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学習する組織 ラーニング フォー オールの魅力(1)

文部科学教育通信 No.327 2013-11-11に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る(37)をご紹介します。

第37回より3回連続で、NPO法人ティーチ フォー ジャパンの学習支援事業であるラーニング フォー オール(旧称:寺子屋くらぶ)の魅力をお伝えしたいと思います。

私は、2010年のラーニング フォー オール(以下、LFA)の活動開始時から、研修や組織開発の面で継続的にサポートしています。LFAの組織としての成長を見守るとともに、常にLFAの運営に携わっている学生からも学んできました。今回は、これまでの活動を振り返りつつ、ラーニング フォー オールをご紹介する機会にしたいと思います。

シリーズ第1回は、LFAの概要をご紹介いたします。第2回では、LFAの独自の研修プログラムについて、第3回は、プログラム中の学習サイクルとプログラム後のリフレクションについてお伝えいたします。

ラーニング フォー オールについて

LFAは、学習支援を通して困難を抱える子ども達の可能性を広げるとともに、将来、教育現場や社会でリーダーシップを発揮する人材を育成する大学生向けのプログラムです。

団体のミッションは、次の3つです。

  1. 困難を抱えた子ども達の可能性を最大化する
  2. 参加した学生のリーダーとしての成長を実現する
  3. 卒業生による“社会全体で教育を変える”システムを創る

2010年夏より活動を開始し、今では関東・関西・東北・九州に拠点が広がっています。
2012年度までに、延べ1337人の子ども達に学習支援を行いました。プログラムに参加した学生教師は延べ445名、LFAのスタッフとして活動している人は述べ152名となっています。また、2013年は既に春季、夏季のプログラムが終了し、現在は秋季のプログラムが始まっています。

LFAの学習支援を受けた子どもの中には、学力的に高校への進学が厳しいと言われていたのに、学生教師がその子どもの躓いているところを一つずつ丁寧に指導し続けたことで、志望校に推薦合格した子どももいます。

持続可能な学習支援に向けて第37回 掲載写真.jpg

LFAは学生が運営している組織です。採用や研修をデザインする際に、私のような社会人がアドバイスすることもありますが、組織を成長させ、子ども達により良い学習の機会を提供するために活動しているのは、情熱をもった学生たちです。

学習支援を持続可能な活動にするため、LFAは子ども達のおかれている状況に共感し、自ら学習し続けることのできる人材を仲間にしています。

学生教師とLFAスタッフの情熱や子ども達の変化を知ってもらうための説明会といった広報活動も、全て学生が行っています。説明会でのプレゼンテーションひとつを挙げても、初めてLFAに接した人々に彼らの思いが伝わるように、何度も練習し、フィードバックしあい、改善しています。

学生教師を採用する際にも、どのような思いを持っているのか、たとえ困難な状況に置かれても責任をもって子ども達を支援することができるのか、教師自身が学び続けることができるのかを確認するために、エントリーシートの提出や面接を実施しています。指導の経験やスキルだけでなく、子どもの目線で物事を考えることができるかどうかも重要な採用基準です。

LFAは、採用した学生に対して、指導を開始する前に20時間の事前研修、プログラムの期間中に20時間以上の中間研修を提供しています。また、指導期間中は教師に対して指導のフィードバックを行い、教師自身がPDCAサイクル(Plan-Do-Check-Actサイクル)を回して、より良い指導ができるようにサポートします。プログラム終了後には「大リフレクション大会」という、活動を振り返って次の行動につなげる機会を設けています。このように、LFAは、子ども達の成長のために個人と組織の学習サイクルを綿密にデザインしています。

 

学習する組織としてのラーニング フォー オール

LFAの一貫した活動についてふれましたが、団体設立時からこのような流れがあったわけではありません。何度も試行錯誤を繰り返し、成功や失敗から学び続けた結果、現在のスタイルが確立されたのです。また、今でも常に子どもと教師にとってより価値のあるやり方を模索し続けています。
私はLFAを学習する組織であると考えています。LFAは、学習する組織の5つの規律を活動全体で体現しています。

学習する組織の5つの規律とは、以下の5点です。

①パーソナルマスタリー
パーソナルマスタリーパーソナルマスタリーとは、自分が「どのようにありたいのか」「何を創り出したいのか」について明確なビジョンをもち、ビジョンと現実との間のギャップを埋めるために、創造的な力を発揮するプロセスである。

②共有ビジョン
共有ビジョンとは、構成員それぞれのビジョンを重ね合わせて、組織として共有・浸透するビジョンを創り出すプロセスである。ひとたび、ビジョンが共有されれば、それが組織の行動、成果、学習の指針を羅針盤のように示す。

③メンタルモデル
メンタルモデルとは、マインドセットやパラダイムを含め、それぞれの人がもつ「世の中の人やものごとに関する前提」である。自らのメンタルモデルとそれが周りに及ぼす影響に注意を払い、うまくいかないときには外にその原因を求めるのではなく、自らのメンタルモデルを見直す。

④チーム学習
チーム学習とは、チーム・組織内外の人たちとの対話を通じて、自分たちのメンタルモデルや問題の全体像を探求し、関係者らの意図あわせを行うプロセスである。メンバーは、ダイアログ(対話)を通して本音で腹を割って話をし、集団で気づきの状態を高めて真の問題要因や目的を探求する。

⑤システム思考
システム思考とは、ものごとを一連の要素のつながりとして捉え、そのつながりの質や相互作用に着目するものの見方である。しばしば、全体最適化や複雑な問題解決への手法としても応用される。

 

私は、LFAのスタッフや学生教師向けの研修を担当する際、学習する組織の話をしています。なぜこれら5つの規律が大切なのか、とLFAに携わる学生達が繰り返し考えることが、組織が成長していくための土壌づくりになると考えています。

 

LFAに参加している学生は皆、なぜLFAで活動するのか、どのような思いから参加しているのか、この先LFAでの経験を何に活かしたいのかといった①パーソナルマスタリーをもっています。個人の願いを叶える手段が、LFAでの活動である場合が多いのです。

また、LFAの活動を通して個人が成し遂げたいことと、団体のビジョンが一致しています。研修では、LFAのスタッフが団体のビジョンを学生教師に共有する機会がありますが、この②共有ビジョンと個人のビジョンをすり合わせることを目的としています。

LFAに携わる学生は、③メンタルモデルという色眼鏡が自らの学習を妨げる原因となることを理解しているので、自分とは異なる意見や価値観に出会った時、反発するのではなく、歩み寄ってそこから学ぼうとします。

また、個人がそれぞれPDCAサイクルを回して学習しますが、④チーム学習も盛んです。ナレッジと呼ばれる経験知をお互いに共有し、自分の指導に活かせるものは進んで取り入れることもできます。また、チーム全体で課題を解決することも行います。その際、ダイアログ(対話)という手法で、お互いの意見を尊重しながら、より良い答えを求めます。

学習支援に力を注いでいると部分的な課題にとらわれがちですが、⑤システム思考を用いて、全体を眺めた時にどこが問題なのか、どのような因果関係でその問題が起きているのかを捉え、アプローチします。

このように、子ども達の学習機会を最大化するために、LFAの学生教師やスタッフは、自ら学習し続けています。

いじめサミット

文部科学教育通信 No.325 2013-10-14に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る(35)をご紹介します。

生徒会活動をする中学生が意見交換する「全国生徒会サミット2013~いじめ撲滅宣言」が9月24日、オリンピック記念青少年総合センターで開かれました。全国から43中学校の生徒45人が参加し、8グループに分かれて、いじめの事例やいじめの防止策について話し合いました。作成したアクションプランを翌日、下村文部科学大臣の前で発表し、いじめ撲滅宣言を行いました。

 

●いじめに関するアンケート

サミットの開会に先立ち、参加者はNHKのハーバード白熱教室、マイケル・サンデル教授の「15歳の君たちと学校のことを考える」というTV番組のDVDを見て、次の質問に答えました。

1)DVDを見て共感したことは何ですか?

2)DVDを見て違和感を感じたことは何ですか?

3)いじめはなぜ起こると思いますか?撲滅することはできると思いますか?

4)自分はいじめる方ですか?いじめられる方ですか?傍観者ですか?また、なぜそう思うのですか?

