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OECDのキーコンピタンシーとゆとり教育

KAE「コトノバ」 2012 AUTUMNに掲載されたOECDのキーコンピタンシーとゆとり教育についてご紹介させていただきます。

 

2000年に発表されたOECDの「生徒の知識と技術の測定(PISA)」の報告書の序文に、Prepared for Life(人生の準備は万全か)というタイトルで以下の通り書かれています。「若い成人が未来の挑戦に対処すべく、果たして充分に準備されているだろうか。彼らは分析し、推論し、自分の考えを意思疎通できるだろうか。彼らは生涯を通しての学習を継続できる能力を身につけているだろうか。父母、生徒、広く国民、そして教育システムを運用する人々は、こうした疑問に対して解答を知っておく必要がある。」この疑問に対する解答を探すために、この3年間、様々な活動に取り組んで参りました。2010年より、ハーバード教育大学院で行われているフューチャー・オブ・ラーニングという研究会に毎年し、ハワード・ガードナー教授にご指導いただいています。システムダイナミックスの生みの親ジェイ・フォレスター教授と、学習する組織を提唱するピーター・センゲ先生が主催するシステム思考教育の研究会にも、参加しました。また、2007年のユニセフの「先進国の子どもの幸福度調査」で、世界一子どもが幸せな国といわれるオランダにも学校視察に行きました。このような活動から明らかになったことは、工業化社会において輝かしい功績を持つ日本の教育は、20年後に世の中で活躍する子どもたちが、幸福に生きる力を身に付ける教育ではないということです。海外の研究会には、世界中の教育関係者が参加し、新しい時代に生きる力を身につけるために、教育をどのように変えていけばよいのかを真剣に考えています。日本の国際競争力を高める上でも、本当に、教育が今、変わらなければなりません。

 

4回シリーズの第1回目は、子どもたちが幸せに生きるために必要な力を、最も網羅的、体系的に説明しているOECDのキーコンピタンシーについてご紹介させていただきます。ビジネス界の皆様にも、共感していただける内容だと思います。

 

OECDのキーコンピテンシーハワード・ガードナー教授と

OECDキーコンピテンシーは、世界のOECD加盟国の教育改革に、大きな影響を与えています。日本においても、文部科学省の「生きる力」に反映されており、2002年および、2011年改訂の学習指導要領に盛り込まれています。

OECDが、キーコンピテンシーの定義に取り組んだ背景には、社会の変化があります。これまでの学校教育では、子どもたちが将来、幸せに、意義 ある人生を生きるために必要な力を身につけるこ とができないという課題認識に基づき、キーコンピテンシーは、策定されました。以下、その概要についてご紹介します。

 

●子どもたちが生きる時代は、これまでと何が違うのでしょうか。

OECDは、子どもたちが生きる時代を、以下のように解説しています。子どもたちは、絶え間なく続く技術革新に対応することが求められます。溢れる情報を取捨選択しなければなりません。経済成長と地球環境の保護という2つの矛盾する目的を達成しなければなりません。豊かさの追求と、貧困や富の格差の是正を同時に考えなければなりません。目的を達成するための取り組みは、より複雑になっており、特定のスキルを身に付けただけでは、問題解決に十分な力を持つことができません。

 

時代背景を表す言葉は、変化、複雑性、相互依存の3つです。技術が、急速に継続的に変化する世界においては、技術に関する学習は一時点で終わるのではなく、技術革新への高い適用力が求められます。社会がどんどん複雑化、細分化してきており、個人的な関係においても、多様な人々との交流がますます求められてきています。また、グローバライゼーションは、新しい形態の相互依存性を作り出しています。経済活動や、環境破壊に繋がる様々な活動は、個人の住む地域や国家の枠を超えて広がってきており、グローバライゼーションによる相互依存性は、今後ますます高まることが予測されます。

 

●目的と方針

OECDは、キーコンピテンシーを策定するにあたり、目的と方針を明確にしています。究極の目的は、民主的な社会の実現と、持続可能な成長の維持です。その上で、キーコンピテンシーの妥当性を検証する指針を、3つに絞りました。方針の1つ目は、キーコンピテンシーが、個人と社会の両者にとって価値ある結果をもたらすものであること。2つ目は、特定の状況において求められるコンピテンシーではなく、あらゆる場面において普遍的に重要なコンピテンシーであること。3番目に、特定の専門家だけではなく、全ての個人にとって重要なコンピテンシーであることです。

 

個人と社会、それぞれにとって価値ある結果とは何かも明確に定義しています。個人の成功の定義は4つです。(1)望ましい就職の機会と所得を得られること、(2)健康と安全が維持出来ること、(3)政治への参画が認められること、(4)人間関係やコミュニティが存在すること。同様に、社会の成功も、4つに絞り込んでいます。(1)経済的生産性が維持されていること、(2)民主的プロセスが存在すること、(3)社会的なまとまりや構成が成立し人権が守られていること、(4)環境が守られていること。このような成功を実現するために必要な力として、キーコンピテンシーは策定されました。

●3つのキーコンピテンシー

第1のコンピテンシーは、相互作用的にツールを用いる力です。言語的スキルや数学的なスキルを土台としたコミュニケーション力は、このカテゴリーに含まれます。さらに子どもたちには、創造的に問題解決を行うために適切な情報処理能力と思考力が求められます。そのために、(1)分かっていないことを認知する力、(2)適切な情報源を特定しアクセスする力、(3)その情報の質、適切さ、価値を評価する力、(4)知識と情報を整理する力を鍛える必要があります。技術革新に適応するのみでなく、技術革新を生み出す力も、このカテゴリーに含まれます。

第2のコンピテンシーは、異質な集団で交流する力です。和を重んじる日本人にとって、得意な領域と思われがちですが、その内容を読み進めて行くと、日本人にも発想の転換が求められることがわかります。人が自分にとって良いと感じる環境を作り出すためには、他者の価値観、信念、文化や歴史を尊敬し、評価するだけではなく、それらを取り入れて成長することが求められます。そのためには、共感力を持ち、自己及び他者の情動やモチベーションに効果的に対処する力が求められます。また、他者と協力する能力として、(1)自分のアイディアを出し、他者のアイディアに耳を傾ける力、(2)討議の力関係を理解し、基本方針に従う力、(3)戦略的、あるいは持続可能な協力関係を構築する力、(4)交渉する力、(5)異なる意見を受け入れ、その上で意思決定する力の、5つの力が求められます。このカテゴリーには、争いを処理し、解決する能力も含まれ、(1)異なる立場があることを認識し、現状の課題と危惧されている利害の全ての面から争いの原因と理由を分析する力、(2)合意できる領域とできない領域を認識する力、(3)問題を再構築する力、(4)要求と目標の優先順位を決める力、の4つの力が求められます。

第3のコンピテンシーは、自律的に活動する力です。変化、複雑性、相互依存に象徴される新しい時代において、個人は、より広い視点を持ち、より広い文脈の中で、自己の行動や意思決定を捉えなければなりません。自分の行動の直接的・間接的な結果を認識する必要があります。変化する環境において、人生の意義や目的を明確にし、計画性とストーリーのある人生を生きる力が求められます。また、自らの権利、利害や、限界を知り、社会的な責任を果たすと同時に、自己を守る力をもつことが求められます。変化、複雑性、相互依存を前提とした社会において、幸福な人生を生きるために、システム思考を持つことが不可欠であることが解ります。

 

OECDは、3つのカテゴリーを包括する力として、内省力およびメタ認知力が不可欠であると述べています。自らの経験を内省し、学びを抽象的概念化する力や、俯瞰的に自己および物事を捉える力が、自律的学習者には不可欠だからです。

 

●ゆとり教育の失敗

ゆとり教育が始まった当時、私の息子は小学生でした。その当時は、一人の母親として、「ゆとっている場合ではない!」と心で叫び、公立中学校に任せる訳にいかないと、中学受験を決意しました。生きる力の教育が導入された時、学校の先生も、親も、その目的や背景を理解していませんでした。そして、子どもたちの学力が低下し、ゆとり教育の失敗という評価に終わりました。

 

しかし、学力低下は、ゆとり教育の失敗のほんの一部です。より大きな失敗は、日本の教育が,生きる力(OECDキーコンピテンシー)を身に着けさせる教育に変容できなかったことです。今日、生きる力の教育は、教育現場や教員の意識からは、すっかり消え去ってしまいました。学力向上が、以前にも増して重要な教育目的となっています。数値化できる学力評価に比べて、定性的なコンピテンシー評価の曖昧さも、学校教育への導入を困難にする要因です。

 

子ども達の幸せを願わない先生や教育関係者はいません。教育関係者に必要なのは、認知理解の深いレベルで、生きる力とは何か、それがなぜ必要なのかを理解することです。教育の方法論も重要ですが、まずは、目的と成果目標の理解から始めなければ、先に進めないと感じています。

 

子ども達の幸せと、日本の持続可能な発展のために、今、教育は変わらなければなりません。「ゆとり教育」を失敗の烙印とともに忘れ去ることはできません。そのためには、ビジネス界の皆様に、お力を貸していただきたいと思います。新しい時代がどのような時代なのか、どのような力が必要なのかを、広く語ってください。そして、教育を変える賛同者、支援者になっていただきたいと思います。

