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誰もが安心して存在できる、安全な環境のつくり方とは

文部科学教育通信No.354 2014.12.22掲載

今、子どもの世界でも大人の世界でも、異質な人同士がお互いに安心して存在できる環境をどのようにつくるのか、ということが話題になっています。その背景には、例えルールや規則が制定されていたとしても、自分とは異なる人が排除されたり、いじめられたりする環境では安全とは言えず、安全でない環境のもとでは子どもは成長できないし、大人の生産性も上がらない、といった考えがあります。

何かを発言しても心無い批判を受けたりせず、誰かと対立しても話し合いで解決できるのが当然となる「安心して存在できる、安全な環境」では、人は積極的に周囲と関わることができます。余計な心配をする必要がないので、どんどんチャレンジしようという気持ちになり、勉強や課外活動にも力を注げるのです。

新しい試みや自分の発言に対して、批判や制裁といった形でのレスポンスではなく、ポジティブなフィードバックやアドバイスをもらうため、失敗を受け入れやすくなり、再チャレンジしようという気持ちにもなりやすいです。このサイクルがまわることが、人間を成長させるのだと考えます。

このように、心の安定は、人間が成長できる環境のベースとなっています。

今回は、この「安心して存在できる、安全な環境」をどのようにつくっていくのか、ピースフルスクールプログラムの事例を交えながらご紹介します。

 

主体的に動くことが求められるけれど、その実態とは

一人ひとりが安心して存在できる社会を実現するために、最も大切なことは、一人ひとりの主体性を育むことです。

「主体性」や「主体的」といった言葉は、学校でも職場でもよく耳にします。そのため、とても大切なこと、学校や社会が求めていることだと認識している人が多いと思います。

しかし、「主体的に動きましょう」とか「主体的な人になりましょう」と言われてすぐに主体的に動ける人の割合は、コミュニティ内でどの程度でしょうか。「主体的な人」とは、どのような人をイメージしますか。「主体性」が学校や社会から求められている力であるとすると、どのようにすれば身につけることができるのでしょうか。語学や専門知識であれば勉強すると身につくかもしれませんが、「主体性」は勉強することで身につくのでしょうか。あるいは、「主体性」は先天的な能力であり、後天的な努力では身につけることができないのでしょうか。

そもそも、「主体性」とはどのようなものなのか、考えたいと思います。

私は、「主体性」とは、自分の気持ちや考えを大切にし、自ら選択し、決断し、行動し、その結果に責任を持つことであると考えています。

言葉にするととても簡単なのですが、いかがでしょうか。今の学校や職場で、自分の気持ちや考えを大切にできていますか。人生において、自ら選択して決断しているでしょうか。積極的に行動し、その結果に責任を持ち、改善し、再チャレンジしている人はどの程度いるでしょうか。

このように振り返ってみると、主体的に行動できている人はそう多くないように思われます。なぜ、主体的に行動しにくいのか。それは、個人の能力の問題ではありません。

冒頭に述べた通り、批判やいじめのある安心できない環境では、自分の気持ちや考えを大切にすることも、自ら選択して決断することも、積極的に行動して結果に責任を持つことも、とても難しいのです。

私たちは、「主体的に行動しなくてはいけない」という思いを抱えながら、頭のどこかで「主体的に行動すると、誰かに批判されたり、排除されるのではないか」と不安に思っているのです。このジレンマから抜け出さなくては、「主体性」を育む教育はできません。

また、「主体性」は単独の力ではありません。

「主体性」を高めるためには、自己肯定感・リーダーシップ・クリティカル思考・内省力などを高める必要があります。例えば「リーダーシップ教育を実施しなくては!」とか「内省力を高めることが必要だ」といった風に、これらの力は個別に語られることが多いのですが、実は全てが連動しています。そして、残念なことに、これらの力は、安全でない環境では育むことが難しいのです。

目立っている人に対して揶揄する人の多いコミュニティにおいて、リーダーシップを発揮できるでしょうか。自分の考えや意見を言えないような環境で、クリティカルに物事を考えることができるでしょうか。答えはノーだと思います。

私たちは、「主体性」やリーダーシップを育もうと考えるのであれば、まず、環境を安心安全なものにするところから始める必要があるのです。

 子どもと大人で、安心な環境をつくるプログラム ピースフルスクール

過去にも何度か紹介していますが、この観点からもピースフルスクールは有用であると考えます。

このプログラムの採用校では、子どもと大人(先生、保護者、地域の人)が一緒になって安心安全な環境をつくっているのです。

日本での採用校である佐賀県武雄市武内小学校では、先日、「ほめポイントを探して、周りの人に伝えよう」といった授業を行いました。

この学校では、自分を守るために、お友達の失敗といった良くないところを見つけた時に、第三者である他のお友達や先生にそれを伝える子どもがいることが課題でした。

失敗した時に批判や告げ口をされる可能性のある環境は、子どもたちにとって心から安心できる環境とは言えません。自己防衛の気持ちから発言しているため、子どもに悪気はないでしょう。しかし、第三者に自分の失敗を告げ口された時、そのお友達がどのような気持ちになるのか、また、言われた第三者はどんな気持ちになるのかを考えることで、「告げ口をするよりも、その子が成功するように応援した方が良い」ということが理解できるのです。

お友達のネガティブな部分を拾っていくことを、良いところ、つまりポジティブな部分を拾うように変えると、みんなにとって居心地の良い安心安全なクラスを、みんなでつくることができます。

武内小学校では、ピースフルスクールの授業終了後、「○○さんのいいところは______ところです」と書かれたハートのカードを作成してもらいました。子どもたちは、お友達の良いところを見つけ、ハートのカードに記入します。そして、そのお友達や先生、家族の方に言葉で伝えます。次に、そのカードを学級の掲示板に貼って、色んな人に見てもらうのです。
今、武内小学校では、ハートのカードにたくさんのほめ言葉が書かれているそうです。

このようなポジティブな声掛けが日常生活の中でできると、子どもたち自身で自分たちのコミュニティをより安心・安全なものにしていくことができます。

誰もが安心して存在できる、安全な環境では、子どもたちはより主体的に行動することができるので、ますます心も頭も成長できるのです。

「主体的な人」や「リーダーシップのある人」を育成したい場合、まずは環境づくりから見直すことをおすすめいたします。

未来教育会議スタディーツアー報告会「21世紀型社会への教育イノベーション」 -日本・オランダ・デンマークのスタディーツアーをヒントに-

文部教育科学通信No.353 2014.12.8掲載

2013年6月に「未来教育会議」という、未来の社会、未来の人、未来の教育のあり方を多様なマルチステークホルダーで考え、一緒に豊かな現実を創造していくためのプロジェクトを、株式会社博報堂をはじめとする企業の方々と共に立ち上げ、2014年3月16日にキックオフシンポジウムを実施し、250 名を超える皆さまにご参加いただきました。

2014年は、未来教育会議に参加いただいているメンバー企業の皆さまと、教育機関への訪問や教育に関わる人々のお話を伺うスタディツアーを実施しました。

11月27日にスタディツアーの報告会と位置付けて、2014年度の活動の中間報告及び21世紀型社会への教育について考えるイベントを開催いたしました。

今回は、このイベントについてご紹介いたします。

 

未来教育会議のミッションとビジョン

未来教育会議は、私たちが創るべき「未来の姿」、未来を生きる人びとに「必要な力」、その「人びとを育てるための教育」についてマルチステークホルダーで考え、行動することをミッションとしています。

ビジョンは、以下の4点です。

  • 自立と共生が実現し、すべての人が自分を幸せにすることができる社会をつくる。

  • 主体的に考え、相互に関わり合い、問題解決できる力を持つ人を育てる。

  • 教育に関する柔軟性や自由さが担保されている社会をつくる。

  • 学校、家庭、地域、企業が共創して教育に関わり合う社会をつくる。

我々は、日本の教育の高度化と、それを実現するための教育システムの変容といったシフトを起こすために、次の3つのことを実現したいと考えています。

  1. 教育のシフトを実現するためのプラットフォーム構築

  2. マルチステークホルダーによるビジョン共有

  3. 新しい教育市場の創出

 社会とつながる取り組み

2014年、未来教育会議は、社会とつながり、マルチステークホルダーで未来の社会や教育のあり方を考える波を起こすため、次の3つのアクションを起こしました。

  1. 未来教育ライター

    未来の教育を創っていく取り組みを行っている様々な方々や組織を紹介する記事を書いていただくライターを公募しました。多くの応募をいただき、32名の方にライターとなっていただいています。素晴らしい取り組みを知った者同士が互いに結び付いていき、ライター自らの着眼点や表現力に富んだ記事を読む多くの人々に未知の世界の刺激を与えることがねらいです。

