては、技術に関する学習はプロセスの一時点でのマスターだけでなく、変化に対する高い適用力が求められます。
  • •複雑性 社会がどんどん複雑化、細分化してきており、個人的な関係においても、多様な人々との交流がますます求められてきています。また、グローバライゼーションは、新しい形態の相互依存性を作り出しています。
  • •相互依存性 経済競争や、環境破壊に繋がる様々な活動は、個人の住む地域や国家の枠を超えて広がってきており、グローバライゼーションによる相互依存性は、今後ますます高まることが予測されます。

●子どもたちが直面するであろうチャレンジ

  • 技術革新に対応すること
  • あふれる情報を取捨選択すること
  • 経済成長と地球環境の保護という二つの矛盾する目的を達成しなければならないこと
  • 豊かさの追求と、貧困や富の格差の是正を同時に考えること

 
●OECD加盟国が目指す社会

  OECD加盟国の究極の目的は以下の実現です。   

  • 民主的な社会の実現
  • 持続可能な発展の達成

●キー・コンピテンシー策定のための基本方針

 OECDのキー・コンピテンシーは、次のような指針に基づいて策定されました。

  • 社会や個人にとって価値ある結果をもたらすこと
  • あらゆる状況において、重要な課題への適応を助けること
  • 特定の専門家だけでなく、全ての個人にとって重要であること

●成功の定義

 個人と社会のそれぞれにとって価値ある結果とは以下の4つです。

 ■ 個人の成功

  • 有利な就職と所得
  • 個人の健康と安全
  • 政治への参加
  • 人間関係

 ■ 社会の成功 

  • 経済的生産性
  • 民主的プロセス
  • 社会的まとまりや公正と人権
  • 環境維持

●コンピテンシーの3つのカテゴリー

  • カテゴリー1:相互作用的に道具を用いる力
    • 1-A:  言語、シンボルテキストを相互作用的に用いる能力
    • 1-B:  知識や情報を相互作用的に用いる能力
    • 1-C:  技術を相互作用的に用いる能力
  • カテゴリー2:異質な集団で交流する力
    • 2-A: 他人といい関係を作る能力
    • 2-B: 協力する能力
    • 2-C: 争いを処理し、解決する能力
  • カテゴリー3:自律的に活動する力
    • 3-A: 大きな展望の中で活動する能力
    • 3-B: 人生計画や個人的プログラムを設計し、実行する能力
    • 3-C: 自らの権利、利害、限界やニーズを表明する能力

 

●3つのコンピタンシーすべてに共通する最も重要な2つの力

3つのカテゴリーを包括する力として、自らの経験を内省したり、学びを抽象的に概念化する力や思考について考える力が不可欠です。

  • リフレクション(内省力):キー・コンピテンシーの核心
    • キー・コンピテンシーの根底にあるのは、自らを省みる思考と行動です。
    • 状況に直面した時に慣習的なやり方や方法を規定どおりに適用する能力だけでなく、変化に応じて、経験から学び、批判的なスタンスで考え動く能力です。
  • 自ら工夫・創造する力
    • 今日的な課題に対処するために求められているのは、教えられた知識をただ繰り返すのではなく、複雑で精神的な課題に対処するために個人的能力を開発することです。
    • キー・コンピテンシーの中心にあるのは、自ら考える力と自らの学習や行為に責任をとる個人の能力です。

マルチプルインテリジェンス

文部科学教育通信 No.287 2012-3-26に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る②をご紹介します。

 

「神様は、多様性に恋をしている」と、学習する学校の著者ピーター・センゲ先生は、子どもたちの多様性について熱く語ってくれました。多様性には、さまざまな観点があります。生まれ育った環境、もって生まれた資質、容姿はもちろん、好きな食べ物もスポーツも、動物も、同じではありません。そして、子どもたちは、一人ひとり違う人生経験を積み重ねて大人になり、仕事を選び、伴侶を選び、自分の人生を創造していきます。 

バラを育てる時には、長い目で成長を暖かく見守れる私たちが、子どもの成長には、学年ごとに目標設定を行い、子どもたちに同じスピードで発達することを期待し、画一的な観点で、子どもを評価する仕組みを構築しています。そして、その仕組みを疑うことなく、すべての子どもたちに適用しようと考えます。学校も親も、最もわかりやすい子どもの評価軸として、勉強のできる子とできない子という分類が、一般的に活用されています。勉強のできない子にとって、学校というシステムの中で、自己肯定感を持ち続けることは、それほど簡単なことではありません。スポーツができても、人柄が良くても、勉強ができないと、自己肯定感を持ちにくいのが現状です。

