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システム思考・システムモデリングの会議

文部科学教育通信 No.297 2012-8-13に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑪をご紹介します。

米国マサチューセッツ州で7月に開催されたシステム・シンキング・ダイナミック・モデリング・カンファレンス(Systems Thinking and Dynamic Modeling Biennial Conference)に参加しました。この会議は、システムダイナミックスの生みの親であるMITのジェイ・フォレスター教授、学習する組織(FIFTH DISCIPLINE)の著者ピーター・センゲ先生たち、ウォーターズ財団のウォーターズ氏が中心となって始めた、学校の先生たちのためのシステム思考・システムダイナミックスの勉強会です。1996年夏にスタートし、隔年開催されています。
私は、2010年に始めてこの会に参加し、今年が2回目の参加となります。2年ぶりに、カンファレンスに参加して明らかになったのは、地域や学校単位で、システム思考教育の展開が進んでいるということです。2年前は、ともすると一部の意識の高い先生や特別な学校による取り組みとして捉えられていたシステム思考や21世紀の教育がより大きな動きとなり、社会全体に広がり始めているという実感を持ちました。

システム思考による小学生の問題解決

2年前のベストプラクティスとして紹介されたアリゾナ州のツーソンにおける教育実践の事例です。ツーソンでは、約20年前から学校教育に、システム思考やシステムダイナミックスが取り入れられています。今年は、3人の小学一年生がシステム思考を活用して問題解決を行う例が紹介されました。子供たちが校庭で遊んでいる時に、ふと発した意地悪な言葉が相手の心を傷つけ、傷ついた相手がさらにひどいことを言ってケンカになり、お互いの関係がどんどん悪化していく様子をシステム思考の自己強化型ループを用いて説明していました。この悪循環のループをどこかで断ち切らない限り、この構造はずっと続いていくことを、子どもたちは理解していました。この映像はhttp://www.watersfoundation.org/webed/mod9/mod9-3-1.html でご覧戴けます。
小学1年生の子どもたちが、友達との言い合いの構造をシステムとして捉え、問題を解決するために、その構造にどのように働きかけるのかを話し合っている様子には、子どもの潜在的な力の大きさを感じます。これまで一般的には広まっていなかったシステム思考は、将来、複雑な社会において問題解決をしなければならない子どもたちに不可欠な力です。子どもが学ぶためには、まず、大人がシステム思考の実践者になる必要があります。

3人の校長が語るシステム思考・システムダイナミックス教育の現場への導入

●イノベーションアカデミーチャータースクールの事例
イノベーションアカデミーチャータースクールは、1996年に創立した生徒数800名の比較的新しい学校です。システム思考教育は、創立期から始めているということでした。現在、8割近い教師が、システム思考教育に関わっているそうです。会議には、イノベーションアカデミーの数学の先生が参加されていて、質疑応答の時間に、彼女の体験談を紹介してくれました。最初の数年間は低空飛行、4年目にアハ体験があり、システム思考の価値を実感して以来、積極的に数学教育にシステム思考を取り入得ることが可能になったというお話です。導入に躊躇していた先生たちに、勇気を与えるスピーチでした。

●アリゾナ州ツーソンでの事例
アメリカの学校教育におけるシステム思考導入においては、最も長い経験を持つキャシー・シェップ校長の体験談も大変興味深いものでした。彼女は、この20年間に、3つの学校に、システム思考教育を導入・展開した経験を持ちます。最初の学校では、5年間で、システム思考教育を導入、展開、定着させました。ところが、2つ目の学校での導入は、容易ではありませんでした。組合も強く、先生同士の関係も悪く、保護者からの支援も得られない状況だったそうです。この学校で最初に行わなければならなかったのは、先生との信頼関係の構築、先生同士の恊働体制の構築、保護者やコミュニティの支援の獲得だったそうです。そこで、大変役に立ったのは、システム思考の中にある「推論のはしご」です。意見の相違の背景に、どのような経験や判断があるのかを共有し、お互いの考えや立場を理解することに時間をかけたそうです。この時の苦労は、すべて、3番目に赴任した学校での展開に生かされました。3番目の学校では、最初の3年間は、土壌作りに費やしたそうです。具体的には、初年度は、1学年に絞って小さなチームで取り組みをはじめ、一年ごとに学年を増やし、3年目に、大きく離陸させるという戦略です。
大変興味深いのは、2004年にスタートした取り組みは、2007年に全校展開になり、それから3年後の2010年には、システム思考の実践者として、生徒が先生のレベルを超えたというお話でした。最初の6年間は、先生がリードしますが、その後は、生徒の中にもリーダーが現れ、生徒の実践力は急激に増すというのです。この段階で、保護者やコミュニティの支援も一気に拡大していきます。

●ウィンストンセーラムパブリックスクールの事例
バッド・ハリソン校長は、システム思考教育の導入に取り組み始めて今年で3年目です。パネラーの一人でもあるウォーターズ財団のトレイシー・ベンソン氏の支援を受け、着実に推進を進めています。
ハリソン校長は、ノースカロライナ州のフォーシス地域全体での導入の企画推進も担当しています。初級プログラムを地域の25人の校長と校長の選抜した先生に受講してもらうところから始めました。最終的に導入を決めたのは、25校中7校でした。導入を決定した学校では、夏休みに研修を実施、新学期からの導入がスタートします。ところが、最初は、なかなか先生たちの実践は進みません。そんな先生たちをサポートしたのがトレイシーです。トレイシーは、10月から3ヶ月おきに各学校を訪問し、先生たちの支援を行いました。その結果、システム思考教育は着実に進んでいます。幸運なことに、校長先生の中には、システム思考教育の効果を確信し、ブログやツイッター等で積極的に発信する先生もいるそうです。
大変興味深かったのは、ハリソン校長の言葉です。「抵抗する人たちを強制的に新しい取り組みに巻き込むことはやめました。扉は常にオープンにして、いつでも歓迎するという招待状を送る方が、私も疲れませんし効果もあります。」このような姿勢で推進するからこそ、推進がスムーズに行くのかもしれません。

●システム思考教育を支援するトレイシー
最後のパネラーは、トレイシーです。さまざまな学校で、システム思考教育を導入する先生たちが実践を通じて成長することを支援するのが、トレイシーの役割です。彼女の支援を受けた先生たちは、システム思考の学習者として、また、学内での協働者として、システム思考教育を継続的に発展させている様子が分かります。1年目は、システム思考教育を始めること、実践を通して自信を持つ事に主眼がおかれていますが、2年目は、ガイドラインに基づいて、システム思考教育についての自己分析を行い、あるべき姿を目指す事となります。トレイシーは導入における様々な障害を一つのプロセスとして捉えていました。

 

パネルディスカッションを通して、成功事例には、行政と学校の良好な関係、校長と先生の信頼関係、先生同士の恊働体制、保護者やコミュニティと学校の良いコミュニケーションなどが欠かせないという普遍的な法則が明らかになりました。システム思考は、複雑な時代の問題解決に不可欠な力と言われています。日本の子どもたちにも届けたい教育の一つです。

キャリア教育最前線 ビジネスモデル「ユー」

文部科学教育通信 No.296 2012-7-23に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑩をご紹介します。

皆さんは、ビジネスモデルという言葉をご存知でしょうか。同じ商品を販売するビジネスでも、その仕組みや構造を変えることにより、新しいビジネスに生まれ変わります。この考え方で、誰でも、手軽にビジネスアイディアを創造するために生まれたフレームワークが、ビジネスモデルキャンバスです。2010年に、Business Model Generationという本が出版され、今年2月、日本でも、その翻訳本がビジネスモデル・ジェネレーションビジネスモデル設計書(アレックス・オスターワルダー著、小山龍介翻訳)として出版されました。

 

