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未来教育会議 二十一世紀未来企業プロジェクトワークショップ

文部科学教育通信No.380 2016.1.25掲載

「未来教育会議」という未来の社会、未来の人、未来の教育のあり方を、多様なマルチステークホルダーで共に考え、共に豊かな現実を創造していくためのプロジェクトを、2013年に株式会社博報堂をはじめとする企業の方々と共に立ち上げました。

2014年度は教育の未来について考え、「2030年の社会と教育のシナリオ」を作成しました。(第33回、第34回参照)

2015年度は、企業・行政・先生・NPO・学生などのマルチステークホルダーで、「不確実な未来への準備として2030年の社会・企業・人のあり方を考える」をテーマに、2030年にはどのような社会が訪れるのか、2030年に賞賛され、生き残る企業とはどのような企業か、2030年の未来企業の働き方はどのようになっているのか、未来企業のもつべき価値観とはどんな価値観かを考えるプロジェクトをスタートいたしました。(第35回参照)

10月にキックオフワークショップ、11月に第2回ワークショップ、12月に第3回ワークショップを実施しています。ワークショップまでの期間は、キックオフで表明したそれぞれの興味ごとに分かれてスタディツアーを行いました。

「テクノロジー、サステナビリティ・自然環境、労働・雇用・ダイバーシティ、イノベーション・起業、経済・産業構造、政治・安全保障」のチームに分かれています。

今回は、このプロジェクトで実施したワークショップについてご紹介いたします。

未来をつくるのは私たち自身である

このプロジェクトでは、キーノートスピーチや国内外のスタディツアー、メンバー同士のダイアログを通して、最終的には2030年に生き残る社会、企業、人のあり方のベースシナリオを描き、各企業への戦略的示唆を得ることを目標としています。そのために、今見えていることと見えていないことの両方から2030年の未来を考え、「未来は誰かに与えられるものではない。未来をつくるのは、私たち自身である」ことに気が付き、アクションを起こしていくことを大切にしています。

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ベースシナリオとは、未来予測の正しい答えではありません。未来の変化に対応できるかどうかの問いです。今後の世界を動かす重要な政治、経済的なイベント、主要な登場人物や組織、彼らの意図、世界を動かすロジックを抽出し、そこから複数の未来像を描きます。その過程では、確実なことは共通させるが、不確実な要素によってシナリオを分岐させ、違った未来を描いていくのです。

ベースシナリオを描く時の三つの視点は、以下の通りです。

  • 未来の社会
    ・今後、世界を動かしうる要因となるだろう政治・経済のトビックス、地球イシューとそこに流れるロジックとは
    ・ITによるイノベーションはどんな未来社会をもたらすか
    ・人口動態はどんな未来社会をもたらすか

  • 未来の企業
    ・21世紀に賞賛されるグローバル企業が果たすべき役割とは
    ・中長期視点をどのように経営に取り入れるか
    ・持続可能性と成長を実現するための視点とは

  • 未来の人
    ・21世紀未来企業の新しい「働き方」とは
    ・21世紀型グローバルリーダーシップ人材とは
    ・そうした人材を育てるための教育のあり方とは

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これらの視点をもとに、キーノートスピーチやスタディツアーなどを行っています。

シナリオをつくる過程も特徴的です。これまでのシナリオプランニングは、単一の企業が外部環境変化に対応し、生き残るためのアプローチとして行われることがほとんどでした。今回は、マルチステークホルダーと共にシナリオを描くプロセスことで、外部環境を対象化して見る世界観から外部環境自体に関わり、さらには創りだしていくアプローチへと移行しています。

ロイヤル・ダッチ・シェル社が行っているシナリオプランニングが、後者の例として適切です。生き馬の目を抜く「知略」と大局に立った「筋書き」が求められるエネルギー業界において、ロイヤル・ダッチ・シェル社が世界屈指のエネルギーメジャーであり続けられる理由のひとつとして挙げられる「シナリオプランニング」。最新のシナリオプランニングは、「単一の企業やセクター」での実施から、関連するステークホルダーと共にしたプロセスで

シナリオを描くことで、より深く精緻な探究と、さらには外部環境自体に働きかけ創りだしていくことへと発展を遂げています。

このように、一社だけの生き残りに焦点をあてるのではなく、大きな視野と種類の異なる視点を持ち合わせることで、より現実的なシナリオをつくることができるのです。

また、未来のベースシナリオをより豊かに描くには、影響力のある主体者による、多様な視点でつくることが不可欠であるため、未来教育会議では共創型でシナリオプランニングを行うことを大切にしており、企業、行政、学生、メディア、NPONGOなど、様々なセクターの方にご参加いただいています。

3.jpgスタディーツアーで学んだことの共有

12月に実施したワークショップでは、それぞれのチームが実施したスタディツアーで学んだことを他のメンバーに共有し、未来の社会・企業・人を洞察するにあたって、大切だと感じられる”問い”を考える時間を持ちました。

 

新しい働き方(イノベーション)についての班では、古い組織が変わるチャンスがイノベーションにはあるのではないか、時代に早からず遅からず、よいタイミングでついていくのが難しいのでは、会社として目の前の課題に対応しつつ、どこにリソースを投資していくかを考える必要性があるといった話がでました。

テクノロジーの班では、今の教育でICTを使いこなせる人材ができるはずなのに、現場の状態と乖離しているために浸透できていないこと、子ども同士がコミュニケーションとれず自分たちの問題を解決できない子が増えているのに、この部分を育てずに人工知能などの話が進むのはどうなのか、といった話があがりました。

現時点では、外部からのインプットを受けて発散と収束を繰り返しているフェーズですが、今後は未来の社会・企業人にインパクトを与える要因をシステムで捉えるために構造化し、シナリオプランニングへ移行する予定です。

ミネルバ大学 -100%アクティブ・ラーニングを提供する未来の大学-

文部教育科学通信No.379 2016.1.11掲載

複雑性・相互依存・テクノロジーの変化がキーワードとなる21世紀において、従来のインプット中心の授業ではなく、学習者が主体的に学ぶことのできる授業をデザインしている学校が増えています。

世界中から集まったクラスメイトと一緒に、四年間、世界の七つの国際都市に住みながら、現地の企業や行政機関、NPO等でのインターンを実施しているMinerva School at KGI(ミネルバ大学)という大学がアメリカにあり、100%アクティブ・ラーニングを提供している未来の大学として注目を集めています。

今回はミネルバ大学の日本での認知活動に携わっていらっしゃる山本秀樹さんにお話を伺ったのでご紹介いたします。

 

ミネルバ大学とは

 ミネルバ大学は、2014年9月にサンフランシスコで開校した全寮制の4年制総合大学です。1年目の授業は約3040%が最新のITプラットフォームを活用した反転授業形式のクラス、残りは現地の行政機関や企業、NPO等でのプロジェクト学習やインターンで行われます。

カリキュラム設計を担当したStephen Kosslyn教授は前ハーバード大学社会科学学部長で、認知科学と脳科学の分野で30年以上の研究実績があります。Kosslyn 教授は、カリキュラム設計にあたり、学部卒業生に求められる技能は、特定分野の専門知識ではなく、むしろその学生が将来どんな職業に就いても、活躍できる「学び方」だと考えました。そして、その4つの技能である、クリティカル思考、クリエイティブ思考、プレゼンテーション能力、コミュニケーション能力は知識のインプットではなく、継続的な実践とフィードバックによる鍛錬で習得できるとの考えに基づき、学生がこれらの技能を効果的に習得できる学習ツールの開発を依頼しました。

 

 Active Learning Formという新しい学習ツール

ミネルバ大学での授業(午前中に2コマ実施)は、全て18人以下のセミナー形式で行われます。学生は事前課題を提出した後に授業に臨みますが、授業の進行は従来の大学とは大きく異なります。

授業はActive Learning Formと呼ばれるオンラインプラットフォームを通じて行われます。この授業の特徴は、以下の特徴があります。

  1. 教師はファシリテーションに徹し、10分以上話していけない

  2. リアルのクラスでできる作業をより効率的に実施できる

  3. 全ての授業が記録され、何度でも見返すことができる

  4. 教師と学生の関係をより緊密にできる

    授業は議論を喚起するような質問から始まり、即座に全ての学生がどの主張を選択したかが共有され、スムーズにディベートに移行できます。少人数のグループワークも時間をロスすることなく、作業に移ることができます。