 

先日、マルチプルインテリジェンス協会の石渡さんと藤本さんに、勉強会でお話していただきました。お二人は、ハワード・ガードナー先生が、プロジェクトゼロと共同で主催しているサマー・インスティチュートに参加され、日本にマルチプルインテリジェンスを広める活動をされています。その内容をもとに、本日は、子どもたちの才能をテーマに、その多様性について考えてみたいと思います。 

マルチプルインテリジェンスは、ハーバード教育大学院のハワード・ガードナー博士により1983年に発表された知能に関する理論です。知能と言えば、それまでアルフレッド・ビネー博士により提唱されたIQテストにより診断される読み書き、計算の能力であると考えられていました。マルチプルインテリジェンス理論は、IQテストに変わる新たな理論として、世界中で、大きな反響を呼びました。日本以外の先進国では、マルチプルインテリジェンスは、意識の高い教師にとって常識となっています。2006年に、ハワード・ガードナー教授が来日し講演を行なっていますが、日本の教育界には全く広まらなかったようです。

 

マルチプルインテリジェンスでは、インテリジェンスには8つの種類があり、人は、そのうちの複数のインテリジェンスを備えていて、どの知能が強いか弱いかという「程度」と「組み合わせ」がその人の個性になると考えられています。 

8つのインテリジェンスとは、以下の通りです。 

●言語的インテリジェンス(Word Smart)・・・言語を巧みに操作し、効果的に表現する力。スピーチやディベート、言葉遊び、詩作などが得意。

●論理・数学的インテリジェンス(Logic Smart)・・・数を操作したり、論理的に考える力。数学、計算、分析、分類など、論理的思考を必要とする問題が得意。

●空間的インテリジェンス(Picture Smart)・・・ものごとをイメージしたり、表現できる力。絵画、彫刻、映像化が得意

●身体的インテリジェンス(Body Smart)・・・身体を巧みに操作し、表現する力。運動、ダンス、演技などが得意。

●音楽的インテリジェンス(Music Smart)・・・音楽を使って巧みに表現できる力。作曲、歌が得意。

●対人的インテリジェンス(People Smart)・・・他人の感情や考えを理解し、人間関係を築く力。

●内面的インテリジェンス(Self Smart)・・・自分自身を理解し、感情、思想、思考、価値観などを認識できる力。

●自然認識インテリジェンス(Nature Smart)・・・自然を認知し共存できる力。動物の飼育、植物の栽培、自然観察などへの関心が高い。

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子どもたちが、自分のインテリジェンスが何かを知り、活用することができれば、自分の才能を伸ばし、活かすことができます。しかし、現在の日本の学校教育では、残念ながら、言語的インテリジェンス、論理・数学的インテリジェンスの2つの発達が優先されており、他の6つのインテリジェンスを活用する機会はあまりありません。言語的、数学的に優れていれば、学校の成績も良く、だれもがその子は、頭が良いと思うでしょう。逆に、この2つのインテリジェンスを強みとしない子どもたちの多くは、自己肯定感を喪失し、それ以外のインテリジェンスを持つことに気付くことすらなく、自分をどこか劣った人間であると認識してしまう場合もあるように思います。安心して、社会で暮らせる学力保障は大切ですが、だれもが、特定のインテリジェンスに基づく偏差値でランク付けされてしまう社会は、多くの人々を幸せにしません。 

偉業を成し遂げた人のインテリジェンスを見てみましょう。ガンジーは、内面的インテリジェンスが高く、ダーウィンは、自然認識インテリジェンスが高く、ピカソは、高い空間的インテリジェンスを持っていました。そう考えると、偉業を成し遂げた人は、みな、自分のインテリジェンスを最もうまく生かすことができた人たちです。日本においても、スポーツ選手は、比較的小さいころから、自分のインテリジェンスを見つけ、育てる機会を得るチャンスが高まっていますが、その他のインテリジェンスを守り育むことは容易ではありません。

 

子どもの教育に関わるすべての人々にマルチプルインテリジェンスの考え方を知って欲しいと思っています。親も教師も、子どもの多様性に目を向け、勉強ができること以外にも、同様に大切なインテリジェンスがあることに目を向ける必要があります。その上で、多様なインテリジェンスを伸ばす機会を提供する必要があります。 

