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幼児のころから心を育てる教育(2)

文部科学教育通信No.359 2015.3.9掲載

本連載第18回より2回連続で「幼児のころから心を育てる教育」について取り上げています。

前回は、「21世紀の教育とは」「大人になる練習」と題して、OECDのキーコンピテンシーや「生徒の知識と技術の測定(PISA)」の報告書の序文にあるPrepared for Life(人生の準備は万全か)をもとに、教育のあり方について考えました。

今回は、2015年2月に神奈川県箱根町教育委員会と幼稚園・保育園の先生方向けに実施した講義内容をもとに、ピースフルスクールプログラムの教育目的、幼児のプログラム内容についてご紹介いたします。

 

教育の目的

ピースフルスクールプログラムの教育目的は、民主的な社会の実現に必要な力を、学校教育の現場で子どもたちが身につけることです。

これは、Prepared for Life(人生の準備は万全か)に記載されていることと一致しています。

民主的な社会とは、多様な人々が安心して幸せに共生することができる社会のことを指します。

この社会を実現するためには、一人ひとりが自立することと、多様な人同士が共生する必要があります。

ピースフルスクールでは、子どもたちに自立(主体性)を学ばせる上で、「自分の意見を持つこと」「人の意見に対して、反対の意見を持つことは悪くないこと」を基本としています。

また、共生の心を育むために、「対立は悪いことではないこと」「対立が起きるのは自然のことだが、対立をケンカやいじめに発展させるのではなく、話し合いで解決すること」の重要性を子どもたちに教えます。

このように、真の民主性とは対立に基づくのです。

対立と聞くと、「嫌だな」「できれば避けたいな」と思う方が多いのではないでしょうか。しかし、多様な人々は今まで生きてきた背景や経験してきたことが異なるため、皆それぞれ意見や価値観が異なります。同じ地域に長く暮らしているお隣さんや、年代の近い人同士であっても、異なって当たり前なのです。

それゆえ、意見や価値観が異なるために対立することはごく自然のことであるのです。

対立を当たり前のものであると受け入れず、恐れるがゆえに、自分の意見を伝えることができなかったり、人の意見に対して反対意見を表明することができないのです。

やめてほしいと思っていても、「嫌だからやめてほしい」と言うこともできない子どもたちが増えています。誰かがいじめられているのを知っていても、「いじめるのは良くないよ」と主張できる子どもはほとんどいません。

それで何事もなく平和に過ごせるのでしょうか。なぜ、いじめや悪質な事件が起きているのでしょうか。

対立を避けていても、何も始まりません。むしろ事態は悪い方向へ進むばかりです。

対立を避けるのではなく、対立を話し合いで解決できる力を身につけることが大切なのです。それこそが、多様な人々が安心して幸せに共生することができる社会をつくる第一歩であり、ピースフルスクールプログラムの教育目的であると考えています。

 

幼児のころから「多様な人々が安心して幸せに共生する」というビジョンが行き届いた環境で過ごすこと

ピースフルスクールプログラムは、もともとオランダで開発されました。

1990年頃、子どもたちの問題行動や移民の増加によってコミュニケーションが取れなくなることが原因でコミュニティが崩壊したことがありました。この問題を国全体で解決するために、学校風土や教室の雰囲気を改善することを目標としたシチズンシップ教育プログラムの開発を計画したのです。

いじめや非行といった問題に対して、対処療法ではなく根源的なアプローチをとるために、ピースフルスクールプログラムの開発が進められました。

対処療法的なアプローチをとるのであれば、いじめや問題行動が増加する小学校高学年や中高生に対して働き掛けることを優先した方が良いと考える人もいるかもしれません。

しかし、これらの問題に対しては、「人をいじめてもいい」「自分と異なる人を排除したい」といった価値観が形成される前に手を打っておかなくてはならないのです。問題が起きてから対処しようとしたのでは手遅れです。

そのため、幼児のころから「多様な人々が安心して幸せに共生する」というビジョンが行き届いた環境でプログラムを実践することを大切にしています。

プログラム導入校の幼児は、幼いころから自立(主体性)共生を身につける練習をします。例えば、お友達と意見が異なってもお友達でいて良いと知ることで、「自分の意見を持つこと」「人の意見に対して、反対の意見を持っても構わないこと」を学びます。

今日、何の遊びをするのかを自分で考え、計画を立てることもあります。計画を立てるといっても綿密に時間を区切ってスケジューリングするのではなく、壁に描かれた園内の絵を見て、自分が遊びたい場所のところに自分の名前が書かれたキーホルダーをぶらさげる、といったレベルです。

みんなで行う遊びや、みんなで読む絵本を決める時に、自分の意思を伝え、みんなで意思決定をする練習も行います。

このようなレベルのことであっても、日々の保育や遊びの中で子どもたちの主体性を育むことができるのです。

共生する力を育むために、「対立は悪いことではないこと」を幼児のころから学びます。

それを理解した上で、対立をけんかや仲間外れに発展させることはいけないことで、話し合いで解決する必要があることを学ぶのです。

プログラムを導入している小学校では、児童が自分たちで話し合って問題を解決したり、仲裁役に手伝ってもらいながら対立を解決していますが、幼児のころからこのレベルのことを実施するわけではありません。あくまでも、その年齢や子どもたちの成長スピードにあった形で学んでいきます。

例えば、子どもたちは、対立の対処方法を理解する際、「3色の帽子」をモデルにしています。

赤い帽子(攻撃する):相手を叩いたり、自分の意見を強く主張することで、自分の意見を押し通すと、すぐにケンカになってしまいます。

青い帽子(我慢する):自分の意見や考えを相手に伝えず、相手の言いなりになると、ケンカにはなりませんが、どちらか一方が満足し、譲歩した方の望みは叶いません。

黄色い帽子(話し合いで解決する):対立した時には話し合いによる解決を目指すと、お互いより良い解決策を求めて話し合います。

 

これらの帽子をイメージしながら、自分が誰かと対立した時にどのような対処方法をとっているかを理解し、黄色い帽子で解決できるように意識を変えていくのです。

また、オランダでは赤い帽子の子どもが多く、赤い帽子から黄色い帽子への移行を特に意識しているようですが、日本の子どもたちを見ていると、嫌だと思っても言わない、空気を読んで言いなりになるといった青い帽子の子が多いと感じます。青い帽子から黄色い帽子へと意識を変えていくことも必要です。近頃は、自分の感情をコントロールできず、赤い帽子で周囲と関わる子どもも増えているので、いずれにしても黄色い帽子をみんなで目指す文化を創ることが大切です。

子どもたちの中で、「多様な人々が安心して幸せに共生する」ということが当たり前のことになることが重要なのです。そのためには、このことを大切にしている文化を創っていく必要があります。

幼児教育では、子どものお世話をすることがお仕事の中心となるケースもあると思いますが、子どもたちは大人が想像している以上に立派なひとりの人間です。大人の勝手な思い込みでその学習力や成長力に蓋をすることなく、自立と共生の心を育むことが大切であると考えています。

幼児のことから心を育てる教育(1)

文部科学教育通信No.358 2015.2.23掲載

今、子どもたちを取り巻く環境は大きく変化しています。

小学校中学年頃になると、学校やクラスで仲間外れやいじめが起きることが多く、子どもたちはいじめの対象とならないための自己防衛力を身につけるようになります。心の中では「友達をいじめてはいけない」「いじめのある学校は嫌だ」と思っていても、声に出して主張すると自分が攻撃される恐れがあるので、いじめに加担したり、見て見ぬふりをする傍観者となったりするのです。このような環境で生活している子どもたちの多くは、心を押し殺して生きています。

また、誰かと対立やけんかをした時に怒りの感情を抱いたとしても、その気持ちを落ち着いて相手に伝えることはせず、我慢したり、誰もいないところで叫んだり、寝て発散するといった対処法をとる子どももいます。

このように、小学生のころからコミュニケーションが上手にとれないため、人間関係をうまく築くことができず、自分を押し殺して生活している子どもが増えています。

中学生以上になると、本音と建て前が顕著になります。
例えば、いじめに関する授業を行った際、多くの生徒は「いじめは良くないと思うし、いじめのある学校には通いたくない。居心地が悪い」「いじめに怯えながら生活するため、学業や部活動などに悪影響があると思う」と発言しました。これは生徒たちの本音であると思います。多くの生徒がいじめのない学校生活を送りたいと願っているのです。

