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DX(デジタルトランスフォーメーション)時代の人財育成(後半)

2020.0309 文部科学教育通信掲載

2月3日に、三菱総合研究所にて、DX時代の人財育成に関するセミナーで、NPO法人人間中心設計推進機構理事長 篠原稔和氏、株式会社三菱総合研究所デジタル戦略グループ主任研究員清水浩行氏と共に登壇し、人間のOS(学ぶ力、創造力等)のアップデートについて講演を行う機会を頂戴致しました。2回に分けて、その概要をご紹介します。

前半では、OSをアップデートする方法と、OSをアップデートすることが大切な理由を紹介しました。後半では、OSをアップデートする効果をお伝えします。

 

OSのアップデートの効果

OSをアップデートには、3つの効果があります。

  • 圧倒的な当事者意識が醸成される

ダニエル・ピンクの提唱する主体性 モチベーション3.0を手に入れることができます。

  • 前例を踏襲しない学びが可能になる

過去に縛られない思考の柔軟性と創造力が高まります。

  • 多様性を活かす共創力が高まる

多様性を活かす共創に適した環境を創ることが容易になります。

 

1.圧倒的な当事者意識

OSをアップデートすると、自己の内発的動機 動機の源を知ることができます。動機の源とは、あなたがやりがいを感じる理由であり、あなたを突き動かす大切な価値観のことです。

仲間と一緒にプロジェクトを成功させた時でも、嬉しい理由は様々です。競争に勝ったことが嬉しい人もいれば、みんなで頑張れたことを喜んでいる人もいます。同じように喜んでいても、実は、喜んでいる理由が、一人ひとり違います。

皆さんはご自身の動機の源を知っていますか。認知の4点セットを活用すれば、動機の源を簡単に知ることができます。あなたは、自分の動機の源を知らないと思っているかもしれませんが、実は、あなたの心は、あなたの動機の源をすでに知っているからです。私たちは、大切な価値観が満たされている時に、ポジティブな気持ちになり、その逆の場合、ネガティブな気持ちになります。とても楽しい時、どのような価値観が満たされているから楽しいのかを自分に尋ねてみてください。何度か、自分への問いかけを繰り返していると、あなたの動機の源が明らかになります。

動機の源につながるビジョンを持った時に、人の潜在能力は最大化すると言われています。

創造力も、問題解決力も高まります。動機の源は、課題を発見するセンサーの役割を果たします。動機の源の説明は、皆さんもよく知っている企業の起業ストーリーに照らして説明すると一番わかりやすいので、グーグルを事例にご紹介したいと思います。

グーグルの共同創業者ラリー・ペイジと、セルゲイ・ブリンは、テレビ広告と同じように、高い広告料を支払った企業の情報が、検索結果の上位にくる検索エンジンのビジネスモデルに大きな疑問を抱きました。

二人とも科学者の家に生まれ育ち、スタンフォード大学で研究をしていたので、ラリーとサーゲイは、情報がお金で操作される検索エンジンの世界は間違っていると思いました。

例えば、病気のお母さんのために薬を探しても、高い広告料を支払った薬品会社の薬を選んでしまう検索エンジンでは、役に立たないと思ったのです。

当時、誰もが、疑問を持つことなく、当たり前に使っていた検索エンジンを課題だと思う背景に、彼らの動機の源がありました。彼らが信じている大切な価値観があったからこそ、彼らは、「広告料をもらわないで、どうやって検索エンジンを稼働させるのか」という投資家の批判にも負けず、民主的に検索結果が一覧として表示されるグーグルを誕生させることができました。

動機の源につながるビジョンを実現するために最善を尽くしている時、人のクリエイティブテンションが最高に高まると言います。クリエイティブテンションとは、ありたい姿と現状のギャップを埋めたいという強い思いで、動機の源とありたい姿がつながっている時に、人の創造力や問題解決力が高まる理由でもあります。

             OSのアップデートに活用する認知の4点セット

 

2.前例を踏襲しない学び

前例を踏襲しない学びを実践するためには、自分の境界線の外に出る必要があります。そのためには、自分の知らない多様な世界との対話を通して学ぶ力が大切になります。そこで役立つのが、認知の4点セットです。他者の世界にある経験、感情、価値観を聴き取ることで、自分の知らない世界をより深く学ぶことが可能になります。

そのために最も大切な力は、感情をコントロールし、評価判断を保留にする力です。すぐに判断する習慣を少し見直す必要があります。

 

3.多様性を活かす共創力

創造的なチームには、心理的安全性が重要であることは、グーグルのアリストテレスという研究で広く知られるようになりました。

心理的安全性とは、周囲に素の自分を見せることを、自分自身が受け入れられる状態であり、同時に、素の自分を見せても、周囲の人に受け入れられる安心感のある状態です。

認知の4点セットで経験を振り返るリフレクションができる組織は、自分の内面、感情までも開示しており、心理的安全性を保ちやすいです。

多様性を活かすためには、オープンでフラットな文化を醸成することも大切です。文化を創るのは難しそうと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。文化を支えるのは、一人ひとりの行動様式です。誰もが、理念を共有し、理念を体験する行動様式をとっているのかが、文化を創る上で決め手となります。

そのためには、誰もが、ありたい姿を認識し、自分の言動を振り返り、あるべき姿に近づこうとする努力が欠かせません。リフレクションは、文化を創る際にも、欠かせないのはこのためです。

 

対話から共創へ

共創では、自己と他人の思考に境界線がなくなります。この状態になると、多様性が化学反応を起こすことが可能になります。

誰もが、クリエイティブテンションを持ち、ビジョンを自分事化し、フラットでオープンで、心理的安全があり、評価判断を保留にして多様な世界から学べるチームになると、共創力は高まります。そのためには、リフレクションや対話力が欠かせません。

OSをアップデートするために、認知の4点セットを活用したリフレクションと対話を皆さんも、ぜひ、実践してみてください。

DX(デジタルトランスフォーメーション)時代の人財育成(前半)

2020.02.10 文部科学教育通信掲載

2月3日に、三菱総合研究所にて、DX時代の人財育成に関するセミナーで、NPO法人 人間中心設計推進機構理事長 篠原稔和氏、株式会社三菱総合研究所デジタル戦略グループ主任研究員 清水浩行氏と共に登壇し、人間のOS(学ぶ力、創造力等)のアップデートについて講演を行う機会を頂戴致しました。2回に分けて、その概要をご紹介します。

 

なぜ、OSのアップデートが必要か

学校で教わった「学び方」がイノベーションの最も大きな障害です。

学校で熟達するのは、既にある情報を処理する「学び方」です。学校では、未知の世界にどう対処するのかを教わりません。

最近、正解のない授業という言葉が生まれていますが、現実社会で直面する未知の世界に対処する思考力を学ぶ、先生ではなく「あなた」が正解を決める授業は、まだ、始まっていません。このOS(学び方)では、テクノロジーの知識を持っていても、イノベーションを創出することが困難です。そこで、DX(デジタルトランスフォーメーション)を実現するためにも、OSのアップデートが必要になります。イノベーション人材になるために誰もが学校で学んだ学び方のアンラーン(学んだこと、身に付けたことを一旦リセット)する必要があります。

 

また、皆さんのようなエリートには、もう一つ大きな課題があります。皆さんの中で、テストで20点を取った経験がある方はいらっしゃいますか。このPPT(図1参照)は、大人だけに共有したいと思いますが、前例のない時代には、100点よりも、20点を取る人が強いです。速く20点を取り、フィードバックに学び、正解を創造する力を持つ人が勝つというのが未知の世界で正解を手に入れる成功法則です。デザイン思考、デザインスプリント、リーンスタートアップ、スクラム等、前例のない時代に未来を創るために様々なツールが生まれていますが、試して勝つことは、すべてのツールに共通の理念と行動様式です。

 

OSをアップデートする方法

そこで、OSをアップデートする方法をご紹介します。リフレクションと対話、認知の4セットです。メゾットの背景となる理論は、ピーター・センゲの学習する組織、ダニエル・ピンクのモチベーション3.0、脳神経科学者アントニオ・ダマシオの研究成果、2003年にOECDが発表した義務教育のガイドライン等です。

 