私たち一人ひとりが持っている違った才能に目を向け、守り、育む教室作りは、子どもたちに、多様性の素晴らしさや大切さを教える教室作りにもつながっています。マルチプルインテリジェンスを導入している学校では、子どもたちは、自分のインテリジェンスが何かを知っていますし、友達のインテリジェンスについても理解をしています。 

 

多様性を尊重する教室空間を作ることは、主体的な学習者を育てることにも通じます。集団授業において多様性を尊重することは、授業を進める上で、決してプラスの要素ではないというのが、これまでの常識です。しかし、グローバル時代の新しい教育を目指すのであれば、過去の経験に基づくモノの見方を一旦横に置き、多様性を尊重するマルチプルインテリジェンスが、集団授業の効果を高めるというモノの見方を前提に、授業のあり方を構築し直して見るという発想が必要ではないでしょうか。U理論では、学習とは、自分の境界線の外に出ることを言います。これまでの経験に頼り、良い、悪いの評価をしている間は、本当の意味での学習は、始まりません。自律的学習者を育てる教師も、学習を迫られる時代です。

自律的学習者を育てるリフレクション

文部科学教育通信 No.286 2012-2-27に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る①をご紹介します。

今回は、これからの時代の教育の不可欠であると言われている自律的学習者を育てることをテーマに、私の体験を交えてご紹介してみたいと思います。

皆さんは、自律的学習者を、どのように定義しているでしょうか。親であれば、勉強しなさいと言わなくても、自主的に宿題をやる子どもがその代表例でしょうか。学校の先生であれば、先生の話をしっかりと聞き、演習問題を解き、わからないことをそのままにしないで、先生に質問し、理解ができたら、更に難易度の高い問題に挑戦する学習習慣を身に付けている生徒でしょうか。もちろん、彼らは、自律的学習者です。しかし、OECDが述べている生涯を通じて学び続けることが出来る自律学習者を育てるためには、学習というものを、もう少し広い視点で捉える必要があると思います。

昨年、ハーバード教育大学院大学のセミナーに参加した際に、赤ちゃんの映像を見る機会がありました。

「学習とは、私たち人間がもって生まれた欲求であり、本来、私たちは生まれながらにして学ぶ力を備えているのです。」 と言うメッセージとともに、2つの映像が紹介されました。一つ目は、まだ、1人で歩くことが出来ない子どもが、懸命に立ち上がり、歩こうとして転び、それでも、更に、立ち上がり懸命に歩こうとする姿。もう一つの映像は、スプーンを手に握り、お皿から食べ物をすくい上げ、スプーンは、顔には届くけれども、上手くスプーンが口に届かず、顔中におかずをつけながら、食べ物を口に届ける姿です。

どんなに学ぶ意欲がないように見える子どもも大人も、実は、学びたい、成長したいという潜在的な願望を持っていると確信することは、他者の学習に関わる上で、とても重要なことだと思います。学校においても、素晴らしい先生は、異口同音、「どんなに問題のある子どもでも、よく生きたいと思っていない子どもは1人もいない」とおっしゃいます。学びや成長は、より良く生きるために、人間が生まれながらに持っている強い欲求であるとすれば、自律的学習者とは、より良く生きるために、自律的に学習することができる人ということになります。

今回は、自律的学習者にとって欠かせないリフレクションをテーマに、2つの体験をご紹介したいと思います。

 

4歳からリフレクションを学ぶオランダの子どもたち

昨年オランダ教育の視察に行った際に、4歳の子どもが、先生と一緒に、リフレクションを行なっている様子を見学しました。PCの前に先生が座り、座っている先生と同じくらいの背丈の女の子が、先生の隣に立ち、質問に答えています。オランダ語なのですべての対話を聞き取ることはできなかったのですが、先生に質問内容を確認すると、以下の通りでした。「過去3ヶ月のワーク(勉強や取り組んだこと)の中で、もっとも誇りに思うものはなんですか?」「どこが誇りに思う点ですか?」「何に一番苦労しましたか?」「次に同じワークをするとしたら、何を変えますか?」 4歳のあどけない女の子が、しっかりと先生の質問に答えている姿は、私のリフレクションに対するこれまでの理解を超えたものでした。今でも、その時の衝撃は、忘れられません。私自身、それまでも、「リフレクションは、学習に欠かせないものです。」と、多くの大学生や社会人に教えていたにもかかわらず、自律的学習者になるためには、誰もが当たり前にリフレクションができるようになることを目指すという意識はありませんでした。オランダ教育のように、4才からリフレクションを習慣化することができれば、大学生や大人に、リフレクションとは何かを教える必要もないということです。

 