生徒のアンケートを分析してまとめたところ、以下のようないじめの原因、継続する理由が明らかになりました。

<いじめの原因>

  • 多様性を認めない文化(外見、行動など自分たちと違うところがある人や自分より劣っている人を認めない)
  • 嫌われることや孤独になることへの恐怖感(自分がいじめられたくないからいじめる)
  • 先輩・後輩などの上下関係
  • ストレスの発散の場(受験のストレス、恋愛問題、学力・運動能力の差、自分に対する自身の欠如、認められないことに慣れていない)
  • 共感力の欠如(相手の気持ちを知らないし、知ろうともしない)
  • コミュニケーション力の欠如(言葉にしないで、自分の中で納めておけばよいことを言葉にしてしまう)
  • いじめの陰湿化(通常は普通に接しているのに、陰でこそこそいじめる ⇒ 陰湿化しているので周りが気づきにくい)
  • インターネット上のいじめ(ネット上でのいじめは周りから見えにくい)

<いじめが継続する理由>

1.相談できない

  • いじめられていると認めるのは負けを認めること
  • いじめられていると認めるのは恥ずかしいこと
  • 学校、先生は信用できない
  • 相談しても解決したことがない
  • 親を心配させたり、がっかりさせたくない

2.傍観者の存在

  • 告げ口をして、次のターゲットになることへの恐れ
  • 面倒な事に巻き込まれたくない
  • いじめている友人との関係性を壊したくないから注意できない
  • いじめに気づけない結果、傍観者になっている


●問題解決的アプローチ

生徒たちに、いじめ問題に対して問題解決的なアプローチで、取り組んで欲しいと願い、オランダとアメリカの子どもたちの問題解決事例を紹介しました。

 

<オランダのピースフルスクール>

日本のいじめ問題の状況は、1990年代初頭、いじめが大きな社会問題となったオランダの状況と似ています。大人の介入が逆効果だったことから、生徒全員に当事者として問題の解決に関わってもらい、学校全体の文化を民主的なものに改善していくためのプログラムが開発されました。このプログラムでは、いじめの構造を以下のように説明しています。

 

・いじめの構造いじめの構造

お互いが、からかいを楽しいと感じている間は、いじめではありません。しかし、からかわれている側が不快だと感じた時点で、遊びではなくなり、いじめの構造が生まれます(図)。いじめには、いじめている生徒に加わっていじめを拡大する‘加担者’といじめを見て見ぬふりをする‘傍観者’という存在があります。傍観者は、いじめに加担はしませんが、いじめを解決する手助けもしません。いじめがある環境が嫌だと感じつつも、いじめられている側を助けて、巻き込まれないように、傍観者となっているのです。そのため、それほど悪いことをしているという感覚がなく、集団圧力となっていじめを支えています。

 

・生徒による仲裁

このプログラムでは、喧嘩や問題が起きると、学校内の仲裁役のところに行き、大人の力を借りずに自分たちで問題を解決するという仕組みがあります。仲裁役を希望する生徒が自ら立候補し、クラスの承認を受けた後に、数回の研修を受けて、仲裁役としてスタートします。今回はサミットの参加者に、生徒自らが仲裁を行ない、問題を解決している動画を見てもらいました。

 

<システム思考による問題解決>

米国アリゾナ州のツーソンでは、3人の小学1年生がシステム思考を使って、校庭での喧嘩を分析していました。喧嘩は、相手に対するちょっとした悪口から始まりました。発した言葉が相手を傷つけ、傷ついた相手がさらにひどい言葉を返してきて、お互いの関係がどんどん悪化していったのです。子どもたちは、この関係性をシステム思考の自己強化型ループであると理解し、ループを断ち切る方法を考えました。たとえ、相手にひどいことを言われても、ひどい言葉で返さない(良い言葉で返す)ということで、悪循環のループを断ち切ることができることを、子どもたち自身が発見しました。

 

●現代のいじめのあいまいさ

いじめの実態を正しく理解した上でアクションプランを考えようということで、生徒たちはグループに分かれていじめの事例を洗い出しました。そこで、明らかになったのは、現代のいじめのあいまいさです。椅子に画びょうを置くとか、下駄箱の靴を隠すというような明らかないじめであれば、本人も周りもそれと気付き、誰かに相談することができます。でも、実際には、最初はいじめかどうかも気が付かないグレーゾーンのいじめが多いのが現実です。単なる不快な出来事が、いじめのような状況にまで発展してしまうのは、言いたいことを相手に面と向かって伝えることができないコミュニケーション力の不足が背景にあります。

 

 

●いじめ問題解決のためのアクションプラン

最後に、生徒たちが下村大臣に提出したアクションプランをご紹介させていただきます。

・いじめ討論会などイベント化して定期的な話し合いの場を持つ(全校で考え、解決、防止する)

・いじめ問題を解決する仲裁者育成プロジェクトを始める

・道徳や学活の時間を使い、いじめについての授業を設ける

・事例やいじめの構造を考えたり、みんなで話し合いの場を持つ

・意見箱を設置し、テーマを決めて投稿してもらい、それをもとにクラスで話し合う。結果をクラスの代表が報告し合う

・いじめについてのアンケートを取り、アンケートを基にクラスで話し合う。意見をまとめて集会や校内新聞で発表する

・悪いことは悪いと言える環境作りをする

・クラス、学校、地域でお互いのことをよく知る

アクションプランを見ていただければわかるように、ほとんどが先生や親に頼らず、自分たちの力でいじめ問題を解決しようとする意見です。自分たちで問題を解決するための仲裁者の導入や生徒同士の話し合いや交流を通じて、クラスや学校の雰囲気を改善しようする考え方は、まさにピースフルスクールの目指すところと一致しています。生徒同士が互いに敬意を持ち、独立心と責任感を持って安心して過ごせる学校こそがいじめ問題の解決につながるという確信を得ました。

 

 

 

保存

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子どもたちの未来とシチズンシップ教育

文部科学教育通信 No.324 2013-9-23に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る34をご紹介します。

 

先日、ビジネス社会に生きる方々を対象に、オランダのシチズンシップ教育についての講演を行いました。ビジネス社会の視点で、シチズンシップ教育をご紹介してみたいと思います。

 

ご紹介の機会をいただいたのは、KAE(山城経営研究所)が主催する実践経営大学です。山城経営研究所は、世界に通用する「日本経営学」の確立に情熱を注いできた山城章(一橋大学名誉教授)によって、1972年に創立されました。こちらの主催する「経営道フォーラム」に以前、参加させていただいたご縁で、講演の機会を頂戴いたしました。

 

いうまでもなく、ビジネスと教育には、強い関係があります。戦後、日本の経済復興を猛スピードで成功に導いた背景には、日本の教育の強さがありました。日本の教育は、工業化社会を支える質の高い画一的な人々を大量に生産することに成功し、有能な人々が、工場の品質を支えました。緻密で正確な情報処理能力を持つ日本人は、その勤勉さにおいても、世界に誇れる能力を持っていました。ビジネスと教育が一体となり、日本の高度経済成長を支えてきたのです。

 

ところが、今日、ビジネスと教育は、その一体感を失いました。時代の変化とともに、ビジネス社会が求めているものが変わり、日本企業の世界における役割が変わりました。豊かな社会に生きる個人においても、多様な生き方の選択肢が生まれました。もし、教育の真の目的が、「人生の準備をすること」であるならば、このような時代にこれまでと同様の教育を行うことが、間違いであることは明らかです。我々、大人たちは自分たちが受けてこなかった教育を、子どもたちに提供する必要があります。それが、21世紀に生きる子どもたちが、「人生の準備をすること」だからです。

 

子どもたちが生きる未来

子どもたちが生きる未来は、私たちが生きてきた時代とどのように違うのでしょうか。

 

第1に、難しい問題を解決しなければ、幸せを手に入れることができない時代になりました。地球温暖化をはじめとする環境問題は、20世紀を駆け上ってきた我々が、自然資本を我が物として活用してきた結果、生まれた課題です。そして、地球規模に広がった経済成長熱を誰も止めることができません。地球は、管財人なしに、子どもたちの未来をより難しくする方向に向かっています。

 

第2に、日本では、安全神話に支えられた原発が、前例のない事故に見舞われ、その当事者すら対処することができない状態にあります。国会事故調査報告書が作成された後も、基本となる透明性はあいまいで、本質的な問題解決は始まっていません。失敗を認めることができない日本の文化は、21世紀の学習能力の要と言われているリフレクション(内省)の力を有しておらず、日本の子どもたちは、リフレクションを学ぶ機会すらないのです。リフレクションができないことが、21世紀において致命的である理由は、100%正しい答えを見つけるまで行動できないか、失敗してあきらめるかのいずれかの選択肢しか持てないからです。勇気を持って行動し、行動の結果を振り返り、再び学び直して、目的に到達するという学習能力を持たない大人になるのです。

 

第3に、世界では、紛争が絶えません。20世紀は戦争の時代と言われ、21世紀は平和の時代になることを期待していましたが、紛争のなくなる兆しはありません。一方、インターネットの普及により世界が繋がり、経済活動のグローバル化が進展する中で、世界の移民の数は2億1千万人以上に膨れ上がりました。子どもたちは、自国の平和のみならず、世界の平和に貢献するという役割を果たすことが求められます。

 

第4に、WHOの調べによりますと、2000年に、世界全体の年間自殺者数は戦争犠牲者の2倍以上となっており、私たちの創り出した社会は、多くの人々にとって生きにくい状態になっています。今後、ますます激化するグローバル経済活動は、社会や家族、人々の人生に大きな影響を与えます。持続可能な経済成長と、心の平和を同時に実現する社会を創るという、新たな社会創りも、子どもたちの未来の仕事なのです。

 

現在、グローバル人材の育成において、英語力の向上がうたわれていますが、英語力と同時に、人々と対話を通して意思疎通し、アイディアを創造していくプロセスに参画する力が不可欠です。もちろん、このことは、日本語におけるディスカッションにおいても同様に必要な力です。

多様な人々と話し合いにより問題を解決する力がなければ、今日のほとんどの問題は解決することができません。地球の自然資本をどのように分け合うのか、原発事故から何を学ぶのか、エネルギー政策をどのように考えるのか、紛争ではなく平和にどのように導くのか、国内に広がる富の格差にどう対処するのか、経済の発展と子どもたちと未来の幸福をどうすれば共に実現できるのか。

 

まだまだリストを増やすことができますが、このような時代だからこそ、日本の子どもたちにも「地球市民として生きる」教育を届けたいという強い衝動に駆られ、オランダのシチズンシップ教育「ピースフルスクール」を日本語化し、世の中に広める活動をしています。