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ピースフルスクール

KAE「コトノバ」 2013 WINTERに掲載されたピースフルスクールについてご紹介させていただきます。

「夫婦喧嘩をしていると、小学生の娘が真面目な顔で、「仲裁しましょうか?」と申し出てくれました。私は、あわてて、「結構です。」と答えました。」こう話してくれたのは、オランダにある、いじめのない学校ピースフルスクールに子どもを通わせるお母さんです。

2011年4月、ユニセフの「先進国の子供の幸福度調査(2007年)」で総合一位に選ばれたオランダの教育の秘密を探るために、オランダの学校視察を行いました。その時、リヒテルズ直子さんのご紹介で訪れたピースフルスクールに私は、すっかり魅了されてしまいました。ピースフルスクールとは、オランダで最も成功しているシチズンシップ教育のプログラムならびにその実践校のことで、10年以上の実績を持ち、現在、600校を超える学校で実践されています。

●ピースフルスクールの全体カリキュラム

ピースフルスクールでは、子どもたちは、1年間に約40時間の授業を通して、自立と共生、そして民主的な社会の作り方を学びます。先生と生徒が、共働し、民主的な文化を醸成するために必要な学習を行います。

カリキュラムは、大きく6つの領域に分類されます。

  • 主体性と責任感を持ち、ポジティブな社会を創る
  • コンフリクトを先生の力を借りずに、建設的に解決する
  • 他人の視点で物事を考える、考えとその論拠を明確に述べる、意見の違いを受け入れるなどの基本となるコミュニケーション力を持つ
  • 自分の感情と上手に付き合い、他者の感情を、その人の立場に立って考える
  • 仲裁力および、集団に積極的に貢献する
  • 人の多様性に対してオープンな姿勢を持つ

すべての授業は、ロールプレイや話し合いによるチーム学習に基づきデザインされています。先生が、子どもたちのロールモデルとなり授業を体現し、子どもたちも授業で学んだことを一つずつ実践することで、ピースフルスクールの一員となっていきます。

それでは、ピースフルスクールでは、どのようにシチズンシップ<自立と共生>を教えているのでしょうか?その一部をご紹介しましょう。

●自分の意見の主張と他者の意見の尊重

最初に子どもたちが学ぶのは、自分の意見を持つことです。自分の考えたこと、自分が感じたことを周囲に伝えることの大切さを学びます。その上で、子どもたちは、意見には、賛成と反対の立場があることを学びます。そして、これが、最も大切なことですが、先生は、友達の意見に反対する許可を子ども達に与えます。「私たちは、意見を持ちます。その意見は、いつもお友達と一緒というわけではありません。私たちは、違う意見を持っていても、お友達でいてよいのです」授業でこのように学び、子どもたちは自分の意見を主張することと多様な意見を尊重することを学んでいきます。

●感情とうまくつきあう

ピースフルスクールでは、感情に対するメタ認知力を高める様々な工夫がされています。喜びや、怒り、悲しみなど代表的な感情について学びます。子どもたちは、朝、教室に入ると、自分の名前の書かれたスティックを、その日の感情に合わせて、嬉しい、悲しい、怒っている・・・等の感情ボックスにさします。こうして、自分の感情を認識する習慣や、他者の感情に共感する習慣を身に付けます。

見学した授業では、お友達同士、グループになり、家族についてのインタビューが行われていました。「あなたの家では、誰がお料理を担当していますか?」などの質問に答え、用紙を埋めていくワークをした後に、全員が輪になり座ります。私は、当然、次に始まるのは発表内容の共有であろうと思っていました。ところが、先生は、「今、ピースフルでない人はいますか?」と尋ねました。すると、一人の子どもが手を上げました。「うまく、グループワークに参加できず、ピースフルでありません。」確かに、その子は、グループワークにうまく参加できず、少し困っている様子でした。さらに、驚いたのは、先生の対応です。先生は、「そのことを、あなたはお友達に伝えましたか」 と聞きました。「いいえ」とその子は答えます。「それでは、授業が終わったら、ちゃんと、お友達にその気持ちを伝えて、その問題に対処しましょう」と先生は、締めくくりました。 こうして、ピースフルスクールに通う子どもたちは、ピースフルでない時、自分でそのことに対処する力を習得してきます。

●自分たちの力でコンフリクト(対立)を解決する

オランダでも、1990年代に、いじめや学級崩壊など、学校における秩序の崩壊が社会問題になりました。当時、いじめが起きると、オランダでも、先生が介入する方法がとられていたそうです。生徒が、先生にいじめのことを相談すると、先生は、2つの方法でいじめに対処しました。クラス全員を集め、いじめはよくないということを教えるか、いじめを行っている生徒を呼び出し、反省を促すという方法です。ところが、このような対処方法は、実は、多くの場合、いじめがさらに悪化してしまうということが明らかになりました。そこで、生まれたのが、子ども達自身がいじめに対処する力を身につけ、ピースフルな学校創りに参画する教育プログラムです。

3色の帽子.png

子どもたちは、最初に、コンフリクトという概念を学びます。お互いが、お互いの邪魔になっている時、お互いに同意をしていない時は、コンフリクトが存在しています。そして、コンフリクトが、喧嘩の原因になることが多いことに気づきます。ピースフルスクールでは、コンフリクトに対して、オープンに話し合い、問題を解決することを学びます。話し合いを練習するために赤、青、黄色の帽子を使います。赤い帽子は、自分の望みを一方的に押し付けるコミュニケーション、青の帽子は、本当の気持ちを相手に伝えず、相手の言い分を受け入れるコミュニケーション、黄色い帽子は、オープンに話し合い、一緒に考え、問題を解決するコミュニケーションです。赤い帽子では、共生社会は作れません。青い帽子は、喧嘩を避けることはできますが、主体性を犠牲にしているので、やはり、ピースフルな共生社会は作れません。そこで、みんなで黄色い帽子のコミュニケーションを練習します。

上級生による喧嘩の仲裁の場面では、黄色い帽子のコミュニケーションがルールです。立候補と審査により選ばれた12名の仲裁担当者が、2名ずつ当番制で、校内のすべてのコンフリクト(対立)の仲裁を行います。1年生から6年生まで、子ども達はコンフリクトが起きると、必ず、仲裁担当者のところに行かなければならない決まりになっています。仲裁担当者も黄色い帽子をかぶり、当事者同士が、お互いの言い分を相手に伝え、相手の意見に耳を貸し、相互理解を深めた上で、一緒に解決策を見出す話し合いを促進させます。両者ともに満足する解決策は、ウィン・ウィン解決、どちらかのみが満足する解決策は、ウィン・ルーズ解決、両者とも不満足な解決策は、ルーズ・ルーズ解決です。私が、このような解決策のことを学んだのは、社会人になり、30歳を超えてからです。

●視点の違いを学ぶ

視点の違いについても、学びます。対立をしている時、人は、自分の立場から対立をとらえています。それは、みんな違った種類のメガネをかけているのと同じです。

「お母さんは、暗くなると危ないから、5時になったら家に戻るように言います。夏は、5時になってもまだ明るいから、暗くなるまで外で遊びたいと、お母さんに言うと、叱られます」
この事例をもとに、話し合いをします。お母さんの立場で、お母さんのメガネをかけてみると、そこには、どのような視点があるのでしょうか。まだ明るいのに、なぜ5時までに息子に家に帰って欲しいと考えるのでしょうか。お母さんのメガネをかけて考えてみましょう。こうして、視点の違いが、意見の違いの原因となることがあることを学びます。

●いじめに加担しない

ふざけて、人をからかっているうちに、いじめが始まることがあります。最初は、からかわれている本人も、楽しんでいるのですが、ある時から、本人は、からかわれることを苦痛に感じるようになります。こんな時、ピースフルスクールでは、本人が「やめてください」と、自ら主張するのが決まりです。みんなが、盛り上がっている時に、からかわれることを断るためには、断固とした姿勢で、明確に「ノー」ということが大切です。こうしたことも、ロールプレイを通して学びます。いじめにおいては、加担者や傍観者、集団圧力という概念も学びます。集団圧力については、スポーツ観戦に行った時、スタンドのほとんどの人たちが相手チームにヤジを飛ばし始めると、本意でないのにもかかわらず、自分もそれに参加せざるを得なくなるという事例を用いて紹介しています。実際、いじめにおいても、本当は参加したくないのに、周囲のみんなが参加しているために、仕方なくいじめに加担してしまうというケースが少なくありません。集団圧力に抵抗することは、簡単ではないことを理解したうえで、自分の意志を貫き、いじめに加担しないために、どのような周囲に伝えればよいのかを学びます。ピースフルスクールの教室

子どもたちは、知識を学び、スキルを身に付け、実践を通して学びます。先生が、いじめ問題を解決するのではなく、一人ひとりに、自分を守る責任があるというスタンスが自立した個を育てるという考え方は、これからの日本の教育においても、とても重要な視点だと思います。

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クマヒラセキュリティ財団では、ピースフルスクールの開発者であるレオ・パウ氏と、リヒテルズ直子氏にご協力いただき、現在、先生向けのマニュアルの翻訳を手掛けています。6年生の授業では、憲法や、世界の紛争にも目を向けます。オランダで、ピースフルスクールを導入した地域では、大人も、ピースフルな社会を実現するために、この手法を取り入れています。日本においても、同様の展開ができればと考えています。

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わかりやすいプロジェクトから学ぶ学習イノベーションの未来

文部科学教育通信 No.321 2013-8-12に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る31をご紹介します。