NPOティーチフォージャパンの学習する文化

NPOティーチフォージャパンでは、2年前から大学生とともにリフレクションに取り組んでいます。ティーチフォージャパンは、20年前にアメリカでスタートした教育系NPOティーチフォーアメリカと連携し、大学生や若者が中心となり、寺子屋事業および教師派遣事業を行う団体です。ティーチフォージャパンが、ティーチフォーアメリカから受け継いだリフレクションを、個人の成長という視点でご紹介したいと思います。

ティーチフォージャパンの定義する優れた教師は、高い目標を掲げ、子どもの自発的な学びを促し、学力向上と、主体的に生きる意欲向上を実現するリーダーシップとマネジメント能力を共に有する教師です。そして、何より大切なのが、優れた教師を目指し、スピーディに学習出来る能力を持つことです。ここでいう学習能力とは、自分が経験したことを振り返り(リフレクション)、得た学びを抽象的概念化し、学んだことを能動的に実験し、そこで得た経験を再び省察する(リフレクション)という体験学習サイクルを回すことが出来る力です。この学習サイクルの中で最も重要なのが、リフレクションです。

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リフレクションを効果的に行うためには、ゴールを明確にし、仮説を持ち行動すること、そして、何がうまくいったのか、何がうまくいかなかったのか、その経験から何を学んだのか、何を得たのかを学ぶことが重要です。客観的自己認識を持つためには、他者からのフィードバックを積極的に活用します。その前提には、仲間との信頼関係と、組織としての団結力があります。ティーチフォージャパンのメンバー全員が、有りたい姿を目指すマインドを持ち、学習サイクルの実践が自分の成長につながり、子どもたちの学びに還元されるという信念を共有しています。安心安全な場と、学びに対する信念を共有することができれば、ネガティブなメッセージも、より良くなるためのヒントとして宝物のように扱われます。

 寺子屋の活動では、子どもたちを指導した後で、必ず1時間のリフレクションを行っています。2ヶ月の寺子屋を一つのサイクルとして運営しているので、2ヶ月の活動終了後に、総合リフレクションを行います。総合リフレクションでの学びは、次の教師のためのナレッジや事前研修のヒントとして活用されます。宿題を忘れた時、こどもが喧嘩をした時など、状況対応が必要なケースについては、ナレッジ集にまとめます。例えば、上手な叱り方がわからないなど多くの教師に共通の悩みについては、次の研修開発テーマに取り入れます。このように、1人ひとりの教師としての体験学習が、リフレクションを通して、チーム学習になり、組織のナレッジへと発展していきます。まさに、マサチューセッツ工科大学のピーター・センゲ氏の提唱する学習する組織(ピーター・センゲ『学習する組織—–システム思考で未来を創造する』、枝廣淳子他訳、東京:英治出版、2011年)です。リフレクションは、2年間の取り組みを通じて、ティーチフォージャパンが心から愛する習慣に発展しました。

ネガティブな反省会体験ではなく、ポジティブなリフレクション体験を沢山持つ若者が増えれば、自律的学習者を育てることに繋がると思っています。

保存

美しい地球の未来を守る

文部科学教育通信 No.281 2011-12-12に掲載された脱工業化社会の教育の役割とあり方を探る(12)をご紹介します。

宇宙から見た美しい地球の画像には心を奪われます。宇宙飛行士の目から見た美しい地球の映像ベラガイア(Bella Gaia)を使った三年間の環境教育プログラムがつい最近、米国ニューヨーク州で立ち上がりました。また、パリで行われたユネスコのユースプログラムでもベラガイアの映像が用いられ、多くの人々に感銘を与えています。緑の減少、オゾン層の破壊、温暖化、大気汚染、河川や海など水の汚染、環境ホルモンによる化学物質汚染、酸性雨など地球そのものが病気になりつつあります。子どもたちの世代に美しい地球を残すために、私たちに何ができるでしょうか。一つの解決策が環境教育です。日本でもボランティア活動やNGO団体の活動を通じて環境教育への取り組みが行われています。

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今回は、米国で行われているシステム思考で地球環境を学ぶ授業の例をいくつかご紹介します。

 