それでは、みんなでいじめを撲滅するために行動を起こそうと提案すると、「いじめをなくせるとは思わないし、いじめを解決するために行動を起こすと、今度は自分が対象となる恐れがあるので何もできない」と声を小さくします。現実と向き合わず、何とかやり過ごしているのです。

このような経験を子どものころから繰り返していると、大人になった時により複雑な問題を解決することは難しくなります。

そうならないために、何ができるのでしょうか。
人間の学習力に限界はないので、大人になってからでも学び、変化することはできますが、「人と関わることが怖い」「本音ベースで行動することはできない」「問題を口にすると事が大きくなるので、気付いていないふりをした方が良い」といったメンタルモデル(思い込み)が形成されてしまうと、それを変えるのは難しくなります。その前に、「人と関わることは怖くない」「問題は解決できる」という価値観を身につけることが必要なのです。

2013年より、子どもたちの心を育て、自立と共生を実現するピースフルスクールプログラムを開発、展開していますが、この度、神奈川県箱根町の教育委員会の方々より、箱根町の幼稚園と保育園でのプログラム導入の声が挙がりました。

2015年2月に「ピースフルスクールプログラム説明会」と題して、教育委員会と幼稚園・保育園の先生方向けに講義を行いましたので、今回と次回にわたり、その内容をご紹介いたします。

 

ピースフルスクールプログラム説明会

教育委員会主催のピースフルスクールプログラム説明会を実施いたしました。

講義の構成は、以下の通りです。

  1. 21世紀の教育とは

  2. ピースフルスクールプログラムとは

  3. プログラムの内容

  4. まとめと振り返り(質疑応答)

 

21世紀の教育とは

今回初めてピースフルスクールプログラムを紹介するにあたり、なぜこのような教育が幼児期から必要なのかについて説明いたしました。

21世紀は「変化・複雑・相互依存の時代」と言われています。

そのような時代において、OECDは21世紀の教育目的を以下のように定めています。

  1. 持続可能な成長を実現する社会

  2. 多様な人々が安心して共生できる民主的な社会

また、2000年に発表されたOECDの「生徒の知識と技術の測定(PISA)」の報告書の序文に、Prepared for Life(人生の準備は万全か)というタイトルで以下の通り書かれていました。

若い成人が未来の挑戦に対処すべく、果たして充分に準備されているだろうか。彼らは分析し、推論し、自分の考えを意思疎通できるだろうか。彼らは生涯を通しての学習を継続できる能力を身につけているだろうか。父母、生徒、広く国民、そして教育システムを運用する人々は、こうした疑問に対して解答を知っておく必要がある。

子どもたちは、変化・複雑・相互依存の時代において、持続可能な社会を多様な人々とともに実現するために、在学中に充分な準備をしておくことが求められています。

また、OECDは「21世紀を生きる力」として3つのコンピテンシーカテゴリーを定めています。

カテゴリー1.相互作用的に道具を用いる

カテゴリー2.異質な集団で交流する

カテゴリー3.自律的に活動する

OECDは子どもたちが身につけるべき力をこのように定義していますが、実際の学校教育を見てみると、全てが完全に実現されているとは言い難いのが現状です。

とりわけ、カテゴリー2と3の力を教える教育はあまりなされていないと言えます。

しかし、子どもたちが変化・複雑・相互依存の時代において、持続可能な社会を多様な人々とともに実現するためには、学校教育の中でカテゴリー2と3の力を養う必要があります。

ピースフルスクールプログラムは、カテゴリー2と3に書かれている「他人といい関係をつくる能力」や「協力する能力」、「争いを処理し、解決する能力」「自らの権利、利害、限界やニーズを表明する能力」といった力を学校で養うことができる内容となっています。

冒頭で申し上げた通り、これらの力を養うためには、「人と関わることが怖い」「本音ベースで行動することはできない」「問題を口にすると事が大きくなるので、気付いていないふりをした方が良い」といったメンタルモデル(思い込み)が形成される前にプログラムをスタートすることが肝心です。

このメンタルモデルが形成されてしまうと、小学校高学年や中高生のころに起きる問題に対処療法的な対応をとることしかできなくなり、根本的なアプローチをとることが難しくなるため、幼児期や小学校低学年ころからプログラムを実施することが望ましいのです。

 

大人になる練習

PISAの報告書の序文に書かれているPrepared for Life(人生の準備は万全か)にもある通り、子どもたちは人生を幸せに生きるための準備をしなくてはなりません。

言い換えると、これは大人になる練習を学校生活の中で実施していくことと同義であると考えます。

子どもたちがその準備を充分にできるようにサポートをすることが、我々大人の責任であると思います。

ピースフルスクールプログラムを導入している園や学校に通う子どもたちは、そのコミュニティにおいて、多様な人々と幸せに生きる練習を始めます。自分の意見を持つことや、気持ちを大切にすること、対立を話し合いで解決することなど、小さな一つひとつの練習が子どもたちの力になります。

幼児のころからいきなり問題を自分たちで解決することは難しいですが、幼児は幼児のレベルで、小学校低学年は小学校低学年のレベルで一つずつ学べるように、子どもたちの成長にあわせてプログラムを実施していくのです。

そうすることで、学校生活を通して、自立と共生の力を身につけることができるのです。

子どもたちの主体性を育み、21世紀を幸せに生きるために、今何をしなければならないのか。

このことを我々大人もしっかりと考える必要があると思います。

感情を認識すること、言葉で伝えること、コントロールすること

文部科学教育通信No.357 2015.2.9掲載

今、教育の世界では、「感情」や「共感力(エンパシー)」を重視しようとする動きがあります。

今までの日本の教育でも、「誰に対しても思いやりの心をもち、相手の立場に立って親切にする」「謙虚な心をもち、広い心で自分と異なる意見や立場を大切にする」ことの大切さは教えられていましたが、自分自身の感情を認識し、大切にすることは、あまり重要視されてきませんでした。相手の立場で物事を考え、深く共感できるようになるためには、まず、自分の感情を認識し、言葉で伝え、必要に応じてコントロールできるようになることが大切であると考えています。

今回は、ピースフルスクールプログラムが子どもたちに教える「感情」に関する学習ステップと、佐賀県武雄市武内小学校で実施したピースフルスクールプログラムの授業「感情を認識し、言葉で伝えよう」と「怒りをコントロールしよう」についてご紹介いたします。

 

感情に関する学習ステップ

他者の気持ちを理解するためには、まず、自分の気持ちを知り、言葉で伝えることができるようになることが大切です。今、自分は一体どんな気持ちなのか。プログラム導入校では日々の生活でこのことをしっかり認識できるようになる取り組みを行っています。

自分の感情を認識すると同時に、その感情を言葉で表現し、伝える練習も行います。例えば、誰かから不愉快なことをされた時に、自ら「嫌だから、やめてほしい」と言う必要があることを子どもたちは学びます。

そして、誰かと対立した時に、怒りの気持ちをコントロールできるようになることも必要です。怒りの感情をそのまま周囲の人にぶつけるのではなく、まずは一旦落ち着けるように自らの感情をコントロールするのです。このことを学んでいない子どもたちは、怒りの感情に翻弄され、周囲に強くあたったり、暴力に訴えたり、歪んだ形でストレスを発散するようになってしまいます。日本で起きている犯罪の多くも、原因を突き詰めると、怒りや不満の気持ちを上手に昇華できないことが原因となっているのではないでしょうか。

このように、感情に関する学習のステップを経て、ようやく他者の気持ちを理解することができるようになるのです。

いきなり他者に思いやりの心を持てるようになるのは難しいですが、感情としっかり向き合うことで、自然とそういう心が育つのです。

 

感情を認識し、言葉で伝えること

ピースフルスクールプログラム導入校の子どもたちは、学習ステップの第一段階である感情を認識し、言葉で伝える練習をします。

授業では、まず、自分がどんな気持ちなのかを知ることの大切さを伝えます。そして、悲しい・寂しい・辛いといったマイナスの感情でいることも、決していけないことではないと伝えます。なぜか、「いつも明るく、楽しく、仲良くしましょう」といった風に、ポジティブな感情でいるのを善として奨励することが多いですが、人間ですから色々な感情の日があって当然です。このようにポジティブが善であるという雰囲気をつくってしまうと、ネガティブな感情を抱いている子どもたちは、何か後ろめたい、悪いことをしているような気持ちになるものです。その結果、自己肯定感も自ずと下がってしまいます。

