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オランダ教育視察(4) 新しい時代への教育 スティーブジョブズスクールの挑戦

文部科学教育通信 No.338 2014-4-28に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る(47)をご紹介します。

 

20142月中旬、先進的な教育の取り組みを視察するためにオランダを訪問しました。
5回にわたりオランダでの気付きと学びをお伝えしたいと思います。

初等教育の自由度が高いオランダで、20139月に”スティーブジョブズスクール”と呼ばれる学校が7校開校しました。この学校では、授業は全てi-Padで行い、子どもたちはそれぞれの理解レベルに合わせて勉強を進めています。

オランダ教育視察シリーズ第4回目である今回は、新しい時代の教育に挑戦する”スティーブジョブズスクール”についてご紹介いたします。

  

●合言葉はEducation for a new era!

2013年9月、”スティーブジョブズスクール”と呼ばれる学校が誕生しました。アップル社の共同創設者にちなんで名づけられていますが、運営母体はO4NTというオランダの非営利団体です。オランダではこのように、リスペクトしている対象の名前を学校につけることがあります。
この学校での授業は全てi-Padで行われています。子どもたちは、教科ごとに自分の理解レベルに合ったレッスンを選択し、勉強しています。i-Padはツールであり、端末を使用する目的はその子どもにあった学習を継続することです。様々なアプリを利用することで、子どもごとのマルチプルインテリジェンスにあった学びを提供することが可能となっています。
この学校では、それぞれの子どもが教科ごとに異なるレベルのレッスンを受けているため、学年分けやクラスルーム形式での一斉授業はなく、異学年で学習を行っています。すでにその単元の学習を完了している子どもが、理解に躓いている子どもに勉強を教えるといった、学び合い、教え合いが自然と生まれています。
学校は午前7時半から午後6時半まで開いており、午前10時半から午後3時までのコアタイムを守れば、いつ登下校しても良いという制度をとっています。
カリキュラムはオランダの文部科学省が定めた58の学習目標に基づいて定められていますが、子どもたちは教師の助言を受けながら、取り組む学習目標を自ら選び、自分のペースで課題をこなしています。そのため、小学生のうちからプランニングする力を身につけることもできます。選択する権利と責任があることも学べるのです。
また、この制度を導入しているため、一斉授業で頻繁に起こる既に理解している内容のレッスンを再度受けなければならないとか、理解できないままに授業を受けるといった、子どもたちの学習意欲を下げることにつながる状況が生じません。全ての時間が子どもたちにとって学びにつながる時間として使われていることが大きな特徴です。
この学校には子どもたちの進捗を把握するシステムがあるため、教師はいつでも手元の端末から、誰がどの授業を受けているのか、問題を何問解いたのか、正解した問題と間違った問題は何か、どれぐらいの時間をかけているのかを確認することができ、それをもとに子どもたちに助言やサポートを提供しています。また、データで進捗を管理できるため、保護者との面談でもより具体的な話をすることが可能になっています。

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子どもの声を受けとめ、学校の改善に取り組む先生の姿

今回私が訪問したのは、新設の学校ではなく、従来の教育が行われていた学校にこの制度を導入したスティーブジョブズスクールでした。
なぜこの制度を導入したのか、学校の先生に質問したところ、以下の回答がありました。
学校の子どもから、「先生は僕のできないところには目を向けるけれど、できるところは見てくれない」と言われたことがあります。その時、子どもたちのペースを大切にできていないこと、一人ひとりの成長を見逃していることに気が付きました。また、私たちが教えていることは過去のものであって、これから彼らが社会に出る上で必要となってくる未来のものではないことにも気が付きました。21世紀を幸せに生きる力を学校全体で教えられていないという事実を目の当たりにしたのです。そのような状況を改善するため、それぞれの子どもに合った進度で学習を進め、できるようになったところをしっかりと認め、褒めることができる環境をつくるスティーブジョブズスクールの制度を採用することを決めました。
この先生のお話を伺い、既存の体制を批判的にとらえ、子どもたちにとってより良いプログラムや制度を躊躇せずに取り入れることの大切さを実感しました。新しいことを始めようとすると、校内や保護者からの反対にあうこともあります。しかし、本当に子どもたちにとって何が必要なのかを突き詰めて考えていくと、その時に取るべき選択肢が見えてくるのだと思いました。そして、その考えや思いをきちんと伝え、お互いに理解することで、学校のフィロソフィーや文化に同意できるようになります。
また、スティーブジョブズスクールでは個別学習をベースに授業を行っているものの、教育は知識を高めるだけでなく、人とのコミュニケーションから学ぶものが多いという考えのもと、バーチャルな方法とフィジカルな方法とをバランスよく取り入れることも大切にされていることがわかりました。一斉授業はありませんが、25人の異学年からなるホームルームはあり、コーチと呼ばれる担任もいます。体育や音楽、芸術のレッスンを選択することもでき、異学年で協働しながら授業に取り組んでいます。全ての時間をi-Padと向き合って過ごしているわけではないのです。
子どもたちにとって何が必要なのか、どうすれば必要な学びを届けることができるのか。
この問いの答えを探し続けることが先生や保護者にとって重要であると再認識しました。

  

先生の在り方、学校と家庭との連携

私が訪問したスティーブジョブズスクールでは、コーチと呼ばれる先生とパートタイムの先生がいます。コーチは25人からなるホームルームの担任を担当していて、得意な科目の先生として子どもたちと関わります。一人の先生が全ての科目を担当することはなく、算数が得意な先生は算数のレッスンで躓いている子どもをサポートします。
パートタイムの先生は13人の子どもをサポートします。それ以上の人数を担当することはなく、13人をしっかりとサポートすることをミッションとして働いています。
このように、先生によって役割が異なり、先生が無理なく安心して働くことのできる環境を整備できていることも特徴です。
また、学校と家庭の連携にも力を入れています。先生と保護者が対話を重ねることで、保護者が学校のフィロソフィーや取り組みに賛同していることも連携のベースとなっています。6週間に一度、先生と保護者、子どもで、勉強の進捗を振り返り、これからの計画を考える機会があります。その場では、子どもごとの進捗を記録しているシステムを利用します。
発達段階における個別学習の機会を担保しながら、自ら計画を立て学習を進める力を身につけられるスティーブジョブズスクールの思想を学びました。日本の学校現場にも活かすことのできるポイントがたくさんあると思います。

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オランダ教育視察(3) 学校・地域・家庭の連携 子どもも大人も学習するピースフルコミュニティ

文部科学教育通信 No.336 2014-3-24に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る(46)をご紹介します。

 

近年、ピースフルスクールプログラム導入校での子どもたちや教師の変化が、家庭や地域社会にも良い影響を与えることが知られるようになりました。プログラム導入校の文化が校外にも広がり、子どもから大人まで様々な人達が学ぶコミュニティが生まれているのです。

ユトレヒト市では、70パーセントの小学校がピースフルスクールプログラムを実施していて、市内10地域のうち9地域がピースフルコミュニティとなっています。

オランダ教育視察シリーズ第3回目である今回は、子どもも大人も学習するピースフルコミュニティをご紹介いたします。

 

ピースフルコミュニティ

「一人の子どもを育てるには、村がひとつ必要である」

この言葉は、ピースフルコミュニティの概念を表しています。

子どもたちは、家庭や学校、地域社会といった複数の共同体で生活しているため、その全ての場所で同じことを繰り返し学んでいくことが、子どもの学習にとって大切であると考えられています。例えば、学校では「対立した時は、落ち着いて話し合いで解決しよう」と習っているにもかかわらず、家庭や地域社会でそれが体現できていないと、子どもたちは「本音と建て前は違うようだ」と思ってしまいます。そのため、子どもがかかわる全ての場所で一貫した学びの機会を作っていくことを目指したピースフルコミュニティが注目されています。

 

 ピースフルコミュニティができるまで

現在、ユトレヒト市中心に広がっているピースフルコミュニティですが、どのようにして学校から地域社会へと学びが広がっていったのでしょうか。

元々ピースフルスクールプログラムは、学校をひとつのコミュニティと捉え、先生と子どもたちが一緒に考え行動する、民主的な共同体を実現することを願って開発されました。そのため、子どもたちはコミュニケーションスキルといった知識を身につけるだけでなく、プログラムを通して安心安全な文化を自ら創ることができるようになります。