先日、東京大学本郷キャンパスにおいてハーバード教育大学院大学のデイビッド・パーキンズ博士によって「未来の学びとティーチング」に関する講演会が行われました。パーキンズ博士は、思考に関する研究や教授法の研究などで世界的に知られる教育学者です。世界中で今まさに起きている学習イノベーションをテーマに、「真の理解をもたらすティーチングとは何か」、「予測できない未来に向けて何をどのように教育していくべきか」の2つの問いを中心に講演が行われました。

●学習イノベーションの未来

デイビッド・パーキンズ氏の講演で特に印象に残ったのは、世界が広がるにつれて、教育の世界も広がっているということ、今後、子どもたちが人生と世界の問題に対峙していくためには、時代に合った教育を提供していかなければならない、ということでした。以下に、その概要をご紹介いたします。

広がりゆく教育の世界で起きている学習イノベーションには、大きく分けて6つのトレンドがあります。各国の教育イノベーションの在り方は一律ではなく、この6つのいずれかの組み合わせであると言えます。

1.従来の学習内容を超える

これまでにない新しい学習内容が21世紀の学習領域に含まれるようになってきています。創造性とイノベーション、クリティカルな思考と問題解決能力、コミュニケーション力などの21世紀型の技能が求められるようになっています。

2.ローカルな狭い知識を超える

1つの地域にとらわれない、グローバルな視点や課題が学習領域に含まれるようになってきています。

3.課題学習を超える

これまではテーマ(課題)が与えられ、それについて学ぶことが重視されましたが、状況は変わりつつあります。例えば、民主主義という問題にしても、それを学ぶ課題とするのではなく、自分がどのような形で関わるか、何に気を配るのか、などの個人的な視点を持ち、思考や行動のツールとしていくことが重要になりつつあります。

4.伝統的な学問分野を超える

「グローバル経済」「健康」「起業」などの新しい学習領域が含まれます。

5.教科の枠を超える

例えば、「環境」「パンデミック」「エネルギー問題」を学ぶ際には教科の枠を超えた学びが必要となります。

6.画一的な学習を超える

学習者の興味・関心に合わせてテーマを選択できるように個別のカリキュラムを組むことができます。プロジェクト学習などもその一つです。

我々はこれまでの知性では対応できない複雑で多様な世界に突入しています。この複雑に広がる社会に対応して生きていくためには、教育も、その世界において重要なもの、時代に合ったものを提供していかないといけません。現実の問題に対応できない知性を持っていても何の役にも立ちません。その意味で、従来の国語や数学などの学習科目は現実の問題に対処する力を養うには、十分とは言えません。インターネットにより、多様な情報源が活用可能になった今、生活や世界(社会)とつながりのある問題が教材となる時代になっています。

現実の出来事から子どもたちが学ぶテーマとして非常に重要だと思われるのが、2011年3月11日に起きた福島原発事故です。一つのテーマに対して深い理解と疑問を持つことで、洞察力、共感、行動、倫理を学ぶ機会が生まれます。

●「わかりやすいプロジェクト」

福島原発事故に関する国会事故調報告書に記載されている事実を多くの人々に知ってもらうために、「わかりやすいプロジェクト」を立ち上げた人々がいます。

彼らの活動の目的は、事故調の報告書をわかりやすいものにし、以下の5つの問いに対する対話が日本中で行われるようにすることです。

  • 福島原発事故では何が起こったのか。
  • 福島原発事故の教訓とは何か。
  • 何を残し、何をどう変えていかなければならないのか。
  • どれだけの選択肢があり、それぞれの選択肢がもたらす価値は何か。
  • 短期的な視点と、長期的な視点で、私たちは個々人として何をするのか。

国会事故調とは、日本の歴史上初めて、国会の指示の下、事故当事者以外の第3者によって構成された委員会です。その国会事故調が作成した報告書は、民間で行われた報告書と異なり、事故当事者からの独立性が高く、調査権限も強いものです。2012年7月5日に国会に提出された後、一年が経ちましたが、その情報はあまり広がっていません。

「わかりやすいプロジェクト」は、原発事故に関するオープンでわかりやすいコンテンツを増やすことで、国民の理解を深めて、関心の輪を広げることができると考えています。わかりやすさを具現化するために、ストーリーブックやイラスト動画を作成し、そのコンテンツを利用して、ダイアログ・イベントやワークショップ、勉強会などの実施を続けています。

イベント参加者からは、ダイアログイベント.jpg

  • 事実から目を背けずに向き合い、対話をして未来への選択をしていく。日本の選択一つひとつに世界が注目しているということを意識し、自分には何ができるかを考えて行動していきたいと改めて感じた
  • 事故に対して、事前の調査や準備、想定が非常に不足していたことがわかった。事故後2年経って、この経験はどのように活かされているのか、問題だった点と対策をひもづけつつ、自分なりに考えたいと思った

といった感想が寄せられています。起きてしまった事故を振り返り、未来に活かすためにそこから学ぼうとする意志が伝わってきます。

「わかりやすいプロジェクト」のメンバーは、日本を、民主制のもと、質問や対話が自然と生まれる国にしたいと願っています。そのために、専門家は複雑なことを義務教育修了者が理解できるレベルで説明すること、国民は、疑問に思ったことを質問して、理解することが重要です。国民が自分の考えを持ち、世代を超えて多様な意見を尊重し、オープンに話し合う世の中にすることが彼らのビジョンです。今後は、わかりやすいコンテンツの配信やワークショップ、勉強会の開催の他、中学・高校における授業やプロジェクト学習の実施、大学における講義などを始める予定とのことです。

世界の教育界では、「リフレクション」と「メタ認知力」が21世紀を生きる子ども達にとっての核となる力と言われています。もし、大人が、原発事故の教訓から学ぶことができなければ、日本の子ども達は、リフレクションの意味を永遠に理解する事はできないでしょう。リフレクションは、責任の追及ではありません。報告書を過去のものとして忘却に帰するのではなく、そこを出発点としてこの問題をいかに解決していくかを議論し、今後の日本のあり方に反映していくことです。このテーマを身近に感じ、主体的に関わろうと考えてくださる方が増えることを心から願っています。

彼らの活動に興味をお持ちの方は、是非、「わかりやすい国会事故調プロジェクト」ホームページ http://naiic.net/をご覧ください。<お問い合わせ>一般財団クマヒラセキュリティ財団内 わかりやすい国会事故調プロジェクト Email: Office-h@kumahira.or.jp TEL: 03-6809-0763

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メリー・ゴードン氏の来日

文部科学教育通信 No.320 2013-7-22に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る30をご紹介します。

 

第27回の連載で、エンパシー(共感力)教育の重要性について述べましたが、アショカ財団のエンパシー・キャンペーンのスタートに際して来日されたメリー・ゴードン氏の講演会の様子をご紹介しましょう。メリー・ゴードン氏は、カナダのルーツ・オブ・エンパシーの創立者で、心の教育の第一人者として世界的に有名です。

アショカ財団は、「他者の気持ちを思いやり、相手の心に寄り添う」能力は、語学、数学、音楽、運動などのように一つの「才能」であり、誰でもそれを磨くことができると考えています。エンパシー能力と心の教育の重要性をより多くの方々に知っていただくために、2013年夏から5年間に亘り、15人の社会イノベーターたちを毎年3人、1週間ずつ日本へ招待し、講演、討論会などを実施する計画をしています。来日中のメリー・ゴードン氏は、7月8日、慶應義塾大学三田キャンパスで講演を行い、私は質疑応答のファシリテーターを務めさせていただきました。10日に大阪で講演会、12日に、エンパシーを育むような子どもとの関わり方について、親や教育関係者との対話会が開かれました。

 

●プログラムの概要

ルーツ・オブ・エンパシーは、9か月間、計27回の授業で完結する内容になっています。幼稚園、小学1~3年生、小学4~6年生、中学1~2年生用と4種類の教材があります。9か月の間、毎月1回、一歳未満の乳幼児とお母さんが教室を訪問し、子どもたちは、その様子を観察します。子どもたちは赤ちゃんが何を感じ、何を言おうとしているのかを理解することを通して、相手の気持ちや感情を探り、同化する能力を育んでいきます。ルーツ・オブ・エンパシーの実施結果として、10年以上の研究や分析データがあり、参加した子どもたちに対する次のような科学的効果が認められています。

1.攻撃性の減少
2.社会的・情緒的な理解力の向上
3.より愛情深く思いやりのある子どもが育成される
4.子育てに必要な知識を広げることができる

東京での講演会は、ジョニーとりんごの話から始まりました。

「ジョニーはりんごを3個持っています」
「もしアメリーが2個取ったら」
「ジョニーのりんごは何個残るでしょうか?」と問うのがこれまでの教育です。子どもたちに何を知っているかを問い、いかに結果が出せるかで、子どもの能力を測ります。エンパシー教育では、「ジョニーはどのような気持ちになるでしょうか?」と問い、子どもたちに、自分が何を感じ、考え、また、他人が何を感じ、考えていると思うかを問いかけます。

 

●赤ちゃんは先生

おもちゃを掴もうとする赤ちゃんを見つめる子どもたちの映像が映し出されました。赤ちゃんが少し遠いところにあるおもちゃを取ろうとしますが、手が届きません。それでも、懸命におもちゃを掴もうとする赤ちゃんの様子に、子どもたちは釘づけです。そして、あと一息でおもちゃに手が届こうする時に、赤ちゃんが転んでしまいます。思わず、子どもたちの間から、「うぉ~」と心配そうな声が挙がりました。困った赤ちゃんは、お母さんの方を向きます。