    さらに、教師はどの学生がどれだけ発言しているかを瞬時に把握できるため、全ての学生が参加する授業を提供できます。

    また、全ての授業が録画されており、学生一人ひとりに各授業での技能レベルをフィードバックすることができます。

    このように、Active Learning Formは従来のクラスではできなかった一人ひとりの学生の技能レベルや特徴を教師が把握し、記録された情報に基づき、教師間で共有することができます。これにより、教師は毎回の授業で学生により適切な質問を出すことができるのです。

    ツールを駆使して授業の質を向上させることで、全ての時間を学びに繋げることができていると言えます。

7つの国際都市で生活し、異文化を体感する

学生達は、事前学習やオンライン授業だけでなく、獲得した技能を実践し体得する機会を与えられます。彼らが滞在する各都市で、様々な提携団体とのプロジェクト学習や識者へのインタビュー、インターンが行われます。

サンフランシスコでは、マイクロファイナンスの会社や人権擁護団体のアクティビスト、自然科学博物館やサンフランシスコ市長室、ベンチャー・キャピタル等でのワークショップを経験し、1年生の最終プロジェクト(期末試験に代わるもの)ではWikipediaの新しいサービスを提案するというコンペティションが行われ、実際に同社の重役の前で成果発表を行いました。こうした授業は2年生以後、各滞在都市(ベルリン・ブエノスアイレス・ソウル・バンガロール・イスタンブール・ロンドン)で実施され、学生はプロジェクトに加え、それぞれの地域での働き方や文化の違いに柔軟に対応しながら成果を出す方法を体得します。

 

 多様性を確保するための仕組み

21世紀を幸せに生きるためには、多様性を尊重し、そこから学ぶことが必要です。

ミネルバ大学は学生が4つの技能を獲得する上で、国際性と多様性のある環境を重視しています。ある環境でとても有効である方法が別の環境では全く逆効果であるような体験をすること、異なる思想の下で育った者同士が同じ寮に住み、授業だけでなく生活を共にすることで、お互いの違いを乗り越える努力を継続する力を身につけることができると考えています。
キャンパスを持たず、最先端の施設を持つ機関と提携し、「学生に最良の機会」を提供するミネルバ大学の運営方針は、学校運営費を大幅に圧縮でき、学費を主な米国の私立大学の1/4程度である10,000ドル(約120万円)を実現し、多くの所得階層の学生が過度の学生ローンを負担することなく、就学することを可能にしました。

また、従来の米国の大学ではほとんど実施されていない、親の経済状況に応じた授業料全額免除制度を米国籍に限らず、留学生にも適用しています。さらに、入学審査を無料にし、SATや事前課題エッセイを採用しないことで、多様な国からの学生に受験機会を与えています。一切の枠(国籍、性別、人種他)を廃止し、試験を受けるための制約を低くしています。

入学審査は厳しく、2015年は世界160ヶ国から11,000名以上の受験者がおり、220名が合格、111名の第二期生が入学しましたが、これらの施策の結果、一期生と合わせた全学生の78%が米国籍以外の学生で、30ヶ国の出身という多様性を実現しています。

 

キャリアではなくプロフェッショナルとしての成長を

ミネルバ大学には高校時代に優秀な成績を収めているだけでなく、積極的に地域コミュニティに貢献してきた学生が少なくありません。各学生は、3~4年生の多くの時間を自分の卒業プロジェクトに費やします。学習メンターは、どのような職業に就いてもリーダーとしての役割を果たせるよう、様々なパブリックスピーキングの機会や地域コミュニティへの貢献を始めとする活動を自ら企画することを奨励します。

ミネルバ大学の一期生はこの夏、アショカ財団、MITメディアラボ、UBERといった各分野の最先端の研究機関、NPOや企業でインターンを行いました。

ミネルバ大学は、一期生の卒業後の進路について、欧米の様々な機関からアイドバイザーとして参画したい旨の打診を受けており、ミネルバ大学の教育方針に賛同する機関はますます増えていくと思います。

 

日本の大学教育への示唆

ミネルバ大学は、21世紀の社会に合った実学重視のカリキュラムのあり方、効率的な大学運営方法、グローバルレベルで起きている人材獲得競争という様々な観点で、日本の大学に参考になる点があると思います。

“93%の学部卒業生の雇用主が、学生がどんな学位を取得しているかよりも、複雑な問題をクリアできる素養である、クリティカル思考力と効果的なコミュニケーションを駆使し、人々を動かすことができる技能の方が重要だと考えている”という米国での調査結果は、日本でも外れていないと思います。

また、変化が早く、見通しを立てにくい国際社会の中で、独特の文化を発信していくこと、より緊密に繋がった周辺国や人の移動の低コスト化による異文化の相互理解の促進は、日本にとって2020年までの重要課題です。本記事が様々な教育分野の皆様の参考になれば幸いです。


幼児期から子どもたちの心を育てる -神奈川県箱根町の幼稚園でのピースフルスクールの実践-

文部科学教育通信No.377 2015.12.14掲載

平成27年度より、神奈川県箱根町の温泉幼稚園と箱根幼稚園でシチズンシップ教育ピースフルスクールプログラムの導入が始まりました。

幼稚園や保育園にプログラムを紹介する時、園の先生から、「遊びの中で子どもたちに必要なことは教えているから、レッスンの重要性がわからない」「幼稚園や保育園の子どもたちは特に問題があるわけではないから、なぜプログラムを導入する必要があるのかわからない」といったコメントをいただくことがあります。

今回、なぜピースフルスクールプログラムのような子どもたちの心を育てるプログラムが幼児期の子どもに必要なのか、文章にまとめたいと思います。

ぜひ、未就学児の姿だけでなく、彼らが小学生、中学生、高校生…大人になった時のことを想像しながら読んでいただけると幸いです。

 

非認知能力を伸ばすことができる

人間には、認知能力と非認知能力があります。IQに代表される認知能力に対して、非認知能力とは、主体性や共感力、自制心、コミュニケーション力などといったソーシャルスキルのことを指します。

米国経済学者であるジェームズ・ヘックマンが、「5歳までの教育が人の一生を左右する」と指摘しているように、就学後の教育の効率性を決めるのは就学前の教育にあるという研究があります。

IQなどで示されるテストを解く知能は、日々の生活の諸問題を解決する能力と必ずしも一緒ではありません。現実に起こる小さな問題や課題は状況によって変化するので、多様な側面に対応できる力が必要です。
そのため、主体性や共感力といった非認知能力、つまり子どもたちの心を育てることが大切なのです。

ピースフルスクールプログラムは、子どもたちの自尊心と自制心を育て、他者への共感力を高めることで、対立を子ども自身で解決するコミュニケーション力を養います。

 

安心安全な環境をつくることができる

子どもたちが主体的に学び、積極的に他者と関わるためには、安心できる環境と心の繋がりが必要です。子どもたちが「こんなことを言ったら、誰かに陰口(悪口)を言われるかもしれない」「失敗したら恥ずかしい」「目立ってしまったら、批判されるかも」といった不安や過度の緊張感を持つような環境では、子どもたちの主体性を育むことはできません。

子どもたちの心を育てることで、園や学校が安心安全な環境となり、勉強や課外活動に注力できるようになります。心の成長と学力は連動しているのです。

 

体系立っているから、抜け漏れなく学ぶことができる

ピースフルスクールは6つのユニットからなるプログラムで、「21世紀を幸せに生きるために必要な力」を抜けもれなく伸ばすことができます。

「遊びや日常生活の中で争いや問題が起きた時に都度子どもたちに大切なことを教えているので、レッスンをしなくても構わないのでは?」とおっしゃる先生がいらっしゃいます。これはとても大切なことであり、素晴らしいことだと思いますが、必ずしもそれだけで事足りるとは考えていません。
なぜなら、たまたま何も起こらないと大切なことを伝える機会が生じず、子どもたちが大切なことに気付かないままになっていることがあるからです。
つまり、抜け漏れが生じるリスクがあるのです。

また、けんかやいじめといった争いや問題が起きた時は、問題への対処に意識がいきがちなので、落ち着いてどうしたらよいのかを学ぶことができません。
人間は安心安全な環境でないと主体的に学ぶことができないので、あえてレッスンの時間を設け、落ち着いて学ぶ機会をつくることが大切です。 

遊びの中で大切なことを都度教えるという習慣に加えて、レッスンを学びの指針とすることが大事です。
ピースフルスクールでも、レッスンで「何がよいことなのか、何が悪いことなのか」「どうしていけばよいのか」を確認した後は、遊びを含む日常生活で学びを実践しています。

レッスン内容を子どもたちに教えながら、「うちの子どもたちは、これはできている子が多いな」 「ここは今までに教えたことがなかったな」 「これは苦手な子が多いな」などと、今までのことを振り返っていただき、遊びを含む日常生活に活かしていただきたいです。