認知の4点セット

認知の4点セットは、リフレクションと対話的学びの質を担保するために開発したメソッドです。認知とは、私たちが日常的に行っている物事を知覚し、判断する行為です。認知は、私たちの学びに密接な関係があります。グーグルが、無意識の偏見を説明する際に使っているパワーポイントを活用し、人間の認知の特性を説明します。人間は、毎秒1100万ビッドの情報を受け取っていますが、意識的に処理できるのは、40ビッドのみ。1%以下ということになります。認知の4点セットは、自身が知覚した貴重な情報を、どのように解釈しているのかを理解するツールです。認知の4点セットを活用すると、自分の知覚、判断、感情、価値観を客観視することが簡単に行えます。

 

認知の4点セットの問い

意見:最も印象の残ったことは何ですか。

経験:その意見の背景にはどのような経験がありますか。

私たちが意見を持つ前提には、過去の経験を通して知っていることがあります。同じ話を聞いていても、実は、みんな同じことを学んではいません。もし、同じことが印象に残ったとしても、その背景となる経験が異なります。

感情:その経験にはどのような感情が紐づいていますか。

感情は、意見の背景ある経験の記憶が紐づいています。その時に味わった感情が、その経験の意味づけにも影響を及ぼしています。

価値観:そこから見えてくるあなたが大切にしている価値観は何ですか。

意見の前提には、判断に使用した価値観や尺度が存在します。ここでは、価値観にものの見方も含めています。

 

認知の4点セットを活用した事例(図2参照)

意見:20点よりも、100点のほうがよいという言葉にドキッとした。

経験:100点の時は褒められ、80点だと褒められない。そもそも、20点の答案用紙とは無縁だった。

感情:100点 うれしい 80点 残念 誰かの20点びっくり

価値観:100点満点、勤勉、結果

4点セットで、学びをリフレクションすることで、自分が何を学んだのか、何を大切にしているのかが明らかになります。これが、認知の4点セットを活用したリフレクションです。

 

OSをアップデートするメソッド

OSをアップデートするメソッドは、認知の4点セット、リフレクション、対話です。

リフレクションとは、自己を客観的かつ批判的に振り返る行為です。物事に対して、これまで通りのやり方やものの見方をそのまま適応するのではなく、批判的スタンスで経験から学び、考え行動する力として、2003年にOECDが発表した学校教育の指針において要と位置付けられたのがリフレクションです。

実は、対話においてもリフレクションは不可欠です。対話とは、自己を内省し、評価判断を保留にして、他者に共感する聴き方と話し方です。評価判断を保留にするためには、自分の考えを客観視し、感情をコントロールすることが求められます。評価判断を保留にして、多様な世界に共感することで、自分の枠の外に出ることが可能になります。そこで、認知の4点セットによるリフレクションが不可欠になります。

 

リフレクションと対話の実践事例

ここで、リフレクションと対話の実践事例を一つご紹介したいと思います。

5年前にドイツに視察に行き、ドイツの国家戦略インダストリー4.0は、リーダーによる10数年に渡るリフレクションから生まれたことを知りました。ドイツの経団連 BDIによるプレゼンで最初に見されたのが、世界トップのIT企業名のリストに、26の星条旗と、5つの欧州旗が表示されたパワーポイントです。ドイツのリーダーたちは、敗北を認め、しかし、未来は変えることを決意したそうです。そこで早速、現状調査を行ったそうですが、日本同様に、99.6%を占める中小企業の6割が、全く準備ができていないし、経済的なメリットもわからないという結果だったそうです。日本で、このような調査結果が出たら、夢を諦めてしまうのではないでしょうか。しかし、彼らは、全くこの結果を気にしていませんでした。「課題はクリアしていけば良いのです」と自信をもって語る様子に、リフレクションのパワーを学びました。未来を創ることは、現状とありたい姿のギャップを埋めることです。そのためには、課題を直視するリフレクションが不可欠なのです。

OSのアップデートは、DX(デジタルトランフォーメーション)時代に生きる私たちにとってとても大切なことだと思います。ぜひ、みなさんも実践してみてください。

後半では、OSをアップデートすることで得られる3つの価値についてご紹介したいと思います。

リフレクションの啓発

2020.02.10文部科学教育通信 掲載

2003年にOECDが世界に向けて発信した教育指針は、VUCA時代に生きる私たち大人の育ちにも関わる指針だ。その中で、リフレクションが、要となる力と記載されていることから、リフレクションを啓発する活動を始めて、すでに10年が経過している。

 

主体的・対話的で深い学び

学習指導要領の改訂の議論が進む中、審議会の心ある委員の皆様に、リフレクションや対話力を高める教育の必要性を訴えた。主体的・対話的で深い学びの意味を、どこまでの教育関係者が理解しているかは分からないが、主体的・対話的で深い学びは、リフレクションや対話の重要性を意識した上で創られた言葉だ。

 

大人にもリフレクション

リフレクションは、子どもたちだけでなく、今の時代を生きる私たち大人にも欠かせない。そこで、経済産業省の門をたたき、2017年には、RIETI(独立行政法人経済産業研究所)BBLセミナーで、経済と教育の対話の必要性を訴えた。その後、経済産業省 我が国産業における人材力強化に向けた研究会の「必要な人材像とキャリア構築支援に向けた検討ワーキング・グループ」にて、「学びと主体性の質の転換」をテーマにリフレクションの重要性を訴えた。そして、改訂された社会人基礎力にリフレクションを加えて頂いた。2015年からは、21世紀学び研究所を立ち上げ、リフレクションの実践方法を広める活動にも従事している。

 

リフレクション

リフレクションとは、自己の内面を客観的・批判的に振り返る行為で、物事に対して、これまで通りのやり方やモノの見方を、そのまま適応するのではなく、批判的スタンスで、経験から学び、考え行動する力。

前例のない時代に、自ら答えを見出すためには、知識の蓄積量だけでなく、それを活かす力が問われる。溢れる情報を取捨選択し、活かすことが大切だ。同時に、経験を通して学ぶ力が必要になる。最初から正解を見出せるほど簡単な時代ではないので、仮説検証を繰り返すことになる。そこで、欠かせないのがリフレクションだ。最初から、100点を取ることを目指すのではなく、早く20点を取り(失敗し)、経験から学ぶことで100点が取れる。これが、創造の世界だ。

 

『ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則』

日々、リフレクションの重要性をどう人に説明すればよいかが、頭から離れない。そうなると、何を見聞きしても、リフレクションと結びつけてしまう。私たちは、毎秒1100万ビッドの情報に触れていて、その中の40ビッドの情報にしか意識を向けることができないという話を聴けば、リフレクションに意識が向くことも納得できる。本を読んでいても、リフレクションに関する情報がとても気になる。

久しぶりに、ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則 著者ジム・コリンズ(日経BP出版)を読んでみると、リフレクションの記述があることに気づいた。リフレクションの啓発活動を始める前にも、この本は読んでいるのだが、その時には、リフレクションについて書かれていることに気づけなかった。これがリフレクションであるという説明はされていないので、おそらく、多くの人たちが、ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則は、ビジョンの重要性を説明していて、リフレクションの重要性を語っていないと思うのだろう。

 

ビジョンとリフレクションの関係性

未来教育会議では、未来の社会と人と教育を3点セットで捉えることで、教育ビジョンを確かなものにしたいと考え、国内外のスタディツアーを行っていた。その時に訪れたドイツで、ビジョンとリフレクションの関係性に学んだ。

ドイツは、現在、国家戦略としてインダストリー4.0(第4次産業革命)を推進している。スタディツアーで訪れたドイツでは、ドイツの経団連を訪問し、インダストリー4.0についての講演を聴く機会があった。そこで、最初に紹介されたパワーポイントが衝撃的だった。

日本から訪れた団体に対して、彼らが見せたのは、世界のトップIT企業のリスト。そのリストには、EUとアメリカの旗が表示されていた。旗の数は、EU5に対してアメリカ26。パワーポイントを見せながら、経団連のスピーカーは、「これが、国家戦略インダストリー4.0が生まれた背景です」と説明した。

ドイツのリーダーたちのリフレクションは、10年以上続いたそうだ。この敗北を振り返り、課題を直視した結果、生まれたのがインダストリー4.0という話に感動した。さらに、その先もある。インダストリー4.0を推進するに当たり、最も大きな挑戦は、ドイツの産業の99.6%を占める中小企業がインダストリー4.0を実現する力を持つことだ。そこで、中小企業の実態を調査したところ、6割近い企業が、インダストリー4.0に向かう用意ができていないことが明らかになった。日本なら、これはむずかしいかもしれないと、目標のすり替えが起こりそうだが、ドイツ人にはその様子がない。リフレクションを通して課題を直視した上で形成されたビジョンは揺るがない。