  2. 未来教育ワークショップ・コーディネーター
    ライター同様、ワークショップの開催をリードするコーディネーターを公募しました。コミュニティや組織内で、未来の社会・人・教育についての願いを共有し、未来への洞察・発想を行う “未来教育ワークショップ” を主催することが目的です。こちらは、53名の方に研修を受けていただいています。11月24日に「未来教育ワークショップ@建長寺」と題して、ワークショップが開催されています。

  3. 公開イベント
    2014年3月に実施したキックオフシンポジウム、4月の教育シンポジウム、11月のスタディツアー報告会など、マルチステークホルダーで未来の社会と教育について考えるイベントを開催しています。2015年3月には第2回の教育シンポジウムを開催する予定です。

 

企業との連携による取り組み

社会のあり方に強く影響しているのが企業であることから、未来教育会議は企業メンバーを募り、活動しています。現在の社会の課題と現時点で気になっている教育のことについて深掘るワークショップを5月に2度開催し、6月から9月の4か月間に国内20件、国外2件のスタディツアーを実施しました。10月には、スタディツアーで学んだことや気が付いたことを共有する会を設け、11月には3日連続で、「2030年の教育の未来」のシナリオを作成するアクションワークショップを行いました。半年間の活動を経た今、企業の皆さまからもアクションプランが出るなど、キックオフをした5月には想像できなかった変化が起きています。来年度も企業メンバーを募り、活動を続けます。

 

スタディツアー

企業メンバーと実施したスタディツアーの目的は、「今、教育システムに起きていること」を様々な教育機関を訪問し、教育に携わる人々のお話を実際に見聞きし、気付きを得ることです。スタディツアー実施前、このようなループ図を作成しました。

それぞれの立場で誰もが真摯に取り組んでいるにもかかわらず、部分最適化が進むことで教育システムの崩壊を加速していることがわかりました。

国内スタディツアーでは、様々な環境、取り組みを実施している公立・私立の学校6校、行政機関6件、地域で教育の活動を実践されているところ2件、教育系のベンチャー企業2件、教育系NPO3件、研究者お一人にお話を伺いました。

海外スタディツアーでは、オランダとデンマークを訪問し、様々な学校、教育機関を視察しました。

これらのスタディツアーから見えてきた課題が大きく分けて2点あります。

一点目は、システムの課題です。

先生が多忙化し、生徒と向き合う時間や授業準備の時間が減少しています。また、学習領域の膨張やダブルスクールが当たり前となった今、生徒も多忙化しています。しかし、学力保障の面では、8人に1人がレベル1以下とされ、就学援助を受ける子どもは7人に1人だということもわかりました。ますます教育格差は開いているのです。そして、一番のボリューム層である中堅普通科高校では、先生と生徒の意欲が下がっていることもわかりました。学校という様々なことを経験し、学習する機会に恵まれた場所で、とくに何もせずに3年間を過ごした生徒が社会を創っていくのです。社会に出てからの要求があまりに重たく、仕事が続かない、ニートになってしまう人もいます。

二点目は、イノベーションの課題です。

ICTが発達し、学習活動への活用や先生への仕事の活用を進めている学校と、そうでない学校の差が開いています。学力や学歴重視であった時代と異なり、現在は価値観の対立も起きています。日本なのか、グローバルなのか。主体性を重んじるのか、管理を強めるのか。多様性を重視するのか、画一性を重んじるのか。測定可能なものに頼るのか、測定不能なものを見ようとするのか。多くの学校が、より良い状態を目指して、バランスを取ろうとしていることもわかりました。また、海外との比較で気が付いたことは、ビジョンと一貫性が大切であるということです。先生・生徒・保護者が同じビジョンに向かって一貫性を持って行動できている学校は、かかわる全ての人がいきいきしていました。複雑な社会へ適応するための21世紀スキルを意識している学校とそうでない学校の差も大きく開いています。

未来教育会議では、これらのようにスタディツアーで学んだこと、気が付いたことをもとに、教育のシナリオプランニングを行っています。引き続き、活動をご覧いただけると幸いです。

未来を創るリフレクションの力 F・コルトハーヘン氏のリフレクション学スペシャルワークショップに参加して

文部科学教育通信NO.352 2014.11.24掲載

「リフレクション」という言葉をご存知でしょうか。日本語で言うと、内省力。自らを振り返ることを指します。日本人の多くはその大切さを意識していませんが、未来が不確実である現代において、リフレクションできる人こそが、これからの時代を創っていけると確信しています。

OECDのキーコンピテンシーでも、様々な状況に直面した時に慣習的なやり方や方法を規定通りに適用する能力だけでなく、変化に応じて経験から学び、批判的なスタンスで考え動く力が必要であるとして、リフレクションをキーコンピテンシーの核心であると定義しています。

より深くリフレクションの手法を学びたいと思い、2014年11月上旬、オランダのユトレヒト大学名誉教授であるF・コルトハーヘン氏のリフレクション学スペシャルワークショップに参加しました。

今回は、このワークショップで学んだことをもとに、リフレクションの重要性や方法をご紹介いたします。

 

正解を見つけてから動き出すのか、正解を探しながら動くのか

なぜ、リフレクション(内省力)が重要なのでしょうか。

それは、未来が不確実で正解のない時代だからです。私たちは、正解がなくても前進しなくてはなりません。正解を見つけてから動き出していたのでは手遅れなのです。

結果はどうだったか、もし想定した結果と異なった場合、どうすれば良かったのか。

ポイントは、悪かったことだけでなく、上手くいった場合でもリフレクションすることです。リフレクションを自分のものにするためには、良かったこと、悪かったこと含め、チャレンジした経験をとにかく振り返ることです。その経験をそのままにしておくのではなく、何かを学びとるのです。

そこで重要になってくるのは、何事も取り掛かる前に「意図」を持つことです。意図した通りの結果になったのかどうかを振り返り、それに対する答えがYESでもNOでも、なぜそうなったのかを考えるのです。

次に、何を変えればいいか、何を変えずにおくべきかという仮説を立てます。これが、次の行動における意図となります。その仮説をもって、新たな行動に向かう。これは自分の行動に関する「仮説→検証」のPDCAサイクルを回し続けることにほかなりません。

正解を探してからでないと行動を起こさないことと、多少大変であっても、正解を探しながら行動することのメリット、デメリットについて、ぜひ考えていただきたいです。

 

教育における国際的変化について

上記の通り、リフレクションが未来を創るために必要であることを理解し、日々実践しているのですが、より理論と実践を深く学びたいと思い、オランダのユトレヒト大学名誉教授であるF・コルトハーヘン氏のワークショップに参加しました。

そこでは、まず、教育における国際的変化について考えました。結論としては、教師が知識を伝達する指導スタイルから、教師がリフレクションを促し、小グループでの学びを促すスタイルに移行している、ということでした。そのためには、教師自身のリフレクション力を向上させ、教えることがメインであった快適な状態からの脱出を図る必要があります。学術的な知識が実践的であるとは限らないので、理論と実践を行き来することが大切です。そのために、リフレクションを行うのだと説明されていました。教育の現場ではなかなかリフレクションという文化が根付いていないのが現状ですが、これからの時代は教師も子どももリフレクションを行って学習を進めることが大切であると思います。

 

学術的に語られてきた、リフレクションを促す意義

リフレクションの重要性について、前段でも解説しましたが、コルトハーヘン氏曰く、以下の6つの意義があるとのことです。

  1. より効果的な学び/個人の成長につなげる

  2. 行為の背後にある「理由」がわかるため、責任をとりやすくなる

  3. 問題についての自分なりの見方を形作れるようになる

  4. 自身の行動に対して、環境や、自分自身が信じていることが及ぼしている影響に気付くことができる

  5. 自分自身の発達について、より主導的になれる

  6. よりイノベーティブになる

リフレクションを通して、自身の考えや行動を客観的かつ批判的に捉えることで、日常での問題の解決や、実践的な経験を深めることにつながるのです。

 

リフレクション・モデルについて

次に、リフレクション・モデルというリフレクションの流れについて学びました。

コルトハーヘン氏の解説では、以下の5ステップがリフレクションの流れとなります。

  1. 行為

  2. 行為の振り返り

  3. 本質的な諸相への気付き

  4. 行為の選択肢の拡大

  5. 試行

まず、行為に入る前に、その行為の「意図」を考える必要があると思います。その行為の結果、どのような状況になっていれば良いのか、何をもって成功と言えるのか。ここを詰めます。

