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フューチャー オブ ラーニング 2013

文部科学教育通信 No.323 2013-9-9に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る33をご紹介します。

本年も7月30日~8月2日までハーバード教育大学院で開催されたフューチャー・オブ・ラーニング(学習の未来)研究会に参加して参りました。このプログラムは子どもたちが21世紀を幸せに生きるために何を、どこで、どのように学ぶべきかを検討する場として、2010年から毎夏、開催されており、本年度は4度目の開催となります。教育界における世界の最新トレンドが紹介されるとともに、ワークショップでは学校長、現職の教員、教育関係者を中心に活発な意見交換が行われました。本年度の参加者146名のうち84名がアメリカ国内からの参加者ですが、初年度に比べて海外からの参加者の割合が増加しています。今年度の特徴として、カナダ、オーストラリアなどの常連国に加えて、アルゼンチン、コロンビア、チリなどの中南米諸国からの参加が増加したこと、エチオピア、エジプト、セネガルなどのアフリカ諸国からの参加者があったことが挙げられます。また、参加者の内訳として、学校関係以外の教育機関や一般企業、心理学者等の割合が増加しており、学習のイノベーションへの取り組みが欧米のみならず、世界レベルで広がっていることを実感致しました。本年度の研究会も昨年同様、学習の未来に大きく影響を及ぼす 1.脳科学の発達、2.技術革命、3.グローバル化の3大テーマを中心にプログラムが組み立てられていました。

 

今回はグローバル化についてのテーマについてご紹介させていただきます。

 

●多様性の尊重と共生

移民が増えるグローバル社会において、違いをどのように定義するか、違いにどう対処するのかが学校教育において大きなテーマになっています。2011年には欧米の多くの国々で、移民の割合が人口の10%以上に達し、その割合は今もなお増加傾向です。異なった宗教、文化、価値観を持つ人々を尊重し、どのように共存していくかが今回のフーチャー・オブ・ラーニングの大きなテーマでした。

 

グローバル化と多様性の問題を考える時、以下の3つの問いが基本の設問になります。

 

  • グローバル化は、人々の自分自身や他人に対する見方にどのような影響を与えるか?
  • 人々の間のどのような多様性が民主主義において問題になるだろうか?
  • 人々の多様性を尊重しながら国家への帰属意識を創り出すために、国家は何をすればよいか?

 

一口に多様性と言っても、国や地域により問題とされる多様性の側面が異なります。また、多様性に対する考えは時代とともに変化し、20世紀の多様性の問題は、人種差別と性差別の問題に焦点が当てられてきましたが、近年は宗教が絡んだ人々の多様性が問題になっています。未知の宗教に対する無知や誤解が恐れを生み、宗教絡みの多様性の問題を取り扱うのは簡単ではありません。多くの場所で宗教に関する論議が移民の問題と混同され、あいまいになっています。

 

●フランスの「スカーフ法」

学校における移民と宗教の問題を考える代表的な例としてフランスの「スカーフ法」がとりあげられました。

フランスでは、2004年に公立学校において、イスラム教徒の生徒がヘッドスカーフを着用して登校することを禁ずる法律が公布され、法案の是非がフランス内外で論議を呼びました。この法案はイスラム教徒を特定して差別しているのではありませんが、法案を支持する人々は、「信仰は個人の問題であり、公共の場所である学校に宗教を持ち込むべきではない」と主張しています。一方で、新たに移住してきたイスラム教徒は自分の意思でヘッドスカーフ着用を望む生徒も多くいて、「人権無視!」と強く反発し、デモを起こして抗議しています。「目を覆うベールは頭を覆うベールよりも危険である」というプラカードを持ち、3色旗で作ったヘッドスカーフを頭に巻いてデモ行進するイスラム教徒の女性の写真が紹介されました。教師の中には少数ながら、法案反対派もおり、「これはイスラム教徒への人種差別ではないか、かぶりたいと自分から望む生徒を犠牲にするのか」と疑問を投げかけています。フランスの大多数の教師、教員組合が法案の推進派ですが、この背景には、フランス革命以来、200年間に亘るフランスの国是である宗教と社会の分離という原則があります。

「スカーフ法」の論争はフランス固有のものでしょうか。多様性というテーマを考える時に普遍的なことは何でしょう?この論争をディスカッションのテーマとして学校で取り上げる時に伴う時にどのようなことを考えさせる良い機会となりますか。逆に、危険性はないでしょうか。このテーマを取り扱う時にどんなスキルや情報が必要になると思いますか。

 

●グローバル人材の育成:ロス・インスティテュート

国、団体、学校レベルでグローバル人材育成の様々な試みが行われています。日本でも文部科学省が昨年度から、グローバルな舞台に積極的に挑戦し、活躍できる人材の育成のためにグローバル人材育成推進事業に取り組んでいます。

グローバル人材を育てる1つの先進的な事例としてスウェーデンのROSS Institute*1(ロス・インスティテュート)の例が紹介されました。ロス・インスティテュートは、21世紀を生きる子どもたちが新しいグローバル社会で成功するために必要なスキル・価値観・考え方を提供することを使命としています。スウェーデン・北米にグローバル人材育成のための学校を経営し、最新のリサーチ及び研修に基づいた21世紀型スキルの学習カリキュラムを子どもたちに提供しています。子どもたちは、クリティカルな思考力、創造力、異文化の尊重、グローバルな視点、リーダーシップ力、効果的な技術運用力、健康な生活、生涯学習能力を身に付け、グローバル社会の一員としての自覚を持ち、学校を巣立っていきます。また、ロス・インスティテュートは学校で実践している21世紀型学習カリキュラムを導入したいと考えている学校や自治体に対してコンサルティングを行ない、ロス・モデルの普及に励んでいます。

 

ロス・インスティテュートでは、グローバル人材育成のカリキュラムを作成するに当たり、以下の3つの点を念頭に置いています。1.グローバルコンピテンスとは何か?2.グローバルなシチズンシップをどう定義するか?3.グローバルコンピテンスとグローバルなシチズンシップを育む環境をどう作っていくか?

グローバルなシチズンシップを育むためには、グローバルな自己を認識することが大切です。グローバルな自己を認識するためには、図1のように、他者のいろいろな考えや価値観に触れて、わが身を振り返りながら自分について再び考え直すプロセス、そして、再び、エンパシー(共感力)や文化的な感受性を用いて、別の他者を理解するというサイクルが必要になってきます。自分と他者の文化やアイデンティティを考えながら、自分はどう生きるべきか?ということを見つめ直すプロセスの中にグローバルな自己認識を育てる鍵があります。

 

グローバル化が、かつてない勢いで進む中、個人のアイデンティティの追及と、多様性が共存する社会の実現、そして国家としての人材育成のあり方をどのように変えていくべきか、世界中の国々で、新たな挑戦が始まっています。我が国でも、グローバル人材育成のさまざまな取り組みが推進されています。国により、優先課題は異なりますが、世界の取り組みにも学ぶ点がたくさんあることを確信しました。

 

*1 ROSS Institute: http://rossinstitute.org/#/Resources/Adopt-the-Ross-Model/Consulting

21世紀を生きる力 システム思考

「コトノバ」2013 SUMMERに掲載された21世紀を生きる力「システム思考」についてご紹介させていただきます。

システム思考とは、「学習する組織」の5つのディスプリンの一つで、ものごとを一連の要素のつながりとして捉え、そのつながりの質や相互作用に着目するものの見方です。「ひとつの現象を点として捉えるのでなく、全体における構成要素」として捉えます。今日、活用されている代表的な例が環境問題です。未来の地球環境について在りたい姿を描き、その実現のために何に取り組めば良いのかを明らかにすることや、現状の延長線において未来の地球はどのようになっているのかを予測するために、システム思考の考え方が活用されています。

複雑な社会に生きる子供たちの問題解決力を向上するために、欧米では、システム思考教育が始まっています。 システム思考教育の専門家リンダ・ブース・スィーニー氏は、世界が今求めているのは、21世紀を生きるために必要となる『システム・リテラシー(複雑なシステムを理解する知識・能力)』であると述べています。

●システム思考・システムダイナミックスの会議
昨年7月、米国マサチューセッツ州で開催されたシステム・シンキング・ダイナミック・モデリング・カンファレンス(Systems Thinking and Dynamic Modeling Biennial Conference)に参加しました。この会議は、システムダイナミックスの生みの親であるMITのジェイ・フォレスター教授*1、学習する組織(FIFTH DISCIPLINE)の著者ピーター・センゲ先生、ウォーターズ財団のウォーターズ氏が中心となって始めた、学校の先生たちのためのシステム思考・システムダイナミックスの勉強会です。1996年夏にスタートし、隔年に開催されています。昨年のカンファレンスでは、2年前に比べてシステム思考や21世紀の教育がより大きな動きとなり、社会全体に広がり始めているという実感を持ちました。世界中の地域や学校単位で、システム思考教育の展開が進んでいる様子が紹介されましたので、アメリカでの事例を2つご紹介します。

[事例1] システム思考による小学生の問題解決
アリゾナ州のツーソンでは、約20年前から学校教育にシステム思考やシステムダイナミックスが取り入れられています。今年は、3人の小学一年生がシステム思考を活用して問題解決を行う例が紹介されました。映像では、子供たちが校庭で遊んでいる時に、ふと発した意地悪な言葉が相手の心を傷つけ、傷ついた相手がさらにひどいことを言ってケンカになる様子が映し出されていました。この喧嘩の様子をシステム思考の自己強化型ループを用いて解説がなされましたが、この悪循環のループをどこかで断ち切らない限り、この構造はずっと続いていくことを、小学生の子どもたちは理解していました。この映像はhttp://www.watersfoundation.org/webed/mod9/mod9-3-1.htmlの First Graders solve a problemでご覧戴けます。