マングローブ湿地の生態系の変化

8年生の理科の授業でマングローブ湿地の生態系と人間が関与した場合の生態系への影響について考察させる授業を行なっています。生徒は、マングローブ湿地に生息する生態系の数を調べ、グラフやループ図を使って表します。マングローブ湿地に関係する生物はマングローブの葉を食料とするエビやトビハゼなどの小動物、それを餌とする魚、魚を餌とするワニの3種類に分けられます。この個体数の変化をループ図で表すことにより、生徒は湿地に生息する生物の食物連鎖と、自然な状態では一巡ごとに増加と減少が入れ替わりながら、生態系のバランスが保たれていることを学びます。ところが、人間が関与してマングローブの葉を伐採したり、ワニを捕獲してしまうと、この生態系が大きく崩れ、成り立たなくなることを知ります。

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「システム思考者の習慣」を題材にしたポスター

4年生の授業で「システム思考者の習慣」をテーマにポスターを描かせ、説明をつけてもらいます。ある生徒は「短期・長期の両方の結果を考えよう」と題して、植林をせずに森林を伐採した結果、土壌の侵食が少しずつ生態系や水の供給に影響を及ぼしている例を描きました。
出典:システム思考で地球環境を学ぶ Waters Foundation

また、別の生徒は「複雑な原因と結果の関係を見極めよう」と題して、ダムの建設が川に生息するサーモンの川のぼり産卵に影響を与え、サーモンを食べるアシカの増殖がサーモンの数の減少につながることを描いています。絵の題材として環境問題を選ぶ生徒が多く、環境問題の理解にはシステム思考が欠かせないことがわかります。

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野生動物の管理シミュレーション

生徒にコンピューターを使ってヘラジカの数量管理をしてもらいます。増えすぎによる個体数の激減を防ぐためにはヘラジカの個体数を一定に保つ必要があります。生徒はコンピューター上で狩猟許可証を発行したり、天敵である狼を投入したりして、ヘラジカが増えすぎないように管理します。管理計画を成功させるためには、チーム内で協力しながら、仮説を立て、検証テストを行い、データをとって結論を導き出します。ヘラジカの個体数が安定するまで、仮説を見直して何度もシミュレーションを行います。

地球の環境持続可能性

地球環境の持続可能性について学ぶ優れた教材として、ISEE SystemのModeling for Environmental Sustainability(環境持続可能性のモデル)をご紹介します。環境問題を学ぶためにシステム思考を取り入れることは、世界では常識になっています。昨年行われたシステム思考の世界会議でも「地球を救うために子供にシステム思考を教える」という題の基調講演がアンドリュー・ジョーンズ氏により行なわれました。

この教材では、4回のセッションを通じて、私たちの暮らしが環境に与える影響と環境からのフィードバックについて、地球の持続可能性や経済、社会、環境システムの相互関係について学びます。また、システム思考のツールとコンセプトを用いて、環境問題についての対話を広げる様々な方法や地球の持続可能性に積極的に貢献できる習慣や方策を学びます。

セッション1: 気候変化を理解する

簡単なSTELLAモデル(教育と調査のためのシステム思考モデル)を用いて気候の変化を引き起こす基本コンセプトとシステムの原理について学びます。我々が直面する課題と取り入れるべき変化、避けるべき変化にどのようなものがあるのでしょうか。コペンハーゲンサミットで使用された気候変化の予想モデルを用いてグローバルな政策決定が地球に与えるインパクトについてシミュレーションを行います。

セッション2: 人口動態と成長の限界

2050年までに90億を超えると予想される地球人口についての考察を行います。地球の持続可能性や人口動態が環境問題に与える影響についても学びます。

セッション3: 水のシステム力学

人口動態が未来の水の供給問題に与える影響や地球上の水が汚染されていく過程や水の循環システムに与える影響について学びます。また、現在と異なるシナリオを用いれば、未来の水の供給システムがどう変わるかを考察します。

セッション4: 商品システム

「もの」のシステムがどのように人口の過剰、環境の悪化、社会・経済格差と関係しているかについて探ります。食物のような再生可能な「もの」と石油のような再生不可能な「もの」のシステムモデルの共通性と違いを理解し、環境への影響について考えます。

この数十年、地球上では干ばつ、異常気象、温暖化などが続いており、今後もこの傾向は続くものと予測されています。地球の気候変化がなぜ、どのような形で起こり、どんな結果をもたらすか、原因の解明と今後の変化を正確に予測し、対策を講じることが、私たちの美しい地球を守るために必要です。環境問題や、環境への人為的な影響、世界の環境システムについて、正確な理解と知識を持った人材を育てることが教育の重要な役割であると思います。