また、子どもは学校だけでなく家庭や地域などでも活動しているため、学校で学んだことを校外でも実践するようになります。例えば、家庭で夫婦喧嘩をしていると、’仲裁’を学んだ子どもが「私が仲裁しましょうか?」と保護者に話しかけることがあります。また、地域で大人同士の対立が起きた場合も、’赤い帽子’(自分の意見を押し通すスタイル)ではなく’黄色い帽子’(話し合いで解決するスタイル)で解決することが大切だと学んだ子どもが、「黄色い帽子をかぶって対立を解決した方が良いですよ」と大人に対してアドバイスすることもあります。

子どもが実践していることを大人が知らないでいると、学びが途絶えてしまう恐れがあります。「学校では対立を話し合いで解決することが大切だと習っているのに、大人の世界ではそうではない」と子どもが思ってしまっては、元の木阿弥です。

また、家庭や地域社会をより安心安全な場所にしていくことは、子どもたちが学習し続け、チャレンジできる環境を整えるという意味でも重要です。これらのニーズにより、大人もピースフルスクールプログラムから学ぶ必要性が高まりました。

まずは学校から近い共同体である学童保育やスポーツクラブでプログラム導入をはかり、’ビッグスクール’という形で校外でもプログラムの学びを実践する機会が生まれました。

その後、家庭や地域社会を含めたより広範囲のコミュニティで実践されるようになり、’ピースフルコミュニティ’が誕生しました。例えば、保護者や警察官向けのワークショップを開催し、子どもたちが学んでいるピースフルスクールプログラムのメソッドを大人たちも学んでいます。

 

 ピースフルコミュニティで行っていること

安心安全な場をみんなで創るため、学校関係者・保護者・ソーシャルワーカー・放課後プログラム(スポーツクラブなど)・デイケアセンター・市議会議員・警察官などが、共に様々な活動を行っています。

まず、お互いのことを理解していないと、些細なことでいさかいが起きてしまうため、お互いをよく知る機会を多く設けています。例えば、イスラム教の方は肌が接触することを好みません。しかし、イスラム教の文化や規範を知らない人からすると、握手を拒まれたことが悲しいと感じてしまいます。このような相手の文化背景への理解不足から対立が起きないように、どのような人がコミュニティに存在して、何を規範としているのか、どんな考えを持っているのか、といったことをお互いに理解し合うことを大切にしています。

また、どのようなコミュニティを創っていきたいのかという「共有ビジョン」を、コミュニティに属する人たちと共に考えます。その際、誰かを批判するのではなく、子どもたちにどんな大人に育ってほしいのか、そのためにどのようなコミュニティをつくるのか、どのような教育を行うのかを、「願い」としてお互いに共有します。

そして、子どもを含むコミュニティに属する人達で、その共有ビジョンがどの程度達成できているのかを確認します。もし課題があるとしたら、それはどのような課題なのか、解決のためにできることは何かを考え、解決のためにそれぞれが貢献します。

立場が異なる者同士で協働して安心安全な場を創り上げ、子どもも大人も共に学んでいるピースフルコミュニティから学ぶことは数多いと考えます。

 

 オープニングセレモニーの様子

オランダ訪問時に、新しいピースフルコミュニティのオープンセレモニーが開催され、我々日本からピースフルスクールを見学にきたメンバーも同席させていただきました。

セレモニーには、そのコミュニティを創る担い手である様々な立場の人が参加していました。

どのような思いで新しいコミュニティが出来たのか、コミュニティのコーディネーターであるペイトラさんがスピーチされた後、赤ちゃんが写った写真を参加者全員で見て、その赤ちゃんがどのような大人に育ってほしいのかを、参加者が発表し、誓いのサインをポスターに書いていきました。

学校関係者や保護者、市役所の方、警察官、スポーツクラブの方などが、それぞれの願いを共有し、お互いの思いを尊重している姿は、まさにピースフルスクールプログラムでの教えを体現していると感じました。このセレモニーに参加した子どもたちも、学校での学びが社会でも生かされていることを感じているようでした。

「一人の子どもを育てるには、村がひとつ必要である」

この概念を日本にも広めるため、活動を続けていきたいと思います。

オランダ教育視察(2) ピースフルスクール採用校での学び

文部科学教育通信 No.335 2014-3-10に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る(45)をご紹介します。



20142月中旬、先進的な教育の取り組みを視察するためにオランダを訪問しました。

5回にわたりオランダでの気付きと学びをお伝えしたいと思います。

第2回目である今回は、ピースフルスクール採用校であるマルクススコールを訪問した際の学びをご紹介いたします。

 

レッスンでの子どもたちの様子

211日にユトレヒトにあるマルクススコールを訪問しました。

この学校の教育方針は、以下です。

「全ての子どもたちに学ぶ意思があるという前提のもと、その力をより伸ばすための教育を行っている。社会の一員として貢献するために、集団生活の中で自分の価値と役割を見出すことができる子どもに育てる。」

ここでは、グループ7(小学5年生)のピースフルスクールのレッスンを見学させていただきました。レッスンは以下の構成で行われました。

  1. はじまりのゲーム

    子どもたちは二人組になり、質問の書かれた紙を持ちます。それぞれが質問に答えたら、二人は握手をして別れます。また新しい人とペアになり、それぞれが問いに答えます。クラスのお友達と積極的に関わることで、質問するスキル、質問に答えるスキル、人によって答えや意見が違うことを学びます。

  2. レッスンのアジェンダ共有

    子どもたちはレッスン内容や学ぶことを把握します。このアジェンダでレッスンが進むことに賛成かどうか、先生は子どもたちに確認します。

  3. レッスン

    今回のテーマは「対話を通して合意すること」でした。第45回写真.JPG
    4人グループに分かれ、「CITOテストの制度に賛成か、反対か」について、自分の意見を他のメンバーに伝え、対話を通してグループで一つの答えを出します。
    CITOテストとは全国共通学力試験のことで、オランダでは、毎年2月、政府教育評価機構CITOが小学6年生の子どもたちを対象にこのテストを実施します。テストの結果をふまえ、子どもたちは今後の進路を考えます。
    はじめに、自分の意見をまとめます。その際、先生や他のお友達の意見に左右されず、自分はどう思うのか、を大切にします。そして、その意見をグループのお友達に伝えます。伝える際は、良い・悪いだけでなく、なぜそう考えたのかという根拠となる理由も伝えます。ピースフルスクールでは、理由を伝えないと意見としてみなされません。
    私が見学していたのは、男子一人、女子三人のグループでした。その内、CITOテストに賛成であるのは男子一人と女子一人。残りの女子二人はテストに反対という意見でした。それぞれが自分の意見を伝えると、対話をはじめます。
    最初に、テストの制度に反対であるという意見を持っている女子が「せっかく長年勉強を頑張っているのに、たった一回のテストで進路を決められてしまうのはおかしいわ。緊張してしまうかもしれないし、体調が悪いことだってありえるもの。」と言いました。すると、テストに賛成であると答えた男子が、「そうだよね。僕も緊張してしまうから、テストは嫌だなと思うよ。」と言い、反対であるという意見に変えました。他の人の話を聞いて納得した場合、意見を変えることも自由です。
    10分間の対話を通して、このグループではテスト制度に反対である、という意見にまとまりました。レッスンの最後にそれぞれのグループがどの意見に落ち着いたのか、その理由はなぜかを発表します。6グループ中4グループがテスト制度に賛成、2グループが反対という意見でした。

  4. レッスンのまとめ

    子どもたちの様子をふまえて、先生が大切なポイントを共有します。意見を伝えるには根拠も伝えること、納得していないのに意見を変えることは良くないが納得したら意見を変えても良いこと、話し合いを通して合意形成できること、既存の制度やルールが本当に正しいのか考えること。これらの重要性を伝えていました。そして、子どもたちに対して、何を学んだのか、その学びをどのように活かすのか、といったリフレクションの問いも投げかけていました。