[事例2]ワシントン州の理科学習スタンダード
ボーイングや、マイクロソフトの本社のある米国ワシントン州では、自治体、民間企業、非営利団体による教育活動が盛んで、さまざまな新しい取り組みが進められています。2010年に改訂されたワシントン州政府発行の理科学習スタンダード*2では、システム思考が、物理学、地理・宇宙科学、生命科学などの学科と並んで理科の必須学習項目として取り入れられ、幼稚園の年長~高校生まで2学年ごとに明確なガイドラインが示されています。例えば、幼稚園の年長では、ものの「部分」と「全体」の関係を理解することから始め、高校生では、高機能なシステムモデルやシステム分析を取扱います。理科の一分野としてシステムについて学ぶことは、分野間の関係を理解したり、科学と技術と社会の間の関係を理解するために役立ちます。また、システム分析能力は科学的探究心と技術デザインの両方にとって欠かすことのできない力の一つです。

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●システム思考の活用事例
システム思考を学ぶメリットは、たくさんありますが、ここでは、代表的なシステム思考の活用例をご紹介しましょう。

  • 問題解決力
    環境問題をはじめとする複雑な社会問題の解決に、システム思考は不可欠です。2008年に起きた金融危機は、グローバル化した金融システムの一部に起きた信用不安が、世界経済に連鎖を及ぼした代表的な例です。環境問題においても、経済発展が進む中国やインドにおける自動車の普及は自動車産業の成長の機会である一方で地球環境に深刻な影響を及ぼしています。
  • ソーシャルチェンジやイノベーションを起こす力
    社会起業家の父と言われるアショカ財団の創立者であるビル・ドレイトン氏は、チェンジメーカーを育てることを使命とし、活動をしています。彼は、社会システムを変えることを提唱しています。「魚を与えるのではなく、魚釣りを教えよ」という諺は、誰もが知っていますが、ビル・ドレイトン氏が提唱するチェンジメーカーとは、釣りを教える人ではなく、漁業システムを変える人を指します。
    金融システムを変えたムハマド・ユヌス氏の事例をご紹介しましょう。バングラディッシュでマイクロクレジットと呼ばれる少額のお金を貸すグラミン銀行を始めたユヌス氏は、経済学者として貧困問題を解決したいと考えていました。調査の結果、明らかになったのは、貧困から抜け出せない人々の実態です。7ドルのお金がないために、竹細工を創る材料を買うことができず、貧困から抜け出せない多くの人々がいました。彼は銀行にお金を貸すように依頼しますが、銀行は契約書も読めない人々に、たった7ドルを貸し付けてもビジネスにならないと言い、ユヌスさんの要求を断ります。そこで、ユヌス氏は、システムを変えることを決意します。お金を貸し付ける目的は、自立の実現です。貸し付ける相手は、働く意欲のある女性たちに、契約書を交わさない代わりに女性たちに仲間を作って相互支援を行うことを約束させ、銀行にも指導に入ってもらいます。ユヌス氏が作った新たな金融システムは、現在、世界中の貧困問題の解決に生かされています。契約書もないのに、返済率が97.8%という事実には、従来の銀行システムに身を置く人たちには信じられないかもしれません。このようなシステムチェンジを起こす人々が、今、世界中に増えています。これまでの延長線では解決できない問題を解決するためにシステム思考は必須です。
  • リフレクション力
    冒頭でご紹介したアリゾナ州、ツーソンの小学校1年生3人は、「僕たちはなぜケンカをするのか」というテーマでシステム思考を活用したリフレクションを行っています。彼らは、時系列で何が起きたのかを振り返り、そこにはどのような要素があるのかを考え、その結果、一つの 悪循環のループを発見しています。そして、どこに介入すれば、このループを断ち切ることができるのかを考え、好循環のループ(相手にいい言葉を伝えると相手は気持ちが良くなり、気持ちが良くなると相手もまた良い言葉を返してくるというシステム)を発見します。システム思考を活用したリフレクションを行うことで、自己の言動をメタ認知する習慣を身に付けることができます。

●日本での私の取り組み
日本でも様々な方にシステム思考を紹介するために、次の様な取り組みを始めています。

  • 「教育の未来を創るワークショップ」
    チェンジラボと呼ばれる社会変革の手法にも、システム思考が活用されています。私たちは、この手法を使って教育の未来を創るための対話の場を持ち、今年で4年目になります。教育も、多様な教育関係者が関わる一つのシステムです。誰もが部分的な貢献をしており、部分の繋がりが全体を創り上げています。教育システムはとても大きく、全体を俯瞰できる立場にいる人は存在しませんが、日本の教育を進化させるためには、教育システムの担い手である文科省、教育委員会、学校現場、保護者、社会が繋がり、一貫性のあるシナリオを持ち、改革に取り組むことが必要です。

    ワークショップで、システム思考を活用して教育システムを分析した結果、2枚の絵が出来上がりました。最初の絵は、教師の多忙を描いています。教育課題、いじめや不登校の問題、体罰問題などすべての課題や要望が現場で働く教師のもとに集結し、教師はますます多忙をきわめ、児童生徒と接する時間や、授業準備の時間がなくなってしまう、という図です。教育を良くしたいという社会の思いや視線が多くなればなるほど、教員は児童・生徒に集中できなくなってしまいます。

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    もう一枚の絵は、『ゆとり教育→奴隷教育』と題して子どもの多忙化を描いています。ゆとり教育は失敗だったという反省から学習領域が拡大する一方で、ゆとり教育と同時に紹介された「生きる力」は、激動する時代にますます重要視されています。学力向上も、生きる力も、グローバル教育も必要と、学習領域がどんどん拡大していく中で、生徒は主体性をも要求されています。

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  • システムシンカーズカフェ
    システム思考を活用した対話の場を持つために、昨年12月から、月1回のペースで「システムシンカーズカフェ」*4というワークショップを実施しています。その背景には、21世紀を生きる子どもたちにシステム思考を身に付けて欲しいという強い願いがあります。第1回はエネルギー問題、第2回は教育問題、第3回はわかりやすい国会事故調プロジェクトをテーマとして取り上げました。

子どもたちが、21世紀を幸せに生きる教育がどうすれば実現できるのか、今後もシステム思考を活用し、真剣に考えて行きたいと思います。

*1 ジェイ・フォレスター教授  1956年にスローン大学院でシステムダイナミックスの研究を始め、子どものK-12 Education(初等・中等教育)にシステムダイナミックスとコンピューターモデリングを導入する方法を開発。幼少期からシステムダイナミックスに触れてこそ、子どもたちは、システムダイナミックスの本当のパワーを活用できると主張。

*2 ワシントン州の理科学習スタンダードhttp://www.k12.wa.us/Science/pubdocs/WAScienceStandards.pdfからご覧いただけます。

*3,4 「教育の未来を創るワークショップ」「システムシンカーズカフェ」にご興味をお持ちの方は、
一般財団法人クマヒラセキュリティ財団 (TEL:03-5768-8950) office-h@kumahira.or.jpまで連絡ください。

イノベーションとメンタルモデル

「コトノバ」 2013 SPRINGに掲載されたイノベーションとメンタルモデルについてご紹介させていただきます。

イノベーションと失敗を恐れない心

1970年代、ちょうどソニーのTVがNYで話題になり始めたころ、私は、NY州のイサカというコーネル大学のある田舎町に留学しました。私が将来の夢を語ると、周りにいた30歳ぐらいの大人がこう言いました。「美香ならできる。それに、最善を尽くせば、実現しなくても、何も失うものはないよ。」16歳の私に、30歳を超えた大人が真顔で言ってくれた言葉を今でも鮮明に覚えています。でも、当時は、とても日本人的だった私は、嬉しい反面、その言葉を素直に受け入れる気持ちにはなれませんでした。「なぜ、私ならできるの? その根拠は? 実現しなくても失うものはないとはいったいどういう意味なの?」

 

当時のアメリカ東部の田舎には、古き良き時代のアメリカが残っていて、父親の権威は絶大でした。夜8時になると、子どもたちは居間のTVの前から全員撤去を命じられ、それぞれ自分の部屋に入りました。しかし、一方で、先に述べたような「夢の実現のためにリスクをとる」ことを奨励する教育観も存在しました。後になり、彼女のコメントは、人生そのものの話なのだと分かりました。

 

日本では、自分の子どもを幸せにするために成功の確率を最大化しようと親は必死になります。日本人は、真面目で、細部にも神経が行き渡り、とても良い仕事する国民性を持っていますから、子どもの教育においても、一ミリのリスクも排除しようとします。こうして育つ子どもたちは、大人がデザインした箱庭の中で、失敗の経験を持たずに、大人になっていきます。

 

最近、あるお母さんから、「どうすればアントレプレナーを育てられるのでしょうか?」という質問を受けました。私は、「失敗を恐れない心が何よりも大切。」と答えました。私は、7年前から、青山ビジネススクールMBAプログラムでアントレプレナーシップの講義を行っていますが、講義の冒頭に、私はいつも、ある実業家の解説を紹介しています。「アントレプレナーとは、パラシュートが確実に開くか否かわからなくても、とりあえず、飛行機から飛び降りる人のこと。もし、パラシュートが開かなければ地面にぶつかるけど、ぶつかったら、また飛び上がればよい」皆さんは、この解説を聞いてどう思いますか。地面にぶつかるのは少し痛そうではありますが、イノベーションを起こすアントレプレナーには、失敗がつきもの、失敗はイノベーションの母です。失敗を学習に変える力を持つ人だけが生き残れるということは、まぎれもない事実です。

 

だから、失敗を恐れない心を培っておくのはとても大切なことです。「でも、どうすればいいのでしょう?」 簡単です。失敗に遭遇した時に、褒められたり、高い評価を得たり、失敗により成長したなど、とにかく、良い経験をしたという思い出を作ればよいのです。冗談と思うかもしれませんが、これは、脳科学的に証明されています。科学技術の進歩により、脳科学の研究が進み、明らかになったことは、我々の「論理的な」思考は、感情に支配されているということです。そして、その感情は、過去の経験に基づいています。過去の経験が、良い思い出となるか、二度と思い出したくない経験となるかが、次の意思決定に大きな影響を与えます。あなたが失敗した時に、親に悲しく不幸な顔をされるか、挑戦したことを「よく頑張ってチャレンジした。失敗から学んだことが宝物なんだ」と称賛されるかが、子どものリスク許容量に影響しています。