人間なのだから、ポジティブな感情の日もあれば、ネガティブな感情の日もある。悲しいことや辛いことがあった時に、その感情を認め、話せるようであれば周りのお友達に話してみる。そうすれば、少し楽になることも学びます。また、ネガティブな感情を抱いているお友達が周囲にいる場合、みんなで寄り添うことの大切さも学びます。

こうすることで、自分はここに居ていいんだという安心感が得られ、自尊心や自己肯定感も上がるのです。

これらは、一度レッスンを行っただけでは身に付きません。そのため、先生が折に触れて子どもたちに気持ちを尋ねたり、「感情スティック」と呼んでいるツールを使って「今、自分はどんな気持ちか」を認識する練習を行っています。このスティックを使うと、クラスにいる子どもたちの状態を把握することも可能です。「怒っている」や「悲しい」にスティックを入れている子どもに対して、何があったのかを尋ねることもできます。

また、スティックは一日の内に何度も移動させることが可能です。登校した時は、兄弟とけんかして「怒っている」にスティックをさしたけれど、お友達が話を聞いてくれて気持ちが落ち着いた時は「嬉しい」にスティックをさしかえることができるのです。

このように可視化することで、感情は変化するということも学べます。

怒りをコントロールする

ピースフルスクールプログラム導入校では、誰かと対立やけんかをした時に、暴力やいじめに走るのではなく、話し合いで解決することを奨励しています。

しかし、いきなり「対立した相手と、話し合いで解決しましょうね」と伝えたところで、そううまくはいきません。

まずは、対立やけんかをした時に起こる「怒り」の感情を自分でコントロールすることの大切さを学びます。

人間なので怒ってしまうことがあって当然です。しかし、怒りの気持ちをそのまま相手にぶつけたり、物にあたってしまっては、状況がますます悪化してしまいます。

子どもたちは、「怒りの温度計」というツールを使って、怒りの感情は上昇することもあれば、下げることもできるということを学びます。

誰かとけんかしたり、自分の思い通りにいかないことがあった時に、頭の中に「怒りの温度計」をイメージします。そして、今、自分がどれぐらい怒っているのかを認識します。そして、その温度を下げるためにできることを行うのです。例えば、落ち着くために10秒数えてみる。けんかの相手から一旦離れてみる。深呼吸をしてみる。授業では、こういった対応を取れるようになるために練習します。

また、クラスの誰かが怒っている時、周囲のお友達や先生が、「今、怒りの温度計がとても上昇しているね。一旦落ち着こうか」と声をかけることもできます。

子どもたちは、日々の生活の中で、自分で気持ちをコントロールする必要があることを学ぶのです。

これができるようになると、鬱憤が溜まっているからといって、暴力やいじめに発展することが減ります。もし、暴力やいじめが起きたとしても、学校の多くの子どもたちが「自分の感情を自分でコントロールすることが正しい」という認識を持っているので、そのいじめに便乗することがなくなります。

怒りがおさまって、落ち着いて話すことができるようになれば、あとは、対立の解決のために当事者同士で話し合いをします。子どもたち自身でコミュニティを創りあげていくというのは、このようなことの積み重ねなのです。

 

感情と向き合うことの大切さ

今回は、感情と向き合うことの大切さについて触れました。

大人の世界でもそうですが、いくら正しいことをするように教えても、そこに気持ちが伴わないと上辺だけで終わってしまいます。残念ながら、日本では自分の感情を大切にする文化は育っていませんが、一歩ずつ、感情と向き合い、受け入れていく練習をすることが必要ではないでしょうか。これは、子どもたちにとってはもちろんですが、大人である私たちにとっても大切であると考えています。ぜひ、身近なところから取り入れていただけると幸いです。

対立を自分たちで解決するために必要な力を身につけよう

文部科学教育通信No.356 2015.1.26掲載

現在、ピースフルスクールプログラムという教育プログラムを日本の幼稚園・保育園、小学校へ展開しています。

2014年度は佐賀県武雄市武内小学校での導入がスタートいたしました。学校の先生方と協力して、試行錯誤しながらプログラムを子どもたちに届けております。

2015年度は、いよいよプログラムの中核である「仲裁」を、学校内で行うことが決まりました。

今回は、「対立を自分たちで解決するために必要な力を身につけよう」と題し、ピースフルスクールプログラムの「仲裁」についてご紹介いたします。

 

ピースフルスクールプログラムとは

園や学校をひとつのコミュニティと捉え、先生と子どもたちが一緒に考え行動する、民主的な共同体を実現することを願って開発された教育プログラムです。

自尊心、自制心、共感力、リフレクション(内省)といった、21世紀を幸せに生きるために必要な力を、園や学校での生活を通して身につけることを目指しています。

ピースフルスクールプログラムは、オランダで開発されたシチズンシップ教育プログラムです。1990年頃、オランダではいじめや子どもの問題行動が増加しました。この問題に対して、大人による監視や規則で縛るといった対処療法ではなく、根源的なアプローチをとるために、子どもたちの心を育てようという願いから、プログラムの開発が進められました。

2012年よりオランダ語から日本語への翻訳を開始し、2013年度には日本の学校に受け入れられる形を目指して、日本版のプログラムを開発いたしました。プログラムが目指す世界観や大切にしている価値観はそのままですが、ユニットの構成およびレッスンの内容、細かなワークの中身まで、日本版になっております。2014年度より、日本の小学校でのパイロット導入がスタートしております。

2年間でプログラムを学べるように設計し、1年目はピースフルスクールの価値観を学ぶことを目標としています。対象は、「共生と協働」という安心安全なコミュニティをつくるために必要なコミュニケーションの基礎を習得するユニット、「感情、共感」というポジティブな感情もネガティブな感情も言葉にして相手に伝えることや、相手の感情を理解し、受け止める力を養うユニットです。2年目は、問題解決力を身につけることを目標としていて、対象は、「共生社会の意思決定」というクラスや学校の意思決定に関わり、決まったことに対してコミットする責任をもつ力を養うユニット、「対立/問題解決」というクラスや学校で起きる問題を”子ども同士の話し合い”によって解決する力を身につけるユニットです。

子どもたちは、最低月に1度のレッスンを受け、その学びを日常生活で活かしていきます。オランダでは週に1度レッスンが行えるのですが、日本では難しいので、その分、日常生活でしっかりと学びを実践することに重きを置いています。

佐賀県武雄市武内小学校では、2014年度に1年目の学習内容を終えるので、2015年度は2年目の内容である「問題解決力を身につける」ことにチャレンジいたします。その際、「仲裁」と呼ばれる、話し合いによる対立の解決をサポートする仕組みも導入します。ピースフルスクールの「仲裁」とは、どのようなものでしょうか。

 

ピースフルスクールの「仲裁」とは

仲裁とは、小学校の高学年の児童数名が「仲裁者」となり、学校全体で起きる当事者同士での解決が困難な対立やけんか、いじめを調停するシステムのことを指します。調停であるので、仲裁者が対立している当事者を裁いたり、どちらが悪いといったことを決めるのではなく、当事者同士の話し合いで問題を解決できるよう、ファシリテートすることが役割です。

仲裁者は、立候補および先生からの推薦で選ばれます。普段のレッスンとは別に、仲裁者用のレッスンを受け、仲裁のスキルを伸ばします。

数名の仲裁者だけでなく、全ての児童が仲裁についてある程度学んでいることがこのシステムのベースとなります。調停が得意な児童だけに任せるのではなく、学校にいる全ての児童及び先生が仲裁のステッププランを理解することを目指します。

そのため、誰かと対立やけんかをした際は、いきなり仲裁者に調停をお願いするのではなく、当事者同士で解決するように努力し、それでも解決に至らない場合、仲裁者に調停を頼むという文化が出来上がるのです。また、仲裁者が校内で起きる対立を監視するということもありません。あくまでも、自力で解決することが前提となります。

仲裁を実施するまでに、いくつか学んでおかなくてはならないことがあります。

 

