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「聴く」ということ

文部科学教育通信No.376 2015.11.23掲載

現在、ピースフルスクールというシチズンシップ教育プログラムの開発と展開を行っています。プログラムを導入している小学校で「聴くこと」の重要性についてお話する機会がありましたので、今回はこのことについてご紹介いたします。

 

聴く時の態度や元気なお返事ができていれば、それでよいのか

「子どもたちは、先生やお友達のお話をきちんと聴くことができていますか」

このような質問を幼稚園や小学校ですると、「うちの子どもたちはきちんと話を聞くことができています」や「一対一ではしっかり聞けていると思いますが、大勢になるとざわざわとしてしまい相手の話を聞いていない児童が目立ちます」といった具合に様々な答えが返ってきます。

多くの学校現場では、聴く時の態度や姿勢について指導することが多く、姿勢よく、明るく元気に「はい!」とお返事できていれば話をきちんと聴けているという評価を下しているところもあります。

話を聴く時の態度や相手の話に相槌を打つことなどは大切ですが、態度や返答の元気さに気を取られてしまってはいけません。本当に子どもたちが相手の話を聴く力を身につけるために、何ができるのでしょうか。

 

伝える力と聴く力

聴く力の高い人は、伝える力も高いです。

ピースフルスクールでは、自分の意見を持つこと相手に自分の意見を伝えること相手の意見についても「賛成」「反対」「わからない」のいずれかの意思を表明することの大切さを教えています。また、お友達と意見が違っていてもお友達でいられると教えますので、「お友達」と「お友達の意見」を分けて、意見については意見として理解することができるようになります。

さらに、自分の考えを相手に理解してもらうために努力することは、意見を持つ人の責任であるということも教えます。自分の考えを伝える時、子どもたちは意見と一緒にその根拠と事例を併せて伝えることも心がけます。意見の根拠を聴くことで、話を聴いている人も相手の意見に共感しやすくなりますし、事例を教えてもらえると、より具体的にイメージすることが可能になります。このように話し手が伝える努力をしてくれると、聴く側としてはとてもありがたいものです。

日本でピースフルスクールを導入している佐賀県武雄市の小学校で、お昼休みに何をして遊ぶかを話し合いました。最初は「ドッジボールがよい」「サッカーがよい」といった具合に意見だけを伝え合いました。次に、その根拠を伝えてもらいます。Aさんは「ドッジボールはサッカーと違って上手な人が中心にプレイをするということがなく、みんなで楽しめるのがよいと思います。具体例としては、サッカースクールに通っているB君達は、みんながもっと上手い方が楽しいだろうし、私はサッカーになれていないのでボールを蹴るので精一杯だからです」と自分の意見を伝えていました。他のクラスメイトはしっかりとAさんの話を聴き、その考えに共感していました。このように、伝える力を磨くと聴く力も向上するのです。

 

経験やものの見方と聴く力

ピースフルスクールの子どもたちは会話には誤解が生まれやすいことも学びます。

立場や経験の違いなどにより、同じことを聴いていても異なる解釈をしてしまうことがあるからです。勘違いや誤解が原因で不要な対立や人間関係の摩擦が生じないように、伝える側も工夫し、聴く側も思い込まないようにすることが大切だということを学びます。

例えば、お母さんが「暗くなるから5時までには帰りなさい」と言うと、子どもが「夏だから5時でもまだ暗くないよ」と言い返します。こんな事例で、お母さんと子どもの立場による考えの相違について子どもたちは考えます。お母さんは、子どもが遅くまで外にいることが心配だから5時に帰って欲しいと考えていること。子どもは、できるだけ遅くまで外で遊びたいから暗くないことを理由に遅く帰る許可をもらおうと考えていること。こうした立場の違いを理解し、相手の言葉の背景にある思いを聴きとる練習をしています。

経験により言葉が全く違った意味を持つ場合があることも子どもたちは学びます。

例えば、「森」という言葉でもサルとトラそれぞれにとってその意味が異なります。

サルの目に映る森は木々の枝や葉であり、トラにとっては木の幹や地面が森です。お互いに同じ言葉を使っていても、その言葉の持つ意味は経験により異なり、そのために誤解が生まれてしまうことがあります。相手の立場や状況を理解したり想像したりすることで、伝え方を工夫することができます。聴く側も同様に、相手の世界観を想像し、相手の伝えたいことを理解できているのかを確認する必要があります。

人の話を聞く時に、自分には知らないことがあるという姿勢を持ち、思い込みで聴いてしまわないことが大切です。自分の知らないことを理解するためには、聴く力に加えて想像する力も必要です。人の話を聴きながらも、一呼吸置き、思い込みによる解釈を避けるために確認をしましょう。言ったつもりや聴いたつもりにならないために、自分の理解を相手に伝え、共通認識を持てたのかを確認することが大切です。

 

心の声を聴く力

共生社会を実現するために、相手の心の声を聴く力がとても大切です。

自立と共生の力を育むピースフルスクールで、子どもたちが最初に学ぶことは、自分の心の声を聴くことです。その次に、お友達の心の声を聴き、共感することを学びます。

人と人が心の繋がりを持つことができなければ共生社会を実現することができないからです。相手の立場に立って話を聴くことができる時、人は話を聴いてもらったと感じることができます。他者の心の声に意識を向けるためには、自分の心の声を大切にすることが重要です。

シチズンシップ教育に対する理解が深まるにつれ、調和を重んじる私たち日本人は、ともすると、自分の心を置き去りにしているのではないかと思い始めました。自分の気持ちや意思よりも、周囲に合わせることを大切にするあまり、自分の心に意識を向けない習慣が身についているように感じます。心と心が繋がるためには、相手の気持ちを聴き理解することが大切なのですが、そのためには、まず自分の心に意識を向ける必要があります。

ピースフルスクールでは、共感する力を磨く前に、自分の心の声を聴く練習をします。自分の心の声を聴き、それを言葉にして人に伝える練習をします。その次に、自分の感情をコントロールすることを学びます。こうして、自分の心の声を認知し、怒りなどの感情をコントロールする力を高め、他者の気持ちを聴きとる力を磨きます。

お互いの気持ちについて話し合う授業では、卒業試験を直前にしたある男の子が「たった一度の試験で自分の進路が決まると思うと、気持ちが落ち着かなくて不安になる」という話をしました。オランダでは小学校に卒業試験があり、この試験に基づき進路を決めていくという習慣があるからです。この話を聴いていた女の子が「私にはその気持ちはないみたい。どんな感じなのかよくわからないから、もう少しお話して」と、相手の気持ちを理解するための質問を投げかけていました。お互いの考えや気持ちについて理解し合うことが、彼らにとって当たり前となっていることは素晴らしいと思いました。こんなことを言ったらばかにされるといった心配事のない、安心安全なコミュニティを子どもたち自らが作り上げています。

現代の社会そして学校は、どれだけ心の声を大切にしているでしょうか。社会においても、 誰もが忙しく仕事に追われ、期待に応えることに心が奪われ、自らの心の声を軽視して生きているようにも感じます。20世紀はテクノロジーの世紀であり、21世紀は人間の世紀と言われています。人間の持つ善い心が人類の直面する課題を解決し、持続可能な発展と平和な社会を実現する上で不可欠なことだからです。そのために、子どもたちは学校という安心安全な環境の中で、お互いの考えや気持ちを聴き合う練習をいっぱい積んで欲しいと思います。


21世紀未来企業プロジェクト

文部科学教育通信NO.375 2015.11.9掲載

「未来教育会議」という未来の社会、未来の人、未来の教育のあり方を、多様なマルチステークホルダーで共に考え、共に豊かな現実を創造していくためのプロジェクトを、2013年に株式会社博報堂をはじめとする企業の方々と共に立ち上げました。

2014年度は教育の未来について考え、「2030年の社会と教育のシナリオ」を作成しました。(第33回、第34回参照)

2015年度は、企業・行政・先生・NPO・学生などのマルチステークホルダーで、「不確実な未来への準備として2030年の社会・企業・人のあり方を考える」をテーマに、2030年にはどんな社会が訪れるのか、2030年に賞賛され、生き残る企業とはどのような企業か、2030年の未来企業の働き方はどのようになっているのか、未来企業のもつべき価値観とはどのような価値観かを考えるプロジェクトをスタートいたしました。

今回は、なぜ未来の企業について考えるのか、その理由についてまとめます。

 

二十一世紀の教育の目的とは?

