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未来教育会議シンポジウム2015

文部科学教育通信NO.362 2015.4.27掲載

未来教育会議シンポジウムを、3月7日に、慶應大学日吉キャンパスの会場をお借りして実施致しました。未来教育会議は、2014年3月に発足し、1年間の活動を終えたところです。

未来教育会議は、4つのビジョンを掲げ、活動して参りました。

  • 自立と共生が実現し、すべての人が自分を幸せにすることができる社会をつくる

  • 主体的に考え、相互に関わり合い、問題解決できる力を持つ人を育てる

  • 教育に関する柔軟性や自由さが担保されている社会をつくる

  • 学校、家庭、地域、企業が共創して教育に関わり合う社会をつくる

    なぜ、未来教育会議を始めたか。その前提には、このような課題認識がありました。
    教育に関わる総ての人々は、一生懸命目の前の子どもたちのために教育に取り組んでいるにもかかわらず、期待する成果に繋がっていません。

    目指す社会のイメージがバラバラ
    課題には対処療法で当たり
    教育現場への指示や負荷が増え
    教育システムはより複雑になり
    子どもたちへの負荷が拡大し
    何よりも残念なのは、子どもたちが本来の力を開花することを阻害される状況がある。
     このような状態の中、社会の教育への不信感も高まっています。

    未来教育会議は、マルチステイクホルダーが信頼関係を構築し、ビジョンを共有することが不可欠であると考えました。ビジョンを形成する上で、3つの問いに対する答えを持つことが大切であると考えました。3つの問いとは、未来の社会の姿、その社会が求める人材像、そして、それを実現する教育についてです。

    なぜ、教育が変わらなければならないのか

    OECDは、2002年に21世紀の教育について、その考えを発表しています。グローバル時代の今日、世界中の国々が教育を考える上で、OECDの教育観を、ガイドラインとして活用しています。日本には、学習指導要領という独自のガイドラインがありますが、その中にもOECDの考え方が盛り込まれています。

    OECDは、目指す社会の姿を大きく2つ掲げています。21世紀は、持続可能な成長を実現することが求められます。グローバル化する社会の中で、多様な人々が安心して共生できる民主的な社会を実現することが求められます。

    子どもたちが直面するであろうチャレンジについても、4つ挙げています。
     ・技術革新に対応すること
     ・溢れる情報を取捨選択すること
     ・経済成長と地球環境の保護という二つの矛盾する目的を達成しなければならないこと
     ・豊かさの追求と、貧困や富の格差の是正を同時に考えること

    これらのチャレンジは、20世紀にはないものでした。このような新たなチャレンジに直面している子どもたちが、社会に出て困らない教育を実現することが大切だと言っています

    2000年にOECDが発表したPISAテストの報告書の序文のタイトルは、「人生の準備は万全か」です。

    『若い成人が未来の挑戦に対処するために、果たして充分な準備ができているだろうか。彼らは分析し、推論し、自分の考えを意思疎通できるだろうか。彼らは生涯を通しての学習を継続できる能力を身につけているだろうか。父母、生徒、広く国民、そして教育システムを運用する人々は、こうした疑問に対して解答を知っておく必要がある。』

    OECDが定義する21世紀を幸せに生きる力の中で、これまでの学校教育の領域についての記載は全体の9分の1、それ以外はすべて新しい領域です。教科学習以外に、技術革新への対応、創造的問題解決力、多様な人々と共生する力、自律的に生きる力などが含まれます。これまでは、受験勉強を中心とした教育(学校)の社会で通用する力を身に付けることが、教育の目的でしたが、これからは、本当の社会で通用する力を付けることが人生の準備として大切であるということです。その力を付けるためには、社会と学校が協力をして子どもたちの学習環境を作る必要があると考えます。

    日本の教育について

    日本の教育は、世界で大変高い評価を得ています。
    日本は、戦後26年でドイツを抜き世界第2の経済大国になりました。その背景には、日本の教育力があります。工業化社会を支える画一性、勤勉さ、高い情報処理能力、組織行動や従順な人々。
    これらは、すべて日本の教育が大切にしてきたものです。このような教育は、今日でも、世界で高い評価を得ています。厚い中間層を創る日本の教育は、途上国における最高の教育モデルなのです。

    ここからは、少し耳に痛いお話です。日本の教育で育った前例を踏襲する力を持つ人々は、社会を硬直化させていきます。その結果、社会も教育もガラパゴスに発展していきます。今、私たちの前には2つの選択肢があります。このままの延長線での未来を選ぶのか、パラダイムシフトを実現させるのか。未来教育会議は、成熟した社会とその社会を実現する教育モデルへのシフトを願っています。

    では、どうすれば教育のパラダイムシフトを起こすことができるのでしょうか。私たちは、国内外40カ所のスタディツアーを行い、教育の未来について真剣に考えました。その過程で明らかになったことは、社会・企業と教育が、双子であるということです。20世紀の教育は画一性を重要視しています。
    成績評価や偏差値は、数値で測れる物差しです。企業における測定可能なゴールや説明責任と似ています。学習指導要領と教科書は、全国一律のマニュアルのようなものです。教師と生徒の主従関係は、上司と部下の関係です。上司の前で、賢い部下は本心を語りません。教育は、「社会や企業が大切にしていること」を投影しています。社会と企業は、鶏と卵の関係です。

    学校に通う子どもと親の「成功」の定義も、20世紀型のままです。子どもの持つ多様な才能よりも、大学受験の成功、大企業への就職を優先してしまう親や大人たちは、今日においても20世紀の価値観を踏襲しています。
    そして、少子高齢化社会では、20世紀の教育を受けた大人が、社会創りにおいても20世紀の価値観を踏襲します。年功序列の社会である上に、人口比率においてもマイノリティである子どもたちは、日本では社会への発言権もありません。
    子どもたちが、21世紀という時代を幸せに生きる力を身につけるためには、私たち大人が21世紀の社会を創る必要があるのです。

    一つ事例をご紹介しましょう。正解がなく、変化の激しい21世紀を幸せに生きる力の要が、リフレクション(内省力)であるといわれています。自分の考えを持ち、行動し、その行動と結果を振り返り、次の行動を行うことが、とても大切だからです。

    オランダでは、4歳の子どもがリフレクションを行っていました。

    過去3ヶ月を振り返り、最も誇りに思うワークは何か?
    なぜ、そのワークを誇りに思うのか?
    一番苦労したことは何か?
    次に同様のワークに取り組むときには、何を変えるのか?
    普通の先生と子どもが、自然にこのリフレクションを行っていました。
    これが、21世紀の社会と教育の姿です。

    日本でも、新しい学力観が導入され、成績だけではなく、そこに向かう生徒の関心や意欲を大切にするという考え方が導入されました。しかし、その運用は20世紀のスタイルのままです。生徒は先生の期待に応え、先生がそれを評価するという仕組みに発展しました。先生の評価は高校受験の内申書に反映しますから、もちろん数値化しなければなりません。授業中に何回手を挙げたのかなどが評価の対象となりました。学力だけでなく、興味関心態度まで成績のために頑張る大切さを子どもに教える結果となりました。20世紀の社会のままでは、21世紀の教育は実現しないのです。

    社会が変われば、教育が変わるという意味をご理解いただけましたでしょうか。教育に直接携わっていない人たちも、21世紀の社会創りに貢献することで、教育を変えることが可能です。だから私たち1人ひとりにできることがあると思います。

     

問題解決に向けた対話の力を身につける②

文部科学教育通信No.361 2015.4.13掲載

 自分の感情を認識し、言葉で伝える。相手の感情を受け止めるためのレッスン

前回、他者の気持ちを理解するためには、まず自分の気持ちを知り、言葉で伝えることができるようになる必要があると述べました。

自分の気持ちを認識することや言葉で伝えることが得意な人とそうでない人がいます。日頃から自分の感情に意識を向けていると、「今、どんな気持ちか?」と聞かれた時に答えられるかもしれませんが、そう簡単なことではないと思います。特に感情を押し殺して生活していると、心の機微に気が付きにくいものです。