 

得意な子だけではなく、みんなができるようになる

どの園や学校にも、コミュニケーション力が高く、ピースフルスクールが教えることが既にできている子どもがいます。このような子どもがクラスの問題解決に貢献し、いじめられているお友達のことを助けるケースもありますが、このようなことが苦手な子を含む全員ができるようになることが必要だと考えています。

もちろん、苦手な子がすぐに何でもできるようになるわけではありません。小さなステップを踏んで、繰り返し学ぶことが必要です。このプログラムは、子どもたちに必要な力を小さなステップで教えています。そして、日常の遊びの中でレッスンでの学びを思い出して使ってみることで、繰り返し学ぶことができます。そうすると、最初は苦手だった子も、少しずつできるようになるのです。

得意な子どもにはその能力を伸ばす機会となるように。苦手な子どもは、少しずつでもできるようになるために。

プログラムを開始してすぐに効果が表れるわけではありませんが、継続して行うことで、子どもたちが大きくなった時に違いが出てくると思います。

 

いじめなどの問題に対して対処療法ではなく根本的な対策ができる

問題が起きてから対策をするのでは、対処療法となってしまいます。
残念ながら、中学校や高校でピースフルスクールの授業をしていると、「本音と建て前」が当たり前になっている状況に出くわすことがあります。授業では、「いじめはよくないから、話し合いで解決できるようにしたい」 「傍観者になるのではなく、問題を解決できる人になる」という発言があるにも関わらず、実際は「いじめがよくないことは頭では理解できるけれど、解決するために行動したら、次は自分が標的になるかもしれないから、関わらない方が安全だ」という思いがあるのです。

子どもたちが「もうどうしようもない」という無力感に苛まれ、不安な思いで学校に通う日が来る前に、今できることを少しずつ積み重ねて、大人になっても困らないようにできるとよいと考えています。

多くの場合、けんかなどの問題解決に大人が介入している(「そんなことをしてはいけません」「○○ちゃんが悪いから、ごめんなさいって謝らないといけないよ」などの発言が、どの園や学校でも多いです)ので、子どもたち自身で問題を解決する力が養われません。
悪いことをした子がいたとしても、何がよくて、何が悪いのかを教わっていないから、何度も同じような問題を繰り返してしまいます。

子どもたちの心を育てることで対処療法ではなく根本的な対策をとることができます。

 

大人になるための準備ができる

ひとりの子どもが大人になるまでの間に、様々な教育機関に通います。
それぞれの園や学校に在籍している間は、その園や学校の先生が子どもたちの成長を見守り、指導します。表面上は、子どもたちに対する責任をその園や学校が担っているからです。

園や学校を卒業すると、子どもたちに対する責任は次の進学先にうつりますが、子どもはひとりの人間として大人になります。

青年へと成長して無責任な言動を起こす前に、子どもたちにとって必要な力を身につけるために働きかけることは重要です。幼稚園や保育園の子どもだけをイメージしているとわかりにくいのですが、小学生や中学生の子どもを想像してください。
今、多くの小学校や中学校では、いじめ・孤独感・主体性の低下・キレる・無力感・不登校といった問題が起きています。これらの問題は小学校や中学校だけの責任ではなく、子どもが生まれてから関わる全ての人の責任であると考えています。
小学校や中学校に進学する前の幼児期から継続的に子どもたちの心を育てることで、小学校以上で起きる問題を防止することができるのです。

「聴く」ということ

文部科学教育通信No.376 2015.11.23掲載

現在、ピースフルスクールというシチズンシップ教育プログラムの開発と展開を行っています。プログラムを導入している小学校で「聴くこと」の重要性についてお話する機会がありましたので、今回はこのことについてご紹介いたします。

 

聴く時の態度や元気なお返事ができていれば、それでよいのか

「子どもたちは、先生やお友達のお話をきちんと聴くことができていますか」

このような質問を幼稚園や小学校ですると、「うちの子どもたちはきちんと話を聞くことができています」や「一対一ではしっかり聞けていると思いますが、大勢になるとざわざわとしてしまい相手の話を聞いていない児童が目立ちます」といった具合に様々な答えが返ってきます。

多くの学校現場では、聴く時の態度や姿勢について指導することが多く、姿勢よく、明るく元気に「はい!」とお返事できていれば話をきちんと聴けているという評価を下しているところもあります。

話を聴く時の態度や相手の話に相槌を打つことなどは大切ですが、態度や返答の元気さに気を取られてしまってはいけません。本当に子どもたちが相手の話を聴く力を身につけるために、何ができるのでしょうか。

 

伝える力と聴く力

聴く力の高い人は、伝える力も高いです。

ピースフルスクールでは、自分の意見を持つこと相手に自分の意見を伝えること相手の意見についても「賛成」「反対」「わからない」のいずれかの意思を表明することの大切さを教えています。また、お友達と意見が違っていてもお友達でいられると教えますので、「お友達」と「お友達の意見」を分けて、意見については意見として理解することができるようになります。

さらに、自分の考えを相手に理解してもらうために努力することは、意見を持つ人の責任であるということも教えます。自分の考えを伝える時、子どもたちは意見と一緒にその根拠と事例を併せて伝えることも心がけます。意見の根拠を聴くことで、話を聴いている人も相手の意見に共感しやすくなりますし、事例を教えてもらえると、より具体的にイメージすることが可能になります。このように話し手が伝える努力をしてくれると、聴く側としてはとてもありがたいものです。

日本でピースフルスクールを導入している佐賀県武雄市の小学校で、お昼休みに何をして遊ぶかを話し合いました。最初は「ドッジボールがよい」「サッカーがよい」といった具合に意見だけを伝え合いました。次に、その根拠を伝えてもらいます。Aさんは「ドッジボールはサッカーと違って上手な人が中心にプレイをするということがなく、みんなで楽しめるのがよいと思います。具体例としては、サッカースクールに通っているB君達は、みんながもっと上手い方が楽しいだろうし、私はサッカーになれていないのでボールを蹴るので精一杯だからです」と自分の意見を伝えていました。他のクラスメイトはしっかりとAさんの話を聴き、その考えに共感していました。このように、伝える力を磨くと聴く力も向上するのです。

 

経験やものの見方と聴く力

ピースフルスクールの子どもたちは会話には誤解が生まれやすいことも学びます。

立場や経験の違いなどにより、同じことを聴いていても異なる解釈をしてしまうことがあるからです。勘違いや誤解が原因で不要な対立や人間関係の摩擦が生じないように、伝える側も工夫し、聴く側も思い込まないようにすることが大切だということを学びます。

例えば、お母さんが「暗くなるから5時までには帰りなさい」と言うと、子どもが「夏だから5時でもまだ暗くないよ」と言い返します。こんな事例で、お母さんと子どもの立場による考えの相違について子どもたちは考えます。お母さんは、子どもが遅くまで外にいることが心配だから5時に帰って欲しいと考えていること。子どもは、できるだけ遅くまで外で遊びたいから暗くないことを理由に遅く帰る許可をもらおうと考えていること。こうした立場の違いを理解し、相手の言葉の背景にある思いを聴きとる練習をしています。

経験により言葉が全く違った意味を持つ場合があることも子どもたちは学びます。

例えば、「森」という言葉でもサルとトラそれぞれにとってその意味が異なります。

サルの目に映る森は木々の枝や葉であり、トラにとっては木の幹や地面が森です。お互いに同じ言葉を使っていても、その言葉の持つ意味は経験により異なり、そのために誤解が生まれてしまうことがあります。相手の立場や状況を理解したり想像したりすることで、伝え方を工夫することができます。聴く側も同様に、相手の世界観を想像し、相手の伝えたいことを理解できているのかを確認する必要があります。

人の話を聞く時に、自分には知らないことがあるという姿勢を持ち、思い込みで聴いてしまわないことが大切です。自分の知らないことを理解するためには、聴く力に加えて想像する力も必要です。人の話を聴きながらも、一呼吸置き、思い込みによる解釈を避けるために確認をしましょう。言ったつもりや聴いたつもりにならないために、自分の理解を相手に伝え、共通認識を持てたのかを確認することが大切です。

 

心の声を聴く力

共生社会を実現するために、相手の心の声を聴く力がとても大切です。

自立と共生の力を育むピースフルスクールで、子どもたちが最初に学ぶことは、自分の心の声を聴くことです。その次に、お友達の心の声を聴き、共感することを学びます。

人と人が心の繋がりを持つことができなければ共生社会を実現することができないからです。相手の立場に立って話を聴くことができる時、人は話を聴いてもらったと感じることができます。他者の心の声に意識を向けるためには、自分の心の声を大切にすることが重要です。