OECDは二十一世紀の教育の目的を以下のように定義しています。

  • 持続可能な成長を実現する社会

  • 多様な人々が安心して共生できる民主的な社会

二十世紀は、持続可能性や多様な人々が幸せに生きることをあまり意識せず、自国が成長することを一番に考えてきた時代であると言えるのではないでしょうか。今までの社会のあり方を踏まえ、二十一世紀は持続可能な成長を続けながら、様々な人が共生できる民主的な社会をつくるために、教育がなされるべきだと定義しているのです。「理想の社会をつくるために必要な力を教育と通して身につける」と理解することができると考えます。

 

子どもたちが直面する課題

二十一世紀を生きる子どもたちは、どのような課題に直面しているのでしょうか。

OECDは以下のようにまとめています。

  • 技術革新に対応すること

  • あふれる情報を取捨選択すること

  • 経済成長と地球環境の保護という二つの矛盾する目的を達成しなければならないこと

  • 豊かさの追求と、貧困や富の格差の是正を同時に考えること

これらの課題は、二十一世紀の社会を生きる上で生じるものです。子どもたちは、これらの課題を解決し、より良く生きるための力を身につけなくてはならないのです。

 

OECDのキーコンピタンシー

上記のような社会を実現するため、特定の専門家だけでなく、すべての個人にとっても重要とされるコンピテンシー(つねに安定した業績を上げている人材に共通して観察される行動特性)をOECDは次のように定義しています。これらは、教育改革のガイドラインとして、重要な役割を果たしているものです。

 

Ⅰ.相互作用的に道具を用いる

語学や数学等の教科の知識に加え、テクノロジーに対するリテラシーが含まれます。

Ⅱ.異質な集団で交流する

他人と協働する力に加え、争いを処理し解決する力が含まれます。

Ⅲ.自律的に活動する

不確実な時代を幸福に生きるため、自らの人生を計画する力に加え、環境から自分を守る力が含まれます。

 

また、これら3つのキーコンピテンシーの核となるのは以下の2つの力です。

 

A.自ら工夫・創造する力

教えられた知識をただ繰り返すのではなく、複雑な課題を解決するために、自ら考える力と自らの学習や行為に責任をとる能力のこと。

B.リフレクション(内省)する力

慣習的なやり方や過去に成功した方法を規定通りに適用するのではなく、変化に応じて経験から学び、批判的なスタンスで考え動く能力のこと。

 

子どもたちは、これらの能力を学校生活の中で身につける必要があるのです。それは、二十一世紀の社会を幸せに生きるために必要だからです。

 

現状の日本の教育課題は?

これまで、二十一世紀の社会と子どもたちに必要な力について述べてきました。

それでは、現状の日本の教育課題はどのようなものがあるのでしょうか。

未来教育会議で教育課題について考えた際、「誰もが一生懸命なのに、子どもたちは本来の力(主体性、創造性)を開花することができない」ことが課題ではないかという結論に至りました。

社会には様々なステークホルダーがあり、それぞれの立場で誰もが真摯に取り組んでいます。しかし、その部分最適化こそが教育システムの崩壊を加速させていると考えています。

 

教育と社会は双子の関係

未来教育会議で上記の探求を進める中で、「教育と社会は双子の関係」であると確信を持つようになりました。

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二十世紀の社会は、定量的な評価基準、標準化・マニュアル化、ヒエラルキー構造といった画一的なものでした。その方が工業化を進めるには好都合だったのです。

親子の成功の定義も、大学受験の成功や大企業や安定した職種への就職といった具合に画一的です。

そのため、社会が学校現場に要求するのは、成績評価、偏差値重視、教師と生徒の主従関係、決められた学習指導要領に則った授業といった具合に画一的な教育でした。

このように、社会のあり方が教育の内容に色濃く影響を与えているのです。

二十世紀はこのような社会と教育のあり方で問題がなかったかもしれませんが、上記で記した通り、二十一世紀を幸せに生きるためには、このままの社会と教育のままではうまくいきません。

そのため、2014年度は「2030年の社会と教育」について考え、2015年度は社会を創りあげている大きな要素である企業の未来について考えています。

 

未来企業プロジェクト

2015年10月、未来教育会議の2015年度の活動である「未来企業プロジェクト」がスタートしました。第一回目のワークショップには、企業・行政・NPO・学生など、多くのマルチステークホルダーの方々にご参加いただき、「2030年の社会について、自分として関心があることは何か?」について探求しました。

ワークショップでは、最初にそれぞれ関心のあることをポストイットに書き出し、その内容を発表してどのようなことに関心があるのか、多くの人の関心事は何かを可視化しました。

「テクノロジーの発展はどうなっているのか」「どのような働き方があるのか」「日本のよさはどうなっているのか」「グローバル化はどのように進んでいるのか」「地方での暮らしや仕事はどうなっているのか」「産業構造に変化はあるのか」「豊かさの定義は変わっているのか」など、様々な関心事が挙げられました。

これらの関心事をグループ化すると、「テクノロジー」「サステナビリティ・自然環境」「労働・雇用・ダイバーシティ」「イノベーション・起業」「経済・産業構造」「政治・安全保障」「地方」「グローバル化」というグループに分類できました。

メンバーそれぞれ、最も関心のあるグループに所属し、今後はその話題に詳しい人や場所に学びにいくスタディツアーを実施します。

どのような企業の未来が描けるか、今後ご紹介いたします。


 

2030年の教育の未来シナリオ 画一的に学ぶ学校、地域とつながり学ぶ学校、社会と一緒に学ぶ学校②

文部科学教育通信No.374 2015.10.26掲載

これからの時代を人々が幸せに生きるために、「未来」を見ることで「今」に活かすことがあると考え、「未来教育会議」というプロジェクトで、二〇三〇年に起こりうる社会と教育に関するシナリオを作成しました。

シナリオ・プランニングという起こりうる未来の複数のストーリーを体系的に組み立てる手法を用いて作成したシナリオは全部で3種類になりました。

一つめが、社会と分断された学校である「二一世紀スキルを画一的に学ぶ学校」。

二つめは、地域の人口減と学校崩壊の危機感が合致し変革の力に昇華した「地域とつながり学ぶ学校」。

三つめは、学校・家庭・地域・民間によるオープンな教育を実現する「社会と一緒に学ぶ学校」です。

2015年現在の時点では、そのどれもが起こりうる世界であると考えています。

前回は、「二一世紀スキルを画一的に学ぶ学校」というシナリオを取り上げました。今回は、「地域とつながり学ぶ学校」と「社会と一緒に学ぶ学校」についてご紹介いたします。

 

地域とつながり学ぶ学校

このシナリオが描くのは、地域と学校のニーズが合致し共に力をあわせて変革に取り組む学校の未来です。

二〇三〇年、大企業中心の経済モデルに限界を感じ、地方の活性化が重要視され始めます。経済格差は進むものの、地域の自然資本を活かして起業する若者たちも増えています。このような地域での新しい動きが、都市部の企業に様々な影響を与えています。

教育改革の動向としては、二〇一八年の大学入試改革によりセンター試験が廃止され、新たに達成度テストが導入されました。二十一世紀を幸せに生きる力を育む教育への大転換を図る学習指導要領となり、知識を伝える教育から自ら考え対話し答えを導き出せる教育へのシフトが必要だという認識が広まります。教育改革は学校だけで出来るものではないため、学校と地域との連携をさらに進めようとする動きもあります。

地方の人口減の危機感と学校崩壊の危機感のニーズが合致する中で、この学校と地域の連携が急速に進むことで変化が現れています。「どのような地域を創るか」という地域づくりの理念と、地域の教育の在り方について、首長と教育長とが密接に議論を進める自治体も現れはじめ、自治体ごとに特色ある教育が行われるようになっています。

地域と学校が密接に結びつきはじめることで、学校での早期のドロップアウトと治安維持や生活保護などの社会コストなども関係づけて論じられるようになり、より効果的な対応ができる環境が整いつつあります。

教育現場では、地域のビジョンと教育の在り方の議論を成熟させた自治体を中心に、学校と地域の連携を本質的に図る動きが活発化。学校と地域をつなぐコーディネーターが存在した所はこの難しい連携を成功させています。地域との信頼関係が深まり、先生も自分が抱えている問題や生活指導やクラブ活動といった学習指導以外の時間を地域と分担できるようになり、学校での授業のレベルは向上しています。

これらの動きに伴い、価値観にも変化が生じています。教育とは、学校だけに任されるものではなく、家庭と学校と地域とでホーリスティックに行われるという考え方が広まっています。さらには、コミュニティの大人達全員が子どもと関わるべきだという意識が当たり前になりつつあります。子ども達に関わることで学び、変化が大きく現れたのは、実は大人の側で、学校と地域の連携により地域コミュニティに関わる時間が増えたことによるインパクトは、社会の様々な面において好影響をもたらしはじめました。