行為を行った後、「何が起きたのか?」「意図していた結果になったのか?」について振り返ります。その際、以下の問いについてそれぞれ考えていきます。

    1. 私は何をしたのか。(Doing)

    2. 私は何を考えていたのか。(Thinking)

    3. 私はどのように感じていたのか。(Feeling)

    4. 私は何を望んでいたのか。(Wanting)

    5. 相手は何をしたのか。(Doing)

    6. 相手は何を考えていたのか。(Thinking)

    7. 相手はどのように感じていたのか。(Feeling)

    8. 相手は何を望んでいたのか。(Doing)

一人でリフレクションをする場合には、これらの問いを自らに投げかけます。また、自分が誰かのリフレクションを促す際は、より深いリフレクションにつなげるために、相手の感情を受容し、共感することが大切です。そして、相手の発言を具体的な言葉に置き換えて伝えることも効果的です。

これらを通して行為そのものについて振り返った後、本質的な諸相への気付きへつなげます。何が意図したことと一致していないのかを明らかにしていくのです。そのために、以下の6つを意識して進めます。

  1. 考えていることと、感じていることのギャップ

  2. 自己イメージと、他者から見た自身のイメージとのギャップ

  3. 自分として生きる中で体験して知っている自己と、他者に表現して伝わる自己とのギャップ

  4. していると言っていることと、実際にしていることとのギャップ

  5. 今の自分と、なりたい自分とのギャップ

  6. 言葉にしていることと、言葉にしない行動とのギャップ

これらの不一致に気付くことができると、単純な行為の振り返りにとどまらず、次の段階に進むことができるようになります。

本質的な気付きを得た後は、行為の選択肢の拡大に入ります。その際、以下のことに気をつけます。

  1. 学習者(リフレクションしている人)を巻き込む

  2. 学習者が選択肢を形づくる

  3. 選択肢を十分に具体的なものにする

  4. 能力や勇気などの観点からみて、選択肢は、十分にリアリスティック(現実に適合している)か

  5. 行為が何につながるのかを吟味する

  6. 別の場所にも適用できるように、一般化する

  7. 学習者が複数の選択肢の中から選択する

ここでは、解決方法を見つけ、選択するための支援が必要となります。せっかく行為を振り返り、本質的にどうしていけばいいのかに気付いたのですから、より現実的に実行に移せる選択肢を多く挙げることが大切です。

そして、行為を選択した後は、実際に行動をお越し、再度振り返りのステップを行います。この繰り返しにより、自ら正解に近づいていくことができるのです。

リフレクションが、ビジネスの世界だけでなく、学校現場でも普及していくことを願っています。

日本でのピースフルスクールプログラムの取り組み  佐賀県武雄市武内小学校 授業の様子

文部科学教育通信NO.351 2014.11.10掲載

第9回より連載している「日本でのピースフルスクールプログラムの取り組み」でも取り上げていますが、現在、オランダで開発されたシチズンシップ教育「ピースフルスクール」の日本版プログラムの開発と展開を行っています。

2014年度より、佐賀県武雄市立武内小学校(代田昭久校長)にてプログラムの導入がスタートいたしました。今回は、10月29日に実施した第4回授業「批判をアドバイスに変えよう(ネガティブな表現をポジティブな表現に変えよう))」をご紹介いたします。

 

ピースフルスクールの授業を実施する背景

2014年度、武内小学校では、「共生、協働」というコミュニケーション力やチームワークを向上するユニットと、「感情、共感」という自分の感情を認め、相手への共感力を高めるユニットを実施対象とし、以下の授業を予定しています。

  1. 自分の意見を持つ(意見は人と違っていても良い)

  2. 相手の話をきちんと聞こう

  3. 自分と相手の気持ちを大切にしよう(嫌な時は「嫌だ、やめて」と伝えよう)

  4. 批判をアドバイスに変えよう(ネガティブな表現をポジティブな表現に変えよう)

  5. ほめ言葉 と けなし言葉(ほめ言葉を使って居心地の良いクラスをつくろう)

  6. 怒りをコントロールしよう

  7. 助ける と おせっかい の違い

  8. 意見をきちんと伝える、理解する

  9. ルール と 約束 の違い

第4回の授業テーマは「批判をアドバイスに変えよう(ネガティブな表現をポジティブな表現に変えよう)」です。この授業を実施することに決めた理由は、学校での様々なシーンで、子ども同士が批判やけなし言葉を言い合うのではなく、アドバイスやほめ言葉を伝えあえるようになるためです。そうすると、子どもたち自身で安心安全な環境をつくることができます。

先生方のお話を伺っていると、子どもが自己防衛するために、誰かの失敗や良くない行動を批判したり、けなしたりすることがあるそうです。特に武内小学校ではスマイル学習(反転授業)を導入しているので、子ども同士の共同学習(学び合い)がさかんです。クラスの中には、理解が早く問題をすぐに解き終わる子どももいれば、時間のかかる子どももいるので、そのような時に、時間のかかる子どもを批判したり、けなしたりするのではなく、お互いに応援したり、サポートできるようになってほしいという先生方の願いがあり、今回の授業実施に至りました。ピースフルスクールの授業と日々の実践を通して、子ども同士がさらに協力し、ポジティブな話し合いが活発化すると、スマイル学習の効果も高まることを期待しています。

 

批判をアドバイスに変えよう(ネガティブな表現をポジティブな表現に変えよう)

この授業のねらいは、批判やけなし言葉といったネガティブな表現でクラスの雰囲気や子ども同士の関係性が悪くなることを改善し、ポジティブで安全な環境を子どもたち自身でつくるところにあります。安心安全な環境の中でこそ、子どもたちは様々なことにチャレンジできるので、自己効力感や自己肯定感が向上します。また、それぞれの多様性を尊重し、共生できる心を育てます。

授業の流れは、以下の通りです。

  1. 挨拶、授業の流れの確認

  2. 前回の授業の復習

  3. 導入(サルとトラの劇)

  4. サルとトラへのアドバイスを考える

  5. 体験活動

  6. 振り返り

ピースフルスクールの授業では、必ずその時間に何を行うのかといった授業の流れを最初に共有します。そうすることで、子どもたちは、次に何をやるのかを意識しながら授業に臨むことができます。

授業の冒頭では、必ず前回の授業の復習を行い、授業で学んだことを日常生活で実践したかどうかを確認します。前回の授業は「自分と相手の気持ちを大切にしよう(嫌な時は「嫌だ、やめて」と伝えよう)」でしたが、約半数の児童が実施したと答えていました。

授業の導入では、トラとサルのパペットを用いて劇を行います。ピースフルスクールの教師用マニュアルには、サルがトラを「シマウマみたいだね!」とからかい、トラが嫌なきもちになるという劇を掲載していますが、今回はこの劇を実際に学校で起きている問題を題材として実施しました。現在、武内小学校では週4回朝の15分間を使って「花まるタイム」を実施しています。この時間では、先生が提示した立体図形と同じ立体を木のキューブを使って作ったり、100ます計算などの反復学習を全員で行っています。この花まるタイムで行うキューブを用いた立体づくりを劇の題材としました。サルとトラがキューブを使って立体をつくろうとします。サルはすぐにできてしまい、奮闘しているトラに対して批判やけなし言葉を言い、挙句の果てにはトラのキューブを奪い、勝手に仕上げてしまいます。子どもたちには、トラがどんな気持ちになっているかを答えてもらいます。「かなしい」「ばかにされた気分」「楽しくない」といった答えがあがりました。次に、トラがその気持ちになっている原因となったサルの発言を発表してもらいます。「おそいなあ。」「ばかだなあ。」「へたくそ!」「僕がやってあげるよ!」といった発言があがりました。子どもたちには、これらのサルの発言を「けなし言葉」や「批判」といったネガティブな言葉であると伝えます。このような発言をすると、言われた相手は嫌な気持ちになるし、場の雰囲気が悪くなることを理解します。

次に、子どもたちにサルに対するアドバイスを考えてもらいます。トラが嫌なきもちにならず、頑張って立体をつくることができるよう、ポジティブな声掛けをするのです。子どもたちからは、「がんばれ!」「もう少しだよ!」「ヒントをあげようか?」「あせらなくていいよ。」といった発言がありました。この発言を受けて、再度サルとトラの劇を行います。今度は、サルはトラに対してポジティブなメッセージを伝え、トラはやる気がみなぎり、一人で立体を完成できました。

このように、子どもたちにとって身近に困っている題材を用いて劇を行い、具体的な改善策を考えることで、この授業が自分たちにとって必要なものであるという認識を持ってもらえます。