ピースフルスクールでは、子どもの頃から自分の感情を認識して言葉で伝える練習を行っていますが、これは大人である我々にも必要なトレーニングだと思います。

以下の2つの質問について、それぞれ2分ほど考えてみましょう。

  1. 最近の最も嬉しい・楽しい・わくわくした出来事を思い出してください。
    それはどのような出来事でしたか。
    その時の気持ちはどうでしたか。

  2. 最近の最も悲しい・悔しい・頭に来た出来事を思い出してください。
    それはどのような出来事でしたか。
    その時の気持ちはどうでしたか。

 

いかがでしたか。大人向けのプログラムでは必ずこのワークを行うのですが、すぐに出来事や気持ちを言語化できる人と、なかなか思い浮かばない人がいます。一週間の終わりに、このことについて少し考える時間を持つだけでも、感情を認識する力を高めることができます。

 

対立を乗り越える対話の経験

続いては、対立を乗り越える対話の練習を行いました。

対話とはどのような話し合いのことなのでしょうか。対話の図をご覧ください。

講義形式で一方的に話をしている状態は、全体に対して過去の情報を共有しているにすぎないので、現状維持にとどまります。

意見と根拠を主張し合い、自分の意見の正しさを証明するディベートは、個々に働きかけますが、そこから何かを生み出すわけではないので、こちらも現状維持にすぎません。

対話とは、内省と共感のある話し合いのことを指します。個々に働きかけ、未来を変える可能性があります。

対話がさらに進化すると、目的に向かい、無から有が生まれる話し合いができるようになります。この時、話し合いのメンバーの脳が一つになる感覚で、全員で未来を変えることができるのです。

対立を乗り越える対話は、内省と共感のある話し合いであると述べましたが、具体的には以下のように進みます。

 

  1. 意見を伝える、聞く
    ある問いに対して自分の意見を持ち、相手に意見とその根拠を伝えます。相手の意見にも耳を傾けます。

  2. 内省する
    相手の意見を聞いた今、改めてなぜ自分はその意見なのか、その意見を持つ背景にどのような体験があるのかを考えます。

  3. 共感する、学習する
    なぜ相手がそう思うのか、その意見を持つ背景にどのような体験があるのかを考えます。自分と異なる意見であっても、その意見を持つに至った過去の経験や根拠を知ることで、相手に共感することができ、自分にはない世界を知ることができます。

  4. 価値観(大切にしていること)を洗い出す
    その意見を持つに至った背景や前提に、どのような経験があるのかを考え、自分の価値観を洗い出します。

  5. 意思決定の目的を明確にする
    対話の目的、つまり意思決定の目的を明確にします。この目的を相手と共有することができると、意思決定がスムーズに進みます。

  6. 目的にあわせて、評価軸を評価する
    目的にあわせて、対話している相手と大切にしたい評価軸を明らかにします。

  7. 意思決定をする
    目的に対する最良の解決策を決めます。

           

1~7までのステップを型として身につけると、日常生活でも自然と対立を乗り越える対話ができるようになります。

今回、大人向けにワークショップでは、以下の問いについて話し合いました。

 

あなた(高校生の親として)は、以下のガイドラインに、賛成か反対どちらでしょうか。

無料通話アプリ「LINE」などによる未成年のトラブルが相次ぐ中、県立高校PTA連合会と校長会が今月、生徒のスマートフォン・携帯電話の利用自粛を促すガイドラインを下記のように設けた。 

「午後9時から翌朝6時までは、原則として使用しない」

 

今回は10名でワークを行いました。

まずは、自分の意見を持つところからスタートします。問いについて考え、「賛成・反対・わからない」に分かれます。分かれた後、同じ意見を持っている人同士で、その意見に至った根拠や事例について話します。この時、同じ「賛成」を選んだ人でも、根拠が異なることを知ります。よく会社などでの議論では、意見のみ伝えて根拠や背景について触れることはあまりありません。そのため、誤解が生じたり、「あの人はああだから」といった具合に勝手に話が広がってしまいます。

その後、「賛成・反対・わからない」の意見を持つ人がそれぞれ揃うようにグループに分かれ、改めて自分の意見とその根拠、事例について話します。

一通りメンバーの意見を聞いた後は、自分がなぜその意見を持つに至ったのかを内省します。大切にしている価値観やその意見の背景・前提にどのような経験があるのかを深く考えていきます。

その後、メンバーに内省を通してわかったことを伝えます。この過程を経ることで、異なる意見を持っている人であっても、大切にしていることが実は似ていたり、相手に共感することができます。

安心してそれぞれの思いを伝えあうことが目的の場合はここで対話を終えてもいいのですが、問題を解決し、意思決定を行うことを目指す対話では、ここからが重要な局面です。

内省の問いをお互いに話すことを通して、メンバーが大切にしたいと思っている価値観が明らかになります。

その後、意思決定の目的を明確にします。何のために話し合っているのか、何を大事にすべきなのか。メンバー全員が合意できるまで話し合います。

明らかになった目的にあわせて、どのように意思決定をするかを決めます。

ここまで話し合うと、相互理解も進み、当初の意見が通らなくとも、みんなで決めたことにコミットしようという気持ちになります。自分では思いつかなかった結果が生まれていることもあります。

このような問題解決に向けた対話を仕事や日常生活で意識して行うと、多様な意見や対立を恐れることなく合意形成できるようになります。

まずは型を身につけるところから始めてみてはいかがでしょうか。型が身に着くと、より自然と問題解決に向けた対話ができるようになると思います。

問題解決に向けた対話の力を身につける

文部科学教育通信No.360 2015.3.23掲載

ここ数年、日本全国で様々な「対話」の場が設けられ、安心して自分の気持ちや考えを話せる場、ありのままの自分でいることが許される場をつくる「対話」が普及してきました。

このように、安心してそれぞれの思いを伝えあうことが目的の場合は良いのですが、対話にはより大きな可能性-社会の様々な問題解決に直接寄与し、民主的な社会を実現できる可能性-があると考えています。

そのためには、「対立は対話を通して乗り越えられる」という価値観と対話方法を身につけることが大事です。

2013年より、日本ファシリテーション協会のメンバーと共に、大人向けのワークショップを開発しています。2014年には関東・中部・関西でパイロットプログラムを実施しました。その内容を改めて見つめ直し、より日常生活で使えるスキルを身につけることに重きを置いたプログラムを再開発いたしました。

この「問題解決に向けて対話を深めよう ~オランダの小学生のファシリテーション事例を通して~」と題したプログラムについて、2回にわたってご紹介いたします。

 

プログラムの狙い

冒頭でも示した通り、対話には問題を解決する力があると考えています。

様々なニーズを抱えた個人のいる社会において、自分の考えばかりを強く主張する、自分の意見を全く言えない、人と意見を分けられずに人格否定に走ってしまうことで相互理解が進まず、問題が根深くなるケースが頻発していることに危機感を覚え、何とかならないものかと考えてまいりました。

お互いがオープンに話し合って問題を解決していくことのできる民主的な社会を実現するためには、どうしたら良いのか。

問題が起きていても見て見ぬふりをしてやり過ごす、誰かのせいにして責任を逃れるのではなく、きちんと解決して前進するためには、何が必要なのか。

何度も議論を重ねることで、対立は対話を通して乗り越えられるという価値観と対話方法を身につけることが必要だという考えにいたりました。

大人である我々がこの力を身につけて実践することで、今起きている様々な問題を解決することにつながるのではないか。

このような思いと狙いでプログラムの開発がスタートしました。

 

プログラムの構成

価値観と対話方法を身につけることが狙いであると記しましたが、そのためにはいくつか知っておくべきことがあると考えています。

対話の方法だけを学んでも、なぜそれが必要なのか、どのように使うのかを理解しなくては、知識だけで止まってしまいます。

プログラムの構成は以下の通りです。

 

  1. 21世紀の教育とピースフルスクールプログラム

  2. ベースとなるスキルの紹介
    ‐感情と共感
    ‐小学生のファシリテーション

  3. 対立を乗り越える対話の経験

  4. 振り返り(リフレクション)

 