 

オランダの「ピースフルスクール」

オランダのシチズンシップ教育「ピースフルスクール」では、小学校5、6年生が仲裁役として喧嘩の仲裁ができるまでに成長します。仲裁役の子どもたちの様子を見ると、その成熟した様子に、自分が恥ずかしくなるほどです。仲裁役には、以下のような力がしっかりと身についていました。

  • 主体的にそこに立つことができる
  • 客観的に、自分自身を見つめることができる
  • 自分の感情をコントロールすることができる
  • 他者の気持ちを理解することができる
  • 他者の気持ちに共感することができる

 

このような力を身につけた仲裁役は、温かく、冷静に、包容力を持ち、喧嘩で感情のコントロール能力を失っている子どもたちの間に立ち、当事者同士が、喧嘩の問題解決を進めるプロセスを支援することができます。

 

小学6年生では、世界で起きている紛争について学びます。紛争も結局は、3つの理由が原因で起きています。1つは、価値観の違い、2つ目は、不足しているものの取り合い、3つ目は、相手への迷惑。 その対応策にも3つあることを学びます。第1は攻撃する、第2は交渉する、第3は譲歩する、です。 小学校1年生の時から、子どもたちは、赤い帽子(攻撃)、青い帽子(言いなり)、黄色い帽子(話し合い)という対立への3つの対処方法の違いを学び、黄色い帽子で対処する練習を繰り返します。子どもたちが、「子どもたちの社会」である学校において、話し合いで紛争の解決をするという経験とスキルを習得することで、将来、話し合いにより対立を解決することができる大人へと成長する、という確信を持ち、教育に取り組んでいます。このような力を持って初めて、学習した知識が問題解決に活かされるのです。これが、21世紀を幸せに生きるための「人生の準備」となる教育の一つであると確信しています。

 

2013年の先進国における子どもの幸福度を調査したレポート*1で、オランダは2007年に引き続き、子どもの幸福度が総合1位であると評価されました。オランダの子どもたちが幸せであることの一つは、大人たちが、子どもの未来に必要な「人生の準備」をする教育を考えていることだと思います。

 

日本の教育改革の最重要課題

子どもたちは、大人以上に、学びの達人です。日本では、子どもたちの学ぶ意欲の低下が問題であると言われていますが、それは、子どもたちの問題ではなく、学びを提供する大人側の問題です。自分にとって本当の学びを得る機会をもつことができれば、子どもたちの学ぶ意欲はすぐに目を覚ますでしょう。21世紀という時代を見つめ、子どもたちに本当に必要な学びは何かについて、社会における合意形成を確立することが、今、日本の教育改革において最も重要な課題であると思います。

 

*1 UNICEF 「Child well-being in rich countries」 Report Card11(2013)

フューチャー オブ ラーニング 2013

文部科学教育通信 No.323 2013-9-9に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る33をご紹介します。

本年も7月30日~8月2日までハーバード教育大学院で開催されたフューチャー・オブ・ラーニング(学習の未来)研究会に参加して参りました。このプログラムは子どもたちが21世紀を幸せに生きるために何を、どこで、どのように学ぶべきかを検討する場として、2010年から毎夏、開催されており、本年度は4度目の開催となります。教育界における世界の最新トレンドが紹介されるとともに、ワークショップでは学校長、現職の教員、教育関係者を中心に活発な意見交換が行われました。本年度の参加者146名のうち84名がアメリカ国内からの参加者ですが、初年度に比べて海外からの参加者の割合が増加しています。今年度の特徴として、カナダ、オーストラリアなどの常連国に加えて、アルゼンチン、コロンビア、チリなどの中南米諸国からの参加が増加したこと、エチオピア、エジプト、セネガルなどのアフリカ諸国からの参加者があったことが挙げられます。また、参加者の内訳として、学校関係以外の教育機関や一般企業、心理学者等の割合が増加しており、学習のイノベーションへの取り組みが欧米のみならず、世界レベルで広がっていることを実感致しました。本年度の研究会も昨年同様、学習の未来に大きく影響を及ぼす 1.脳科学の発達、2.技術革命、3.グローバル化の3大テーマを中心にプログラムが組み立てられていました。

 

今回はグローバル化についてのテーマについてご紹介させていただきます。

 

●多様性の尊重と共生

移民が増えるグローバル社会において、違いをどのように定義するか、違いにどう対処するのかが学校教育において大きなテーマになっています。2011年には欧米の多くの国々で、移民の割合が人口の10%以上に達し、その割合は今もなお増加傾向です。異なった宗教、文化、価値観を持つ人々を尊重し、どのように共存していくかが今回のフーチャー・オブ・ラーニングの大きなテーマでした。

 

グローバル化と多様性の問題を考える時、以下の3つの問いが基本の設問になります。

 

  • グローバル化は、人々の自分自身や他人に対する見方にどのような影響を与えるか?
  • 人々の間のどのような多様性が民主主義において問題になるだろうか?
  • 人々の多様性を尊重しながら国家への帰属意識を創り出すために、国家は何をすればよいか?

 

一口に多様性と言っても、国や地域により問題とされる多様性の側面が異なります。また、多様性に対する考えは時代とともに変化し、20世紀の多様性の問題は、人種差別と性差別の問題に焦点が当てられてきましたが、近年は宗教が絡んだ人々の多様性が問題になっています。未知の宗教に対する無知や誤解が恐れを生み、宗教絡みの多様性の問題を取り扱うのは簡単ではありません。多くの場所で宗教に関する論議が移民の問題と混同され、あいまいになっています。

 

●フランスの「スカーフ法」

学校における移民と宗教の問題を考える代表的な例としてフランスの「スカーフ法」がとりあげられました。

フランスでは、2004年に公立学校において、イスラム教徒の生徒がヘッドスカーフを着用して登校することを禁ずる法律が公布され、法案の是非がフランス内外で論議を呼びました。この法案はイスラム教徒を特定して差別しているのではありませんが、法案を支持する人々は、「信仰は個人の問題であり、公共の場所である学校に宗教を持ち込むべきではない」と主張しています。一方で、新たに移住してきたイスラム教徒は自分の意思でヘッドスカーフ着用を望む生徒も多くいて、「人権無視!」と強く反発し、デモを起こして抗議しています。「目を覆うベールは頭を覆うベールよりも危険である」というプラカードを持ち、3色旗で作ったヘッドスカーフを頭に巻いてデモ行進するイスラム教徒の女性の写真が紹介されました。教師の中には少数ながら、法案反対派もおり、「これはイスラム教徒への人種差別ではないか、かぶりたいと自分から望む生徒を犠牲にするのか」と疑問を投げかけています。フランスの大多数の教師、教員組合が法案の推進派ですが、この背景には、フランス革命以来、200年間に亘るフランスの国是である宗教と社会の分離という原則があります。

「スカーフ法」の論争はフランス固有のものでしょうか。多様性というテーマを考える時に普遍的なことは何でしょう?この論争をディスカッションのテーマとして学校で取り上げる時に伴う時にどのようなことを考えさせる良い機会となりますか。逆に、危険性はないでしょうか。このテーマを取り扱う時にどんなスキルや情報が必要になると思いますか。

 

●グローバル人材の育成:ロス・インスティテュート

国、団体、学校レベルでグローバル人材育成の様々な試みが行われています。日本でも文部科学省が昨年度から、グローバルな舞台に積極的に挑戦し、活躍できる人材の育成のためにグローバル人材育成推進事業に取り組んでいます。

グローバル人材を育てる1つの先進的な事例としてスウェーデンのROSS Institute*1(ロス・インスティテュート)の例が紹介されました。ロス・インスティテュートは、21世紀を生きる子どもたちが新しいグローバル社会で成功するために必要なスキル・価値観・考え方を提供することを使命としています。スウェーデン・北米にグローバル人材育成のための学校を経営し、最新のリサーチ及び研修に基づいた21世紀型スキルの学習カリキュラムを子どもたちに提供しています。子どもたちは、クリティカルな思考力、創造力、異文化の尊重、グローバルな視点、リーダーシップ力、効果的な技術運用力、健康な生活、生涯学習能力を身に付け、グローバル社会の一員としての自覚を持ち、学校を巣立っていきます。また、ロス・インスティテュートは学校で実践している21世紀型学習カリキュラムを導入したいと考えている学校や自治体に対してコンサルティングを行ない、ロス・モデルの普及に励んでいます。

 

ロス・インスティテュートでは、グローバル人材育成のカリキュラムを作成するに当たり、以下の3つの点を念頭に置いています。1.グローバルコンピテンスとは何か?2.グローバルなシチズンシップをどう定義するか?3.グローバルコンピテンスとグローバルなシチズンシップを育む環境をどう作っていくか?