江戸時代、ビジネスモデルという言葉はありませんでしたが、日本には、新しいビジネスモデルを創造した人がいました。それが現在の三越となる越後屋です。それまで、反物は、富裕層を中心に訪問販売で売られていました。店主は、お客様の家族構成を熟知しており、家族の皆さんに似合う反物を仕入れて販売していました。もちろん、信用売りですから後払いです。ところが、三井高利氏は、「現銀安売無掛値(かけねなし)」の看板を掲げて、反物を店舗に並べ、大衆向けに反物を切り売りしました。もちろん、現金商売です。同じ反物の販売なのですが、モデルを変えることにより、ビジネスは大成功、後の三越に発展します。顧客は、富裕層から庶民へ。販売単位は、一反から切り売りへ。販売チャネルは、訪問販売から店頭販売へ。信用売りから現金商売へ。ビジネスを構成する要素を、変えることにより、着物を売るビジネスを全く新しいビジネスに塗り替えました。起業家をたくさん生んでいるアメリカで、ビジネスモデルの理論が最初に適用されたのは、1901年、ジレットがカミソリ本体を安く売り、替え刃で収益を上げるというビジネスを立ち上げてからです。 このことは、日本人は、起業家に向かないというまことしやかな説が、単なる言い訳でしかないことを証明してくれます。

 

さて、ここからが本題です。そのビジネスモデルが、更に進化し、ビジネスモデルに当てはめて「自分の価値」を、戦略的に考えようという発想で生まれたのが、Business Model You( ビジネスモデル「ユー」) Tim Clark著 です。

 

不確実で不安定な時代に、二十一世紀の子どもたちが幸福な人生を送るためには、これまで以上に、己を知ることが重要です。大きな会社に就職すれば、一生安泰という時代は終わりました。会社や上司が、丁寧に、社員を育てることも、困難な時代になりました。このような時代におけるキャリア開発を念頭に考えられたのが、ビジネスモデル「ユー」です。自分のキャリアを、就職や就社という定義で考えるだけではなく、職業を、自分自身を体現する機会と考えます。自分は、人生を通して、誰にどのような価値を提供することで、社会に貢献したいのか。自分が、大切にしている価値観は何か。そのために、今持っている力は何か。今後、高めて行かなければならない力は何か。その力を得るために、どのような学習や経験が必要なのか。このような視点で、キャリアを選び、成長を積み重ねて行く事により、ビジネスモデル「ユー」を高めて行きます。

 

モチベーションという言葉をよく耳にします。自分の得意な事、自分の好きな事を通して、世の中に貢献することができる時、人のモチベーションは最大化します。しかし、その答えは、学校も、先生も、親ですら、教えてあげることはできません。自分を知ることが、モチベーションを最大化する方法なのです。

 

 ビジネスモデル「ユー」では、自己認知力を高めるために、さまざまな、質問のフレームワークが用意されています。その一部をご紹介しましょう。

●What Sort of Person Are You?
あなたが「どんな人であるか」を知るとても良いエクササイズがあります。

1.260余りの単語のリストからあなたの特徴を表すのにしっくりくる単語を12個ほど選びます。単語は、「アカデミック」「真面目」「受容的」「正確」「目標志向型」「臆病」「野心家」「心配性」「好奇心旺盛」「客観的」など多岐に亘っています。

2.選んだ単語の根拠を自分で書きいれます。例えばあなたが、「ゆるぎない、着実」という単語が自分に当てはまると思ったら、その根拠として「私はいつも最後までプロジェクトを遂行し、めったに脱線することはない」と書きます。

3.次に他の人(友人、同僚、上司、両親等)があなたどう見ているかを知るために、同じエクササイズを依頼します。相手が「クリエイティブ」という単語を選んだら、どうしてそう思うのか、「クリエイティブ」が私にあてはまると相手が思う根拠を聞いてみます。

4.このエクササイズを3~4人の相手に対して繰り返すことにより、共通の単語が浮かび上がってきます。他の人の見方は、自己認識と一致している時もありますが、思いもかけないあなたの「強み」が浮かび上がってくることもあります。

 

●Life Line Discovery

満足できる仕事を手に入れるために重要な要素が3つあります。1)興味、2)スキル(能力)、3)個性です。ライフライン(自分史)を書くことであなたにとって大事な3つの要素が発見できます。

 

最適な仕事.png

引用: Business Model You, P98 Career “Sweet Spot”

 

1.  自分史を描いてみましょう。横軸を時間軸(過去→現在)として、これまでのあなたの人生で起こったHigh(良い出来事)やLow (悪い出来事)を15~20個書き入れます。ここでいう出来事とは、仕事、プライベートに関わりなく、あなたの人生で重要かつ具体的で、強い感情と結びついている出来事です(例:引越、入学、就職、結婚、旅行、病気等)。出来事を書き入れたら、それを線で結びます。

ダーシーの自分史.png

引用: Business Model You, P101 Darcy’s Life Line

 

2.  描いた自分史から、Highの出来事に着目し、どんな仕事の時に自分がワクワクしたのかを見つけ出します。その出来事にどんな活動やアクション(取り組んだこと、対処したこと)が含まれていましたか。

3.  その活動やアクションは「会計の仕事」「情報処理」「買い物」「秘書的仕事」「インタビュー」など、仕事上で用いることのできる能力とどの程度結びついていますか。リストをチェックをして、どんな仕事の内容が多かったか、チェック印の多い順に10個を選び出してみましょう。

4.  今まであまりやったことがなくても好きな仕事、もっとやってみたい仕事をリストの中から5つ選び出します。

5.  チェック印の多い10個の仕事と好きな5個の仕事の中からさらに3~4個の仕事を絞り込み、あなたが「関心」と「能力」の両方を持つ仕事を見つけ出します。

 

「私は他人とどう違うのか?」という違いに目を向け、自分が何者かを考えさせることが、キャリア教育の第1歩であると思います。このようなフレームワークを用いて、子どもたちが自分について考えたり、学業以外の多様な活動に参加する機会を与えることが重要です。また、子どもたちに自由に議論させることで、自他の違いに気づかせる機会も必要です。

 

キャリア開発は、生涯を通じたプロセスです。ビジネスモデル「ユー」は、自己の存在理由を見つけ、自己成長と革新に導く生涯学習型のモデルです。自己を生かし続けるために、とても有益なモデルだと思います。現在、著者のTim Clark氏(筑波大学国際経営コース・教授)と共に、大学生や若者向けのビジネスモデル「ユー」活用方法を開発中です。

次世代の青年が世界で生き抜く力

文部科学教育通信 No.295 2012-7-9に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑨をご紹介します。

 

5月31日に日本ギャップイヤー推進機構協会(JGAP)主催のセミナーで「次世代の青年が世界で生き抜くための教育力」をテーマに講演を行いました。大学生や社会人、教育関係者の方々100名程度の方々にご参加いただきました。今回は、講演会でお話しした内容をご紹介したいと思います。

 

講演の初めはこれまでの大学に期待されてきたことをお話しさせていただきました。

これまでの大学への期待

2010年7月に、慶応大学でリアル熟議が行われ、参加致しました。「大学は、もういらない?~私たちと大学はいかにあるべきか~」をテーマに、大学生、高校生、経営者、企業人事担当者などにより討議が行われました。「受験」「大学生活」「就活」の3つのグループに分かれて話し合いが持たれ、私はそのうちの「大学生活」のグループに参加しました。

そこで明らかになった学生の声とは、「大学は、優良企業に就職するための資格を取得し、人生におけるモラトリアム期間を過ごす場所」であり、「大講堂の授業には、意義を感じていないが、さまざまな活動に参加して、授業以外のところで十分充実感を味わっているので、特に問題だと感じていない」ということでした。これは、これまでの高等教育に対する学生の期待であり、その前提には、卒業後は、終身雇用を前提に大企業に就職することが、幸福を保障するという社会がありました。

 

これからの大学への期待

今後、同様の安定した社会は続かないであろうという認識の下、高等教育に対して新たな期待が広がっています。学生や親は、複雑で変化の激しいグローバル社会において、幸せな人生を生きる力を身に着ける教育を求めています。企業や社会も、持続可能な社会の発展を実現する人材を求めています。

2010年3月に、ハーバード大学のファウスト学長が、来日し、レセプションが開かれました。学生の質問に答えて、ハーバード大学の使命は、意義のある人生を生きるための「道具」を提供することとおっしゃっていたのが印象的です。

新しい時代が求める教育とは何かを、より具体的にご紹介しましょう。

 

脱工業化社会

一つ目のキーワードは、「脱工業化社会」です。日本の教育は、運動会をはじめとする団体行動を訓練し、先生の話を聞く素直な子を育て、工業化時代に、効率と画一性に貢献する人材を育ててきました。日本人の情報処理能力の高さは、日本製品の品質向上に寄与しました。しかし、脱工業化社会においては、新たな力が必要になります。組織は、フラット化し、上司の指示に従う人材ではなく、自ら考え、行動する力が求められます。生産性に加えて、創造性がより重要になります。発想する力を持つ人材が求められます。