 

課題を直視するリフレクション

リフレクションは未来を創る力、未来を創るために大切なことは、現実を客観視すること。その上で、未来のありたい姿を考える。現実とありたい姿が明らかになれば、そのギャップを埋めるために、何をすればよいかを考え、行動し、リフレクションを繰り返しながら、未来に近づけばよい。

ドイツのインダストリー4.0は、その後も、リフレクションを繰り返している。インダストリー4.0は、産業界の問題であるというのが、スタート時点の認識だった。このため、情報通信、電子、機械などの産業団体が中心となり、インダストリー4.0を推進するための準備が始まった。ところが、検討を進める中で、これは、産業界だけの問題ではなく、教育や労働に関わる変革も必要になることが明らかになった。そこで、インダストリー4.0の推進体制に、産業界だけでなく、教育や労働行政も加わった。

 

飛躍的な成功を遂げる企業の特徴

ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則は、飛躍的な成功を遂げた企業を11社に絞り込み、共通の特性を明らかにした。第4章 最後には必ず勝つ - 厳しい現実を直視する には、以下のようにリフレクションの重要性が書かれている。

  • 偉大な実績に飛躍した企業はすべて、偉大さへの道を発見する過程の第一歩として、自分がおかれている現実のなかでもっとも厳しい事実を直視している。
  • 自社がおかれている状況の事実を把握しようと、真摯に懸命に取り組めば、正しい決定が自明になることが少なくない。厳しい現実を直視する姿勢を貫いていなければ、正しい決定をくだすのは不可能である。
  • 偉大さへの飛躍を導く姿勢のカギは、ストックデールの逆説である。どれほどの困難にぶつかっても、最後にはかならず勝つという確信を失ってはならない。そして同時に、それがどんなものであれ、自分がおかれている現実のなかでもっとも厳しい事実を直視しなければならない。
  •          ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則 著者ジム・コリンズ(日経BP出版)から引用
    • ジェームス・ストックデールは、ベトナム戦争で、8年間戦争捕虜を経験した後、生還したアメリカ軍人

 

皆さんも、ビジョンを形成し、ありたい姿を実現する際に、ぜひ、リフレクションを実践してみてください。その威力に驚くはずです!

働き方改革と組織の大改革

2020.01.27 文部科学教育通信掲載

働き方改革関連法が施行され日本の全企業が一斉にスタートラインに立った2019年。働き方改革を単なる形だけの変革で終わらせるのか、新しい時代に合わせて組織そのものを成長させるきっかけにするのか、経営の判断が問われている。企業は、どこに向かっていくのか、2020年を予測してみたいと思う。

 2020年、多くの企業で、失われた30年に終止符を打つ組織の大改革が始まることを期待したい。キーワードは、「学習する組織」とセルフマネジメント、日本的経営への原点回帰だ。

 

 進化を加速するために「学習する組織」になる。

大改革の指針となるのが、アインシュタインの言葉。

「問題を生み出した思考では、問題を解決することはでいない」である。

今では、古典とも言える「学習する組織」は、進化し続ける組織のOSとして、世界中の優良企業で実践されている。GEやGoogleの成功事例は有名だ。

学習する組織の特徴の一つは、社内外のベストプラクティスが、速やかに組織全体に広がることだ。時代の変化とともに変わり続けるGEは、境界線のない組織を実現し、世界中で生まれたベストプラクティスを組織の力に活かすことで知られている。最近では、エリック・リースが提唱するリーン・スタートアップの行動様式を研究し、大企業でありながら、ベンチャー企業のスピードと柔軟性のある組織に生まれ変わった。30万人を超える規模の組織が、変革を成功させることができるのは、GEが、学習する組織だからだ。

Googleは、人と組織の創造性を最大化するために、科学的な分析と、テクノロジーを活用し、自ら、ベストプラクティスを生み出し続けている。大企業になっても、大学の研究室で始まった創業期の探究心は今もなお健在で、エクセレンスを追求する彼らの探究心に、終わりはない。学習は、GoogleのOSとも言える。

日本企業も、学習する組織になることができれば、イノベーションで溢れる組織は、決して夢ではない。

 世界に見習い、自律型組織への移行が本格的に始まる。

管理型組織では、イノベーションは生まれないことは、今や世界の常識だ。慣れ親しんだマネジメント手法を手放すことは大きな挑戦だが、イノベーションを手に入れたければ、自律型組織への移行は避けられない。ありがたいことに、世界には、たくさんの成功事例も存在する。

  • アジャイルが進む

欧米では、開発チームがいち早く、アジャイルを導入し、自律型チームに移行した。日本では、まだ主流のウォーターフォールとは異なり、アジャイルを導入するチームは、大きな計画を立て、計画通りに開発を進めるのではなく、1ヶ月単位で計画を立て、一週間単位で仮説検証を行う。また、チームは、100%の意思決定権を持つ。開発の柔軟性とスピードを高めるために広まったアジャイルは、最近、世界の優良企業で、全社員の仕事の仕方にも活用され始めている。GEが、リーンスタートアップに学び、行動基準に、「試して勝つ」を加えたのも、このためだ。

  • ムーンショットを目指す。

日本でもベンチャー企業を中心に注目が集まる目標設定の手法OKR(Objectives and Key

Resultsの略)では、 「自分が何を実現したいか」が目標の定義だ。Googleでは、誰もが

OKRを活用し、自らの意思で、情熱を注げるストレッチ目標を設定する。OKRは、ムーンショット(月面着陸の様な偉業)が生まれる確率を高める手法と位置付けられているため、到達目標は、100%ではなく70%が目安となる。それでも、100%の目標を設定することが、大きな成果を生む確率を高めるという。

  • 多様性を活かす文化を醸成する。

多様性が化学反応を起こし、大きな成果をあげるチームには何が必要か。その答えも、Google が効果的なチームを研究したアリストテレス(チームの効果性の測定方法と効果性に影響を与える因子を特定するプロジェクト)ですでに明らかにしている。カギを握るのは、多様性を受け入れる土壌となる心理的安全の確保だ。2017年に危機に直面したウーバーの三千人の管理職に、信頼を回復する力を授けたハーバードビジネススクールのフランシス・フレイ教授は、心理的安全は土台であり、多様性を歓迎する文化が不可欠だという。多様性を歓迎する文化か否かは、メンバーの意見を賞賛する言葉に現れる。多様性を歓迎する文化では、「私もそう考えていました」ではなく、「私には、全く思いつかない意見だ」と異なる意見に焦点が当たる。多様性を化学反応に結びつけるためには、こうした文化の醸成が欠かせない。

  • 組織の存在目的を語る。

政府主導の働き方改革が進行する同時期に、フレドリック・ラルーの著書「ティール組織」が、日本でも話題となった。「ティール組織」の魅力の一つは、一人ひとりが組織の存在目的に共感し、繋がり、その具現化のために主体的に行動するところだ。そのために、組織の存在目的をいかに明確に表現するかが勝負となる。「もし、この世界から、あなたの組織が消滅したら、世界は何を失うことになりますか」(引用:『実務でつかむ!ティール組織』吉原史郎著 大和出版)という問いに、誰もが答えることができる組織が、自律と団結を共に実現する。無論、その答えは、GDPでも、時価総額でもないはずだ。

 

一人ひとりのセルフマネジメントとリフレクションが、未来を創る。

すでに述べたように、イノベーションで溢れる組織は、他律ではなく自律に向かっていく。こうした流れの中で、個人も、セルフマネジメント(自己管理)を高めることが期待されるようになる。

セルフマネジメントの領域は①期待値管理:自己の役割と責任、②成果管理:期待されている成果、③成長:自己成長のシナリオ、④幸福:心身の健康と幸福の定義の4つに分類される。

一人ひとりが、4つの領域で明確なビジョンを持ち、現状とありたい姿のギャップを自己点検し、自分の成長に責任を持つことが求められている。

セルフマネジメントに欠かせないのがリフレクション(自己内省)の力だ。前例のない時代に、答えを手に入れるためには、教科書を丸暗記するような知識面での学習だけでは不十分であり、自分の経験を適切なタイミングで振り返り、次のアクションに活かす力が求められる。

  • エンプロイアビリティが話題になる。

人生100年時代を見据えた多様な生き方・働き方が進むと、個人にとって次の関心事がエンプロイアビリティ(市場価値)の向上とキャリアの選択になる。キャリア開発が自己責任の時代に生きる若者にとっては、当然の権利と言えるが、企業の側でも、雇用の流動化を前提に、社員を社会の資産と捉え、その育成に当たる必要が出てくるだろう。