21世紀の教育とピースフルスクールプログラム

なぜ問題解決に向かう対話が必要なのでしょうか。

変化・複雑・相互依存の時代だと言われる21世紀において、OECDは以下の教育目標を掲げています。

 

  • 持続可能な成長を実現する社会を創る人々を育てる

  • 多様な人々が安心して共生できる民主的な社会を実現する人々を育てる

 

このように、持続可能・成長・民主的な社会という、一見相反する事柄を実現できる人間を育てる必要があるとOECDは定義しています。

そのため、子どもたちは様々なチャレンジを強いられています。

技術革新に対応すること・あふれる情報を取捨選択すること・経済成長と地球環境の保護という二つの矛盾する目的を達成しなければならないこと・豊かさの追求と、貧困や富の格差の是正を同時に考えること。

これらのことにチャレンジするために必要な力として、OECDは3つのキーコンピテンシーカテゴリーを定めています。

 カテゴリー1:相互作用的に道具を用いる
言語・シンボル・テクスト、知識や情報、技術を相互作用的に用いる能力が求められます。これらの能力が必要な理由は、技術を最新のものにし続けること、自分の目的に道具をあわせること、世界と活発な対話をすることが挙げられます。

  • カテゴリー2:異質な集団で交流する
    他人といい関係をつくる、協力する、争いを処理し解決する能力が求められます。これらの能力が必要な理由は、多元的社会の多様性に対応すること、思いやりの重要性に気づくこと、社会的資本の重要性に気づくことが挙げられます。

  • カテゴリー3:自律的に活動する
    大きな展望の中で活動する、人生計画や個人的プログラムを設計し実行する、自らの権利・利害・限界やニーズを表明する能力が求められます。これらの能力が必要な理由は、複雑な社会で自分のアイデンティティを実現し、目標を設定すること、権利を行使して責任を取ること、自分の環境を理解してその働きを知ることが挙げられます。

 

これら全ての力を大人になる前に身につける必要がありますが、学校や家庭など、一つの場所で実施することは難しいので、子どもが存在する様々な所で共通して実践することが大切であると考えます。

そのために、共通のビジョンを持ち、一貫した取り組みを行うことが必要です。

ここでもピースフルスクールプログラムが役立ちます。

このプログラムは、民主的な社会の実現に向けて、上記のコンピテンシーで定義されている力を身につけることができます。

民主的な社会とは、多様な人々が安心して幸せに共生することができる社会のことを指します。

真の民主性とは、何に基づいていると考えますか。

様々な人々が共生する社会。それぞれの人は、経験してきたことや信じていること、大切に思っていることが異なります。そのような中で、意見が異なり、対立することは当たり前のことです。

真の民主性とは、対立に基づくのです。この対立をいじめや戦争に発展させたり、見て見ぬふりをして避けては、民主的な社会とは言えません。

民主的な社会を実現するためには、自立(主体性)と共生のこころを育てることが必要だと考えます。

ピースフルスクールプログラムでは、自立(主体性)と共生のこころを育み、対立を話し合いで解決する力を身につけます。

自立(主体性)とは、自分の意見を持ち、相手にきちんと伝えること、人の意見に対して反対の意見を持つことは悪いことでないと認識すること、人と意見を分けて考えること。共生は、対立は意見が異なるために発生するものであり、あって当然のものであると認識し、話し合いで解決することが大前提となります。

子どもたちが学んでいるプログラムではありますが、これは大人にとっても必要です。

問題を解決し、民主的な社会を実現するためには、それぞれの人が自立と共生のこころを持っていなくてはならないのです。

 

感情と共感

自立と共生のこころを持ち、対立している相手と話し合いで問題を解決する際に必要となってくるのが、他者の気持ちを理解することです。

日本の教育では、これが大事なことであると子どもたちに教えていますが、この部分だけを取り出して教えても、本当に相手の気持ちを理解し、尊重できるようにはなりません。

他者の気持ちを理解するためには、まず自分の気持ちを知り、言葉で伝えることができるようになることが大切です。そして、誰かと対立した時に、怒りの気持ちをコントロールできるようになることも必要です。

次回、この力を大人である私たちが身につけるためにできることからご紹介したいと思います。

幼児のころから心を育てる教育(2)

文部科学教育通信No.359 2015.3.9掲載

本連載第18回より2回連続で「幼児のころから心を育てる教育」について取り上げています。

前回は、「21世紀の教育とは」「大人になる練習」と題して、OECDのキーコンピテンシーや「生徒の知識と技術の測定(PISA)」の報告書の序文にあるPrepared for Life(人生の準備は万全か)をもとに、教育のあり方について考えました。

今回は、2015年2月に神奈川県箱根町教育委員会と幼稚園・保育園の先生方向けに実施した講義内容をもとに、ピースフルスクールプログラムの教育目的、幼児のプログラム内容についてご紹介いたします。

 

教育の目的

ピースフルスクールプログラムの教育目的は、民主的な社会の実現に必要な力を、学校教育の現場で子どもたちが身につけることです。

これは、Prepared for Life(人生の準備は万全か)に記載されていることと一致しています。

民主的な社会とは、多様な人々が安心して幸せに共生することができる社会のことを指します。

この社会を実現するためには、一人ひとりが自立することと、多様な人同士が共生する必要があります。

ピースフルスクールでは、子どもたちに自立(主体性)を学ばせる上で、「自分の意見を持つこと」「人の意見に対して、反対の意見を持つことは悪くないこと」を基本としています。

また、共生の心を育むために、「対立は悪いことではないこと」「対立が起きるのは自然のことだが、対立をケンカやいじめに発展させるのではなく、話し合いで解決すること」の重要性を子どもたちに教えます。

このように、真の民主性とは対立に基づくのです。

対立と聞くと、「嫌だな」「できれば避けたいな」と思う方が多いのではないでしょうか。しかし、多様な人々は今まで生きてきた背景や経験してきたことが異なるため、皆それぞれ意見や価値観が異なります。同じ地域に長く暮らしているお隣さんや、年代の近い人同士であっても、異なって当たり前なのです。

それゆえ、意見や価値観が異なるために対立することはごく自然のことであるのです。

対立を当たり前のものであると受け入れず、恐れるがゆえに、自分の意見を伝えることができなかったり、人の意見に対して反対意見を表明することができないのです。

やめてほしいと思っていても、「嫌だからやめてほしい」と言うこともできない子どもたちが増えています。誰かがいじめられているのを知っていても、「いじめるのは良くないよ」と主張できる子どもはほとんどいません。

それで何事もなく平和に過ごせるのでしょうか。なぜ、いじめや悪質な事件が起きているのでしょうか。

対立を避けていても、何も始まりません。むしろ事態は悪い方向へ進むばかりです。

対立を避けるのではなく、対立を話し合いで解決できる力を身につけることが大切なのです。それこそが、多様な人々が安心して幸せに共生することができる社会をつくる第一歩であり、ピースフルスクールプログラムの教育目的であると考えています。

 

幼児のころから「多様な人々が安心して幸せに共生する」というビジョンが行き届いた環境で過ごすこと

ピースフルスクールプログラムは、もともとオランダで開発されました。

1990年頃、子どもたちの問題行動や移民の増加によってコミュニケーションが取れなくなることが原因でコミュニティが崩壊したことがありました。この問題を国全体で解決するために、学校風土や教室の雰囲気を改善することを目標としたシチズンシップ教育プログラムの開発を計画したのです。

いじめや非行といった問題に対して、対処療法ではなく根源的なアプローチをとるために、ピースフルスクールプログラムの開発が進められました。

対処療法的なアプローチをとるのであれば、いじめや問題行動が増加する小学校高学年や中高生に対して働き掛けることを優先した方が良いと考える人もいるかもしれません。

しかし、これらの問題に対しては、「人をいじめてもいい」「自分と異なる人を排除したい」といった価値観が形成される前に手を打っておかなくてはならないのです。問題が起きてから対処しようとしたのでは手遅れです。

そのため、幼児のころから「多様な人々が安心して幸せに共生する」というビジョンが行き届いた環境でプログラムを実践することを大切にしています。

プログラム導入校の幼児は、幼いころから自立(主体性)共生を身につける練習をします。例えば、お友達と意見が異なってもお友達でいて良いと知ることで、「自分の意見を持つこと」「人の意見に対して、反対の意見を持っても構わないこと」を学びます。