 

「変化」「複雑」「相互依存」

今、世界中の教育が変わろうとしています。その大きな流れを作ったのは、2002年に発表されたOECDのキーコンピタンシーです。OECDは、これからの時代を、変化、複雑、相互依存という3つのキーワードで表し、求められる力をキーコンピタンシーとして定義しました。残念ながら、これまでの教育では、その力を身に着けることができません。

 

●変化&スピード

業務のIT化により、単純な情報伝達や情報処理は、すべてコンピューターにとって代わられるようになります。書類を届ける仕事や、会議の日程調整など、かつて人が行っていた仕事は、IT化されてしまいました。その結果、人には、より高度な情報処理能力が求められます。インターネット、ツイッター、フェイスブックと次々に生まれる新しい技術を使いこなせなければなりません。そして、この技術革新をけん引するイノベーションを起こすことが求められています。

 

●複雑

専門化がますます進む一方で、問題を解決するために、専門性を超えた知の融合が求められています。ハーバードビジネススクールでも、最近では、発展途上国の医療問題などに取り組んでいます。しかし、この領域において問題解決に取り組むためには、ビジネススクールの専門性のみならず、発展途上国の開発を専門とするケネディースクールや、メディカルスクールの力が必要になります。専門性を極めるとともに、知を融合させるコミュニケーション力、創造的問題解決力が求められるようになっています。

 

●相互依存

持続可能な経済成長も、環境問題の解決も、日本の力だけでは解決できません。地球を一つのシステムととらえて問題解決にあたるシステム思考や、国境を越えたリーダーシップが求められるようになっています。ブリックスに続く、ネクストイレブン(N-11)、一日2ドル以下で暮らす地球の半数にあたる30億人の人々も、今日では、経済活動に参画する時代になりました。文化、宗教、生活習慣、言葉の異なる人々と働くことが当たり前の世の中になってきています。

 

リーダーシップ

●リスクをとる
知り合いのベンチャーキャピタリストは、ここ数年、革新的な技術を日本企業に紹介してこられましたが、会議にたくさんの人が参加し、何度も打ち合わせを繰り返した後で、最後に、実績がないという理由から契約に進まないそうです。仕方なく隣の韓国に同じ技術を持っていくと、「まだ誰もやっていないのですね。」と、技術の新規性が意思決定の理由になります。リスクをとるリーダーがこれからは求められます。

 

●大きな目標を実現する
大きな目標を実現するために、創造的に問題を解決する必要があります。

だれもが、不可能であることを実現するのですから、これまでの発想の延長線に答えはないからです。大きな目標には、大きな壁があります。小さな目標を達成することで満足するのではなく、大きな壁を乗り越えて創造的に問題解決を行う能力を備えたリーダーが求められます。

 

●不確実な時代のリーダー
不確実な時代の手本として、2008年10月に、ハーバードビジネススクール100周年で聴いたGEのイメルト会長のメッセージを紹介します。

「911、リーマンショックと次々に予想外の出来事が起き、頭を抱えました。32万人の社員の前に、『私はどうすればよいかわからない』と言うわけにはいきません。そこで、『決断して、行動して、間違ったら、軌道修正すればよい』と決心しました。毎晩今日行ったことを反省しますが、翌朝には、自信満々の自分になります」

不確実な時代は、決断し、行動し、失敗を認める勇気を持ち、日々自分を振り返り、反省はするものの、決して自信を失わないポジティブなリーダーを求めています。

 

アントレプレナーシップ

閉塞感を打破するために、アントレプレナーの出現が不可欠です。

スティーブジョブスのスタンフォード大学の卒業式でのスピーチに感動された方も多いと思います。スピーチの最後に、彼が卒業生に伝えたのが、ステイハングリー、ステイフーリッシュという言葉です。これは、まさにアントレプレナーの心得であり、日本にも、かつては、本田宗一郎氏、盛田昭夫氏、井深大氏のようにステイフーリッシュ、ステイハングリーを体現した先輩たちがいます。日本人は、アントレプレナーに向かないという人もいますが、それは間違いです。時代は、アントレプレナーを求めています。

このような心得を持った人材がこれからの時代には必要です。

 

高等教育に取り組む皆さんと一緒に、新しい時代が求める若者、不確実な時代においても、幸福に生きる力を持つ若者を育てて生きたいと思います。

TEDxUTokyo

文部科学教育通信 No.294 2012-6-25に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑧をご紹介します。

 

先日、東京大学でTEDxUTokyoが開催されました。テーマは、「10年後の未来を創るイノベーションを共に描く」です。講演者は、18名、そのうち東大の現役学生2名がオーディションで選抜され、スピーカーとして登壇しました。会場には、500名近くの聴衆が集まりました。

TEDxUTokyoについてご説明する前にTEDやTEDx(テデックス)について説明しておきたいと思います。

●TED (テッド)とは?
TEDとは、価値のあるアイディアを世に広めることを目的とするアメリカの非営利団体です。1984年に設立され、技術・エンターテインメント、デザインなど様々な分野から講演者を招き、会議を行っています。2006年からTEDカンファレンスと呼ばれるプレゼンテーションの動画を世界に無料配信して注目を集めています。文化・芸術・科学・ITなどの最先端を行く「いま世界を変えようとしている人たち」が次々と登場し、エネルギーと驚きに満ちた渾身のプレゼンを披露しています。日本でもNHKがTEDを取り上げ、プレゼンと英語を学ぶ語学教養番組「スーパープレゼンテーション」として4月から放送を開始し、話題を呼んでいます。

 

●TEDx (テデックス)とは?
TEDxはTEDの精神をもとに創設され、世界各地で個別にイベントを開催しているコミュニティです。米国で開催されるTEDカンファレンスはオンラインで見られるものの、すべての人が招待制のカンファレンスに参加することは困難です。そこで生まれたのがTEDxです。TEDxのイベントは各地のスピーカーによる講演とTED Talksのビデオの上映によって構成されています。参加者がディスカッションを通してアイディアを共有し、横のつながりを広げていく場でもあります。世界中でTEDのコンセプトは広まりつつあり、現在60カ国以上にわたる都市でTEDxイベントが実施されています。TEDxSiliconValley, TEDxWomenなどそれぞれの地域やトピックに即したプログラムが開かれており、TEDxCaltech、TEDxYale、TEDxCambridgeなど世界の有名大学とのコラボレーションも実現され始めています。

日本においても、TEDxTokyoが、4年前にスタートし、これまで石井裕(MIT教授)、茂木健一郎氏など国内外から著名なスピーカーを集め大きな成功を収めています。講演時間は一人、およそ3分~18分で、短時間に、アイディアのエッセンスを集約して紹介しています。

 

●TEDxUTokyoとは?

TEDxUTokyoは、日本初の大学を軸にした大規模なTEDxです。協賛金集めから企画運営まですべて学生が中心に行いました。

 

ビジョンとして、次のような問題点と解決策を掲げています。

 

 

1.  日本の大学の非効率性
大学とは、様々な学問分野において次世代を担う若者から第一線の教授までが共有する場だが、学際的な人的交流がなく、大学の学術の学生を巻き込んだ社会(産業、官僚、文化)との連携が弱い。

解決策:広範な学問分野と社会を人的に繋ぐ継続的なコミュニティを学生の力でつくることにより、大学が次世代イノベーションを生み出すプラットフォームになる。

2.  日本の将来性への不安
日本の経済的な衰退と国際社会における地位低下。日本の若者が日本に悲観的になり海外のみに希望を求める結果、次世代の日本の発展に繋がらない。失われた20年を経験した今、日本は明治維新、戦後以来の第3の奇跡が必要。

解決策:多方面の専門家が日本の将来に向けたそれぞれのビジョンを共有することで、日本の再生に向けた希望を持ち、行動を起こす。

3.  東京大学の知の国際性の欠如
解決策:インターネットによる国際発信により、東京大学の知をグローバル化する。

 

 

TEDxUTokyoは、次代を担う人々のVisionを共有することで、10年後の未来を創るイノベーションを共に描くことを目標としています。

 

TEDxUTokyoでスピーカーとしてお話しされた方々のなかから大学生2人のスピーチと特に印象に残った浄土真宗本願寺派の僧侶 松本圭介さんのスピーチをご紹介します。

 