グローバルなシチズンシップを育むためには、グローバルな自己を認識することが大切です。グローバルな自己を認識するためには、図1のように、他者のいろいろな考えや価値観に触れて、わが身を振り返りながら自分について再び考え直すプロセス、そして、再び、エンパシー(共感力)や文化的な感受性を用いて、別の他者を理解するというサイクルが必要になってきます。自分と他者の文化やアイデンティティを考えながら、自分はどう生きるべきか?ということを見つめ直すプロセスの中にグローバルな自己認識を育てる鍵があります。

 

グローバル化が、かつてない勢いで進む中、個人のアイデンティティの追及と、多様性が共存する社会の実現、そして国家としての人材育成のあり方をどのように変えていくべきか、世界中の国々で、新たな挑戦が始まっています。我が国でも、グローバル人材育成のさまざまな取り組みが推進されています。国により、優先課題は異なりますが、世界の取り組みにも学ぶ点がたくさんあることを確信しました。

 

*1 ROSS Institute: http://rossinstitute.org/#/Resources/Adopt-the-Ross-Model/Consulting

ティーチ・フォー・ジャパン フェロー研修

文部科学教育通信 No.322 2013-8-26に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る32をご紹介します。

 

先日、NPO法人ティーチ・フォー・ジャパンのネクスト・ティーチャー・プログラムで、2年間教師として国内の小・中・高に赴任しているフェローを対象とした研修を実施しました。現場で日々児童・生徒と向き合うフェローが、どのような理想を掲げ、どのような課題に挑戦しているのかをご紹介します。

 

●NPO法人ティーチ・フォー・ジャパンについて

ティーチ・フォー・ジャパンは、リーダーシップを備えた優れた教師を育成・輩出することで、すべての子ども達が、「夢中になれる力」「考える力」「チームで達成する力」などを身につけ、正解がない中で、新しい時代を切り拓くことのできる教育を目指しています。

その目標を達成するためにティーチ・フォー・ジャパンが大切にしているマインドセットは、革新的であること、学習者であること、お互いを尊重すること、可能性を信じることです。

 

●ネクスト・ティーチャー・プログラムについて

ティーチ・フォー・ジャパンのプログラム「ネクスト・ティーチャー・プログラム」は、成長意欲が高く、熱意のある若者を、フェロー(教師)として育成しています。

フェローは、様々な事情で十分な教育が受けられない児童・生徒と向き合い、指導を通して児童・生徒を導くために、国内の小・中・高に2年間赴任します。

彼らは、児童・生徒に高い期待を抱き、大きな理想を掲げます。その理想を実現するために、日々現実とのギャップを埋めるべく学習し、課題を解決し続けます。時に問題にぶつかることもありますが、諦めてしまうのではなく、児童・生徒のために何ができるのか、どうしたら少しでも理想に近づくことができるのかを、常に考えて行動します。

 

今回は、今年度からフェローとして活躍している教師達の研修の様子をお伝えします。

 

7月後半の暑い日、日本全国の学校で児童・生徒と向き合っているティーチ・フォー・ジャパンのフェローが集まりました。

このように定期的にフェローが集まる理由は、自分の立てた目標や、良いと思って実行していることが、本当に児童・生徒のためになっているのかを、フェロー同士の意見交換を通じて客観的に判断するためです。日々リフレクションをし、課題解決にチャレンジしていても、一人では思いこみや先入観を払拭することが困難ですが、こうして同じ目標に向かっている者同士でリフレクションをすると、より多くのことに気づくのです。また、異なった赴任先の仲間から違った視点での意見をもらえる利点もあります。

 

リフレクションの流れは、

  • 現在、自分が理想としている「自分」「児童・生徒」「同僚」「学校システム」のあり方は何か
  • 1学期を振り返り、現状や自分が抱えている課題は何か
  • ②で挙げた課題を解決するためには、何ができるか

です。

それぞれの過程で、フェローがどのようなことを考え、話し合っていたのかを共有します。

 

●「自分」「児童・生徒」「同僚」「学校システム」の理想的な状態は?

まずフェローは、「自分」「児童・生徒」「同僚」「学校システム」の理想的な状態を洗い出しました。

この時、必ず「自分」に関することから考えはじめます。現状がうまくいっていない場合、「周りの人」や「環境」に関することを考えてしまうことが多いのですが、まずは「自分」についてリフレクションしていきます。

「自分」についての理想状態として、

  • 課題解決思考の持てる自分
  • 生徒の話を受けとめられる自分
  • 明確な目標と評価軸を立てられる自分

といった意見があがりました。

「日々の業務に追われ、目標や目的を見失いそうになったこともあるが、理想状態と現実のギャップを認識し、そのギャップを埋めるために今何をすべきか、常に考えて行動した」というフェローもいました。

「児童・生徒」の理想的な状態として、

  • 主体的に学ぶことができる
  • 疑問を持ち、それを伝えることができる
  • 目標をもって、努力することができる
  • 成功体験を積むことができる

といった意見があがりました。

フェロー全員が、児童・生徒としっかり向き合っているからこそ出てくる意見が多かったように思います。

「同僚」に関しては、

  • 教師同士がフィードバックし合える関係
  • 教師全員が生徒の可能性を信じている
  • 安心・安全な学校づくりに励んでいる

といった意見があがりました。

教師全員がチームとなって、一人ひとりがリーダーシップを発揮することの重要性と、その実現の難しさを感じているフェローもいました。

「学校システム」の理想として、

  • 納得感のある教員研修
  • メンター制度の導入
  • 外部フィードバック制度の導入
  • 改善案を伝えることのできる公開授業

といった意見があがりました。

多くのフェローが、学校全体の児童・生徒に対する影響力を知り、どのようにしたら学校が全ての児童・生徒をサポートできるのかを考えていました。

 

●現実をクリティカルに評価し、振り返るDSC00420.JPG

理想状態を洗い出した後は、現実を見つめ直す時間をもちました。

フェローは、静かに一学期の自分や児童・生徒、周囲のことを振り返りました。

学校に入る前、どのような期待と希望を抱いていたのか。4月に初めて学校に入った時、何を見て、何を感じ、何を考えたのか。目標設定は正しかったのか。その目標を実現するために、何を行ったのか。実行したことは、本当に児童・生徒のためになっているのか。目標や理想とのギャップはどのようなものか。問題を解決するために、何ができたのか。                                      

「自分が期待していた2割ぐらいしか、生徒が 勉強できていない現実を目の当たりにした。  自信を失い、学ぶ好奇心がなく、目の前の短絡的な楽しみに向かってしまう生徒と向き合い、自分に何ができるのかと、毎日考えた。」

「8割はとれると思い作ったテストの平均点が、2割を下回り、自分が生徒のことをしっかりと理解できていなかったことに気付いた。」

「生徒達に、のびのびと学習してほしいと願っているのに、厳しく叱ってしまい、教室の空気を委縮させてしまったことがあった。教師のもつ影響力の大きさを思い知った。」

といったフェローの話を聞きました。

フェローは、理想を実現するために自分が実行していることを改めて見つめ直し、本当にそれが正しいのか、どのような効果が出ているのかを、振り返りました。

 

●同じ志をもった仲間と打ち手について話し合う

理想と現実を振り返った後は、フェロー同士ペアになり、課題を克服する適切な方法を探りました。異なる学校に勤務しているフェローですが、児童・生徒のことを思う心は皆同じです。

ある高校で指導しているフェローの話がありました。彼女は、どの生徒にも同じように高い期待をもち、しっかりと向き合うことが大切だと考えています。そのため、全ての生徒に対して同じように接していたところ、彼女の予想通りうまくいく生徒と、なかなか思っていたような成果が出ない生徒がいたと言います。なぜうまくいかないのかをリフレクションしていく中で、長期的には、彼女の掲げている目標や大事にしている価値観は間違っていないが、短期的に生徒と関わるという点において、全ての生徒に対して同じように接するのではなく、生徒ごとに効果的なアプローチの仕方があることに気づきました。その後、彼女は生徒を思い浮かべながら、それぞれに効果があるアプローチの案を出していました。

 

リフレクションを通して、目標を再確認し、現実をしっかりと見つめ、今行っている指導が本当に効果的かどうかを検証している教師を見て、教師が学習者であることが大切だということを、再認識しました。児童・生徒と向き合う教師が学び続けることで、より良い教育を児童・生徒に届けることができる、と私たちは考えています。

OECDのキーコンピタンシーとゆとり教育

KAE「コトノバ」 2012 AUTUMNに掲載されたOECDのキーコンピタンシーとゆとり教育についてご紹介させていただきます。

 

2000年に発表されたOECDの「生徒の知識と技術の測定(PISA)」の報告書の序文に、Prepared for Life(人生の準備は万全か)というタイトルで以下の通り書かれています。「若い成人が未来の挑戦に対処すべく、果たして充分に準備されているだろうか。彼らは分析し、推論し、自分の考えを意思疎通できるだろうか。彼らは生涯を通しての学習を継続できる能力を身につけているだろうか。父母、生徒、広く国民、そして教育システムを運用する人々は、こうした疑問に対して解答を知っておく必要がある。」この疑問に対する解答を探すために、この3年間、様々な活動に取り組んで参りました。2010年より、ハーバード教育大学院で行われているフューチャー・オブ・ラーニングという研究会に毎年し、ハワード・ガードナー教授にご指導いただいています。システムダイナミックスの生みの親ジェイ・フォレスター教授と、学習する組織を提唱するピーター・センゲ先生が主催するシステム思考教育の研究会にも、参加しました。また、2007年のユニセフの「先進国の子どもの幸福度調査」で、世界一子どもが幸せな国といわれるオランダにも学校視察に行きました。このような活動から明らかになったことは、工業化社会において輝かしい功績を持つ日本の教育は、20年後に世の中で活躍する子どもたちが、幸福に生きる力を身に付ける教育ではないということです。海外の研究会には、世界中の教育関係者が参加し、新しい時代に生きる力を身につけるために、教育をどのように変えていけばよいのかを真剣に考えています。日本の国際競争力を高める上でも、本当に、教育が今、変わらなければなりません。

 