今日、何の遊びをするのかを自分で考え、計画を立てることもあります。計画を立てるといっても綿密に時間を区切ってスケジューリングするのではなく、壁に描かれた園内の絵を見て、自分が遊びたい場所のところに自分の名前が書かれたキーホルダーをぶらさげる、といったレベルです。

みんなで行う遊びや、みんなで読む絵本を決める時に、自分の意思を伝え、みんなで意思決定をする練習も行います。

このようなレベルのことであっても、日々の保育や遊びの中で子どもたちの主体性を育むことができるのです。

共生する力を育むために、「対立は悪いことではないこと」を幼児のころから学びます。

それを理解した上で、対立をけんかや仲間外れに発展させることはいけないことで、話し合いで解決する必要があることを学ぶのです。

プログラムを導入している小学校では、児童が自分たちで話し合って問題を解決したり、仲裁役に手伝ってもらいながら対立を解決していますが、幼児のころからこのレベルのことを実施するわけではありません。あくまでも、その年齢や子どもたちの成長スピードにあった形で学んでいきます。

例えば、子どもたちは、対立の対処方法を理解する際、「3色の帽子」をモデルにしています。

赤い帽子(攻撃する):相手を叩いたり、自分の意見を強く主張することで、自分の意見を押し通すと、すぐにケンカになってしまいます。

青い帽子(我慢する):自分の意見や考えを相手に伝えず、相手の言いなりになると、ケンカにはなりませんが、どちらか一方が満足し、譲歩した方の望みは叶いません。

黄色い帽子(話し合いで解決する):対立した時には話し合いによる解決を目指すと、お互いより良い解決策を求めて話し合います。

 

これらの帽子をイメージしながら、自分が誰かと対立した時にどのような対処方法をとっているかを理解し、黄色い帽子で解決できるように意識を変えていくのです。

また、オランダでは赤い帽子の子どもが多く、赤い帽子から黄色い帽子への移行を特に意識しているようですが、日本の子どもたちを見ていると、嫌だと思っても言わない、空気を読んで言いなりになるといった青い帽子の子が多いと感じます。青い帽子から黄色い帽子へと意識を変えていくことも必要です。近頃は、自分の感情をコントロールできず、赤い帽子で周囲と関わる子どもも増えているので、いずれにしても黄色い帽子をみんなで目指す文化を創ることが大切です。

子どもたちの中で、「多様な人々が安心して幸せに共生する」ということが当たり前のことになることが重要なのです。そのためには、このことを大切にしている文化を創っていく必要があります。

幼児教育では、子どものお世話をすることがお仕事の中心となるケースもあると思いますが、子どもたちは大人が想像している以上に立派なひとりの人間です。大人の勝手な思い込みでその学習力や成長力に蓋をすることなく、自立と共生の心を育むことが大切であると考えています。

幼児のことから心を育てる教育(1)

文部科学教育通信No.358 2015.2.23掲載

今、子どもたちを取り巻く環境は大きく変化しています。

小学校中学年頃になると、学校やクラスで仲間外れやいじめが起きることが多く、子どもたちはいじめの対象とならないための自己防衛力を身につけるようになります。心の中では「友達をいじめてはいけない」「いじめのある学校は嫌だ」と思っていても、声に出して主張すると自分が攻撃される恐れがあるので、いじめに加担したり、見て見ぬふりをする傍観者となったりするのです。このような環境で生活している子どもたちの多くは、心を押し殺して生きています。

また、誰かと対立やけんかをした時に怒りの感情を抱いたとしても、その気持ちを落ち着いて相手に伝えることはせず、我慢したり、誰もいないところで叫んだり、寝て発散するといった対処法をとる子どももいます。

このように、小学生のころからコミュニケーションが上手にとれないため、人間関係をうまく築くことができず、自分を押し殺して生活している子どもが増えています。

中学生以上になると、本音と建て前が顕著になります。
例えば、いじめに関する授業を行った際、多くの生徒は「いじめは良くないと思うし、いじめのある学校には通いたくない。居心地が悪い」「いじめに怯えながら生活するため、学業や部活動などに悪影響があると思う」と発言しました。これは生徒たちの本音であると思います。多くの生徒がいじめのない学校生活を送りたいと願っているのです。

それでは、みんなでいじめを撲滅するために行動を起こそうと提案すると、「いじめをなくせるとは思わないし、いじめを解決するために行動を起こすと、今度は自分が対象となる恐れがあるので何もできない」と声を小さくします。現実と向き合わず、何とかやり過ごしているのです。

このような経験を子どものころから繰り返していると、大人になった時により複雑な問題を解決することは難しくなります。

そうならないために、何ができるのでしょうか。
人間の学習力に限界はないので、大人になってからでも学び、変化することはできますが、「人と関わることが怖い」「本音ベースで行動することはできない」「問題を口にすると事が大きくなるので、気付いていないふりをした方が良い」といったメンタルモデル(思い込み)が形成されてしまうと、それを変えるのは難しくなります。その前に、「人と関わることは怖くない」「問題は解決できる」という価値観を身につけることが必要なのです。

2013年より、子どもたちの心を育て、自立と共生を実現するピースフルスクールプログラムを開発、展開していますが、この度、神奈川県箱根町の教育委員会の方々より、箱根町の幼稚園と保育園でのプログラム導入の声が挙がりました。

2015年2月に「ピースフルスクールプログラム説明会」と題して、教育委員会と幼稚園・保育園の先生方向けに講義を行いましたので、今回と次回にわたり、その内容をご紹介いたします。

 

ピースフルスクールプログラム説明会

教育委員会主催のピースフルスクールプログラム説明会を実施いたしました。

講義の構成は、以下の通りです。

  1. 21世紀の教育とは

  2. ピースフルスクールプログラムとは

  3. プログラムの内容

  4. まとめと振り返り(質疑応答)

 

21世紀の教育とは

今回初めてピースフルスクールプログラムを紹介するにあたり、なぜこのような教育が幼児期から必要なのかについて説明いたしました。

21世紀は「変化・複雑・相互依存の時代」と言われています。

そのような時代において、OECDは21世紀の教育目的を以下のように定めています。

  1. 持続可能な成長を実現する社会

  2. 多様な人々が安心して共生できる民主的な社会

また、2000年に発表されたOECDの「生徒の知識と技術の測定(PISA)」の報告書の序文に、Prepared for Life(人生の準備は万全か)というタイトルで以下の通り書かれていました。

若い成人が未来の挑戦に対処すべく、果たして充分に準備されているだろうか。彼らは分析し、推論し、自分の考えを意思疎通できるだろうか。彼らは生涯を通しての学習を継続できる能力を身につけているだろうか。父母、生徒、広く国民、そして教育システムを運用する人々は、こうした疑問に対して解答を知っておく必要がある。

子どもたちは、変化・複雑・相互依存の時代において、持続可能な社会を多様な人々とともに実現するために、在学中に充分な準備をしておくことが求められています。

また、OECDは「21世紀を生きる力」として3つのコンピテンシーカテゴリーを定めています。

カテゴリー1.相互作用的に道具を用いる

カテゴリー2.異質な集団で交流する

カテゴリー3.自律的に活動する

OECDは子どもたちが身につけるべき力をこのように定義していますが、実際の学校教育を見てみると、全てが完全に実現されているとは言い難いのが現状です。

とりわけ、カテゴリー2と3の力を教える教育はあまりなされていないと言えます。

しかし、子どもたちが変化・複雑・相互依存の時代において、持続可能な社会を多様な人々とともに実現するためには、学校教育の中でカテゴリー2と3の力を養う必要があります。

ピースフルスクールプログラムは、カテゴリー2と3に書かれている「他人といい関係をつくる能力」や「協力する能力」、「争いを処理し、解決する能力」「自らの権利、利害、限界やニーズを表明する能力」といった力を学校で養うことができる内容となっています。

冒頭で申し上げた通り、これらの力を養うためには、「人と関わることが怖い」「本音ベースで行動することはできない」「問題を口にすると事が大きくなるので、気付いていないふりをした方が良い」といったメンタルモデル(思い込み)が形成される前にプログラムをスタートすることが肝心です。