●東京大学 工学系研究科マテリアル工学専攻課程2年 長尾圭さん 「何のための能力か?」

 徳島で生まれ、5歳より米国に渡った長尾さん。彼の価値観形成に大きく寄与したのは米国の「褒める教育」と彼の少し変わった母の教え「できることでなく、やりたいことをやりなさい」

です。長尾さんは、能力はあるがビジョンがない、そんな多くの優秀な学生と出会い、日本の教育には大きな欠陥があるのではないか、と何か違和感を感じてきました。

最初に何らかの目標があって、それに対して必要な能力を身に付ける、というのが自然な流れであるはずなのに、多くの学生は受験、就職という流れの中で、行きたいところに入るのではなく、自分の能力を基準にその延長線上に目標を設定してしまい、いつのまにか自分には夢(ビジョン)があったことを忘れてしまうプロセスを説明しています。大半の人が追い求めているのは自分の夢やビジョンではなく、他人が考えた夢やビジョンである、ということに気付いてほしい、というメッセージを伝えています。

 

●東京大学 教育学部4年 佐々木敦斗さん  「どうにかするぞ-『生の記録』を残す-」

岩手県盛岡市出身。東日本大震災で父方の実家がある宮古市が大きな被害を受け、震災直後から復興活動にコミットメントしてきました。 一般社団法人SAVE IWATEの東京支部を設立し、代表として、東京から復興支援活動を行っています。復興支援活動を行いながら、東北を本当に「どうにかする」とはどういうことなのかを考えました。

震災の「風化」が進む中、人々は東日本大震災とどう向き合っていけばいいのか。彼自身が一番嫌なことは50年後、「東日本大震災は1万人以上の人が亡くなった、とても大きな地震だったんだよ」と、そこに生きた『人』の記録が切り捨てられて語られていくことです。震災の写真を見たり、悲惨な出来事としてとらえるだけでは、10年後も同じ感覚で震災を捉えていくことはできません。被災地で生きる『人』の生の記録を残し、災害の悲惨さを語り継いでいくことで、10年後も震災の光景を人々の心に浮かべることができます。「どうにかするぞ」そうやって前を向く東北の人々の姿を皆さんの心に記録してくださいと訴えかけます。

 

●浄土真宗本願寺派僧侶 松本圭介さん(東京大学卒業生)  「お寺、私の帰る場所」

松本さんは、浄土真宗本願寺派の僧侶、仏教が好きで、元気のない日本のお寺を変えるためにお坊さんになりました。
葬式や法事などあまり明るいイメージがないお寺ですが、元来お寺は人々が気軽に集えるコミュニティの中心でした。 江戸時代、お寺は文化の発信地であり、私たちの生活とより密接に関わっていました。お寺の原点はカフェにあるとして、神谷町光明寺の境内でお寺カフェ「神谷町オープンテラス」やお寺の音楽会「誰そ彼(たそがれ)」を開催し、お寺を再び「心の通うコミュニティ」の中心にしようと取り組んでいます。

お寺ほど心と心が通い合えるコミュニティを作るのに適した場所はありません。10年後、誰もが「私には帰る場所があるから」として、安心してイノベーションに取り組める社会になるよう、「お寺から日本を元気にする」をビジョンに掲げ、現在は住職塾の開講に向けて準備を進めています。
 

TEDxUTokyoに参加した若者たちがTEDというプラットフォームを通じて、「10年後の未来を創るイノベーション」を共に描き、様々な知識やアイディア、ビジョンを共有することで、新たな知が芽生えます。TEDは、若者自身の力による21世紀の新しい学習プラットフォームといえます。

ハーバードビジネススクール(HBS)の教育改革

文部科学教育通信 No.293 2012-6-11に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑦をご紹介します。

今年、ハーバードビジネススクール(HBS)が新しく生まれ変わりました。ニティン・ノーリア新学長のリーダーシップにより進められた教育改革について、ご紹介したいと思います。以下、ノーリア新学長から卒業生に送られたレターを抜粋してご紹介します。

 

HBS教育改革の5つの柱

ニティン・ノーリア新学長は、任命を受けてから学長就任までの期間に、HBSのファカルティメンバー、学生、大学スタッフ、卒業生に対してHBSが直面している「チャンスと課題」についてインタビューを行ない、大学の改革に必要な優先順位を明らかにしました。HBSの教育改革の柱となる「5つのI」はその話し合いから生まれたものです。

 

HBS教育改革.pngのサムネール画像

 

1. innovation(変革)

20111月、HBSのファカルティメンバーは、必須カリキュラムに新プログラム Field Immersion Experiences in Leadership Development (リーダーシップ開発のためのフィールドスタディ)を取り入れることを採択しました。MBAの2年生に対し、キャンパスを離れてフィールドスタディを提供して、学んだことを実践する機会、コミュニティやビジネスリーダーと直接関わる機会を与えるというのが、プログラムの狙いです。フィールドスタディから得られる学びは、基本となる10のケースメソッドと連動しています。例えば、FIELD2の「商品開発」は技術・営業管理やマーケティングの授業で学ぶ内容と、FILED3の「金融市場シミュレーション」は金融の授業で学ぶ内容と一致しています。フィールドスタディ方式とケース方式が互いに補完しあい、補強しあえる関係になることを狙いとして改革を行なっています。

 

二つ目の変革は選択カリキュラムの年間カレンダーを2学期制から4学期制をしたことで、学生と教授側により大きな選択の自由が与えられたことです。これにより、第2学年次には、フィールドスタディや独立プロジェクトに参加を希望する学生が増えています。同様に、ファカルティメンバーもケーススタディとフィールドスタディを結合した新コースの流れと内容を実践して、改良を行なっている最中です。

 

この教育改革の結果、以前よりも勉強に時間を割く学生が増え、学生の授業の準備具合やクラスワークでの取り組み内容に明らかな改善が見られている、という報告が教師の側からも寄せられています。

 

 

2. intellectual ambition (知的野心)

ここ数年、社会企業、ヘルスケア、リーダーシップ、アントレプレナーシップの分野でのHBS全体の取り組みの成功を土台に、ファカルティメンバーによる学科を超えた協力が行われています。カリキュラムの見直しや、企業幹部対象の新しい教育プログラムの開発、卒業生とのネットワーク再構築、時代に即した重要なテーマについての討論や対話が行われています。

 

この取り組みの結果生まれた一つのイニシアチブが、ビジネスと環境をテーマにしたものです。初期の話し合いは調査テーマを発掘することでしたが、今や20人以上のファカルティメンバーが集まり、毎月ワークショップを開催して、ビジネスと環境の両方の産業に関わる利益と問題について話し合っています。2011年3月には、「21世紀の都市に投資する」というテーマで卒業生を対象にしたカンフェレンスが行われ、130名の卒業生が参加し、12以上もの新しいケースが誕生しました。

 

このような学科を超えた取り組みも重要ではありますが、引き続き一人ひとりの教授の成功を支援していきます。教授自身が海外でのフィールドスタディに取り組めるような基盤を整え、興味と関心を持つ研究分野の追求やリサーチを支援する投資を拡大していきたいと思います。

 

3.  internationalization (国際化)

150に上るFIELDプロジェクトを実行するためには、世界中のグローバル組織の協力、チームを編成する20人のファカルティメンバー、40人のスタッフの力が必要です。それゆえに、FIELDの導入の影響は学生だけではなく、HBS全体を広く国際化するものと捉えています。

 

また、従来のグローバルリサーチセンターの設置に加えて、企業幹部向け教育プログラムを提供するハーバードセンターの設置を進めています。2010年には、ハーバード上海センターがオープンし、現地企業の幹部を対象に10週間の講座を開設しましたが、出席者は現地だけではなく世界中から集まっています。2012年3月には、インドのムンバイに2番目のハーバードセンターを開設、2015年までには、ヨーロッパに第3のハーバードセンターを開設予定です。各地でプログラムを担当するHBSのファカルティメンバーは、現地に即したテーマの新しいビジネスケースを作成することで、HBSのケースがより豊かになります。また、現地でキーとなる新興企業との関係を結ぶことにより、常に最新の主要な経営実践方法に触れることができます。

 

4. inclusion (インクルージョン)