シチズンシップ教育に対する理解が深まるにつれ、調和を重んじる私たち日本人は、ともすると、自分の心を置き去りにしているのではないかと思い始めました。自分の気持ちや意思よりも、周囲に合わせることを大切にするあまり、自分の心に意識を向けない習慣が身についているように感じます。心と心が繋がるためには、相手の気持ちを聴き理解することが大切なのですが、そのためには、まず自分の心に意識を向ける必要があります。

ピースフルスクールでは、共感する力を磨く前に、自分の心の声を聴く練習をします。自分の心の声を聴き、それを言葉にして人に伝える練習をします。その次に、自分の感情をコントロールすることを学びます。こうして、自分の心の声を認知し、怒りなどの感情をコントロールする力を高め、他者の気持ちを聴きとる力を磨きます。

お互いの気持ちについて話し合う授業では、卒業試験を直前にしたある男の子が「たった一度の試験で自分の進路が決まると思うと、気持ちが落ち着かなくて不安になる」という話をしました。オランダでは小学校に卒業試験があり、この試験に基づき進路を決めていくという習慣があるからです。この話を聴いていた女の子が「私にはその気持ちはないみたい。どんな感じなのかよくわからないから、もう少しお話して」と、相手の気持ちを理解するための質問を投げかけていました。お互いの考えや気持ちについて理解し合うことが、彼らにとって当たり前となっていることは素晴らしいと思いました。こんなことを言ったらばかにされるといった心配事のない、安心安全なコミュニティを子どもたち自らが作り上げています。

現代の社会そして学校は、どれだけ心の声を大切にしているでしょうか。社会においても、 誰もが忙しく仕事に追われ、期待に応えることに心が奪われ、自らの心の声を軽視して生きているようにも感じます。20世紀はテクノロジーの世紀であり、21世紀は人間の世紀と言われています。人間の持つ善い心が人類の直面する課題を解決し、持続可能な発展と平和な社会を実現する上で不可欠なことだからです。そのために、子どもたちは学校という安心安全な環境の中で、お互いの考えや気持ちを聴き合う練習をいっぱい積んで欲しいと思います。


21世紀未来企業プロジェクト

文部科学教育通信NO.375 2015.11.9掲載

「未来教育会議」という未来の社会、未来の人、未来の教育のあり方を、多様なマルチステークホルダーで共に考え、共に豊かな現実を創造していくためのプロジェクトを、2013年に株式会社博報堂をはじめとする企業の方々と共に立ち上げました。

2014年度は教育の未来について考え、「2030年の社会と教育のシナリオ」を作成しました。(第33回、第34回参照)

2015年度は、企業・行政・先生・NPO・学生などのマルチステークホルダーで、「不確実な未来への準備として2030年の社会・企業・人のあり方を考える」をテーマに、2030年にはどんな社会が訪れるのか、2030年に賞賛され、生き残る企業とはどのような企業か、2030年の未来企業の働き方はどのようになっているのか、未来企業のもつべき価値観とはどのような価値観かを考えるプロジェクトをスタートいたしました。

今回は、なぜ未来の企業について考えるのか、その理由についてまとめます。

 

二十一世紀の教育の目的とは?

OECDは二十一世紀の教育の目的を以下のように定義しています。

  • 持続可能な成長を実現する社会

  • 多様な人々が安心して共生できる民主的な社会

二十世紀は、持続可能性や多様な人々が幸せに生きることをあまり意識せず、自国が成長することを一番に考えてきた時代であると言えるのではないでしょうか。今までの社会のあり方を踏まえ、二十一世紀は持続可能な成長を続けながら、様々な人が共生できる民主的な社会をつくるために、教育がなされるべきだと定義しているのです。「理想の社会をつくるために必要な力を教育と通して身につける」と理解することができると考えます。

 

子どもたちが直面する課題

二十一世紀を生きる子どもたちは、どのような課題に直面しているのでしょうか。

OECDは以下のようにまとめています。

  • 技術革新に対応すること

  • あふれる情報を取捨選択すること

  • 経済成長と地球環境の保護という二つの矛盾する目的を達成しなければならないこと

  • 豊かさの追求と、貧困や富の格差の是正を同時に考えること

これらの課題は、二十一世紀の社会を生きる上で生じるものです。子どもたちは、これらの課題を解決し、より良く生きるための力を身につけなくてはならないのです。

 

OECDのキーコンピタンシー

上記のような社会を実現するため、特定の専門家だけでなく、すべての個人にとっても重要とされるコンピテンシー(つねに安定した業績を上げている人材に共通して観察される行動特性)をOECDは次のように定義しています。これらは、教育改革のガイドラインとして、重要な役割を果たしているものです。

 

Ⅰ.相互作用的に道具を用いる

語学や数学等の教科の知識に加え、テクノロジーに対するリテラシーが含まれます。

Ⅱ.異質な集団で交流する

他人と協働する力に加え、争いを処理し解決する力が含まれます。

Ⅲ.自律的に活動する

不確実な時代を幸福に生きるため、自らの人生を計画する力に加え、環境から自分を守る力が含まれます。

 

また、これら3つのキーコンピテンシーの核となるのは以下の2つの力です。

 

A.自ら工夫・創造する力

教えられた知識をただ繰り返すのではなく、複雑な課題を解決するために、自ら考える力と自らの学習や行為に責任をとる能力のこと。

B.リフレクション(内省)する力

慣習的なやり方や過去に成功した方法を規定通りに適用するのではなく、変化に応じて経験から学び、批判的なスタンスで考え動く能力のこと。

 

子どもたちは、これらの能力を学校生活の中で身につける必要があるのです。それは、二十一世紀の社会を幸せに生きるために必要だからです。

 

現状の日本の教育課題は?

これまで、二十一世紀の社会と子どもたちに必要な力について述べてきました。

それでは、現状の日本の教育課題はどのようなものがあるのでしょうか。

未来教育会議で教育課題について考えた際、「誰もが一生懸命なのに、子どもたちは本来の力(主体性、創造性)を開花することができない」ことが課題ではないかという結論に至りました。

社会には様々なステークホルダーがあり、それぞれの立場で誰もが真摯に取り組んでいます。しかし、その部分最適化こそが教育システムの崩壊を加速させていると考えています。

 

教育と社会は双子の関係

未来教育会議で上記の探求を進める中で、「教育と社会は双子の関係」であると確信を持つようになりました。

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二十世紀の社会は、定量的な評価基準、標準化・マニュアル化、ヒエラルキー構造といった画一的なものでした。その方が工業化を進めるには好都合だったのです。

親子の成功の定義も、大学受験の成功や大企業や安定した職種への就職といった具合に画一的です。

そのため、社会が学校現場に要求するのは、成績評価、偏差値重視、教師と生徒の主従関係、決められた学習指導要領に則った授業といった具合に画一的な教育でした。

このように、社会のあり方が教育の内容に色濃く影響を与えているのです。

二十世紀はこのような社会と教育のあり方で問題がなかったかもしれませんが、上記で記した通り、二十一世紀を幸せに生きるためには、このままの社会と教育のままではうまくいきません。

そのため、2014年度は「2030年の社会と教育」について考え、2015年度は社会を創りあげている大きな要素である企業の未来について考えています。

 

未来企業プロジェクト

2015年10月、未来教育会議の2015年度の活動である「未来企業プロジェクト」がスタートしました。第一回目のワークショップには、企業・行政・NPO・学生など、多くのマルチステークホルダーの方々にご参加いただき、「2030年の社会について、自分として関心があることは何か?」について探求しました。

ワークショップでは、最初にそれぞれ関心のあることをポストイットに書き出し、その内容を発表してどのようなことに関心があるのか、多くの人の関心事は何かを可視化しました。

「テクノロジーの発展はどうなっているのか」「どのような働き方があるのか」「日本のよさはどうなっているのか」「グローバル化はどのように進んでいるのか」「地方での暮らしや仕事はどうなっているのか」「産業構造に変化はあるのか」「豊かさの定義は変わっているのか」など、様々な関心事が挙げられました。

これらの関心事をグループ化すると、「テクノロジー」「サステナビリティ・自然環境」「労働・雇用・ダイバーシティ」「イノベーション・起業」「経済・産業構造」「政治・安全保障」「地方」「グローバル化」というグループに分類できました。

メンバーそれぞれ、最も関心のあるグループに所属し、今後はその話題に詳しい人や場所に学びにいくスタディツアーを実施します。

どのような企業の未来が描けるか、今後ご紹介いたします。


 