子どもたちも、地域の人々と関係を持って、地域の生きた課題に自ら関わる経験によって、人との生きた関係性の中で育まれ、自らが主体的に考え、未来を創りだす力を身につけつつあります。こうした環境で育った子どもたちが社会人となっていくことで、着実に硬直化した企業や社会システムの変革のエンジンとなっていきます。

 

社会と一緒に学ぶ学校

このシナリオが描くのは、学校・家庭・地域・民間によるオープンな教育を実践する学校の未来です。

二〇三〇年、グローバルでは「経済成長」と「持続可能性」の両立が企業存続の至上命題となっており、不確実かつ複雑な社会の中でイノベーションを起こすための「人づくり」として「二一世紀スキル」の重要性が強く叫ばれています。

企業の採用基準は学歴主義から脱却し、一人ひとりの個性や自ら答えを生みだす力を重視し、企業内の人材マネジメントも管理型から主体性を尊重する方向にシフトしています。

優秀な労働力を持続的に確保するため、人材の流動化や柔軟なワークスタイルを進め、多様な働き方が出現し、就社・単線のキャリアパスといった職業観は弱まり、必要なスキルを身につけ自分を活かせる仕事の機会を積極的に得るといった複線のキャリアパスが当たり前になってきています。

そうした企業の価値観の変化も後押しし、「学校、地域、文科省、教育委員会、企業のHR部門、大学研究機関、教育産業が一体となって、未来に求める人材像や生涯を通じた人の育ち方を、共に考える場」が生まれています。

教育改革の動向としては、二〇一八年の大学入試改革により達成度テストが導入され、二〇二〇年以降は、新学習指導要領が現場で推進されています。導入当初は求めるスキルの要素は変わっても、「学歴・偏差値重視」という人物評価のものさしが変わらなかったため、主体的に考え行動する力を伸ばすという本来の趣旨が反映されませんでしたが、企業の求める人材要件が「二一世紀スキル」に大きくシフトしたこと等により、国民的議論が高まり、二一世紀スキルを身につけるにはそれぞれ特色ある学校で多様な選択肢が広がる「教育の自由」が重要なのだという意識が形成されつつあります。

地域と学校の連携も進み、教育目的税を導入するなどして「教育先進地域」を付加価値とする自治体が一定数出現。民間の教育プログラムへの公費助成が推進され、学校への権限付与(自由裁量の増加)もあって、公立学校での民間リソースの活用が進んでいます。結果として、教育プログラムの質の向上という良い循環構造がまわりはじめています。

学校では、教員の管掌業務が見直され、部活指導が外部化されるなど、子どもたちにとって一番良い形での選択と集中が進んでいます。教員は授業の創意工夫に多くの時間を費やせるようになり、社会人経験のある教員採用や教員の若返り等もあって、新しい教育方法が積極的に導入されています。学校+家庭+地域+民間企業による教育へと、学校のオープン化が進み、学校のビジョンの伝承や、学校を地域・民間企業がオープンにサポートしていくという仕組みは定着、機能しつつあります。

また、学校や社会からのドロップアウトは生活保護や治安維持の観点から社会コスト増につながるとの意識が高まり、ドロップアウトを未然に防ぐ、または一度ドロップアウトしても、いつでも教育を受け直す機会があることへの社会ニーズに対して、安価で「生涯教育プログラム」を受講できるシステムが整備されています。

このような背景から、「周りの人と同じであれば大丈夫」という意識から、他者との共生の中で自分の人生、生活を自ら切り拓いていかなければならないというが意識や考え方が醸成され、子どもたちは自ら行動し、リフレクションを行い、学習と成長を実現する自律的学習者となっています。

 

シナリオは全て未来を想像して作成しているので、今を考える切り口としていただけると幸いです。


 

2030年の教育の未来シナリオ -画一的に学ぶ学校、地域とつながり学ぶ学校、社会と一緒に学ぶ学校-①

文部科学通信No.373 2015.10.12掲載

2013年に「未来教育会議」という未来の社会、未来の人、未来の教育のあり方を、多様なマルチステークホルダーで共に考え、共に豊かな現実を創造していくためのプロジェクトを、株式会社博報堂をはじめとする企業の方々と共に立ち上げました。

2014年度は、国内外40か所のスタディツアーや一年間を通じたミーティング、ワークショップを重ね、様々なステークホルダーとともに2030年に起こりうる社会と教育に関するシナリオを作成しました。「未来」を見ることで、「今」に活かすことがあると考えたからです。

シナリオ・プランニングという起こりうる未来の複数のストーリーを体系的に組み立てる手法を用いて作成したシナリオは全部で3種類になりました。

2015年現在の時点では、そのどれもが起こりうる世界であると考えています。

今回と次回は、3種類のシナリオについてご紹介いたします。

 

シナリオの分岐点

2030年の未来シナリオを考える際、大きくふたつの分岐点を想定しました。

ひとつめの分岐点は、「地域社会の価値基準の変化」「地域コーディネーター(学校と社会をつなぐ役割)機能の拡充」「教員の時間の創出」です。

この分岐点でノーの場合、21世紀スキル教育への進化が唱えられるが、その実施は画一的かつマニュアル的に展開し、一部の優良校においてのみ本質的な21世紀型の教育改革が進み、教育格差がより進行するという「21世紀スキルを画一的に学ぶ学校」のシナリオに行きつきます。21世紀スキルを20世紀的に理解し、子どもたちと先生に届けた結果です。

ひとつめの分岐点がイエスの場合、ふたつめの分岐点に進みます。

ふたつめは、「社会での教育ビジョン共有」「企業の価値基準の変化」「教育費の再配分」「学校への権限委譲」です。

ここでノーの場合は、地域の人口減と学校崩壊の危機感が合致し、変革の力に昇華して、地域づくりと教育の連携が進み、本質的なコミュニティスクールの学校が増加するという「地域とつながり学ぶ学校」のシナリオとなります。学校と周辺地域がつながり、少しは社会との繋がりが生まれますが、社会の主要な構成要素である民間企業とのつながりはありません。

イエスの場合、学校・地域・企業・家庭・行政でビジョンが共有され、多様でオープンな教育が展開、税の再配分も行われ、民間の力が学校教育に活かされているという「社会と一緒に学ぶ学校」というシナリオになります。

それでは、ひとつめのシナリオを見ていきましょう。

 

21世紀スキルを画一的に学ぶ学校

このシナリオが描くのは、社会と分断される学校の未来です。

2030年、日本社会は20世紀工業化社会型の経済モデルで有効な手立てがないまま、新興国との競争はさらに進み、生産人口も減り、グローバルでのポジションを落とします。企業は非正規雇用率をさらに高め、外国人の労働者や移民も増えます。経済格差は進み、高齢者に加え、ドロップアウトする人々を支える社会コストの増加も大きな問題に。

教育改革の動向は、2018年の大学入試改革によりセンター試験が廃止され、新たに達成度テストが導入されました。「21世紀に向けての生きる力を育む教育方針」「結果を規定し、そこに至る過程の自由を大幅に認める教育体制」への転換を本格的に掲げる新学習指導要領が2020年から実施され、知識を伝える教育から自ら考え対話し答えを導き出せる教育へのシフトが改めて叫ばれています。

しかし、こうした教育改革のビジョンが企業や地域社会と共有されておらず、文言ばかりが強調され、実態が伴いません。企業の採用基準は依然として変わらず、学歴や筆記試験がベースとなっており、採用後の人物評価も売上など定量的に測定できる指標中心に管理されているのです。教育改革のかけ声と社会の実態が乖離しているのが現状です。

教育現場は、企業をはじめとする世の中一般の理解がないまま。このような状況での達成度テストや新学習指導要領の導入は、結果として達成度テストに向けて高校受験が終わったばかりの生徒に対策を施さなければならず、クラブ活動や学園祭などが割を食い、学校生活を貧しくしただけとなっています。長期のカリキュラムが組める中高一貫校や受験予備校ばかりが得をし、そうでない学校や生徒は混乱するばかり。

余波を受けて、中学・高校受験は過熱し、児童期から勉強漬けの生活を送っている子どもも増加。大学側も準備が整わないまま制度移行を迎えてしまい、達成度テストと小論文・面接の微差で学生を選抜するしかない状況となっています。結果として、小論文や面接、グループディスカッション等の表層的なテクニックを磨くことが横行し、21世紀スキルは名ばかりとなってしまいました。先生たちは教育改革の思想自体は理解できるものの、忙しい時間の中、新しい授業の開発にかけることも難しい状況で、反発の声も上がり始めています。