「赤ちゃんは、今、何を感じていますか?」
「赤ちゃんは、今、何を考えていますか?」
「赤ちゃんはおもちゃが取りたいのですね。でも、手が届かないから、フラストレーションを感じているでしょう」
「あなたは、最近、赤ちゃんのようにフラストレーションを感じることがありましたか。それはどんな時で、どういう気持ちでしたか」

先生はこのように、赤ちゃんの心を感じとった子どもに、次は自分の心の声を聴く問いかけをしていきます。

赤ちゃんの様子を観察した後で、子どもたちは「自分はどうなのだろう?」「どうしてこのような感情を持つのだろう?」と、自分に当てはめて考えるようになります。そして、自分の感情を言葉にし、なぜ、そのような感情を持つのかを考えることにより、自分とは何かを学びます。自分の感情と思考をメタ認知できるようになると、自分の本当のモチベーションに基づく行動を行うことができるようになります。親や先生から褒められるから、人にやさしくするのではなく、自分の心がそうしたいから、人にやさしくすることを子どもたちは学ぶのです。

また、お母さんの赤ちゃんに対する愛情と赤ちゃんがお母さんに寄せる信頼という親子の様子を観察することで、親の愛を知らない家庭環境で育った子どもも、お母さんの愛情を感じ取ることができます。虐待を受けて育った子どもが、赤ちゃんから慕われる経験をすることで、「僕にも家庭が持てるかな」と将来に向けて希望を持つようになります。エンパシー教育を通じて、感情についての理解力が高まると、子どもたち達は、辛い経験があってもうまく対処できるようになります。

 感情にとっての深い学びは、子どもたちに多様性を尊重する心も育みます。クラスでやんちゃな男の子も、自分と同じように泣きたい気持ちや感情を持っていることを知ると、子どもたちは、「自分とは違うと感じていたお友達も、実は自分と同じだ」ということを知ります。ルーツ・オブ・エンパシーを通して、多様性の尊重という民主的な社会や紛争のない平和な社会を形成する土台も養われます。

 

●破壊的なイノベーション

ルーツ・オブ・エンパシーは、破壊的なイノベーションの提案であると、メリー・ゴードン氏は語ります。「教科を教えて、子どもたちに良い成績を納めさせる」ことが、これまでの教育の成功の指標でしたが、ルーツ・オブ・エンパシーは、建設的な体験を通して得る「人間としての成功」を目指します。「人間としての成功」を手に入れる鍵は、突き詰めると「人とどのように関わるか」ということです。「人と関わる」ための基本的な能力がエンパシーです。メリー・ゴードン氏は「人間としての成功」を手に入れる子どもたちを多く育成することが究極の教育のゴールであると言います。

                                                                           

主に5つの視点で、教育にイノベーションをもたらします。メリー・ゴードン with 下村、奈々、漆、熊平.jpg

1.競争・賞罰・褒美ではなく、個人が本来持っているモチベーションに基づき行動する人をつくる                                   

2.従来の「識字リテラシー」だけでなく「感情リテラシー」を持つ人を作る

3.家族やコミュニティとのポジティブな関係を持つ人を作る 

4.子どもたちを、従順な「生徒」としてでなく、チェンジメーカーとして尊重する

5.学校で良い成績を納めるのではなく、メタ認知力(自らの思考や行動を把握し、認識する能力)を持つ人をつくる                          

 破壊的なイノベーションという言葉を始めに聞いた時には、とても刺激的に感じられましたが、イノベーションの5つの視点はどれも、子どもたちが未来を幸せに生きるためにとても大切な力であることがわかります。

 「自分の肺を誰かの肺と重ね、その人の吸う空気を自分も深く吸い込むことができる」
それが私のイメージするエンパシーの定義です。エンパシーを教え込むことはできません。
エンパシーは情動でとらえるものです。そして心がエンパシーを捉える環境を作り出すプログラムがルーツ・オブ・エンパシーなのです。                   メリー・ゴードン

 

メリー・ゴードン氏はエンパシーを体現したような方で、物静かで、温かい語り口調からも、エンパシーを感じ取ることが出来ました。

 

*参考文献: Tremblay et al., 2004、Payton et al., 2008、Powers、Ressler, &Bradley, 2009、Luthar & Brown, 2007

カレッジフェア

文部科学教育通信 No.319 2013-7-8に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る29をご紹介します。

今回は、6月16日に、東京学芸大学附属高校で行われた、カレッジフェアについてお話ししたいと思います。カレッジフェアは、2010年にUSCANJというアメリカの大学の卒業生を中心とした組織が始めた取り組みで、毎年一度、20校以上の大学が集まって大学の説明会とブースごとに分かれて各校卒業生との交流会を開いています。

今年は初の取り組みとして、夏休みで帰国中の現役学部生20名を中心にプレゼンテーションを行いました。このイベントは、留学関係者や学生の間では、アイビーリーグを始めとするほとんどの著名大学の出身者と直接話ができる唯一の場として有名です。最近、東京大学などの国内の名門大学よりもハーバード大など海外の一流校へ出願する学生が増えていることが新聞などで話題になっていますが、このような流れの中、今年は500人以上の参加予約があったとのことです。

 

①留学自体に意味はない

「私は、迷っていました。留学すべきか、すべきでないか」
思いがけない一言で、説明会は幕を開けました。『日本の中高生に、留学という選択肢を』という留学生と卒業生の強い願いから生まれた説明会ですが、彼らのメッセージに一貫していたのは、留学自体に価値があるのではなく、自分が本来やりたいことに挑戦する一つの場として留学がある、ということです。20人のスピーカーにより、『日米大学の違い』、『留学の種類』、『留学への道のり』、『留学を阻む3つの壁』、『パーソナルストーリー』など親しみやすいテーマに沿って、個々の挑戦の体験が語られました。

『グローバル人材』の育成が声高に叫ばれる今日、彼らのストーリーはむしろ、「みんながそうするから」といってアメリカの大学進学を目指す学生が出てくるのを牽制するように聞こえました。彼らの話からは、留学は、自分に挑む場所や仲間を変えるだけで、自分たちは日本にいても挑戦し続けただろうという、そんな意気込みが感じられました。冒頭の「私は迷っていました」という告白は、アメリカに留学して日々挑戦する留学生が、数年前の自分たち同様に留学を迷っている会場の中高生を励ます言葉だったのです。

 

②アメリカの教育と日本の教育

アメリカの大学では、ほとんどの学部生が専攻を決めるのは2年生の終わりで、それまでは自由に哲学から経済学まで幅広い科目を学びます。リベラルアーツという教育理念に基づいて、専門性よりも総合的な人間性を涵養するための内容になっています。東京大学からブラウン大学へ編入した学生が、日米の大学教育の違いを次のようにうまく言い表していました。「『何を知っているのか』が大切な日本の大学はStudying(勉強)の場であり、『なぜそうなのか』を教授や仲間と共に考えて成長するアメリカの大学はLearning(学習)の場である。日本の大学の『一般教養』は、リベラルアーツの流れを汲んではいるものの、本質的にやっていることは中高の受験勉強と変わらない『勉強』だった」という彼の言葉が印象的でした。

また、出願手続きのセクションでは、日本の受験の学力のみによる合否判断とは全く違ったアメリカの大学入試制度が紹介されていました。日本のセンター試験にあたるSATや、英語力の証明となるTOEFL以上に、志望動機や将来の計画、自分自身についてのエッセー、卒業生とのインタビュー、課外活動の実績などが重視されます。試験一本で決める日本の入試方式は一見公平に見えますが、それだけでは計ることのできない学生個々の資質が見落とされます。米国では、このような資質を見極めるための入試システムが設計されています。日本でも『グローバル人材の育成』の旗印のもと、国際バカロレア導入や秋入学などが検討されていますが、入試制度そのものが変わらなければ、それを通過して進学する学生の質も変化しないのではないかという懸念が頭をよぎりました。

 

③英語は壁ではない

留学と聞くと、最大の障壁は英語力だと思われるかもしれません。プレゼンテーションでも、留学中に意思疎通に苦労した体験談が何度か披露されました。しかし、日本の進学校から進学した学生の話を聞いて、いわゆる『英語力』以上に根深い壁があることに気付きました。『僕の英語が通じなかった理由』というエピソードでは、ある学生が、「通じないのは、最初は英語力のせいだと思い込んでいたが、実は物事を遠回しに伝えようとする自分のコミュニケーションスタイルの問題であった」と話していました。海外の大学をはじめとする社会の各所で大切になる力は、自分の意見を正しく論理的に説明して理解してもらう力、そして自分の意見に対する批判を受けてさらに考えを高めていく力です。例えば、アメリカの学部教育は、膨大な読書課題に加えて、レポートやプレゼンテーションといった自分の考えをまとめる課題が毎週課されることで有名です。ただ暗記した知識を繰り返したところで、何の評価もつきません。課題図書や授業で学んだ知識をもとに、自分自身の考えを練り上げ、発展させ、時には教授やクラスメートと積極的に議論を買って出て、新しい見方を取り入れる。そうした日本とは異なる考え方のスタイルを身につけることが、日本からアメリカへ留学する学生にとって少なからず壁になるのかもしれません。

TOEFLのスピーキング(会話)の平均スコアが世界最低を記録している日本の英語教育ですが、カレッジフェアの会場で頼もしい光景を目にしました。ブースにいる各大学の卒業生と現役生は、しばしば参加者と英語でやりとりをしています。ここで、帰国子女でもない高校生が、決して流暢とは言えないが内容のはっきりした英語で質問をぶつけていました。聞けば、高校のネイティブの先生と一緒に英会話クラブやディベートクラブを立ち上げ、学校にあるリソースをうまく使いながら苦手なスピーキングを練習しているというのです。自力で高める工夫をしている高校生を、心から頼もしく思いました。

 

③教師の参加がほとんどない?