4回シリーズの第1回目は、子どもたちが幸せに生きるために必要な力を、最も網羅的、体系的に説明しているOECDのキーコンピタンシーについてご紹介させていただきます。ビジネス界の皆様にも、共感していただける内容だと思います。

 

OECDのキーコンピテンシーハワード・ガードナー教授と

OECDキーコンピテンシーは、世界のOECD加盟国の教育改革に、大きな影響を与えています。日本においても、文部科学省の「生きる力」に反映されており、2002年および、2011年改訂の学習指導要領に盛り込まれています。

OECDが、キーコンピテンシーの定義に取り組んだ背景には、社会の変化があります。これまでの学校教育では、子どもたちが将来、幸せに、意義 ある人生を生きるために必要な力を身につけるこ とができないという課題認識に基づき、キーコンピテンシーは、策定されました。以下、その概要についてご紹介します。

 

●子どもたちが生きる時代は、これまでと何が違うのでしょうか。

OECDは、子どもたちが生きる時代を、以下のように解説しています。子どもたちは、絶え間なく続く技術革新に対応することが求められます。溢れる情報を取捨選択しなければなりません。経済成長と地球環境の保護という2つの矛盾する目的を達成しなければなりません。豊かさの追求と、貧困や富の格差の是正を同時に考えなければなりません。目的を達成するための取り組みは、より複雑になっており、特定のスキルを身に付けただけでは、問題解決に十分な力を持つことができません。

 

時代背景を表す言葉は、変化、複雑性、相互依存の3つです。技術が、急速に継続的に変化する世界においては、技術に関する学習は一時点で終わるのではなく、技術革新への高い適用力が求められます。社会がどんどん複雑化、細分化してきており、個人的な関係においても、多様な人々との交流がますます求められてきています。また、グローバライゼーションは、新しい形態の相互依存性を作り出しています。経済活動や、環境破壊に繋がる様々な活動は、個人の住む地域や国家の枠を超えて広がってきており、グローバライゼーションによる相互依存性は、今後ますます高まることが予測されます。

 

●目的と方針

OECDは、キーコンピテンシーを策定するにあたり、目的と方針を明確にしています。究極の目的は、民主的な社会の実現と、持続可能な成長の維持です。その上で、キーコンピテンシーの妥当性を検証する指針を、3つに絞りました。方針の1つ目は、キーコンピテンシーが、個人と社会の両者にとって価値ある結果をもたらすものであること。2つ目は、特定の状況において求められるコンピテンシーではなく、あらゆる場面において普遍的に重要なコンピテンシーであること。3番目に、特定の専門家だけではなく、全ての個人にとって重要なコンピテンシーであることです。

 

個人と社会、それぞれにとって価値ある結果とは何かも明確に定義しています。個人の成功の定義は4つです。(1)望ましい就職の機会と所得を得られること、(2)健康と安全が維持出来ること、(3)政治への参画が認められること、(4)人間関係やコミュニティが存在すること。同様に、社会の成功も、4つに絞り込んでいます。(1)経済的生産性が維持されていること、(2)民主的プロセスが存在すること、(3)社会的なまとまりや構成が成立し人権が守られていること、(4)環境が守られていること。このような成功を実現するために必要な力として、キーコンピテンシーは策定されました。

●3つのキーコンピテンシー

第1のコンピテンシーは、相互作用的にツールを用いる力です。言語的スキルや数学的なスキルを土台としたコミュニケーション力は、このカテゴリーに含まれます。さらに子どもたちには、創造的に問題解決を行うために適切な情報処理能力と思考力が求められます。そのために、(1)分かっていないことを認知する力、(2)適切な情報源を特定しアクセスする力、(3)その情報の質、適切さ、価値を評価する力、(4)知識と情報を整理する力を鍛える必要があります。技術革新に適応するのみでなく、技術革新を生み出す力も、このカテゴリーに含まれます。

第2のコンピテンシーは、異質な集団で交流する力です。和を重んじる日本人にとって、得意な領域と思われがちですが、その内容を読み進めて行くと、日本人にも発想の転換が求められることがわかります。人が自分にとって良いと感じる環境を作り出すためには、他者の価値観、信念、文化や歴史を尊敬し、評価するだけではなく、それらを取り入れて成長することが求められます。そのためには、共感力を持ち、自己及び他者の情動やモチベーションに効果的に対処する力が求められます。また、他者と協力する能力として、(1)自分のアイディアを出し、他者のアイディアに耳を傾ける力、(2)討議の力関係を理解し、基本方針に従う力、(3)戦略的、あるいは持続可能な協力関係を構築する力、(4)交渉する力、(5)異なる意見を受け入れ、その上で意思決定する力の、5つの力が求められます。このカテゴリーには、争いを処理し、解決する能力も含まれ、(1)異なる立場があることを認識し、現状の課題と危惧されている利害の全ての面から争いの原因と理由を分析する力、(2)合意できる領域とできない領域を認識する力、(3)問題を再構築する力、(4)要求と目標の優先順位を決める力、の4つの力が求められます。

第3のコンピテンシーは、自律的に活動する力です。変化、複雑性、相互依存に象徴される新しい時代において、個人は、より広い視点を持ち、より広い文脈の中で、自己の行動や意思決定を捉えなければなりません。自分の行動の直接的・間接的な結果を認識する必要があります。変化する環境において、人生の意義や目的を明確にし、計画性とストーリーのある人生を生きる力が求められます。また、自らの権利、利害や、限界を知り、社会的な責任を果たすと同時に、自己を守る力をもつことが求められます。変化、複雑性、相互依存を前提とした社会において、幸福な人生を生きるために、システム思考を持つことが不可欠であることが解ります。

 

OECDは、3つのカテゴリーを包括する力として、内省力およびメタ認知力が不可欠であると述べています。自らの経験を内省し、学びを抽象的概念化する力や、俯瞰的に自己および物事を捉える力が、自律的学習者には不可欠だからです。

 

●ゆとり教育の失敗

ゆとり教育が始まった当時、私の息子は小学生でした。その当時は、一人の母親として、「ゆとっている場合ではない!」と心で叫び、公立中学校に任せる訳にいかないと、中学受験を決意しました。生きる力の教育が導入された時、学校の先生も、親も、その目的や背景を理解していませんでした。そして、子どもたちの学力が低下し、ゆとり教育の失敗という評価に終わりました。

 

しかし、学力低下は、ゆとり教育の失敗のほんの一部です。より大きな失敗は、日本の教育が,生きる力(OECDキーコンピテンシー)を身に着けさせる教育に変容できなかったことです。今日、生きる力の教育は、教育現場や教員の意識からは、すっかり消え去ってしまいました。学力向上が、以前にも増して重要な教育目的となっています。数値化できる学力評価に比べて、定性的なコンピテンシー評価の曖昧さも、学校教育への導入を困難にする要因です。

 

子ども達の幸せを願わない先生や教育関係者はいません。教育関係者に必要なのは、認知理解の深いレベルで、生きる力とは何か、それがなぜ必要なのかを理解することです。教育の方法論も重要ですが、まずは、目的と成果目標の理解から始めなければ、先に進めないと感じています。

 

子ども達の幸せと、日本の持続可能な発展のために、今、教育は変わらなければなりません。「ゆとり教育」を失敗の烙印とともに忘れ去ることはできません。そのためには、ビジネス界の皆様に、お力を貸していただきたいと思います。新しい時代がどのような時代なのか、どのような力が必要なのかを、広く語ってください。そして、教育を変える賛同者、支援者になっていただきたいと思います。

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ピースフルスクール

KAE「コトノバ」 2013 WINTERに掲載されたピースフルスクールについてご紹介させていただきます。

「夫婦喧嘩をしていると、小学生の娘が真面目な顔で、「仲裁しましょうか?」と申し出てくれました。私は、あわてて、「結構です。」と答えました。」こう話してくれたのは、オランダにある、いじめのない学校ピースフルスクールに子どもを通わせるお母さんです。

2011年4月、ユニセフの「先進国の子供の幸福度調査(2007年)」で総合一位に選ばれたオランダの教育の秘密を探るために、オランダの学校視察を行いました。その時、リヒテルズ直子さんのご紹介で訪れたピースフルスクールに私は、すっかり魅了されてしまいました。ピースフルスクールとは、オランダで最も成功しているシチズンシップ教育のプログラムならびにその実践校のことで、10年以上の実績を持ち、現在、600校を超える学校で実践されています。

●ピースフルスクールの全体カリキュラム

ピースフルスクールでは、子どもたちは、1年間に約40時間の授業を通して、自立と共生、そして民主的な社会の作り方を学びます。先生と生徒が、共働し、民主的な文化を醸成するために必要な学習を行います。

カリキュラムは、大きく6つの領域に分類されます。

  • 主体性と責任感を持ち、ポジティブな社会を創る
  • コンフリクトを先生の力を借りずに、建設的に解決する
  • 他人の視点で物事を考える、考えとその論拠を明確に述べる、意見の違いを受け入れるなどの基本となるコミュニケーション力を持つ
  • 自分の感情と上手に付き合い、他者の感情を、その人の立場に立って考える
  • 仲裁力および、集団に積極的に貢献する
  • 人の多様性に対してオープンな姿勢を持つ

すべての授業は、ロールプレイや話し合いによるチーム学習に基づきデザインされています。先生が、子どもたちのロールモデルとなり授業を体現し、子どもたちも授業で学んだことを一つずつ実践することで、ピースフルスクールの一員となっていきます。