保存

思考の可視化

文部科学教育通信 No.280 2011-11-28に掲載された脱工業化社会の教育の役割とあり方を探る(11)をご紹介します。

今回はハーバード教育大学院のプロジェクトゼロが提唱する学習プログラム「思考の可視化」をご紹介します。

プロジェクトゼロは、1967年にハーバード教育大学院のネルソン・グッドマン教授により、芸術教育を研究、改善する目的で設立されました。当初は芸術分野に焦点を絞っていましたが、次第に学習のあらゆる分野に対象を広げていきました。プロジェクトゼロは、人文・科学・芸術分野での学習、思考、創造性を理解・向上させることを使命としています。2代目のディレクターが、マルチプルインテリジェンスで著名なハワード・ガードナー教授です。

「思考の可視化」プログラム

「思考の可視化」プログラムとは、教科の学習の中で生徒の思考の成長を促すための体系的な学習プログラムです。このプログラムには二つの目的があります。一つは生徒の思考するスキルと思考する姿勢(好奇心、真実と理解への関心、創造性、思考と学習する機会への気づき)を育むこと、もう一つは、思考する習慣を通して教科の学習内容を深めることにあります。

「思考の可視化」プログラムは、教室での観察をもとに、生徒の思考と学習に関して調査を数年間行った結果、作成されたプログラムです。調査でわかったことは、思考と学習に関してはスキルや能力を持つだけでは、十分ではないということです。生徒の考え方が時として浅はかなのは、深く考える能力がないからではなく、深く考える機会がないこと、考えようとしないことに原因があります。思考力を習得するためには、思考のトレーニングが必要です。思考の可視化を活用した学習プログラムを通して、子どもたちは、思考のトレーニングを行い、思考に必要な能力や態度を習得します。

なぜ思考を可視化するのか?

私たちは、見たり、聞いたりすることで物事を学びます。見たり、聞いたり、模倣して学んだことを自分の興味やスタイルに合わせて取り入れていくことが学びの基本です。お手本を見ることもなく、ダンスやスポーツを学ぶことはできませんし、音を聞くことなく音楽を学ぶことはできません。つまり、思考を学ぶことは、学習することを学ぶことでもあります。思考は目に見えるものではないので、一つの結論にたどりついた思考を口頭で説明しようとしてもうまくいかない場合がよくあります。思考とは、ベールに覆われた私たちの心と脳の素晴らしい作用です。

「思考の可視化」学習プログラムを通して、生徒は自分の思考を自分自身、クラスメート、先生に対して目に見える形で表現できるようになり、学習している問題により深く関わることができるようになります。また、生徒の思考が教室で可視化できるようになると、生徒が自分の思考について考えるメタ認知能力(自分で自分のことを知り、それをコントロールする力)が上がります。生徒にとって学校は単に教えられたことを覚えるところではなく、考えを探索する場になります。教師側のメリットとしては、生徒の既得の知識、理解の度合い、論理的思考が明らかになることにより、課題を把握し、生徒の思考を伸ばすことができるようになります。

生徒の思考を育むために、教師は教室で常に以下の質問を自問しましょう。「思考は可視化できているか?」「生徒はお互いに考えをきちんと説明できているか?」「生徒から創造的な発想は出ているか?」「自分は思考を促すような言葉を使っているか?」これらの質問への答えが「はい」である時、生徒は学習への興味とコミットメントを示し、学んでいることに意味を見出し、学校と日常生活の間に意味のあるつながりを見つけます。また、思考と学習に関して、望ましい態度(単純にものごとの善悪を判断することなく、適切な疑いを持ち、ものごとを理解しようとする態度)を示します。

「思考の可視化」プログラムをルーティンとして始める

このプログラムを始める最も簡単な方法はプログラムの中にあるルーティンを授業の中に取り入れることです。ルーティンとは、実践的で機能的な思考のためのフレームワーク(質問集)で、様々な学年やどんな内容にでも適用することができます。生徒が学習の過程で何度も用いることにより、次第にルーティンを使って考えることがクラスの文化として定着していきます。

ルーティンには、核を成すルーティンのほか、理解、真実、公正、創造性の観点から思考を促す4種類のルーティンがあります。教師はどのルーティンをどのような状況下で用いるか、継続して使用するかどうかを考えます。

 

ルーティンの実践例 SEE THINK WONDER

SEE THINK WONDER(見る、考える、類推する)というルーティンをご紹介しましょう。このルーティンは以下の3つの質問集から成り立っています。
・SEE ・・・・・・・・・・何が見えますか?
・THINK ・・・・・・・・それについてどう考えますか
・WONDER ・・・・・・何が類推できますか?