地方自治体や教育委員会などは、短期間で人事異動や体制変更が繰り返されるという構造的な課題を克服できず、結果として一握りの私立校や教育財政の充実した自治体のみが進学・就職にも強く、学習者中心・相互作用で21世紀型スキルを身につけるカリキュラムも充実した「スーパースクール」として名を馳せる一方、教育困難校が各地で増加し、学級崩壊が当たり前となった地域も増えています。

20世紀型の教授に加えて21世紀スキルの育成まで学校に求めるという過大な期待から生じる「学校批判」「教師批判」の声もやむことはなく、「閉じた学校」は変わらない状況となりました。このような状況の学校に対して、地域の側も新しい地域連携の形を模索しようとする動きは少数に留まっています。

価値観にも変化が起きます。21世紀は、知識や答えを覚えることではなく、答えがない状況でも自分で考え、多様性の中で協働して創り出していくことが大切な時代だという認識は一定程度進みますが、自分たちが創りだしたい社会像がないまま、こうした考えを受け身として考えている状況で、新しい教育の思想を実践するのではなく、評価管理してしまう方向に向かわせています。

大学入試は変ったものの、世の中における「偏差値の高い大学にいっておけば安心」という価値観が変わっていないため、保護者の「入試対策に力を入れてほしい」という学校への欲求や、学習塾や受験予備校に私費を投じる状況は、基本的には変わっておらず、教育の方法論や中身よりも、進学・就活により有利な環境を子どもに与えてあげたいという動機の方が強い保護者が未だに圧倒的多数となっています。

このような環境下で、子どもたちは20世紀型の知識の詰め込みや定量的に測れる能力の研鑽に加え、21世紀型とされるコミュニケーション能力、独創性、問題解決力などのスキルの習得を求められるようになり、学習指導要領改訂以前に比べてますます忙しく、ますます疲弊していると言われています。両者の能力をまんべんなく備えるハイパーエリートだけが社会的な成功を勝ち得、そうでない大多数は一億総ブラック化とも言われる低賃金・長時間労働で、かつ、不安定な就労体制に甘んじるしかないというネガティブな認識が広がってしまい、ドロップアウトしてしまう学生も増え続け、格差固定社会の到来が叫ばれています。

これがひとつめのシナリオが描く2030年のストーリーです。起こりうる未来に対して、何をするのか考えるきっかけとなれば幸いです。

幼保小中一貫教育のためのピースフルスクールプログラム研修会②

文部科学教育通信No.372 215.9.28掲載

前回(No.371)と今回にわたり、平成27年度より開始した神奈川県箱根町での幼保小中一貫教育を見据えたピースフルスクールプログラム導入についてご紹介しています。

前回は、「いじめや不登校といった表面化した問題をどのように扱うのか」「自立と共生社会を実現するために何ができるのか」という視点からプログラムの特徴について取り上げました。

今回は、プログラムの導入前研修で実施したことがテーマです。

 

すべてのはじまりは、感情から

ピースフルスクールプログラムでは、感情を扱うことに重きを置いています。

それは、なぜでしょうか。

一つは、感情が行動を促すということです。

長年、行動を支配するのは論理であり、感情は秩序を乱す邪魔なものと考えられてきました。

しかし、論理的思考から感情が切り離されてしまうと、思考したり、決定したり、学習したりする能力が欠落することが研究を通してわかりました。

これを学習に当てはめて考えれば、感情を伴わない(興味の持てない)学習は、なかなか身につかないと言えます。何か行動を起こそうと思う時には、必ず感情が働きかけているのです。

もう一つは、他者の気持ちを理解するためには、まず自分の気持ちを知り、言葉で伝えられるようになることが必要だということです。

学校現場では「相手の気持ちを大切にしよう」ということが子どもたちに教えられますが、自分の感情をきちんと認識できないと、相手の気持ちを深く理解し、寄り添うことはできません。日頃から自分の感情を押し殺して生活していると、心の機微に気づくことができなくなってしまいます。そうならないためにも、なるべく幼い頃から自分の感情を認識し、言葉で表現する練習を行うことが有効です。

これは、子どもと関わる大人にとっても必要なことです。

子どもたちは大人の言動や振る舞いを見ながら生活しています。大きな影響を受けているのです。そのため、大人が自分の感情を押し殺すことなく大切にしていると、子どもたちにも伝わります。

ピースフルスクールでは、子どもと一緒に、大人も自分の感情を認識し、言葉で伝えられるように練習しています。今回の研修でも、最初のワークは感情を言葉にすることから始めました。

「最近の最も嬉しい・楽しい・わくわくした出来事」について、それはどのような出来事だったか、その時の気持ちはどうだったかを、まずは一人で思い出します。

その後、三人グループになり、気持ちを共有し、出来事について話します。

ポジティブな感情に関する話が終わったら、「最近の最も悲しい・悔しい・頭にきた出来事」について同様のワークを行います。

日頃から感情を意識している人は、すぐに出来事を思い出し、相手に話すことができています。このワークでなかなか感情が出てこなかった人も、日々の生活の中で自分の気持ちに意識を向けることを続けると、感情を認識する力が向上します。

続いて、幼児向けのピースフルスクールプログラムで特徴的なレッスンを取り上げます。

 

お互いに名前で呼び合い、挨拶をする

ピースフルスクールが目指している安心安全な環境をつくるために、子どもたちはお互いに名前で呼び合い、挨拶をします。「なんだ、当たり前のことじゃないか」と思われる方もいらっしゃると思いますが、これが文化となって実践できているところは少ないと思います。お友達や先生の名前を覚えることで、誰が園やクラスというコミュニティに属しているのかがわかります。名前を呼んで挨拶をすると、お互いをコミュニティに歓迎することができ、気持ちよく過ごせます。そうすると、コミュニティをより安心安全な環境にすることができます。

 

ほめ言葉とけなし言葉

子どもたちは、ほめ言葉とけなし言葉を言われた時に、どのような気持ちになるかを考え、

ほめ言葉とけなし言葉がもたらす影響を理解します。お互いにほめ言葉を伝えあうことで、コミュニティをポジティブな雰囲気にすることができます。

多くの園で、誰かがけなし言葉を言っていると「それは言ってはいけないよ」と都度教えていると思います。大人から指摘されて言うのを止めるということは、自分の頭で「この言葉を言っていいのだろうか?」と考える機会がないと言えます。ピースフルスクールでは、けなし言葉を言われた時の感情に着目し、自分で自分の発言をコントロールできるように子どもたちを育てます。

 

嫌だから、やめて

嫌なことをされた時に、直接相手に「嫌だから、やめて!」と伝えること、どんなに楽しいと思っていても、相手から「やめて!」と言われたらやめなくてはならないことを知ることで、からかいが深刻なけんかやいじめに発展するのを防ぐことができます。

そうすると、小さなけんかが起きた時に、いつも先生が介入しなくてすむようになります。

子どもたちは、レッスンで「嫌だから、やめて!」という練習をします。日常生活でも、誰かに嫌なことをされた時に「やめて!」と言う習慣を身につけます。先生は、お友達に嫌なことをされたと言いに来た子どもに対して、「自分で、いやだからやめて、と言ってみた?」と子どもたちを促します。

 

仲直り

けんかになった時に、子どもたち自身で問題を解決し、仲直りすることで、子どもの問題解決力や自分たちで解決できたという自己効力感を高めることができます。そうすると、全ての子どもたちのけんかに先生が介入する必要がなくなります。

子どもたちは、どうしたら冷静さを取り戻して仲直りができるのか、良い解決策を考えます。

先生は、子どもたちがけんかをした時に、すぐに介入するのではなく、子どもたち自身で問題を解決する機会を与えます。また、子どもたち自身でけんかを解決できたとき、そのことをしっかりとほめて、習慣となるように促します。

 

怒りの気持ち

ピースフルスクールでは、感情について複数のレッスンを行いますが、その一つに怒りの気持ちを扱うレッスンがあります。怒りの気持ちがわいてきた時に、もう一度冷静になることで、落ち着いて話ができるようになります。怒りの気持ちを自らコントロールできるようになると、けんかが炎上することや、伝えたいことが伝わらないといったことが起きなくなります。