第1段階 コミュニケーションの基礎を学ぶ

ピースフルスクールを導入する学校でも、いきなり初年度に仲裁をスタートすることはできません。まずは、コミュニケーションの基礎をしっかりと身につけるところから始めます。

例えば、子どもたちは、以下のことを学びます。

・自分の意見を持ち、伝える。

・相手の話をきちんと聞く。

・嫌な時は「やめてほしい」と伝える。

・自分の感情を認め、言葉で伝える。

・相手の感情を受け止める。

・「助けること」と「干渉すること(お節介を焼くこと)」の違いを知る。

これらは一部に過ぎませんが、このような基礎を身につけた後、次のステップに進みます。

 

第2段階 対立/問題解決の基礎を学ぶ

コミュニケーションの基礎を学んだ子どもたちは、いよいよ問題解決の基礎を学習します。

・「対立」と「けんか(いじめ)」は異なることを理解する。

・「3色の帽子(対立の対処の方法)」を理解する。

・ウィン‐ウィン解決を目指す。

・対立の原因を深掘りする。

・偏見や誤解が対立の原因となることを知る。

・合意することを学ぶ。

これらのことをレッスンと日常生活を通して学びます。

 

第3段階 2人でオープンに話し合う

問題解決の基礎を学んだ子どもたちは、誰かと対立したり、けんかした時に、2人でオープンに話し合い問題を解決するスキルを身につけます。

・誰かと対立した時に、解決に向けてオープンに話し合えるようになるため、「話し合いのステッププラン」を学ぶ。

・実際に誰かと対立した時に、「話し合いのステッププラン」に基づいて話し合い、自分の力で対立を解決する。

これらのレッスンを通して、いきなり先生や保護者に頼ることなく、まずは自分たちの力で対立を乗り越える力が身につくのです。また、オープンに話し合うことで問題を乗り越えられることを知るため、必要以上に対立を恐れる心配もなくなります。

 

第4段階 仲裁にチャレンジする

第3段階までは、仲裁を始めるために必要な学びですので、全員が同様に学習します。第4段階では、全員学ぶこととは別に、仲裁者だけが追加で学ぶこともあります。

<全員>
・「仲裁のステッププラン」を学ぶ。

・小学校に「仲裁」のシステムを導入することを理解する。

<仲裁者>

・「仲裁のステッププラン」をもとに、ロールプレイを実施し、仲裁のスキルを身につける。

・実際に、学内の対立を仲裁する。

仲裁のスキルとは、以下のようなスキルのことを指します。

・自分の意見を保留し、対立の当事者から話を聞くこと

・当事者から聞いたことを、自分の言葉で言い換える(反映する)こと

・当事者に感情を尋ね、受け止めること

・当事者が問題の解決策を出せるよう、促すこと

仲裁者となる児童は、これらの力を身につけた後、校内で起きる様々な対立やけんかの仲裁を担当します。

日本にはまだ馴染みのないシステムですが、子どもたちのコミュニケーション力や問題解決力を伸ばすことで、大人が必要以上に介入することなく、子ども自身で安心安全な環境をつくることができるようになるのです。

過去からの学び、未来を創造する力

文部科学教育通信No.355 2015.1.12掲載

2015年が幕を開けました。今年の目標を立てている方も多いと思います。

どのような1年にしようか。何を達成しようか。そう考える時、昨年のことをあれこれ思い出して、実現出来たことや出来なかったことに思いを馳せる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今回は、過去から学び、未来を創造する力と題して、リフレクション(内省)のポイントをご紹介いたします。

 

リフレクションについて

リフレクションは、変化の激しい時代において私たちが幸せに生きるために最も重要な力であると言われています。OECDのキーコンピテンシーも、リフレクションをキーコンピテンシーの核として、自らを省みる思考と行動の重要性についてふれています。

正解がわからない中で、自分の頭で考えて行動しなくてはならないことが多いですが、その際に自らを振り返り、改善し続けられる人になる必要があります。

それでは、どのようにリフレクションを行えばいいのでしょうか。

 

リフレクションの3つのレベル

リフレクションが大切だからといって、やみくもに内省することはお勧めいたしません。適切な手順を踏んで実施することが望ましいです。

未来につなげるためのリフレクションはどうしたら良いのでしょうか。
リフレクションには3つのレベルがあると言われています。

・レベル1:出来事についてのリフレクション
何が起きたのかを振り返っている状態。出来事や結果についての理解を深めるリフレクション。

・レベル2:他者や環境についてのリフレクション
出来事の要因分析は行うが、その要因を環境や他者に求めるリフレクション。

・レベル3:自己のリフレクション
出来事の要因分析において、自分の思考や行動、感情を振り返るリフレクション。

 

レベル1や2のリフレクションを行っている方は多いと思います。
「あの時の母親の反応は何だったんだろう…」、「上司のせいで仕事をミスしてしまったのでは…」、「学校の制度がこうだからいけないんだ…」
しかし、残念ながらレベル1や2のリフレクションでは変化を起こすことはできません。

レベル3のリフレクションを行うことが、未来の扉をあける鍵になります。
自己のリフレクションをすることは時に苦痛を伴いますが、それでも自分に対して内省し続けることが確実に未来を変える行動であると思います。他者や環境について文句を言い続ける「評論家」で終わってしまうのは、本当にもったいないことではないでしょうか。

 

学習者のリフレクション

学習しない人たちと学習者のリフレクションの違いを細かく見ていきましょう。

・学習しない人たちのリフレクション

変えられない過去に対して、ひたすら振り返っていることが多いです。

  1. どんな間違いが起きたのか

  2. 誰の責任か

  3. 言い訳・謝罪を考える

  4. 経験から学習しない

このような振り返りでは、同じ過ちを繰り返すことになりかねません。例え、自分だけの責任ではなかったとしても、コミットしている以上は、自分に対して内省することが求められます。

・学習者のリフレクション

変えられる未来に対して、過去の成功や失敗体験からの学びを活かすために振り返ります。

  1. 本来期待されていた(期待していた)結果は何だったのか

  2. 実際の結果はどうだったのか

  3. ありたい姿と現実にはどのようなギャップがあるのか

  4. そのギャップを埋めるために、何を変えればいいのか

  5. ありたい姿を実現するため、何をすればいいのか

学習者は、リフレクションを軸に学習の自己強化ループを実現させているため、より良い未来を自ら創りあげているのです。

過去を振り返る際、痛みが伴うこともあると思いますが、ぜひ学習者のリフレクションを実践していただきたいです。

 

リフレクションのフレームワーク

効果的にリフレクションを行うため、以下のフレームワークを利用することが多いです。

漠然と振り返ることは膨大に時間がかかり効率的ではないので、まずはこのフレームワークを使って、過去を振り返り、ネクストステップを出すという一連の流れを実践することをお勧めいたします。

 

□□□について

これまでの私は、□□□□だと考えていた。

今は、□□□□□だと考えている。

そこで、私は□□□□□□に取り組む。

 

より良い未来は自分で創りあげることができます。言い換えると、他の誰かに頼りきるのではなく、自らの行動を起こさないことには、未来をより良くすることは難しいです。

過去を振り返り、次に行うべきことを自ら考え実行していく年としたいです。

誰もが安心して存在できる、安全な環境のつくり方とは

文部科学教育通信No.354 2014.12.22掲載

今、子どもの世界でも大人の世界でも、異質な人同士がお互いに安心して存在できる環境をどのようにつくるのか、ということが話題になっています。その背景には、例えルールや規則が制定されていたとしても、自分とは異なる人が排除されたり、いじめられたりする環境では安全とは言えず、安全でない環境のもとでは子どもは成長できないし、大人の生産性も上がらない、といった考えがあります。

何かを発言しても心無い批判を受けたりせず、誰かと対立しても話し合いで解決できるのが当然となる「安心して存在できる、安全な環境」では、人は積極的に周囲と関わることができます。余計な心配をする必要がないので、どんどんチャレンジしようという気持ちになり、勉強や課外活動にも力を注げるのです。

新しい試みや自分の発言に対して、批判や制裁といった形でのレスポンスではなく、ポジティブなフィードバックやアドバイスをもらうため、失敗を受け入れやすくなり、再チャレンジしようという気持ちにもなりやすいです。このサイクルがまわることが、人間を成長させるのだと考えます。