 

 日本の経営の原点に戻る。

オムロンの創業者・立石一真は、「企業は利潤の追求だけではなく、社会に貢献してこそ存在する意義がある」という企業の公器性を語っている。日本には、利潤だけではない、企業の存在目的という経営思想は昔からあり、これがイノベーションの原動力であったはずだ。日本の経営に立ち返り、不易と流行を明らかにすることも、組織変革を成功に導くために有益かもしれない。

 

 

社会起業家ハシナの物語(後半)

2020.01.13 文部科学教育通信掲載

前回に引き続き、人権問題の解決に挑戦し続けるハシナ・カールビー氏の取り組みを紹介します。

ハシナの偉業

ハシナは、人身取引の犠牲者を救うために、インド、バングラデシュ、ミャンマー、ネパール4ヶ国の政府、警察、NGO165団体、弁護士25人とのパートナシップ「インパルスモデル」を構築し、現在、その活動をタイにも拡大する準備を進めています。22年間に4ヶ国の行方不明72442人を救出し、マザーテレサ賞をはじめとする人権分野の17の賞を受賞しています。

人身取引は、私たちにとって馴染みがない言葉ですが、世界では、4030万人が人身取引の犠牲となっていて、その半数がアジア地域に集中しているそうです。(出典:ILO国際労働機関)人身取引の市場規模は、数十兆円規模と推測されています。そのうち強制労働により生まれる利益は、約3兆4100億円と推定されています。(出典:国連人身売買根絶フォーラム)

2001年 Eメール作戦の成果と専門性

高校の奉仕活動を通して出会った貧しい女性たちの経済的支援をしていたハシナは、「行方不明のこども」が、「人身売買」の標的であることを知り、その救出活動に取り組みます。最初に思いついた方法は、カルカッタ会議で出会った100を超えるNGOの人々に、メガラヤ州の「行方不明の子どもたち」の情報をEメールで共有することです。その結果、3名の子どもたちを救済することに成功します。素晴らしい成果です。しかし、2001年当時は、次に何をすればよいのか、どうすれば、この問題を根本的に解決することができるのか、まったく見当がつかなかったと言います。そこで、ハシナたちは、インド各地で実施している人権分野のリーダーシップ、人身取引関連の訓練プログラムに参加し、知識を深めていきます。また、人権侵害に関する法律も学びました。

啓発活動

行方不明の子どもたちは、「人身取引」の標的となりうるという事実を、広く知ってもらうための啓発活動も行いました。しかし、州政府は、自域の子どもたちが人身取引の対象になることを恥じ、認めようとしません。そして、売春宿で働いているのは、バングラディシュからやってきた子どもたちだと根拠のない主張をします。この経験から、リアルタイムの正確な情報をいかに報告できるかがカギを握ることを学びます。

3つのP

活動を続ける中で、解決策に必要な具体的な3つの要素も見えてきました。3つのPです。一つ目は、Police 警察、2つ目は、Protection 保護、3つ目はPress メディアです。警察官と社会福祉関係者、ジャーナリストの3者がうまく機能すると、問題を解決することができる、そう確信しました。も一つ、問題を解決する上で欠かせないのは、チェンジメーカーを見つけることです。州政府で、人権問題に対応する人たちの中にも、ハシナたちの活動に共感し、問題を解決したいと強く願っているチェンジメーカーがいます。こうして、チェンジメーカーが連携し協力し、子どもたちを救出し、保護施設で見守るという仕組みが生まれました。この連携には、シェアードリーダーシップが欠かせないとハシナは言います。

リーダーたちが1つの目的に向かってそれぞれの立場で貢献するリーダーシップのあり方です。

2003年 4か国の警察官訓練プログラム

ハシナは、米国務省から助成金をもらい、2003年から警察官を対象とした訓練プログラムを開始します。インド政府と共に開発した訓練プログラムには、インド、ミャンマー、バングラディシュ、ネパールの警察官約3万人が参加しています。警察官は、現場から子どもたちを救出する重要な役割を担います。そのために、何に留意する必要があるのか、どのようなコミュニケーションが効果的なのか等、訓練を通して、子どもたちを救出ために必要な力を磨きます。こうした訓練を受けた警察官は、子どもたちを救うために、連携し協働する重要なパートナーです。

 2006アショカ・フェロー選出

冒頭にご紹介したアショカは、世界中の社会起業家を発掘し、特に優れた社会起業家を、アショカ・フェローに認定しており、ハシナも、その一人に選ばれました。この時、初めて、ハシナ自身は、自分が社会起業家であることを知ります。高校時代から、本能と直感に頼り進めて来た活動が評価されることは、とてもうれしいことです。また、アショカ・フェローに選ばれる審査の過程で、これまでの活動を徹底的に振り返ることができたのも、とてもよかったと言います。こうして、ハシナは、直感を頼るだけではなく、戦略と頭脳を使う社会起業家として歩み始めます。2006年には、フルブライトの奨学金を得て、ハワイ大学に半年間留学する機会もあり、彼女のリーダーシップは、さらに磨かれて行きます。

2013年 インパルスモデルの強化

2001年から始めたEメール作戦が少しづつ進化して出来上がった人身取引のデータベースは、連携して子どもを救済するインパルスモデルの心臓部です。活動をより広範囲に広げるためには、隣国とのデータ共有も必要となります。しかし、システムの容量は限界です。この危機的な状況を救ったのは、日本社会開発基金が主催する「最も革新的な開発プロジェクト」賞の受賞です。この資金を元手に、これまでに蓄積した人身取引の情報を精査し、管理の仕組みを改良することが可能になりました。インド工科大学に開発を依頼し完成した新しいシステムは、インド東北6州に加えて、バングラディシュ、ミャンマー、ネパールの情報を扱えます。国境近辺には人身取引業者が集まり易く、このシステムの導入により、4か国の警察官がリアルタイムに情報を共有し、子どもたちの救出に当たる強靭な協働体制が可能になりました。また、それまで、2~3か月かかっていた1人の救出活動が、このシステムの恩恵により、2日間で救出可能になったそうです。

ネズミ炭鉱の強制労働

調査の結果、メガラヤ州にある高さ1Mの炭鉱で、7万人の子どもたちが、硫黄の汚染された空気を吸いながら石炭を掘り出す作業を行っていることが明らかになりました。そこで、ハシナは、調査結果をプレスリリースとして、世界中に発信します。その結果、ニューヨーク・タイムズ、LAタイムズ、ABC、CNN、フランスや中東のメディアも、取材に訪れ、世界中に、メガラヤ州の炭鉱の実態が知れ渡りました。そして、2007年から2014年までに1200人の子どもを救出することができました。ところが、救出した数だけ、子どもたちが補充される状況が続きます。そこで、根本原因を断つしかないと考えたハシナは、炭鉱を運営するマフィアを相手に訴訟を起こしました。ハシナは、命を狙われる経験もしたそうです。ハシナの車が襲われ、ドライバーが亡くなるという事故にも遭いました。2014年には、炭鉱は完全閉鎖。ハシナたちの勝訴です。

2018年 ジャーナリスト訓練プログラム

ねずみ炭鉱の事例が示す通り、調査結果をメディアが公表すればするほど、世論が高まり、活動しやすくなり、救出結果も出せます。しかし、そのためには、報道が正確な調査とデータに基づくことが大前提です。そこで、人権取引に強いジャーナリストを増やすために、ジャーナリストの本格的な訓練を実施するアイディアを思いつきます。ここでも、シェアードリーダーシップが生かされます。プログラムリーダーは、元インドのCNNの熟練したレポーターです。参加者は、インド、バングラディシュ、ネパール、ミャンマーの越境人身取引に強い関心を持つ有能なジャーナリストです。

社会起業家ハシナの物語を楽しんで頂けましたでしょうか。

ハシナは次々とアイデアを思いつき実行に移します。ハシナの物語には終わりはありません。

社会起業家ハシナの物語

2019年12月23日 文部科学教育通信掲載

日本での活動を支援している社会起業家のネットワーク アショカジャパン は、毎年、世界的に活躍する社会起業家を招聘し、日本に紹介する活動を行っています。今年も12月に、インドで社会起業家として活躍するハシナ ・カールビー氏が招かれ、セミナーやワークショップが開催されました。

 