  5. おわりのゲーム

    ほめ言葉サークルというゲームでレッスンを終えます。
    まず、子どもたちは円になります。地球柄のボールを持った子どもは、クラスのお友達の素敵だと思うところを一つ発表して、そのお友達にボールを投げます。ボールをもらったお友達は、別のお友達の素敵なところを発表し、その人にボールを投げます。「いつも周りに優しく接していて素敵だと思うわ。」「走るのがとても早いのが素敵!」「色んな神様のことを大切にしていて、すごいと思うよ。」
    普段なかなか伝える機会のないことを、こういったアクティビティの中で伝えていきます。

1から5までのレッスンは約40分で終わりました。授業開始前よりも場の空気はあたたまり、子どもたちからは自信や前向きな力が伝わってきました。レッスンを見学して、子どもたちの自己肯定感や共感力が高まる理由がわかりました。

 

メディエーター(仲裁者)との対話

ピースフルスクールには、メディエーターと呼ばれる対立やけんかの仲裁を手伝う人がいます。メディエーターはグループ7、8(小学5、6年生)であることが多く、自ら立候補し、その資質が認められた場合にメディエーターとなるケースが多いです。

今回、この学校のメディエーターである子どもたちと対話する機会がありました。

先生からは、「ピースフルスクールを採用し、メディエーターという制度を導入したことで、校内の対立やけんかは大幅に減少した。今では、メディエーターが仲裁するまでに至らず、対立やけんかを子ども同士の話し合いで解決できることが多い。」と嬉しそうに報告してくれました。

仲裁をする上で難しいと感じることは何か、という質問に対して、「仲裁をすることは、対立している二人の意見をきちんと聞いて状況を把握すること、どちらかに加担するのではなくどちらの意見も尊重すること、対立している子どもが自ら解決策を導けるようにサポートすることなどが難しいが、とても勉強になる。」と一人のメディエーターが答えてくれました。また、日本でもこの制度が必要かどうかという問いに対して、「日本にもけんかやいじめがあると思うけれど、この制度を導入すると自分たちで問題を解決するようになるから、必要だと思う。」という意見を聞くこともできました。また、将来の夢は何かという質問では、人のために働きたいという理由で医者やエステティシャン、先生、といった職業があがりました。先生や保護者の望みに応えるために夢を語るのではなく、きちんと自分でなぜなりたいのか、どのような大人になりたいのかを語ることのできる子どもたちを目の前にして、子どもは幼稚な存在なのではなく、大人が幼稚な存在に仕立て上げてしまっているのだと感じました。確かにオランダと日本で異なることはたくさんありますが、オランダと日本では文化が違うから、日本の子どもたちには無理だ、といった考えは、日本人のメンタルモデル(偏見)であって、子どもたちの力を信じられていないのだと痛感しました。

今後ピースフルスクールを日本で展開する上で、今回の訪問での気付きや学びを活かしたいと考えております。

 

ピースフルスクールのウェブサイト:http://peacefulschool.kumahira.org/

 

マルチステークホルダーで教育の未来をつくる 未来教育会議

文部科学教育通信 No.333 2014-2-10に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る(43)をご紹介します。

 

2008年以降、世界では教育改革が猛スピードで進んでいます。

‘グローバル化”複雑化”相互依存性’がキーワードとなる新しい時代において、人々に求められる能力が従来とは異なるということがその背景にあります。

教育を改革するために、教育現場、企業、行政、NPO/NGOといった様々な立場にいる人々がそれぞれ教育や社会のあり方について議論しています。しかし、皆望んでいることや願っていることを突き詰めると非常に近いことを思っているにもかかわらず、立場や所属が違うがゆえになかなか協働することができずにいます。

そのため、時間をかけているにもかかわらず、学校教育と社会全体の連携がうまくとれておらず、飛躍的に教育改革が進んでいるという実感はありません。

このような状況を解決し、より良い未来に全員で向かっていけるよう、株式会社博報堂をはじめとする企業の方々と共に、マルチステークホルダーからなる多様な人々と未来について話し合い、より良い教育、より良い社会を実現することを目的とした「未来教育会議」を立ち上げました。

今回は、未来教育会議立ち上げの背景を追いながらその魅力をお伝えいたします。

 

未来教育会議とは

 未来の社会、未来の人、未来の教育のあり方を、多様なマルチステークホルダーで共に考え、共に豊かな現実を創造していくためのプロジェクトです。

急速にパラダイムシフトする社会の中では、教育のあり方と社会のあり方を同時に進化させることが大事です。この二つを別のこととして捉え、それぞれにおいて議論していては、子どもたちが受ける教育と社会において必要とされる力が大きくずれてしまう恐れがあります。実際、社会で必要とされるコラボレーション力やリーダーシップ、課題解決力などは、学校教育で教えていません。教育現場と社会に大きな隔たりがあることがわかります。

そこで、様々な立場の人と一緒に、私たちが創るべき未来の社会の姿とはどのようなものか、そこで生きる人々はどのような力を持っているのか、そのような人びとを育てるための教育はどのようなものか、といった論点で話し合って共有ビジョンをつくり、そのビジョンに向かってそれぞれの立場で前進することが必要であると考えています。

学校、家庭、企業、地域が共に連携して、豊かな未来の実現に向けたアクションを創造できるよう、未来教育会議は活動を始めています。

それでは、このプロジェクトを立ち上げた背景はどのようなものだったのでしょうか。

 

シフト化する社会と価値観

大きな時代のシフトの中で、社会システムとその社会を支える人の価値観も変容しています。20世紀に重視されていた’効率”画一性”確実性”規制”使い捨て’といった価値観は、21世紀の今では’効果”創造性”不確実性”開放”循環’に変化しています。

子どもたちが大人になった時、複雑化した課題を解決し、イノベーションを起こすために創造性や国境を越えた思考を求められるのにもかかわらず、いまだに教育現場は画一性や国内完結の思考から抜け出せていません。テストや入試の在り方も、いかに短時間で間違いなく高得点があげられるかが重視されています。そのため、子どもたちは小さな頃から自由に発想したり、コラボレーションすることよりも、一問一答式の問題をいかに早く、正確に解けるようになるかを繰り返し練習する傾向にあるのです。

高度経済成長期であれば、こういった効率や画一性を重視するやり方が合っていたのかもしれませんが、現代において本当にこのままで良いのでしょうか。

このような現実と向き合い、学校教育の領域の外にある知慧や経験を教育に取り入れる必要があると考えています。

 

現代の教育が抱える問題点現代の教育が抱える問題点

 大きく時代が変化する中、教育が迷走していることはお伝えしましたが、もう一つ残念な現象があります。

子どものことを思う大人たちの善意と懸命の頑張りが、結果として子どもたちを苦しめるという悪循環を生んでいることです。

どうしてこのようなことが起きているのか、システム図を書いて分析しました。

目指す社会のイメージが立場によって異なるため、課題に対して個別の対処療法をとっています。そうすることで教育現場への指示や圧力が増すため、現場に対する負荷が増加します。教育システムはますます複雑化し、教員や子どもに対する負荷が拡大します。結果として、子どもたちの本来の力である主体性や創造性の開花が損なわれてしまいます。

最初は個別の課題を解決するために善意で始まったにもかかわらず、最終的に教員や子どもたちといった教育現場に対する圧力となってしまっているケースが多いことをふまえ、部分最適を求めるのではなく全体で考えて動くために、マルチステークホルダーで教育の未来や社会の未来について話し合い、共有ビジョンを打ち出すことが必要であると考えています。

 

未来教育会議で私たちができること

 それでは、未来教育会議で何ができるのでしょうか。未来教育会議のあり方.png

もともと未来教育会議は株式会社博報堂が開発した「bemo(ベモ)」という手法を用いて立ち上がりました。bemoとは、様々なステークホルダーと一台のバスに乗り込み、「旅」をしながらリサーチをし、「システム全体」を見据えて、そこから解決策や未来へのアクションを創造していく手法を指します。

bemoの魅力は、多様な人々との話し合いや、様々な現場を実際に見ることで、自分たちに一番適した行先を決めることにあると思います。

そのため、未来教育会議が何かを必ず行うといったことは名言できないのですが、そこを参加する人々と一緒に考えていくことができます。

この活動の皮切りとして、2014316日(日)にキックオフシンポジウムを開催する予定です。シンポジウムでは、平田オリザ先生や米倉誠一郎先生をはじめ、高校生や大学生といった若者、新しい教育にチャレンジしている教育現場の方、企業の方によるスピーチを聞き、参加者も「私たちが目指す未来の社会とは」というテーマでダイアログ(対話)をします。誰かを責めたり、何かのせいにするのではなく、未来を見つめて「願い」について話し合う機会としたいと考えています。そして、その話し合いを通して、これからの道筋が見えてくることを信じています。