 

イノベーションとメンタルモデル

大人の場合は、少し事情が違います。すでに、失敗の経験を持っているからです。では、成人した大人が、リスク許容量を上げるためにどうすればよいのでしょうか。そこで、重要な役割を果たすのが、メンタルモデルを活用する力を身に付けることです。先ほど脳科学の視点で説明した感情と思考の関係を、「学習する組織」では、推論のはしごを使って説明しています。メンタルモデルを簡易的に5段のはしごで紹介します。1~2段目は、これまでの経験、2~3段目は、これまでの経験で行った自分の評価判断、3~4段目は、これまでの経験とその際に下した評価判断から手に入れた確信、4~5段目は、経験や評価判断を通して手に入れたものの見方、尺度や価値観です。私たちが、物事に対して判断を下している時、無意識のうちに、この推論のはしごを使用しています。同じ映画を見ても、人によって違うシーンが最も印象に残るのはこのためです。私たちの中にある推論のはしごが、情報を取捨選択していメンタルモデルるのです。

  • 「メンタルモデル」とは、マインドセットやパラダイムを含め、それぞれの人が持つ「世の中の人やものごとに関する前提」です。自らのメンタルモデルとその影響に注意を払い、うまくいかないときには外にその原因を求めるのではなく、自分の面tるモデルの欠陥を探究します。
  • メンタルモデルは、あなたに見えるもの、聞こえるものを限定しています。自己のメンタルモデルが何かを知ること、多様なメンタルモデルに出会うことにより、世界は広がります。

鈴木敏文氏は著書「本当のようなウソを見抜く」セブンイレブン的年金術の中で、このことをわかりやすく説明しています。皆さんの中にも本を読む時に線を引く方が多いと思いますが、鈴木さんは、線を引いたところではなく、むしろ線を引いていないところにこそ、学びがあると説明しています。推論のはしごを使って、私たちは重要だと思うところに既に線を引いている訳ですから、線を引かなった所(重要視しなかった所)に、あなたにとって未知の世界(学び)があるという訳です。

 

もし、あなたが失敗に対してすでに苦い思い出を持っているとすれば、失敗に対して抱いている現在のメンタルモデルを見直し、新たなメンタルモデルを手に入れる必要があります。成功した人の数々の失敗談を聞くことや、本を読むこと、そして、自分の過去の経験を振り返り、失敗が成功の源になった経験をもとに、推論のはしごを組み立てることで可能になります。

 

メンタルモデルを活用する力は、リスク許容量を拡大するためだけではなく、イノベーションにおいて不可欠な力です。過去のパラダイムに縛られていては、イノベーションは生まれません。アントレプレナーの授業では、グーグルやフェイスブックなどの新しいビジネスモデルを紹介しています。講義をしながら、新しいビジネスは世の中のメンタルモデルを変えるという事実に、本当に驚かされます。一例をご紹介しましょう。私は、12年前、クマヒラセキュリティ財団の活動として情報セキュリティの啓発活動を行っていました。当時、自分の名前や写真をインターネット上に掲載することは、大変危険で非常識な行為とみなさんに伝えていましたが、今では、どうでしょう。フェイスブックは、世の中のメンタルモデルを見事に覆しました。最初は、大学生というクローズなコミュニティ、そして卒業生が社会人になり継続して使用することになると、企業にも利用が広がり、そして、全世界に、個人情報を公開することが当たり前になりました。2004年に生まれたフェイスブックは、世界8億人が使用するソーシャルメディアとなりました

 

変化の激しい時代、過去の経験に縛られないことがますます重要になっています。自分の過去の経験をいったん保留にして、枠の外に出てみましょう。自分の思考は、過去の経験に基づく自分の感情によって支配されているという言葉を思い出してください。「私の持っている考えは、いったい、どのような過去の経験に支配されているのか」、とひとまず考えてみるという習慣が、イノベーションに貢献することは、間違いありません。

 

多様性とメンタルモデル

イノベーションにおいて不可欠なのが多様性です。東京大学のi.schoolは、イノベーションを作り出す人材を創出するために2009年に開始された教育プログラムですが、アメリカのIDEO社がモデルになっています。IDEOの事例.pngのサムネイル画像

 

IDEOは米国・カリフォルニア州に本拠を置くデザインコンサルタント会社です。スタンフォード大学教授で、2005年からD.Schoolのディレクターを務めるデイビッド・ケリー氏がIDEOの創設者です。2000年に、ABCの番組 ナイトラインで放映されたイノベーションを起こす現場は、13年前の映像にもかかわらず、イノベーションを起こすチーム学習について、多くのことを私達に教えてくれます。最近では、U理論として紹介されているイノベーションのプロセスを、チームで楽しく、そしてスピーディに実現しています。

 

わずか5日間で新しいショッピングカートのデザインを行うチームには、エンジニア、言語学者、心理学者、生物学専攻の学生、マーケティングの専門家、MBA等多様な背景を持つ人たちが加わります。イノベーションは、実際にスーパーマーケットに出向いて、ショッピングカートがどのように使われているのかを観察するところから始まります。スーパーマーケットでは、各自が自由に歩き回って写真を撮り、お客さんや店員さんにインタビューを行います。親子連れの買い物客の様子や子どもにとってショッピングカートがどのような役割を果たすのか、独身男性が何を買っているのかを観察します。同じ店内で観察を行っても、メンバーによって捉える視点が異なります。もう、すでに皆さんはお分かりの通り、バックグラウンドが異なるということは、異なるメンタルモデルを持っているということです。多様性が創造に不可欠という意味は、厳密には、多様なメンタルモデルが創造に欠かせないということです。観察を終えたIDEOのチームは、全員の意見を共有した後、自分の意見をいったん手放し、観察から明らかになったことを元に、一からショッピングカートのデザインを始めていきます。多様な視点を取り入れたことが、これまでになかったユニークなショッピングカートをわずか5日間でデザインできた理由です。

 

皆さんも、ぜひ、自分のメンタルモデルを認識し、他者のメンタルモデルをうまく取り入れて、イノベーションに取り組んでみてください。

 

なお、ここでご紹介したメンタルモデルは、ピーター・センゲ教授の「学習する組織」(英治出版、2011年)の5つの力の一つです。学習する組織について詳しくお知りになりたい方は、本書または、拙著「チーム・ダーウィンー学習する組織だけが生き残る」(熊平美香著、英治出版 2008年)をお読みいただければ幸いです。

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ピースフルスクール

KAE「コトノバ」 2013 WINTERに掲載されたピースフルスクールについてご紹介させていただきます。

「夫婦喧嘩をしていると、小学生の娘が真面目な顔で、「仲裁しましょうか?」と申し出てくれました。私は、あわてて、「結構です。」と答えました。」こう話してくれたのは、オランダにある、いじめのない学校ピースフルスクールに子どもを通わせるお母さんです。

2011年4月、ユニセフの「先進国の子供の幸福度調査(2007年)」で総合一位に選ばれたオランダの教育の秘密を探るために、オランダの学校視察を行いました。その時、リヒテルズ直子さんのご紹介で訪れたピースフルスクールに私は、すっかり魅了されてしまいました。ピースフルスクールとは、オランダで最も成功しているシチズンシップ教育のプログラムならびにその実践校のことで、10年以上の実績を持ち、現在、600校を超える学校で実践されています。

●ピースフルスクールの全体カリキュラム

ピースフルスクールでは、子どもたちは、1年間に約40時間の授業を通して、自立と共生、そして民主的な社会の作り方を学びます。先生と生徒が、共働し、民主的な文化を醸成するために必要な学習を行います。

カリキュラムは、大きく6つの領域に分類されます。

  • 主体性と責任感を持ち、ポジティブな社会を創る
  • コンフリクトを先生の力を借りずに、建設的に解決する
  • 他人の視点で物事を考える、考えとその論拠を明確に述べる、意見の違いを受け入れるなどの基本となるコミュニケーション力を持つ
  • 自分の感情と上手に付き合い、他者の感情を、その人の立場に立って考える
  • 仲裁力および、集団に積極的に貢献する
  • 人の多様性に対してオープンな姿勢を持つ

すべての授業は、ロールプレイや話し合いによるチーム学習に基づきデザインされています。先生が、子どもたちのロールモデルとなり授業を体現し、子どもたちも授業で学んだことを一つずつ実践することで、ピースフルスクールの一員となっていきます。

それでは、ピースフルスクールでは、どのようにシチズンシップ<自立と共生>を教えているのでしょうか?その一部をご紹介しましょう。

●自分の意見の主張と他者の意見の尊重

最初に子どもたちが学ぶのは、自分の意見を持つことです。自分の考えたこと、自分が感じたことを周囲に伝えることの大切さを学びます。その上で、子どもたちは、意見には、賛成と反対の立場があることを学びます。そして、これが、最も大切なことですが、先生は、友達の意見に反対する許可を子ども達に与えます。「私たちは、意見を持ちます。その意見は、いつもお友達と一緒というわけではありません。私たちは、違う意見を持っていても、お友達でいてよいのです」授業でこのように学び、子どもたちは自分の意見を主張することと多様な意見を尊重することを学んでいきます。

●感情とうまくつきあう

ピースフルスクールでは、感情に対するメタ認知力を高める様々な工夫がされています。喜びや、怒り、悲しみなど代表的な感情について学びます。子どもたちは、朝、教室に入ると、自分の名前の書かれたスティックを、その日の感情に合わせて、嬉しい、悲しい、怒っている・・・等の感情ボックスにさします。こうして、自分の感情を認識する習慣や、他者の感情に共感する習慣を身に付けます。