ハシナの偉業

ハシナは、人身取引の犠牲者を救うために、インド、バングラデシュ、ミャンマー、ネパール4ヶ国の政府で活動し、政府と警察、および各国NGO165団体、弁護士25人とのパートナシップ『インパルスモデル Impulse Model」を構築しています。現在、その活動をタイにも拡大する準備を進めています。22年間に4ヶ国の行方不明者72,442人を救出し、マザーテレサ賞をはじめとする人権分野の17の賞を受賞しています。

人身取引は、私たちにとって馴染みがない言葉ですが、世界では、4,030万人が人身取引の犠牲となっていて、その半数がアジア地域に集中しているそうです。(出典:ILO国際労働機関)人身取引の市場規模は、数十兆円規模と推測されています。そのうち強制労働により生まれる利益は、約3兆4100億円と推定されています。(出典:国連人身売買根絶フォーラム)

高校時代の奉仕活動

1971年、インドのメガラヤ州都シロンで生まれ、カトリック修道院附属学校に通っていたハシナ は、週末に「恵まれない人々」への社会奉仕を行うリーダー養成プログラムに参画します。老人ホームや病院、ホームレスシェルターなどへの訪問や、支援のための資金集めに熱心に取り組む中で、彼女は、自身がとても恵まれた環境に生まれ育ったことに、改めて気づいたそうです。また、活動する中で、施しを与えるという支援に疑問を抱くようになり、貧しい女性が経済的に自立する手段として、工芸品製作スキルを教える活動に力を注ぐようになりました。

学歴よりも信頼関係を

高校3年生となり、大学進学の進路について考える時期がやってきました。ハシナは、両親やロンドンに住んでいた祖母の勧めに従い、英国北部にある名門大学への進学を決めました。外国へ行くことに反対だった母親も説得し、高校の先生にも推薦書を書いてもらい、無事、留学の準備が整いました。

しかし、友達や家族みんなに祝福され、英国に向かう飛行場で、ハシナは大きな決断をします。英国大学への入学を取りやめ、高校時代に取り組んでいた女性の経済的自立を支援する活動を続けるという決断です。それは、英国に飛び立つ飛行機が出発する数時間前の決断でした。

「私が、5年間インドを離れたら、私を頼りにしている女性たちはどうなるのか。名門大学の学位は、どれだけ私の活動の助けになるのか」

彼女の心の声が尋ねたそうです。そして、彼女は、この心の声に従い、英国大学への進学を断念します。

決断をした直後、ハシナはお兄さんに飛行場から電話をかけます。その時、お兄さんは、「決断をするのであれば、その責任を引き受けることになる。もう、後戻りはできないよ」とハシナに伝えたそうです。ハシナの意思を尊重したお兄さんのアドバイスもとてもパワフルです。

ハシナが英国の大学に留学することを喜んでいた祖母や両親が彼女の決断を受け入れてくれるのには時間がかかりましが、彼女は、自分の選択を後悔しなかったと言います。この決断が、困難に直面しても、現在の活動を推進する原動力になっているそうです。10代で、人生を変える大きな決断を行なったハシナの勇気と叡智を讃えたいと思います。

 

定時制大学と活動の両立

地元に戻ったハシナは、仕事をしている人たちのための定時制の午前部の定時制大学に入学し、活動を始めます。毎朝6にスタートし11時に終了する講義に出席し、午後は、自ら立ち上げた団体の活動に従事します。

ハシナは活動を見直して、慢性的な貧困状態を変えるためには、工芸品を輸出することを思いつきます。そこで、貿易商のお兄さんに相談したところ、デザインの見直しと量産体制を整えないと輸出は難しいと言われました。それでも、彼女は諦めず、お兄さんから輸出業者の連絡先をもらい、「貧しい村を救うために安定的な女性の経済力を作り出さなくてはならない、そのために工芸品の市場を探している」という趣旨の手紙を100名に送り、輸出の道を模索しました。それから半年ほど経って、一人のフランス人業者から「協力しましょう!」という返事が届き、続けて、竹から製品を作る指導をしていた日本人からも協力を申し出があったそうです。こうして、工芸品を輸出する市場が出来上がり、約200所帯の生活が成り立つようになりました。

 

環境保護政策が人権問題を生み出す

1996年 に環境保護のために木を伐採することを禁じる法令が成立し、竹と藤(とう)が伐採できなくなり、女性たちは、工芸品づくりを断念しなければならなくなりました。その後、法律改正を求める訴訟を起こし、竹と藤は、「農産物」と認められましたが、法律が改正されるまでの期間、村の人々は、工芸品の販売以外の手段で、生計を立てることを考えなければなりません。そこで、子供達を、他の州に、「家事手伝い」として送り出すことになります。ところが、その中の何人かの子どもたちが行方不明となっていることが判明します。

ハシナは、環境保護を理由に、竹や藤の伐採を禁じた法律が、人権問題を生み出しているという事実を、世の中に伝えるために、この事実を記録した報告書を作成し、2001年に発表しました。この時点で、ハシナは、行方不明となった子どもたちが人身売買の被害に遭っているという認識はありませんでした。しかし、作成した報告書が、人権分野で活動する人々の目に留まり、2001年にカルカッタで開催された「未成年の人身売買」をテーマとするインド全国合同会議に招かれます。

カルカッタ会議

カルカッタ会議に参加し、初めて、ハシナは、この問題に取り組んでいる100を超えるMGOがインドにいることを知ります。それまで手探りで進めていた取り組みには、既に大勢の専門家がいることを知り、力を合わせれば大きな解決策が生み出せることを直感したのは、この時だそうです。この会議で、初めて、「行方不明の子ども」が「人身売買」の標的であるということを知ったそうです。

会議の後、ハシナが最初に取り組んだのは、Eメール作戦です。メガラヤ州の「行方不明の子ども」の情報を、会議の参加者全員に共有してもらうためにEメールを送りました。まだ、Eメールがそれほど広まっていない時代でしたから、当時は、とても斬新なアイディアと評価されたようです。そして、このEメール作成の成果として、メガラヤ州出身の少女2人と隣接州の少女1人がムンバイの売春宿で見つかり救出されました。この Eメール作戦の成功体験を通して、ハシナと会議に出席した100を超えるNGOの人々は、「情報共有が解決に繋がる」ことを確信します。

高校の奉仕活動を通して出会った貧しい女性たちの経済的自立を支援していたハシナは、こうして人権問題を解決する社会起業家としての道を歩み始めます。

後半では、ハシナが、人身取引の問題を解決のためにどのようなモデルを生み出し、その活動を発展させていったのかをご紹介します。

 

 

がん教育

2019.12.9 文部科学教育通信 掲載

がん教育

21世紀学び研究所は、女性のヘルスケアの知識を教育啓発し、子宮頸がん検診の受診を呼びかける活動を行なっている団体シンクパールが学校で実施する「がん教育」を支援しています。

日本人の二人に一人が生涯がんになるということは多くの方がご存知のことかと思います。しかし、20歳から39歳のがんの8割を女性が占めているという調査結果をご存知の方は少ないのではないでしょうか。この調査結果は、今年10月に、国立がん研究センターが発表したもので、乳がんや子宮頸がんの増加が、その原因だそうです。

シンクパールの代表を務める難波美智代さんは、自らも、がんサバイバーで、女性のヘルスケアに関する教育啓発活動を行い、様々なイベントを企画し、講演も行っていらっしゃいます。今年に入り、シンクパールは、がん経験を持つ多くの方達に、学校現場でのがん教育を実施していただくために、その準備を支援する活動を始められていて、我々は、そのプログラムの企画に参加しています。

日本人の二人に一人が生涯がんになる我が国において、がん予防やがんに対する正しい認識を持つことは、家族や自分の健康と幸せを大切に生きる上でとても大切なことです。そこで、日本政府も、がん教育の実施に向けて、大きく舵を切りました。

私も、この活動を行うまで、存じ上げなかったのですが、2014年に、厚生労働省において「がん教育」の実施が閣議決定し、2016年に、文部科学省より外部講師を用いたがん教育ガイドラインが策定され全国に都道府県がん教育推進協議会が設置されています。学習指導要領においても「がん」が記載され、「がん」を知ることで、いのちの大切さを学び正しく理解する教育の推進が全国で一斉にはじまっています。

 