人権の学習をしている5年生のクラスに対して、先生は人権に関する数枚の写真を生徒に見せます。生徒に写真をじっくりと観察させ、写真がどんな意味を持つかを考えさせます。次にルーティンに沿って質問を行うことにより、生徒の思考を可視化していきます。

例えば、子供が働いている数枚の写真を見て、生徒は以下のように答えます。

■See
先生 「何が見えますか?」
生徒 「子供が働いている」「子供がレンガを運んでいる」「あたりがゴミだらけ」「子供たちが自分の前に缶を置いて物乞いをしている」「汚い服を着た女の人が赤ちゃんを抱えている」

■Think
先生 「それについてどう考えますか?」
生徒 「子供たちは自分の意思ではなく、強制的に働かされているようだ」理由は、「好んでやるようないい仕事ではないから」「子供たちが深刻な顔をしているから」「子供が背負っている袋はゴミ袋のようだから」

■Wonder
先生 「何が類推できますか?」
生徒 「壁が壊れているから、戦争があったのかもしれない」「子供たちは、本当は働きたくないのだと思う」「働く代わりに学校へ行きたいのだと思う。それができないのだから子供たちはすごく貧しいのだと思う」「親が働かせているのだと思う」

ルーティンに沿って考えることにより、生徒は慌てて結論に飛びつくことなく、じっくりと思考を言葉にしていきます。このルーティンは、生徒の思考を促すことを目的としていますが、相手の言うことを聴き、誰かが言ったことについて一緒に考えることにより、生徒の社交性を育むことにも役立っています。話の状況をより良く理解するために、誰かが言った意見の理由を一緒になって考え、お互いに助け合うことを重ねるうちに、教室で行われる思考はだんだん面白いものになっていきます。

さて、思考の可視化に関する以上の文章を読んで、学習に関する皆さんの考えに何か変化はあったでしょうか?思考を可視化する意味を少しでも感じ取っていただけると嬉しいです。
最後に、学習の振り返りを行う際に役立つルーティンを一つご紹介します。

  • I used to think..., Now I think.....

(○○についてこれまでの私は…と考えていた。今、私は…と考えるようになった)
学習を通じての変化を言葉にすることで進歩を可視化できるパワフルなルーティンです。何かの折に使ってみてください。

出典: Project Zero Visible Thinking

See Think Wonderの実践例は、DVD“Visible Thinking” Produced by the Visible Thinking Team at Project Zero at the Harvard Graduate School of Educationより。

価値創造とU理論

文部科学教育通信 No.279 2011-11-14に掲載された脱工業化社会の教育の役割とあり方を探る(10)をご紹介します。

 

これからの日本の発展を支える教育には、工業化社会を支える人材育成とともに、価値創造を実現する人材育成が求められます。そこで、価値創造に大きな影響を与えたU理論をご紹介致します。

 

U理論と価値創造


2007年に出版されたU理論は、価値創造の世界に、新たな視点をもたらしました。著者であるオットー・シャーマー氏は、U理論を生み出すために、様々な領域においてイノベーションを実現しているリーダーやイノベーターにインタビューを行いました。そして、イノベーションを起こす過程で、人の内面に起きていることを捉えることに挑戦しました。これまでのイノベーションに関する研究は、実際に起きた事とその過程に焦点を当てたものが中心でしたが、シャーマー氏は、人の内面に焦点を当てました。 研究により明らかになったことは、イノベーションを起こす過程で、共通して人の内面に「U」のプロセスが存在するという事実です。これをシャーマー氏は、U理論と名付けました。 

U理論について、簡単に説明致します。Uのプロセスは、大きく3つの領域に分かれます。最初は、センシングと呼ばれ、Uを下るステップです。この時、人は、自分の境界線の外側の世界とつながります。第2のステップは、プレゼンシング(プレゼントとセンシングを組み合わせた造語)と呼ばれ、Uの谷に位置します。そこでは、人は、自分の内側から現れる世界(源)とつながり、本当に必要でないものを手放すことができます。こうして新しい価値創造が始まります。第3のステップは、クリエイティングと呼ばれ、Uの谷を登り、新しいものを創造します。 

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このようなプロセスを、多くの人々は無意識のうちに実践しています。内面に起きるプロセスを言語化した意義は大きく、リーダーシップ養成のあり方や、価値創造のあり方が大きく見直されることとなりました。 

私が、U理論を知ったのは、2008年に、組織学習協会(ソル)の主催する世界大会に参加した時です。出版から既に1年が過ぎていたU理論は、大会での話題の中心でした。ソルの世界大会には、複雑な社会問題の解決に取り組む人々が世界中から集まっており、当時、すでに、U理論は、環境問題、紛争問題などの解決に活用されていました。