次に、体験活動を通してより身近に起きている問題を解決する方法を学びます。今回、1~2年生は「給食をがんばって配膳しているのに、うまくいかない」、3~4年生は「大縄跳びにチャレンジしているのに、うまく飛べない」、5~6年生は「太鼓の練習をしているのに、リズムが合わない」といった、実際に子どもたちの間で起きている問題を題材としました。いずれも、先生方が「頑張っているのにうまくいかない子ども」と「批判やけなし言葉を言う子ども」役になり、ロールプレイを行います。大縄跳びの例では、「早く飛んでよ!」「のろまだなあ!」といって頑張っている子どもを焦らせ、その子が飛ぶことに失敗したら「へたくそ!」「かっこわるい!」「あなたのせいで、負けちゃうよ!」と一斉にけなします。ロールプレイを見た後、子どもたちはポジティブなアドバイスを考え、自分たちでロールプレイを実施します。このように、子どもたちにとってリアルに困っていることを題材とすることで、どのようにすれば良いのかを考えられるのです。

最後の振り返りでは「今まで、私はけなし言葉を言ったことがないと思っていましたが、お友達に言っていることがわかりました。これからは、ポジティブな声掛けをしようと思います。」といった感想があがりました。学んだことを実生活で使えるようになることが、ピースフルスクールの一番の特徴であると言えます。

日本でのピースフルスクールプログラムの取り組み 佐賀県武雄市武内小学校でのケース

文部科学教育通信NO.350 2014.10.27掲載

第9回「日本版ピースフルスクールプログラムの取り組み」という記事でもご紹介いたしましたが、現在、オランダで開発されたシチズンシップ教育「ピースフルスクール」の日本版プログラムの開発と展開を行っています。

2014年度より、佐賀県武雄市立武内小学校(代田昭久校長)にてプログラムの導入がスタートいたしました。今回は、武内小学校での取り組みについてご紹介いたします。

 なぜピースフルスクールプログラムを導入するのか

日本でのプログラムの開発と展開をスタートした2013年に、2014年度から佐賀県武雄市の教育監及び武雄市立武内小学校の校長に就任される予定であった代田昭久先生とお話する機会があり、ピースフルスクールの魅力をお伝えいたしました。

対立を恐れることなく自分の意見を伝え、話し合いで問題を解決する力を身につけるといったプログラムの特徴に共感していただき、2014年度から代田先生が校長を務められる武雄市立武内小学校に導入することが決まりました。

武内小学校を見学した際、好奇心が旺盛で、他者と関わることを前向きに捉えている子どもが多いと感じました。異質な人や事柄を排除し、誰かをいじめるといった課題も見受けられませんでした。しかし、先生方とお話していると、各学年10人程といった少人数の限られたコミュニティのなかで、同調圧力がかかりやすく、多様化しにくいという課題があることがわかりました。人間関係が固定化しやすく、異なる意見や考えを持っていても、それを相手に伝えることが苦手である児童が多かったのです。それぞれの地域や学校ごとに抱えている課題が異なることを、改めて知る機会となりました。

そこで、ピースフルスクールプログラムを通して、同調圧力に負けず自分の意見を伝え、意見が対立した時は話し合いでより良い答えを探す力を身につけるプロジェクトがスタートしました。

 

日本でのプログラムの導入方法

オランダのピースフルスクールでは、年間35回以上のレッスンを実施しています。学校のお休み期間を除き、ほぼ毎週1レッスンは行う計算です。日本でもこのように毎週レッスンを実施できると良いのですが、既に様々な教科で網羅されている時間割の隙間を縫うことは、容易くありません。そこで、日本でプログラムを実施する場合は、全6ユニットを3年間かけて実施することにいたしました。月に最低1回のレッスンを行うと、3年間で仕上がります。毎週レッスンを行うと、それだけスキルとマインドを磨く機会が担保されるのですが、月に1回のレッスンを行うだけでは、なかなか定着させることができません。そのため、日々の生活の中で学びを実践する機会を多く設けています。子どもと先生は、日常のリアルな場面でプログラムの学びを実際に使い、実際に使える力を身につけていくことができるのです。

このように、日本版のプログラムでは最低3年で仕上がるように開発し直しています。

初年度は、安心安全なコミュニティを創る力を身につけるレッスンをまとめた「共生、協働」と、ポジティブな感情もネガティブな感情も言葉にして相手に伝え、相手の感情を理解して受け止める力を身につける「感情、共感」のユニットを行います。

2年目は、クラスや学校の意思決定に関わり、決まったことに対してコミットする責任をもつ力を育む「意思決定」と、クラスや学校で起きる問題を”子ども同士の話し合い”によって解決する「対立/問題解決」のユニットを実施します。

3年目は、自分たちの似ているところと、違うところを認識し、共生する力を養う「多様性の尊重」と、デモクラシーの知識や考えに触れ、ピースフルスクールでの学びを社会で活かすことができるようになる「民主的社会の基礎知識」を学びます。

3年目には、高学年の児童のうち、仲裁のスキルをさらに伸ばしたい児童に対して、追加のレッスンを実施することも可能です。このように、毎年繰り返しレッスンを行うことで、ピースフルスクールプログラムが学校の文化として根付くことを大切にしています。

 

2014年度、武内小学校のケース

それでは、実際に武内小学校ではどのようにレッスンを行っているのでしょうか。

日本版のプログラムには、レッスンごとの指導案付き先生用マニュアルがありますが(オランダ版には指導案はありません)、プログラムを各校に定着させ、それぞれの課題を解決するためには、レッスンを学校ごとに具体的なワークをカスタマイズする必要があります。そこで、学校で実際にレッスンを実施する先生たちと、私の財団でピースフルスクールの開発、展開を担当している者がひとつのチームとなり、レッスンを見直します。レッスンのねらいやポイントは落とさず、その学校の子どもにより響く内容に変えることが大切です。そうすることで、子どもたちの反応はより良くなり、深くレッスンを記憶するため、学びが定着するのです。

2014年度、武内小学校では、以下のレッスンを実施しています。台風の影響で一回授業ができなかったため、全9回となっています。

  1. 自分の意見を持つ(意見は人と違っていても良い)

  2. 相手の話をきちんと聞こう

  3. 自分と相手の気持ちを大切にしよう(嫌な時は「嫌だ、やめて」と伝えよう)

  4. ほめ言葉 と けなし言葉(ほめ言葉を使って居心地の良いクラスをつくろう)

  5. 批判をアドバイスに変えよう(ネガティブな表現をポジティブな表現に変えよう)

  6. 怒りをコントロールしよう

  7. 助ける と おせっかい の違い

  8. 意見をきちんと伝える、理解する

  9. ルール と 約束 の違い

レッスンの順番には特徴があります。前回の学びを次のレッスンで活かす必要がある場面を設けることで、どこができていて、どこがまだできていないのかを子ども自身で振り返ることができるのです。「自分の意見を持つ」といったレッスンを行うと、その後のレッスンでもきちんと自分の意見を持ち、根拠をあわせて相手に伝えることができる子どもが増えます。このように、限られた時間の中で、多くの工夫を取り入れることで、学びを最大化できると考えています。

 

子どもたちの反応

10月半ばの時点で第3回までのレッスンが終了しています。1回目のレッスンでは、そもそも何を学ぶのだろうか、といった緊張も見られたのですが、2回、3回と回を重ねるごとに、クラスメートの前で堂々と自分の考えを発表し、相手の話をしっかりと理解し、周囲と積極的に関わる子どもたちの姿がありました。武内小学校の先生からも、「確実に子どもたちに変化が起きている」といったお言葉をいただいております。

3回目の「自分と相手の気持ちを大切にしよう(嫌な時は「嫌だ、やめて」と伝えよう)」の授業では、以下の感想が寄せられました。

    • 自分の気持ちは、はっきりと相手に伝えたいです。

    • いやなことがあれば、ほかの人にわるぐちを言わずに、ゆうきをだして、「それはいやだから、やめて」と言おうと思いました。

    • 人の気持ちを大事にすることと、自分の気持ちを大事することは、どちらも大切なことだと学びました。これからは、自分の気持ちを言葉で伝えて、相手の気持ちにも耳をかたむけようと思います。

プログラムの効果を測定するために、今後も継続してレッスンと日常での取り組みを続ける予定です。

日本版ピースフルスクールプログラムの取り組み

文部科学教育通信 No.349 2014.10.13

第4回「未来を幸せに生きる力を身につけるピースフルスクールプログラム」という記事でもご紹介いたしましたが、現在、オランダで開発されたシチズンシップ教育「ピースフルスクール」の日本版プログラムの開発と展開を行っています。