ぜひこの活動にご興味のある方は、こちらのサイトをご覧ください。

URL:http://miraikk.jp/

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オランダ教育視察(1) ピースフルスクールとピースフルコミュニティ

文部科学教育通信 No.334 2014-2-24に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る(44)をご紹介します。


20142月中旬、ピースフルスクール、ピースフルコミュニティ、スティーブジョブズスクールといった今注目されている新しい教育を視察するためにオランダを訪問しました。

今回から5回にわたり、オランダでの気付きと学びをお伝えしたいと思います。

第1回目は、ピースフルスクールとピースフルコミュニティについてご紹介いたします。

 

ピースフルスクールとピースフルコミュニティ

ピースフルスクールとは、建設的に議論して意思決定する習慣を学ぶことと、コンフリクト(対立)を子ども自身で解決することを軸にした教育プログラムであり、民主的な社会の担い手となる平和な社会を構築する力をもつ人を育てます。

このプログラムを採用している学校で学んでいる子どもたちは、自分の意見を持つこと、その意見を相手にきちんと伝えること、相手の話をよく聞くこと、自分の感情を認識すること、相手の立場に立って物事を考えること、対立は意見が異なることが原因で起きるので悪いものではないと理解すること、対立をケンカやいじめに発展させるのではなく話し合いで解決すること、多様性を尊重すること、といった幸せに生きるために必要な力を身につけています。誰かからの指示でしか行動できないソルジャーではなく、自分の頭で考え、答えを導く人になります。 

このプログラムは、1999年、学校風土や教室の雰囲気を改善することを目標に、オランダのエデュニク社が、ユトレヒト大学のミシャ・デ・ウィンター教授の協力のもと、学校教育として開発されました。当時のオランダも今の日本と同様に、学級崩壊やいじめの問題を抱えていたのです。また、オランダ国内に移民が増えたため、共存し共生する力を身につけなくてはコミュニティが崩壊してしまう危機にも直面していました。開発者であるレオ・パウ氏は、当時のオランダは民主主義が姿を消し始めていた、と表現されていました。

プログラム開発後、最初の一校に導入する際に、2年間の教員のトレーニングを行ったそうです。このトレーニングでは、教員はピースフルスクールで子どもたちに教えることを学ぶだけではなく、子どもたちがどういう人間に育ってほしいのか、学校をどのようなコミュニティにしたいのか、どういった社会を実現したいのかといったことを何度も対話をとおして考えます。このプログラムの成功の鍵は、ピースフルスクールを学校文化として根付かせ、あらゆる場面で学習することにあります。そのため、教員全員がこのプログラムの本質を理解し、自らがロールモデルとなり、学習者となる必要があります。

その後、ピースフルスクールを導入する学校が増え、現在では、オランダ全土で700校以上の学校が採用しています。また、導入から10年以上経った今では、学校の文化としてこのプログラムが完全に根付いています。子どもたちは、単なるレッスンを受けるだけでなく、学校のあらゆる場面で学ぶことができるのです。

ピースフルスクールが教えていることは、子どもだけでなく大人にとっても必要な学習であるため、今では学校教育にとどまらず、地域社会におけるコミュニティ教育としても広がりをみせており、ピースフルコミュニティと呼ばれています。また、学校で子どもたちがこのプログラムを学び、体現できるようになると、学校以外の場所(家庭や地域の活動、登下校の道など)でもプログラムの学びを実践します。そのため、大人もこのプログラムを学ぶことができるようにと、保護者や様々な職業に就いている大人対象のワークショップが開発されています。 

日本では、学校・地域・家庭は分断して語られることが多いですが、子どもは学校だけでなく、地域や家庭でも活動しているので、一貫して学べる環境を整えることが大切です。家庭や地域社会は学校を批判するのではなく、理解して支えます。学校での子どもの成長は、家庭や地域社会に良い影響を与えます。国全体が子どもたちに大きな関心を向け、学びが循環している安心できる環境で、子どもたちは育てられるのです。

このように年々広がりを見せているピースフルスクールでは、何を教えているのでしょうか。

 

5つの学習目標とベースとなる2つの力オランダ教育視察①.JPG

ピースフルスクールには5つの学習目標があります。

  1. 建設的に議論して意思決定する習慣を学ぶ
  2. コンフリクト(対立)を自分で解決する
  3. 社会の一員としての責任感を持つ
  4. 他者を思いやり、多様性を尊重する
  5. 社会の仕組みの中での自分の役割を知る

オランダ教育視察②.JPG子どもたちは、この学習目標に向かって設計された6つのユニットを各学年で学習しています。ひとつのユニットは、5~10レッスンで構成され、各レッスンには、「自分の意見を持つこと」や「感情を認識すること」といった具体的なゴールがとりあげられています。

また、これら5つの学習目標のベースとなる2つの力があります。

  1. リフレクション(内省)と学習
  2. エンパシー(共感)

子どもたちは自らを内省するため、成功からも失敗からも学ぶことが出来ます。そしてその内省を通して気付いたことや学んだことを次に活かすことが出来ます。

また、エンパシーを高めることで、他者の感情を理解し寄り添うことができるようになります。

このように、ピースフルスクールは心の成長に大きく影響しますが、学力の向上にも大きく寄与しています。子どもたちはプログラムを通して自ら安心できる環境をつくることで、勉強や課外学習に力を注ぐことができるのです。

それでは、学校で行っているレッスンを具体的に説明しましょう。

 

ピースフルスクールのレッスン

ピースフルスクールでは、5つの学習目標に応じたプログラムを、各学年で繰り返し学習します。小さなステップを反復して練習することで、社会に出るまでに、ベースとなる力と学習目標を自然と身につけることができるのです。 

学習目標のひとつである、「建設的に議論して意思決定する習慣を学ぶ」に関するレッスンをご紹介します。このプログラムでは、いきなり建設的な議論の仕方や、民主的な意思決定の方法を教えません。それらの前提となる力を身につけることを重視します。例えば、建設的な議論をするためには、まず、自分の意見をしっかり持つことが重要です。ある事柄について、自分はどのような意見をもつのか。また、他の人はどのような意見を持っているのかをさまざまなアクティビティを通して理解します。自分の意見を持てるようになり、相手の意見にも落ち着いて耳を傾けることができるようになったら、何らかの意思決定をするために議論をします。意見を持って議論に参加することで、例え自分の思いが意思決定に直接反映されなかったとしても、決定したことに対しては責任を持って行動できるようになるのです。このように、「建設的に議論して意思決定する習慣を学ぶ」という学習目標に対して、数多くのステップを重ねていきます。

次回は、ピースフルスクール採用校での子どもたち、先生の様子をお伝えいたします。

ピースフルスクールのウェブサイト: http://peacefulschool.kumahira.org/

 

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未来を切り開くアントレプレナー ライフイズテック(Life is Tech!)の挑戦

文部科学教育通信 No.332 2014-1-27に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る(42)をご紹介します。

21世紀という複雑かつ難解な問題が山積する時代において、今までにない仕事を生み出し、新しいスタイルで働いている若者の姿が目立つようになりました。また、その仕事は単純なお金儲けのためだけではなく、社会における様々な問題を解決することに通じているケースが多いです。今回は、アントレプレナー(起業家)とその力について学ぶ機会としたいと思います。

 

アントレプレナー

今までにない仕事を生み出しているアントレプレナーとは、どのようなことを行っているのでしょうか。アントレプレナーを多く生み出しているアメリカで、起業に関するノウハウ本が多く出版されています。その中の一つRobert Toru Kiyosakiの著書『Rich Dad’s Before You Quit Your Job』に、以下のようなことが書かれています。