2016年に、改正されたがん対策基本法に、「がんに関する教育の推進のために必要な施策を講ずる」という文言が加わり、第3期がん対策推進基本計画(2019~2020年)では「国は、全国での実施状況を把握した上で、地域の実情に応じて、外部講師の活用体制を整備し、がん教育の充実に努める。」ことが示されました。2018年に公示された新中学校学習指導要領及び2019年に公示された新高等学校学習指導要領に、新たにがん教育についても取り扱うことが明記され、文部科学省も、2014年から「がん教育総合支援事業」を行い、がん教育を推進しています。

 

がん教育とリフレクション

参加される方々は様々で、ご自身ががんのサバイバーである場合や、ご家族や大切な方をがんで亡くされた方などです。プログラムでは、その経験をリフレクション(自己内省)していただき、子どもたちに何を伝えたいのかそのメッセージを浮き彫りにしていきます。このようなことを伺っても良いのだろうか。とても不安な気持ちで、最初のワークショップを実施したのですが、私の不安は無用なものだったことがすぐにわかりました。

プログラムの流れ

最初に伺う3つの質問(全てがん経験に関してです)

  • 最も嬉しかった経験
  • 最も辛かった経験
  • 最も印象に残ったこと

この経験を、意見、経験、感情、価値観の4点セットで伺います。

  • 何が、最も(嬉しかった、辛かった、印象に残った)経験ですか。
  • それは、具体的にはどのような経験ですか。
  • その経験には、どのような気持ちが紐づいていますか。
  • あなたは、何を大切にしているのでしょうか。

この質問を通して、自分の経験をリフレクション(自己内省)し、他者の経験についても、話を聞く機会を持ち、誰もが、自分の経験に意味づけを行っていきます。

プログラムの最初の質問は、嬉しかった経験についてです。企画の過程では、嬉しかった経験が出てくるのか、辛い経験しかないのではないかという心配もありましたが、人間とは素晴らしいもので、どんな状況にあっても、前向きさを忘れることはなく、喜びを見出すのです。これは、このワークショップで学んだ大切なことの一つです。

シンクパール代表の難波さんは、手術の翌朝の太陽の美しさを語ってくれました。術後の痛みのある中、窓の外には、太陽の姿があり、その太陽の輝きに魅了されたそうです。太陽はいつも通り、東から昇り、西に沈む。このあたり前のことが、とてもありがたく感じるというのも、特別な経験です。

家族を亡くされた方もいらっしゃいましたが、家族の大切さや、健康であることのありがたさを教えてもらったという方もいらっしゃいます。どんな経験にも、希望を見出す。それが人間である。これが、私自身が、このワークショップを通じて学んだことでした。

ワークショップでは、さらに、リフレクションの問いが続きます。

子どもたちの前に立ち、お話をするイメージを持っていただきます。

  • 子どもたちの前に立つあなたは、どんな存在でありたいですか。ミッション
  • がん教育を通して、あなたは何を実現したいですか。ビション
  • その場では、どのような価値観を大切にしたいですか。バリュー

という3つの質問に答えていただきます。

どんな存在でありたいかという質問に対して、「なんでも質問できる、身近な存在でありたい」という方もいらっしゃいました。実際、教室の中には、親ががんの治療を受けている生徒がいる場合があります。家族にがん患者がいると、全員が健康な時とでは、家族の様子も変わり、子どもながらに、楽しく遊ぶことに対する申し訳なさがあったり、お友達と同じではないことに辛さを感じたり、子どもの世界にも苦労があります。そんな生徒が、自分のことを話せる雰囲気が作れることを目指しているとお話されていました。

全校生徒にがんに関する講演会を実施した記事を読んだことがありますが、その際には、講演者にお礼を述べる生徒会長自身が、家族にがん患者がいることを初めてその場で話してくれたそうです。グッドニュースでもなく、友達に話しても何かが変わるわけでもなく、だから、友達にも、それまで話せなかったそうです。

何を実現したいのかで圧倒的に多かったのは、家族と自分の健康のために、今できることにみんなで取り組もうということ。お家に帰ったら、親が検診に行っているかを確認すること。健康であることに感謝すること。健康や命を大切にすることなど、誰もが、家族と自分のためにできることをやる。そんな世の中にしていきたいという思いを、みなさん語ってくださいます。

共感を生むビジョン語り

家族や自分の健康や命、幸せを大切にすることは、誰もが大事なことと知っていながら、健康な時には当たり前と考えてしまいます。しかし、実際にがん経験を持つ人たちが、自分の経験を通して語ることにより、共感が生まれます。

そこで、共感を生むビジョン語りの準備でワークショップを締めくくります。

ビジョン語りのポイントは、パーソナルストーリーとその時に味わった感情を語ることです。何を実現したいのか。それはなぜか。なぜなら、私にはこんな経験があるから。その時の気持ちは・・・。だから、皆さんにも、こんな行動をとって欲しい。

心と心がつながることで初めて、人の言葉は心に残ります。そんなメッセージを、たくさんの方が、子どもたちに届け、健康を大切にする社会の実現に寄与できればと思います。

 

自信てなに?

2019.11.25 文部科学教育通信 掲載

今朝、ラジオを聴いていたら、「同窓会に行けない症候群」という本の著者鈴木信行さんがゲスト出演し、お話をされていました。同窓会に行きたくないと思う若い人が増えていて、男性の場合、その理由の1位は時間がない、2位は自信がない。女性の場合、1位は自信がない。そんな説明をされていました。SNSの時代になり、同窓会に行かなくても、リアルタイムでお互いの様子がわかる等、他の理由もたくさんあるのだとは思いますが、自信がないという言葉が気になりました。

 

社会構造の変化と自信

著者の鈴木さんは、高度経済成長の時代には、誰もが自信を持てたというお話もされていて、社会構造の変化が、同窓会に行けない症候群を生み出していると言います。確かに、そうかもしれないと思いましたが、他にも理由があるのではないかと思いました。

 

働き方改革やダイバーシティ推進に取り組んでいることから、キャリアや人生の選択が広がる今日、誰かと自分を比較するという考え方を持ち続けると、誰もが、自信が持ち難くなっているのではないかという仮説を持ちました。

 

レールに乗らないと異端児と言われた時代

これまでは、学歴と就職というレールがあり、誰もがレールに乗ることが当たり前で、同級生は、就職先が違っても、みんな同じようなキャリアを積んでいたのではないかと思います。

 

私の上司だった藤田田さんは、日本マクドナルドやトイザらスなどの事業を立ち上げ、起業家として成功を収めた人物ですが、当時、東京大学法学部を卒業して、官僚にも、大企業のビジネスマンにもならなかったのは藤田田さんだけでした。今なら、キャリア開発の成功モデルとして賞賛されるかもしれませんが、当時、王道と考えられていた道を歩く人たちからは、常に、異端扱いだったそうです。もちろん、藤田田さんと仕事をした経験のある全ての人たちは、藤田さんを愛していたので、彼は、異端扱いされても、何も気にしていなかったと思います。

 

今日では、難関大学を卒業した人たちの中にも、藤田田さんのように起業したり、ベンチャー企業に就職することを選択する若者も増え始めています。新卒一括採用で、企業に就職し、みんな同じ年頃で結婚し子どもを出産し、キャリアアップのタイミングもほぼ一緒という横並びの人生観は、存在しなくなるでしょう。

 

このような変化は、すでに始まっていて、同窓会に参加しても、どこかで、昔のように、横並びの人生をイメージし、自分に自信が持てないと思う人がいるのかもしれないと思いました。

 

女性は、何もかも手に入れる人生を目指していて、キャリア、結婚、出産の3つとも手に入れた人が勝者だというような考え方もあると聞きます。結婚、出産の時期が遅くなっている今日、何もかも手に入れていない若い女性が、自信が持てないということも想像できます。

 

キャリア開発の理想像

今日、20代の若い者の生き方を見ると、意識の高い若者ほど、学歴と就職というレールを意識せず、キャリアの選択肢の幅が拡大していると感じます。同時に、「自分の好きなことを見つけると良い」等、キャリア開発に関する理想像が語られることが多く、多くの若者が、現在の仕事に確信が持てなくなっているというのも事実ではないかと思います。また、成長意欲が高い若者も多く、この場所にいて、本当に自分は成長できるのか、市場価値を高め続けることが可能なのかという疑問も湧きます。

 