オランダのプログラムであるため、そのまま日本で導入することは本質的ではありません。日本の特質や課題にあわせてプログラムを開発することが必要だと考えています。

ピースフルスクールプログラムとは、子どもと先生が、安心して存在できるコミュニティ(共生社会)を自ら創る力とマインドを身につけるための教育プログラムです。子どもも大人も学ぶ必要があるため、日本では、幼児・小学生・中高生・学生・社会人まで、広く対象としています。

今回は、日本での取り組みについてご紹介いたします。

 子どもと先生が安心して存在できるコミュニティとは

ピースフルスクールが定義する「安心して存在できるコミュニティ」では、以下のような環境が実現しています。

 

・異質な人や意見が排除されない

・いじめの傍観者はいない

・けんかしても、仲直りし、友達でいることができる

・話し合いに、個人が意見を持ち参加している

・クラスのために働いていない人はいない(誰かに仕事が押し付けられていない)

・孤独だと感じている人はいない

・問題解決に、みんなで取り組んでいる

 

日本の学校やクラスを想像した時に、上記の全てをクリアしているところばかりではないように思います。子どもたちは、安心できる環境でこそ主体的に学習することができるので、学校に関わる人全員で、この「一人ひとりが安心して存在できるコミュニティ」を創ることが必要です。この環境が実現できれば、いじめや学級崩壊、主体性のない子どもといった、現在の日本の教育が抱える課題が解決できると考えています。

 一人ひとりが安心して存在できるコミュニティを創る人になるために

ピースフルスクールでは、子どもたちは6つのテーマについて学びます。

 

  1. 共生、協働
    「ルールと約束」「ほめ言葉とけなし言葉」「助けることと干渉すること」など、クラスづくりやチームビルディングに関するレッスンを行います。子どもたちは、安心安全なコミュニティを創るために必要となる基礎的なマインドとスキルを学びます。

  2. 感情、共感
    意思決定やいじめなどの問題を解決する際、感情が伴っていないと実行に移すことが難しいです。いきなり「他者の感情を理解する」ところから始めるのではなく、「自分の感情を認識し、言葉で表す」「感情をコントロールする(怒りと付き合う)」などのレッスンと、「感情スティック」「感情バロメーター」などの日常でのコミュニケーションを通して、ポジティブな感情もネガティブな感情も言葉にして相手に伝えることの大切さを学びます。そして、「相手の感情を理解し、受け止める」ことができるようになります。

  3. 共生社会の意思決定

    民主的な意思決定を行うために必要なマインドとスキルを学びます。「自分の意見を持つ、根拠をあわせて伝える」「誤解と偏見」「ものの見方(視点)」「耳を傾けて、質問する」「説得する」「合意する」などのレッスンがあります。子どもたちは、クラスや学校の意思決定に関わり、決まったことに対してコミットする責任があることを学びます。

  4. 対立/問題解決

    「対立とけんかの違い」「3色の帽子(問題解決の3つの方法)」「ウィン‐ウィン解決」「対立の原因」「仲裁」など、クラスや学校で起きる問題を”子ども同士の話し合い”によって解決するために必要なマインドとスキルを学びます。

  5. 多様性
    「共通点と相違点」「判断と偏見」といったレッスンを通して、自分たちの似ているところと、違うところを認識し、違うところがある方が、学ぶことがたくさんあること、作業などがうまくいくことが多いことを学びます。自分もまた、多様性の一環であることを知り、いじめにつながる「自分とは異なる異質な人や意見を排除したい」と思う気持ちを育てないことにもつながります。

  6. 民主的社会の基礎知識
    小学校6年生では、「民主主義」や「規則と法律」といった、より社会と関係のある事柄を学びます。子どもたちにとっての社会である学校での学びが、社会でも生かすことができる実感を持つことができます。

 

これらの6つのテーマは、オランダ版プログラムとは異なっています。オランダ版プログラムをそのまま日本に適合することはできないと判断し、プログラムの要素を分解し、日本の学校や社会にとって必要な要素を加え、再分類しました。このようにプログラムをローカライズさせることが定着の鍵となると考えています。

 共生社会を支える主体性

ピースフルスクールプログラムで身に着く力を細かく分析していると、大きな軸が見えてきました。

一人ひとりが安心して存在できる社会を実現するために、最も大切なことは、一人ひとりの主体性を育むことです。ピースフルスクールでは、主体性を核に、自己肯定感、リーダーシップ、内省力、クリティカル思考を高めます。

現在、日本でも主体性やリーダーシップ、自己肯定感を育てる教育が必要だとされていますが、どれも異なる文脈で語られており、具体的にどのように育めばいいのか、といった答えは出ていないように思います。

自己肯定感やリーダーシップ、内省力、クリティカル思考は、主体性がなければ身につけることができません。自分の気持ち、考えを大切にし、選択、決断、行動をし、その結果に責任を持つことを「主体性」と定義すると、自らの意思でコミュニティを守り、発展させる力を「リーダーシップ」、自分の考えと行動に責任を持つために、自分の頭で考える力を「クリティカル思考」、自己の行動と結果を振り返り、学習する力を「内省力」、主体性を持ち、行動し、参画し、貢献を自ら実感し、他者から、存在や貢献を歓迎され、感謝されることを「自己肯定感」と定義できます。

これらを別々に身につけるのではなく、一つのプログラムを通して身につけることが大切であると考えています。

ピースフルスクールでは、レッスンと日々の生活の中で、これらの力を身につけることができるのです。

 安心して共生できる社会を実現するために必要なマインド

人々が安心して共生できる社会を実現するために、以下の8つのマインドを持つことが大切です。これらは、日本の社会ではあまり重要視されておらず、大人にも不足しているマインドですが、21世紀を幸せに生きるために、必要なマインドです。ぜひ一人でも多くの方に、これらのマインドの必要性について考えていただきたいです。

 

  1. 対立は民主的な社会にとって必要であり大切なものである

  2. 周囲と違う意見を持つことは悪いことではない

  3. 話し合いでは、一人ひとりが、意見を持ち、人に伝える責任を持つ

  4. 自分の感情を他者に伝えることは大切である

  5. 違いは悪いことではない

  6. 自分も、多様性の一部であると認識する

  7. 問題に言及する勇気が大切だ

  8. 問題は解決できる

 

次回は、日本での導入事例である佐賀県武雄市武内小学校でのピースフルスクールの取り組みについてご紹介する予定です。

小学生のファシリテーションに学ぶ「対話2.0」

文部科学教育通信Mo.348 2014.9.22掲載

ここ数年、日本全国で様々な「対話」を用いたワークショップが開催されるようになりました。今まで自分の気持ちや考えをオープンに伝える機会が少なかったところ、安心して自分の意見を話し、ありのままの自分でいることが許される場が普及してきたと言えます。

対話の目的が「自分の気持ちや考えを話す」や「自分の話を聞いてもらう」ことであれば、その目的は果たせていると思いますが、対話には、安心できる関係性を築く以上に、社会の様々な問題解決に直接寄与できる可能性があると考えています。

今の心地よい対話を「対話1.0」と名付けるならば、それを土台として、その先にある問題解決に寄与する対話は「対話2.0」と言えるでしょう。

現在、日本ファシリテーション協会の方々と共に、この「対話2.0」を実現するために必要な力を身につけるワークショップを開発しております。

今回は、この「対話2.0」の可能性と、どのようにしたら問題解決につながる対話を行うことができるのかについてお話いたします

未来を変える「対話2.0」

それでは、「対話2.0」とは、具体的にどのような対話のことを指すのでしょうか。

 

図は、「対話」を4つの階層に分類し、構造をまとめた図です。

今までの「自分の気持ちや考えを話せない」状態から、「話せる、聞いてもらえる」状態へと変化したことを「対話1.0」とします。

「対話2.0」の最初のステップは、「話せる、聞いてもらえる」状態から、「何かのトピックに対して自分の意見を持つ、その意見を根拠も併せて伝える、意見が対立する」段階に移行することです。対立を恐れていては、問題解決につながる対話はできません。

私は、「わかりやすいプロジェクト(国会事故調編)」というプロジェクトに携わっていますが、このプロジェクトの活動を通して、原子力発電所事故に関する対話を数回行いました。その際、原子力発電に対して賛成・反対といった意見を話す人はいても、その意見の根拠を伝えることができない人や、意見が対立した後、話し合いがどこにも向かえないケースがありました。