2030年の教育の未来シナリオ 画一的に学ぶ学校、地域とつながり学ぶ学校、社会と一緒に学ぶ学校②

文部科学教育通信No.374 2015.10.26掲載

これからの時代を人々が幸せに生きるために、「未来」を見ることで「今」に活かすことがあると考え、「未来教育会議」というプロジェクトで、二〇三〇年に起こりうる社会と教育に関するシナリオを作成しました。

シナリオ・プランニングという起こりうる未来の複数のストーリーを体系的に組み立てる手法を用いて作成したシナリオは全部で3種類になりました。

一つめが、社会と分断された学校である「二一世紀スキルを画一的に学ぶ学校」。

二つめは、地域の人口減と学校崩壊の危機感が合致し変革の力に昇華した「地域とつながり学ぶ学校」。

三つめは、学校・家庭・地域・民間によるオープンな教育を実現する「社会と一緒に学ぶ学校」です。

2015年現在の時点では、そのどれもが起こりうる世界であると考えています。

前回は、「二一世紀スキルを画一的に学ぶ学校」というシナリオを取り上げました。今回は、「地域とつながり学ぶ学校」と「社会と一緒に学ぶ学校」についてご紹介いたします。

 

地域とつながり学ぶ学校

このシナリオが描くのは、地域と学校のニーズが合致し共に力をあわせて変革に取り組む学校の未来です。

二〇三〇年、大企業中心の経済モデルに限界を感じ、地方の活性化が重要視され始めます。経済格差は進むものの、地域の自然資本を活かして起業する若者たちも増えています。このような地域での新しい動きが、都市部の企業に様々な影響を与えています。

教育改革の動向としては、二〇一八年の大学入試改革によりセンター試験が廃止され、新たに達成度テストが導入されました。二十一世紀を幸せに生きる力を育む教育への大転換を図る学習指導要領となり、知識を伝える教育から自ら考え対話し答えを導き出せる教育へのシフトが必要だという認識が広まります。教育改革は学校だけで出来るものではないため、学校と地域との連携をさらに進めようとする動きもあります。

地方の人口減の危機感と学校崩壊の危機感のニーズが合致する中で、この学校と地域の連携が急速に進むことで変化が現れています。「どのような地域を創るか」という地域づくりの理念と、地域の教育の在り方について、首長と教育長とが密接に議論を進める自治体も現れはじめ、自治体ごとに特色ある教育が行われるようになっています。

地域と学校が密接に結びつきはじめることで、学校での早期のドロップアウトと治安維持や生活保護などの社会コストなども関係づけて論じられるようになり、より効果的な対応ができる環境が整いつつあります。

教育現場では、地域のビジョンと教育の在り方の議論を成熟させた自治体を中心に、学校と地域の連携を本質的に図る動きが活発化。学校と地域をつなぐコーディネーターが存在した所はこの難しい連携を成功させています。地域との信頼関係が深まり、先生も自分が抱えている問題や生活指導やクラブ活動といった学習指導以外の時間を地域と分担できるようになり、学校での授業のレベルは向上しています。

これらの動きに伴い、価値観にも変化が生じています。教育とは、学校だけに任されるものではなく、家庭と学校と地域とでホーリスティックに行われるという考え方が広まっています。さらには、コミュニティの大人達全員が子どもと関わるべきだという意識が当たり前になりつつあります。子ども達に関わることで学び、変化が大きく現れたのは、実は大人の側で、学校と地域の連携により地域コミュニティに関わる時間が増えたことによるインパクトは、社会の様々な面において好影響をもたらしはじめました。

子どもたちも、地域の人々と関係を持って、地域の生きた課題に自ら関わる経験によって、人との生きた関係性の中で育まれ、自らが主体的に考え、未来を創りだす力を身につけつつあります。こうした環境で育った子どもたちが社会人となっていくことで、着実に硬直化した企業や社会システムの変革のエンジンとなっていきます。

 

社会と一緒に学ぶ学校

このシナリオが描くのは、学校・家庭・地域・民間によるオープンな教育を実践する学校の未来です。

二〇三〇年、グローバルでは「経済成長」と「持続可能性」の両立が企業存続の至上命題となっており、不確実かつ複雑な社会の中でイノベーションを起こすための「人づくり」として「二一世紀スキル」の重要性が強く叫ばれています。

企業の採用基準は学歴主義から脱却し、一人ひとりの個性や自ら答えを生みだす力を重視し、企業内の人材マネジメントも管理型から主体性を尊重する方向にシフトしています。

優秀な労働力を持続的に確保するため、人材の流動化や柔軟なワークスタイルを進め、多様な働き方が出現し、就社・単線のキャリアパスといった職業観は弱まり、必要なスキルを身につけ自分を活かせる仕事の機会を積極的に得るといった複線のキャリアパスが当たり前になってきています。

そうした企業の価値観の変化も後押しし、「学校、地域、文科省、教育委員会、企業のHR部門、大学研究機関、教育産業が一体となって、未来に求める人材像や生涯を通じた人の育ち方を、共に考える場」が生まれています。

教育改革の動向としては、二〇一八年の大学入試改革により達成度テストが導入され、二〇二〇年以降は、新学習指導要領が現場で推進されています。導入当初は求めるスキルの要素は変わっても、「学歴・偏差値重視」という人物評価のものさしが変わらなかったため、主体的に考え行動する力を伸ばすという本来の趣旨が反映されませんでしたが、企業の求める人材要件が「二一世紀スキル」に大きくシフトしたこと等により、国民的議論が高まり、二一世紀スキルを身につけるにはそれぞれ特色ある学校で多様な選択肢が広がる「教育の自由」が重要なのだという意識が形成されつつあります。

地域と学校の連携も進み、教育目的税を導入するなどして「教育先進地域」を付加価値とする自治体が一定数出現。民間の教育プログラムへの公費助成が推進され、学校への権限付与(自由裁量の増加)もあって、公立学校での民間リソースの活用が進んでいます。結果として、教育プログラムの質の向上という良い循環構造がまわりはじめています。

学校では、教員の管掌業務が見直され、部活指導が外部化されるなど、子どもたちにとって一番良い形での選択と集中が進んでいます。教員は授業の創意工夫に多くの時間を費やせるようになり、社会人経験のある教員採用や教員の若返り等もあって、新しい教育方法が積極的に導入されています。学校+家庭+地域+民間企業による教育へと、学校のオープン化が進み、学校のビジョンの伝承や、学校を地域・民間企業がオープンにサポートしていくという仕組みは定着、機能しつつあります。

また、学校や社会からのドロップアウトは生活保護や治安維持の観点から社会コスト増につながるとの意識が高まり、ドロップアウトを未然に防ぐ、または一度ドロップアウトしても、いつでも教育を受け直す機会があることへの社会ニーズに対して、安価で「生涯教育プログラム」を受講できるシステムが整備されています。

このような背景から、「周りの人と同じであれば大丈夫」という意識から、他者との共生の中で自分の人生、生活を自ら切り拓いていかなければならないというが意識や考え方が醸成され、子どもたちは自ら行動し、リフレクションを行い、学習と成長を実現する自律的学習者となっています。

 

シナリオは全て未来を想像して作成しているので、今を考える切り口としていただけると幸いです。


 

2030年の教育の未来シナリオ -画一的に学ぶ学校、地域とつながり学ぶ学校、社会と一緒に学ぶ学校-①

文部科学通信No.373 2015.10.12掲載

2013年に「未来教育会議」という未来の社会、未来の人、未来の教育のあり方を、多様なマルチステークホルダーで共に考え、共に豊かな現実を創造していくためのプロジェクトを、株式会社博報堂をはじめとする企業の方々と共に立ち上げました。

2014年度は、国内外40か所のスタディツアーや一年間を通じたミーティング、ワークショップを重ね、様々なステークホルダーとともに2030年に起こりうる社会と教育に関するシナリオを作成しました。「未来」を見ることで、「今」に活かすことがあると考えたからです。

シナリオ・プランニングという起こりうる未来の複数のストーリーを体系的に組み立てる手法を用いて作成したシナリオは全部で3種類になりました。

2015年現在の時点では、そのどれもが起こりうる世界であると考えています。

今回と次回は、3種類のシナリオについてご紹介いたします。

 

シナリオの分岐点

2030年の未来シナリオを考える際、大きくふたつの分岐点を想定しました。

ひとつめの分岐点は、「地域社会の価値基準の変化」「地域コーディネーター(学校と社会をつなぐ役割)機能の拡充」「教員の時間の創出」です。

この分岐点でノーの場合、21世紀スキル教育への進化が唱えられるが、その実施は画一的かつマニュアル的に展開し、一部の優良校においてのみ本質的な21世紀型の教育改革が進み、教育格差がより進行するという「21世紀スキルを画一的に学ぶ学校」のシナリオに行きつきます。21世紀スキルを20世紀的に理解し、子どもたちと先生に届けた結果です。