500名を超える参加申込みがあった今回のイベントですが、教員枠での参加が十数名に満たなかったという気になる話を耳にしました。留学には学生本人の努力や保護者の支援はもとより、推薦状、英文成績表や学校紹介文の作成など教員の全面的な協力が必要です。たとえ、学校側が方針として海外進学を打ち出しても、現時点では、限られた情報と経験をもとに必要な手続きを行う能力が教員にあるとは考えられません。学校の先生方にこそ、このようなイベントに参加して、ノウハウを収集していただきたいものだと思いました。

 

④学部生有志による企画ブラウンの熊たち.jpg

最後にもう一つ、注目すべきプロジェクトをご紹介させていただきます。今回のカレッジフェアを共催した「ブラウンの熊たち」(ブラウン大学現役学生9名)による全国7都市での学部留学説明会ツアーが先日行われました。札幌から福岡まで全国を縦断し、合計1000名に及ぶ聴衆を相手にアメリカの大学の学部進学の説明会を実施したとのことです。その留学説明会の様子が、「ブラウンの熊たち」というブログhttp://ameblo.jp/brownujapan/に掲載されていますので、ご興味のある方は、ぜひ覗いてみてください。彼らがブラウン大学における日々の学生生活を綴ったブログは、人気留学ブログとしてランキングの一位を独占し続けています。

未来をつくるリーダーシップ

文部科学教育通信 No.318 2013-6-24に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る28をご紹介します。

今、私たちを取り巻くあらゆる分野で、過去に類を見ない地球規模での大変化が、猛烈な勢いで起きています。これらの変化は既存の秩序や制度を揺るがし、様々な混乱や摩擦を引き起こしています。そのような中、「これまでのやり方が通用しない」「何とかしなければ思っていても、どうすればいいのかわかない」と、多くの人たちが、組織や社会の閉塞感と自らの無力感や方向感の喪失を感じているのではないのでしょうか。世界では、意識の高い人たちが、国や社会の変革に動き始めていますが、日本では残念ながらそのような活動が顕著ではありません。

こういった状況を打破し、日本が夢と希望が溢れる人々の社会となるように、私は、佐々木繁範氏*1、満田理夫氏、宍戸幹央氏らと一緒に未来をつくるリーダーを育てるためのプログラムの開発を始めました。この活動をアンビショナーズ・ラボと名付けていますが、その初回の試みとしてリーダーシップ育成や組織・社会変革、起業に興味のある方々を対象にワークショップを6月1日、2日と二日間に亘り、開催いたしました。今回はワークショップでご紹介した、未来をつくるリーダーシップに必要な「8つの力と4つの価値観」をご紹介しましょう。

このような地球規模での大変化の時代を生き抜くためには、問題を解決する力、創造する力、変わる力が必要です。組織や社会をリードする人たちや、未来を担う人を育てる教育者たちが、次に挙げる「8つの力と4つの価値観」からなる未来をつくるリーダーシップ能力を高めることが必要である、と考えます。

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未来をつくる8つの力と4つの価値観

<8つの力>

①真の自分を生きる力

人は心から望むことをする時に大きな力を発揮し、これが未来をつくる原動力となります。リーダーは、多くの人たちが、真の自分を生きられるように、使命を見つける手伝いをし、その実現を後押しする力を持つ必要があります。

②心を突き動かすメッセージ発信力

リーダーは、人々の心を突き動かすメッセージ発信力を持つ必要があります。未来をつくるためには、ビジョンを発信し、共鳴する仲間をつくり、力を合わせて事に臨むことが大切です。そのためには、論理的に、分かりやすく説明するだけでなく、人々の心に火をつけ、心と心をつなぐメッセージ発信力が求められるのです

③自らの意志で動く強いチームを創る力

リーダーには、自らの意志で動く強いチームを創る力が必要です。未来をつくるためには、個を超えたチームの力が必要だからです。夢とビジョンと目標を共有し、一人一人が自らの役割を知り、自らの意志で、目標の達成にコミットしていくチーム、強い信頼関係を土台に、互いの意見の相違を恐れず、オープンな議論ができるチームを創る力が求められます。

④新しい価値を生みだす対話力

リーダーには、新しい価値を生みだす対話力が必要です。多様な経験や専門性を持つ人同士が、お互いを尊重し、安心して意見をぶつけあい、学びあうことを通じて、新しい価値が生みだされます。メンバーがお互いに相手の話に耳を傾け、いったん自らの意見を手放して目的に必要なことは何か?と考える<傾聴と内省>を通じて、新しいアイデアを生みだす対話を促す力が求められます。

⑤創造的な問題解決力

リーダーには、創造的な問題解決力が必要です。未来に向かう過程では、あらゆる分野の既存の秩序にとらわれることなく、論理的に考える力、複雑にからみあった全体像を把握する力、過去にとらわれない新しい正解を生みだす力が必要です。ロジカル思考、システム思考、デザイン思考を駆使して、創造的に問題を解決する力が求められます。

⑥自ら学び進化する強い組織をつくる力

リーダーには、自ら学び進化する強い組織をつくる力が必要です。未来をつくるためには、新しい未来を生みだす意志と、過去のとらわれから脱却し、常に新しいものを受け入れ、自ら変わる力が求められます。ビジョンを共有し、自ら学び、常に進化する強い組織を築き上げる力が求められるのです。

⑦学習する力

リーダーには、自ら学習する力が必要です。未来をつくるためには、過去にしばられず、常に新しい見方を手に入れる必要があります。また、多様性から新しい価値を生みだすことが大切です。それゆえ、好奇心を持ち、異質なものから学び、自らの思考や行動を省みて、自らの枠を広げ、成長する。このような姿勢で行動し、進化を遂げる力が求められます。

⑧育成する力

リーダーには、人を育成する力が必要です。自ら学び進化する強い組織をつくるためには、学習する力を持つ人を育成することが大切です。ありたい姿になるためのチームとしての成長課題を明確にし、伴走者としてメンバー個々の成長を支援するというような育成力が求められます。

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<4つの価値観>

①人間の創造力と無限の可能性を信じる

現状の閉塞感を打破し、突破口を開くためには、チームメンバー個々の思考力・発想力の強化や意識改革が必要です。チームの創造力を強化するためには、創造力発揮のための土壌づくりとメンバー相互の信頼関係を構築する土台づくりがリーダーには求められます。

②他者への共感を大事にする

リーダーには、他者の状況を自分の事のように感じる共感力を持つことが必要です。既存の商品・サービスでは満足しない人たち、人口減少と高齢化という厳しい時代を生き抜かなければならない若い世代、大きな生活上の問題を抱えている人たち、このような人たちが置かれた状況に深く共感する力が、イノベーションのみならず、身近な商品開発にも不可欠です。より良い社会の実現に向けて、頭だけでなく、心も体も使って相手を理解する力が求められるのです。

③多様性を尊重する

リーダーには、多様性を尊重する姿勢が必要です。世界には様々な人々が様々な文化背景と価値観を持って生活しています。多様性を尊重し、価値あるものとして受け入れる気持ちがなければ、ますますグローバル化する社会ではリーダーとして活躍していくことはできません。また、多様性を尊重する気持ちがなければ、新しい価値を生みだすこともできません。多様性が安全に存在できる環境を作る力が求められます。

④倫理観を大事にする

リーダーは、確固とした倫理観を持つことが必要です。リーダーは倫理的な行動を遵守し、他者の模範的なモデルとなることが求められています。また、自分たちのチームや組織の偏狭な利益だけでなく、社会の善にどのように貢献するかを考慮することが求められます。目的の正しさを常に考えて行動する力が求められるのです。

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本プログラムの設計において土台としたのは、OECDが提唱する21世紀を幸せに生きる力(キー・コンピタンシー)です。若者が、その力を身に付けるためには、周囲の大人たちが実践者である必要があります。多くの実践者を増やし、子どもたちが幸福に生きる力を身に付けることができる国にしたいと思い活動を始めています。今後、アンビショナーズ・ラボの高校生・大学生向けワークショップを展開していく予定です。

*1 佐々木繁範氏: ロジック・アンド・エモーション代表、リーダーシップ・コミュニケーション・コンサルタント、ハーバード大学院修士卒、著書に「思いが伝わる、心が動く スピーチの教科書」(ダイヤモンド社、2012年2月)

エンパシー(共感力)教育

文部科学教育通信 No.317 2013-6-10に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る27をご紹介します。

近年、米国や欧州の教育界では、エンパシー(共感力)という言葉が注目されています。エンパシーとは、他人の気持ちを感じたり、考えを理解する能力です。現代社会でもっとも必要とされる資質の一つです。今回はこのエンパシー教育が様々な分野で重要視されている例をいくつかご紹介したいと思います。