日本では、2010年に、翻訳本が出版されて、ビジネス界を中心に活用が始まっています。また、このシリーズの6月27日号でご紹介しましたように、U理論を活用した教育の未来を創るワークショップが開催されました。多様な立場の人々が集い、多彩な視点を得ながらU理論を有効に活用して日本の教育システムを変える対話が始まっています。

今年、4月にオランダを訪問した際には、オルタネティブ教育のイエナプラン教員養成センターで、すでに、U理論の考え方が教員養成プログラムに盛り込まれていることを知り、少々驚きました。

 

アイディオの事例


アメリカに本社を持つアイディオというデザイン会社は、高いイノベーション力を持つ事で世界的に有名です。トップを勤めるトム・ケリー氏は、スタンフォード大学の教授です。2009年に東京大学でスタートしたiスクール(イノベーション教育のプログラム)の開講記念ワークショップのデザインは、アイディオが担当しています。 

 2000年にABCの「ナイトライン」で取り上げられたアイディオの特集番組は、現在でも、イノベーションを学ぶ教材として幅広く活用されています。この特集番組では、アイディオのチームが、5日間で、新しいショッピングカートをデザインする過程を紹介しています。まず驚く事はチームメンバーの多様性です。MBA、エンジニア、マーケティングの専門家、心理学者、言語学者、学生というメンバーが、チーム学習を行いながらUのプロセスを下り、谷を経て、Uの谷を登り詰めたとき、これまでに見た事の無いユニークなショッピングカートのデザインが完成します。最初のステップでは、メンバーはスーパーマーケットに出向き、シッピングカートがどのように使われているのかを観察します。そこから明らかになったことをみんなで共有していきますが、このとき、なぜ多様性の高いチーム構成になっているかが解ります。スーパーマーケット訪問から得る気付きや情報が、専門性により異なるのです。全員の意見を共有した後、いったん、自分の意見を手放し、みんなの観察から明らかになった事をもとに、ショッピングカートに求められる目的や機能に必要なことは何かを考えます。そして、実際に、デザインを始めます。デザインの過程においても、プロトタイピングを行い、何度も軌道修正をしていきます。アイディオにおけるイノベーション・プロセスは、U理論にも大きな影響を与えています。 

 

U理論を活用した教育

 

昨年より、青山ビジネススクールにおける起業家育成の講義において、私もU理論を取り入れています。また、企業においてもU理論を活用した価値創造研修を行いました。その過程で、日本の教育において強化しなければならない次のような課題が見えてきました。

<自分の心の声を聴く力>・・・Uの谷は、深く自分とつながる事を意味します。自分が何者で、何のために存在するのか、自分にとって本当に大切な事は何か。答えは、自分にしか解りません。そのためには、自分を見つめ、自分を知る必要があります。

<観察する力>・・・Uの谷を下るセンシングでは、見る・聴く・感じる力が求められます。頭だけで考えるのではなく、五感を活用することや、身体感覚を活用することなどで、得られる情報の量と質は驚くほど改善されます。

<多様な意見を価値創造に繋げる力>・・・アイディオの例のように、多様な意見を出し合い、価値創造を行うためには、チーム学習を効果的に行う必要があります。ブレインストーミングや、ファシリテーションなどの力が、鍵を握ります。

 <目に見えないことを認知し言語化する力>・・・そもそも、U理論のように目に見えない概念を理解することを、日本の学校では訓練していません。現実には、3つのレベルがあると言われています。健在化している現実、夢として存在している現実、うずきのように知覚はできても、言語化されていない現実です。そのうち、目に見えるものは健在化している現実のみです。しかし、価値創造や未来を創造するプロセスにおいては、まだ、世の中に存在しない何かを生み出すために、健在化していない現実に目を向ける必要があります。

U理論は、価値創造に新しい視点をもたらしました。誰もが、ガンジーになることはできません。しかし、U理論を多くの人々が共通言語として理解するようになれば、イノベーションを共同で作り上げることが可能になります。U理論は、1人の人生から社会変革まで、幅広く応用をすることが可能です。これまでのやり方では、ものごとがうまくいかなくなった時、ぜひ、皆さんもU理論を活用してみてください。最初にやらなければならないことは、「自分の評価判断を保留」にして多様な意見に耳を傾けることです。そうすれば自分の境界線の外に出ることが出来ます。そこには、これまでの自分が考えもしなかった新しい世界があるはずです。

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