見学した授業では、お友達同士、グループになり、家族についてのインタビューが行われていました。「あなたの家では、誰がお料理を担当していますか?」などの質問に答え、用紙を埋めていくワークをした後に、全員が輪になり座ります。私は、当然、次に始まるのは発表内容の共有であろうと思っていました。ところが、先生は、「今、ピースフルでない人はいますか?」と尋ねました。すると、一人の子どもが手を上げました。「うまく、グループワークに参加できず、ピースフルでありません。」確かに、その子は、グループワークにうまく参加できず、少し困っている様子でした。さらに、驚いたのは、先生の対応です。先生は、「そのことを、あなたはお友達に伝えましたか」 と聞きました。「いいえ」とその子は答えます。「それでは、授業が終わったら、ちゃんと、お友達にその気持ちを伝えて、その問題に対処しましょう」と先生は、締めくくりました。 こうして、ピースフルスクールに通う子どもたちは、ピースフルでない時、自分でそのことに対処する力を習得してきます。

●自分たちの力でコンフリクト(対立)を解決する

オランダでも、1990年代に、いじめや学級崩壊など、学校における秩序の崩壊が社会問題になりました。当時、いじめが起きると、オランダでも、先生が介入する方法がとられていたそうです。生徒が、先生にいじめのことを相談すると、先生は、2つの方法でいじめに対処しました。クラス全員を集め、いじめはよくないということを教えるか、いじめを行っている生徒を呼び出し、反省を促すという方法です。ところが、このような対処方法は、実は、多くの場合、いじめがさらに悪化してしまうということが明らかになりました。そこで、生まれたのが、子ども達自身がいじめに対処する力を身につけ、ピースフルな学校創りに参画する教育プログラムです。

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子どもたちは、最初に、コンフリクトという概念を学びます。お互いが、お互いの邪魔になっている時、お互いに同意をしていない時は、コンフリクトが存在しています。そして、コンフリクトが、喧嘩の原因になることが多いことに気づきます。ピースフルスクールでは、コンフリクトに対して、オープンに話し合い、問題を解決することを学びます。話し合いを練習するために赤、青、黄色の帽子を使います。赤い帽子は、自分の望みを一方的に押し付けるコミュニケーション、青の帽子は、本当の気持ちを相手に伝えず、相手の言い分を受け入れるコミュニケーション、黄色い帽子は、オープンに話し合い、一緒に考え、問題を解決するコミュニケーションです。赤い帽子では、共生社会は作れません。青い帽子は、喧嘩を避けることはできますが、主体性を犠牲にしているので、やはり、ピースフルな共生社会は作れません。そこで、みんなで黄色い帽子のコミュニケーションを練習します。

上級生による喧嘩の仲裁の場面では、黄色い帽子のコミュニケーションがルールです。立候補と審査により選ばれた12名の仲裁担当者が、2名ずつ当番制で、校内のすべてのコンフリクト(対立)の仲裁を行います。1年生から6年生まで、子ども達はコンフリクトが起きると、必ず、仲裁担当者のところに行かなければならない決まりになっています。仲裁担当者も黄色い帽子をかぶり、当事者同士が、お互いの言い分を相手に伝え、相手の意見に耳を貸し、相互理解を深めた上で、一緒に解決策を見出す話し合いを促進させます。両者ともに満足する解決策は、ウィン・ウィン解決、どちらかのみが満足する解決策は、ウィン・ルーズ解決、両者とも不満足な解決策は、ルーズ・ルーズ解決です。私が、このような解決策のことを学んだのは、社会人になり、30歳を超えてからです。

●視点の違いを学ぶ

視点の違いについても、学びます。対立をしている時、人は、自分の立場から対立をとらえています。それは、みんな違った種類のメガネをかけているのと同じです。

「お母さんは、暗くなると危ないから、5時になったら家に戻るように言います。夏は、5時になってもまだ明るいから、暗くなるまで外で遊びたいと、お母さんに言うと、叱られます」
この事例をもとに、話し合いをします。お母さんの立場で、お母さんのメガネをかけてみると、そこには、どのような視点があるのでしょうか。まだ明るいのに、なぜ5時までに息子に家に帰って欲しいと考えるのでしょうか。お母さんのメガネをかけて考えてみましょう。こうして、視点の違いが、意見の違いの原因となることがあることを学びます。

●いじめに加担しない

ふざけて、人をからかっているうちに、いじめが始まることがあります。最初は、からかわれている本人も、楽しんでいるのですが、ある時から、本人は、からかわれることを苦痛に感じるようになります。こんな時、ピースフルスクールでは、本人が「やめてください」と、自ら主張するのが決まりです。みんなが、盛り上がっている時に、からかわれることを断るためには、断固とした姿勢で、明確に「ノー」ということが大切です。こうしたことも、ロールプレイを通して学びます。いじめにおいては、加担者や傍観者、集団圧力という概念も学びます。集団圧力については、スポーツ観戦に行った時、スタンドのほとんどの人たちが相手チームにヤジを飛ばし始めると、本意でないのにもかかわらず、自分もそれに参加せざるを得なくなるという事例を用いて紹介しています。実際、いじめにおいても、本当は参加したくないのに、周囲のみんなが参加しているために、仕方なくいじめに加担してしまうというケースが少なくありません。集団圧力に抵抗することは、簡単ではないことを理解したうえで、自分の意志を貫き、いじめに加担しないために、どのような周囲に伝えればよいのかを学びます。ピースフルスクールの教室

子どもたちは、知識を学び、スキルを身に付け、実践を通して学びます。先生が、いじめ問題を解決するのではなく、一人ひとりに、自分を守る責任があるというスタンスが自立した個を育てるという考え方は、これからの日本の教育においても、とても重要な視点だと思います。

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クマヒラセキュリティ財団では、ピースフルスクールの開発者であるレオ・パウ氏と、リヒテルズ直子氏にご協力いただき、現在、先生向けのマニュアルの翻訳を手掛けています。6年生の授業では、憲法や、世界の紛争にも目を向けます。オランダで、ピースフルスクールを導入した地域では、大人も、ピースフルな社会を実現するために、この手法を取り入れています。日本においても、同様の展開ができればと考えています。

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OECDのキーコンピタンシーとゆとり教育

KAE「コトノバ」 2012 AUTUMNに掲載されたOECDのキーコンピタンシーとゆとり教育についてご紹介させていただきます。

 

2000年に発表されたOECDの「生徒の知識と技術の測定(PISA)」の報告書の序文に、Prepared for Life(人生の準備は万全か)というタイトルで以下の通り書かれています。「若い成人が未来の挑戦に対処すべく、果たして充分に準備されているだろうか。彼らは分析し、推論し、自分の考えを意思疎通できるだろうか。彼らは生涯を通しての学習を継続できる能力を身につけているだろうか。父母、生徒、広く国民、そして教育システムを運用する人々は、こうした疑問に対して解答を知っておく必要がある。」この疑問に対する解答を探すために、この3年間、様々な活動に取り組んで参りました。2010年より、ハーバード教育大学院で行われているフューチャー・オブ・ラーニングという研究会に毎年し、ハワード・ガードナー教授にご指導いただいています。システムダイナミックスの生みの親ジェイ・フォレスター教授と、学習する組織を提唱するピーター・センゲ先生が主催するシステム思考教育の研究会にも、参加しました。また、2007年のユニセフの「先進国の子どもの幸福度調査」で、世界一子どもが幸せな国といわれるオランダにも学校視察に行きました。このような活動から明らかになったことは、工業化社会において輝かしい功績を持つ日本の教育は、20年後に世の中で活躍する子どもたちが、幸福に生きる力を身に付ける教育ではないということです。海外の研究会には、世界中の教育関係者が参加し、新しい時代に生きる力を身につけるために、教育をどのように変えていけばよいのかを真剣に考えています。日本の国際競争力を高める上でも、本当に、教育が今、変わらなければなりません。

 

4回シリーズの第1回目は、子どもたちが幸せに生きるために必要な力を、最も網羅的、体系的に説明しているOECDのキーコンピタンシーについてご紹介させていただきます。ビジネス界の皆様にも、共感していただける内容だと思います。

 

OECDのキーコンピテンシーハワード・ガードナー教授と

OECDキーコンピテンシーは、世界のOECD加盟国の教育改革に、大きな影響を与えています。日本においても、文部科学省の「生きる力」に反映されており、2002年および、2011年改訂の学習指導要領に盛り込まれています。

OECDが、キーコンピテンシーの定義に取り組んだ背景には、社会の変化があります。これまでの学校教育では、子どもたちが将来、幸せに、意義 ある人生を生きるために必要な力を身につけるこ とができないという課題認識に基づき、キーコンピテンシーは、策定されました。以下、その概要についてご紹介します。

 

●子どもたちが生きる時代は、これまでと何が違うのでしょうか。

OECDは、子どもたちが生きる時代を、以下のように解説しています。子どもたちは、絶え間なく続く技術革新に対応することが求められます。溢れる情報を取捨選択しなければなりません。経済成長と地球環境の保護という2つの矛盾する目的を達成しなければなりません。豊かさの追求と、貧困や富の格差の是正を同時に考えなければなりません。目的を達成するための取り組みは、より複雑になっており、特定のスキルを身に付けただけでは、問題解決に十分な力を持つことができません。

 

時代背景を表す言葉は、変化、複雑性、相互依存の3つです。技術が、急速に継続的に変化する世界においては、技術に関する学習は一時点で終わるのではなく、技術革新への高い適用力が求められます。社会がどんどん複雑化、細分化してきており、個人的な関係においても、多様な人々との交流がますます求められてきています。また、グローバライゼーションは、新しい形態の相互依存性を作り出しています。経済活動や、環境破壊に繋がる様々な活動は、個人の住む地域や国家の枠を超えて広がってきており、グローバライゼーションによる相互依存性は、今後ますます高まることが予測されます。

 

●目的と方針

OECDは、キーコンピテンシーを策定するにあたり、目的と方針を明確にしています。究極の目的は、民主的な社会の実現と、持続可能な成長の維持です。その上で、キーコンピテンシーの妥当性を検証する指針を、3つに絞りました。方針の1つ目は、キーコンピテンシーが、個人と社会の両者にとって価値ある結果をもたらすものであること。2つ目は、特定の状況において求められるコンピテンシーではなく、あらゆる場面において普遍的に重要なコンピテンシーであること。3番目に、特定の専門家だけではなく、全ての個人にとって重要なコンピテンシーであることです。