「起業とは、パラシュートが開くかどうかわからないのに、飛行機から飛び降り、下降しながらパラシュートを開くようなもの。パラシュートが開かなければ、地面に衝突し、跳ね上がる。」このように、アントレプレナーは正解だとわかってから動き出すのではなく、動き出してから出来事を振り返り、より良い方向へ走り続けるというリスクを取ります。

リスクを取って動き始めると、上手くいくこともあれば、困難な状況に陥ることもありますが、彼らは小さな成功で満足したり、壁を乗り越えるのを諦めてしまうのではなく、ビジョンを達成するために、創造的問題解決に取り組みます。

とても大変そうと思われる方もいるかもしれませんが、アントレプレナー本人は、そのことを大変だとは思っていません。夢や目標を実現することの方に夢中なため、大変さよりも、実現欲求の方が勝っているというのが、より正しい表現かもしれません。苦悩よりも、夢の方が、心の中で占める割合が多いのです。

アントレプレナーは自己マスタリー(自分が「どのようにありたいのか」、「何をつくり出したいのか」について明確なビジョンを持ちながら、ビジョンと現実との間の緊張関係を創造的な力に変えて、内発的な同期を築くプロセスのこと。)を持っています。Appleの生みの親であるスティーブ・ジョブズは、「フォルクスワーゲンのようなPCがほしい!」という強い願いを持っていました。DELLの創設者であるマイケル・デルは、「IBMに勝ちたい!」と強く願っていました。ジョブズもデルも、どちらも素晴らしいアントレプレナーですが、ジョブズにはデルのように安価なPCを大量生産することはできないですし、デルにはジョブズのような美しいデザインのPCをつくることはできません。これは、能力的にできないのではなく、自己マスタリーが異なっているためです。このように、アントレプレナーはどのような世界をつくり出したいのか、何を生み出したいのかという明確なビジョンを持ち、対象に対して多大なエネルギーを注ぎながら、自己マスタリーに忠実に生きているのです。

 

今までにない仕事を生み出すために必要な力

それでは、アントレプレナーの「今までにない仕事を生み出す力」とは具体的にどのような力を指すのでしょうか。

私は、大きく3つの力が必要だと考えています。

 ①リフレクション(内省)力

率先して行動を起こし、その結果を振り返り、ビジョンや目標に向かうより良い方法を探し続けるアントレプレナーは、学習者そのものです。

学習し続けるという行為において重要なのは、新たな知識を増やすだけでなく、自らの行動や思考を内省することです。この内省も、ただ闇雲に振り返るのではなく、ビジョンやありたい姿と比較して現状がどうなのか、何を行えば目標に違づけるのかを考えることが大切です。

 ②コラボレーション力

新しい仕事を生み出す時に、自分と似た思考、経験を持っている人とだけ関わるのではなく、様々な考え方や経験をもった多様な人々と協力することが大切です。

目標を達成するために、どのようなメンバーのいるチームをつくるべきかを考え、多様な人々から学び、自分一人では考えつかないアイデアを出せることがアントレプレナーには必要です。 

③創造的問題解決力

前述した通り、新たなことに挑戦する時、前例のないことに挑戦する時には、実現に向けたステップは、どこにも存在しません。自分で、ステップを創るしかないのです。現状と有りたい姿とのギャップを埋めるために、解決策を創造することが大切です。システム思考やクリティカル思考など、さまざまな思考法が、創造的問題解決を支援するために用意されています。

 

日本のアントレプレナー ライフイズテック(Life is Tech!)の挑戦

日本にも素晴らしいアントレプレナーはたくさんいます。その中でも、ITの分野において新たなムーブメントをつくっているのがライフイズテックです。Life is Tech!1.JPGのサムネイル画像Life is Tech!2.jpg

ライフイズテックは、ITに興味を持つ人口を増やし、日本からもジョブズやデルのようなIT業界のスターを生み出すために、「中高生のためのプログラミング・ITキャンプ」といったアプリケーションやプログラミングに触れる機会を提供しています。

創設者である水野雄介氏は、「子どもひとりひとりが持つ可能性を、最大限伸ばせる社会をつくりたい。」と願い、ライフイズテックを立ち上げました。

水野氏はライフイズテック立ち上げ前に「野球だとイチローのようなスター選手がいるが、ITの分野だと日本にはスターはいない。なぜだろう?」と考えたそうです。考えをすすめていくと、野球は子どもの頃からクラブ活動などで取り組んでいる人が多いことに対して、プログラミングやアプリケーションの作成は大学で専攻しなければ触れる機会がほぼないということに気付きました。野球のように、プログラミングやITに対しても子どもの頃から慣れ親しむことができると、子どもの可能性を広げることができると水野氏は語ります。

ライフイズテックが開催するプログラミング・ITキャンプの参加者は年々増加しています。増加の要因は、子どもの頃からプログラミングを学ぶ機会の重要さに保護者が気付きはじめたということだけでなく、キャンプに参加する子どもたちの成長が他の子どもたちを惹きつけていることも大切なポイントになっています。

キャンプに参加する子どもたちは、様々な視点でどのようなアプリを開発すると良いか考え、他の子どもや大学生のインストラクターと共に学び、時に協力し、時に競いながら学習のサイクルを回します。キャンプに参加した子どもたちは、プログラミングの技術だけでなく、課題解決力やリーダーシップを身につけることもできます。このような力を身につけた子どもたちが、新たな時代を担うアントレプレナーとなっていくのだろうと考えています。

 

全ての方がアントレプレナーになることは難しいと思いますが、どのような場所においても、アントレプレナーの持つ力を意識して活動することが21世紀を幸せにいきるために必要であると考えます。

未来をつくるリーダーになるワークショップ 海陽学園での取り組み

先日、愛知県蒲郡市の海陽学園で高校生を対象としたリーダーシップワークショップを開催いたしました。
自己マスタリー(自分が「どのようにありたいのか」、「何を作り出したいのか」について明確なビジョンを持ちながら、ビジョンと現実との間の緊張関係を創造的な力に変えて、内発的な同期を築くプロセスのこと。)に忠実に生き、周囲の人を上手に巻き込み、主体的に自らの人生を切り開いていく力を中高校生のうちに身につけることが、未来をつくるリーダーになる第一歩です。
終日ワークショップを行い、私も生徒や先生方からたくさんの気づきと学びをいただきました。

今回は、ワークショップの様子とそこでの学びをご紹介いたします。

 

海陽学園について

「将来の日本を牽引する、明るく希望に満ちた人材の育成」という建学の精神を掲げ、平成18年に設立された全寮制学校(ボーディングスクール)です。ウェブサイトには、「ここはリーダーの出発点。そして、社会への入口。」という文言が書かれており、まさに21世紀のリーダーを養成し、世の中に送り出す役割を担う学校であると言えます。
全寮制であるため、生徒はハウスと呼ばれる寮で生活します。ハウスには、ハウスマスターと呼ばれるベテランの先生が常駐していて、日々の生活や将来のことまで様々な面で生徒の相談に乗り、成長を全面的にサポートしています。また、日本を代表する各分野の企業から派遣されたフロアマスターと呼ばれる社会人の先輩も常駐しているため、生徒は身近な大人との交流を日常的に経験することができます。

私が訪問した際、フロアマスターが生徒達にコーチングを行っているところを見学させていただきました。生徒達は、将来やりたいことを中心に、なぜそれをやりたいのか、自分の強みや弱みは何かなど、真剣に語り合っていました。フロアマスターと生徒達も打ち解けあっており、具体的な質問やフィードバックが行われていることに驚きました。日頃、ハウスでの活動を通してこうした経験を積めるのは、自分のリーダーシップを磨く良い機会になると思います。

 

リーダーシップワークショップについて海陽学園ワークショップ

リーダーの土台を日常で身につけている生徒に、より体系だったリーダーシップを学ぶ機会を提供したいと願うハウスマスターの先生にお声をかけていただき、今回このワークショップを開催することになりました。