子どもたちは、怒りがおさまるまで、相手と離れて別の場所に行く、ぬいぐるみを抱く、十秒数えるといったセルフコントロールを行います。先生自身もこのコントロールができるように日常で訓練します。そして、先生が怒りを感じた時にどのように気持ちと向き合っているかを子どもたちに話すことで、子どもたちは大人も自分と同様に気持ちを大切にしているということが理解できるのです。

 

得意なこと

自分とお友達の得意なことを知ることで、お互いに似ているところと違っているところがあることを知ります。似ているところも違っているところも、それぞれ尊いことを知り、お互いを尊重することができるようになります。

「多様性を尊重しようね」と子どもたちに教えても、多様性を尊重できるようにはなりません。子どもたちの生活に根差す形でお互いの一致点と相違点を明らかにしていき、違っていてもお友達でいられることを実感することが必要です。

このように、ピースフルスクールプログラムは、レッスンを通して「何が大切なのか」「どうすればよいのか」を子どもたちに教えます。そして、その学びを日常生活で実践し、普段から出来るようにするのです。「知っている」ところで終わらず、出来るようになることを目標としています。これは、子どもと大人にとってのチャレンジだと思います

幼保小中一貫教育のためのピースフルスクールプログラム研修会①

文部科学教育通信No.371 2015.9.14掲載

いじめや不登校、学級崩壊といった子どもたちを取り巻く問題がなくなり、子どもたちが心から安心して学校に通い、学校生活を通して変化の激しい二十一世紀という時代を幸せに生きるための力を身につけることができればと、子どもに関わる誰しもが願っていると思います。

これらの願いを叶えるためのアプローチとして、クマヒラセキュリティ財団では「ピースフルスクールプログラム」というシチズンシップ教育プログラムを開発し、展開しています。

このプログラムは、子どもたちが自ら安心安全なコミュニティをつくるための教育プログラムです。建設的に議論して意思決定する習慣を学ぶことと、対立を子ども自身で解決することを軸として、民主的な社会の担い手であり、平和な社会を構築する力をもつ人を育てます。

このプログラムを採用している学校で学んでいる子どもたちは、自分の意見を持つこと、その意見を相手にきちんと伝えること、相手の話をよく聞くこと、自分の感情を認識すること、相手の立場に立って物事を考えること、対立は意見が異なることが原因で起きるので悪いものではないと理解すること、対立をケンカやいじめに発展させるのではなく話し合いで解決すること、多様性を尊重することといった、幸せに生きるために必要な力を身につけています。誰かからの指示でしか行動できないのではなく、自分の頭で考え、答えを導き、主体的に活動することができるのです。これらの力を身につけるのは、子どもたちだけではありません。子どもたちと関わる先生や保護者といった大人も同様に成長することが可能です。

この度、幼保小中一貫教育を見据えて、神奈川県箱根町の教育委員会と連携し、平成二十七年度より箱根町の幼稚園でプログラムの導入が始まりました。

今回と次回は、プログラムの導入前研修を軸に、幼保小中一貫教育としてのピースフルスクールプログラムをご紹介いたします。

表面化した問題をどのように扱うのか、何ができるのか

いじめや不登校といった問題が表面化し、問題が起きて初めて対処療法的な対策を取り始めるということも多い中、そもそもこれらの問題が起きないようにするために根源的なアプローチとして何ができるでしょうか。

大人の力で管理すること、規則で抑制すること、問題の対象となった子どもの心に寄り添うこと。様々な取り組みが現場で行われていると思います。

安心安全な環境で学力と心の成長を続けることは不可能なのか、どのような取り組みを行えば実現できるのか。この問いのヒントを求め、世界の教育を研究していたところ、オランダで実践されている幼小一貫教育であるピースフルスクールを見つけました。このプログラムを導入している学校では、幼稚園から小学校までの八年間、レッスンと日常生活での実践を行います。子どもたちだけでなく、先生や保護者、学校を取り巻く地域の大人も同じプログラムを学び、実践するため、学校や地域の文化として醸成します。子どもたちはこの文化の中で育つのです。

プログラムの導入校の子どもたちは、冒頭に記した「幸せに生きるために必要な力」を幼い頃から身につけているため、いじめや学級崩壊といったコミュニティの崩壊という末期的な問題にさらされることがありません。いじめなどの問題に怯えることなく、ポジティブに人とつながり、社会で生きるための準備をしているのです。

日本にもこのようなプログラムが必要だと思い、オランダのプログラム開発者のアドバイスを受けながら、日本版のピースフルスクールプログラムを開発し、学校現場や大人たちに向けて展開しています。

小学校版のプログラムは平成二十六年度より佐賀県武雄市の武内小学校で導入がスタートしました。子どもたちが安心安全な環境で、人生を幸せに生きる力を身につけることを目標に、神奈川県箱根町では、幼保小中一貫を見据えて幼稚園でのプログラム導入が始まりました。

以下は、プログラムの導入前研修の一部をご紹介いたします。

子どもたちの自立と共生を目指すプログラム

研修の冒頭で、ピースフルスクールプログラムへの理解を深めました。

子どもたちを取り巻く様々な問題を解決し、安心安全な環境を自ら創る力を身につけるためには、子どもたちの自立と共生を目指す必要があります。

ピースフルスクールプログラムは、自立と共生社会を実現するために、以下のことを習得することを目指しています。

1.子どもたちは、クラスでの役割を分担します。また、お友達との関わり方を学ぶことで平和で明るいクラスを作ります。

2.子どもたちは、「明確に話す」「聞く」「質問をする」「他人の視点で考える」といった重要なコミュニケーションスキルを学びます。

3.子どもたちは、自分の感情と他人の感情にどう対処すれば良いかを学びます。

4.子どもたちは、対立を建設的に解決する方法や、未然に防ぐ方法を学びます。

5.子どもたちは、お互いに助け合いながらグループやコミュニティの運営に貢献します。

6.子どもたちは、お互いの違いに対してオープンな態度を取ることを学びます。お互いの違いを理解し、つながりを深めます。

学びの支援者である先生は、プログラムの内容を教え込むのではなく、子どもたちが自ら実践できるようにエンパワーします。学び手である子どもたちは、レッスンを受けるだけといった受身的に学ぶのではなく、日常での実践といった主体的な学びを目指します。そうすることで、自分で考え、行動することができるようになります。

また、共生社会を実現するために、子どもたちはどのようにしてコミュニティの創り方を学ぶのでしょうか。お友達との心のつながりを創り、そのつながりが広がる中で、コミュニティへの帰属意識が芽生えます。その結果、コミュニティのために何かをしようという気持ちが生まれます。

オランダのプログラム開発者から、いじめの傍観者がいる学級は本当のコミュニティではないと言われたことがあります。いじめは、加害者と被害者だけで成り立つものではありません。いじめがあることを認識しながら、何もしない傍観者の存在がいじめを成立させていると言えます。コミュニティへの帰属意識が芽生えている環境では、自分の気持ちだけでなく、他者の気持ちに意識が向きます。悲しい気持ちでいる人を放っておける状態はコミュニティではないのです。様々な力を身につける以前に、子どもたちが過ごす環境を変える必要があります。

このプログラムは、子どもの自尊心と自制心を育て、他者への共感力を高めることで、対立を子ども自身で解決するコミュニケーション力を養います。そうすることで、園や学校が子どもたちにとってより安心安全な環境になります。自立と共生を目指すことができるのです。

誰もがけんかやいじめのない環境を望んでいたとしても、心の中では「いじめはなくならない」「自分は関わりたくない」という思い込みがある状態では、問題が起きてからコミュニティのあり方を改善することは難しいです。

そのため、問題が顕在化する前、可能であれば幼児のころから、遅くとも小学校低学年から継続してこのプログラムを実践することが大切です。

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2020年管理職比率30%への道

文部科学教育通信NO.370 2015.8.24掲載

グローバル化が進む今日、世界の中でも後れを取っている日本における女性活躍に注目が当たり、労働人口の減少に端を発した女性活躍促進の動きが2014年に本格化しました。男女雇用機会均等法が制定されてから29年後のことです。

2020年管理職比率30%の目標に向けて企業の取り組みが活発化する中、昭和女子大学キャリアカレッジでは、女性の企業でのステップアップと起業を支援する取り組みを行っています。参加する女性の多くは、企業から多くの期待を寄せられた方たちです。10年前後、企業で働き、その功績が評価されている方たちですが、3年前には想像できないような突然の期待の寄せられ方に戸惑いを感じる人たちも多くいます。