 

個人と社会、それぞれにとって価値ある結果とは何かも明確に定義しています。個人の成功の定義は4つです。(1)望ましい就職の機会と所得を得られること、(2)健康と安全が維持出来ること、(3)政治への参画が認められること、(4)人間関係やコミュニティが存在すること。同様に、社会の成功も、4つに絞り込んでいます。(1)経済的生産性が維持されていること、(2)民主的プロセスが存在すること、(3)社会的なまとまりや構成が成立し人権が守られていること、(4)環境が守られていること。このような成功を実現するために必要な力として、キーコンピテンシーは策定されました。

●3つのキーコンピテンシー

第1のコンピテンシーは、相互作用的にツールを用いる力です。言語的スキルや数学的なスキルを土台としたコミュニケーション力は、このカテゴリーに含まれます。さらに子どもたちには、創造的に問題解決を行うために適切な情報処理能力と思考力が求められます。そのために、(1)分かっていないことを認知する力、(2)適切な情報源を特定しアクセスする力、(3)その情報の質、適切さ、価値を評価する力、(4)知識と情報を整理する力を鍛える必要があります。技術革新に適応するのみでなく、技術革新を生み出す力も、このカテゴリーに含まれます。

第2のコンピテンシーは、異質な集団で交流する力です。和を重んじる日本人にとって、得意な領域と思われがちですが、その内容を読み進めて行くと、日本人にも発想の転換が求められることがわかります。人が自分にとって良いと感じる環境を作り出すためには、他者の価値観、信念、文化や歴史を尊敬し、評価するだけではなく、それらを取り入れて成長することが求められます。そのためには、共感力を持ち、自己及び他者の情動やモチベーションに効果的に対処する力が求められます。また、他者と協力する能力として、(1)自分のアイディアを出し、他者のアイディアに耳を傾ける力、(2)討議の力関係を理解し、基本方針に従う力、(3)戦略的、あるいは持続可能な協力関係を構築する力、(4)交渉する力、(5)異なる意見を受け入れ、その上で意思決定する力の、5つの力が求められます。このカテゴリーには、争いを処理し、解決する能力も含まれ、(1)異なる立場があることを認識し、現状の課題と危惧されている利害の全ての面から争いの原因と理由を分析する力、(2)合意できる領域とできない領域を認識する力、(3)問題を再構築する力、(4)要求と目標の優先順位を決める力、の4つの力が求められます。

第3のコンピテンシーは、自律的に活動する力です。変化、複雑性、相互依存に象徴される新しい時代において、個人は、より広い視点を持ち、より広い文脈の中で、自己の行動や意思決定を捉えなければなりません。自分の行動の直接的・間接的な結果を認識する必要があります。変化する環境において、人生の意義や目的を明確にし、計画性とストーリーのある人生を生きる力が求められます。また、自らの権利、利害や、限界を知り、社会的な責任を果たすと同時に、自己を守る力をもつことが求められます。変化、複雑性、相互依存を前提とした社会において、幸福な人生を生きるために、システム思考を持つことが不可欠であることが解ります。

 

OECDは、3つのカテゴリーを包括する力として、内省力およびメタ認知力が不可欠であると述べています。自らの経験を内省し、学びを抽象的概念化する力や、俯瞰的に自己および物事を捉える力が、自律的学習者には不可欠だからです。

 

●ゆとり教育の失敗

ゆとり教育が始まった当時、私の息子は小学生でした。その当時は、一人の母親として、「ゆとっている場合ではない!」と心で叫び、公立中学校に任せる訳にいかないと、中学受験を決意しました。生きる力の教育が導入された時、学校の先生も、親も、その目的や背景を理解していませんでした。そして、子どもたちの学力が低下し、ゆとり教育の失敗という評価に終わりました。

 

しかし、学力低下は、ゆとり教育の失敗のほんの一部です。より大きな失敗は、日本の教育が,生きる力(OECDキーコンピテンシー)を身に着けさせる教育に変容できなかったことです。今日、生きる力の教育は、教育現場や教員の意識からは、すっかり消え去ってしまいました。学力向上が、以前にも増して重要な教育目的となっています。数値化できる学力評価に比べて、定性的なコンピテンシー評価の曖昧さも、学校教育への導入を困難にする要因です。

 

子ども達の幸せを願わない先生や教育関係者はいません。教育関係者に必要なのは、認知理解の深いレベルで、生きる力とは何か、それがなぜ必要なのかを理解することです。教育の方法論も重要ですが、まずは、目的と成果目標の理解から始めなければ、先に進めないと感じています。

 

子ども達の幸せと、日本の持続可能な発展のために、今、教育は変わらなければなりません。「ゆとり教育」を失敗の烙印とともに忘れ去ることはできません。そのためには、ビジネス界の皆様に、お力を貸していただきたいと思います。新しい時代がどのような時代なのか、どのような力が必要なのかを、広く語ってください。そして、教育を変える賛同者、支援者になっていただきたいと思います。

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ティーチ・フォー・ジャパン フェロー研修

文部科学教育通信 No.322 2013-8-26に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る32をご紹介します。

 

先日、NPO法人ティーチ・フォー・ジャパンのネクスト・ティーチャー・プログラムで、2年間教師として国内の小・中・高に赴任しているフェローを対象とした研修を実施しました。現場で日々児童・生徒と向き合うフェローが、どのような理想を掲げ、どのような課題に挑戦しているのかをご紹介します。

 

●NPO法人ティーチ・フォー・ジャパンについて

ティーチ・フォー・ジャパンは、リーダーシップを備えた優れた教師を育成・輩出することで、すべての子ども達が、「夢中になれる力」「考える力」「チームで達成する力」などを身につけ、正解がない中で、新しい時代を切り拓くことのできる教育を目指しています。

その目標を達成するためにティーチ・フォー・ジャパンが大切にしているマインドセットは、革新的であること、学習者であること、お互いを尊重すること、可能性を信じることです。

 

●ネクスト・ティーチャー・プログラムについて

ティーチ・フォー・ジャパンのプログラム「ネクスト・ティーチャー・プログラム」は、成長意欲が高く、熱意のある若者を、フェロー(教師)として育成しています。

フェローは、様々な事情で十分な教育が受けられない児童・生徒と向き合い、指導を通して児童・生徒を導くために、国内の小・中・高に2年間赴任します。

彼らは、児童・生徒に高い期待を抱き、大きな理想を掲げます。その理想を実現するために、日々現実とのギャップを埋めるべく学習し、課題を解決し続けます。時に問題にぶつかることもありますが、諦めてしまうのではなく、児童・生徒のために何ができるのか、どうしたら少しでも理想に近づくことができるのかを、常に考えて行動します。

 

今回は、今年度からフェローとして活躍している教師達の研修の様子をお伝えします。

 

7月後半の暑い日、日本全国の学校で児童・生徒と向き合っているティーチ・フォー・ジャパンのフェローが集まりました。

このように定期的にフェローが集まる理由は、自分の立てた目標や、良いと思って実行していることが、本当に児童・生徒のためになっているのかを、フェロー同士の意見交換を通じて客観的に判断するためです。日々リフレクションをし、課題解決にチャレンジしていても、一人では思いこみや先入観を払拭することが困難ですが、こうして同じ目標に向かっている者同士でリフレクションをすると、より多くのことに気づくのです。また、異なった赴任先の仲間から違った視点での意見をもらえる利点もあります。

 

リフレクションの流れは、

  • 現在、自分が理想としている「自分」「児童・生徒」「同僚」「学校システム」のあり方は何か
  • 1学期を振り返り、現状や自分が抱えている課題は何か
  • ②で挙げた課題を解決するためには、何ができるか

です。

それぞれの過程で、フェローがどのようなことを考え、話し合っていたのかを共有します。

 

●「自分」「児童・生徒」「同僚」「学校システム」の理想的な状態は?

まずフェローは、「自分」「児童・生徒」「同僚」「学校システム」の理想的な状態を洗い出しました。

この時、必ず「自分」に関することから考えはじめます。現状がうまくいっていない場合、「周りの人」や「環境」に関することを考えてしまうことが多いのですが、まずは「自分」についてリフレクションしていきます。

「自分」についての理想状態として、

  • 課題解決思考の持てる自分
  • 生徒の話を受けとめられる自分
  • 明確な目標と評価軸を立てられる自分

といった意見があがりました。

「日々の業務に追われ、目標や目的を見失いそうになったこともあるが、理想状態と現実のギャップを認識し、そのギャップを埋めるために今何をすべきか、常に考えて行動した」というフェローもいました。

「児童・生徒」の理想的な状態として、

  • 主体的に学ぶことができる
  • 疑問を持ち、それを伝えることができる
  • 目標をもって、努力することができる
  • 成功体験を積むことができる

といった意見があがりました。

フェロー全員が、児童・生徒としっかり向き合っているからこそ出てくる意見が多かったように思います。

「同僚」に関しては、

  • 教師同士がフィードバックし合える関係
  • 教師全員が生徒の可能性を信じている
  • 安心・安全な学校づくりに励んでいる

といった意見があがりました。

教師全員がチームとなって、一人ひとりがリーダーシップを発揮することの重要性と、その実現の難しさを感じているフェローもいました。

「学校システム」の理想として、

  • 納得感のある教員研修
  • メンター制度の導入
  • 外部フィードバック制度の導入
  • 改善案を伝えることのできる公開授業

といった意見があがりました。

多くのフェローが、学校全体の児童・生徒に対する影響力を知り、どのようにしたら学校が全ての児童・生徒をサポートできるのかを考えていました。

 

●現実をクリティカルに評価し、振り返るDSC00420.JPG

理想状態を洗い出した後は、現実を見つめ直す時間をもちました。

フェローは、静かに一学期の自分や児童・生徒、周囲のことを振り返りました。

学校に入る前、どのような期待と希望を抱いていたのか。4月に初めて学校に入った時、何を見て、何を感じ、何を考えたのか。目標設定は正しかったのか。その目標を実現するために、何を行ったのか。実行したことは、本当に児童・生徒のためになっているのか。目標や理想とのギャップはどのようなものか。問題を解決するために、何ができたのか。                                      