このメンタルモデルが形成されてしまうと、小学校高学年や中高生のころに起きる問題に対処療法的な対応をとることしかできなくなり、根本的なアプローチをとることが難しくなるため、幼児期や小学校低学年ころからプログラムを実施することが望ましいのです。

 

大人になる練習

PISAの報告書の序文に書かれているPrepared for Life(人生の準備は万全か)にもある通り、子どもたちは人生を幸せに生きるための準備をしなくてはなりません。

言い換えると、これは大人になる練習を学校生活の中で実施していくことと同義であると考えます。

子どもたちがその準備を充分にできるようにサポートをすることが、我々大人の責任であると思います。

ピースフルスクールプログラムを導入している園や学校に通う子どもたちは、そのコミュニティにおいて、多様な人々と幸せに生きる練習を始めます。自分の意見を持つことや、気持ちを大切にすること、対立を話し合いで解決することなど、小さな一つひとつの練習が子どもたちの力になります。

幼児のころからいきなり問題を自分たちで解決することは難しいですが、幼児は幼児のレベルで、小学校低学年は小学校低学年のレベルで一つずつ学べるように、子どもたちの成長にあわせてプログラムを実施していくのです。

そうすることで、学校生活を通して、自立と共生の力を身につけることができるのです。

子どもたちの主体性を育み、21世紀を幸せに生きるために、今何をしなければならないのか。

このことを我々大人もしっかりと考える必要があると思います。

感情を認識すること、言葉で伝えること、コントロールすること

文部科学教育通信No.357 2015.2.9掲載

今、教育の世界では、「感情」や「共感力(エンパシー)」を重視しようとする動きがあります。

今までの日本の教育でも、「誰に対しても思いやりの心をもち、相手の立場に立って親切にする」「謙虚な心をもち、広い心で自分と異なる意見や立場を大切にする」ことの大切さは教えられていましたが、自分自身の感情を認識し、大切にすることは、あまり重要視されてきませんでした。相手の立場で物事を考え、深く共感できるようになるためには、まず、自分の感情を認識し、言葉で伝え、必要に応じてコントロールできるようになることが大切であると考えています。

今回は、ピースフルスクールプログラムが子どもたちに教える「感情」に関する学習ステップと、佐賀県武雄市武内小学校で実施したピースフルスクールプログラムの授業「感情を認識し、言葉で伝えよう」と「怒りをコントロールしよう」についてご紹介いたします。

 

感情に関する学習ステップ

他者の気持ちを理解するためには、まず、自分の気持ちを知り、言葉で伝えることができるようになることが大切です。今、自分は一体どんな気持ちなのか。プログラム導入校では日々の生活でこのことをしっかり認識できるようになる取り組みを行っています。

自分の感情を認識すると同時に、その感情を言葉で表現し、伝える練習も行います。例えば、誰かから不愉快なことをされた時に、自ら「嫌だから、やめてほしい」と言う必要があることを子どもたちは学びます。

そして、誰かと対立した時に、怒りの気持ちをコントロールできるようになることも必要です。怒りの感情をそのまま周囲の人にぶつけるのではなく、まずは一旦落ち着けるように自らの感情をコントロールするのです。このことを学んでいない子どもたちは、怒りの感情に翻弄され、周囲に強くあたったり、暴力に訴えたり、歪んだ形でストレスを発散するようになってしまいます。日本で起きている犯罪の多くも、原因を突き詰めると、怒りや不満の気持ちを上手に昇華できないことが原因となっているのではないでしょうか。

このように、感情に関する学習のステップを経て、ようやく他者の気持ちを理解することができるようになるのです。

いきなり他者に思いやりの心を持てるようになるのは難しいですが、感情としっかり向き合うことで、自然とそういう心が育つのです。

 

感情を認識し、言葉で伝えること

ピースフルスクールプログラム導入校の子どもたちは、学習ステップの第一段階である感情を認識し、言葉で伝える練習をします。

授業では、まず、自分がどんな気持ちなのかを知ることの大切さを伝えます。そして、悲しい・寂しい・辛いといったマイナスの感情でいることも、決していけないことではないと伝えます。なぜか、「いつも明るく、楽しく、仲良くしましょう」といった風に、ポジティブな感情でいるのを善として奨励することが多いですが、人間ですから色々な感情の日があって当然です。このようにポジティブが善であるという雰囲気をつくってしまうと、ネガティブな感情を抱いている子どもたちは、何か後ろめたい、悪いことをしているような気持ちになるものです。その結果、自己肯定感も自ずと下がってしまいます。

人間なのだから、ポジティブな感情の日もあれば、ネガティブな感情の日もある。悲しいことや辛いことがあった時に、その感情を認め、話せるようであれば周りのお友達に話してみる。そうすれば、少し楽になることも学びます。また、ネガティブな感情を抱いているお友達が周囲にいる場合、みんなで寄り添うことの大切さも学びます。

こうすることで、自分はここに居ていいんだという安心感が得られ、自尊心や自己肯定感も上がるのです。

これらは、一度レッスンを行っただけでは身に付きません。そのため、先生が折に触れて子どもたちに気持ちを尋ねたり、「感情スティック」と呼んでいるツールを使って「今、自分はどんな気持ちか」を認識する練習を行っています。このスティックを使うと、クラスにいる子どもたちの状態を把握することも可能です。「怒っている」や「悲しい」にスティックを入れている子どもに対して、何があったのかを尋ねることもできます。

また、スティックは一日の内に何度も移動させることが可能です。登校した時は、兄弟とけんかして「怒っている」にスティックをさしたけれど、お友達が話を聞いてくれて気持ちが落ち着いた時は「嬉しい」にスティックをさしかえることができるのです。

このように可視化することで、感情は変化するということも学べます。

怒りをコントロールする

ピースフルスクールプログラム導入校では、誰かと対立やけんかをした時に、暴力やいじめに走るのではなく、話し合いで解決することを奨励しています。

しかし、いきなり「対立した相手と、話し合いで解決しましょうね」と伝えたところで、そううまくはいきません。

まずは、対立やけんかをした時に起こる「怒り」の感情を自分でコントロールすることの大切さを学びます。

人間なので怒ってしまうことがあって当然です。しかし、怒りの気持ちをそのまま相手にぶつけたり、物にあたってしまっては、状況がますます悪化してしまいます。

子どもたちは、「怒りの温度計」というツールを使って、怒りの感情は上昇することもあれば、下げることもできるということを学びます。

誰かとけんかしたり、自分の思い通りにいかないことがあった時に、頭の中に「怒りの温度計」をイメージします。そして、今、自分がどれぐらい怒っているのかを認識します。そして、その温度を下げるためにできることを行うのです。例えば、落ち着くために10秒数えてみる。けんかの相手から一旦離れてみる。深呼吸をしてみる。授業では、こういった対応を取れるようになるために練習します。

また、クラスの誰かが怒っている時、周囲のお友達や先生が、「今、怒りの温度計がとても上昇しているね。一旦落ち着こうか」と声をかけることもできます。

子どもたちは、日々の生活の中で、自分で気持ちをコントロールする必要があることを学ぶのです。

これができるようになると、鬱憤が溜まっているからといって、暴力やいじめに発展することが減ります。もし、暴力やいじめが起きたとしても、学校の多くの子どもたちが「自分の感情を自分でコントロールすることが正しい」という認識を持っているので、そのいじめに便乗することがなくなります。

怒りがおさまって、落ち着いて話すことができるようになれば、あとは、対立の解決のために当事者同士で話し合いをします。子どもたち自身でコミュニティを創りあげていくというのは、このようなことの積み重ねなのです。

 

感情と向き合うことの大切さ

今回は、感情と向き合うことの大切さについて触れました。

大人の世界でもそうですが、いくら正しいことをするように教えても、そこに気持ちが伴わないと上辺だけで終わってしまいます。残念ながら、日本では自分の感情を大切にする文化は育っていませんが、一歩ずつ、感情と向き合い、受け入れていく練習をすることが必要ではないでしょうか。これは、子どもたちにとってはもちろんですが、大人である私たちにとっても大切であると考えています。ぜひ、身近なところから取り入れていただけると幸いです。

