リーダーシップ開発
2021.06.28文部科学教育通信掲載
変化する時代の中で、リーダーシップ開発の在り方が変わり始めています。海外の様子を調べてみると、2008年のリーマンショックをきっかけに、新しいリーダーの在り方に関する議論が一機に進んだようです。
学習する組織
ピーターセンゲの提唱する学習する組織は、30年前に紹介された理論ですが、今日のリーダーシップにおいても、外せない考え方です。センゲの提唱する学習は、机上の勉強ではなく、変化を創る過程で、人間や組織が実践しなければならないアクションラーニングです。
変化を創る過程では、これまでのやり方を変える、これまでの目標を変える、これまでのものの見方を変えるなど、様々な「変える」を実行しなければならず、そのためには、ビフォアー・アフターのギャップを埋める必要があります。そのため、学習力が鍵を握ります。
多くの企業が、変革に失敗するのは、この学習をうまく設計し、駆動することができないからです。経営トップが変革を推進しようとしても、組織には、現状を維持する大きな力が働いており、変革を前進させられないという事例は、誰もが耳にしたことがあると思います。
センゲは、組織が変わるためには、5つの規律を組織にインストールする必要があると言いました。
メンタルモデル:センゲは、変化を実現するためには、誰もが、自らのものの見方をメタ認知する必要があると言います。ものの見方とは、私たちが、物事を捉えるために活用している「レンズ」のことです。私たちは、物事を捉える際に、自分が特別なレンズを掛けているとは考えません。しかし、実は、誰もが、特別なレンズで物事を捉えています。このレンズは、過去の経験に基づき形成されるものなので、経験が違えば、モノの見方は違います。
深いレベルでの変化が期待される時には、行動を変えることが期待されるだけはなく、このレンズを新たにする必要が出てきます。そのためには、自分が今掛けているレンズが何かをメタ認知する必要があります。
システム思考:センゲは、組織や社会といった大きな単位で変化を実現するためには、システム思考が必要であると言います。物事が単純ではない時、そこには、システムが存在します。物事をシステムとして捉える際には、目的と要素と要素の繋がりを理解する必要があります。組織には、果たす目的があり、そこには多様な人々、多様な機能、多様は仕組みや制度等々、様々な要素が存在します。このため、何か一つの要素を変える際には、システム全体に目を向ける必要があるといいます。システムは、蜘蛛の巣と同じで、どこか一か所に触れると、全体の形状に影響を及ぼします。このため、組織変革を行う際には、システム全体を俯瞰し、自らが望む変化を設計していく必要があります。
チーム学習:システム全体を俯瞰する際に、欠かせないのがチーム学習です。例えば、研究開発チームが仕事の仕方を変えることが、マーケティングにどう影響するのかを、研究開発チームがすべて把握できる訳ではありません。対話と通して、相互学習することができれば、連携しながら、よい方向に変化を創り上げることができます。人々が集う組織や社会に変化を起こすために対話が欠かせないのはこのためです。
ビジョン形成:人々が集う組織や社会が変化を推し進めるためには、理由と方向性が必要になります。そこで大切なのが、ビジョン形成です。現状維持を望む大きなエネルギーに反して、変化を推し進めるためには、「変わるとよいことがある」と誰もが信じる必要があります。また、大きな改革に際しては、どこに向かうのかを見える化する必要があります。ビジョンが、人々の心に存在する状態になることで、変化が始まります。
パーソナルマスタリー:最後に紹介するのが、パーソナルマスタリーです。センゲは、パーソナルマスタリーは学習する組織の要であり、パーソナルマスタリーを持つ集団だけが、学習する組織を実現できると言います。パーソナルマスタリーとは、人のBeingを表す言葉です。
「どこからやってきて、今どこにいて、次にどこに向かうのか」という問いに対して答えを持つ人のことを、パーソナルマスタリーがあると言います。自己認識を深め、自らの内発的動機を活かし、自ら目的を持って行動する自律型学習者の集団だけが、学習する組織を実現することができます。
適応型リーダーシップ
適応型リーダーシップを提唱するのは、ハーバード・ケネディスクールのロナルド・A・ハイフィッツです。
ハイフィッツは、今日のリーダーが直面する課題を、適応課題と呼び、適応課題を解決するために、リーダーも、適応型になる必要があると言います。これまでの課題は、技術的に解決できるものだったが、今日の課題は、スキルや知識を増やすだけでは解決できず、リーダーは、過去の経験に基づくものの見方そのものを見直さなければ、課題に対処することができないと言います。
ハイフィッツは、また、リーダーは、バルコニーの上にたち、自らが働きかけているシステム全体を俯瞰する重要性にも触れています。その際に、自らも、介入しているシステムの一部であると捉え、システムを俯瞰することが大事であると言います。センゲの提唱するシステム思考、メンタルモデルは、適応型リーダーシップにおいても、重要な役割を果たします。また、バルコニーに立てない人は、リーダーとして機能しないのであれば、メタ認知力を持たない人はリーダーになることができないと言えます。
課題と能力のギャップ
『なぜ人と組織は変われないのか』(英治出版)の著者ロバート・キーガンは、我々が適応課題に直面している様子を以下のように述べています。
- 世界が「複雑になりすぎている」と感じるのは、世界の複雑さと自分の能力の複雑性(能力のレベル)の間にギャップが生まれているからだ。
- あなたが、今日と明日の世界で直面する課題の多くは、既存の思考様式のままで新しい技術をいくらか身に付けるだけでは対応できない。
- 知性のレベルを高めることで、思考様式を変容させなくてはならない。
ロバート・キーガン著『なぜ人と組織は変われないのか』(英治出版)より引用
キーガンは、大人の知性には3つの段階があり、今日求められる知性は、自己変容型知性であると述べています。
ロバート・キーガンは、成人発達理論の視点から、ハイフィッツは、リーダーシップ開発の視点から、適応課題に向き合うために、リーダーに必要な成長について述べています。
教育改革を推し進めるリーダーシップにおいても、センゲ、キーガン、ハイフィッツの理論が役立つのではないかと思います。