企業が人事を決めるこの国で、キャリア開発を同時に考えるのは、とても難しいことです。ところが、就職活動から、「君がやりたいことは何か」を若者に尋ねる面接が当たり前になり、若者の意識の方が、社会通念よりも、先に覚醒してしまっていると感じます。しかし、企業に就職すると、「まずは、言われたことをきっちりとやりなさい」と従順さが求められます。こうした状況の中、多くの若者が、与えられた仕事を通してキャリアを積むというこれまでのキャリア観と、就職活動で培ったキャリア観の矛盾の中で、さらに不安を募らせるという結果になっているのではないかとも思います。

 

若者の不安に共感

自分の人生を振り返っても、若い頃は、先が見えず、不安なことも多かったのだと思います。それだけ、未来の可能性と選択肢が大きいと、今なら言えますが、当時は、やはり自信がなく、自分の未来はどうなるのかと不安に思った覚えがあります。

 

男女雇用機会均等法世代の私は、キャリアを実家の家業でスタートさせました。金庫扉を製造販売する事業会社で、貿易や経営企画の仕事をしていました。ところが、30代の前半で、突然、クーデターに見舞われ、会社を離れることになりました。

 

工場の隣にある家で生まれ育ち、会社の名前のついた公園で幼児期から遊んでいた私にとって、会社を離れることは、突然、名字を失うくらい衝撃的な出来事でした。30歳を過ぎて始めて、私も、今の若者と同じように、「私は人生で何を実現したいのか」という問いと向き合わなければならなくなりました。当時、「自分の好きなこと」「自分の得意なこと」を仕事にすればいいんだというアドバイスをたくさんもらったことを記憶しております。しかし、どうすれば、自分の好きなこと、自分の得意なことを掛け合わせて、キャリアを選択できるのか。当時の私には、正直、さっぱりわかりませんでした。その後は、ご縁を頼りに、キャリア開発を行なうことになりました。

 

就職活動をしたところ、厳しい現実が見えてきました。あるキャリア開発の専門家に、「女の3高は嫌われるんだよね。君、就職は厳しいよ。①高学歴、②高家柄、③高所得 最悪の条件だ」と言われました。絶望的なコメントです。そこで、以前から、存じ上げていた藤田田さんに、自ら採用をお願いしに伺うことにしました。藤田田さんには、ハーバードビジネススクールのジャパンツアーで、百人の学生が日本を訪問した際にお話していただいた経緯がありました。英語は決して流暢ではないのですが、そのお人柄とお話はとても魅力的で、海外の学生たちもみんな藤田さんの大ファンになりました。その時、「もし自由だったら、藤田田さんのかばん持ちでいいから、側で働いてみたい」そう思ったことを思い出し、藤田さんに採用して欲しいとお願いしました。

幸いにも、藤田商店に就職ができ、新規事業の立ち上げを経験させてもらったことは今でも、忘れることができない、楽しくて、チャレンジが大きく、ストレスの小さい、最高の仕事経験でした。

 

自分を知るリフレクション

現在、21世紀学び研究所で、リフレクションを広める活動をしている背景には、私自身の異端のキャリア人生があります。そして、10代、20代で、自分を知ることが、人生を豊かなものにするという確信があります。

 

小さい頃から、自分が好きなこと、自分が得意なことを知り、自分の人生やキャリアの選択をすることで、誰もが、自信を持ち、独自の人生を生きることができます。学校も、社会も、理想像を語りますが、一人ひとりの人生に責任を持ってくれる訳ではありません。そして、理想像は、その時々の環境により変わります。誰かの物差しでなく、自分の物差しで、人生の選択が行えることが、幸せに繋がる。同時に、その際の結果に責任を持つためには、経験を振り返るリフレクションは不可欠です。

 

自分の選択に自信を持ち、幸せに生きる人たちが増えることを願っています。

VUCA時代の学習する組織

2019.10.28 文部科学教育通信 掲載

経営者が学習する組織を学ぶ

学習する組織を、企業経営者の皆様に紹介する機会をいただくことになりました。学習する組織に魅了されて、20年の歳月が過ぎてしまいましたが、時代の変化を感じることができる出来事です。

2008年に、日本を学習する国にしたいと思い、「チーム・ダーウィン 学習する組織だけが生き残る」(英治出版)という本を書きました。本の出版から11年の時を経て、経営者の皆さんにも、学習する組織をご紹介することができることをとても嬉しく思います。

英語には、Nothing is free in this world(この世にただのものは一つもない)という言葉があります。努力しないで手に入るものはないことを説明する時にも、この言葉を使います。学習する組織を実現する際にも、この言葉が当てはまり、努力しないで学習する組織は手に入りません。おそらく、そこが、学習する組織が、これまでブームにならなかった原因ではないかと思います。

学習する組織は、起こりうる最良の未来を実現するために、誰もが、学び、変わることができる組織なのです。ただし、それは、誰もが、学び、変わることを意味しており、誰かが、学習する組織を届けてくれる訳ではありません。学習する組織を創るコンサルティングを行うにしても、外部の人間にできることは限られており、経営者をはじめとするすべての構成員が、学び、変わる必要があります。

VUCA時代に突入した

VUCA(不安定で変化が激しい、先が読めず不確実、複雑、曖昧)時代に突入した今日、変わらないことは、死を意味するという説明も、やっと説得力を増してきました。誰もが、変わろうという機運が高まっていることは、学習する組織を提唱する私にとっては、とても嬉しいことです。

もちろん、どんな時代にも、変わらないで欲しいことはあります。人の優しさや思いやり、自分を大事にする心、誰かのためになることを嬉しく思える心などは、いつまでも、変わらない方が良いです。しかし、多くの事柄は、過去を踏襲するのではなく、時代に合わせて変化することが求められる時代です。特に経営者にとっては、過去を踏襲する思考では、企業の存続が危うくなる時代でもあります。

変化する時代の中で、若者の雇用に対する考え方も変わり始めています。友人が、スタンフォード大学を訪れて、優秀な若者たちに、「あなたたちは、グーグルに就職するの?」と尋ねたところ、「あんなつまらない会社にはいかないよ」という返事が返ってきてびっくりしたという話をしてくれました。「それでは、どこで働くの?」という質問に、若者たちは、「僕たちは、プロジェクトベースでチャレンジングな仕事をするんだ。半年働いて、半年は休む。そんな働き方がいい」と語ったそうです。彼らには、グーグルが、退屈な大企業に見えるのですね。

日本でも、働き方改革の波は少しずつではありますが、大きくなってきています。若者の転職は、当たり前になりつつありますし、大企業ではなくベンチャー企業を選ぶ若者や、起業を選択する若者も増えています。企業で働く若者も、「市場価値」を意識し始めています。会社に人生を託す終身雇用に安住することができなくなってきていると感じているからでしょうか。だから、愛社精神がないかというと、そういう訳ではありません。誰もが、自分の仕事には誇りを持ちたいし、好きな製品やサービスを通して、世の中に貢献したいと思っています。

経営者は、新しい時代に即した、従業員と会社の関係を構築していく必要があります。お給料を払っていれば、どんな仕事を頼んでも良いという考え方では、これからの時代に、優秀な若者を魅了することはできないということを肝に銘じる必要があります。共働き夫婦が働き手の中心になると、辞令で転勤が確定するという働き方も、通用しなくなるでしょう。経営者には、たくさんのマインドの切り替えが求められます。

学習する組織では、このような変化に対応するために、5つの規律(メンタルモデル、システム思考、共有ビジョン、自己マスタリー、対話)が必要だと言います。その中の一つの規律がメンタルモデルを意識することです。メンタルモデルとは、我々のものの味方や判断軸のようなもので、通常は、過去の経験によって形成されます。

 

(これまでのメンタルモデル)

人事は会社が決めるもの

従業員は、人事の発令に従って、職務や職場を異動することが普通

従業員には、人事の発令に文句を言う権利はない

 

(VUCA時代のメンタルモデル)

キャリア選択は自分で決めるもの

職務や職場の異動は、会社都合だけではなく、個人の要望も反映されるのが普通

従業員は、自分のキャリア開発に責任を持つ

 

メンタルモデルの違いから理解する

メンタルモデルの違いを眺めることで、時代の変化を理解していくことが容易になります。

最近では、いつでも、どこでも働けるというリモートワークが流行り始めています。オリンピックの時期に向けて、都庁でも取り組みが進められているリモートワークですが、完全に市民権を手に入れているわけではありません。特に、過去のメンタルモデルを持ったまま、リモートワークを推進すると、「リモートワークをいかに管理するか」という思考になりやすいです。PCにカメラをつけて、データ入力のログを取り、管理するという発想もあります。