対立を自分たちで解決するために必要な力を身につけよう

文部科学教育通信No.356 2015.1.26掲載

現在、ピースフルスクールプログラムという教育プログラムを日本の幼稚園・保育園、小学校へ展開しています。

2014年度は佐賀県武雄市武内小学校での導入がスタートいたしました。学校の先生方と協力して、試行錯誤しながらプログラムを子どもたちに届けております。

2015年度は、いよいよプログラムの中核である「仲裁」を、学校内で行うことが決まりました。

今回は、「対立を自分たちで解決するために必要な力を身につけよう」と題し、ピースフルスクールプログラムの「仲裁」についてご紹介いたします。

 

ピースフルスクールプログラムとは

園や学校をひとつのコミュニティと捉え、先生と子どもたちが一緒に考え行動する、民主的な共同体を実現することを願って開発された教育プログラムです。

自尊心、自制心、共感力、リフレクション(内省)といった、21世紀を幸せに生きるために必要な力を、園や学校での生活を通して身につけることを目指しています。

ピースフルスクールプログラムは、オランダで開発されたシチズンシップ教育プログラムです。1990年頃、オランダではいじめや子どもの問題行動が増加しました。この問題に対して、大人による監視や規則で縛るといった対処療法ではなく、根源的なアプローチをとるために、子どもたちの心を育てようという願いから、プログラムの開発が進められました。

2012年よりオランダ語から日本語への翻訳を開始し、2013年度には日本の学校に受け入れられる形を目指して、日本版のプログラムを開発いたしました。プログラムが目指す世界観や大切にしている価値観はそのままですが、ユニットの構成およびレッスンの内容、細かなワークの中身まで、日本版になっております。2014年度より、日本の小学校でのパイロット導入がスタートしております。

2年間でプログラムを学べるように設計し、1年目はピースフルスクールの価値観を学ぶことを目標としています。対象は、「共生と協働」という安心安全なコミュニティをつくるために必要なコミュニケーションの基礎を習得するユニット、「感情、共感」というポジティブな感情もネガティブな感情も言葉にして相手に伝えることや、相手の感情を理解し、受け止める力を養うユニットです。2年目は、問題解決力を身につけることを目標としていて、対象は、「共生社会の意思決定」というクラスや学校の意思決定に関わり、決まったことに対してコミットする責任をもつ力を養うユニット、「対立/問題解決」というクラスや学校で起きる問題を”子ども同士の話し合い”によって解決する力を身につけるユニットです。

子どもたちは、最低月に1度のレッスンを受け、その学びを日常生活で活かしていきます。オランダでは週に1度レッスンが行えるのですが、日本では難しいので、その分、日常生活でしっかりと学びを実践することに重きを置いています。

佐賀県武雄市武内小学校では、2014年度に1年目の学習内容を終えるので、2015年度は2年目の内容である「問題解決力を身につける」ことにチャレンジいたします。その際、「仲裁」と呼ばれる、話し合いによる対立の解決をサポートする仕組みも導入します。ピースフルスクールの「仲裁」とは、どのようなものでしょうか。

 

ピースフルスクールの「仲裁」とは

仲裁とは、小学校の高学年の児童数名が「仲裁者」となり、学校全体で起きる当事者同士での解決が困難な対立やけんか、いじめを調停するシステムのことを指します。調停であるので、仲裁者が対立している当事者を裁いたり、どちらが悪いといったことを決めるのではなく、当事者同士の話し合いで問題を解決できるよう、ファシリテートすることが役割です。

仲裁者は、立候補および先生からの推薦で選ばれます。普段のレッスンとは別に、仲裁者用のレッスンを受け、仲裁のスキルを伸ばします。

数名の仲裁者だけでなく、全ての児童が仲裁についてある程度学んでいることがこのシステムのベースとなります。調停が得意な児童だけに任せるのではなく、学校にいる全ての児童及び先生が仲裁のステッププランを理解することを目指します。

そのため、誰かと対立やけんかをした際は、いきなり仲裁者に調停をお願いするのではなく、当事者同士で解決するように努力し、それでも解決に至らない場合、仲裁者に調停を頼むという文化が出来上がるのです。また、仲裁者が校内で起きる対立を監視するということもありません。あくまでも、自力で解決することが前提となります。

仲裁を実施するまでに、いくつか学んでおかなくてはならないことがあります。

 

第1段階 コミュニケーションの基礎を学ぶ

ピースフルスクールを導入する学校でも、いきなり初年度に仲裁をスタートすることはできません。まずは、コミュニケーションの基礎をしっかりと身につけるところから始めます。

例えば、子どもたちは、以下のことを学びます。

・自分の意見を持ち、伝える。

・相手の話をきちんと聞く。

・嫌な時は「やめてほしい」と伝える。

・自分の感情を認め、言葉で伝える。

・相手の感情を受け止める。

・「助けること」と「干渉すること(お節介を焼くこと)」の違いを知る。

これらは一部に過ぎませんが、このような基礎を身につけた後、次のステップに進みます。

 

第2段階 対立/問題解決の基礎を学ぶ

コミュニケーションの基礎を学んだ子どもたちは、いよいよ問題解決の基礎を学習します。

・「対立」と「けんか(いじめ)」は異なることを理解する。

・「3色の帽子(対立の対処の方法)」を理解する。

・ウィン‐ウィン解決を目指す。

・対立の原因を深掘りする。

・偏見や誤解が対立の原因となることを知る。

・合意することを学ぶ。

これらのことをレッスンと日常生活を通して学びます。

 

第3段階 2人でオープンに話し合う

問題解決の基礎を学んだ子どもたちは、誰かと対立したり、けんかした時に、2人でオープンに話し合い問題を解決するスキルを身につけます。

・誰かと対立した時に、解決に向けてオープンに話し合えるようになるため、「話し合いのステッププラン」を学ぶ。

・実際に誰かと対立した時に、「話し合いのステッププラン」に基づいて話し合い、自分の力で対立を解決する。

これらのレッスンを通して、いきなり先生や保護者に頼ることなく、まずは自分たちの力で対立を乗り越える力が身につくのです。また、オープンに話し合うことで問題を乗り越えられることを知るため、必要以上に対立を恐れる心配もなくなります。

 

第4段階 仲裁にチャレンジする

第3段階までは、仲裁を始めるために必要な学びですので、全員が同様に学習します。第4段階では、全員学ぶこととは別に、仲裁者だけが追加で学ぶこともあります。

<全員>
・「仲裁のステッププラン」を学ぶ。

・小学校に「仲裁」のシステムを導入することを理解する。

<仲裁者>

・「仲裁のステッププラン」をもとに、ロールプレイを実施し、仲裁のスキルを身につける。

・実際に、学内の対立を仲裁する。

仲裁のスキルとは、以下のようなスキルのことを指します。

・自分の意見を保留し、対立の当事者から話を聞くこと

・当事者から聞いたことを、自分の言葉で言い換える(反映する)こと

・当事者に感情を尋ね、受け止めること

・当事者が問題の解決策を出せるよう、促すこと

仲裁者となる児童は、これらの力を身につけた後、校内で起きる様々な対立やけんかの仲裁を担当します。

日本にはまだ馴染みのないシステムですが、子どもたちのコミュニケーション力や問題解決力を伸ばすことで、大人が必要以上に介入することなく、子ども自身で安心安全な環境をつくることができるようになるのです。

過去からの学び、未来を創造する力

文部科学教育通信No.355 2015.1.12掲載

2015年が幕を開けました。今年の目標を立てている方も多いと思います。

どのような1年にしようか。何を達成しようか。そう考える時、昨年のことをあれこれ思い出して、実現出来たことや出来なかったことに思いを馳せる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今回は、過去から学び、未来を創造する力と題して、リフレクション(内省)のポイントをご紹介いたします。

 

リフレクションについて

リフレクションは、変化の激しい時代において私たちが幸せに生きるために最も重要な力であると言われています。OECDのキーコンピテンシーも、リフレクションをキーコンピテンシーの核として、自らを省みる思考と行動の重要性についてふれています。