このように、心の安定は、人間が成長できる環境のベースとなっています。

今回は、この「安心して存在できる、安全な環境」をどのようにつくっていくのか、ピースフルスクールプログラムの事例を交えながらご紹介します。

 

主体的に動くことが求められるけれど、その実態とは

一人ひとりが安心して存在できる社会を実現するために、最も大切なことは、一人ひとりの主体性を育むことです。

「主体性」や「主体的」といった言葉は、学校でも職場でもよく耳にします。そのため、とても大切なこと、学校や社会が求めていることだと認識している人が多いと思います。

しかし、「主体的に動きましょう」とか「主体的な人になりましょう」と言われてすぐに主体的に動ける人の割合は、コミュニティ内でどの程度でしょうか。「主体的な人」とは、どのような人をイメージしますか。「主体性」が学校や社会から求められている力であるとすると、どのようにすれば身につけることができるのでしょうか。語学や専門知識であれば勉強すると身につくかもしれませんが、「主体性」は勉強することで身につくのでしょうか。あるいは、「主体性」は先天的な能力であり、後天的な努力では身につけることができないのでしょうか。

そもそも、「主体性」とはどのようなものなのか、考えたいと思います。

私は、「主体性」とは、自分の気持ちや考えを大切にし、自ら選択し、決断し、行動し、その結果に責任を持つことであると考えています。

言葉にするととても簡単なのですが、いかがでしょうか。今の学校や職場で、自分の気持ちや考えを大切にできていますか。人生において、自ら選択して決断しているでしょうか。積極的に行動し、その結果に責任を持ち、改善し、再チャレンジしている人はどの程度いるでしょうか。

このように振り返ってみると、主体的に行動できている人はそう多くないように思われます。なぜ、主体的に行動しにくいのか。それは、個人の能力の問題ではありません。

冒頭に述べた通り、批判やいじめのある安心できない環境では、自分の気持ちや考えを大切にすることも、自ら選択して決断することも、積極的に行動して結果に責任を持つことも、とても難しいのです。

私たちは、「主体的に行動しなくてはいけない」という思いを抱えながら、頭のどこかで「主体的に行動すると、誰かに批判されたり、排除されるのではないか」と不安に思っているのです。このジレンマから抜け出さなくては、「主体性」を育む教育はできません。

また、「主体性」は単独の力ではありません。

「主体性」を高めるためには、自己肯定感・リーダーシップ・クリティカル思考・内省力などを高める必要があります。例えば「リーダーシップ教育を実施しなくては!」とか「内省力を高めることが必要だ」といった風に、これらの力は個別に語られることが多いのですが、実は全てが連動しています。そして、残念なことに、これらの力は、安全でない環境では育むことが難しいのです。

目立っている人に対して揶揄する人の多いコミュニティにおいて、リーダーシップを発揮できるでしょうか。自分の考えや意見を言えないような環境で、クリティカルに物事を考えることができるでしょうか。答えはノーだと思います。

私たちは、「主体性」やリーダーシップを育もうと考えるのであれば、まず、環境を安心安全なものにするところから始める必要があるのです。

 子どもと大人で、安心な環境をつくるプログラム ピースフルスクール

過去にも何度か紹介していますが、この観点からもピースフルスクールは有用であると考えます。

このプログラムの採用校では、子どもと大人(先生、保護者、地域の人)が一緒になって安心安全な環境をつくっているのです。

日本での採用校である佐賀県武雄市武内小学校では、先日、「ほめポイントを探して、周りの人に伝えよう」といった授業を行いました。

この学校では、自分を守るために、お友達の失敗といった良くないところを見つけた時に、第三者である他のお友達や先生にそれを伝える子どもがいることが課題でした。

失敗した時に批判や告げ口をされる可能性のある環境は、子どもたちにとって心から安心できる環境とは言えません。自己防衛の気持ちから発言しているため、子どもに悪気はないでしょう。しかし、第三者に自分の失敗を告げ口された時、そのお友達がどのような気持ちになるのか、また、言われた第三者はどんな気持ちになるのかを考えることで、「告げ口をするよりも、その子が成功するように応援した方が良い」ということが理解できるのです。

お友達のネガティブな部分を拾っていくことを、良いところ、つまりポジティブな部分を拾うように変えると、みんなにとって居心地の良い安心安全なクラスを、みんなでつくることができます。

武内小学校では、ピースフルスクールの授業終了後、「○○さんのいいところは______ところです」と書かれたハートのカードを作成してもらいました。子どもたちは、お友達の良いところを見つけ、ハートのカードに記入します。そして、そのお友達や先生、家族の方に言葉で伝えます。次に、そのカードを学級の掲示板に貼って、色んな人に見てもらうのです。
今、武内小学校では、ハートのカードにたくさんのほめ言葉が書かれているそうです。

このようなポジティブな声掛けが日常生活の中でできると、子どもたち自身で自分たちのコミュニティをより安心・安全なものにしていくことができます。

誰もが安心して存在できる、安全な環境では、子どもたちはより主体的に行動することができるので、ますます心も頭も成長できるのです。

「主体的な人」や「リーダーシップのある人」を育成したい場合、まずは環境づくりから見直すことをおすすめいたします。

未来教育会議スタディーツアー報告会「21世紀型社会への教育イノベーション」 -日本・オランダ・デンマークのスタディーツアーをヒントに-

文部教育科学通信No.353 2014.12.8掲載

2013年6月に「未来教育会議」という、未来の社会、未来の人、未来の教育のあり方を多様なマルチステークホルダーで考え、一緒に豊かな現実を創造していくためのプロジェクトを、株式会社博報堂をはじめとする企業の方々と共に立ち上げ、2014年3月16日にキックオフシンポジウムを実施し、250 名を超える皆さまにご参加いただきました。

2014年は、未来教育会議に参加いただいているメンバー企業の皆さまと、教育機関への訪問や教育に関わる人々のお話を伺うスタディツアーを実施しました。

11月27日にスタディツアーの報告会と位置付けて、2014年度の活動の中間報告及び21世紀型社会への教育について考えるイベントを開催いたしました。

今回は、このイベントについてご紹介いたします。

 

未来教育会議のミッションとビジョン

未来教育会議は、私たちが創るべき「未来の姿」、未来を生きる人びとに「必要な力」、その「人びとを育てるための教育」についてマルチステークホルダーで考え、行動することをミッションとしています。

ビジョンは、以下の4点です。

  • 自立と共生が実現し、すべての人が自分を幸せにすることができる社会をつくる。

  • 主体的に考え、相互に関わり合い、問題解決できる力を持つ人を育てる。

  • 教育に関する柔軟性や自由さが担保されている社会をつくる。

  • 学校、家庭、地域、企業が共創して教育に関わり合う社会をつくる。

我々は、日本の教育の高度化と、それを実現するための教育システムの変容といったシフトを起こすために、次の3つのことを実現したいと考えています。

  1. 教育のシフトを実現するためのプラットフォーム構築

  2. マルチステークホルダーによるビジョン共有

  3. 新しい教育市場の創出

 社会とつながる取り組み

2014年、未来教育会議は、社会とつながり、マルチステークホルダーで未来の社会や教育のあり方を考える波を起こすため、次の3つのアクションを起こしました。

  1. 未来教育ライター

    未来の教育を創っていく取り組みを行っている様々な方々や組織を紹介する記事を書いていただくライターを公募しました。多くの応募をいただき、32名の方にライターとなっていただいています。素晴らしい取り組みを知った者同士が互いに結び付いていき、ライター自らの着眼点や表現力に富んだ記事を読む多くの人々に未知の世界の刺激を与えることがねらいです。

  2. 未来教育ワークショップ・コーディネーター
    ライター同様、ワークショップの開催をリードするコーディネーターを公募しました。コミュニティや組織内で、未来の社会・人・教育についての願いを共有し、未来への洞察・発想を行う “未来教育ワークショップ” を主催することが目的です。こちらは、53名の方に研修を受けていただいています。11月24日に「未来教育ワークショップ@建長寺」と題して、ワークショップが開催されています。

  3. 公開イベント
    2014年3月に実施したキックオフシンポジウム、4月の教育シンポジウム、11月のスタディツアー報告会など、マルチステークホルダーで未来の社会と教育について考えるイベントを開催しています。2015年3月には第2回の教育シンポジウムを開催する予定です。