●ビジネスリーダーとエンパシー
皆さんは、グローバルリーダーにとって重要な資質は何だと思いますか。スイス・IMD(ヨーロッパのトップランキングに位置付けられるビジネススクール)のドミニク・テュルパン学長は、好奇心が旺盛で、世界から学ぼうとする謙虚さがあり、他国の文化に対する高いエンパシーと他者への尊重とシンパシー(思いやり)を持つ人こそがグローバルリーダーとして最もふさわしい、と話されています。

リーダーシップに求められる力は時代とともに変わります。私がハーバードビジネススクールで学んだ1980年代後半には、まだ、リー・アイアコッカ氏のようなカリスマ的なリーダー像が主流でした。リーダーという言葉には、人々をけん引する力強い人というイメージがあり、一方、共感という言葉には力強さと無縁の響きを感じる方もいらっしゃると思います。しかし、今日、引退する時に、会社への期待値が下がり、株価の下がるカリスマ的経営者は優れたリーダーではないと言われています。リーダーシップ教育で、世界的に有名な組織センター・フォー・クリエイティブ・リーダーシップは、グローバル時代において、リーダーシップに重要な力は、エンパシー、つまり、多様性を尊重し、協働するチームを作る力であると述べています。

●創造性とエンパシー
世界中で、今、創造性を育む教育が盛んに行われています。U理論やデザイン思考など、さまざまな理論と方法論が開発されていますが、そこでも、鍵を握るのがエンパシーです。創造の目的は、社会や人のためになる何かを生み出すことです。そのためには、社会や人の求めていることを本当に理解しなければなりません。その理解には、エンパシーが欠かせないという訳です。インドでは、鍵のついていない冷蔵庫は売れないことを知らないで市場参入に失敗した日本の家電メーカーの話を聞いたことがあります。世界に暮らす人々を理解し、共感する力は、イノベーションのみならず、身近な商品開発にも、不可欠な力になっています。

●シチズンシップ教育とエンパシー
オランダのシチズンシップ教育「ピースフルスクール」は、学校を、子ども達のコミュニティと捉えて、民主的な社会の担い手になる実践練習を行うプログラムです。4月にその開発者、レオ・パオ氏と、カロリン・フェルフーフ氏に来日していただき、ワークショップと講演会を開きました。シチズンシップ教育の土台は、社会的・情緒的な発達です。そこには、自尊心や自分と繋がる力とともに、他者を理解し、共感する力が含まれています。多様な人々が安心して暮らせる社会の担い手になるためにも、エンパシーは欠かせない力なのです。

講演会の質疑応答で、いじめの問題が話題になりました。その際に、校長先生経験者のカロリンさんが、「いじめの傍観者がいる時、そこにはコミュニティは存在しません」と話されたのがとても印象的でした。子ども達のエンパシーを引き出すことができなければ、いじめの問題は解決しないことがわかりました。

日本社会においても、今後ますますエンパシーは重要になってくると思います。震災復興、格差問題、少子高齢化問題など、多様なステイクホルダーが存在する複雑な問題を解決する上でも、エンパシーは欠かせません。エンパシーがなければ、マイノリティの人々が安心して暮らせる民主的な社会を作ることができないからです。

●社会起業家とエンパシー
最近、社会問題の解決に取り組む社会起業家が、世界的に注目を集めています。その生みの親といわれているアショカ財団の創設者 ビル・ドレイトン氏は、社会起業家に必要な資質の一つにエンパシーを挙げています。

アショカ財団は、若者が日常で感じた違和感を解決するために、若者自らが活動を始めることを支援しています。この取り組みは、アショカ・ユースベンチャーと呼ばれ、1996年に本国アメリカで始まり、日本では2011年にスタートしました。「社会のために行動を起こしたい」という想いとアイディアを持つ12歳〜20歳の若者からプランを募り、選考された若者を「アショカ・ユースベンチャラー」として認定し、資金面・運営面の両方から1年間支援する仕組みです。ユースベンチャーは、「誰もが社会を変えるチェンジメーカーになれる」という、アショカ財団のビジョンを実現するための重要な取り組みです。この活動を通して若者はチェンジメーカーになるために最も必要な3つのスキル:エンパシー、チームワーク、リーダーシップを学びます。

アショカジャパンでは、今年から、ユースベンチャーの活動に加えて、エンパシーの大切さを世の中に広める活動を始めます。そのスタートとして、赤ちゃんからエンパシーを学ぶ教育プログラムを開発したメアリー・ゴードンが来日し、講演会やセミナーを開催する予定です。

メアリー・ゴードンの開発したルーツ・オブ・エンパシー(共感力育成プログラム)という活動を紹介しましょう。彼女がトロントの公立学校で教鞭をとっていた時、いじめと暴力の問題が発生しました。メアリーは、いじめの原因は共感できない子どもが急増していることにあると考え、事態をよく観察して分析し、斬新なアイディアを考えました。

それは、8カ月の間、毎月1回、1歳未満の乳幼児とお母さんを緑のブランケットを持って学校に来させることでした。教室では緑のブランケットに座った赤ちゃんが先生となり、子どもたちは、赤ちゃんが何を言おうとしているのか、そして何を感じているのかを観察し、理解しなければなりません。初回は、親に連れてこられた赤ちゃんとの顔合わせ。それからの8か月の間、子供達はこの赤ちゃんのめまぐるしい生育ぶりを見守ることになります。社会的偏見や固定観念のフィルターにさらされていない純粋無垢な感情の塊である赤ちゃんを通して、子供達は相手の気持ちや感情を探り、同化する能力を育んでいきます。最初は戸惑っていた子供達も、月日が経つにつれて、赤ちゃんが何を考えているのか、何が言いたいのかわかるようになりました。そして、赤ちゃんと一緒に過ごすというこの体験によって、いじめが著しく減少するという結果が出ました

メアリーが取り組んだのは、最初は幼稚園の二つのクラスでしたが、いまやカナダ全体の2000校以上で行われています。さらに、彼女のプログラムはオーストラリアやニュージーランドでも採用されはじめ、世界的な広がりを始めています。教室の子どもたちだけに止まらず、社会全体や教育システムを発展的に変えています。メアリーの編み出したこのシンプルで効果のあるプログラムで、子どもたちは共感することを学びます。そして、世界の責任ある市民として育っていくのです。
出典: How to raise changemakers (社会起業家の育て方) Diamond Harvard Business Review 2008年1月号、2007年度「五井平和賞」 ビル・ドレイトン氏受賞記念講演「市民が起こす大きなうねり」

ピースフルスクールとシチズンシップ教育

文部科学教育通信 No.315 2013-5-13に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る26をご紹介します。

国連児童基金(ユニセフ)が発表した先進国の子どもの幸福度ランキングで、オランダは再び、29カ国中のトップに選ばれました。

2011年にオランダの教育の秘密を探るために学校視察を行った際に紹介された「ピースフルスクール*1」に、私がすっかり魅了され、日本に導入したいと思った話は、以前にも書きました。この度、プログラムを日本に導入する準備がほぼ整いましたので、皆様へのご紹介を兼ねて、開発家のレオ・パウ氏、実践者のカロリン・フェルフーフ氏、オランダ教育専門家のリヒテルズ直子氏をお招きしてワークショップ(4月12-13日)及び講演会(4月16日)を開催いたしました。日本の教育問題、いじめ問題に関心をお持ちの学校の先生、教育委員会の方々、会社員、コンサルタント、学生、主婦など様々な立場の方々、総計130名の方々にご参加いただきました。ワークショップでは、オランダのシチズンシップ教育、開発の背景、プログラムの全体像の紹介のほか、カロリン氏により実際のレッスンの一部が披露され、参加者はプログラムを体験することができました。「大変、有意義な時間だった」、「ぜひ日本にも取り入れたい」という声が多数寄せられています。

本日は、ワークショップの中から、オランダでピースフルスクールが開発された背景とシチズンシップ教育の意義について、ご紹介させていただきたいと思います。

 

●プログラム開発の背景

レオ・パウ氏がピースフルスクールの開発に取り組み始めた1999年頃のオランダでは、子どもたちの規律のなさや、様々な問題行動が表面化し、それらの問題にどのように取り組めばよいか、教師自身が途方にくれている状況でした。大都市部の荒れた地区の学校では、教師のなり手を見つけることが困難で、青少年の犯罪や暴力的な行動も増えていました。人々は子どもたちの心にいったい何が起こっているのだろうと不安を感じるようになりました。

この背景には、オランダ社会の変化があります。1960年代以後、オランダ社会が繁栄し、福祉制度が大きく発達し、社会全体が豊かになるにつれ、個人主義が浸透してきました。人々は、お互いを強く必要とせず、自分の生き方を自分で決めることができるようになり、個人に対する教会や宗教の影響が縮小してきました。安い労働者としてモロッコやトルコからの移民が流入した結果、オランダに住む人々の構成が変わり、社会は多元化し、人々は共生するというよりも、隣にいてもお互いに相手に無関心に生きるようになりました。変化のもう一つの結果として、自分が欲しいものを手に入れ、規則に縛られることを望まない自己主張の強い市民が出現し、子どもたちの教育に大きな影響を与えるようになりました。家庭でも、学校でも、子どもたちの個人的な幸福や個別の発達に対して焦点が向けられるようになり、個人主義化した社会において、子どもたちの教育の責任が学校と保護者に重くのしかかるようになりました。