「自分が期待していた2割ぐらいしか、生徒が 勉強できていない現実を目の当たりにした。  自信を失い、学ぶ好奇心がなく、目の前の短絡的な楽しみに向かってしまう生徒と向き合い、自分に何ができるのかと、毎日考えた。」

「8割はとれると思い作ったテストの平均点が、2割を下回り、自分が生徒のことをしっかりと理解できていなかったことに気付いた。」

「生徒達に、のびのびと学習してほしいと願っているのに、厳しく叱ってしまい、教室の空気を委縮させてしまったことがあった。教師のもつ影響力の大きさを思い知った。」

といったフェローの話を聞きました。

フェローは、理想を実現するために自分が実行していることを改めて見つめ直し、本当にそれが正しいのか、どのような効果が出ているのかを、振り返りました。

 

●同じ志をもった仲間と打ち手について話し合う

理想と現実を振り返った後は、フェロー同士ペアになり、課題を克服する適切な方法を探りました。異なる学校に勤務しているフェローですが、児童・生徒のことを思う心は皆同じです。

ある高校で指導しているフェローの話がありました。彼女は、どの生徒にも同じように高い期待をもち、しっかりと向き合うことが大切だと考えています。そのため、全ての生徒に対して同じように接していたところ、彼女の予想通りうまくいく生徒と、なかなか思っていたような成果が出ない生徒がいたと言います。なぜうまくいかないのかをリフレクションしていく中で、長期的には、彼女の掲げている目標や大事にしている価値観は間違っていないが、短期的に生徒と関わるという点において、全ての生徒に対して同じように接するのではなく、生徒ごとに効果的なアプローチの仕方があることに気づきました。その後、彼女は生徒を思い浮かべながら、それぞれに効果があるアプローチの案を出していました。

 

リフレクションを通して、目標を再確認し、現実をしっかりと見つめ、今行っている指導が本当に効果的かどうかを検証している教師を見て、教師が学習者であることが大切だということを、再認識しました。児童・生徒と向き合う教師が学び続けることで、より良い教育を児童・生徒に届けることができる、と私たちは考えています。

わかりやすいプロジェクトから学ぶ学習イノベーションの未来

文部科学教育通信 No.321 2013-8-12に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る31をご紹介します。

先日、東京大学本郷キャンパスにおいてハーバード教育大学院大学のデイビッド・パーキンズ博士によって「未来の学びとティーチング」に関する講演会が行われました。パーキンズ博士は、思考に関する研究や教授法の研究などで世界的に知られる教育学者です。世界中で今まさに起きている学習イノベーションをテーマに、「真の理解をもたらすティーチングとは何か」、「予測できない未来に向けて何をどのように教育していくべきか」の2つの問いを中心に講演が行われました。

●学習イノベーションの未来

デイビッド・パーキンズ氏の講演で特に印象に残ったのは、世界が広がるにつれて、教育の世界も広がっているということ、今後、子どもたちが人生と世界の問題に対峙していくためには、時代に合った教育を提供していかなければならない、ということでした。以下に、その概要をご紹介いたします。

広がりゆく教育の世界で起きている学習イノベーションには、大きく分けて6つのトレンドがあります。各国の教育イノベーションの在り方は一律ではなく、この6つのいずれかの組み合わせであると言えます。

1.従来の学習内容を超える

これまでにない新しい学習内容が21世紀の学習領域に含まれるようになってきています。創造性とイノベーション、クリティカルな思考と問題解決能力、コミュニケーション力などの21世紀型の技能が求められるようになっています。

2.ローカルな狭い知識を超える

1つの地域にとらわれない、グローバルな視点や課題が学習領域に含まれるようになってきています。

3.課題学習を超える

これまではテーマ(課題)が与えられ、それについて学ぶことが重視されましたが、状況は変わりつつあります。例えば、民主主義という問題にしても、それを学ぶ課題とするのではなく、自分がどのような形で関わるか、何に気を配るのか、などの個人的な視点を持ち、思考や行動のツールとしていくことが重要になりつつあります。

4.伝統的な学問分野を超える

「グローバル経済」「健康」「起業」などの新しい学習領域が含まれます。

5.教科の枠を超える

例えば、「環境」「パンデミック」「エネルギー問題」を学ぶ際には教科の枠を超えた学びが必要となります。

6.画一的な学習を超える

学習者の興味・関心に合わせてテーマを選択できるように個別のカリキュラムを組むことができます。プロジェクト学習などもその一つです。

我々はこれまでの知性では対応できない複雑で多様な世界に突入しています。この複雑に広がる社会に対応して生きていくためには、教育も、その世界において重要なもの、時代に合ったものを提供していかないといけません。現実の問題に対応できない知性を持っていても何の役にも立ちません。その意味で、従来の国語や数学などの学習科目は現実の問題に対処する力を養うには、十分とは言えません。インターネットにより、多様な情報源が活用可能になった今、生活や世界(社会)とつながりのある問題が教材となる時代になっています。

現実の出来事から子どもたちが学ぶテーマとして非常に重要だと思われるのが、2011年3月11日に起きた福島原発事故です。一つのテーマに対して深い理解と疑問を持つことで、洞察力、共感、行動、倫理を学ぶ機会が生まれます。

●「わかりやすいプロジェクト」

福島原発事故に関する国会事故調報告書に記載されている事実を多くの人々に知ってもらうために、「わかりやすいプロジェクト」を立ち上げた人々がいます。

彼らの活動の目的は、事故調の報告書をわかりやすいものにし、以下の5つの問いに対する対話が日本中で行われるようにすることです。

  • 福島原発事故では何が起こったのか。
  • 福島原発事故の教訓とは何か。
  • 何を残し、何をどう変えていかなければならないのか。
  • どれだけの選択肢があり、それぞれの選択肢がもたらす価値は何か。
  • 短期的な視点と、長期的な視点で、私たちは個々人として何をするのか。

国会事故調とは、日本の歴史上初めて、国会の指示の下、事故当事者以外の第3者によって構成された委員会です。その国会事故調が作成した報告書は、民間で行われた報告書と異なり、事故当事者からの独立性が高く、調査権限も強いものです。2012年7月5日に国会に提出された後、一年が経ちましたが、その情報はあまり広がっていません。

「わかりやすいプロジェクト」は、原発事故に関するオープンでわかりやすいコンテンツを増やすことで、国民の理解を深めて、関心の輪を広げることができると考えています。わかりやすさを具現化するために、ストーリーブックやイラスト動画を作成し、そのコンテンツを利用して、ダイアログ・イベントやワークショップ、勉強会などの実施を続けています。

イベント参加者からは、ダイアログイベント.jpg

  • 事実から目を背けずに向き合い、対話をして未来への選択をしていく。日本の選択一つひとつに世界が注目しているということを意識し、自分には何ができるかを考えて行動していきたいと改めて感じた
  • 事故に対して、事前の調査や準備、想定が非常に不足していたことがわかった。事故後2年経って、この経験はどのように活かされているのか、問題だった点と対策をひもづけつつ、自分なりに考えたいと思った

といった感想が寄せられています。起きてしまった事故を振り返り、未来に活かすためにそこから学ぼうとする意志が伝わってきます。

「わかりやすいプロジェクト」のメンバーは、日本を、民主制のもと、質問や対話が自然と生まれる国にしたいと願っています。そのために、専門家は複雑なことを義務教育修了者が理解できるレベルで説明すること、国民は、疑問に思ったことを質問して、理解することが重要です。国民が自分の考えを持ち、世代を超えて多様な意見を尊重し、オープンに話し合う世の中にすることが彼らのビジョンです。今後は、わかりやすいコンテンツの配信やワークショップ、勉強会の開催の他、中学・高校における授業やプロジェクト学習の実施、大学における講義などを始める予定とのことです。

世界の教育界では、「リフレクション」と「メタ認知力」が21世紀を生きる子ども達にとっての核となる力と言われています。もし、大人が、原発事故の教訓から学ぶことができなければ、日本の子ども達は、リフレクションの意味を永遠に理解する事はできないでしょう。リフレクションは、責任の追及ではありません。報告書を過去のものとして忘却に帰するのではなく、そこを出発点としてこの問題をいかに解決していくかを議論し、今後の日本のあり方に反映していくことです。このテーマを身近に感じ、主体的に関わろうと考えてくださる方が増えることを心から願っています。

彼らの活動に興味をお持ちの方は、是非、「わかりやすい国会事故調プロジェクト」ホームページ http://naiic.net/をご覧ください。<お問い合わせ>一般財団クマヒラセキュリティ財団内 わかりやすい国会事故調プロジェクト Email: Office-h@kumahira.or.jp TEL: 03-6809-0763

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メリー・ゴードン氏の来日

文部科学教育通信 No.320 2013-7-22に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る30をご紹介します。

 

第27回の連載で、エンパシー(共感力)教育の重要性について述べましたが、アショカ財団のエンパシー・キャンペーンのスタートに際して来日されたメリー・ゴードン氏の講演会の様子をご紹介しましょう。メリー・ゴードン氏は、カナダのルーツ・オブ・エンパシーの創立者で、心の教育の第一人者として世界的に有名です。

アショカ財団は、「他者の気持ちを思いやり、相手の心に寄り添う」能力は、語学、数学、音楽、運動などのように一つの「才能」であり、誰でもそれを磨くことができると考えています。エンパシー能力と心の教育の重要性をより多くの方々に知っていただくために、2013年夏から5年間に亘り、15人の社会イノベーターたちを毎年3人、1週間ずつ日本へ招待し、講演、討論会などを実施する計画をしています。来日中のメリー・ゴードン氏は、7月8日、慶應義塾大学三田キャンパスで講演を行い、私は質疑応答のファシリテーターを務めさせていただきました。10日に大阪で講演会、12日に、エンパシーを育むような子どもとの関わり方について、親や教育関係者との対話会が開かれました。

 