それでは、ピースフルスクールでは、どのようにシチズンシップ<自立と共生>を教えているのでしょうか?その一部をご紹介しましょう。

●自分の意見の主張と他者の意見の尊重

最初に子どもたちが学ぶのは、自分の意見を持つことです。自分の考えたこと、自分が感じたことを周囲に伝えることの大切さを学びます。その上で、子どもたちは、意見には、賛成と反対の立場があることを学びます。そして、これが、最も大切なことですが、先生は、友達の意見に反対する許可を子ども達に与えます。「私たちは、意見を持ちます。その意見は、いつもお友達と一緒というわけではありません。私たちは、違う意見を持っていても、お友達でいてよいのです」授業でこのように学び、子どもたちは自分の意見を主張することと多様な意見を尊重することを学んでいきます。

●感情とうまくつきあう

ピースフルスクールでは、感情に対するメタ認知力を高める様々な工夫がされています。喜びや、怒り、悲しみなど代表的な感情について学びます。子どもたちは、朝、教室に入ると、自分の名前の書かれたスティックを、その日の感情に合わせて、嬉しい、悲しい、怒っている・・・等の感情ボックスにさします。こうして、自分の感情を認識する習慣や、他者の感情に共感する習慣を身に付けます。

見学した授業では、お友達同士、グループになり、家族についてのインタビューが行われていました。「あなたの家では、誰がお料理を担当していますか?」などの質問に答え、用紙を埋めていくワークをした後に、全員が輪になり座ります。私は、当然、次に始まるのは発表内容の共有であろうと思っていました。ところが、先生は、「今、ピースフルでない人はいますか?」と尋ねました。すると、一人の子どもが手を上げました。「うまく、グループワークに参加できず、ピースフルでありません。」確かに、その子は、グループワークにうまく参加できず、少し困っている様子でした。さらに、驚いたのは、先生の対応です。先生は、「そのことを、あなたはお友達に伝えましたか」 と聞きました。「いいえ」とその子は答えます。「それでは、授業が終わったら、ちゃんと、お友達にその気持ちを伝えて、その問題に対処しましょう」と先生は、締めくくりました。 こうして、ピースフルスクールに通う子どもたちは、ピースフルでない時、自分でそのことに対処する力を習得してきます。

●自分たちの力でコンフリクト(対立)を解決する

オランダでも、1990年代に、いじめや学級崩壊など、学校における秩序の崩壊が社会問題になりました。当時、いじめが起きると、オランダでも、先生が介入する方法がとられていたそうです。生徒が、先生にいじめのことを相談すると、先生は、2つの方法でいじめに対処しました。クラス全員を集め、いじめはよくないということを教えるか、いじめを行っている生徒を呼び出し、反省を促すという方法です。ところが、このような対処方法は、実は、多くの場合、いじめがさらに悪化してしまうということが明らかになりました。そこで、生まれたのが、子ども達自身がいじめに対処する力を身につけ、ピースフルな学校創りに参画する教育プログラムです。

3色の帽子.png

子どもたちは、最初に、コンフリクトという概念を学びます。お互いが、お互いの邪魔になっている時、お互いに同意をしていない時は、コンフリクトが存在しています。そして、コンフリクトが、喧嘩の原因になることが多いことに気づきます。ピースフルスクールでは、コンフリクトに対して、オープンに話し合い、問題を解決することを学びます。話し合いを練習するために赤、青、黄色の帽子を使います。赤い帽子は、自分の望みを一方的に押し付けるコミュニケーション、青の帽子は、本当の気持ちを相手に伝えず、相手の言い分を受け入れるコミュニケーション、黄色い帽子は、オープンに話し合い、一緒に考え、問題を解決するコミュニケーションです。赤い帽子では、共生社会は作れません。青い帽子は、喧嘩を避けることはできますが、主体性を犠牲にしているので、やはり、ピースフルな共生社会は作れません。そこで、みんなで黄色い帽子のコミュニケーションを練習します。

上級生による喧嘩の仲裁の場面では、黄色い帽子のコミュニケーションがルールです。立候補と審査により選ばれた12名の仲裁担当者が、2名ずつ当番制で、校内のすべてのコンフリクト(対立)の仲裁を行います。1年生から6年生まで、子ども達はコンフリクトが起きると、必ず、仲裁担当者のところに行かなければならない決まりになっています。仲裁担当者も黄色い帽子をかぶり、当事者同士が、お互いの言い分を相手に伝え、相手の意見に耳を貸し、相互理解を深めた上で、一緒に解決策を見出す話し合いを促進させます。両者ともに満足する解決策は、ウィン・ウィン解決、どちらかのみが満足する解決策は、ウィン・ルーズ解決、両者とも不満足な解決策は、ルーズ・ルーズ解決です。私が、このような解決策のことを学んだのは、社会人になり、30歳を超えてからです。

●視点の違いを学ぶ

視点の違いについても、学びます。対立をしている時、人は、自分の立場から対立をとらえています。それは、みんな違った種類のメガネをかけているのと同じです。

「お母さんは、暗くなると危ないから、5時になったら家に戻るように言います。夏は、5時になってもまだ明るいから、暗くなるまで外で遊びたいと、お母さんに言うと、叱られます」
この事例をもとに、話し合いをします。お母さんの立場で、お母さんのメガネをかけてみると、そこには、どのような視点があるのでしょうか。まだ明るいのに、なぜ5時までに息子に家に帰って欲しいと考えるのでしょうか。お母さんのメガネをかけて考えてみましょう。こうして、視点の違いが、意見の違いの原因となることがあることを学びます。

●いじめに加担しない

ふざけて、人をからかっているうちに、いじめが始まることがあります。最初は、からかわれている本人も、楽しんでいるのですが、ある時から、本人は、からかわれることを苦痛に感じるようになります。こんな時、ピースフルスクールでは、本人が「やめてください」と、自ら主張するのが決まりです。みんなが、盛り上がっている時に、からかわれることを断るためには、断固とした姿勢で、明確に「ノー」ということが大切です。こうしたことも、ロールプレイを通して学びます。いじめにおいては、加担者や傍観者、集団圧力という概念も学びます。集団圧力については、スポーツ観戦に行った時、スタンドのほとんどの人たちが相手チームにヤジを飛ばし始めると、本意でないのにもかかわらず、自分もそれに参加せざるを得なくなるという事例を用いて紹介しています。実際、いじめにおいても、本当は参加したくないのに、周囲のみんなが参加しているために、仕方なくいじめに加担してしまうというケースが少なくありません。集団圧力に抵抗することは、簡単ではないことを理解したうえで、自分の意志を貫き、いじめに加担しないために、どのような周囲に伝えればよいのかを学びます。ピースフルスクールの教室

子どもたちは、知識を学び、スキルを身に付け、実践を通して学びます。先生が、いじめ問題を解決するのではなく、一人ひとりに、自分を守る責任があるというスタンスが自立した個を育てるという考え方は、これからの日本の教育においても、とても重要な視点だと思います。

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クマヒラセキュリティ財団では、ピースフルスクールの開発者であるレオ・パウ氏と、リヒテルズ直子氏にご協力いただき、現在、先生向けのマニュアルの翻訳を手掛けています。6年生の授業では、憲法や、世界の紛争にも目を向けます。オランダで、ピースフルスクールを導入した地域では、大人も、ピースフルな社会を実現するために、この手法を取り入れています。日本においても、同様の展開ができればと考えています。

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わかりやすいプロジェクトから学ぶ学習イノベーションの未来

文部科学教育通信 No.321 2013-8-12に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る31をご紹介します。

先日、東京大学本郷キャンパスにおいてハーバード教育大学院大学のデイビッド・パーキンズ博士によって「未来の学びとティーチング」に関する講演会が行われました。パーキンズ博士は、思考に関する研究や教授法の研究などで世界的に知られる教育学者です。世界中で今まさに起きている学習イノベーションをテーマに、「真の理解をもたらすティーチングとは何か」、「予測できない未来に向けて何をどのように教育していくべきか」の2つの問いを中心に講演が行われました。

●学習イノベーションの未来

デイビッド・パーキンズ氏の講演で特に印象に残ったのは、世界が広がるにつれて、教育の世界も広がっているということ、今後、子どもたちが人生と世界の問題に対峙していくためには、時代に合った教育を提供していかなければならない、ということでした。以下に、その概要をご紹介いたします。

広がりゆく教育の世界で起きている学習イノベーションには、大きく分けて6つのトレンドがあります。各国の教育イノベーションの在り方は一律ではなく、この6つのいずれかの組み合わせであると言えます。

1.従来の学習内容を超える

これまでにない新しい学習内容が21世紀の学習領域に含まれるようになってきています。創造性とイノベーション、クリティカルな思考と問題解決能力、コミュニケーション力などの21世紀型の技能が求められるようになっています。

2.ローカルな狭い知識を超える

1つの地域にとらわれない、グローバルな視点や課題が学習領域に含まれるようになってきています。

3.課題学習を超える

これまではテーマ(課題)が与えられ、それについて学ぶことが重視されましたが、状況は変わりつつあります。例えば、民主主義という問題にしても、それを学ぶ課題とするのではなく、自分がどのような形で関わるか、何に気を配るのか、などの個人的な視点を持ち、思考や行動のツールとしていくことが重要になりつつあります。