正解がわからない中で、自分の頭で考えて行動しなくてはならないことが多いですが、その際に自らを振り返り、改善し続けられる人になる必要があります。

それでは、どのようにリフレクションを行えばいいのでしょうか。

 

リフレクションの3つのレベル

リフレクションが大切だからといって、やみくもに内省することはお勧めいたしません。適切な手順を踏んで実施することが望ましいです。

未来につなげるためのリフレクションはどうしたら良いのでしょうか。
リフレクションには3つのレベルがあると言われています。

・レベル1:出来事についてのリフレクション
何が起きたのかを振り返っている状態。出来事や結果についての理解を深めるリフレクション。

・レベル2:他者や環境についてのリフレクション
出来事の要因分析は行うが、その要因を環境や他者に求めるリフレクション。

・レベル3:自己のリフレクション
出来事の要因分析において、自分の思考や行動、感情を振り返るリフレクション。

 

レベル1や2のリフレクションを行っている方は多いと思います。
「あの時の母親の反応は何だったんだろう…」、「上司のせいで仕事をミスしてしまったのでは…」、「学校の制度がこうだからいけないんだ…」
しかし、残念ながらレベル1や2のリフレクションでは変化を起こすことはできません。

レベル3のリフレクションを行うことが、未来の扉をあける鍵になります。
自己のリフレクションをすることは時に苦痛を伴いますが、それでも自分に対して内省し続けることが確実に未来を変える行動であると思います。他者や環境について文句を言い続ける「評論家」で終わってしまうのは、本当にもったいないことではないでしょうか。

 

学習者のリフレクション

学習しない人たちと学習者のリフレクションの違いを細かく見ていきましょう。

・学習しない人たちのリフレクション

変えられない過去に対して、ひたすら振り返っていることが多いです。

  1. どんな間違いが起きたのか

  2. 誰の責任か

  3. 言い訳・謝罪を考える

  4. 経験から学習しない

このような振り返りでは、同じ過ちを繰り返すことになりかねません。例え、自分だけの責任ではなかったとしても、コミットしている以上は、自分に対して内省することが求められます。

・学習者のリフレクション

変えられる未来に対して、過去の成功や失敗体験からの学びを活かすために振り返ります。

  1. 本来期待されていた(期待していた)結果は何だったのか

  2. 実際の結果はどうだったのか

  3. ありたい姿と現実にはどのようなギャップがあるのか

  4. そのギャップを埋めるために、何を変えればいいのか

  5. ありたい姿を実現するため、何をすればいいのか

学習者は、リフレクションを軸に学習の自己強化ループを実現させているため、より良い未来を自ら創りあげているのです。

過去を振り返る際、痛みが伴うこともあると思いますが、ぜひ学習者のリフレクションを実践していただきたいです。

 

リフレクションのフレームワーク

効果的にリフレクションを行うため、以下のフレームワークを利用することが多いです。

漠然と振り返ることは膨大に時間がかかり効率的ではないので、まずはこのフレームワークを使って、過去を振り返り、ネクストステップを出すという一連の流れを実践することをお勧めいたします。

 

□□□について

これまでの私は、□□□□だと考えていた。

今は、□□□□□だと考えている。

そこで、私は□□□□□□に取り組む。

 

より良い未来は自分で創りあげることができます。言い換えると、他の誰かに頼りきるのではなく、自らの行動を起こさないことには、未来をより良くすることは難しいです。

過去を振り返り、次に行うべきことを自ら考え実行していく年としたいです。

誰もが安心して存在できる、安全な環境のつくり方とは

文部科学教育通信No.354 2014.12.22掲載

今、子どもの世界でも大人の世界でも、異質な人同士がお互いに安心して存在できる環境をどのようにつくるのか、ということが話題になっています。その背景には、例えルールや規則が制定されていたとしても、自分とは異なる人が排除されたり、いじめられたりする環境では安全とは言えず、安全でない環境のもとでは子どもは成長できないし、大人の生産性も上がらない、といった考えがあります。

何かを発言しても心無い批判を受けたりせず、誰かと対立しても話し合いで解決できるのが当然となる「安心して存在できる、安全な環境」では、人は積極的に周囲と関わることができます。余計な心配をする必要がないので、どんどんチャレンジしようという気持ちになり、勉強や課外活動にも力を注げるのです。

新しい試みや自分の発言に対して、批判や制裁といった形でのレスポンスではなく、ポジティブなフィードバックやアドバイスをもらうため、失敗を受け入れやすくなり、再チャレンジしようという気持ちにもなりやすいです。このサイクルがまわることが、人間を成長させるのだと考えます。

このように、心の安定は、人間が成長できる環境のベースとなっています。

今回は、この「安心して存在できる、安全な環境」をどのようにつくっていくのか、ピースフルスクールプログラムの事例を交えながらご紹介します。

 

主体的に動くことが求められるけれど、その実態とは

一人ひとりが安心して存在できる社会を実現するために、最も大切なことは、一人ひとりの主体性を育むことです。

「主体性」や「主体的」といった言葉は、学校でも職場でもよく耳にします。そのため、とても大切なこと、学校や社会が求めていることだと認識している人が多いと思います。

しかし、「主体的に動きましょう」とか「主体的な人になりましょう」と言われてすぐに主体的に動ける人の割合は、コミュニティ内でどの程度でしょうか。「主体的な人」とは、どのような人をイメージしますか。「主体性」が学校や社会から求められている力であるとすると、どのようにすれば身につけることができるのでしょうか。語学や専門知識であれば勉強すると身につくかもしれませんが、「主体性」は勉強することで身につくのでしょうか。あるいは、「主体性」は先天的な能力であり、後天的な努力では身につけることができないのでしょうか。

そもそも、「主体性」とはどのようなものなのか、考えたいと思います。

私は、「主体性」とは、自分の気持ちや考えを大切にし、自ら選択し、決断し、行動し、その結果に責任を持つことであると考えています。

言葉にするととても簡単なのですが、いかがでしょうか。今の学校や職場で、自分の気持ちや考えを大切にできていますか。人生において、自ら選択して決断しているでしょうか。積極的に行動し、その結果に責任を持ち、改善し、再チャレンジしている人はどの程度いるでしょうか。

このように振り返ってみると、主体的に行動できている人はそう多くないように思われます。なぜ、主体的に行動しにくいのか。それは、個人の能力の問題ではありません。

冒頭に述べた通り、批判やいじめのある安心できない環境では、自分の気持ちや考えを大切にすることも、自ら選択して決断することも、積極的に行動して結果に責任を持つことも、とても難しいのです。

私たちは、「主体的に行動しなくてはいけない」という思いを抱えながら、頭のどこかで「主体的に行動すると、誰かに批判されたり、排除されるのではないか」と不安に思っているのです。このジレンマから抜け出さなくては、「主体性」を育む教育はできません。

また、「主体性」は単独の力ではありません。

「主体性」を高めるためには、自己肯定感・リーダーシップ・クリティカル思考・内省力などを高める必要があります。例えば「リーダーシップ教育を実施しなくては!」とか「内省力を高めることが必要だ」といった風に、これらの力は個別に語られることが多いのですが、実は全てが連動しています。そして、残念なことに、これらの力は、安全でない環境では育むことが難しいのです。

目立っている人に対して揶揄する人の多いコミュニティにおいて、リーダーシップを発揮できるでしょうか。自分の考えや意見を言えないような環境で、クリティカルに物事を考えることができるでしょうか。答えはノーだと思います。