ひとつめの分岐点がイエスの場合、ふたつめの分岐点に進みます。

ふたつめは、「社会での教育ビジョン共有」「企業の価値基準の変化」「教育費の再配分」「学校への権限委譲」です。

ここでノーの場合は、地域の人口減と学校崩壊の危機感が合致し、変革の力に昇華して、地域づくりと教育の連携が進み、本質的なコミュニティスクールの学校が増加するという「地域とつながり学ぶ学校」のシナリオとなります。学校と周辺地域がつながり、少しは社会との繋がりが生まれますが、社会の主要な構成要素である民間企業とのつながりはありません。

イエスの場合、学校・地域・企業・家庭・行政でビジョンが共有され、多様でオープンな教育が展開、税の再配分も行われ、民間の力が学校教育に活かされているという「社会と一緒に学ぶ学校」というシナリオになります。

それでは、ひとつめのシナリオを見ていきましょう。

 

21世紀スキルを画一的に学ぶ学校

このシナリオが描くのは、社会と分断される学校の未来です。

2030年、日本社会は20世紀工業化社会型の経済モデルで有効な手立てがないまま、新興国との競争はさらに進み、生産人口も減り、グローバルでのポジションを落とします。企業は非正規雇用率をさらに高め、外国人の労働者や移民も増えます。経済格差は進み、高齢者に加え、ドロップアウトする人々を支える社会コストの増加も大きな問題に。

教育改革の動向は、2018年の大学入試改革によりセンター試験が廃止され、新たに達成度テストが導入されました。「21世紀に向けての生きる力を育む教育方針」「結果を規定し、そこに至る過程の自由を大幅に認める教育体制」への転換を本格的に掲げる新学習指導要領が2020年から実施され、知識を伝える教育から自ら考え対話し答えを導き出せる教育へのシフトが改めて叫ばれています。

しかし、こうした教育改革のビジョンが企業や地域社会と共有されておらず、文言ばかりが強調され、実態が伴いません。企業の採用基準は依然として変わらず、学歴や筆記試験がベースとなっており、採用後の人物評価も売上など定量的に測定できる指標中心に管理されているのです。教育改革のかけ声と社会の実態が乖離しているのが現状です。

教育現場は、企業をはじめとする世の中一般の理解がないまま。このような状況での達成度テストや新学習指導要領の導入は、結果として達成度テストに向けて高校受験が終わったばかりの生徒に対策を施さなければならず、クラブ活動や学園祭などが割を食い、学校生活を貧しくしただけとなっています。長期のカリキュラムが組める中高一貫校や受験予備校ばかりが得をし、そうでない学校や生徒は混乱するばかり。

余波を受けて、中学・高校受験は過熱し、児童期から勉強漬けの生活を送っている子どもも増加。大学側も準備が整わないまま制度移行を迎えてしまい、達成度テストと小論文・面接の微差で学生を選抜するしかない状況となっています。結果として、小論文や面接、グループディスカッション等の表層的なテクニックを磨くことが横行し、21世紀スキルは名ばかりとなってしまいました。先生たちは教育改革の思想自体は理解できるものの、忙しい時間の中、新しい授業の開発にかけることも難しい状況で、反発の声も上がり始めています。

地方自治体や教育委員会などは、短期間で人事異動や体制変更が繰り返されるという構造的な課題を克服できず、結果として一握りの私立校や教育財政の充実した自治体のみが進学・就職にも強く、学習者中心・相互作用で21世紀型スキルを身につけるカリキュラムも充実した「スーパースクール」として名を馳せる一方、教育困難校が各地で増加し、学級崩壊が当たり前となった地域も増えています。

20世紀型の教授に加えて21世紀スキルの育成まで学校に求めるという過大な期待から生じる「学校批判」「教師批判」の声もやむことはなく、「閉じた学校」は変わらない状況となりました。このような状況の学校に対して、地域の側も新しい地域連携の形を模索しようとする動きは少数に留まっています。

価値観にも変化が起きます。21世紀は、知識や答えを覚えることではなく、答えがない状況でも自分で考え、多様性の中で協働して創り出していくことが大切な時代だという認識は一定程度進みますが、自分たちが創りだしたい社会像がないまま、こうした考えを受け身として考えている状況で、新しい教育の思想を実践するのではなく、評価管理してしまう方向に向かわせています。

大学入試は変ったものの、世の中における「偏差値の高い大学にいっておけば安心」という価値観が変わっていないため、保護者の「入試対策に力を入れてほしい」という学校への欲求や、学習塾や受験予備校に私費を投じる状況は、基本的には変わっておらず、教育の方法論や中身よりも、進学・就活により有利な環境を子どもに与えてあげたいという動機の方が強い保護者が未だに圧倒的多数となっています。

このような環境下で、子どもたちは20世紀型の知識の詰め込みや定量的に測れる能力の研鑽に加え、21世紀型とされるコミュニケーション能力、独創性、問題解決力などのスキルの習得を求められるようになり、学習指導要領改訂以前に比べてますます忙しく、ますます疲弊していると言われています。両者の能力をまんべんなく備えるハイパーエリートだけが社会的な成功を勝ち得、そうでない大多数は一億総ブラック化とも言われる低賃金・長時間労働で、かつ、不安定な就労体制に甘んじるしかないというネガティブな認識が広がってしまい、ドロップアウトしてしまう学生も増え続け、格差固定社会の到来が叫ばれています。

これがひとつめのシナリオが描く2030年のストーリーです。起こりうる未来に対して、何をするのか考えるきっかけとなれば幸いです。

幼保小中一貫教育のためのピースフルスクールプログラム研修会②

文部科学教育通信No.372 215.9.28掲載

前回(No.371)と今回にわたり、平成27年度より開始した神奈川県箱根町での幼保小中一貫教育を見据えたピースフルスクールプログラム導入についてご紹介しています。

前回は、「いじめや不登校といった表面化した問題をどのように扱うのか」「自立と共生社会を実現するために何ができるのか」という視点からプログラムの特徴について取り上げました。

今回は、プログラムの導入前研修で実施したことがテーマです。

 

すべてのはじまりは、感情から

ピースフルスクールプログラムでは、感情を扱うことに重きを置いています。

それは、なぜでしょうか。

一つは、感情が行動を促すということです。

長年、行動を支配するのは論理であり、感情は秩序を乱す邪魔なものと考えられてきました。

しかし、論理的思考から感情が切り離されてしまうと、思考したり、決定したり、学習したりする能力が欠落することが研究を通してわかりました。

これを学習に当てはめて考えれば、感情を伴わない(興味の持てない)学習は、なかなか身につかないと言えます。何か行動を起こそうと思う時には、必ず感情が働きかけているのです。

もう一つは、他者の気持ちを理解するためには、まず自分の気持ちを知り、言葉で伝えられるようになることが必要だということです。

学校現場では「相手の気持ちを大切にしよう」ということが子どもたちに教えられますが、自分の感情をきちんと認識できないと、相手の気持ちを深く理解し、寄り添うことはできません。日頃から自分の感情を押し殺して生活していると、心の機微に気づくことができなくなってしまいます。そうならないためにも、なるべく幼い頃から自分の感情を認識し、言葉で表現する練習を行うことが有効です。

これは、子どもと関わる大人にとっても必要なことです。

子どもたちは大人の言動や振る舞いを見ながら生活しています。大きな影響を受けているのです。そのため、大人が自分の感情を押し殺すことなく大切にしていると、子どもたちにも伝わります。

ピースフルスクールでは、子どもと一緒に、大人も自分の感情を認識し、言葉で伝えられるように練習しています。今回の研修でも、最初のワークは感情を言葉にすることから始めました。

「最近の最も嬉しい・楽しい・わくわくした出来事」について、それはどのような出来事だったか、その時の気持ちはどうだったかを、まずは一人で思い出します。

その後、三人グループになり、気持ちを共有し、出来事について話します。

ポジティブな感情に関する話が終わったら、「最近の最も悲しい・悔しい・頭にきた出来事」について同様のワークを行います。

日頃から感情を意識している人は、すぐに出来事を思い出し、相手に話すことができています。このワークでなかなか感情が出てこなかった人も、日々の生活の中で自分の気持ちに意識を向けることを続けると、感情を認識する力が向上します。