その様子には、私自身が女性として、「社会は無責任である」と感じた経験と重なります。男女雇用機会均等法が制定された年にキャリアを始めた私たち女性は、クリスマスケーキと呼ばれ、25歳を過ぎると結婚に向けた強い圧力を感じ、結婚して子どもを産むと、「親が家にいないで、子どもがまともに育つはずはない」と言われ、働くことを良しとしない社会通念が存在していました。しかし、今日、労働人口の不足が企業の持続可能性を脅かすリスクと認識されるようになり、女性が、子どもを産んでも社会で活躍できるためのインフラ整備も進められています。私の短い人生の中でも、女性に対する社会の期待は180度変化しています。このため、女性には自分の意思で人生を選択することを勧めています。

男性管理職の本音

昭和女子大学キャリアカレッジでは、去る7月に特別企画として男性管理職向けワークショップを実施しました。「タテマエでは未来はつくれない!男性マネジメントが本音で議論する女性活躍の未来」と題したイベントの企画には、混沌とする女性活躍推進の現状を変えるために少しでも貢献したいという思いがありました。

突然始まった女性活躍促進の大きな動きは、女性のみならず男性管理職にとっても、パラダイムシフトへの挑戦です。ワークショップでは、男性管理職の皆さんの本音を伺いました。いくつか事例をご紹介します。

【男性管理職の悩み】

ライフイベントの影響男性管理職が抱える悩み男性社員と違い、結婚や出産などのライフイベントを無視できない。

育児休暇等によるキャリアの中断に配慮する必要がある。

感情的な発言が多い。

責任のある仕事に腰が引ける。

融通が利かない。

多角的なものの見方をしない。

どこまで昇進を目指しているのか解らない。

男性と違い、個々に違うため対応が難しい。

これまで同様、女性には補助的な仕事を任せてしまう。

男性上司ロールモデルによるパネルディスカッションでは、㈱日立製作所人財統括本部人事勤労本部長兼ダイバーシティ推進センタ長田宮直彦氏、㈱大京穴吹不動産PM事業部バケーションレンタル課長中村宇裕氏、富士通デザイン㈱ソフトウェア&サービスデザイン事業部チーフデザインディレクター平野隆氏をお招きし、ロールモデルの実践から学ぶ機会となりました。

【ロールモデルの意見】

女性・男性というよりも「個人」を見てマネジメントすることが重要

女性と男性のマネジメントにおける違いは「伝え方」であり、伝え方への配慮は重要。特にノンバーバルコミュニケーションは大切なポイント。

女性は、未婚、既婚、子どもの有無など就職した時代背景による差が大きい。

業務マネジメントは時間評価ではない。

昇進をしたがらないのは若い男性も同じである。

マネージャーを見て、あんな風にはなりたくないと思う女性は多い。

場所や時間の制限がなくなる方が女性は働きやすい。定時に帰宅し、子どもが寝てからメールを書く方が、女性にとっては望ましい。

最後には、女性を交えたディスカッションを行いました。社内の上司部下の関係では聞けないことも、オープンに質問し意見交換を行うことで、お互いの悩みや視点を共有する貴重な機会になりました。

女性活躍促進の価値

少子高齢化による労働人口の減少に端を発した女性活躍推進ですが、昭和女子大学キャリアカレッジでは、女性活躍促進がもたらす価値をより大きく捉えています。

成熟社会における日本の企業には、イノベーションにより持続可能な発展を実現することが期待されています。このため、イノベーションの源泉として多様性を活かす経営が求められています。しかし、工業化社会として経済発展を遂げた日本企業の競争優位性を支えたのは、画一性を重んじ、効率や生産性を優先した企業風土や終身雇用制度でした。この観点から考えると、女性活躍推進は、企業活動の前提となる価値観の転換を求めるものです。

約30年間進展のなかった人口の半分を占める女性活躍推進は、日本全体が多様性を活かす社会を実現する大きな一歩となるのではないでしょうか。その先には、社会全体が多様性の価値を信じ、人種、年齢、宗教等あらゆる多様性を活かす社会の実現が可能になることと思います。

21世紀に入り、産業革命以来人類が突き進んできた経済成長至上主義に警鐘が鳴らされ、持続可能な成長の実現や富の格差の是正などが謳われるようになりました。この新しい時代に、多くのグローバル企業が、地球規模で多様性を取り込み、イノベーションを実現する経営に舵を切っています。

女性の活躍推進は、多様性を活かす社会の実現であり、イノベーションの促進に繋がるアクションです。そのために、女性だけではなく広く社会全体に参画を呼び掛けていきたいと思います。研究によれば、女性の社会進出は、企業との関係のみで決まるものではなく、社会や家庭における期待によるところが多いと言われています。女性の社会進出は、企業のみならず、男性を含めた個人と社会のあり方にも変化を齎します。社会システム全体を俯瞰し、この変化を推進することにより初めて多様性を社会に取り込むことが可能となります。

国際経済フォーラムが毎年発表するジェンダーギャップレポートでは、教育、健康、経済活動、政治活動の4つの視点で各国における男女の差の評価しランク付けを行っています。日本は、105位という結果です。経済活動と政治活動における女性の参画が著しく低いことがその要因です。政治も経済も、男性社会を中心に成り立っており、この国の重要な意思決定に女性は参加してきませんでした。成熟化する社会において、生活者や子どもの声がこの国の意思決定に反映さえるためにも、女性の活躍推進は、大きな意味をもつのではないかと思います。

マイノリティの問題は、マジョリティの問題と言う言葉がありますが、日本のパラダイムシフトにもつながる女性の活躍推進に、一人でも多くの皆さんが関心を寄せてくださることを切に願います。

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日本人とイノベーション

文部科学教育通信No.369 2015.7.27掲載

経産省や文科省が起業家養成に向けた支援に積極的に取り組んでいます。起業家養成の取り組み自体は大変素晴らしいものなのですが、本当にそれだけで、世界最下位に近い日本の起業活動率を改善し、グーグルのような企業を生み出すことができるのか疑問に思います。日本の起業活動率は、5%を割り込み世界でも最下位に近い状況であることが解ります。起業活動率は、経済成長率に直結しているので企業活動率を高めていくことが日本の持続可能な成長には急務です。日本にも、たくさんのベンチャー企業が生まれていると思われるかもしれません。しかし、楽天やティーエヌエイなどをはじめとするベンチャー企業をまとめてもその時価総額は、11兆円程度で、グーグル一社の時価総額38兆円には程遠いのが現実です。

「なぜ日本人はイノベーションを起こせないのか」問いを持ち過ごす中で見えてきた仮説があります。そこで、今回は皆さんにその仮説を共有してみたいと思います。

日本人がイノベーションを起こせない12の理由

1.若者の低い人口比率 

サウジアラビアを訪問した際に実感したのですが、29歳以下が7割近いサウジアラビ  アでは若者がとても元気です。それに対して、29歳以下の人口は3割弱の日本では、若者のエネルギーを感じることが少ないです。日本では、20世紀の成功体験を持つ年寄りの考えが社会を支配し今日の社会を形創る中、若者が自らの意思や考えに基づき行動することは非常に困難な状況です。若者は、その潜在的な力を眠らせているのです。

2.個人より組織が優先

滅私奉公という言葉は使われなくなりましたが、今日でも、企業人の多くは個人より組織を優先するよう求められます。社会の課題についても、行政に任せきりで受け身的な態度を取ります。しかし、行政組織にいる人も、短期間に異動するため、一つのことに主体的にコミットする訳ではありません。企業でも、行政でも、働く人々は組織を優先して生きています。イノベーションの源である主体性は重要視されません。

3.フラットではなくヒエラルキーな構造

イノベーションを実現する上で最も大切なことは、フラットにネットワーク化する構造です。ところが、日本ではまだ、ヒエラルキー構造が主流で情報の流れは上位下達が中心です。ヒエラルキー構造の末端にいる若者の声は、どこにも届きません。常に存在する上下関係は、イノベーションに欠かせないオープンな対話を許しません。

4.思考停止

「貴方はどう思うのですか」と質問を投げかけると意見がでないのが日本の特徴です。周囲の様子をうかがったり、上司の顔色を見たりして正解を捜します。自分の考えを持つということに対して自信がなく自分に許可すら与えていない様子です。脳科学では、思考は感情が支配していることを証明しています。思考停止状態は、感情停止状態であるともいえます。自分で考えたい、自分の考えを共有したいという感情よりも、思考停止と沈黙の方が賢明であるという感情が優先されているようです。この習慣を取り除かない限り、イノベーションには向かえません。