上記のような問題を解決するためには、対立した際に「自分の考えを内省する、相手の意見に共感する、今まで知らなかったことを学習する」ことが大切です。「なぜ、私はこの意見にこだわっているのだろうか?」と内省することで、自分の意見を一旦手放し、客観的に捉えることができるようになります。そうすることで、相手に対して「なぜ、そう思うのか?」と冷静に質問し、その意見に対して共感することができます。自分の意見に固執して、相手の意見を頭ごなしに否定するのではなく、どうしてその意見を持つに至ったのかを質問し、共感することで、今まで自分では思いつかなかったことを学ぶ機会にもなります。

問題の解決策を決定するためには、物事を判断する「評価軸」を明確にする必要がありますが、この内省と共感による学習を通して、冷静に「問題に対してどのような解決策を取るのか、評価し、決断する」ことができるのです。

このステップを経て決断に至ると、異なる意見を持つ者同士で、問題解決に向けてのアクションを起こすことができます。

このように、「対話2.0」のステップを解説しましたが、問題を解決し、未来を変える「対話2.0」を実現するためには、私たちは対立を乗り越える「対話力」を身につける必要があります。そのメソッドが、オランダで学校教育に導入されている「ピースフルスクールプログラム」にあります。実際、このプログラム導入校の子どもたちは、対話を通じて、自分たちの対立の問題を、自分たちの手で解決しています。プログラムの一部をご紹介いたします。

 自分の意見を持つ、根拠も併せて伝える

子どもたちは、ピースフルスクールプログラムを通して、安心安全な環境を自ら創る力を身につけます。その第一歩として、「自分の意見を持つ、根拠も併せて伝える」ことの大切さを学んでいます。

意見には、「賛成」「反対」「わからない」の三種類があり、そのいずれかの意見を持つ必要があります。学校やクラスといったコミュニティに所属する以上は、「私には関係ない」と言って意見を持たないことは許されません。

また、誰かに自分の意見を伝える際は、なぜそう思うのかという「根拠」や「事例」を挙げて伝えます。「賛成」や「反対」と言いっぱなしになると、それ以上の対話にはつながりません。理由をきちんと伝えることで、どのようなアクションを起こせるのか考えることができるようになります。

「対話2.0」の最初のステップに進むために、大人である私たちも学ぶ必要があります。

 自分の感情を言葉にする

私たちは、普段どれだけ自分の感情を言葉にして相手に伝えているでしょうか。

このプログラムを導入している学校では、ポジティブな感情もネガティブな感情も、言葉にして相手に伝えることを大切にしています。また、誰かと対立した時に起きる「怒り」の感情をコントロールする練習も行っています。このような日々の取り組みを通して、自分の感情も相手の感情も大切にできる人に育つのです。

「対話2.0」を行う際、意見が対立することがあります。その際も、怒りや悲しみの感情に振り回されて話すことを止めてしまうのではなく、落ち着いて自分の気持ちを伝え、対話を続けることが大切です。

普段感情について全く触れない人が、対話の際に感情を伝え、コントロールすることは難しいので、アクティビティを通して感情を話す練習を行うことが効果的だと考えます。

「嬉しい」「楽しい」「わくわくする」といったポジティブな感情を表す言葉を書いたカードや「悲しい」「悔しい」「頭にきた」といったネガティブな感情が書かれたカードを作成し、一番相手に話したいトピックに近い感情が書かれたカードを選び、その出来事と感情について話します。ネガティブな感情の方が話しにくいこともあると思いますが、いざ話してみると、気持ちが落ち着き、すっきりするといったケースも多くあるので、日常の中で、少しずつ取り入れられると良いと思います。

 批判をアドバイスに変える

子どもたちは、批判やけなし言葉を言われると、どのような気持ちになるのかを理解しているので、ネガティブなことを伝えなければいけない時に、批判ではなくアドバイスという形に変えて伝えることを学びます。

例えば、遅刻してきた友達に対して冷やかすのではなく、どう伝えれば相手が遅刻しなくなるかを考えるといったケース問題を通して練習します。このような練習と、日々の中でのやり取りを通して、子どもたちは批判をアドバイスに変えて伝える力を身につけます。

この力は「対話2.0」にも必要です。内省と共感による学習を経た後、判断基準を決め、解決法を決断する際、建設的なアドバイスをすることで、解決に向けてのアクションを起こしやすくなります。自分とは反対の意見を持っている人に対して、批判したくなる気持ちをコントロールできるようになると、「対話2.0」に近づくことができるのです。

 

このように、大人である私たちも、未来を変える対話力を身につけることができると、様々な問題に対して、前向きに解決することができるようになります。ぜひ「対話2.0」のステップで対話をしていただきたいと思います。

21世紀は女性の時代か?

文部科学教育通信No.347 2014.09.8掲載

今日、日本では女性の活躍を促進しようとする大きな動きがあります。

政府は、東京オリンピックが開催される2020年までに、25~44歳の女性就業率を73%(平成24年は68%)、管理職などの指導的地位に占める女性比率を30%とすることを目標に掲げています。OECD加盟国における管理職比率の平均は、30%を超えており、アジアにおいてもタイやマレーシア、ベトナム、中国、インドネシアに比べ、日本の比率は低いのが現実です。世界からは、生産年齢人口が急激に減少する中、女性の活躍促進が日本経済を救うという指摘もあります。女性管理職が著しく低いとう課題の解決は、日本の今後の経済成長のカギを握ると考える人々も増えています。

しかし、2013年度は企業の課長職以上に占める女性の割合が6.6%(2014年8月厚生労働省発表)と目標を大きく下回るなど、決して好調な滑り出しとは言えません。

 

世界における女性の社会進出においては、企業でのステップアップのみならず、起業という選択をする女性が多くいることに驚きます。世界では、女性起業家の比率は45%と高く、タイやシンガポールでは、女性起業家の方が男性起業家よりも多いそうです。

ビジネススクールにおける調査においても、柔軟に自分の都合に合わせて働くことが可能な起業は、時間の制約がある女性にとって望ましい働き方であるという報告が出されています。イノベーションが求められる日本において、女性の起業が世の中を変えるという時代の到来を予感させます。

 21世紀は女性の時代

多国籍企業を経営するグローバルリーダーや、社会問題を解決するチェンジメーカーが活躍する今日、エンパシー(共感力)が高く、物事に対して柔軟に対応することのできる女性の活躍に注目が集まっています。カリスマ的なリーダーが求められる時代が終わり、今日のリーダーにはチームビルディングやコラボレーションの力が求められます。

多様性を活かし、イノベーションを起こすために、リーダーに求められるコミュニケーションは、異質な人々の持つ違う考えや言語を前提としており、これまでとは求められるレベルが異なります。時代が求める共感力、チーム力、コミュニケーション力の高いリーダー像は、女性にとってとても親和性があります。

21世紀が女性の時代であることを象徴する3つの御話をしたいと思います。

 

一つ目は、ハーバード大学経営大学院(HBS)での取り組みです。2013年に共学50周年を迎えたHBSでは、女性入学者数を2014年には40%に引き上げました。HBSでは、女性の卒業生全員にアンケートを取り、これまでの女子教育を振り返り、女性の活躍促進のための教育の在り方を研究するプロジェクトがスタートしています。アメリカにおいても、フォーチュン500起業の内女性が最高責任者(CEO)の座に就いているのは、21社です。役員比率は14%、国会議員における女性の割合は18%です。女性の活躍が進んでいる米国においても、男女平等の社会は実現できていません。HBSでは、この事実を真摯に受け止め、女性のリーダー育成の在り方の何を変える必要があるのかを検討しています。

 

二つ目は、女性が本音を語れる時代の到来です。2011年2月に、アメリカ国務省政策企画本部長の要職を辞任したアン・マリー・スローターさんの「両立は無理」という発言がありました。この発言は、アトランティックという雑誌に、スローター氏が寄稿した記事の内容で、世界中で大きな反響を呼びました。プリンストン大学の教授として活躍されていたスローター氏は、「外交政策を司る仕事は、やりがいがあり好きだったが、思春期の2人の息子の母として、休みのない激務を続けることはできなかった。弁護士や投資銀行家、政府高官など、激務の仕事を持つ女性が、全て(キャリアと家庭)を手に入れることは不可能である」と言い、また、大切な子どもを優先することが信じられない社会はおかしいと断言しました。トップに上り詰め、輝かしいキャリアを持つ女性による「両立は無理」という発言は、1970年代に始まった女性解放運動に参加した、第一世代の女性たちが、口が裂けても言えない言葉であったことを知っている私にとっては、革命的な出来事でした。男女平等の社会は実現していませんが、女性の立場や声を、オープンに語れるところまで、女性の社会進出が進んでいると考えてもよいのではないでしょうか。

 