私たちは、「主体性」やリーダーシップを育もうと考えるのであれば、まず、環境を安心安全なものにするところから始める必要があるのです。

 子どもと大人で、安心な環境をつくるプログラム ピースフルスクール

過去にも何度か紹介していますが、この観点からもピースフルスクールは有用であると考えます。

このプログラムの採用校では、子どもと大人(先生、保護者、地域の人)が一緒になって安心安全な環境をつくっているのです。

日本での採用校である佐賀県武雄市武内小学校では、先日、「ほめポイントを探して、周りの人に伝えよう」といった授業を行いました。

この学校では、自分を守るために、お友達の失敗といった良くないところを見つけた時に、第三者である他のお友達や先生にそれを伝える子どもがいることが課題でした。

失敗した時に批判や告げ口をされる可能性のある環境は、子どもたちにとって心から安心できる環境とは言えません。自己防衛の気持ちから発言しているため、子どもに悪気はないでしょう。しかし、第三者に自分の失敗を告げ口された時、そのお友達がどのような気持ちになるのか、また、言われた第三者はどんな気持ちになるのかを考えることで、「告げ口をするよりも、その子が成功するように応援した方が良い」ということが理解できるのです。

お友達のネガティブな部分を拾っていくことを、良いところ、つまりポジティブな部分を拾うように変えると、みんなにとって居心地の良い安心安全なクラスを、みんなでつくることができます。

武内小学校では、ピースフルスクールの授業終了後、「○○さんのいいところは______ところです」と書かれたハートのカードを作成してもらいました。子どもたちは、お友達の良いところを見つけ、ハートのカードに記入します。そして、そのお友達や先生、家族の方に言葉で伝えます。次に、そのカードを学級の掲示板に貼って、色んな人に見てもらうのです。
今、武内小学校では、ハートのカードにたくさんのほめ言葉が書かれているそうです。

このようなポジティブな声掛けが日常生活の中でできると、子どもたち自身で自分たちのコミュニティをより安心・安全なものにしていくことができます。

誰もが安心して存在できる、安全な環境では、子どもたちはより主体的に行動することができるので、ますます心も頭も成長できるのです。

「主体的な人」や「リーダーシップのある人」を育成したい場合、まずは環境づくりから見直すことをおすすめいたします。

未来教育会議スタディーツアー報告会「21世紀型社会への教育イノベーション」 -日本・オランダ・デンマークのスタディーツアーをヒントに-

文部教育科学通信No.353 2014.12.8掲載

2013年6月に「未来教育会議」という、未来の社会、未来の人、未来の教育のあり方を多様なマルチステークホルダーで考え、一緒に豊かな現実を創造していくためのプロジェクトを、株式会社博報堂をはじめとする企業の方々と共に立ち上げ、2014年3月16日にキックオフシンポジウムを実施し、250 名を超える皆さまにご参加いただきました。

2014年は、未来教育会議に参加いただいているメンバー企業の皆さまと、教育機関への訪問や教育に関わる人々のお話を伺うスタディツアーを実施しました。

11月27日にスタディツアーの報告会と位置付けて、2014年度の活動の中間報告及び21世紀型社会への教育について考えるイベントを開催いたしました。

今回は、このイベントについてご紹介いたします。

 

未来教育会議のミッションとビジョン

未来教育会議は、私たちが創るべき「未来の姿」、未来を生きる人びとに「必要な力」、その「人びとを育てるための教育」についてマルチステークホルダーで考え、行動することをミッションとしています。

ビジョンは、以下の4点です。

  • 自立と共生が実現し、すべての人が自分を幸せにすることができる社会をつくる。

  • 主体的に考え、相互に関わり合い、問題解決できる力を持つ人を育てる。

  • 教育に関する柔軟性や自由さが担保されている社会をつくる。

  • 学校、家庭、地域、企業が共創して教育に関わり合う社会をつくる。

我々は、日本の教育の高度化と、それを実現するための教育システムの変容といったシフトを起こすために、次の3つのことを実現したいと考えています。

  1. 教育のシフトを実現するためのプラットフォーム構築

  2. マルチステークホルダーによるビジョン共有

  3. 新しい教育市場の創出

 社会とつながる取り組み

2014年、未来教育会議は、社会とつながり、マルチステークホルダーで未来の社会や教育のあり方を考える波を起こすため、次の3つのアクションを起こしました。

  1. 未来教育ライター

    未来の教育を創っていく取り組みを行っている様々な方々や組織を紹介する記事を書いていただくライターを公募しました。多くの応募をいただき、32名の方にライターとなっていただいています。素晴らしい取り組みを知った者同士が互いに結び付いていき、ライター自らの着眼点や表現力に富んだ記事を読む多くの人々に未知の世界の刺激を与えることがねらいです。

  2. 未来教育ワークショップ・コーディネーター
    ライター同様、ワークショップの開催をリードするコーディネーターを公募しました。コミュニティや組織内で、未来の社会・人・教育についての願いを共有し、未来への洞察・発想を行う “未来教育ワークショップ” を主催することが目的です。こちらは、53名の方に研修を受けていただいています。11月24日に「未来教育ワークショップ@建長寺」と題して、ワークショップが開催されています。

  3. 公開イベント
    2014年3月に実施したキックオフシンポジウム、4月の教育シンポジウム、11月のスタディツアー報告会など、マルチステークホルダーで未来の社会と教育について考えるイベントを開催しています。2015年3月には第2回の教育シンポジウムを開催する予定です。

 

企業との連携による取り組み

社会のあり方に強く影響しているのが企業であることから、未来教育会議は企業メンバーを募り、活動しています。現在の社会の課題と現時点で気になっている教育のことについて深掘るワークショップを5月に2度開催し、6月から9月の4か月間に国内20件、国外2件のスタディツアーを実施しました。10月には、スタディツアーで学んだことや気が付いたことを共有する会を設け、11月には3日連続で、「2030年の教育の未来」のシナリオを作成するアクションワークショップを行いました。半年間の活動を経た今、企業の皆さまからもアクションプランが出るなど、キックオフをした5月には想像できなかった変化が起きています。来年度も企業メンバーを募り、活動を続けます。

 

スタディツアー

企業メンバーと実施したスタディツアーの目的は、「今、教育システムに起きていること」を様々な教育機関を訪問し、教育に携わる人々のお話を実際に見聞きし、気付きを得ることです。スタディツアー実施前、このようなループ図を作成しました。

それぞれの立場で誰もが真摯に取り組んでいるにもかかわらず、部分最適化が進むことで教育システムの崩壊を加速していることがわかりました。

国内スタディツアーでは、様々な環境、取り組みを実施している公立・私立の学校6校、行政機関6件、地域で教育の活動を実践されているところ2件、教育系のベンチャー企業2件、教育系NPO3件、研究者お一人にお話を伺いました。

海外スタディツアーでは、オランダとデンマークを訪問し、様々な学校、教育機関を視察しました。

これらのスタディツアーから見えてきた課題が大きく分けて2点あります。

一点目は、システムの課題です。

先生が多忙化し、生徒と向き合う時間や授業準備の時間が減少しています。また、学習領域の膨張やダブルスクールが当たり前となった今、生徒も多忙化しています。しかし、学力保障の面では、8人に1人がレベル1以下とされ、就学援助を受ける子どもは7人に1人だということもわかりました。ますます教育格差は開いているのです。そして、一番のボリューム層である中堅普通科高校では、先生と生徒の意欲が下がっていることもわかりました。学校という様々なことを経験し、学習する機会に恵まれた場所で、とくに何もせずに3年間を過ごした生徒が社会を創っていくのです。社会に出てからの要求があまりに重たく、仕事が続かない、ニートになってしまう人もいます。

二点目は、イノベーションの課題です。

ICTが発達し、学習活動への活用や先生への仕事の活用を進めている学校と、そうでない学校の差が開いています。学力や学歴重視であった時代と異なり、現在は価値観の対立も起きています。日本なのか、グローバルなのか。主体性を重んじるのか、管理を強めるのか。多様性を重視するのか、画一性を重んじるのか。測定可能なものに頼るのか、測定不能なものを見ようとするのか。多くの学校が、より良い状態を目指して、バランスを取ろうとしていることもわかりました。また、海外との比較で気が付いたことは、ビジョンと一貫性が大切であるということです。先生・生徒・保護者が同じビジョンに向かって一貫性を持って行動できている学校は、かかわる全ての人がいきいきしていました。複雑な社会へ適応するための21世紀スキルを意識している学校とそうでない学校の差も大きく開いています。

未来教育会議では、これらのようにスタディツアーで学んだこと、気が付いたことをもとに、教育のシナリオプランニングを行っています。引き続き、活動をご覧いただけると幸いです。

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