 

企業との連携による取り組み

社会のあり方に強く影響しているのが企業であることから、未来教育会議は企業メンバーを募り、活動しています。現在の社会の課題と現時点で気になっている教育のことについて深掘るワークショップを5月に2度開催し、6月から9月の4か月間に国内20件、国外2件のスタディツアーを実施しました。10月には、スタディツアーで学んだことや気が付いたことを共有する会を設け、11月には3日連続で、「2030年の教育の未来」のシナリオを作成するアクションワークショップを行いました。半年間の活動を経た今、企業の皆さまからもアクションプランが出るなど、キックオフをした5月には想像できなかった変化が起きています。来年度も企業メンバーを募り、活動を続けます。

 

スタディツアー

企業メンバーと実施したスタディツアーの目的は、「今、教育システムに起きていること」を様々な教育機関を訪問し、教育に携わる人々のお話を実際に見聞きし、気付きを得ることです。スタディツアー実施前、このようなループ図を作成しました。

それぞれの立場で誰もが真摯に取り組んでいるにもかかわらず、部分最適化が進むことで教育システムの崩壊を加速していることがわかりました。

国内スタディツアーでは、様々な環境、取り組みを実施している公立・私立の学校6校、行政機関6件、地域で教育の活動を実践されているところ2件、教育系のベンチャー企業2件、教育系NPO3件、研究者お一人にお話を伺いました。

海外スタディツアーでは、オランダとデンマークを訪問し、様々な学校、教育機関を視察しました。

これらのスタディツアーから見えてきた課題が大きく分けて2点あります。

一点目は、システムの課題です。

先生が多忙化し、生徒と向き合う時間や授業準備の時間が減少しています。また、学習領域の膨張やダブルスクールが当たり前となった今、生徒も多忙化しています。しかし、学力保障の面では、8人に1人がレベル1以下とされ、就学援助を受ける子どもは7人に1人だということもわかりました。ますます教育格差は開いているのです。そして、一番のボリューム層である中堅普通科高校では、先生と生徒の意欲が下がっていることもわかりました。学校という様々なことを経験し、学習する機会に恵まれた場所で、とくに何もせずに3年間を過ごした生徒が社会を創っていくのです。社会に出てからの要求があまりに重たく、仕事が続かない、ニートになってしまう人もいます。

二点目は、イノベーションの課題です。

ICTが発達し、学習活動への活用や先生への仕事の活用を進めている学校と、そうでない学校の差が開いています。学力や学歴重視であった時代と異なり、現在は価値観の対立も起きています。日本なのか、グローバルなのか。主体性を重んじるのか、管理を強めるのか。多様性を重視するのか、画一性を重んじるのか。測定可能なものに頼るのか、測定不能なものを見ようとするのか。多くの学校が、より良い状態を目指して、バランスを取ろうとしていることもわかりました。また、海外との比較で気が付いたことは、ビジョンと一貫性が大切であるということです。先生・生徒・保護者が同じビジョンに向かって一貫性を持って行動できている学校は、かかわる全ての人がいきいきしていました。複雑な社会へ適応するための21世紀スキルを意識している学校とそうでない学校の差も大きく開いています。

未来教育会議では、これらのようにスタディツアーで学んだこと、気が付いたことをもとに、教育のシナリオプランニングを行っています。引き続き、活動をご覧いただけると幸いです。

未来を創るリフレクションの力 F・コルトハーヘン氏のリフレクション学スペシャルワークショップに参加して

文部科学教育通信NO.352 2014.11.24掲載

「リフレクション」という言葉をご存知でしょうか。日本語で言うと、内省力。自らを振り返ることを指します。日本人の多くはその大切さを意識していませんが、未来が不確実である現代において、リフレクションできる人こそが、これからの時代を創っていけると確信しています。

OECDのキーコンピテンシーでも、様々な状況に直面した時に慣習的なやり方や方法を規定通りに適用する能力だけでなく、変化に応じて経験から学び、批判的なスタンスで考え動く力が必要であるとして、リフレクションをキーコンピテンシーの核心であると定義しています。

より深くリフレクションの手法を学びたいと思い、2014年11月上旬、オランダのユトレヒト大学名誉教授であるF・コルトハーヘン氏のリフレクション学スペシャルワークショップに参加しました。

今回は、このワークショップで学んだことをもとに、リフレクションの重要性や方法をご紹介いたします。

 

正解を見つけてから動き出すのか、正解を探しながら動くのか

なぜ、リフレクション(内省力)が重要なのでしょうか。

それは、未来が不確実で正解のない時代だからです。私たちは、正解がなくても前進しなくてはなりません。正解を見つけてから動き出していたのでは手遅れなのです。

結果はどうだったか、もし想定した結果と異なった場合、どうすれば良かったのか。

ポイントは、悪かったことだけでなく、上手くいった場合でもリフレクションすることです。リフレクションを自分のものにするためには、良かったこと、悪かったこと含め、チャレンジした経験をとにかく振り返ることです。その経験をそのままにしておくのではなく、何かを学びとるのです。

そこで重要になってくるのは、何事も取り掛かる前に「意図」を持つことです。意図した通りの結果になったのかどうかを振り返り、それに対する答えがYESでもNOでも、なぜそうなったのかを考えるのです。

次に、何を変えればいいか、何を変えずにおくべきかという仮説を立てます。これが、次の行動における意図となります。その仮説をもって、新たな行動に向かう。これは自分の行動に関する「仮説→検証」のPDCAサイクルを回し続けることにほかなりません。

正解を探してからでないと行動を起こさないことと、多少大変であっても、正解を探しながら行動することのメリット、デメリットについて、ぜひ考えていただきたいです。

 

教育における国際的変化について

上記の通り、リフレクションが未来を創るために必要であることを理解し、日々実践しているのですが、より理論と実践を深く学びたいと思い、オランダのユトレヒト大学名誉教授であるF・コルトハーヘン氏のワークショップに参加しました。

そこでは、まず、教育における国際的変化について考えました。結論としては、教師が知識を伝達する指導スタイルから、教師がリフレクションを促し、小グループでの学びを促すスタイルに移行している、ということでした。そのためには、教師自身のリフレクション力を向上させ、教えることがメインであった快適な状態からの脱出を図る必要があります。学術的な知識が実践的であるとは限らないので、理論と実践を行き来することが大切です。そのために、リフレクションを行うのだと説明されていました。教育の現場ではなかなかリフレクションという文化が根付いていないのが現状ですが、これからの時代は教師も子どももリフレクションを行って学習を進めることが大切であると思います。

 

学術的に語られてきた、リフレクションを促す意義

リフレクションの重要性について、前段でも解説しましたが、コルトハーヘン氏曰く、以下の6つの意義があるとのことです。

  1. より効果的な学び/個人の成長につなげる

  2. 行為の背後にある「理由」がわかるため、責任をとりやすくなる

  3. 問題についての自分なりの見方を形作れるようになる

  4. 自身の行動に対して、環境や、自分自身が信じていることが及ぼしている影響に気付くことができる

  5. 自分自身の発達について、より主導的になれる

  6. よりイノベーティブになる

リフレクションを通して、自身の考えや行動を客観的かつ批判的に捉えることで、日常での問題の解決や、実践的な経験を深めることにつながるのです。

 

リフレクション・モデルについて

次に、リフレクション・モデルというリフレクションの流れについて学びました。

コルトハーヘン氏の解説では、以下の5ステップがリフレクションの流れとなります。

  1. 行為

  2. 行為の振り返り

  3. 本質的な諸相への気付き

  4. 行為の選択肢の拡大

  5. 試行

まず、行為に入る前に、その行為の「意図」を考える必要があると思います。その行為の結果、どのような状況になっていれば良いのか、何をもって成功と言えるのか。ここを詰めます。

行為を行った後、「何が起きたのか?」「意図していた結果になったのか?」について振り返ります。その際、以下の問いについてそれぞれ考えていきます。

    1. 私は何をしたのか。(Doing)

    2. 私は何を考えていたのか。(Thinking)

    3. 私はどのように感じていたのか。(Feeling)

    4. 私は何を望んでいたのか。(Wanting)