三つ目は、Facebookの最高執行責任者(COO)を務めるサンドバーグ氏が推進するLEAN INネットワークの存在です。サンドバー氏は、著書「LEAN IN」において、女性がキャリアを進める上で、社会が変わる必要もあるが、女性自身が心に持っている壁を克服する必要性があると語りました。女性は、自信に欠けていたり、必要な時に、前に出ることを躊躇したりする傾向があります。自分を売りこみ、相手に要求するということも、どこか遠慮してしまうことがあります。そのような女性の在り方を変えるために、サンドバーグ氏は、LEAN INという非営利団体を起ち上げ、積極的に行動する女性の支援を行っています。

サンドバーグ氏は、真の平等な世界が実現すれば、国家や企業全体としてのパフォーマンスが上がると主張し、女性自身の持つ心の障壁を取り除かなければ、女性が欲しいポジションを手に入れることはできないと、TED Talksでも語っています。

そのためには、女性がキャリアを積めるよう社会や組織の柔軟性を高めるだけでなく、女性自身が内面に作った壁を克服する必要があるとサンドバーグ氏は強調し、この精神的な壁は、社会的風潮によって成長の過程で自然に作られたもので、特に成功を手に入れる男性は周りから好かれる一方で、女性は敬遠される傾向があることが、女性が積極的にリーダーシップを取りに行きにくい大きな要因だと言います。(LEAN INより一部引用)
実際、フォーチュン500企業のうち、女性が最高経営責任者(CEO)の座に就いているのは21社となっており、女性の活躍が進んでいるとは言えません。

 社会にとってのメリット

日本と世界を比較するために、「The Global Gender Gap Report 2013」を見てみると、日本は105位で、前年の101位、前々年の98位に続いてランクダウンしています。1位は5年連続アイスランド、2位フィンランド、3位ノルウェー、4位スウェーデンとなっており、欧州が上位を占めます。このレポートは、経済活動の参加と機会、教育、健康と生存、政治への参画の4分野から男女格差を測定しています。日本の結果は教育と政治への関与においてスコアが前年より低下しています。
昨年2月に来日した、ビジネス書のベストセラー「ワーク・シフト 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図」の著者であるリンダ・グラットン氏が、プロモーションのために来日しました。その際に集まった人々から、未来の働き方について質問を受け、その返答として、帰国後、「日本企業と若者世代の未来」についてForbes誌に執筆した記事をご紹介します。「もし、日本の労働人口の半数が「大人対大人」として意見を聞いてもらえていないのだとしたら、これは日本企業で働く人々が「意思を持った大人」へと移行する妨げになります。」この移行をどう実現していったらよいかについて、「受け身のこども」から「意思をもった大人」へと移行するための私なりのアイディアを3つ記したいと思います。①視点を広げる②自分の意見を口にする③勇気を持って行動する

日本の若い世代が、入ろうとしているグローバルな世界では、視点を広げ、自分の意見を口にし、勇気を持って行動することが、ますます重要になってくるでしょう。日本の若者世代が変革を始めるのは今です。(引用翻訳: Lynda Gratton ”The Choices for Japanese Youth” (Forbes 2/11/2013))

 

 

 

学習する組織 Learning for All の活躍

 

文部科学教育通信 No.346 2014.08.25掲載

第5回の連載でご紹介した、「学習する組織」の5つの規律を体現しているNPO法人Teach For Japanの学習支援事業Learning for All(以下、LFA)についてお伝えいたします。

私は、2010年のLFAの活動開始時から、研修や組織開発の面で継続的にサポートしています。LFAの組織としての成長を見守るとともに、常にLFAの活動に携わっている学生からも学んできました。

今回、これまでの活動を振り返りつつ、LFAの魅力をご紹介する機会にしたいと思います。

 Learning for Allについて

LFAは、学習支援を通して困難を抱える子どもたちの可能性を広げるとともに、将来、教育現場や社会でリーダーシップを発揮する人材を育成する大学生向けのプログラムです。

子どもたちの置かれている状況に共感し、情熱を持って指導する人材を、子どもたちの前に教師として送り込むことで、子どもたちの学習遅滞解消、自己肯定感の向上を図ります。また、そのために独自の研修プログラムやサポート体制によって、参加する教師自身の成長、変容を実現します。大きく分けて、長期プログラム(春季、秋季、冬季:2~3ヶ月)と短期プログラム(夏季休業期:5日間)の2つが行われています。

団体のミッションは、

  1. 困難を抱えた子どもたちの可能性を最大化する
  2. 参加した学生のリーダーとしての成長を実現する
  3. 卒業生による”社会全体で教育を変える”システムを創る

です。

2010年夏より活動を開始し、今では関東・関西・東北に広がっています。

関東は葛飾区や墨田区、関西は東淀川区、奈良市、池田市。東北は、仙台市雄勝町、石巻市、南三陸町にて継続的にて学習支援を行っています。

LFAは、2013年度までに、延べ2,131人の子どもたちに学習支援を行いました。プログラムに参加した学生教師は延べ785名、LFAのスタッフとして活動している人は述べ389名となっています。

また、2014年度は既に春季のプログラムが終了し、現在は夏季プログラムの事前研修を行うと同時に、秋季プログラムの応募が開始しています。

LFAの学習支援を受けた子どもの中には、学力的に高校への進学が厳しいと言われていたけれど、学生教師がその子どもの躓いているところを一つずつ丁寧に指導し続けたことで、志望校に推薦合格した子どももいます。また、LFAの学習支援では、学生教師が丁寧に子どもたちとコミュニケーションをとるので、そのやり取りを通して将来のことを前向きに考えるようになり、留学ができる学校に進学し、夢に一歩近づいた子どももいます。

 持続可能な学習支援を行うために

LFAは学生が主体となって運営している組織です。採用や研修をデザインする際に、私のような社会人がアドバイスすることもありますが、組織を成長させ、子どもたちにより良い学習の機会を提供するために活動しているのは、情熱をもった学生たちです。

学習支援を持続可能な活動にするため、LFAは子どもたちの置かれている状況に共感し、誰も解決しようとしなかった課題を創造的に解決し、自ら学習し続けることのできる人材を仲間にしています。

学生教師とLFAスタッフの情熱や、子どもたちの変化を知ってもらうための説明会といった広報活動も、全て学生が行っています。説明会でのプレゼンテーションひとつを挙げても、初めてLFAに接した人々に彼らの思いが伝わるように、何度も練習し、フィードバックしあい、改善しています。

学生教師を採用する際にも、どのような思いを持っているのか、たとえ困難な状況に置かれても責任をもって子どもたちを支援することができるのか、教師自身が学び続けることができるのかを確認するために、エントリーシートの提出や面接を実施しています。指導の経験やスキルだけでなく、子どもの目線で物事を考えることができるかどうか、困難な状況に陥っても逃げるのではなく課題を解決するために前に進めるのか、といったところも重要な採用基準です。

LFAは、採用した学生に対して、指導を開始する前に20時間の事前研修、プログラムの期間中に20時間以上の中間研修を提供しています。また、指導期間中は教師に対して指導のフィードバックを行い、教師自身がPDCAサイクル(Plan-Do-Check-Actサイクル)を回して、より良い指導ができるようにサポートします。

プログラム終了後には「大リフレクション大会」という、活動を振り返って次の行動につなげる機会を設けています。

このように、LFAは、子どもたちの成長のために個人と組織の学習サイクルを綿密にデザインしています。

 学習する組織としてのLearning for All

LFAの個人と組織の学習サイクルについてふれましたが、団体設立時からこのようなサイクルがあったわけではありません。何度も試行錯誤を繰り返し、成功や失敗から学び続けた結果、現在のスタイルが確立されたのです。また、今でも常に子どもと教師にとってより価値のあるやり方を模索し続けています。

私はLFAを学習する組織であると考えています。LFAは、学習する組織の5つの規律(http://www.a-kumahira.co.jp/fifth/fifth.html)を活動全体で体現しています。

私がLFAの研修を担当する際、スタッフや学生教師に向けて「学習する組織」の話をしています。なぜこれら5つの規律が大切なのか、とLFAに携わる学生達が繰り返し考えることが、組織が成長していくための土壌づくりになると考えているからです。

LFAに参加している学生は、なぜLFAで活動するのか、どのような思いから参加しているのか、この先LFAでの経験を何に活かしたいのかといったパーソナルマスタリーをもっています。個人の願いを叶える手段が、LFAでの活動である場合が多いのです。

また、LFAの活動を通して個人が成し遂げたいことと、団体のビジョンが一致しています。研修では、LFAのスタッフが団体のビジョンを学生教師に共有する機会がありますが、この共有ビジョンに一人ひとりが共感し、自分事とすることを目的としています。