4.伝統的な学問分野を超える

「グローバル経済」「健康」「起業」などの新しい学習領域が含まれます。

5.教科の枠を超える

例えば、「環境」「パンデミック」「エネルギー問題」を学ぶ際には教科の枠を超えた学びが必要となります。

6.画一的な学習を超える

学習者の興味・関心に合わせてテーマを選択できるように個別のカリキュラムを組むことができます。プロジェクト学習などもその一つです。

我々はこれまでの知性では対応できない複雑で多様な世界に突入しています。この複雑に広がる社会に対応して生きていくためには、教育も、その世界において重要なもの、時代に合ったものを提供していかないといけません。現実の問題に対応できない知性を持っていても何の役にも立ちません。その意味で、従来の国語や数学などの学習科目は現実の問題に対処する力を養うには、十分とは言えません。インターネットにより、多様な情報源が活用可能になった今、生活や世界(社会)とつながりのある問題が教材となる時代になっています。

現実の出来事から子どもたちが学ぶテーマとして非常に重要だと思われるのが、2011年3月11日に起きた福島原発事故です。一つのテーマに対して深い理解と疑問を持つことで、洞察力、共感、行動、倫理を学ぶ機会が生まれます。

●「わかりやすいプロジェクト」

福島原発事故に関する国会事故調報告書に記載されている事実を多くの人々に知ってもらうために、「わかりやすいプロジェクト」を立ち上げた人々がいます。

彼らの活動の目的は、事故調の報告書をわかりやすいものにし、以下の5つの問いに対する対話が日本中で行われるようにすることです。

  • 福島原発事故では何が起こったのか。
  • 福島原発事故の教訓とは何か。
  • 何を残し、何をどう変えていかなければならないのか。
  • どれだけの選択肢があり、それぞれの選択肢がもたらす価値は何か。
  • 短期的な視点と、長期的な視点で、私たちは個々人として何をするのか。

国会事故調とは、日本の歴史上初めて、国会の指示の下、事故当事者以外の第3者によって構成された委員会です。その国会事故調が作成した報告書は、民間で行われた報告書と異なり、事故当事者からの独立性が高く、調査権限も強いものです。2012年7月5日に国会に提出された後、一年が経ちましたが、その情報はあまり広がっていません。

「わかりやすいプロジェクト」は、原発事故に関するオープンでわかりやすいコンテンツを増やすことで、国民の理解を深めて、関心の輪を広げることができると考えています。わかりやすさを具現化するために、ストーリーブックやイラスト動画を作成し、そのコンテンツを利用して、ダイアログ・イベントやワークショップ、勉強会などの実施を続けています。

イベント参加者からは、ダイアログイベント.jpg

  • 事実から目を背けずに向き合い、対話をして未来への選択をしていく。日本の選択一つひとつに世界が注目しているということを意識し、自分には何ができるかを考えて行動していきたいと改めて感じた
  • 事故に対して、事前の調査や準備、想定が非常に不足していたことがわかった。事故後2年経って、この経験はどのように活かされているのか、問題だった点と対策をひもづけつつ、自分なりに考えたいと思った

といった感想が寄せられています。起きてしまった事故を振り返り、未来に活かすためにそこから学ぼうとする意志が伝わってきます。

「わかりやすいプロジェクト」のメンバーは、日本を、民主制のもと、質問や対話が自然と生まれる国にしたいと願っています。そのために、専門家は複雑なことを義務教育修了者が理解できるレベルで説明すること、国民は、疑問に思ったことを質問して、理解することが重要です。国民が自分の考えを持ち、世代を超えて多様な意見を尊重し、オープンに話し合う世の中にすることが彼らのビジョンです。今後は、わかりやすいコンテンツの配信やワークショップ、勉強会の開催の他、中学・高校における授業やプロジェクト学習の実施、大学における講義などを始める予定とのことです。

世界の教育界では、「リフレクション」と「メタ認知力」が21世紀を生きる子ども達にとっての核となる力と言われています。もし、大人が、原発事故の教訓から学ぶことができなければ、日本の子ども達は、リフレクションの意味を永遠に理解する事はできないでしょう。リフレクションは、責任の追及ではありません。報告書を過去のものとして忘却に帰するのではなく、そこを出発点としてこの問題をいかに解決していくかを議論し、今後の日本のあり方に反映していくことです。このテーマを身近に感じ、主体的に関わろうと考えてくださる方が増えることを心から願っています。

彼らの活動に興味をお持ちの方は、是非、「わかりやすい国会事故調プロジェクト」ホームページ http://naiic.net/をご覧ください。<お問い合わせ>一般財団クマヒラセキュリティ財団内 わかりやすい国会事故調プロジェクト Email: Office-h@kumahira.or.jp TEL: 03-6809-0763

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メリー・ゴードン氏の来日

文部科学教育通信 No.320 2013-7-22に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る30をご紹介します。

 

第27回の連載で、エンパシー(共感力)教育の重要性について述べましたが、アショカ財団のエンパシー・キャンペーンのスタートに際して来日されたメリー・ゴードン氏の講演会の様子をご紹介しましょう。メリー・ゴードン氏は、カナダのルーツ・オブ・エンパシーの創立者で、心の教育の第一人者として世界的に有名です。

アショカ財団は、「他者の気持ちを思いやり、相手の心に寄り添う」能力は、語学、数学、音楽、運動などのように一つの「才能」であり、誰でもそれを磨くことができると考えています。エンパシー能力と心の教育の重要性をより多くの方々に知っていただくために、2013年夏から5年間に亘り、15人の社会イノベーターたちを毎年3人、1週間ずつ日本へ招待し、講演、討論会などを実施する計画をしています。来日中のメリー・ゴードン氏は、7月8日、慶應義塾大学三田キャンパスで講演を行い、私は質疑応答のファシリテーターを務めさせていただきました。10日に大阪で講演会、12日に、エンパシーを育むような子どもとの関わり方について、親や教育関係者との対話会が開かれました。

 

●プログラムの概要

ルーツ・オブ・エンパシーは、9か月間、計27回の授業で完結する内容になっています。幼稚園、小学1~3年生、小学4~6年生、中学1~2年生用と4種類の教材があります。9か月の間、毎月1回、一歳未満の乳幼児とお母さんが教室を訪問し、子どもたちは、その様子を観察します。子どもたちは赤ちゃんが何を感じ、何を言おうとしているのかを理解することを通して、相手の気持ちや感情を探り、同化する能力を育んでいきます。ルーツ・オブ・エンパシーの実施結果として、10年以上の研究や分析データがあり、参加した子どもたちに対する次のような科学的効果が認められています。

1.攻撃性の減少
2.社会的・情緒的な理解力の向上
3.より愛情深く思いやりのある子どもが育成される
4.子育てに必要な知識を広げることができる

東京での講演会は、ジョニーとりんごの話から始まりました。

「ジョニーはりんごを3個持っています」
「もしアメリーが2個取ったら」
「ジョニーのりんごは何個残るでしょうか?」と問うのがこれまでの教育です。子どもたちに何を知っているかを問い、いかに結果が出せるかで、子どもの能力を測ります。エンパシー教育では、「ジョニーはどのような気持ちになるでしょうか?」と問い、子どもたちに、自分が何を感じ、考え、また、他人が何を感じ、考えていると思うかを問いかけます。

 

●赤ちゃんは先生

おもちゃを掴もうとする赤ちゃんを見つめる子どもたちの映像が映し出されました。赤ちゃんが少し遠いところにあるおもちゃを取ろうとしますが、手が届きません。それでも、懸命におもちゃを掴もうとする赤ちゃんの様子に、子どもたちは釘づけです。そして、あと一息でおもちゃに手が届こうする時に、赤ちゃんが転んでしまいます。思わず、子どもたちの間から、「うぉ~」と心配そうな声が挙がりました。困った赤ちゃんは、お母さんの方を向きます。

「赤ちゃんは、今、何を感じていますか?」
「赤ちゃんは、今、何を考えていますか?」
「赤ちゃんはおもちゃが取りたいのですね。でも、手が届かないから、フラストレーションを感じているでしょう」
「あなたは、最近、赤ちゃんのようにフラストレーションを感じることがありましたか。それはどんな時で、どういう気持ちでしたか」

先生はこのように、赤ちゃんの心を感じとった子どもに、次は自分の心の声を聴く問いかけをしていきます。

赤ちゃんの様子を観察した後で、子どもたちは「自分はどうなのだろう?」「どうしてこのような感情を持つのだろう?」と、自分に当てはめて考えるようになります。そして、自分の感情を言葉にし、なぜ、そのような感情を持つのかを考えることにより、自分とは何かを学びます。自分の感情と思考をメタ認知できるようになると、自分の本当のモチベーションに基づく行動を行うことができるようになります。親や先生から褒められるから、人にやさしくするのではなく、自分の心がそうしたいから、人にやさしくすることを子どもたちは学ぶのです。

また、お母さんの赤ちゃんに対する愛情と赤ちゃんがお母さんに寄せる信頼という親子の様子を観察することで、親の愛を知らない家庭環境で育った子どもも、お母さんの愛情を感じ取ることができます。虐待を受けて育った子どもが、赤ちゃんから慕われる経験をすることで、「僕にも家庭が持てるかな」と将来に向けて希望を持つようになります。エンパシー教育を通じて、感情についての理解力が高まると、子どもたち達は、辛い経験があってもうまく対処できるようになります。