続いて、幼児向けのピースフルスクールプログラムで特徴的なレッスンを取り上げます。

 

お互いに名前で呼び合い、挨拶をする

ピースフルスクールが目指している安心安全な環境をつくるために、子どもたちはお互いに名前で呼び合い、挨拶をします。「なんだ、当たり前のことじゃないか」と思われる方もいらっしゃると思いますが、これが文化となって実践できているところは少ないと思います。お友達や先生の名前を覚えることで、誰が園やクラスというコミュニティに属しているのかがわかります。名前を呼んで挨拶をすると、お互いをコミュニティに歓迎することができ、気持ちよく過ごせます。そうすると、コミュニティをより安心安全な環境にすることができます。

 

ほめ言葉とけなし言葉

子どもたちは、ほめ言葉とけなし言葉を言われた時に、どのような気持ちになるかを考え、

ほめ言葉とけなし言葉がもたらす影響を理解します。お互いにほめ言葉を伝えあうことで、コミュニティをポジティブな雰囲気にすることができます。

多くの園で、誰かがけなし言葉を言っていると「それは言ってはいけないよ」と都度教えていると思います。大人から指摘されて言うのを止めるということは、自分の頭で「この言葉を言っていいのだろうか?」と考える機会がないと言えます。ピースフルスクールでは、けなし言葉を言われた時の感情に着目し、自分で自分の発言をコントロールできるように子どもたちを育てます。

 

嫌だから、やめて

嫌なことをされた時に、直接相手に「嫌だから、やめて!」と伝えること、どんなに楽しいと思っていても、相手から「やめて!」と言われたらやめなくてはならないことを知ることで、からかいが深刻なけんかやいじめに発展するのを防ぐことができます。

そうすると、小さなけんかが起きた時に、いつも先生が介入しなくてすむようになります。

子どもたちは、レッスンで「嫌だから、やめて!」という練習をします。日常生活でも、誰かに嫌なことをされた時に「やめて!」と言う習慣を身につけます。先生は、お友達に嫌なことをされたと言いに来た子どもに対して、「自分で、いやだからやめて、と言ってみた?」と子どもたちを促します。

 

仲直り

けんかになった時に、子どもたち自身で問題を解決し、仲直りすることで、子どもの問題解決力や自分たちで解決できたという自己効力感を高めることができます。そうすると、全ての子どもたちのけんかに先生が介入する必要がなくなります。

子どもたちは、どうしたら冷静さを取り戻して仲直りができるのか、良い解決策を考えます。

先生は、子どもたちがけんかをした時に、すぐに介入するのではなく、子どもたち自身で問題を解決する機会を与えます。また、子どもたち自身でけんかを解決できたとき、そのことをしっかりとほめて、習慣となるように促します。

 

怒りの気持ち

ピースフルスクールでは、感情について複数のレッスンを行いますが、その一つに怒りの気持ちを扱うレッスンがあります。怒りの気持ちがわいてきた時に、もう一度冷静になることで、落ち着いて話ができるようになります。怒りの気持ちを自らコントロールできるようになると、けんかが炎上することや、伝えたいことが伝わらないといったことが起きなくなります。

子どもたちは、怒りがおさまるまで、相手と離れて別の場所に行く、ぬいぐるみを抱く、十秒数えるといったセルフコントロールを行います。先生自身もこのコントロールができるように日常で訓練します。そして、先生が怒りを感じた時にどのように気持ちと向き合っているかを子どもたちに話すことで、子どもたちは大人も自分と同様に気持ちを大切にしているということが理解できるのです。

 

得意なこと

自分とお友達の得意なことを知ることで、お互いに似ているところと違っているところがあることを知ります。似ているところも違っているところも、それぞれ尊いことを知り、お互いを尊重することができるようになります。

「多様性を尊重しようね」と子どもたちに教えても、多様性を尊重できるようにはなりません。子どもたちの生活に根差す形でお互いの一致点と相違点を明らかにしていき、違っていてもお友達でいられることを実感することが必要です。

このように、ピースフルスクールプログラムは、レッスンを通して「何が大切なのか」「どうすればよいのか」を子どもたちに教えます。そして、その学びを日常生活で実践し、普段から出来るようにするのです。「知っている」ところで終わらず、出来るようになることを目標としています。これは、子どもと大人にとってのチャレンジだと思います

幼保小中一貫教育のためのピースフルスクールプログラム研修会①

文部科学教育通信No.371 2015.9.14掲載

いじめや不登校、学級崩壊といった子どもたちを取り巻く問題がなくなり、子どもたちが心から安心して学校に通い、学校生活を通して変化の激しい二十一世紀という時代を幸せに生きるための力を身につけることができればと、子どもに関わる誰しもが願っていると思います。

これらの願いを叶えるためのアプローチとして、クマヒラセキュリティ財団では「ピースフルスクールプログラム」というシチズンシップ教育プログラムを開発し、展開しています。

このプログラムは、子どもたちが自ら安心安全なコミュニティをつくるための教育プログラムです。建設的に議論して意思決定する習慣を学ぶことと、対立を子ども自身で解決することを軸として、民主的な社会の担い手であり、平和な社会を構築する力をもつ人を育てます。

このプログラムを採用している学校で学んでいる子どもたちは、自分の意見を持つこと、その意見を相手にきちんと伝えること、相手の話をよく聞くこと、自分の感情を認識すること、相手の立場に立って物事を考えること、対立は意見が異なることが原因で起きるので悪いものではないと理解すること、対立をケンカやいじめに発展させるのではなく話し合いで解決すること、多様性を尊重することといった、幸せに生きるために必要な力を身につけています。誰かからの指示でしか行動できないのではなく、自分の頭で考え、答えを導き、主体的に活動することができるのです。これらの力を身につけるのは、子どもたちだけではありません。子どもたちと関わる先生や保護者といった大人も同様に成長することが可能です。

この度、幼保小中一貫教育を見据えて、神奈川県箱根町の教育委員会と連携し、平成二十七年度より箱根町の幼稚園でプログラムの導入が始まりました。

今回と次回は、プログラムの導入前研修を軸に、幼保小中一貫教育としてのピースフルスクールプログラムをご紹介いたします。

表面化した問題をどのように扱うのか、何ができるのか

いじめや不登校といった問題が表面化し、問題が起きて初めて対処療法的な対策を取り始めるということも多い中、そもそもこれらの問題が起きないようにするために根源的なアプローチとして何ができるでしょうか。

大人の力で管理すること、規則で抑制すること、問題の対象となった子どもの心に寄り添うこと。様々な取り組みが現場で行われていると思います。

安心安全な環境で学力と心の成長を続けることは不可能なのか、どのような取り組みを行えば実現できるのか。この問いのヒントを求め、世界の教育を研究していたところ、オランダで実践されている幼小一貫教育であるピースフルスクールを見つけました。このプログラムを導入している学校では、幼稚園から小学校までの八年間、レッスンと日常生活での実践を行います。子どもたちだけでなく、先生や保護者、学校を取り巻く地域の大人も同じプログラムを学び、実践するため、学校や地域の文化として醸成します。子どもたちはこの文化の中で育つのです。

プログラムの導入校の子どもたちは、冒頭に記した「幸せに生きるために必要な力」を幼い頃から身につけているため、いじめや学級崩壊といったコミュニティの崩壊という末期的な問題にさらされることがありません。いじめなどの問題に怯えることなく、ポジティブに人とつながり、社会で生きるための準備をしているのです。

日本にもこのようなプログラムが必要だと思い、オランダのプログラム開発者のアドバイスを受けながら、日本版のピースフルスクールプログラムを開発し、学校現場や大人たちに向けて展開しています。

小学校版のプログラムは平成二十六年度より佐賀県武雄市の武内小学校で導入がスタートしました。子どもたちが安心安全な環境で、人生を幸せに生きる力を身につけることを目標に、神奈川県箱根町では、幼保小中一貫を見据えて幼稚園でのプログラム導入が始まりました。