LFAに携わる学生は、メンタルモデルという色眼鏡が自らの学習を妨げる原因となることを理解しているので、自分とは異なる意見や価値観に出会った時、反発するのではなく、歩み寄ってそこから学ぼうとします。

また、個人がそれぞれPDCAサイクルを回して学習しますが、チーム学習も盛んです。ナレッジと呼ばれる経験をお互いに共有し、自分の指導に活かせるものは進んで取り入れることもできます。また、チーム全体で課題を解決することも行います。その際、ダイアログ(対話)という手法で、お互いの意見を尊重しながら、より良い答えを求めます。

学習支援に力を注いでいると部分的な課題にとらわれることがありますが、システム思考を用いて、全体から眺めた時にどこが問題なのか、どのような因果関係でその問題が起きているのかを捉え、効果的にアプローチします。

このように、子どもたちの学習機会を最大化するために、LFAの学生教師やスタッフは、自ら学習し続けています。

 これからのLearning for All

事業モデルの標準化によって、どの事業部・どの拠点においても、一定の質の高いプログラムを提供することができるようになった今、今後は事業の拡大に向けて動いていきます。今後は、年間1,000名以上の子どもに対する支援を実施し、学生教師も年間400名以上を採用予定です。拠点数も東京と関西でそれぞれ9拠点へ拡大することを目標としています。

LFAが学習支援の対象としている子どもたちは、現在の拠点以外にも日本全国に存在しているのが現状です。より多くの子どもに機会をつくることができるよう、LFAはこれからも活動を続けます。

LFAのウェブサイト:http://learningforall.or.jp/

 

 

ピースフルスクールプログラムと「学習する組織」の学びを活かす

文部科学教育通信No.345 2014.08.11掲載

第4回の連載でご紹介した、子どもたちが自ら安心安全なコミュニティをつくるための教育プログラム「ピースフルスクールプログラム」を、学校や地域コミュニティに導入したいという声が集まっています。

2013年度より、品川女子学院では、「学習する組織」とピースフルスクールプログラムの授業を、教員と生徒対象に実施しています。

2014年7月より、相模原や相模大野を中心に活動されている「職子屋」というキャリア教育支援のボランティア団体とともに、ピースフルスクールプログラムと「学習する組織」の学びをどのように地域や学校に活かすことができるのかを模索する勉強会を開始いたしました。

今回は、ピースフルスクールプログラムと親和性が高く、導入に必要となってくる『学習する組織』の学びをご紹介いたします。

ピースフルスクールプログラムと『学習する組織』の親和性ピースフルスクールプログラムと『学習する組織』の親和性

ピースフルスクールプログラムは、学校や地域コミュニティにおいて、21世紀を幸せに生きるために必要なスキルとマインドを、子どもと大人が共に学び、日常生活でその学びを実践し体現するシチズンシップ教育です。

プログラムを通して、自尊心・自制心・共感力・内省力を高め、問題を話し合いで解決し、安心安全なコミュニティを自分たちの力で創りあげていくことが出来るようになります。

このプログラムの特徴の一つは、スキルとマインドを養い、実社会で応用していくところです。コミュニティの運営や対人関係を円滑にするためのプログラムはピースフルスクールプログラム以外にも数多く存在しますが、実際に学びを現実世界に適用し、学校やコミュニティの文化として根付かせるプログラムはあまり多くありません。

このプログラムを知識学習だけに留めることなく、多くの人が実践し、文化として根付かせることができるようになるために、「学習する組織」の教えと組み合わせていくことが大切だと考えています。

「学習する組織」は、ピーター・センゲにより統合された組織論で、起こりうる最良の未来を実現するために、個人とチームの能力と気づきの状態を高め続けることができる組織のことを指します。

洋の東西を問わず、教育の問題は政治や社会の重要なテーマとなっていて、「教育改革」「教育再生」など様々な取り組みが行われています。その中にあって、教育者たちの間で注目され、実践されているアプローチがこの「学習する組織」です。その概念と実践のための手引きは、MIT上級講師のピーター・センゲ氏が1990年に書いた『The Fifth Discipline』(邦訳『最強組織の法則』)に示され、その後『The Fifth Discipline Field Book』(邦訳:『フィールドブック「学習する組織」5つの能力』)などで実践の実際や事例などが詳しく紹介されています。

「規律」か「ゆとり」かを振り子のようにゆれる教育改革論議の中で、ビジネスの分野での研究や実践が教育界にも役に立つと考え、多くの教育界のリーダーや教育者たちがこの活動に取り組み始めました。子どもたちだけでなく、周囲の大人までも含めて、すべてを主体的な「学習者」として捉えるこの手法は、導入した企業や学校で目覚しい成果を遂げています。今では、「学習する学校」というコンセプトを掲げ、米欧中などで盛んに取り組まれ、国際学会などを通じてその進捗が共有され、また新しい実践者を増やす場が広がっています。

「学習する組織」では、チームや組織が起こりうる最良の未来を実現するために、能力や気付きを高め続ける組織には5つの規律が不可欠である、と定義しています。

「学習する組織」の5つの規律とは、以下の5点です。

 

  1. パーソナルマスタリー

    「パーソナルマスタリー」とは、自分が「どのようにありたいのか」「何を創り出したいのか」について明確なビジョンを持ちながら、ビジョンと現実との間のギャップや緊張関係を、創造的な力に変えて、内発的な動機を築くプロセスである。

    パーソナルマスタリーを持つ人は、己を知り、自らの意思でそこに立ち、ビジョン実現のために行動することができる。

  2. 共有ビジョン

    「共有ビジョン」とは、構成員それぞれのビジョンを重ね合わせて、組織として共有・浸透するビジョンを創り出すプロセスである。
    ひとたび、ビジョンが共有されれば、それが組織の行動、成果、学習の指針をコンパスのように示す。

  3. メンタルモデル

    「メンタルモデル」とは、マインドセットやパラダイムを含め、それぞれの人がもつ「世の中の人やものごとに関する前提」である。
    自らのメンタルモデルとその影響に注意を払い、物事がうまくいかないときには外にその原因を求めるのではなく、自らのメンタルモデルの欠陥を探求する。

  4. チーム学習

    「チーム学習」とは、チーム・組織内外の人たちとのダイアログを通じて、自分たちのメンタルモデルや問題の全体像を探求し、関係者らの意図あわせを行うプロセスのことである。中でも、「本音で腹を割って話す」ことに主眼を置き、集団で気付きの状態を高めて真の問題要因や目的を探求する一連の手法をダイアログという。

  5. システム思考

    システム思考とは、ものごとを一連の要素のつながりとして捉え、そのつながりの質や相互作用に着目するものの見方である。しばしば、全体最適化や複雑な問題解決への手法としても応用され、「生きているシステム」という考え方の根幹をなす考えでもある。

     

    ピースフルスクールプログラムを学校や地域で実践していく際に、この5つの規律をベースにすることが大切であると考えています。

    なぜなら、学校や地域には様々な考えを持った人が存在していて、その異なる考えを持った人同士がつながり、お互いを尊重して安心安全なコミュニティを創っていく必要があるからです。

    まず、人はそれぞれ過去の経験や大切にしている価値観が異なるため、メンタルモデルと呼ばれるものの見方(偏見や色眼鏡)があることを知ります。自分の考えに固執せず、異なる考えを持った人を理解し、共に学習する姿勢こそが、ピースフルスクールプログラムを文化として根付かせる重要なポイントです。

    また、プログラムの導入時には、「あなたの学校に通う子どもたちにどのような人に育ってほしいと願うか」や「あなたの学校や地域コミュニティをどのようなコミュニティにしていきたいと願うか」といったパーソナルマスタリーに近い思いをお互いに開示し、「みんなで何を実現するのか」を検討します。これが共有ビジョンにもつながります。

    このプログラムは、基本的に大人が子どもに教えますが、子どもと一緒に大人も学習します。また、個人の学びに終始することなく、学校や地域の日常で起きる様々な事象に対してプログラムの学びを実践するので、チームで学習することになります。

    プログラムの実施が進むと、本来期待していた効果が得られているのかを確認する必要がでてきます。子どもたち・教員・保護者・環境などにどのような変化が起きているのか、システムで捉え、より効果を上げるためにできることを模索することも大切です。

    このように、ピースフルスクールプログラムは体系立ったプログラムですが、「学習する組織」の学びと掛け合わせることで、より効果を発揮できると考えています。

    「学習する組織」について、こちらのサイトで詳細をご紹介しています。

    http://www.a-kumahira.co.jp/fifth/index.html

 

 

 

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