参加を希望する生徒から事前にエントリーシートを集め、面談を実施していただきました。エントリーシートには、今までのリーダーの経験をもとに、気づいたことや失敗から学んだことがぎっしりと書かれており、参加する生徒の望みや課題を知ることが出来て良かったです。

ワークショップに先立って、「ライフライン」という、今までの人生を振り返ってどのような時にモチベーションが上下したかを記したグラフを作成してもらいました。

当日は、以下のアジェンダにそってワークショップを実施しました。

  1. アイスブレイク(自己紹介)その日の気持ちを表す写真を一枚選び、他のメンバーになぜその写真を選んだのか、また、その写真が自分に「リーダーシップとは何か」問いかけていると思うかを共有します。
  2. リーダーの物語自己マスタリーに忠実に生き、対話を通して共感者をつくり、共有ビジョンに向かってPDCAサイクル(Plan-Do-Check-Actサイクル)を回し、失敗からも成功からも学習し続け、課題にぶつかった時は創造的問題解決を行うリーダーの物語を共有します。メンタルモデル(物の見方、色眼鏡)や自己マスタリーといった大切なキーワードを説明し、理解を深めます。
  3. 学習する組織のリーダーに必要な力私たちが目指すリーダーは、「一人のリーダー」や「偉大な戦略家」ではなく、起こりうる最良の未来を実現するために、能力と気づきの状態を高め続けることのできるリーダーであることを共有します。学習する組織のリーダーは、自己マスタリーを持っていて、共有ビジョンに向かって進んでおり、メンタルモデルに縛られずに様々な人や出来事から学び、個人だけでなくチームでの学習を進め、部分にとらわれずシステムで物事を考えることのできるリーダーのことです。
  4. 自己マスタリーの探求事前に作成してきた「ライフライン」をもとに、ペアになって自分がどのような時にモチベーションが上がるか、何をしている時に充実していると感じるかなどを話し合い、自己マスタリーを探求します。

    また、「ビジネスモデル・キャンバス」を作成し、自分のキーパートナーや他の人に与えられる価値などを洗い出します。そのキャンバスをもとに、これから何を行えば良いかを考えます。

    ライフラインとキャンバスを参考に、「目的宣言文」を作成します。目的宣言文は、活動・人・支援というグループに分けて、最も楽しみながら注力できる活動は何か、一緒に時間を過ごしたい人は誰か、どのように人を助けているか、また具体的にどのように役立っているかを考えます。

  5. チームビルディング学習する組織のリーダーは、単独で行動するのではなくチームで活動し学習します。その際に必要なチームビルディングの方法や文化の作り方を学びます。また、良いチームをつくるためにはダイアログ(対話)をすることが必要になるため、話すことと聞くことのポイントも学び、実践します。
  6. 共有ビジョンとアクションプラン共有ビジョンの原点は一人ひとりの思い(願い)であること、その思いがダイアログを通して一つになる時に大きな力を持つ共有ビジョンが生まれることを学びます。

    また、生徒達は自身の短期的ゴールとその評価軸、主なアクションとアクションの結果(成功の評価軸)を考えます。

  7. リフレクション(内省)本日のワークショップを通して気づいたことや学んだことを振り返ります。

 

参加された生徒さん、フロアマスターの方からは以下の感想をいただきました。

・ 生徒1

リーダーシップワークショップという名称のもと、私は興味を惹かれて参加しましたが、リーダーシップについての様々な考え方とともに、自分を追求する新たな方法も同時に学ぶことができ、一番知っているようで知らない自分を追求することの大切さを改めて実感しました。

・ 生徒2

ワークショップでは頭の中でもやもやしていたことが晴れ、整理されたのですごく良かったです。自分のことを話し、それについて意見を言ってもらうことで、自分のこともわかっていき、自信を持てるようになった気がします。リーダーシップの説明では自分の課題がよく分かり、次からはどうすればいいかという希望も持てました。

・ フロアマスター

自分自身について深く考える時間を作ることが出来たと思います。特に2段階のワークを行なうことでより深く自分自身を知ることが出来たと思います。具体的にはライフラインシートを作る際に自分自身で振り返り、それをワークショップで共有化することで、他者からも多くの気づきを得られたと思っています。自分のことを知ることが、他者との関わりを深めていく出発点だと改めて感じましたので、今度も定期的に自分自身について考える時間を作っていきたいと思います。

 

今までを振り返り、自分の強みやもっと伸ばしていけるところを認識し、今後どのようなことに従事したいかを考え、そのために必要なリーダーシップを身につけるために何ができるかを考える機会となったと思います。

より多くの人が学習する組織のリーダーとなることを、わたしたちはこれからも応援し続けます。

 

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タブレットを用いた反転授業 佐賀県武雄市の取り組み

文部科学教育通信 No.330 2013-12-23に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る(40)をご紹介します。

 

先日、佐賀県武雄市の公立小学校で実施されている「タブレットを用いた反転授業」の公開授業を見学してきました。

子どもたちの「明日の授業、楽しみ!」という声や、授業中にまったく途切れることのない集中力に大変驚きました。
また、反転授業の醍醐味である「話し合いによる学びあい」といった21世紀の学校教育の様子を実際に見ることができ、多くの気付きや学びがありましたので、ご紹介します。

なお、細かな文言は武雄市で用いられているものと異なる場合がございます。

 

タブレットを用いた反転授業

タブレットを用いた反転授業とは、どのような授業を行うのでしょうか。20131121_武雄市反転授業3.JPG
授業前の準備、授業中、授業後に分けてポイントを示しました。

 ■ 授業前の準備

  <子ども>

タブレットを用いて次の授業に関する動画コンテンツを見る+手を動かして問題を解くという、二つの事前学習(予習)を行う。

 <先生>

集計システムを利用して子どもたちが事前学習で行った小テストの結果と感想を確認し、授業前に子どもたちの理解の度合いや苦手箇所を把握する。その情報を元に、授業をデザインする。

20131121_武雄市反転授業2.JPG

 <保護者>

子どもと一緒に動画コンテンツを見て、子どもたちがどのようなことを学習しているかを具体的に知る。

■ 授業中

 <子ども>

  • 事前に自分はどこがわからないかを把握しているため、意欲的に授業に臨める。
  • 「一人で考える時間」や「話し合いで学びあう時間」といった変化に飛んだ授業に、集中力が途切れることなく参加できる。

 

 <先生>

  • 従来の黒板や教科書、ドリルといった教材に加え、電子黒板・タブレットを駆使して授業を行う(*)。
  • 子どもそれぞれの進度に合わせた指導を行うことができる(躓いてしまった子どもをフォローし、理解が進んでいる子どもには更に理解を深める問題にチャレンジするように促す)。
  • 「子ども同士の話し合いによる学びあい」を聞いて、子どもたちが本当に理解しているのかをその場で確認できる。
  • 授業の最後に集計システムを用いて、子どもたちが授業中に行った確認問題や授業に対するアンケート結果を集計する。クラス全体の理解度や授業に対する子どもの意見を知り、授業後にリフレクション(内省)して、次の授業に活かすことができる。

 

■ 授業後

 <子ども>

  • 気になる箇所の動画コンテンツをもう一度見て(復習)、再度理解を深める。
  • 達成度テストを受けて、本当に理解できているかを確認する。

 

<先生>

  • 宿題の集計などをシステムで管理し、丸付けや点数入力といった作業に割く時間を減らすことができる。

 

今後改善することのできる課題点

子どもたちの学習意欲を向上し、主体的に学ぶことを促進する反転授業を、より多くの子どもが経験できるようになることが望ましいです。
その際、以下の課題を解決する必要があると考えます。

  1. タブレットや電子黒板といった新しいツールやシステムを、より多くの先生が使いこなすこと
  2. 導入や維持のコストを下げ、より多くの学校が捻出できるようにすること
  3. 動画コンテンツなどの教材を一般化すること

武雄市のように、公立の学校でも導入や維持のコストを捻出でき、ツールを用いて効果的な指導ができる先生のいる学校では問題ないのですが、そうでない学校も多いです。
たまたま反転授業を導入している学校に入学できたから良かったということでは、格差が広がってしまう可能性があります。生まれた地域や進学する学校を子どもが選択することは難しいので、学校単位での差が広がらないようにする必要性を感じます。