以下は、プログラムの導入前研修の一部をご紹介いたします。

子どもたちの自立と共生を目指すプログラム

研修の冒頭で、ピースフルスクールプログラムへの理解を深めました。

子どもたちを取り巻く様々な問題を解決し、安心安全な環境を自ら創る力を身につけるためには、子どもたちの自立と共生を目指す必要があります。

ピースフルスクールプログラムは、自立と共生社会を実現するために、以下のことを習得することを目指しています。

1.子どもたちは、クラスでの役割を分担します。また、お友達との関わり方を学ぶことで平和で明るいクラスを作ります。

2.子どもたちは、「明確に話す」「聞く」「質問をする」「他人の視点で考える」といった重要なコミュニケーションスキルを学びます。

3.子どもたちは、自分の感情と他人の感情にどう対処すれば良いかを学びます。

4.子どもたちは、対立を建設的に解決する方法や、未然に防ぐ方法を学びます。

5.子どもたちは、お互いに助け合いながらグループやコミュニティの運営に貢献します。

6.子どもたちは、お互いの違いに対してオープンな態度を取ることを学びます。お互いの違いを理解し、つながりを深めます。

学びの支援者である先生は、プログラムの内容を教え込むのではなく、子どもたちが自ら実践できるようにエンパワーします。学び手である子どもたちは、レッスンを受けるだけといった受身的に学ぶのではなく、日常での実践といった主体的な学びを目指します。そうすることで、自分で考え、行動することができるようになります。

また、共生社会を実現するために、子どもたちはどのようにしてコミュニティの創り方を学ぶのでしょうか。お友達との心のつながりを創り、そのつながりが広がる中で、コミュニティへの帰属意識が芽生えます。その結果、コミュニティのために何かをしようという気持ちが生まれます。

オランダのプログラム開発者から、いじめの傍観者がいる学級は本当のコミュニティではないと言われたことがあります。いじめは、加害者と被害者だけで成り立つものではありません。いじめがあることを認識しながら、何もしない傍観者の存在がいじめを成立させていると言えます。コミュニティへの帰属意識が芽生えている環境では、自分の気持ちだけでなく、他者の気持ちに意識が向きます。悲しい気持ちでいる人を放っておける状態はコミュニティではないのです。様々な力を身につける以前に、子どもたちが過ごす環境を変える必要があります。

このプログラムは、子どもの自尊心と自制心を育て、他者への共感力を高めることで、対立を子ども自身で解決するコミュニケーション力を養います。そうすることで、園や学校が子どもたちにとってより安心安全な環境になります。自立と共生を目指すことができるのです。

誰もがけんかやいじめのない環境を望んでいたとしても、心の中では「いじめはなくならない」「自分は関わりたくない」という思い込みがある状態では、問題が起きてからコミュニティのあり方を改善することは難しいです。

そのため、問題が顕在化する前、可能であれば幼児のころから、遅くとも小学校低学年から継続してこのプログラムを実践することが大切です。

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2020年管理職比率30%への道

文部科学教育通信NO.370 2015.8.24掲載

グローバル化が進む今日、世界の中でも後れを取っている日本における女性活躍に注目が当たり、労働人口の減少に端を発した女性活躍促進の動きが2014年に本格化しました。男女雇用機会均等法が制定されてから29年後のことです。

2020年管理職比率30%の目標に向けて企業の取り組みが活発化する中、昭和女子大学キャリアカレッジでは、女性の企業でのステップアップと起業を支援する取り組みを行っています。参加する女性の多くは、企業から多くの期待を寄せられた方たちです。10年前後、企業で働き、その功績が評価されている方たちですが、3年前には想像できないような突然の期待の寄せられ方に戸惑いを感じる人たちも多くいます。

その様子には、私自身が女性として、「社会は無責任である」と感じた経験と重なります。男女雇用機会均等法が制定された年にキャリアを始めた私たち女性は、クリスマスケーキと呼ばれ、25歳を過ぎると結婚に向けた強い圧力を感じ、結婚して子どもを産むと、「親が家にいないで、子どもがまともに育つはずはない」と言われ、働くことを良しとしない社会通念が存在していました。しかし、今日、労働人口の不足が企業の持続可能性を脅かすリスクと認識されるようになり、女性が、子どもを産んでも社会で活躍できるためのインフラ整備も進められています。私の短い人生の中でも、女性に対する社会の期待は180度変化しています。このため、女性には自分の意思で人生を選択することを勧めています。

男性管理職の本音

昭和女子大学キャリアカレッジでは、去る7月に特別企画として男性管理職向けワークショップを実施しました。「タテマエでは未来はつくれない!男性マネジメントが本音で議論する女性活躍の未来」と題したイベントの企画には、混沌とする女性活躍推進の現状を変えるために少しでも貢献したいという思いがありました。

突然始まった女性活躍促進の大きな動きは、女性のみならず男性管理職にとっても、パラダイムシフトへの挑戦です。ワークショップでは、男性管理職の皆さんの本音を伺いました。いくつか事例をご紹介します。

【男性管理職の悩み】

ライフイベントの影響男性管理職が抱える悩み男性社員と違い、結婚や出産などのライフイベントを無視できない。

育児休暇等によるキャリアの中断に配慮する必要がある。

感情的な発言が多い。

責任のある仕事に腰が引ける。

融通が利かない。

多角的なものの見方をしない。

どこまで昇進を目指しているのか解らない。

男性と違い、個々に違うため対応が難しい。

これまで同様、女性には補助的な仕事を任せてしまう。

男性上司ロールモデルによるパネルディスカッションでは、㈱日立製作所人財統括本部人事勤労本部長兼ダイバーシティ推進センタ長田宮直彦氏、㈱大京穴吹不動産PM事業部バケーションレンタル課長中村宇裕氏、富士通デザイン㈱ソフトウェア&サービスデザイン事業部チーフデザインディレクター平野隆氏をお招きし、ロールモデルの実践から学ぶ機会となりました。

【ロールモデルの意見】

女性・男性というよりも「個人」を見てマネジメントすることが重要

女性と男性のマネジメントにおける違いは「伝え方」であり、伝え方への配慮は重要。特にノンバーバルコミュニケーションは大切なポイント。

女性は、未婚、既婚、子どもの有無など就職した時代背景による差が大きい。

業務マネジメントは時間評価ではない。

昇進をしたがらないのは若い男性も同じである。

マネージャーを見て、あんな風にはなりたくないと思う女性は多い。

場所や時間の制限がなくなる方が女性は働きやすい。定時に帰宅し、子どもが寝てからメールを書く方が、女性にとっては望ましい。

最後には、女性を交えたディスカッションを行いました。社内の上司部下の関係では聞けないことも、オープンに質問し意見交換を行うことで、お互いの悩みや視点を共有する貴重な機会になりました。

女性活躍促進の価値

少子高齢化による労働人口の減少に端を発した女性活躍推進ですが、昭和女子大学キャリアカレッジでは、女性活躍促進がもたらす価値をより大きく捉えています。

成熟社会における日本の企業には、イノベーションにより持続可能な発展を実現することが期待されています。このため、イノベーションの源泉として多様性を活かす経営が求められています。しかし、工業化社会として経済発展を遂げた日本企業の競争優位性を支えたのは、画一性を重んじ、効率や生産性を優先した企業風土や終身雇用制度でした。この観点から考えると、女性活躍推進は、企業活動の前提となる価値観の転換を求めるものです。

約30年間進展のなかった人口の半分を占める女性活躍推進は、日本全体が多様性を活かす社会を実現する大きな一歩となるのではないでしょうか。その先には、社会全体が多様性の価値を信じ、人種、年齢、宗教等あらゆる多様性を活かす社会の実現が可能になることと思います。

21世紀に入り、産業革命以来人類が突き進んできた経済成長至上主義に警鐘が鳴らされ、持続可能な成長の実現や富の格差の是正などが謳われるようになりました。この新しい時代に、多くのグローバル企業が、地球規模で多様性を取り込み、イノベーションを実現する経営に舵を切っています。

女性の活躍推進は、多様性を活かす社会の実現であり、イノベーションの促進に繋がるアクションです。そのために、女性だけではなく広く社会全体に参画を呼び掛けていきたいと思います。研究によれば、女性の社会進出は、企業との関係のみで決まるものではなく、社会や家庭における期待によるところが多いと言われています。女性の社会進出は、企業のみならず、男性を含めた個人と社会のあり方にも変化を齎します。社会システム全体を俯瞰し、この変化を推進することにより初めて多様性を社会に取り込むことが可能となります。

国際経済フォーラムが毎年発表するジェンダーギャップレポートでは、教育、健康、経済活動、政治活動の4つの視点で各国における男女の差の評価しランク付けを行っています。日本は、105位という結果です。経済活動と政治活動における女性の参画が著しく低いことがその要因です。政治も経済も、男性社会を中心に成り立っており、この国の重要な意思決定に女性は参加してきませんでした。成熟化する社会において、生活者や子どもの声がこの国の意思決定に反映さえるためにも、女性の活躍推進は、大きな意味をもつのではないかと思います。

マイノリティの問題は、マジョリティの問題と言う言葉がありますが、日本のパラダイムシフトにもつながる女性の活躍推進に、一人でも多くの皆さんが関心を寄せてくださることを切に願います。

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