 感情にとっての深い学びは、子どもたちに多様性を尊重する心も育みます。クラスでやんちゃな男の子も、自分と同じように泣きたい気持ちや感情を持っていることを知ると、子どもたちは、「自分とは違うと感じていたお友達も、実は自分と同じだ」ということを知ります。ルーツ・オブ・エンパシーを通して、多様性の尊重という民主的な社会や紛争のない平和な社会を形成する土台も養われます。

 

●破壊的なイノベーション

ルーツ・オブ・エンパシーは、破壊的なイノベーションの提案であると、メリー・ゴードン氏は語ります。「教科を教えて、子どもたちに良い成績を納めさせる」ことが、これまでの教育の成功の指標でしたが、ルーツ・オブ・エンパシーは、建設的な体験を通して得る「人間としての成功」を目指します。「人間としての成功」を手に入れる鍵は、突き詰めると「人とどのように関わるか」ということです。「人と関わる」ための基本的な能力がエンパシーです。メリー・ゴードン氏は「人間としての成功」を手に入れる子どもたちを多く育成することが究極の教育のゴールであると言います。

                                                                           

主に5つの視点で、教育にイノベーションをもたらします。メリー・ゴードン with 下村、奈々、漆、熊平.jpg

1.競争・賞罰・褒美ではなく、個人が本来持っているモチベーションに基づき行動する人をつくる                                   

2.従来の「識字リテラシー」だけでなく「感情リテラシー」を持つ人を作る

3.家族やコミュニティとのポジティブな関係を持つ人を作る 

4.子どもたちを、従順な「生徒」としてでなく、チェンジメーカーとして尊重する

5.学校で良い成績を納めるのではなく、メタ認知力(自らの思考や行動を把握し、認識する能力)を持つ人をつくる                          

 破壊的なイノベーションという言葉を始めに聞いた時には、とても刺激的に感じられましたが、イノベーションの5つの視点はどれも、子どもたちが未来を幸せに生きるためにとても大切な力であることがわかります。

 「自分の肺を誰かの肺と重ね、その人の吸う空気を自分も深く吸い込むことができる」
それが私のイメージするエンパシーの定義です。エンパシーを教え込むことはできません。
エンパシーは情動でとらえるものです。そして心がエンパシーを捉える環境を作り出すプログラムがルーツ・オブ・エンパシーなのです。                   メリー・ゴードン

 

メリー・ゴードン氏はエンパシーを体現したような方で、物静かで、温かい語り口調からも、エンパシーを感じ取ることが出来ました。

 

*参考文献: Tremblay et al., 2004、Payton et al., 2008、Powers、Ressler, &Bradley, 2009、Luthar & Brown, 2007

カレッジフェア

文部科学教育通信 No.319 2013-7-8に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る29をご紹介します。

今回は、6月16日に、東京学芸大学附属高校で行われた、カレッジフェアについてお話ししたいと思います。カレッジフェアは、2010年にUSCANJというアメリカの大学の卒業生を中心とした組織が始めた取り組みで、毎年一度、20校以上の大学が集まって大学の説明会とブースごとに分かれて各校卒業生との交流会を開いています。

今年は初の取り組みとして、夏休みで帰国中の現役学部生20名を中心にプレゼンテーションを行いました。このイベントは、留学関係者や学生の間では、アイビーリーグを始めとするほとんどの著名大学の出身者と直接話ができる唯一の場として有名です。最近、東京大学などの国内の名門大学よりもハーバード大など海外の一流校へ出願する学生が増えていることが新聞などで話題になっていますが、このような流れの中、今年は500人以上の参加予約があったとのことです。

 

①留学自体に意味はない

「私は、迷っていました。留学すべきか、すべきでないか」
思いがけない一言で、説明会は幕を開けました。『日本の中高生に、留学という選択肢を』という留学生と卒業生の強い願いから生まれた説明会ですが、彼らのメッセージに一貫していたのは、留学自体に価値があるのではなく、自分が本来やりたいことに挑戦する一つの場として留学がある、ということです。20人のスピーカーにより、『日米大学の違い』、『留学の種類』、『留学への道のり』、『留学を阻む3つの壁』、『パーソナルストーリー』など親しみやすいテーマに沿って、個々の挑戦の体験が語られました。

『グローバル人材』の育成が声高に叫ばれる今日、彼らのストーリーはむしろ、「みんながそうするから」といってアメリカの大学進学を目指す学生が出てくるのを牽制するように聞こえました。彼らの話からは、留学は、自分に挑む場所や仲間を変えるだけで、自分たちは日本にいても挑戦し続けただろうという、そんな意気込みが感じられました。冒頭の「私は迷っていました」という告白は、アメリカに留学して日々挑戦する留学生が、数年前の自分たち同様に留学を迷っている会場の中高生を励ます言葉だったのです。

 

②アメリカの教育と日本の教育

アメリカの大学では、ほとんどの学部生が専攻を決めるのは2年生の終わりで、それまでは自由に哲学から経済学まで幅広い科目を学びます。リベラルアーツという教育理念に基づいて、専門性よりも総合的な人間性を涵養するための内容になっています。東京大学からブラウン大学へ編入した学生が、日米の大学教育の違いを次のようにうまく言い表していました。「『何を知っているのか』が大切な日本の大学はStudying(勉強)の場であり、『なぜそうなのか』を教授や仲間と共に考えて成長するアメリカの大学はLearning(学習)の場である。日本の大学の『一般教養』は、リベラルアーツの流れを汲んではいるものの、本質的にやっていることは中高の受験勉強と変わらない『勉強』だった」という彼の言葉が印象的でした。

また、出願手続きのセクションでは、日本の受験の学力のみによる合否判断とは全く違ったアメリカの大学入試制度が紹介されていました。日本のセンター試験にあたるSATや、英語力の証明となるTOEFL以上に、志望動機や将来の計画、自分自身についてのエッセー、卒業生とのインタビュー、課外活動の実績などが重視されます。試験一本で決める日本の入試方式は一見公平に見えますが、それだけでは計ることのできない学生個々の資質が見落とされます。米国では、このような資質を見極めるための入試システムが設計されています。日本でも『グローバル人材の育成』の旗印のもと、国際バカロレア導入や秋入学などが検討されていますが、入試制度そのものが変わらなければ、それを通過して進学する学生の質も変化しないのではないかという懸念が頭をよぎりました。

 

③英語は壁ではない

留学と聞くと、最大の障壁は英語力だと思われるかもしれません。プレゼンテーションでも、留学中に意思疎通に苦労した体験談が何度か披露されました。しかし、日本の進学校から進学した学生の話を聞いて、いわゆる『英語力』以上に根深い壁があることに気付きました。『僕の英語が通じなかった理由』というエピソードでは、ある学生が、「通じないのは、最初は英語力のせいだと思い込んでいたが、実は物事を遠回しに伝えようとする自分のコミュニケーションスタイルの問題であった」と話していました。海外の大学をはじめとする社会の各所で大切になる力は、自分の意見を正しく論理的に説明して理解してもらう力、そして自分の意見に対する批判を受けてさらに考えを高めていく力です。例えば、アメリカの学部教育は、膨大な読書課題に加えて、レポートやプレゼンテーションといった自分の考えをまとめる課題が毎週課されることで有名です。ただ暗記した知識を繰り返したところで、何の評価もつきません。課題図書や授業で学んだ知識をもとに、自分自身の考えを練り上げ、発展させ、時には教授やクラスメートと積極的に議論を買って出て、新しい見方を取り入れる。そうした日本とは異なる考え方のスタイルを身につけることが、日本からアメリカへ留学する学生にとって少なからず壁になるのかもしれません。

TOEFLのスピーキング(会話)の平均スコアが世界最低を記録している日本の英語教育ですが、カレッジフェアの会場で頼もしい光景を目にしました。ブースにいる各大学の卒業生と現役生は、しばしば参加者と英語でやりとりをしています。ここで、帰国子女でもない高校生が、決して流暢とは言えないが内容のはっきりした英語で質問をぶつけていました。聞けば、高校のネイティブの先生と一緒に英会話クラブやディベートクラブを立ち上げ、学校にあるリソースをうまく使いながら苦手なスピーキングを練習しているというのです。自力で高める工夫をしている高校生を、心から頼もしく思いました。

 

③教師の参加がほとんどない?

500名を超える参加申込みがあった今回のイベントですが、教員枠での参加が十数名に満たなかったという気になる話を耳にしました。留学には学生本人の努力や保護者の支援はもとより、推薦状、英文成績表や学校紹介文の作成など教員の全面的な協力が必要です。たとえ、学校側が方針として海外進学を打ち出しても、現時点では、限られた情報と経験をもとに必要な手続きを行う能力が教員にあるとは考えられません。学校の先生方にこそ、このようなイベントに参加して、ノウハウを収集していただきたいものだと思いました。

 

④学部生有志による企画ブラウンの熊たち.jpg

最後にもう一つ、注目すべきプロジェクトをご紹介させていただきます。今回のカレッジフェアを共催した「ブラウンの熊たち」(ブラウン大学現役学生9名)による全国7都市での学部留学説明会ツアーが先日行われました。札幌から福岡まで全国を縦断し、合計1000名に及ぶ聴衆を相手にアメリカの大学の学部進学の説明会を実施したとのことです。その留学説明会の様子が、「ブラウンの熊たち」というブログhttp://ameblo.jp/brownujapan/に掲載されていますので、ご興味のある方は、ぜひ覗いてみてください。彼らがブラウン大学における日々の学生生活を綴ったブログは、人気留学ブログとしてランキングの一位を独占し続けています。

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