    5. 相手は何をしたのか。(Doing)

    6. 相手は何を考えていたのか。(Thinking)

    7. 相手はどのように感じていたのか。(Feeling)

    8. 相手は何を望んでいたのか。(Doing)

一人でリフレクションをする場合には、これらの問いを自らに投げかけます。また、自分が誰かのリフレクションを促す際は、より深いリフレクションにつなげるために、相手の感情を受容し、共感することが大切です。そして、相手の発言を具体的な言葉に置き換えて伝えることも効果的です。

これらを通して行為そのものについて振り返った後、本質的な諸相への気付きへつなげます。何が意図したことと一致していないのかを明らかにしていくのです。そのために、以下の6つを意識して進めます。

  1. 考えていることと、感じていることのギャップ

  2. 自己イメージと、他者から見た自身のイメージとのギャップ

  3. 自分として生きる中で体験して知っている自己と、他者に表現して伝わる自己とのギャップ

  4. していると言っていることと、実際にしていることとのギャップ

  5. 今の自分と、なりたい自分とのギャップ

  6. 言葉にしていることと、言葉にしない行動とのギャップ

これらの不一致に気付くことができると、単純な行為の振り返りにとどまらず、次の段階に進むことができるようになります。

本質的な気付きを得た後は、行為の選択肢の拡大に入ります。その際、以下のことに気をつけます。

  1. 学習者(リフレクションしている人)を巻き込む

  2. 学習者が選択肢を形づくる

  3. 選択肢を十分に具体的なものにする

  4. 能力や勇気などの観点からみて、選択肢は、十分にリアリスティック(現実に適合している)か

  5. 行為が何につながるのかを吟味する

  6. 別の場所にも適用できるように、一般化する

  7. 学習者が複数の選択肢の中から選択する

ここでは、解決方法を見つけ、選択するための支援が必要となります。せっかく行為を振り返り、本質的にどうしていけばいいのかに気付いたのですから、より現実的に実行に移せる選択肢を多く挙げることが大切です。

そして、行為を選択した後は、実際に行動をお越し、再度振り返りのステップを行います。この繰り返しにより、自ら正解に近づいていくことができるのです。

リフレクションが、ビジネスの世界だけでなく、学校現場でも普及していくことを願っています。

日本でのピースフルスクールプログラムの取り組み  佐賀県武雄市武内小学校 授業の様子

文部科学教育通信NO.351 2014.11.10掲載

第9回より連載している「日本でのピースフルスクールプログラムの取り組み」でも取り上げていますが、現在、オランダで開発されたシチズンシップ教育「ピースフルスクール」の日本版プログラムの開発と展開を行っています。

2014年度より、佐賀県武雄市立武内小学校(代田昭久校長)にてプログラムの導入がスタートいたしました。今回は、10月29日に実施した第4回授業「批判をアドバイスに変えよう(ネガティブな表現をポジティブな表現に変えよう))」をご紹介いたします。

 

ピースフルスクールの授業を実施する背景

2014年度、武内小学校では、「共生、協働」というコミュニケーション力やチームワークを向上するユニットと、「感情、共感」という自分の感情を認め、相手への共感力を高めるユニットを実施対象とし、以下の授業を予定しています。

  1. 自分の意見を持つ(意見は人と違っていても良い)

  2. 相手の話をきちんと聞こう

  3. 自分と相手の気持ちを大切にしよう(嫌な時は「嫌だ、やめて」と伝えよう)

  4. 批判をアドバイスに変えよう(ネガティブな表現をポジティブな表現に変えよう)

  5. ほめ言葉 と けなし言葉(ほめ言葉を使って居心地の良いクラスをつくろう)

  6. 怒りをコントロールしよう

  7. 助ける と おせっかい の違い

  8. 意見をきちんと伝える、理解する

  9. ルール と 約束 の違い

第4回の授業テーマは「批判をアドバイスに変えよう(ネガティブな表現をポジティブな表現に変えよう)」です。この授業を実施することに決めた理由は、学校での様々なシーンで、子ども同士が批判やけなし言葉を言い合うのではなく、アドバイスやほめ言葉を伝えあえるようになるためです。そうすると、子どもたち自身で安心安全な環境をつくることができます。

先生方のお話を伺っていると、子どもが自己防衛するために、誰かの失敗や良くない行動を批判したり、けなしたりすることがあるそうです。特に武内小学校ではスマイル学習(反転授業)を導入しているので、子ども同士の共同学習(学び合い)がさかんです。クラスの中には、理解が早く問題をすぐに解き終わる子どももいれば、時間のかかる子どももいるので、そのような時に、時間のかかる子どもを批判したり、けなしたりするのではなく、お互いに応援したり、サポートできるようになってほしいという先生方の願いがあり、今回の授業実施に至りました。ピースフルスクールの授業と日々の実践を通して、子ども同士がさらに協力し、ポジティブな話し合いが活発化すると、スマイル学習の効果も高まることを期待しています。

 

批判をアドバイスに変えよう(ネガティブな表現をポジティブな表現に変えよう)

この授業のねらいは、批判やけなし言葉といったネガティブな表現でクラスの雰囲気や子ども同士の関係性が悪くなることを改善し、ポジティブで安全な環境を子どもたち自身でつくるところにあります。安心安全な環境の中でこそ、子どもたちは様々なことにチャレンジできるので、自己効力感や自己肯定感が向上します。また、それぞれの多様性を尊重し、共生できる心を育てます。

授業の流れは、以下の通りです。

  1. 挨拶、授業の流れの確認

  2. 前回の授業の復習

  3. 導入(サルとトラの劇)

  4. サルとトラへのアドバイスを考える

  5. 体験活動

  6. 振り返り

ピースフルスクールの授業では、必ずその時間に何を行うのかといった授業の流れを最初に共有します。そうすることで、子どもたちは、次に何をやるのかを意識しながら授業に臨むことができます。

授業の冒頭では、必ず前回の授業の復習を行い、授業で学んだことを日常生活で実践したかどうかを確認します。前回の授業は「自分と相手の気持ちを大切にしよう(嫌な時は「嫌だ、やめて」と伝えよう)」でしたが、約半数の児童が実施したと答えていました。

授業の導入では、トラとサルのパペットを用いて劇を行います。ピースフルスクールの教師用マニュアルには、サルがトラを「シマウマみたいだね!」とからかい、トラが嫌なきもちになるという劇を掲載していますが、今回はこの劇を実際に学校で起きている問題を題材として実施しました。現在、武内小学校では週4回朝の15分間を使って「花まるタイム」を実施しています。この時間では、先生が提示した立体図形と同じ立体を木のキューブを使って作ったり、100ます計算などの反復学習を全員で行っています。この花まるタイムで行うキューブを用いた立体づくりを劇の題材としました。サルとトラがキューブを使って立体をつくろうとします。サルはすぐにできてしまい、奮闘しているトラに対して批判やけなし言葉を言い、挙句の果てにはトラのキューブを奪い、勝手に仕上げてしまいます。子どもたちには、トラがどんな気持ちになっているかを答えてもらいます。「かなしい」「ばかにされた気分」「楽しくない」といった答えがあがりました。次に、トラがその気持ちになっている原因となったサルの発言を発表してもらいます。「おそいなあ。」「ばかだなあ。」「へたくそ!」「僕がやってあげるよ!」といった発言があがりました。子どもたちには、これらのサルの発言を「けなし言葉」や「批判」といったネガティブな言葉であると伝えます。このような発言をすると、言われた相手は嫌な気持ちになるし、場の雰囲気が悪くなることを理解します。

次に、子どもたちにサルに対するアドバイスを考えてもらいます。トラが嫌なきもちにならず、頑張って立体をつくることができるよう、ポジティブな声掛けをするのです。子どもたちからは、「がんばれ!」「もう少しだよ!」「ヒントをあげようか?」「あせらなくていいよ。」といった発言がありました。この発言を受けて、再度サルとトラの劇を行います。今度は、サルはトラに対してポジティブなメッセージを伝え、トラはやる気がみなぎり、一人で立体を完成できました。

このように、子どもたちにとって身近に困っている題材を用いて劇を行い、具体的な改善策を考えることで、この授業が自分たちにとって必要なものであるという認識を持ってもらえます。