昨年、HBSでの様々な活動を支援するために「文化とコミュニティ・イニシアチブ」を立上げました。狙いは、HBSに関わる全ての人が、成功し、自分にとってベストの仕事をするために支援されていると感じられるようなHBS文化を醸成するための機会と必要なステップを発見することです。現在、ファカルティメンバーに対して行なった個別インタビュー結果を分析している最中ですが、来年はこの調査結果を分析し、HBS文化醸成のために必要な行動を開始します。

 

また、Women's Student Association (WSA) の長年の研究対象である「なぜ、女子学生は男子学生に比べて学年の成績優秀者に選ばれる比率が少ないのか」「なぜ、女子学生は男子学生よりもMBAで学んだことに満足していないのか」などを取り上げた結果として、この2年間で学生の達成と満足のギャップはかなり小さくなっています。このような問題をまず話し合う機会を持つことが対策を見つけるための最初の一歩であると思います。

 

5. integration (融合)

The Harvard Innovation Lab (i-lab)は、HBSが行なう活動の中で最も地域との関わりのある場所です。 i-labはハーバード大学の財産であると同時に地域コミュニティと共同のプログラムの実践の場です。継続中のプロジェクトや準備段階のベンチャー、コミュニティ向けサービス、ワークショップ、授業、講義や様々なイベントを提供する多目的スペースになっています。ハーバード大学全体での活動場所として、また新しいことが起こる場所として活用され始めています。ハーバードにある大学院全てから生徒が集う授業やチーム学習主体のプロジェクトなどに、i-labを利用して授業を行う教授が増えてきています。

 

グローバル化するビジネスの世界で、ビジネススクールにおいても、教育変革が求められる時代です。

ウェンディ・コップ

文部科学教育通信 No.292 2012-5-28に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑥をご紹介します。

 

昨年のシリーズで、皆様にご紹介した教育NPO “ティーチ・フォー・アメリカ(TFA)”の創立者ウェンディ・コップ氏がこのほど、初来日しました。教育から社会を変える3つのイベントが開催され、合わせて1000人を超える人々が参加しました。東京大学で開催された学生対象の講演会では、TFAが全米で支持される理由や日本での新しいキャリアのあり方などをテーマにパネルディスカッションが行われました。六本木アカデミーヒルズで行われた来日記念セミナーでは、TFAの活動から、アイディアを形にするウェンディの実現力を学びました。日米文化教育交流会議(カルコン)主催のンシンポジウムではグローバル社会における社会起業家を通した教育改革をテーマに討論が行われました。

私が、TFAのことをはじめて知ったのは、母校ハーバードビジネススクールの100周年記念行事に参加した2008年のことです。「アメリカの公教育改革における社会起業家の役割」というセッションで、ウェンディ・コップ氏の話を伺う機会がありました。それまでは、TFAのことも社会起業家の存在も知らなかったので、大きな衝撃を受けました。そもそも、なぜビジネススクールで公教育の改革がテーマに挙げられているのだろうという好奇心から参加したのですが、ウェンディの話を聞いてすぐに謎が解けました。まず彼らのアプローチは、従来の教育改革のアプローチとは全く異なっていました。教育課題の解決をビジョンに掲げ、そのビジョンを達成するために創造的に課題解決に取り組むウェンディの思考と行動は、夢を実現するために果敢に挑戦する起業家の姿と重なって見えました。

 

●教育改革を社会起業家の視点で行う

ウェンディが、TFAを立ち上げたのは、彼女がプリンストン大学を卒業して間もなくのことでした。起業家のスティーブ・ジョブスは、「フォルクスワーゲンのようなPCがほしい」という願いからアップルを立ち上げました。一方でウェンディは、「いつか、すべての子どもたちに、すばらしい教育の機会が与えられる日が来るために」という願いから、教育という社会問題を解決することを志し、TFAを立ち上げました。二人に共通しているのは、起業時に誰もが不可能だと言っていたビジョンを実現したいと考え、果敢に挑戦したことです。その点でスティーブもウェンディも、実は同じ起業家だったのです。唯一異なるのはウェンディのビジョンがビジネスではなく、教育という社会問題の解決にあったということです。そう考えるとウェンディが、「社会起業家」と呼ばれるのもうなずけます。

 

●ティーチ・フォー・オール

TFAを参考とする教育モデルが世界に拡がり、現在、「ティーチ・フォー・オール」として世界23ヶ国にその取り組みが広がっています。ティーチ・フォー・ジャパン(TFJ)は、その23カ国目の加盟国として2012年1月より正式に発足しました。来日後、ウェンディが向かったのはティーチ・フォー・チャイナのある中国です。ウェンディは、過去を振り返り、こう話してくれました。「教育の問題は、国特有の問題であり、TFAでの経験は活かせないのではないかと思っていた。ところが、この5年間の経験から、そうでないことが分かった。 国により制度や仕組み、歴史的な背景等は異なるけれども、その課題を捉えると、多くの場合、共通のパターンや傾向が見られる。したがって、世界中のティーチ・フォー・オールのメンバーが、相互学習を重ねることで、パワーアップすることが可能である。」この話を聞きながら、私は学習する組織として高い評価を得ている米国のGE(ゼネラル・エレクトリック社)のことを思い出しました。学習する組織の考え方をGEに取り入れたジャック・ウェルチ氏は、バウンダリーレス(boundaryless)を目標に掲げました。変化の激しい時代に、すべての領域でベストプラクティスを自社開発することは不可能だが、世界中の人々や企業が考えたベストプラクティスを、スピーディに自社のものにすることができれば、最強の組織になれると彼は考えました。このような、組織の学習力こそが企業力を決めるというジャック・ウェルチ氏の考え方は、まさにTFAおよびティーチ・フォー・オールの成功法則に共通しています。

 

●ティーチング・アズ・リーダーシップ

TFAの教師が教える生徒は、他の教師が教える生徒の1.2倍~1.3倍成績が伸びることが知られています。その指導力を支えるのが、TFAの持つ組織の強みです。ウェンディは、有能な教師たちはどのような取り組みを行っているのかを徹底的に調べ、その学びをティーチング・アズ・リーダーシップとして普遍的に概念化しました。ティーチング・アズ・リーダーシップは、教師のために作られた行動規範であり、すべてのTFAメンバーの活動に反映されています。その意味では、TFAの文化といってもよいと思います。

(1)大きな目標を掲げる

(2)目的を持って計画する

(3)効果的に行動する

(4)生徒と、その家族および影響を与える人々を大きな目標に向かって本気で取り組ませる

(5)効果を追求し続ける

(6)弛まぬ努力をする

 

●トランスフォメーショナル・ティーチャー(生徒の人生を変える教師)

最近のTFAのキーワードは、トランスフォメーショナル・ティーチャーです。ティーチング・アズ・リーダーシップは、有能な教師の定義として有効なものですが、ウェンディたちの学習意欲は、そこに留まるものではありません。トランスフォメーショナル・ティーチャーとは、生徒を変容させる教師、生徒の人生を変えてしまう教師です。学力を向上させるだけでは、十分ではないと、ウェンディたちは考えています。生徒の学力を向上させることができる教師に共通の特性をティーチング・アズ・リーダーシップとして定義したのと同様に、トランスフォメーショナル・ティーチャーに共通の特性を見出したいと考えます。学習する組織ならではの発想です。一人の人が出来ることは、その成功要因を明らかにすることにより、組織のナレッジとなります。それは、採用や育成に活用され、トランスフォメーショナル・ティーチャーが、拡大再生産されます。

 

●3つの学び

TFAは、今では全米43地域に9300名の教師を派遣する組織に成長しました。22年のTFAの活動からの学びを、ウェンディは、3つのキーワードで紹介してくれました。

Solvable・・・   教育問題は、解決することができる。

Leadership・・教育問題の解決を推進するには、リーダーシップの力が不可欠である。

Shareable・・・ 問題解決から得られたナレッジは、固有のものではなく、広く適用可能である。

 

TFAで教員を経験した人は総計2万4000名にのぼり、様々な形で教育格差の是正に大きく貢献しています。中には教育長や政治家、企業の幹部として社会に影響力を持つ人材になっている人も多い、という事実を考えるとウェンディの言葉は大変説得力を持ちます。

TFAが教育課題の解決に果敢に取り組んできた歴史について詳しくお知りになりたい方は、ウェンディ・コップ著、松本裕訳、『世界を変える教室』 ~ティーチ・フォー・アメリカの革命~(英治出版、2012年)を是非お読みください。