社会変容の結果、子どもたちは大切にされるようになり、自分が欲するものを何でも持つことができるようになったのですが、それに伴う負の部分も多く出現しました。与えられる自由が大きければ大きいほど、その自由をどう取り扱うかについての責任が求められます。子どもたちは、自制心を持ち、責任のある方法で行動することを学ばなくてはならないのですが、それを、いったい、どこで、誰から学べばよいのでしょうか。

 

●学校という共同体

こうした問題に対する解決策を求めて、合衆国に飛んだレオ・パウ氏は、一つのヒントを得ました。合衆国での研究によれば、子どもたちが、ある場所において自分の存在が重要なのだと感じられる時、問題は起こりにくくなるということがわかりました。もし子どもたちが、自分は、学校で歓迎される存在であり、一つの学校という共同体に属していると感じられるような学校に通っている場合、子どもたちの問題行動がずっと起きにくくなると言われています。

私たちは皆、誰かから必要とされる存在でありたいと思っています。自分がそこにいることで、世界はより良い場所になるのだという感覚を持ちたいとものですが、そういう観点から見てみると、今の学校は生徒にとってそのような場所になっていません。学校が、社会的結合性が多く生み出せる1つの共同体になれば、生徒たちの問題はより少なくなっていくはずです。

学校が生徒にとってそのような場所になれるよう、学校全体を変容させるための一つの完成度の高いプログラムが「ピースフルスクール」です。忙しい先生でも実践できるよう、段階を踏んで約2年間で学校を変容させることを狙いとした、一つの系統だったシチズンシップ教育プログラムです。

 

●ピースフルスクールが目指す民主的なシチズンシップ

「ピースフルスクール」はオランダのシチズンシップ教育の一貫として開発されていますが、そもそもシチズンシップ教育とは何でしょうか?

ユトレヒト大学の教授のミシャ・デ・ウィンター教授によれば、シチズンシップ教育には3つの段階があります。シチズンとして、①個人的な責任を負うこと、②参加的行動をとること、③社会的正義を守ること、の3段階です。①個人的な責任をとるとは、法や秩序を守るシチズンになることです。②参加的行動をとるとは、自分が一部となって共同体に参加することです。③社会的正義を守るとは、社会・政治・経済の現状に批判的になって変革のために努力することです。フードバンク*2の活動を例にとれば、①のシチズンはフードバンクに食糧を持っていく人、②はフードバンクの活動に参加する人、③はなぜフードバンクが必要なのかと考える人です。①単に個人の責任を果たすことは独裁政権下でもできることです。②もし社会全体のシステムが間違っていた場合には、参加すれば参加するほどシステムが悪い方向に強化されていってしまいます。民主的なシチズンシップを行うためには、そこに社会的正義が必要です。③社会的正義に照らして考えるとは批判的に、クリエイティブに、現存のシステムを外から客観的に見て、より良い社会への変革アイディアを生み出していく必要があります。オランダのシチズンシップ教育はこの③を目指しています。

シチズンシップ教育において最も大切なことは、どのような社会を実現する人を育てたいのか、ということです。シチズンとは何か?ということを考えた時、オランダでは、市民とは主権者・参政権を持つ人々であり、自由と責任の両方を持ちます。オランダ市民であることは、ヨーロッパ市民や世界市民であることと、同義であり、矛盾がなく、そのような市民を育てるためにシチズンシップ教育が行われています。残念ながら、日本では日本国民であることと、アジアや世界の市民であることが一致しているという実感を持つ人はあまりいないのではないでしょうか。

教育を行う一つの目的は、民主的なシチズンを育てることにあります。OECDの言葉を借りていえば、「教育とは単に個人の知識やスキルを増大することで個人をエンパワー(力を与える)のではなく、健全なライフスタイルとアクティブなシチズンになるための習慣や価値観、態度を向上させることで、個人をエンパワーする(力を与える)ものです」 

シチズンシップ教育は、これからの学校教育に重要な比重を占めてくると思います。 

*1 オランダで最も成功しているシチズンシップ教育のプログラムならびにその実践校のことで、10年以上の実績を持ち、全小学校のおよそ10%に当たる、約600校を超える学校で実践されています。

*2 包装の傷みなどで、品質に問題がないにもかかわらず市場で流通出来なくなった食品を、企業から寄附を受け生活困窮者などに配給する活動およびその活動を行う団体

 

キャリア開発最前線

文部科学教育通信 No.313 2013-4-8に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る25をご紹介します。

今、学校に通う子どもたちが成人する頃に、今ある仕事の6割はなくなっているというダイナミックな予測が、海外ではなされています。グローバル競争の時代、企業は持続的な成長を実現するために、絶え間ない進化を続けています。経済の変動、技術革新、少子・高齢化の進行、顧客ニーズの変化など企業を取り巻く様々な環境の変化に対し、職場環境も変化を続けています。スリム化や効率化により組織のフラット化が進んでおり、仕事のスピード、意思決定のプロセス、昇進昇格の機会など、様々な形で人の働き方に影響が出ています。激動の時代に、自分のキャリアを守り、フラット化する組織の中で、自己成長し続けることは困難なことです。その現実を直視し、自己のキャリア開発にどう取り組むかを教えているのが、ノベーションズ社*1の開発した「タレントディべロップメント」プログラムです。

「タレントディベロップメント」には、キャリア開発のためのたくさんのヒントと使いやすいフレームワークが盛り込まれています。その中で、最も重要な教えは、キャリア開発のイニシアティブは、自分にあり、自分でその機会を創造していかなければいけないという考え方です。上司や会社が何かをしてくれるのを待つという考え方ではなく、自ら、道を切り開いていくという考え方です。フレームワークを用いてそのいくつかをご紹介しましょう。

 

● 【フレームワーク1】貢献の4ステージ®

1960年頃、ハーバード・ビジネス・スクールのダルトン教授とトンプソン教授は2000人の技師を対象に組織への貢献度調査を行い、この結果を元に「貢献の4ステージ®」というフレームワークを開発しました。二人は、技師の貢献度が35歳頃までは上昇するのにそれ以降は退職まで徐々に下降すること、同じように貢献度が高くても、若い世代と中堅世代と後年世代では全く違った行動や役割を果たしていることを発見しました。対象者の行動を時間軸に沿って捉えると、4つの異なるステージがあり、このステージをきちんと「移行」することで、いつまでも貢献者であり続けられることがわかりました。(出典:「Novations:Strategies for Career Management, Gene Dalton, Paul Thompson, Novations Group 1993)

ステージ1: 指示監督下での貢献

新入社員を想像してください。上司や先輩の指示監督の下、責任のある仕事を遂行するステージです。転職や部署を移動した直後、自立できるまでの学習期間もこれに当たります。

ステージ2: 自立的な貢献

上司や先輩の指示監督を必要とせず、自立的に仕事ができる状態です。上司や先輩も安心して仕事が任せられる状態と判断し、当人も、1人で職務を全うすることに不安はありません。もちろん、全ての仕事がこの状態にあるとは限らず、ある仕事ではステージ2でも、別の仕事では、ステージ1の場合があります。

ステージ3: 他の人を通しての貢献

有能な一個人から他者を活用して成果を出すステージに「移行」します。部下や後輩だけでなく、同僚や他部署の人たちや顧客や提携先など組織の壁を越えた人たちとの協働が求められるステージです。有能な個人から、他者を通して成果を出す人へと「移行」するには、職務遂行能力だけでなく、対人関係能力、交渉力、リーダーシップなど多くの力を必要とします。

ステージ4: 戦略的な貢献

第4のステージは、経営者目線で物事を捉え、戦略的なレベルで組織にインパクトを出すことができる状態です。第3のステージに求められる力に加え、視野の広さ、戦略立案力、中・長期的な視点などが求められます。

変化の激しい時代には、あなたの価値は地位ではなく貢献度で決まります。このため、キャリア開発において重要なことは、常に貢献者でいられるように貢献の『仕方』を変えていくことです。

 

●【フレームワーク2】キャリア・ベスト

キャリア開発において、キャリアベストと呼ばれる仕事を手に入れることが重要です。キャリア・ベスト(Career Best)とは、能力(Talent)、情熱(Passion)、組織のニーズ(Organization)

の3つの要素が全て揃った仕事のことです。自分の能力に適していて、情熱が注げる仕事であり、組織にとっても重要な仕事のことを指します。組織のニーズに該当しなくても、自分の情熱を捧げられて、能力が発揮できれば十分、と考える人もいるかもしれませんが、どれだけ頑張っても、周囲に評価されず、感謝されることのない仕事から、本当の意味での達成感を得られることはありません。能力、情熱、組織のニーズの3つが揃った時、人は良い仕事をしているという実感を持ち、やりがいを感じ、より真剣に仕事に取り組むことになり、その結果、自己成長を遂げます。

しかし、組織や上司が常にこのような状態を用意してくれることを期待するのは現実的ではなく、プログラムでは、自らがこのような環境を手に入れるために計画的に行動することを教えます。

 

●【フレームワーク3】キャリア志向

仕事に対する個人の動機・価値観を説明するのに、キャリア志向という考え方を用います。キャリア志向とは生まれ持った志向ではなく、仕事の経験により確立していく志向です。職業体験を通して、自分なりの心地よさを見出していくもので、人生の節目などにおいて変化していくものと考えられます。プログラムでは、次の5つの志向に分類しています。