●プログラムの概要

ルーツ・オブ・エンパシーは、9か月間、計27回の授業で完結する内容になっています。幼稚園、小学1~3年生、小学4~6年生、中学1~2年生用と4種類の教材があります。9か月の間、毎月1回、一歳未満の乳幼児とお母さんが教室を訪問し、子どもたちは、その様子を観察します。子どもたちは赤ちゃんが何を感じ、何を言おうとしているのかを理解することを通して、相手の気持ちや感情を探り、同化する能力を育んでいきます。ルーツ・オブ・エンパシーの実施結果として、10年以上の研究や分析データがあり、参加した子どもたちに対する次のような科学的効果が認められています。

1.攻撃性の減少
2.社会的・情緒的な理解力の向上
3.より愛情深く思いやりのある子どもが育成される
4.子育てに必要な知識を広げることができる

東京での講演会は、ジョニーとりんごの話から始まりました。

「ジョニーはりんごを3個持っています」
「もしアメリーが2個取ったら」
「ジョニーのりんごは何個残るでしょうか?」と問うのがこれまでの教育です。子どもたちに何を知っているかを問い、いかに結果が出せるかで、子どもの能力を測ります。エンパシー教育では、「ジョニーはどのような気持ちになるでしょうか?」と問い、子どもたちに、自分が何を感じ、考え、また、他人が何を感じ、考えていると思うかを問いかけます。

 

●赤ちゃんは先生

おもちゃを掴もうとする赤ちゃんを見つめる子どもたちの映像が映し出されました。赤ちゃんが少し遠いところにあるおもちゃを取ろうとしますが、手が届きません。それでも、懸命におもちゃを掴もうとする赤ちゃんの様子に、子どもたちは釘づけです。そして、あと一息でおもちゃに手が届こうする時に、赤ちゃんが転んでしまいます。思わず、子どもたちの間から、「うぉ~」と心配そうな声が挙がりました。困った赤ちゃんは、お母さんの方を向きます。

「赤ちゃんは、今、何を感じていますか?」
「赤ちゃんは、今、何を考えていますか?」
「赤ちゃんはおもちゃが取りたいのですね。でも、手が届かないから、フラストレーションを感じているでしょう」
「あなたは、最近、赤ちゃんのようにフラストレーションを感じることがありましたか。それはどんな時で、どういう気持ちでしたか」

先生はこのように、赤ちゃんの心を感じとった子どもに、次は自分の心の声を聴く問いかけをしていきます。

赤ちゃんの様子を観察した後で、子どもたちは「自分はどうなのだろう?」「どうしてこのような感情を持つのだろう?」と、自分に当てはめて考えるようになります。そして、自分の感情を言葉にし、なぜ、そのような感情を持つのかを考えることにより、自分とは何かを学びます。自分の感情と思考をメタ認知できるようになると、自分の本当のモチベーションに基づく行動を行うことができるようになります。親や先生から褒められるから、人にやさしくするのではなく、自分の心がそうしたいから、人にやさしくすることを子どもたちは学ぶのです。

また、お母さんの赤ちゃんに対する愛情と赤ちゃんがお母さんに寄せる信頼という親子の様子を観察することで、親の愛を知らない家庭環境で育った子どもも、お母さんの愛情を感じ取ることができます。虐待を受けて育った子どもが、赤ちゃんから慕われる経験をすることで、「僕にも家庭が持てるかな」と将来に向けて希望を持つようになります。エンパシー教育を通じて、感情についての理解力が高まると、子どもたち達は、辛い経験があってもうまく対処できるようになります。

 感情にとっての深い学びは、子どもたちに多様性を尊重する心も育みます。クラスでやんちゃな男の子も、自分と同じように泣きたい気持ちや感情を持っていることを知ると、子どもたちは、「自分とは違うと感じていたお友達も、実は自分と同じだ」ということを知ります。ルーツ・オブ・エンパシーを通して、多様性の尊重という民主的な社会や紛争のない平和な社会を形成する土台も養われます。

 

●破壊的なイノベーション

ルーツ・オブ・エンパシーは、破壊的なイノベーションの提案であると、メリー・ゴードン氏は語ります。「教科を教えて、子どもたちに良い成績を納めさせる」ことが、これまでの教育の成功の指標でしたが、ルーツ・オブ・エンパシーは、建設的な体験を通して得る「人間としての成功」を目指します。「人間としての成功」を手に入れる鍵は、突き詰めると「人とどのように関わるか」ということです。「人と関わる」ための基本的な能力がエンパシーです。メリー・ゴードン氏は「人間としての成功」を手に入れる子どもたちを多く育成することが究極の教育のゴールであると言います。

                                                                           

主に5つの視点で、教育にイノベーションをもたらします。メリー・ゴードン with 下村、奈々、漆、熊平.jpg

1.競争・賞罰・褒美ではなく、個人が本来持っているモチベーションに基づき行動する人をつくる                                   

2.従来の「識字リテラシー」だけでなく「感情リテラシー」を持つ人を作る

3.家族やコミュニティとのポジティブな関係を持つ人を作る 

4.子どもたちを、従順な「生徒」としてでなく、チェンジメーカーとして尊重する

5.学校で良い成績を納めるのではなく、メタ認知力(自らの思考や行動を把握し、認識する能力)を持つ人をつくる                          

 破壊的なイノベーションという言葉を始めに聞いた時には、とても刺激的に感じられましたが、イノベーションの5つの視点はどれも、子どもたちが未来を幸せに生きるためにとても大切な力であることがわかります。

 「自分の肺を誰かの肺と重ね、その人の吸う空気を自分も深く吸い込むことができる」
それが私のイメージするエンパシーの定義です。エンパシーを教え込むことはできません。
エンパシーは情動でとらえるものです。そして心がエンパシーを捉える環境を作り出すプログラムがルーツ・オブ・エンパシーなのです。                   メリー・ゴードン

 

メリー・ゴードン氏はエンパシーを体現したような方で、物静かで、温かい語り口調からも、エンパシーを感じ取ることが出来ました。

 

*参考文献: Tremblay et al., 2004、Payton et al., 2008、Powers、Ressler, &Bradley, 2009、Luthar & Brown, 2007

カレッジフェア

文部科学教育通信 No.319 2013-7-8に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る29をご紹介します。

今回は、6月16日に、東京学芸大学附属高校で行われた、カレッジフェアについてお話ししたいと思います。カレッジフェアは、2010年にUSCANJというアメリカの大学の卒業生を中心とした組織が始めた取り組みで、毎年一度、20校以上の大学が集まって大学の説明会とブースごとに分かれて各校卒業生との交流会を開いています。

今年は初の取り組みとして、夏休みで帰国中の現役学部生20名を中心にプレゼンテーションを行いました。このイベントは、留学関係者や学生の間では、アイビーリーグを始めとするほとんどの著名大学の出身者と直接話ができる唯一の場として有名です。最近、東京大学などの国内の名門大学よりもハーバード大など海外の一流校へ出願する学生が増えていることが新聞などで話題になっていますが、このような流れの中、今年は500人以上の参加予約があったとのことです。

 

①留学自体に意味はない

「私は、迷っていました。留学すべきか、すべきでないか」
思いがけない一言で、説明会は幕を開けました。『日本の中高生に、留学という選択肢を』という留学生と卒業生の強い願いから生まれた説明会ですが、彼らのメッセージに一貫していたのは、留学自体に価値があるのではなく、自分が本来やりたいことに挑戦する一つの場として留学がある、ということです。20人のスピーカーにより、『日米大学の違い』、『留学の種類』、『留学への道のり』、『留学を阻む3つの壁』、『パーソナルストーリー』など親しみやすいテーマに沿って、個々の挑戦の体験が語られました。

『グローバル人材』の育成が声高に叫ばれる今日、彼らのストーリーはむしろ、「みんながそうするから」といってアメリカの大学進学を目指す学生が出てくるのを牽制するように聞こえました。彼らの話からは、留学は、自分に挑む場所や仲間を変えるだけで、自分たちは日本にいても挑戦し続けただろうという、そんな意気込みが感じられました。冒頭の「私は迷っていました」という告白は、アメリカに留学して日々挑戦する留学生が、数年前の自分たち同様に留学を迷っている会場の中高生を励ます言葉だったのです。

 

②アメリカの教育と日本の教育

アメリカの大学では、ほとんどの学部生が専攻を決めるのは2年生の終わりで、それまでは自由に哲学から経済学まで幅広い科目を学びます。リベラルアーツという教育理念に基づいて、専門性よりも総合的な人間性を涵養するための内容になっています。東京大学からブラウン大学へ編入した学生が、日米の大学教育の違いを次のようにうまく言い表していました。「『何を知っているのか』が大切な日本の大学はStudying(勉強)の場であり、『なぜそうなのか』を教授や仲間と共に考えて成長するアメリカの大学はLearning(学習)の場である。日本の大学の『一般教養』は、リベラルアーツの流れを汲んではいるものの、本質的にやっていることは中高の受験勉強と変わらない『勉強』だった」という彼の言葉が印象的でした。

また、出願手続きのセクションでは、日本の受験の学力のみによる合否判断とは全く違ったアメリカの大学入試制度が紹介されていました。日本のセンター試験にあたるSATや、英語力の証明となるTOEFL以上に、志望動機や将来の計画、自分自身についてのエッセー、卒業生とのインタビュー、課外活動の実績などが重視されます。試験一本で決める日本の入試方式は一見公平に見えますが、それだけでは計ることのできない学生個々の資質が見落とされます。米国では、このような資質を見極めるための入試システムが設計されています。日本でも『グローバル人材の育成』の旗印のもと、国際バカロレア導入や秋入学などが検討されていますが、入試制度そのものが変わらなければ、それを通過して進学する学生の質も変化しないのではないかという懸念が頭をよぎりました。

 