「生きる力」とOECDのキーコンピテンシー

文部科学教育通信 No.291 2012-5-14に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑤をご紹介します。

PISAの前提として定義されたOECDのキーコンピテンシーは、世界のOECD加盟国の教育改革に、大きな影響を与えています。日本においても、「生きる力」に反映されており、2002年および、2011年改訂の学習指導要領に盛り込まれています。

OECDが、キーコンピテンシーの定義に取り組んだ背景には、社会の変化があります。これまでの学校教育では、子どもたちが将来、幸せに、意義ある人生を生きるために必要な力を身につけることができないという課題認識に基づき、キーコンピテンシーは、策定されました。

 

●変化、複雑性、相互依存

子どもたちが生きる時代は、これまでと何が違うのでしょうか。子どもたちは、絶え間なく続く技術革新に対応することが求められます。溢れる情報を取捨選択しなければなりません。経済成長と地球環境の保護という2つの矛盾する目的を達成しなければなりません。豊かさの追求と、貧困や富の格差の是正を同時に考えなければなりません。目的を達成するための取り組みは、より複雑になっており、特定のスキルを身に付けただけでは、問題解決に十分な力を持つことができません。このような時代認識に基づき、OECDのキーコンピテンシーは策定されました。

時代背景を表す言葉は、変化、複雑性、相互依存の3つです。技術が、急速に継続的に変化する世界においては、技術に関する学習はプロセスの一時点でのマスターだけでなく、変化に対する高い適用力が求められます。社会がどんどん複雑化、細分化してきており、個人的な関係においても、多様な人々との交流がますます求められてきています。また、グローバライゼーションは、新しい形態の相互依存性を作り出しています。経済競争や、環境破壊に繋がる様々な活動は、個人の住む地域や国家の枠を超えて広がってきており、グローバライゼーションによる相互依存性は、今後ますます高まることが予測されます。 

OECDは、このような時代背景を前提として、子どもたちが、将来直面する問題に対処するために必要な力を身につける教育を目指し、1997年に、キーコンピテンシーの検討を始めます。

 

●目的と方針

OECDは、キーコンピテンシーを策定するにあたり、目的と方針を明確にしています。究極の目的は、民主的な社会の実現と、持続可能な成長の維持です。その上で、キーコンピテンシーの妥当性を検証する指針を、3つに絞りました。方針の1つ目は、キーコンピテンシーが、個人と社会の両者にとって価値ある結果をもたらすものであること。2つ目は、特定の状況において求められるコンピテンシーではなく、あらゆる場面において普遍的に重要なコンピテンシーであること。3番目に、特定の専門家だけではなく、全ての個人にとって重要なコンピテンシーであることです。

OECDは、個人と社会、それぞれにとって価値ある結果とは何かも明確に定義しています。個人の成功の定義は4つです。①望ましい就職の機会と所得を得られること、②健康と安全が維持出来ること、③政治への参画が認められること、④人間関係やコミュニティが存在すること、の4つが重要であるとされています。同様に、社会の成功も、4つに絞り込んでいます。①経済的生産性が維持されていること、②民主的プロセスが存在すること、③社会的なまとまりや構成が成立し人権が守られていること、④)環境が守られていることの4つが挙げられています。このような成功を実現するために必要な力として、キーコンピテンシーの検討を行いました。

このような思考プロセスを経て、キーコンピテンシーの定義が、2002年に発表されています。

 

●3つのキーコンピテンシー

第1のカテゴリーは、相互作用的にツールを用いる力です。言語的スキルや数学的なスキルを土台としたコミュニケーション力は、このカテゴリーに含まれます。さらに子供たちは、創造的に問題解決を行うために適切な情報処理能力と思考力が求められます。そのために、①分かっていないことを認知する力、②適切な情報源を特定しアクセスする力、③その情報の質、適切さ、価値を評価する力、④知識と情報を整理する力を鍛える必要があります。技術革新に適応するのみでなく、技術革新を生み出す力も、このカテゴリーに含まれます。

第2のカテゴリーは、異質な集団で交流する力です。和を重んじる日本人にとって、得意な領域と思われがちですが、その内容を読み進めて行くと、日本人も発想の転換が求められることがわかります。人が自分にとって良いと感じる環境を作り出すためには、他者の価値観、信念、文化や歴史を尊敬し、評価するだけではなく、それらを取り入れて成長することが求められます。そのためには、共感力を持ち、自己及び他者の情動やモチベーションに効果的に対処する力が求められます。また、協力する能力としては、①自分のアイディアを出し、他者のアイディアに耳を傾ける力、②討議の力関係を理解し、基本方針に従う力、③戦略的、あるいは持続可能な協力関係を構築する力、④交渉する力、⑤異なる意見を受け入れ、その上で意思決定する力の、5つの力が求められます。このカテゴリーには、争いを処理し、解決する能力も含まれ、①異なる立場があることを認識し、現状の課題と危惧されている利害の全ての面から争いの原因と理由を分析する力、②合意できる領域とできない領域を認識する力、③問題を再構築する力、④要求と目標の優先順位を決める力、の4つの力が求められます。

第3のカテゴリーは、自律的に活動する力です。変化、複雑性、相互依存に象徴される新しい時代において、個人は、より広い視点を持ち、より広い文脈の中で、自己の行動や意思決定を捉えなければなりません。自分の行動の直接的・間接的な結果を認識する必要があります。変化する環境において、人生の意義や目的を明確にし、計画性とストーリーのある人生を生きる力が求められます。また、自らの権利、利害や、限界を知り、社会的な責任を果たすと同時に、自己を守る力をもつことが求められます。変化、複雑性、相互依存を前提とした社会において、幸福な人生を生きるために、システム思考を持つことが不可欠であることが解ります。

OECDは、3つのカテゴリーを包括する力として、内省力およびメタ認知力が不可欠であると述べています。自らの経験を内省し、学びを抽象的概念化する力や、思考について考える力が、自律的学習者には不可欠だからです。

 

子どもたちが、幸せで、意義のある人生を「生きる力」を習得するために、私たち教育に関わる者には、OECDが述べている時代の変化や、子どもたちが新たに習得しなければならない力について、より多くの人々が知る機会を提供する責任があります。また、子どもたちに要求するキーコンピテンシーを、我々自身が、率先し、その実践者となることを目指す必要があります。新しい時代の「理解」の定義は、理解しているだけでは十分ではなく、実践出来ていることを指します。実社会を生きる力を身につける教育において、教育に関わる大人の「理解」の質が変わらなければなりません。

学習理論

文部科学教育通信 No.290 2012-4-23に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る④をご紹介します。

毎年、約9000人の教員を養成するティーチ・フォー・アメリカでは、効果的な指導を行うために、さまざまな学習理論の活用を奨励しています。今回は、ティーチ・フォー・アメリカが教員養成において紹介している学習理論の一部を紹介しましょう。

 

ティーチ・フォー・アメリカの教師たちは、学力の低い子どもたちを指導し、学力と生きる意欲を向上させ、自律的な生涯学習者に育てることを使命としています。そのため、彼らは、さまざまな学習理論を駆使し、指導に当たります。

 

発達理論

発達途上にある子どもたちに、我々は時として大人と同様の反応を期待することがあります。子どもたちは、何を、いつ学ぶことが最適なのでしょうか。ある年齢において、子どもたちに、どのような能力を持つことを期待することが妥当なのでしょうか。発達理論は、この2つの問いに対する答えを提供してくれます。子どもたちが、発達段階に適した最適な学びの経験を積み上げていくために、子どもの成長に関わる大人は、発達理論を理解しておく事が重要です。

 

発達理論の核になる考え方は、すべての子どもたちが、同じ早さで発達するのではないけれど、成長の過程は予測可能であり、生徒のスキルや能力は、ほぼ同じような経路をたどり発達を遂げて行くというものです。教師や親は、関わる子どもたちが、認知力、身体の発達、社会性、情緒面においてどのような発達レベルにあるのかを認識する必要があります。例えば、中学生の多くは、新たに懐疑心を学武断化にあるため、権威に歯向かいがちであることを知っておけば、子どもたちの指導における困難さが、子どもたちの発達の証であることを理解することが出来ます。また、中学生になると、抽象的・体系的に、仮説を立てたり、推論できるようになり、認知スキルは質的に変化すると言われています。したがって、中学生になっても、暗記のみを中心とした勉強に終始すると、子どもたちは、発達の機会を失うということを、指導に当たる大人は、認識しておかなければなりません。また、中学生になると、自己のアイデンティティに対する意識が芽生え、仲間との付き合いも深まります。集団の中で、生徒に恥をかかせない工夫が、より重要になります。