一方で、ユニリーバ社のように、朝5時から夜10時までの間、いつ、どこで働いても良いという制度も始まっています。ユニリーバ社は、この働き方を導入した結果、生産性が3割向上したと報告しています。そして、「自分の生産性は、自分で管理するのが一番である。なぜなら、自分の生産性がどのような状態で最も高まるのかを誰よりも知っているのは自分だから」と言います。

過去の前例を踏襲していたのでは、このような発想には行けないですね。

最近では、エンゲージメントという言葉も流行っています。ワーク・エンゲージメントとは、一言で言うと仕事の恋をしていること。その状態において、人は、活力と熱意を持ち、仕事に没頭することができると言います。最近では、エンゲージメントサーベイが流行っていて、経営者も、従業員のエンゲージメントを高めるために創意工夫を求められます。衛生面などの物理的環境を整備し給与を支払うことで、従業員満足を維持することができた時代もありましたが、今日は、精神的な満足度を高めることで、生産性を高め、人々の有能さを引き出すことができると考えられるようになりました。

経営者にとって大変な時代とも言えますが、学習する組織を作りやすい時代とも言えます。学習する組織は、すべての構成員に、主体性を発揮することを求めます。それが、会社の仕事であっても、自らの意思で、仕事に取り組む個人であることを要求します。「あなたは、なぜ、この仕事に取り組むのか」この問いに、自分の言葉で答えることができない集団には、学習する組織は作れないと言われています。

指示命令と管理で動く集団が、これまでの企業組織の常識でしたが、一人ひとりのワーク・エンゲージメントに意識を向ける組織は、一人ひとりの主体性を活かす組織になります。そうなると、学習する組織の規律の一つである自己マスタリー(自分が何者かを知っている、自分がなぜ、そのことに取り組むのかを知っている、自分が何を実現したいのかを知っている)を誰もが実践することになります。

日本が学習する国になる可能性は、日々高まっている。そんな時代がやってきました。

大学院の同窓会

2019.10.14 文部科学教育通信 掲載

ハーバードビジネススクールの30周年の同窓会に参加するために、9月に、ボストンを訪れました。この時期のボストンは、天候も良く、とても過ごしやすいです。今年は、温暖化の影響か、まだ、秋の紅葉は見ることはできませんでしたが、爽やかな気候の中、芝生の広がるキャンパスで、懐かしい同級生との再会を祝い、楽しい時間を過ごしました。

同級生の様子は様々で、現役で活躍している人もいれば、リタイアモードの人もいます。最近、ますます増えているのは、非営利団体の活用を支援し、社会貢献に従事する人たちです。

私のように、教育に熱い思いを持つ人たちも、たくさんいます。

 

オンライン・スクールリーダープログラム

とても嬉しかったのは、One Harvardの理念のもと、教育大学院とビジネススクールが協働して、オンラインのスクールリーダープログラムのデモを体験できたことです。ケースメソッドのカリキュラムは、とても実践的です。例えば、「荒れた学校に校長として赴任した際に、取り組むアクションの優先順位は何か」といった問いを中心に、学校改革について考えます。実際に、変革を成功させた校長先生へのインタビューも視聴することができるので、自己のリーダーシップを振り返り、アクションプランを考えることができます。

グローバルアドバイザリーボードとして、HBSの未来について考える会議に参加しているのですが、私も、教育大学院とのコラボで、公教育の質の向上にHBSが貢献するとよいと提案をした一人なので、プログラムを体験できて本当に嬉しく思いました。

HBSの進化

同窓会の最大の魅力は、最新の学びに触れる機会になることです。同窓会は、5年ごとに行われていますが、最近は、グローバルアドバイザリーボードとして、隔年、母校を訪れているので、最新の学びに触れる機会は増えています。それでも、1年ごとに、進化を遂げる学校の様子を知ることは、大きな刺激になります。

学長が素敵すぎる

ノリア・ニッティン学長はインド人。学長になられて10年になります。その間、母校は、大きな変容を遂げました。時代に合わせて、歴史のある大学院が、進化し続けることは、日本にいると考えられません。ニッティン学長のリーダーシップとイノベーションの推進は、まるで教科書通りです。そのひとつが、オンライン・ケースメソッド・クラスルームの実現です。今回初めて、オンライン授業が行われるスタジオを訪れ、想像を超える学習体験の質の高さに圧倒されました。

5年前のアドバイザリーボードでは、クラスの臨場感をオンラインで再現できないのではないかという懸念点が多く出ていたので、実際に出来上がった素晴らしいオンライン授業を体験し、自分の想像力のなさを反省しました。

ハーバードビジネススクールの特徴は、ケーススタディにあります。1年目は、九十人のグラスメートが、ケースをもとに議論を繰り返すことで、学生は、多面的、多角的な判断軸を手に入れ、同時に、ビジネスを成功に導くための法則を学びます。場を共有することが大切だから、教室のオンライン化は難しいと誰もが思っていました。

テクノロジーをどう生かすのか

日本でも、テクノロジーを教育に生かすEdtechが花盛りです。テクノロジーを教育に生かすという発想自体は、全く、目新しいものではありません。しかし、ハーバードビジネススクールのオンライン教室は、少し様子が異なり、ケーススタディという学習メソッドと教室環境をすべてオンラインに置き換えることに挑戦しました。オンラインになっても、リアルな教室で学ぶ体験と学習効果を一ミリも損なうことなく授業を再現することは、大きな挑戦でした。

クラスのスタートは、いつも、コールドコールで始まります。誰が、指名されるかわからないため、常に、クラスのスタートは緊張感から始まります。この緊張感がなければ、ケーススタディではないと、体験した誰もが思うほど、コールドコールは、ケーススタディに欠かせません。それをオンラインでも再現したのです!

オンラインでは、ランプを使って、最初の発表者が指名されます。指名された学生は、決めれた時間内にコメントをすることが求められます。実際のクラスでは、時間管理はそこまで厳しくないのですが、オンライになり、時間管理が加わりました。教室では、どんな発言も、時間とともに消えるのですが、オンラインでは、発言はデータとして残ります。結果的には、オンラインの方が、教室よりも、厳しい環境になりました。

テクノロジーと人間が臨場感を作り出す

壁中に映し出されている60名の参加者は、一人ひとりがテレビスクリーンのようなサイズで、とてもはっきりと顔が見える状態です。オンラインなので、世界中の人たちが、授業に参加することが可能です。

次に、驚いたのはカメラの数です。60人の参加者の顔が投影されているスクリーンの下には、60台のカメラが設置されています。教授が、誰かを指名したり、誰かと対話する際には、そのカメラを通して語りかける様子が投影されるため、本当に教授が自分に語りかけていることを実感することができます。あまりの臨場感に、スクリーンを介しての教室なのに、教授が近づいてきて、慌てて、後ろに退く人もいるそうです。

そのほかにも、何台ものカメラが、教授の様子を多方面から撮影し、教授の動きをリアルに感じられるように工夫しています。これらは、現在、人間の力に依存していますが、いずれ機会に代替される日が来るでしょう。

さらに、音声にも、細部へのこだわりが見られます。通常、オンライン会議を行う際には、話をする人以外が、音声を切っておくのが一般的です。 ところが、オンライン教室で音声を切ってしまうと、教授がジョークを言っても、誰も笑わない不自然な雰囲気になります。そこで、少し小さめの音で音声が常に聞こえる環境にしているそうです。 そして、誰かが話す時だけ、その人のマイクの音量を高めるのだそうです。市販の会議システムとは、大違いです。

今回、実際に、オンライン教室を見学し、テクノロジーを活用するためには、2つのことが大事であることを学びました。一つは、自分は何者かということをちゃんとしていることです。この事例では、教室で実施されるケーススタディという学びの体験です。それは、受講生と先生のやりとり、受講生同士のやりとりによって作り上げられています。どのクラスも、議論が中心であるため、同じになることはありませんが、そこには確立されたメソッドがあり、成功の法則があります。この法則を知り尽くしているからこそ、オンラインでも、教室同様の学びを提供することができる環境を作り上げることができました。

二つ目は、妥協を許さない、エクセレンスの追求です。彼らに、もし、オンラインだから仕方がないという思いがあれば、これくらいで良しにしようということになるでしょう。しかし、彼らは、オンライン教室での学習体験が、リアルな教室と同じになることを求めました。それが、開発チームにも伝わり、ここまでのプログラムに発展したのだと思います。

ハーバードビジネススクールの進化から、目が離せません。

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