5.未来志向ではなく既知志向

既知志向を持つ人々が社会を動かしており、未来についてもその正しさを証明することが求められます。グーグルを起ち上げたラリーとサーゲイは、検索結果のランキングがテレビ広告のようにお金で操作される仕組みであることに大きな問題意識を持ち起業します。お金をもらえないでどうやって検索事業を行うのかとスタンフォード大学の教授に尋ねられた時、「世界が間違っているんだ」と言う彼らを信じる人たちがいたから、今日のグーグルの存在があります。イノベーションを起こすためには、未来を変えるアイディを信じる人が必要です。

6.知の分断

アメリカでは、脳科学者、発達心理学者、教育学者、学校の先生が協働して脳科学と学校教育を繋ぐ取り組みが進んでいます。ニューロサイエンス・イン・ザ・クラスルーム(http://www.learner.org)でもその取り組みが紹介されています。脳科学者は、学校の先生が知っていること以上のことは発見しないだろうと言います。しかし、先生が経験を通して知っていることを科学的に証明することにより汎用性の高い法則を明らかにすることが可能になります。このような専門性を超えたコラボレーションは日本ではなかなか起きません。知の細分化と分断により、専門家の存在に焦点を当てる日本の在り方では、イノベーションは実現しません。

出典:経済産業省委託調査起業活動率TEAの国際比較

7.リスク回避

学習とは、未知の世界を自分のモノにするプロセスです。学習には、常にリスクが伴います。このため、リスクを取ることが歓迎されない環境では、学習は起きません。学習のないところにイノベーションが生まれる可能性はゼロです。学習とリスクの関係を理解し、結果として得られる学習に目を向けることが必要です。

8.効率優先

工業化社会を勝ち抜くため、生産性や効率を重視してきましたが、その中で忘れ去られたものが本質を捉えることです。誰もが、「なぜ」から考えることを好まず、「答え」を欲しがります。「何をすればよいか言ってくれればやります。」こんな人が増えてしまいました。

イノベーションは、「なぜ」から考えることからしか始められないのですが、多くの人にとって、「なぜ」は楽しみではなくストレスのようです。

9.知識学習思考

知識を持つことと、行動することは別のことです。ところが、学校で身に付けた学習習慣を手放せない人が多くいます。リーダーシップを身に付けたいと考え本を読み続ける人たちです。リーダーシップは自ら行動し、実践を通して学ぶ以外に力を身に付ける方法はありません。起業家は、動いて学び軌道修正を掛ける実践学習者のロールモデルなのです。

10.対立が嫌い

多様性はイノベーションに不可欠であると言います。しかし、多様性が活かされるためには条件があります。それは、意見の対立を恐れることなく自由に思ったことを発言し、お互いの考えから刺激を受け共創するコミュウニケーションが存在することです。和を重んじ対立を避けていたのでは、イノベーションに多様性を活かすことができません。

11.リフレクション

21世紀の学習の要はリフレクションです。過去を振り内省的観察をし、そこからの学びを定義し次のアクションに活かすことが求められます。しかし、日本では、この習慣がありません。失敗については責任問題になりやすいため、だれも振り返りをすることを好みません。自らの意思で目的を設定し行動した結果を振り返るリフレクションよりも、他人の設定した目的に合わせて行動し結果を評価されるという習慣の方が、自らリフレクションを行うよりも楽なのかもしれません。起業家は自らの夢を実現するためにリフレクションを駆使します。

12.悪いニュースを話題にしない

日本では、悪いニュースについて話題にすることを避ける傾向があります。創造的な課題解決に向かうためには、課題についてしっかりとした議論がなされることが不可欠です。大きな課題ほど、課題についてオープンに話せないこの国では、課題解決に取り組むことは不可能なようです。

12の理由の中には、教育にとても深い関係がある事柄も含まれています。起業家養成講座をいくら開催しても、このままではイノベーションに向かう人は増えないのではないかと心配でなりません。皆さんにできることから取り組み、この国のイノベーションを支えて欲しいと思います。

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企業の力で社会を変える

文部科学教育通信NO.368 2015.7.27掲載

アドバイザーを務めている一般社団法人アショカ・ジャパンでは、7月2日に、ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティング株式会社の代表取締役・プジデント&CEOであるフルヴィオ・グアルネリ氏をお迎えし、講演会を行いました。ユニリーバは、リプトン紅茶、ダブやラックスなどの石鹸やシャンプーをはじめとするブランドで有名な多国籍企業です。世界190カ国で、毎日20億人の人がユニリーバの製品を使い、年間売上は6兆円を超え、社員数は17万人です。

今回は、この講演会を企画した背景と教育との関係についてご紹介したいと思います。

21世紀の教育目的

最近、その重要性が盛んに謳われるようになった21世紀を幸せに生きる力は、OECDが、キーコンピテンシーとして定義している力です。OECDが、教育の大きな転換を求める前提には、社会の変化があります。変化、複雑、相互依存という3つのキーワードで表される21世紀の社会で幸せに生きるために必要な力は、それ以前の力とは同じではないということを、OECDは明確にしました。こうして生まれた新たな教育観の前提には、社会が目指す2の目的があります。一つは、持続可能性と経済成長をともに実現すること。二つ目は、多様な人々が共生する社会の実現です。新たな教育観の目指すところは、この二つの社会の実現に貢献する人を育てることということになります。このたびの講演会は、この二つの社会の実現に関するものでした。

サステイナブル・リビング・プラン

さて、今一度、ユニリーバの取り組みに話を戻したいと思います。ユニリーバは、「環境負荷を減らし、社会に貢献しながらビジネスを2 倍に」という企業ビジョンの下、2010年に「ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン」を導入しました。この計画では、2020年までに「10 億人以上のすこやかな暮らしを支援」、「環境負荷を半減」、「数百万人の暮らしの向上を支援」という3つの大きな目標を掲げました。約50項目にわたる数値目標が設けられ、目標達成に向けて、現在も世界各国のユニリーバで取り組みが進められています。事業のあらゆる部分に持続可能性を組み込み、売上成長と持続可能性の両立をめざす同社の成長戦略は、21世紀のビジネスモデルとして、世界中から注目を集めています。概念だけではなく行動に踏み出した先端的な試みは、ユニリーバで働くすべての人々の指針となっています。

ビジネススクールでも持続可能性に注目

昨年9月に、ハーバードビジネススクールで開催された新しいケーススタディ研究会に参加し世界から集まったアドバイザーとディスカッションを行いました。そこで初めて、私も、ユニリーバの持続可能なビジネスへの取り組みについて知りました。ケーススタディのテーマは、ユニリーバの紅茶ビジネスです。紅茶ビジネスの持続可能性に挑戦するユニリーバでは、2015年までに、ティーパックの100%、2020年には、紅茶ビジネスの100%を、持続可能な農家からの調達にするという目標を掲げ、その実現に向けて、栄養不足に苦しんでいる人々の半分は小規模農家という現実を変えるために、小規模農家の自立支援と生活向上の支援を行うことを決めました。その結果、私たち消費者も、リプトン紅茶を飲むことで、世界の貧困の撲滅に貢献できるというモデルです。しかし、このモデルには、これまでのビジネスの枠組みに含まれていない新たなコストが含まれます。

パラダイムシフトへの願い

ハーバードのケーススタディ研究会に参加した多くの人々は、企業の目的は利益の追求であり、ユニリーバの取り組みは労力とコストがかかりすぎるので評価できないと批判的です。そんな中、フランス人のユニリーバ元社外役員が以下のように述べました。「大切なことは、CEOであるポール自身が、このことを信じているかどうかだ。大切なことは、この取り組みが正しいか否かだ。間違ったことは続かない。正しいと信じるのであれば、後はやるだけだ」

このコメントを聞きながら、私が思い出したのは、OECDの教育目的でした。持続可能性と経済成長をともに実現する人を育てる。そのために、前例のないことに挑戦し、複雑な問題を解決する人を育てる。ユニリーバのCEOポール・ポールマン氏のような人を育てることが、教育目的なのだと思いました。そこで、日本人にも、ポールのような存在を知ってもらうために、ユニリーバの活動を紹介する講演会を企画することにしました。私たち大人は、持続可能性と成長の両立は大切と言いながらも、いざ、企業人の立場になると、株価を気にし、利益を優先する行動をとっているというのが現実ではないでしょうか。日本では、残念ながら、安倍総理が、最近、ROE(株主資本利益率)を高めるよう企業に求めています。正直、これは、地球規模で今起きているトレンドとは逆行した動きです。株式市場を満足させるためにROEを最優先する時代から、持続可能性と経済性のバランスを取る時代へのパラダイムシフトは確実に始まっています。今年9月には、国連がSDGs(持続可能な開発目標)を発表する予定です。日本においても、ポールのような大人が増え、持続可能性と経済成長を共に実現する取り組みが始まることを願います。