  • 年齢により、生徒の思考は変化する

  一般的に生徒はだんだんと複雑な考えや抽象的な考えを理解できるようになり、思春期を経て問題解決が出来るようになります。

  • 生徒は積極的に知識の意味づけをする

 生徒は、新しい知識を学ぶとすぐに分類したり、既に知っている知識と結びつけたり、身近な世界に当てはめて考えます。

  • 生徒の認知発達は以前に得た知識を土台にする

新しい知識は、以前に得た知識を土台に積み上げられます。土台がないと、知識を積み上げることができません。生徒が、知識を積み上げる土台を築くためには、多様な経験や考え方に触れる機会を提供する必要があります。

  • チャレンジングな課題を与えて認知発達を促進させる

チャレンジングな課題は、認知発達を促進させます。すべての生徒が、同様のチャレンジに対処することはできませんが、教師は、常にチャレンジを提供する必要があります。

  • 社会的な関わりが認知理解を促す

生徒は、自分の考えや、ものの見方、信念、思考過程を、周囲の大人や友だちと共有することにより、多様なものの見方や考え方を身につけ、自分の理解の不足している点を見つけることができます。社会的な関わりが、認知理解を促すのはこのためです。

 

記憶理論

記憶理論を知っていることも、子どもたちの指導に当たる上で大変有効です。生徒に理解させることは、単に情報を与えるだけではなく、短期記憶から長期記憶に移行する手助けをすることです。ワーキングメモリとも呼ばれる短期記憶は、新しい情報をしばらくの間とどめておくためのもので、積極的に活用する間だけ記憶にとどめることが可能です。長期記憶は、情報を長期的に保管する「記憶の倉庫」です。子どもたちが、学んだことを、長期記憶にするために、指導者に出来ることは何でしょうか。様々なやり方で、繰り返し唱える、以前の知識とひも付ける、覚えることを整理する、覚えることを分析や評価するなどが、短期記憶を長期記憶に移行する代表的な手法です。南北戦争がなぜ起きたのかを学ぶ時、奴隷制度賛成派と反対派の議論を比較させたり(分析的アプローチ)、南軍と北軍の兵士になったつもりで、日記を書かせたり(創造的アプローチ)、南北戦争の教訓をユーゴスラビアのような実在の国に適用する方法を話し合う(実践的アプローチ)など、多様なアプローチが紹介されています。

 

学習スタイル

生徒は、自分に最も合ったやり方で情報を取り入れます。子どもによって情報を取り入れやすい学習スタイルがあり、全ての学習プログラムが全ての生徒に適しているわけではないということを、両親及び学校の先生は念頭に置く必要があります。視覚学習者は、視覚から情報を取り入れます。教科書や板書、図、写真、地図などが、学習に効果的です。読み書きした事や、目で見る事のできる説明により、効果的に学びます。聴覚学習者は、聞く事によって、最も良く理解する事が出来ます。聞いたことや、話したことをよく覚えていて、話し合いも大好きです。口頭での指示もよく理解することが出来ます。聴覚学習者の中には、音に敏感すぎて、静かでないと集中できない生徒もいるので注意が必要です。接触・運動感覚学習者は、手や身体を使ったり、道具を使ったり、実際に体を使って参加できる授業を喜びます。自分でやってみてやり方を覚えていきます。機械の仕組みなどの複雑なプロセスや手続きを理解することが得意です。全体に占める割合が少ないので、このタイプの学習者がいることは、忘れられがちです。教師が一つのスタイルに固執することなく、様々なスタイルを取り入れることで、どのタイプの学習者も、授業の中で理解や記憶を向上させる機会を持つ事が出来ます。

 

ブルーム理論

ブルーム理論は、認知理解を6つ(知識、理解、適用、分析、統合、評価)の階層に分類しています。この理論を活用することにより、学習目的を明確にする事が出来ます。

 

知識

 単なる知識の暗記を達成目標とする

理解

 教えられたことを、自分のものとして理解し、自分の言葉で説明することを達成目標とする

適用

 定義、公式、原則などを、実際の問題に適用することを達成目標とする

分析

 情報を構成要素に分解し、それぞれの要素がお互いにどのように関連しているかを理解する

統合

 学んだことを、創造的に活用することを達成目標にする

評価

 学んだことを、質の基準に照らして評価することを達成目標とする

 

①学習目的の評価基準

低い階層の認知理解(知識、理解、適用だけの学習)では、長期的な暗記に繋がらず、また、実社会で活用することができないため、学習者にとって有益な学習にならないことを指摘しています。また、認知理解の6レベルを、学習目的の難易度を測定する基準として用いることにより、効果的に指導案を作成することが出来ます。

 

②少しずつ階層を登る学習

低学年においては、低い階層での理解でも十分ですが、学年が上がっても、事実の学習のみに終始することは、発達上大きな問題となります。生徒が、知識を完璧にマスターするためには、何度も具体的な内容に触れ、多様な視点で検討し、創造的に活用する経験を繰り返す必要があります。生徒は、民主主義についての説明を聞いただけでは、民主主義が実際にどのようなものなのかを理解することも、その良い実践者となることもできないのです。

キャリア教育と自己マスタリー

文部科学教育通信 No.289 2012-4-9に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る③をご紹介します。

 

キャリア教育の究極の目的は、幸福に対する自分の定義を持ち、自分の人生の選択を行う力を持つ人を育てることです。そのためには、まず、自分にとって幸福とは何かを知る必要があります。しかし、残念ながら、子どもたちは、高校を卒業するまで、自分について学ぶ経験をあまり持っていません。今回は、キャリア教育において、最も大切な、「自分を知ること」をテーマに、私の学習経験を、ご紹介したいと思います。

 

このテーマに取り組み、改めて感じることは、日本の教育では、「自分」について学ぶ機会が余りにも少ないことです。前回ご紹介したマルチプルインテリジェンスもそうですが、私たちは、自己の特性を捉える機会がありません。親は、良い子像の定義を持っており、学校には、良い生徒像があります。子どもたちは、小さいころから、親や先生の期待に応える努力をしますが、自分の期待に答える経験を持ちません。やがて、大学生になり、就職活動の時期になり初めて、自己分析の診断を受け、自分とは何かをにわか勉強します。

 

「高校までは過保護で、大学になると突然放任になる教育システムには憤りを感じます。大学でここまで自己責任を要求するのであれば、もっと以前から練習をしておきたかったです。」ある大学生から言われた言葉です。

 

私は、幼少の頃から、組織で大きな夢を実現するストーリーが大好きで、リーダーシップに大変強い関心がありました。ハーバードビジネススクールに行ったのも、リーダーシップを身に付けたいと考えたからです。『パワーと影響力』という講義では、数多くのリーダーたちの成功物語や苦難の道のりを学び、リーダーになった気分で講義の最終日を迎えました。教授が、「君たちのリーダーシップにとって最も大切なことをこれから伝える」と言いました。私は、全神経を集中させ、彼の話に耳を傾けました。「君たちは、これまで沢山のリーダーから学んだ。しかし、どのリーダーのマネをしても、本物のリーダーにはなれない。リーダーシップとは、君たちのパーソナリティの上に構築されるものなのだ。他者のリーダーシップを真似ることは、「偽物」のリーダーシップを築くということになる。誰が、「偽物」のリーダーに付いていくだろうか」
私は、大きな衝撃を受け、そして、困惑しました。

 

それからも、私のリーダーシップに関する学びの旅は続きます。サンフランシスコで、MBTIの資格コースに参加した時のことです。参加者の多くが中間管理職でした。そこで、ある女性が、「我々がリーダーである以上は、客観的自己認識を行うことが、当然要求されます」と自信をもって語りました。参加者は、多様な組織に所属する30代前半の中間管理職でしたが、客観的に自己認識ができていることが、一般常識のようでした。ここでも、私は、新たな問いに遭遇します。「私は、客観的に自己認識できているのだろうか」
もう、お気づきだと思いますが、リーダーシップを強化するために最も重要なことは、自分を知ることなのです。

 