③英語は壁ではない

留学と聞くと、最大の障壁は英語力だと思われるかもしれません。プレゼンテーションでも、留学中に意思疎通に苦労した体験談が何度か披露されました。しかし、日本の進学校から進学した学生の話を聞いて、いわゆる『英語力』以上に根深い壁があることに気付きました。『僕の英語が通じなかった理由』というエピソードでは、ある学生が、「通じないのは、最初は英語力のせいだと思い込んでいたが、実は物事を遠回しに伝えようとする自分のコミュニケーションスタイルの問題であった」と話していました。海外の大学をはじめとする社会の各所で大切になる力は、自分の意見を正しく論理的に説明して理解してもらう力、そして自分の意見に対する批判を受けてさらに考えを高めていく力です。例えば、アメリカの学部教育は、膨大な読書課題に加えて、レポートやプレゼンテーションといった自分の考えをまとめる課題が毎週課されることで有名です。ただ暗記した知識を繰り返したところで、何の評価もつきません。課題図書や授業で学んだ知識をもとに、自分自身の考えを練り上げ、発展させ、時には教授やクラスメートと積極的に議論を買って出て、新しい見方を取り入れる。そうした日本とは異なる考え方のスタイルを身につけることが、日本からアメリカへ留学する学生にとって少なからず壁になるのかもしれません。

TOEFLのスピーキング(会話)の平均スコアが世界最低を記録している日本の英語教育ですが、カレッジフェアの会場で頼もしい光景を目にしました。ブースにいる各大学の卒業生と現役生は、しばしば参加者と英語でやりとりをしています。ここで、帰国子女でもない高校生が、決して流暢とは言えないが内容のはっきりした英語で質問をぶつけていました。聞けば、高校のネイティブの先生と一緒に英会話クラブやディベートクラブを立ち上げ、学校にあるリソースをうまく使いながら苦手なスピーキングを練習しているというのです。自力で高める工夫をしている高校生を、心から頼もしく思いました。

 

③教師の参加がほとんどない?

500名を超える参加申込みがあった今回のイベントですが、教員枠での参加が十数名に満たなかったという気になる話を耳にしました。留学には学生本人の努力や保護者の支援はもとより、推薦状、英文成績表や学校紹介文の作成など教員の全面的な協力が必要です。たとえ、学校側が方針として海外進学を打ち出しても、現時点では、限られた情報と経験をもとに必要な手続きを行う能力が教員にあるとは考えられません。学校の先生方にこそ、このようなイベントに参加して、ノウハウを収集していただきたいものだと思いました。

 

④学部生有志による企画ブラウンの熊たち.jpg

最後にもう一つ、注目すべきプロジェクトをご紹介させていただきます。今回のカレッジフェアを共催した「ブラウンの熊たち」(ブラウン大学現役学生9名)による全国7都市での学部留学説明会ツアーが先日行われました。札幌から福岡まで全国を縦断し、合計1000名に及ぶ聴衆を相手にアメリカの大学の学部進学の説明会を実施したとのことです。その留学説明会の様子が、「ブラウンの熊たち」というブログhttp://ameblo.jp/brownujapan/に掲載されていますので、ご興味のある方は、ぜひ覗いてみてください。彼らがブラウン大学における日々の学生生活を綴ったブログは、人気留学ブログとしてランキングの一位を独占し続けています。

未来をつくるリーダーシップ

文部科学教育通信 No.318 2013-6-24に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る28をご紹介します。

今、私たちを取り巻くあらゆる分野で、過去に類を見ない地球規模での大変化が、猛烈な勢いで起きています。これらの変化は既存の秩序や制度を揺るがし、様々な混乱や摩擦を引き起こしています。そのような中、「これまでのやり方が通用しない」「何とかしなければ思っていても、どうすればいいのかわかない」と、多くの人たちが、組織や社会の閉塞感と自らの無力感や方向感の喪失を感じているのではないのでしょうか。世界では、意識の高い人たちが、国や社会の変革に動き始めていますが、日本では残念ながらそのような活動が顕著ではありません。

こういった状況を打破し、日本が夢と希望が溢れる人々の社会となるように、私は、佐々木繁範氏*1、満田理夫氏、宍戸幹央氏らと一緒に未来をつくるリーダーを育てるためのプログラムの開発を始めました。この活動をアンビショナーズ・ラボと名付けていますが、その初回の試みとしてリーダーシップ育成や組織・社会変革、起業に興味のある方々を対象にワークショップを6月1日、2日と二日間に亘り、開催いたしました。今回はワークショップでご紹介した、未来をつくるリーダーシップに必要な「8つの力と4つの価値観」をご紹介しましょう。

このような地球規模での大変化の時代を生き抜くためには、問題を解決する力、創造する力、変わる力が必要です。組織や社会をリードする人たちや、未来を担う人を育てる教育者たちが、次に挙げる「8つの力と4つの価値観」からなる未来をつくるリーダーシップ能力を高めることが必要である、と考えます。

第1回 ワークショップ 写真①.jpg

未来をつくる8つの力と4つの価値観

<8つの力>

①真の自分を生きる力

人は心から望むことをする時に大きな力を発揮し、これが未来をつくる原動力となります。リーダーは、多くの人たちが、真の自分を生きられるように、使命を見つける手伝いをし、その実現を後押しする力を持つ必要があります。

②心を突き動かすメッセージ発信力

リーダーは、人々の心を突き動かすメッセージ発信力を持つ必要があります。未来をつくるためには、ビジョンを発信し、共鳴する仲間をつくり、力を合わせて事に臨むことが大切です。そのためには、論理的に、分かりやすく説明するだけでなく、人々の心に火をつけ、心と心をつなぐメッセージ発信力が求められるのです

③自らの意志で動く強いチームを創る力

リーダーには、自らの意志で動く強いチームを創る力が必要です。未来をつくるためには、個を超えたチームの力が必要だからです。夢とビジョンと目標を共有し、一人一人が自らの役割を知り、自らの意志で、目標の達成にコミットしていくチーム、強い信頼関係を土台に、互いの意見の相違を恐れず、オープンな議論ができるチームを創る力が求められます。

④新しい価値を生みだす対話力

リーダーには、新しい価値を生みだす対話力が必要です。多様な経験や専門性を持つ人同士が、お互いを尊重し、安心して意見をぶつけあい、学びあうことを通じて、新しい価値が生みだされます。メンバーがお互いに相手の話に耳を傾け、いったん自らの意見を手放して目的に必要なことは何か?と考える<傾聴と内省>を通じて、新しいアイデアを生みだす対話を促す力が求められます。

⑤創造的な問題解決力

リーダーには、創造的な問題解決力が必要です。未来に向かう過程では、あらゆる分野の既存の秩序にとらわれることなく、論理的に考える力、複雑にからみあった全体像を把握する力、過去にとらわれない新しい正解を生みだす力が必要です。ロジカル思考、システム思考、デザイン思考を駆使して、創造的に問題を解決する力が求められます。

⑥自ら学び進化する強い組織をつくる力

リーダーには、自ら学び進化する強い組織をつくる力が必要です。未来をつくるためには、新しい未来を生みだす意志と、過去のとらわれから脱却し、常に新しいものを受け入れ、自ら変わる力が求められます。ビジョンを共有し、自ら学び、常に進化する強い組織を築き上げる力が求められるのです。

⑦学習する力

リーダーには、自ら学習する力が必要です。未来をつくるためには、過去にしばられず、常に新しい見方を手に入れる必要があります。また、多様性から新しい価値を生みだすことが大切です。それゆえ、好奇心を持ち、異質なものから学び、自らの思考や行動を省みて、自らの枠を広げ、成長する。このような姿勢で行動し、進化を遂げる力が求められます。

⑧育成する力

リーダーには、人を育成する力が必要です。自ら学び進化する強い組織をつくるためには、学習する力を持つ人を育成することが大切です。ありたい姿になるためのチームとしての成長課題を明確にし、伴走者としてメンバー個々の成長を支援するというような育成力が求められます。

 第1回 ワークショップ 写真②.jpg

<4つの価値観>

①人間の創造力と無限の可能性を信じる

現状の閉塞感を打破し、突破口を開くためには、チームメンバー個々の思考力・発想力の強化や意識改革が必要です。チームの創造力を強化するためには、創造力発揮のための土壌づくりとメンバー相互の信頼関係を構築する土台づくりがリーダーには求められます。

②他者への共感を大事にする

リーダーには、他者の状況を自分の事のように感じる共感力を持つことが必要です。既存の商品・サービスでは満足しない人たち、人口減少と高齢化という厳しい時代を生き抜かなければならない若い世代、大きな生活上の問題を抱えている人たち、このような人たちが置かれた状況に深く共感する力が、イノベーションのみならず、身近な商品開発にも不可欠です。より良い社会の実現に向けて、頭だけでなく、心も体も使って相手を理解する力が求められるのです。

③多様性を尊重する

リーダーには、多様性を尊重する姿勢が必要です。世界には様々な人々が様々な文化背景と価値観を持って生活しています。多様性を尊重し、価値あるものとして受け入れる気持ちがなければ、ますますグローバル化する社会ではリーダーとして活躍していくことはできません。また、多様性を尊重する気持ちがなければ、新しい価値を生みだすこともできません。多様性が安全に存在できる環境を作る力が求められます。

④倫理観を大事にする

リーダーは、確固とした倫理観を持つことが必要です。リーダーは倫理的な行動を遵守し、他者の模範的なモデルとなることが求められています。また、自分たちのチームや組織の偏狭な利益だけでなく、社会の善にどのように貢献するかを考慮することが求められます。目的の正しさを常に考えて行動する力が求められるのです。

 ワークショップ写真③ 差し替え.jpg

本プログラムの設計において土台としたのは、OECDが提唱する21世紀を幸せに生きる力(キー・コンピタンシー)です。若者が、その力を身に付けるためには、周囲の大人たちが実践者である必要があります。多くの実践者を増やし、子どもたちが幸福に生きる力を身に付けることができる国にしたいと思い活動を始めています。今後、アンビショナーズ・ラボの高校生・大学生向けワークショップを展開していく予定です。

*1 佐々木繁範氏: ロジック・アンド・エモーション代表、リーダーシップ・コミュニケーション・コンサルタント、ハーバード大学院修士卒、著書に「思いが伝わる、心が動く スピーチの教科書」(ダイヤモンド社、2012年2月)

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