 

アショカと新たな市民セクター


このたびの講演会の主催団体アショカは、米国に本部を持つ世界最大の社会起業家のネットワークです。米ワシントンの本部と世界 34カ国に運営支部を持ち、社会起業家の発掘と支援を行っています。「社会起業」という概念は、社会福祉とビジネス起業という相反する基準やアプローチを持つ2つのセクターを融合させることで、社会の歪みがより迅速かつ効率的に改善されるという発想から1970年代に生まれました。この概念の生みの親であるビル・ドレイトンは、21世紀は、新たな市民セクターにより形創られると言います。これまでの社会では、社会の問題を解決するのは、営利組織ではなく非営利組織、政府ではなく非政府組織と考えられて来ました。これに対して、21世紀は、企業も、社会問題の解決に参画する時代であると言います。こうして、社会をよくするために貢献する企業や個人は、新たな市民セクターに含まれ、これまでの区分では説明できない時代が到来していると言います。ユニリーバは、まさに、この市民セクターに参画する企業の代表例と言えるでしょう。これまで、企業の社会的責任は、CSR活動と定義づけられていましたが、これからは、事業戦略の一部として取り組みが発展していく時代が到来します。21世紀の教育が、その人材育成を担うというOECDの提案は、とても的を得た方針であったと思います。我が国においても、ユネスコにより推進されてきた持続可能な開発のための教育(ESD)が始まり10年が経過しました。20世紀の教育を受けた大人は、新しい時代を切り開く教育を受けた若者の考えを聴き、彼らがそのビジョンを実現するために、支援者的立場に回ることが、持続可能な経済成長を促進する上で、とても大切なのではないかと思います。

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日本人とリフレクション

文部科学教育通信NO.367 2015.7.13掲載

2011年4月にオランダに教育視察に行き、ある学校を訪問した際に、先生がPCに向かい、子どものリフレクションの記録を取っている場面に遭遇しました。先生が、4歳の子どもに問いかけます。「この3か月で最も誇りに思うワークは何ですか」「それはなぜですか」「どこに苦労しましたか」「次にやるとしたら、どんな工夫をしますか」先生も生徒も、とても自然体で、特に難しいことに挑戦しているという様子ではありません。この4歳のリフレクションの様子は、今でも私の頭から離れることがありません。

4歳の子どもがリフレクションを行っている様子を見て、私は衝撃を受けました。

理由は2つです。1つは、4歳の子どもでも、リフレクションが出来る事を目撃し、私自身が子どもに対する間違った期待値を設定していたことに気づかされたことです。4歳の子どもに、リフレクションを行うことなど無理だと思っていた自分に気づきました。もう1つは、OECDのキーコンピテンシーの中でも核となる力と定義されているリフレクションを子どもたちに届けるために自分自身が行動していないという現実を突き付けられたことです。当時、私は、教員養成を行う大学院に属しておりましたので、未来の教師たちに、リフレクションの大切さを教える立場にいたのです。

この日から、私はリフレクションの啓発者として活動を開始しました。ところが、日本人とリフレクションの概念が、かみ合わないという事実に遭遇することになります。その体験を御話したいと思います。

リフレクションの定義

ここで、リフレクションについてOECDがどのように定義をしているかをご紹介しておきます。

【リフレクション(内省力):キーコンピテンシーの核心】

-キーコンピテンシーの根底にあるのは、自らを省みる思考と行動である。

-状況に直面した時に慣習的なやり方や方法を規定どおりに適用する能力だけでなく、 変化に応じて、経験から学び、批判的なスタンスで考え動く能力である。

参考資料:ドニミク・S・ライチェン 立田慶裕監訳(2006) 『キー・コンピテンシー 国際標準の学力をめざして』 明石書店

抽象的概念化が伝わらない

リフレクションでは、過去の行動や出来事を振り返り、そこからの気づきや学びを、抽象的概念化することを指します。抽象的概念化とは、成功と失敗の法則を見出すことを意味します。例えば、プレゼンテーションが成功した時、なぜ成功したのかという振り返りであれば、内容に精通していた、準備に時間をかけた、聞き手のことを良く理解していたなど、さまざまな成功要因を見出すことができるでしょう。このような成功要因を明らかにし、実践することで、次のプレゼンテーションも、成功に導くことができます。同じように準備をしても、成功しなかった時、何が間違っていたのか、何を見落としていたのかと失敗の原因を探究することも可能です。事前のヒヤリングを省略したことで、聞き手のことを十分理解できていないことに気付かなかったなど、課題から次に活用できる成功の法則が見えてきます。リフレクションを更に深め、聞き手を理解するために必要な10の問いなどを用意するのも良い方法です。このように、リフレクションを習慣化すると、すべてのアクションから学びを得ることができます。実際、セルフラーナーの人たちは、リフレクションと言う言葉を知らなくても、このような行動様式を自分のモノにしています。

責任問題

ところが、このリフレクションが意外に実践しにくい環境があることに気づきました。官僚的な大企業の人たちと、ある問題について会議を行った際の出来事です。私は、オープンにリフレクションを始めたのですが、何か議論がかみ合いません。5分ほどたち気づいたのは、みんな、自分の責任ではないということを説明するために、その会議に集まっているという事実でした。リフレクションから学ぶことよりも、誰の責任になるのかがより重要な会議だったのです。このような環境下では、だれもリフレクションを行うことができません。リフレクションは、自分を追い込む危険な行動なのです。この出来事を通して、改めて、学びは安全安心な場でしか起こらないということに気づかされました。それ以来、私は、リフレクションを行う前に、環境を整えるようにしています。そして、皆さんにも、安全な環境であることを確認してから、リフレクションを始めることを奨励しています。リフレクションのテーマは、過去の出来事なのですが、その目的は変えられない過去について責任を追及するためではなく、その経験からの学びを未来に活用するためであるということを誰もが認識することが大切です。リフレクションを広める活動を通して、少し大げさかもしれませんが、日本の文化がリフレクションの阻害要因になっていると感じています。日本では、切腹にも通じる責任の取り方が今日でも重要視されますし、恥の文化が、人を失敗の振り返りから遠ざけてしまいます。そこで私の提案は、リフレクションを科学的手法と捉え直し、進化のための大切なプロセスと捉え前向きに取り組むことです。

他人のリフレクション

ある企業で、リフレクションに熱心に取り組む人たちが、その後も行動を変えることができないのはなぜか疑問に思い、リフレクションを観察したところ課題が明らかになりました。リフレクションには、3つのレベルがあります。一つ目は出来事のリフレクション、二つ目は他者や環境のリフレクション、三つ目は自己のリフレクションです。熱心にリフレクションに取り組んでも学習に繋がらないのは、そのリフレクションが、出来事、他者や環境に焦点を当てているからです。出来事や他者のリフレクションも必要かもしれませんが、最終的に、リフレクションで学びを得るためには自己の振り返りを行う必要があります。それ以来、リフレクションには、3つのレベルという説明を加えるようにしています。

主体性とリフレクション

こうして、多くの大人にリフレクションの啓発を行う中で、なぜ、オランダの大人にとってリフレクションが当たり前なのに対して、我々日本人にとってリフレクションが、このようにむずかしいものなのかと不思議に思うようになりました。そんな中で、リーダーシップ教育を行っていた際に、リフレクションの前提には主体性があることに気づきました。

主体的に行動する個人は、管理される個人とは異なり、自らの意思で目的や目標を設定し、その実現のために行動します。自らの意思で行動する人が目的を達成するために、リフレクションは不可欠な道具です。誰かに管理され、軌道修正してもらえないとしたら、自ら行動し、振り返り、自分が正しい方向に向かっているのかを確認しなければなりません。ところが、管理される個人には、評価という物差しが存在し、自らリフレクションを行わなくても、管理者が軌道修正を指示してくれます。リフレクションを行う必要がないのです。これは、かなり衝撃的な発見でした。21世紀を幸せに生きる力の要となるリフレクションが出来る人を育てるためには、まず、主体性を育む必要があります。ところが、現実社会に目を向けると、評価が幸せを決めるという声が聞こえてきます。しかし、そんなことに負けてはいられません。これからも、リフレクション啓発者として、小さなことでも良いので、自分で決めて行動し、その行動を振り返るという習慣を広め続けて行きたいと思います。

 

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