リーダーシップに求められる力も、時代とともに変化してきましたが、ある時から、真の(Authentic)リーダーという言葉を、盛んに耳にするようになりました。お恥ずかしいのですが、私は、最初にこの言葉を耳にした時、「最強のリーダーとしての能力を持っている人、様々な力を持つ人」と解釈しました。しかし、後に、「真のリーダー」とは、学習する組織の中に出てくる自己マスタリーに繋がること、そして、ビジネススクールで教授が話していたパーソナリティの話につながっていることに、気づきました。自己の内面と深い繋がりを持ち、自分の生きる理由、信念や価値観と繋がることが出来た時、リーダーとして最強になるということが、「真の」という言葉に込められていたのです。

 

自己マスタリーとは、ピーター・センゲ先生が提唱する学習する組織の5つの力の中の一つです。自己マスタリーを持つ人は、以下の問いに明確な答えを持つ必要があります。「私は、何者か。私は、どこからやって来たのか。私は、今なぜここにいるのか。そして、私は、これからどこへ向かっているのか」自己マスタリーを持つ人は、自分が大切にしていること、価値観や信念、動機の源泉を知り、自分の活かし方を知っています。自分の取り組んでいる活動が、人生に持つ意味を認識し、人生を通して一貫性のあるストーリーを構築することができます。

 

スティーブ・ジョブス氏がスタンフォード大学の卒業式で行なったスピーチをご存知でしょうか。彼は、「自分の人生を振り返った時、すべての点は、一つの道になっていた」と語ってくれました。人生には、自分で選択できないこともありますが、その中でも、自分に正直に、大切な選択を行なってきたスティーブの自己マスタリーに触れるスピーチは、世界中の人々を感動させました。

 

起業家は、自己マスタリーを事業として体現しています。どれほど偉大な起業家でも、他の起業家の事業は起業できなかっただろうと思います。代表的な例として、アップルとデルをご紹介しましょう。

 

スティーブ・ジョブスは、シリコンバレーという場所で育ち、小学生の頃から近所に住む技術者のお兄さんと一緒に、ガレージでモノづくりを楽しみます。そして、技術者に連れられて参加した研究会で、初めてデスクトップコンピューターに触れ、「フォルクスワーゲンのようなPCが欲しい」と思ったことが、後に、アップルを起業する道につながりました。

 

一方、デルの創業者マイケルが、最初に買ってもらったコンピュータは、アップル社製です。マイケルは、届いたばかりの新品のコンピュータを解体してしまいます。彼は、その構造に興味があったのです。マイケルは、小学生の頃から効率を重んじる少年で不必要なステップを省略するのが大好きでした。顧客からの注文があったときだけパソコンを製造し、顧客に直販する、という完全受注生産の直販システムの会社(当時の業界では先例がない)を設立したのも、当然といえば当然でしょう。
 

二人とも、偉大な起業家ですが、どちらの起業家も、一方の事業を立ち上げる姿を想像することはできません。起業家は、自己マスタリーを、事業と人生を通して体現しているのがおわかりいただけましたか。

 

グローバル人材、リーダー、そして起業家が求められる時代には、自己マスタリーを持つことが必須です。「自分が何にこだわり、どのような価値観を大切にしているのか、どんな時、自分のやる気が最も高まるのか、人生を通して何を実現したいのか」自分を本当の意味で活かすためには、自分を知っていることが不可欠なのです。

 

子どもたちの進路をめぐる環境は、大きく変化しています。人口の減少に伴う日本市場の縮小、新興国中心の経済成長に支えられたグローバル経済の中で、若者がキャリアを考えることは、決して、容易なことではありません。一人ひとりが、幸福な人生を生きるための「正解」を与えることはできません。しかし、一人ひとりが、自分の幸福の定義と、その実現のために何をすればよいのかを考える力を身につける手助けを、キャリア教育を通して行うことは可能です。職業を選ぶためだけではなく、生涯を通しての自分の生き方について考えさせることが、キャリア教育の本当の意義だと思います。

OECDのキー・コンピテンシー

OECDのキー・コンピテンシーとは、世界中のOECD加盟国が共通認識を持つ、グローバル時代を生きる力を定義したものです。今、教育に求められていることは、我々大人を超える大人に子どもたちを育てることです。OECDのキー・コンピテンシーは、子どもたちのために策定されたものですが、これを読むと大人にも、成長が求められる時代であることが解ります。THE DEFINITION AND SELECTION OF KEY COMPETENCIES Executive Summary(PDF) と ドニミク・S・ライチェン 立田慶裕監訳(2006)  『キー・コンピテンシー 国際標準の学力をめざして』 明石書店を参考に概要をまとめましたので、ご覧下さい。oecd_key_competencies.pdf

●OECDのキー・コンピタンシーは、どのようなロジックで策定されたのでしょうか。

OECDが、キー・コンピタンシーの定義に取り組んだ背景には、社会の変化があります。これまでの学校教育では、子どもたちが将来、幸せに、意義ある人生を生きるために必要な力を身につけることができないという課題認識に基づき、キー・コンピタンシーは、策定されました。

●前提となる時代の捉え方

時代背景を表す言葉は、変化、複雑性、相互依存の3つです。

  • •変化 技術が急速に変化する世界においては、技術に関する学習はプロセスの一時点でのマスターだけでなく、変化に対する高い適用力が求められます。
  • •複雑性 社会がどんどん複雑化、細分化してきており、個人的な関係においても、多様な人々との交流がますます求められてきています。また、グローバライゼーションは、新しい形態の相互依存性を作り出しています。
  • •相互依存性 経済競争や、環境破壊に繋がる様々な活動は、個人の住む地域や国家の枠を超えて広がってきており、グローバライゼーションによる相互依存性は、今後ますます高まることが予測されます。

●子どもたちが直面するであろうチャレンジ

  • 技術革新に対応すること
  • あふれる情報を取捨選択すること
  • 経済成長と地球環境の保護という二つの矛盾する目的を達成しなければならないこと
  • 豊かさの追求と、貧困や富の格差の是正を同時に考えること

 
●OECD加盟国が目指す社会

  OECD加盟国の究極の目的は以下の実現です。   

  • 民主的な社会の実現
  • 持続可能な発展の達成

●キー・コンピテンシー策定のための基本方針

 OECDのキー・コンピテンシーは、次のような指針に基づいて策定されました。

  • 社会や個人にとって価値ある結果をもたらすこと
  • あらゆる状況において、重要な課題への適応を助けること
  • 特定の専門家だけでなく、全ての個人にとって重要であること

●成功の定義

 個人と社会のそれぞれにとって価値ある結果とは以下の4つです。

 ■ 個人の成功

  • 有利な就職と所得
  • 個人の健康と安全
  • 政治への参加
  • 人間関係

 ■ 社会の成功 

  • 経済的生産性
  • 民主的プロセス
  • 社会的まとまりや公正と人権
  • 環境維持

●コンピテンシーの3つのカテゴリー

  • カテゴリー1:相互作用的に道具を用いる力
    • 1-A:  言語、シンボルテキストを相互作用的に用いる能力
    • 1-B:  知識や情報を相互作用的に用いる能力
    • 1-C:  技術を相互作用的に用いる能力
  • カテゴリー2:異質な集団で交流する力
    • 2-A: 他人といい関係を作る能力
    • 2-B: 協力する能力
    • 2-C: 争いを処理し、解決する能力
  • カテゴリー3:自律的に活動する力
    • 3-A: 大きな展望の中で活動する能力
    • 3-B: 人生計画や個人的プログラムを設計し、実行する能力
    • 3-C: 自らの権利、利害、限界やニーズを表明する能力

 

●3つのコンピタンシーすべてに共通する最も重要な2つの力

3つのカテゴリーを包括する力として、自らの経験を内省したり、学びを抽象的に概念化する力や思考について考える力が不可欠です。

  • リフレクション(内省力):キー・コンピテンシーの核心
    • キー・コンピテンシーの根底にあるのは、自らを省みる思考と行動です。
    • 状況に直面した時に慣習的なやり方や方法を規定どおりに適用する能力だけでなく、変化に応じて、経験から学び、批判的なスタンスで考え動く能力です。
  • 自ら工夫・創造する力
    • 今日的な課題に対処するために求められているのは、教えられた知識をただ繰り返すのではなく、複雑で精神的な課題に対処するために個人的能力を開発することです。
    • キー・コンピテンシーの中心にあるのは、自ら考える力と自らの学習や行為に責任をとる個人の能力です。
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