◎上昇志向(アドバンスメント)・・・影響力、インパクト、上昇を求める

◎安定志向(セキュリティ)・・・認知、安定した仕事、尊敬、組織からの忠誠を求める

◎自由志向(フリーダム)・・・自分の仕事を行う上で、最大限の自由裁量を得ることを求める

◎バランス志向(バランス)・・・仕事、人間関係と自己開発の有意義なバランスを求める。
夢中になりすぎる仕事や興味が持てない仕事は避ける

◎挑戦志向(チャレンジ)・・・興奮、冒険そして『先端を行く』機会を求める

 

キャリア志向は、人の有能さを表すものではありません。研修プログラムは、それぞれのキャリア志向の強みとともに潜在的な落とし穴にも目を向けるよう教えます。例えば、上昇志向の人は、大きな仕事に対して責任を持つことやリーダーシップを発揮することを厭わず、結果を出すために最善を尽くす一方で、自己中心的になり、孤立してしまう可能性があります。バランス志向の人は、仕事にエネルギーを注がないわけではなく、仕事以外のことに費やす時間を捻出するために、計画的に仕事を組み立て、効率的に仕事をこなします。安定志向の人は、リスクを取る挑戦的な仕事を好まない代わりに、組織に対する忠誠心が高く、企業理念を体現するよき先輩役を担うことができます。それぞれの良いところを活かし、弱点を克服することにより、自らの個性を最大化することができます。

誰もが同じ志向であることを求めるのではなく、多様な志向が存在することを理解し、尊重することで、個人のやりがいと組織の成果を結びつけるという考え方は、これからのキャリア開発において大変興味深いものです。

学校教育を終え、企業に入っても、人は成長し続けることを求められます。変化の激しい時代に、組織に貢献できない人は求められなくなるという厳しい時代でもあります。植木仁氏が、「サラリーマンほど気楽な商売はない・・」と歌った時代は、はるか遠い昔のことです。 自律的学習力、主体的に道を切り開く力を、大学を卒業するまでに身に付けておくために、学校に何ができるのかを考えていく必要があります。(2996字)

 

*1 現在、「タレントディベロップメント」は、ノベーションズ社の買収先のコーン・フェリー社(グローバルな大手のエグゼクティブ・サーチ会社)が所有するプログラムとなっています。この記事はプログラムの内容を参考に書いております。

スタンフォード大学から生まれたオンライン授業「コーセラ」

文部科学教育通信 No.311 2013-3-11に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る23をご紹介します。

スタンフォード大学から生まれたオンライン授業「コーセラ」が話題を呼んでいます。一流大学の講義を世界中どこからでも無料で受けられるという信じられない時代が到来しました。

米国スタンフォード大学のアンドリュー・ング、ダフニー・コラー両教授が立ち上げたこのオンライン授業には、同大学をはじめ、ミシガン大学、プリンストン大学、ペンシルバニア大学など米国の一流大学33校が参加しています。登録者数は250万人以上に上り、新たに東大を含む(2013年秋参加予定)29大学が参加を表明しています。

「コーセラ」の最大の特徴は、正規の学生が受けている大学の講義と同じ内容をオンラインにて無料で受講できる点です。講義は1週間単位で構成され、受講生は毎週、講義のポイントをまとめた動画と読み物で自主学習し、課題レポートを提出する、という流れになっています。

現在、開講されているのは、生物学、コンピューター、経済・財政学、音楽・映像学、医学や栄養学などの20領域、222講座にわたります。講座の例をあげると、「役に立つ遺伝子学」「グローバル課題解決のためのクリティカル・シンキング」「どうして心理学が必要か?」「世界の音楽を聴く」「肥満の経済学」など大人でももう一度勉強したいと思わせるような魅力的なテーマもたくさんあります。

 

このオンライン授業を始めるきっかけになったのが、スタンフォード大学の3つの人気授業です。一般公開したところ、それぞれ10万人以上が登録したそうです。例えば アンドリュー・ング准教授の人気授業「機械学習」は毎年400人以上が受講する授業ですが、同じことをスタンフォードの教室で教えようとすると250年教え続けなければなりません。そこで、クオリティの高い授業を可能な限り多くの人に届けることを可能にするために考えられたのが、オンライン学習「コーセラ」の始まりです。

190万人の学生が学ぶ「コーセラ」ですが、素晴らしいのは受講生の数ではなく、そこで学ぶ学生たちだと、コラー教授は言います。コラー教授のスピーチでは、「コーセラ」で学ぶ3人の事例があげられました。インドの村に住むアカシュは、スタンフォードの様なクオリティの授業に接する機会もお金もありません。二人の子どもを持つシングルマザーのジェニーは能力を磨き、大学に戻りたいと考えています。ライアンは、免疫不全の娘がいて家に雑菌を持ち込むリスクを回避するため、外出できません。最近ライアンから連絡があり、お嬢さんの病状がずっとよくなり、「コーセラ」で受けた授業をもとに仕事を得ることができるようになったそうです。

 

「コーセラ」は、受講生が自分のペースで無理なく学習が継続できるよう、講義用コンテンツにも工夫がこらされています。コンテンツを最初からオンライン向けにデザインすることで、1時間単位の授業をばらして、1つのコンセプトが8分~12分で分割して説明されています。学生はそれぞれの背景知識に応じて違う順序で教材を見ていくことができます。この方式を取ることで、全員に一律同じものを押し付ける従来のモデルをこわし、個人に合ったカリキュラムを組めるようになりました。また、学習内容を本当に理解したかどうかを確かめるために、学生に数分ごとに質問が投げかけられ、質問に答えられないと次に進めない仕組みになっています。

学習のためには、学生が出した答えが正しいか間違っているかを伝えるフィードバックが重要ですが、テクノロジーの進歩によって、様々なタイプの宿題の採点が可能です。選択肢式の問題だけではなく、数式や微分の問題、経営の授業での金融モデルや科学や工学の授業での物理モデル、複雑なプログラミング問題も採点できます。

人文、社会科学、経営学などの批判的思考力を見るような課題には、テクノロジーによる採点が適さないことから、学生同士の相互採点システムが採用されています。過去の経験から、学生による相互採点は教師による採点と非常に高い相関関係を示す効果的な採点方法だということがわかりました。この相互採点システムは学生に採点の体験から学ぶ機会を与える効果的な戦略です。

ネットワークを通じて、受講生同士が積極的にコミュニケーションをとれることが「コーセラ」の魅力の一つです。オンラインコミュニティでの学生同士の交流は実際の教室でのつながりよりも広くて深いものになっています。実際に毎週集まる地域限定での学習グループから他の文化圏の人との交流を望むユニバーサルな多文化の学習グループまでコミュニティは様々です。Q&Aフォーラムを通じて、わからないことや意見を求めれば、同じ授業を受講している他の学生から答えが返ってきます。世界中の学生の誰かが受講しているはずなので、およそ22分程度で返答が返ってくるのだそうです。

 

興味深いのは、このオンライン学習システムから、教師側が、人間の学習に関する様々なデータを得ていることです。何万と言う学生によるあらゆるクリック、宿題の提出、投稿データは、人間の学習に関する良い研究材料です。これらのデータを使って「効果的な優れた学習戦略とそうでないものは何か」という質問に対する根本的な答えを見つけることができます。これは生物学に革命をもたらしたのと同じ変化です。

例えば、アンドリュー・ング准教授の「機械学習」のオンライン講義では、ある課題に対し2000人の学生が同じ間違いをしたことから、この間違いを分析し原因を突き止めることにしました。現在では、この間違いに対して専用のフィードバックが用意され、学生を正解に導くことが可能となっています。これは、100人教室の授業で2人が間違ったのでは、見逃されていた問題かもしれません。

 

学習効果という点では、集団講義よりも個別学習が最も効果的です。学生全員に教師を割り当てることは不可能ですが、コンピューターやスマートフォンを提供することはできます。コンピューターは同じビデオを5回繰り返すことも同じ問題を繰り返し採点するのも厭いません。オンライン学習では、実際、習得度ベースの学習が実現され、個別学習と呼んでもいいほど効果の高い学習になっています。どこまで学習効果を高めることができるかが今後の挑戦となります。

コラー教授はまとめとして最高の教育を世界中の人に無償で提供できた時に起こることを、3つ述べています。

①   教育が基本的人権として確立されます・・・やる気と能力を持った世界中の誰もが自分や家族やコミュニティにより良い生活をもたらすために、必要なスキルを手にできる権利です。

②  生涯学習が可能になります・・・多くの人が高校や大学を卒業した時に学びをやめてしまうのは残念なことです。素晴らしい学習コンテンツが提供されることで、望む時にはいつでも新しいことを学び、視野を広げ、生活を変えることができます。

③  新たなイノベーションの波が生まれます・・・才能を持った人がどこにいるかわかりません。明日のアインシュタインや明日のスティーブ・ジョブズはアフリカの僻地の村にいるかもしれません。その人たちに教育を提供できたなら、彼らは次の大いなるアイデアを生み出し、全ての人のため、世界をより良い場所に変えてくれることでしょう。

 

5月には、米ハーバード大学とMITが協力してオンライン教育プログラムを拡充し、共同事業[edeX]を立ち上げる予定です。一流大学によるオンライン授業への進出はもはや一時的な流れではなくなっています。

*コーセラに興味をお持ちの方は動画 TED Talks ダフニー・コラー 「オンライン教育が教えてくれること」をご覧ください。

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