次に、体験活動を通してより身近に起きている問題を解決する方法を学びます。今回、1~2年生は「給食をがんばって配膳しているのに、うまくいかない」、3~4年生は「大縄跳びにチャレンジしているのに、うまく飛べない」、5~6年生は「太鼓の練習をしているのに、リズムが合わない」といった、実際に子どもたちの間で起きている問題を題材としました。いずれも、先生方が「頑張っているのにうまくいかない子ども」と「批判やけなし言葉を言う子ども」役になり、ロールプレイを行います。大縄跳びの例では、「早く飛んでよ!」「のろまだなあ!」といって頑張っている子どもを焦らせ、その子が飛ぶことに失敗したら「へたくそ!」「かっこわるい!」「あなたのせいで、負けちゃうよ!」と一斉にけなします。ロールプレイを見た後、子どもたちはポジティブなアドバイスを考え、自分たちでロールプレイを実施します。このように、子どもたちにとってリアルに困っていることを題材とすることで、どのようにすれば良いのかを考えられるのです。

最後の振り返りでは「今まで、私はけなし言葉を言ったことがないと思っていましたが、お友達に言っていることがわかりました。これからは、ポジティブな声掛けをしようと思います。」といった感想があがりました。学んだことを実生活で使えるようになることが、ピースフルスクールの一番の特徴であると言えます。

日本でのピースフルスクールプログラムの取り組み 佐賀県武雄市武内小学校でのケース

文部科学教育通信NO.350 2014.10.27掲載

第9回「日本版ピースフルスクールプログラムの取り組み」という記事でもご紹介いたしましたが、現在、オランダで開発されたシチズンシップ教育「ピースフルスクール」の日本版プログラムの開発と展開を行っています。

2014年度より、佐賀県武雄市立武内小学校(代田昭久校長)にてプログラムの導入がスタートいたしました。今回は、武内小学校での取り組みについてご紹介いたします。

 なぜピースフルスクールプログラムを導入するのか

日本でのプログラムの開発と展開をスタートした2013年に、2014年度から佐賀県武雄市の教育監及び武雄市立武内小学校の校長に就任される予定であった代田昭久先生とお話する機会があり、ピースフルスクールの魅力をお伝えいたしました。

対立を恐れることなく自分の意見を伝え、話し合いで問題を解決する力を身につけるといったプログラムの特徴に共感していただき、2014年度から代田先生が校長を務められる武雄市立武内小学校に導入することが決まりました。

武内小学校を見学した際、好奇心が旺盛で、他者と関わることを前向きに捉えている子どもが多いと感じました。異質な人や事柄を排除し、誰かをいじめるといった課題も見受けられませんでした。しかし、先生方とお話していると、各学年10人程といった少人数の限られたコミュニティのなかで、同調圧力がかかりやすく、多様化しにくいという課題があることがわかりました。人間関係が固定化しやすく、異なる意見や考えを持っていても、それを相手に伝えることが苦手である児童が多かったのです。それぞれの地域や学校ごとに抱えている課題が異なることを、改めて知る機会となりました。

そこで、ピースフルスクールプログラムを通して、同調圧力に負けず自分の意見を伝え、意見が対立した時は話し合いでより良い答えを探す力を身につけるプロジェクトがスタートしました。

 

日本でのプログラムの導入方法

オランダのピースフルスクールでは、年間35回以上のレッスンを実施しています。学校のお休み期間を除き、ほぼ毎週1レッスンは行う計算です。日本でもこのように毎週レッスンを実施できると良いのですが、既に様々な教科で網羅されている時間割の隙間を縫うことは、容易くありません。そこで、日本でプログラムを実施する場合は、全6ユニットを3年間かけて実施することにいたしました。月に最低1回のレッスンを行うと、3年間で仕上がります。毎週レッスンを行うと、それだけスキルとマインドを磨く機会が担保されるのですが、月に1回のレッスンを行うだけでは、なかなか定着させることができません。そのため、日々の生活の中で学びを実践する機会を多く設けています。子どもと先生は、日常のリアルな場面でプログラムの学びを実際に使い、実際に使える力を身につけていくことができるのです。

このように、日本版のプログラムでは最低3年で仕上がるように開発し直しています。

初年度は、安心安全なコミュニティを創る力を身につけるレッスンをまとめた「共生、協働」と、ポジティブな感情もネガティブな感情も言葉にして相手に伝え、相手の感情を理解して受け止める力を身につける「感情、共感」のユニットを行います。

2年目は、クラスや学校の意思決定に関わり、決まったことに対してコミットする責任をもつ力を育む「意思決定」と、クラスや学校で起きる問題を”子ども同士の話し合い”によって解決する「対立/問題解決」のユニットを実施します。

3年目は、自分たちの似ているところと、違うところを認識し、共生する力を養う「多様性の尊重」と、デモクラシーの知識や考えに触れ、ピースフルスクールでの学びを社会で活かすことができるようになる「民主的社会の基礎知識」を学びます。

3年目には、高学年の児童のうち、仲裁のスキルをさらに伸ばしたい児童に対して、追加のレッスンを実施することも可能です。このように、毎年繰り返しレッスンを行うことで、ピースフルスクールプログラムが学校の文化として根付くことを大切にしています。

 

2014年度、武内小学校のケース

それでは、実際に武内小学校ではどのようにレッスンを行っているのでしょうか。

日本版のプログラムには、レッスンごとの指導案付き先生用マニュアルがありますが(オランダ版には指導案はありません)、プログラムを各校に定着させ、それぞれの課題を解決するためには、レッスンを学校ごとに具体的なワークをカスタマイズする必要があります。そこで、学校で実際にレッスンを実施する先生たちと、私の財団でピースフルスクールの開発、展開を担当している者がひとつのチームとなり、レッスンを見直します。レッスンのねらいやポイントは落とさず、その学校の子どもにより響く内容に変えることが大切です。そうすることで、子どもたちの反応はより良くなり、深くレッスンを記憶するため、学びが定着するのです。

2014年度、武内小学校では、以下のレッスンを実施しています。台風の影響で一回授業ができなかったため、全9回となっています。

  1. 自分の意見を持つ(意見は人と違っていても良い)

  2. 相手の話をきちんと聞こう

  3. 自分と相手の気持ちを大切にしよう(嫌な時は「嫌だ、やめて」と伝えよう)

  4. ほめ言葉 と けなし言葉(ほめ言葉を使って居心地の良いクラスをつくろう)

  5. 批判をアドバイスに変えよう(ネガティブな表現をポジティブな表現に変えよう)

  6. 怒りをコントロールしよう

  7. 助ける と おせっかい の違い

  8. 意見をきちんと伝える、理解する

  9. ルール と 約束 の違い

レッスンの順番には特徴があります。前回の学びを次のレッスンで活かす必要がある場面を設けることで、どこができていて、どこがまだできていないのかを子ども自身で振り返ることができるのです。「自分の意見を持つ」といったレッスンを行うと、その後のレッスンでもきちんと自分の意見を持ち、根拠をあわせて相手に伝えることができる子どもが増えます。このように、限られた時間の中で、多くの工夫を取り入れることで、学びを最大化できると考えています。

 

子どもたちの反応

10月半ばの時点で第3回までのレッスンが終了しています。1回目のレッスンでは、そもそも何を学ぶのだろうか、といった緊張も見られたのですが、2回、3回と回を重ねるごとに、クラスメートの前で堂々と自分の考えを発表し、相手の話をしっかりと理解し、周囲と積極的に関わる子どもたちの姿がありました。武内小学校の先生からも、「確実に子どもたちに変化が起きている」といったお言葉をいただいております。

3回目の「自分と相手の気持ちを大切にしよう(嫌な時は「嫌だ、やめて」と伝えよう)」の授業では、以下の感想が寄せられました。

    • 自分の気持ちは、はっきりと相手に伝えたいです。

    • いやなことがあれば、ほかの人にわるぐちを言わずに、ゆうきをだして、「それはいやだから、やめて」と言おうと思いました。

    • 人の気持ちを大事にすることと、自分の気持ちを大事することは、どちらも大切なことだと学びました。これからは、自分の気持ちを言葉で伝えて、相手の気持ちにも耳をかたむけようと思います。

プログラムの効果を測定するために、今後も継続してレッスンと日常での取り組みを続ける予定です。

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