また、現時点では担当の先生と民間企業が協力して、担当の先生にあった教材を作っています。タブレットを用いた反転授業を広く展開する場合、より一般化された教材を準備する必要が出てきます。武雄市の教育関係の方々は、教材を一般化する策を考えているようですので、これからの動きに注目していきたいと思います。

 

反転授業を見学した感想

今回初めてタブレットを用いた反転授業を見学し、様々な発見と学びがありました。
 

①予習の有効活用

授業前の家庭学習時に、動画コンテンツで学習内容を先取りするため、授業に対する子どもたちのモチベーションが上がることがわかりました。どこが理解できて、どこがわからないかを子ども自身が把握することで、ただ漫然と授業を受けるよりも効果的であると考えます。「明日の授業、楽しみ!」という子どもの声を聞くことは、教育に携わる者にとって、かけがえのない喜びになると思います。

②特性に合わせた多様な学び

私が実際に見た算数の動画コンテンツ(台形の面積の求め方)は、画面上で図形が動き、音声での解説があるため、目と耳を使って理解を深めることができました。従来の教科書やドリルといった静的コンテンツではなかなか理解できなかった子どもにも効果があると思います。授業でも「一人で学ぶ時間」や「話し合いで学ぶ時間」が設けられているため、子どもそれぞれの特性(マルチプルインテリジェンス)に上手く働きかけることができます。子どもだけの話し合いで「台形の公式」を導き出しているのを見て、先生からの一方通行の授業ではなかなか実現できない学びが生まれていることを実感しました。

③進度に合わせた指導

授業の理解が追い付いていない子どもには、「一人で学ぶ時間」などを使って先生がサポートしていました。また、理解が進んでいる子どもには、よりチャレンジングな問題に挑戦するように促し、教室にいる子どもが誰一人として暇を持て余すことがなかったのが印象的です。普段の授業でこのような時間を設けることができると、落ちこぼれてしまう子どもを減らすことができると思います。

④授業効率の向上

従来の黒板や教科書といった静的コンテンツに電子黒板やタブレットなどの動的コンテンツやアイテムを組み合わせることで、授業の効率が上がると感じました。

算数の授業では、電子黒板に子どものノートを投影し、投影した映像の一部分を切り取り、他の子どものノートを投影したものと比較していました。先生が黒板に書き写すといった作業が発生しないため、効率よく授業が展開できていたのが印象的です。間延びしてしまう時間を極力つくらず、子どもが主体的に学ぶ時間を多く設けることで、集中力が続くことに感動しました。
 

反転授業は子どもの学習意欲を上げるための一つのソリューションとして、これからの教育に必要な視点であると思います。学習の楽しさを知れば、子どもたちは自主的に学習し続けます。

新しい取り組みのため、展開に際しての課題もあると思いますが、ひとつずつクリアすることで21世紀の学校教育をより良くしていけると確信しました。

学習する組織 ラーニング フォー オールの魅力(3)

文部科学教育通信 No.329 2013-12-9に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る(39)をご紹介します。

 

第37回より3回連続で、NPO法人ティーチ フォー ジャパンの学習支援事業であるラーニング フォー オール(以下、LFA)の魅力をご紹介しています。

今回は、LFAのプログラム中の学生教師やスタッフの学び、子どもたちの変化についてお伝えします。

 

● 学生教師の学びについて

LFAの学生教師は、3カ月という短い期間で子どもたちとの信頼関係を築き、学力を向上させ、学習習慣を定着させるため、自らの学びを最大化します。

現場では常にPDCAサイクル(Plan-Do-Check-Actサイクル)を回します。

学生教師は、初回授業の前に実施される「事前テスト」を穴が空くほど確認し、子どもたちの学力や学習意欲をチェックします。学生教師の中には、子どもが消しゴムで消した跡まで見て、どのような過程で問題を解いたかを確認している人もいます。

この事前テストと前回担当していた学生教師からの情報を元に、初回授業の準備をします。

この準備段階では、その子どもにあわせた指導案を書くこと、教材を準備するだけでなく、どのような声掛けをするかまで綿密に考えます。

また、指導のロールプレイを行い、スタッフからフィードバックを受けます。そのフィードバックを元に、様々な状況をシュミレーションし、授業に臨みます。

指導中は、子どもたちの反応を見ながら授業を展開します。準備していた内容では授業が上手くいかない場合は、その内容を一旦置いて、その子どもにあった指導を行います。この時に焦らずに対応できるのも、何度もロールプレイを行い、様々な状況をシュミレーションしているからです。

また、指導中、LFAスタッフが学生教師の指導を細かくチェックします。指導終了後、学生教師はスタッフからフィードバックを受けます。学生教師、スタッフを含むチーム全員が、子どもたちの成長を心から望んでいるので、お互いにフィードバックし合うことも厭わないオープンな関係が築かれています。

学生教師自身もその日の指導をリフレクション(内省)します。子どもたちの反応はどうだったか、想定していた授業とどこが違っていたか等、徹底的に振り返ります。

スタッフからのフィードバック、自身のリフレクション、他の教師のグッドプラクティスを元に、学生教師は次の指導準備を開始します。

学生教師が、私に以下のことを教えてくれました。

「子どもたち向き合うことを通じて、常に自分自身も学習し続けなければならないということを実感しました。以前と同じ授業をするだけでは、子どもたちの成長はありません。子どもの成長を絶えず実現するためには、自分の行動を変え続ける必要があります。」

この通り、学生教師は全力で子どもたちと向き合います。とてもエネルギーの要ることですが、LFAで学生教師を経験した学生は、次のプログラムでも再度採用教師となる者や、スタッフになって子どもと学生教師を支える者がとても多いです。

長期間LFAに携わる理由は、子どもたちの成長を身近で感じることができること、学生が学んでいるという実感が持てるところにあると聞きます。

学生教師の学びがLFAの活動を支えていることがわかります。

LFA画像.jpg

 

● LFAスタッフの学びについて

それでは、LFAスタッフはどのようなことを学んでいるのでしょうか。

あるLFAスタッフは、以下のことを私に話してくれました。

「学生教師をしていた時は、子どもの成長だけを考えて行動していました。プログラム終了後、どうしても子どもたちと関わっていたかったため、LFAスタッフになりました。

最初、子どもたちから遠くなってしまい、少し残念な気持ちもありましたが、現場で子どもたちを指導している学生教師の成長を支えることで、スタッフは、子どもから学生教師までの成長を考えられるポジションだと気が付きました。

また、スタッフ歴が長くなってくると、新しいスタッフの成長も考えることができます。プロジェクトマネージャーは、子どもたち・学生教師・スタッフの成長を促すことができるので、私自身もさらに成長できたと思います。」

LFAスタッフも、学生教師と同様、子どもたちの成長のために何ができるのかを自身に問い続けています。スタッフは、子どもが成長するためには学生教師が成長しなければならないことを知っているため、学生教師の成長を全力で促します。同じロジックで、学生教師が成長するためにはスタッフが成長し続ける必要があるため、スタッフも日々リフレクションし、自らの学びを最大化させる努力をしています。

また、LFAはスタッフ向けの研修も行っていて、新しい知識や情報をインプットすることも怠っていません。

このように、スタッフも学習し続けることが、LFAの強みであると考えます。

 

● 子どもたちの変化について

LFAの活動も、今年で3年以上となっています。継続的に学習支援を受けている子どもたちも複数います。その子どもたちの変化を一部ご紹介します。

LFAのアラムナイ(卒業生)から以下の報告を受けました。

「3年前に私が指導していた子どもは、小学6年生の女の子でした。当時、2~3学年の学習遅滞を抱えていたと思います。算数の事前テストを確認したところ、ほぼ白紙でした。よく答案を見ていると、計算をして答えを出しているのに、消しゴムで消してしまっている跡が見つかりました。その答えは正解だったのですが、消してしまっているため、点数になりません。私は、彼女がなぜ答えを消してしまったのかよく考えました。もしかしたら、自信がないのかもしれない。点数がつくことが恥ずかしいと思っているのかもしれない。点数が低いことで叱られると思っているのかも…。

色々と状況を想像して指導初日を迎えました。子どもたちに、『は苦手だけど、これから得意になりたい教科は何ですか?』と質問したところ、事前テストを白紙で提出した彼女が『算数が得意になりたい』と答えました。私はその答えにとても驚きましたが、彼女のその思いを叶えたいと強く思いました。

授業中、『なぜテストを白紙で提出したの?』とは聞かず、『間違えても大丈夫だよ。間違えたら、なぜ間違ったのかを考えて、次からできるようになれば良いんだからね』『計算の過程は消さずに残しておくと、後から自分がどう解いたのか確認できるよ。最後まで答えが出せなくても、途中の計算は残しておこうね』といった声掛けをしました。最初白紙だった問題用紙は、指導の回を重ねるごとに、力強い計算で埋まり始めました。授業中に質問する回数も増え、学習意欲が向上していることを感じました。

指導最終日に実施した事後テストでは、9割近い点数をあげることができました。このことが彼女にとってとても自信につながったようで、算数以外の教科も真剣に取り組むようになりました。」

3カ月という短いプログラム期間でここまで子どもの成長を促すことができるのは、学生教師とLFAスタッフの子どもたちに対する深い愛情と自らが学習し続ける姿勢があるからだと思います。

LFAは、これからも日本の子どもたちのために活動を続けます。ウェブサイトがありますので、ぜひご覧ください。

http://learningforall.or.jp/

 

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学習する組織 ラーニング フォー オールの魅力(2)

文部科学教育通信 No.328 2013-11-25に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る(38)をご紹介します。

 

第37回より3回連続で、NPO法人ティーチ フォー ジャパンの学習支援事業であるラーニング フォー オール(旧称:寺子屋くらぶ)の魅力をご紹介しています。

第37回は、ラーニング フォー オール(以下、LFA)が「学習する組織」であることをお伝えしました。

今回は、LFAが提供している研修の魅力をお伝えいたします。

 

● LFAの学習支援の特徴

LFAは、春季・夏季・秋季・冬季のプログラムに分かれて、通年で学習支援を継続しています。これは、より多くの学生に困難を抱えた子ども達と向き合ってほしいというLFAの願いはあるものの、1年中学習支援に参加するという長期間のコミットメントを学生に強いると、参加できる学生が減ってしまう懸念があるからです。

そのため、LFAはプログラムごとに学生教師を採用しています。

そうすると、一人の教師が子ども達と向き合える期間は、長くても3カ月となります。

この3カ月という短い期間で、子ども達との信頼関係を築き、学力を向上させ、学習習慣を定着させるためには、現場に入る前に相当な準備をしておく必要があります。

そこでLFAは、過去の学生教師のナレッジ(経験知)や、子ども達とのコミュニケーションの取り方、PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Actサイクル)を上手く回す方法などを、研修を通して学生教師に伝えています。

学習支援の質を担保し、学生教師が無駄な時間を過ごすことなく効率的に指導に集中できるようにするため、研修は外すことの出来ないLFAの強みであると言えます。

 

● LFAの研修について

LFAは、2010年に学習支援の活動を開始して以来、採用した学生教師に対して、指導を開始する前に20時間の事前研修、プログラムの期間中に20時間以上の中間研修を提供しています。

以下、LFAの研修が大切にしていることをまとめました。

1.子ども目線であること

全ての研修は、学生教師を通して子ども達に届けられるため、子どものことをよく考えた内容であることを重視しています。

LFAが学習支援をしている対象は、様々な困難を抱えている子ども達です。そのため、コミュニケーションの取り方や使用する言葉についても、その子ども達に受け入れられるものである必要があります。研修では、これらの情報を共有し、子ども達と学生教師がより良い関係を築けるベースをつくっています。

2.学生教師がすぐに実践できる内容であること

初めて現場で指導をする教師がぶつかる壁は、以前に別の教師もぶつかった壁であることが多いです。そのため、過去の教師がどういった工夫をして壁を乗り越えたか、どのようなやり取りをすることで子どもの学習意欲が向上したかといったナレッジ(経験知)を共有し、同じことで躓かないようにしています。

また、子どもとのコミュニケーションや指導の練習を、ロールプレイで実践します。
そのロールプレイに対して、過去の教師やスタッフがフィードバックをします。学生教師は、そのフィードバックをふまえ、より良いコミュニケーションや指導の仕方を習得していきます。何度も繰り返し練習することで、初回の指導でも緊張することなく、子ども達とのコミュニケーションがとれるようになります。

このような研修をすることで、継続して高いレベルの指導を子ども達にできるようになるため、子どもにとっても、学生教師にとっても有意義だと考えています

3.長期にわたって活用できる内容であること

2.では、すぐに使用できる実践的な研修の必要性を説明しましたが、それと同じぐらい重要なのが、時間をかけて学生教師に浸透し、LFAでの活動後にも使える内容であることです

例えば、LFAの研修では、リフレクション(内省)の重要性を何度も繰り返して伝えています。具体的には、研修後や指導後にリフレクションをして、次に活かす方法を考えるのですが、これはLFAのプログラムだけでなく、これからの人生のあらゆる場面で使うことのできるアクションです。

LFAは、学習支援を通して学生のリーダーとしての成長を支援していますので、プログラム後や学生が社会人になってからもLFAでの経験を活かせるように研修をデザインしています。☆使用 LFA研修画像2.jpg
 

● 研修での取り組みについて

LFAが研修でどのようなことをしているのか、一部ご紹介いたします。
指導前に行われる事前研修は、2日間で20時間、計18コマのレッスンを実施します。
各レッスンの内容を充実させることはもちろん、全研修を通して学習のサイクルにつながるように綿密にデザインされています。

事前研修1日目の前半は、学生教師もスタッフも初対面であることが多いので、チームビルディングやビジョン・ミッション・課題意識の共有を行います。

後半は、「LFAの研修について」でも挙げたように、学生教師としてのコミュニケーションの取り方や、リーダー/学習者としての教師の在り方についてなど、より実践的な内容を学びます。私が担当している研修は、この「リーダー/学習者としての教師」です。

事前研修2日目は、指導に直結する内容の研修を行います。

学生教師が担当する子どもの詳しい情報の共有や、指導案の作成法、学習習慣定着のための指導法、学習者目線の教授法、学習過程分析と仮説検証のための指導実践、そして指導のロールプレイを行います。

このように、研修初日には感情やマインドといったハートに働きかける内容の研修を多く行い、2日目は指導力を上げるための具体的な研修を集中して行っています。

初回の指導が終わったのち、中間研修という機会を設けています。

中間研修では、指導前に考えていたイメージと、実際に指導を行った時のギャップをどう埋めるのかを考えるため、課題解決のトレーニングを行います。

この課題解決の研修は、2011年頃までは事前研修に組み込まれていたのですが、実際に指導した経験がない状態(課題のない状態)でレッスンを受けても、なかなか定着しないため、初回指導後に研修を行うというシステムに修正されました。

前回、LFAが「学習する組織」であるとお伝えしましたが、このように、学生教師や子ども達のためにより役立つように、研修の構成も内容も常に磨き上げ続けています。既存の研修を見直し、新しい情報を取り入れることで、子ども達により良い学習支援を続けているのです。

 

● 「リーダー/学習者としての教師」という研修について

私は、2010年以降、事前研修の「リーダー/学習者としての教師」というパートを担当していますが、この内容も進化し続けています。その一部をご紹介します。

LFAと私は、リーダーを以下のように定義しています。

◇ 起こりうる最良の未来を実現するために、必要な気づきや能力を高め続ける「学習する組織」を創ることができる人

子ども達を導く教師こそ、リーダーであり、自らが学習者でなければなりません。

学生教師が上記のリーダーとなって子ども達と向き合うことができるよう、研修では、学生教師のロールモデルとなる「リーダーの物語」を共有します。

また、リーダーは文化を味方にし、学習する組織をつくることが必要であるため、ダイアログ(対話)の重要性やメンタルモデル(色眼鏡)に縛られないことの大切さ、チームビルディングについて詳しく説明します。

そして、学習者のリフレクションの大切さについても話しています。

今後も、子ども達へのより良い学習支援を目指し、研修内容を磨き上げていこうと思っています。

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