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経済産業省 未来の教室実証事業

2019.01.14 文部科学教育通信 掲載

経済産業省の未来の教室実証事業で、幼児期のシステム思考教育にチャレンジしています。税金を使った事業を行うのは始めてのことなので、身の引き締まる思いです。

システム思考とは、複雑な物事を構造的に捉え、問題を解決するための道筋を描くためのアプローチで、環境問題の解決等、人類が直面する大きな課題を解決するために必要な力です。大きくて複雑な課題を解決する際には、課題そのものを俯瞰して捕らえる力が求められます。

 

幼児期からのシステム思考教育

世界でも、幼児からのシステム思考教育が盛んに行われています。マイクロソフトやボーイング社等数多くのハイテク企業が本社を置く米国ワシントン州では、理科の学習指導要領にシステム思考教育が含まれており、子どもたちは、幼児期から段階的に、教育課程の中で、システム思考を習得することができます。

 

持続可能な社会を維持することが、簡単なことではなくない今日、私たち大人にも、複雑な問題を解決するために、システム思考が求められるようになりました。私が、システム思考に出会ったのは、今から20年以上前ですが、システム思考を自分のものにするのは容易ではなく、現在でも、複雑な問題に対処する際には、専門家の力を借りています。

 

10年ほど前に、米国で、子どもたちがシステム思考を学ぶ様子を見学し、システム思考を、大人になってから学ぶよりも、幼児期からはじめる方が楽に学べることを知りました。人間は、生まれた時には、システム思考者であると、米国の専門家から教えないとことも、印象的でした。赤ちゃんは、誰から教えられた訳でもないのに、お腹が空くと泣いて、お母さんを呼びます。

私たちは、暑くなると汗をかき、体温が、ある一定以上に上昇することを防ぎます。こんな風に、人間の体は、システム思考を知っています。ところが、いざ、私たちが、無意識に活用しているシステム思考を、紙の上に表そうとすると容易なことではないのです。そこで、以前から、日本でも、小さい時から、システム思考を子どもたちが学ぶ環境を創りたいと考えました。

 

子どもの学ぶ力は大人より高い

実証事業は、まだ、始まったばかりですが、子どもたちの学ぶ力には、圧倒されます。大人が、システム思考を学ぶと、最初に感じることは、その難しさです。そして、失敗するリスクを恐れ、自らシステム思考を積極的に使おうとしません。その結果が、どのような学習効果につながるかは、ご想像のとおりです。ところが、子どもたちは、学んだら、即使うが鉄則です。子どもたちは、自分の理解したことを、リスクを恐れず使おうとします。もし、子どもたちが、間違っていたとしても、それをうまく軌道修正してくれる大人が周囲に入れば、柔軟に変わることもできます。こうして、新しい学びは、あっと間に、子どもたちの一部になります。大人も、子どものベービーステップで学ぶスキルに学んだ方がよいと感じます。

子どもたちの学ぶ力に驚いた経験を、シチズンシップ教育 ピースフルスクールの実践でも持っていたので、ある程度予測はしていたのですが、システム思考教育でも、同様に、子どもたちの吸収力がとても高いことがわかります。特に驚かされることは、子どもたちの実践での活用力です。教育学では、認知理解には段階があり、知識を持つこと、知識を理解すること、理解した知識を活用することと、最初の3段階を説明しています。大人は、知識を持つことや理解することは得意ですが、3番目の活用することが得意ではありません。ところが、子どもたちは、すぐに、3番目の認知理解に挑戦します。試すことによって、理解が深まることを子どもたちは知っているようです。好奇心を持ち、試して自分のものにしていくという学びの基本動作を、子どもたちは知っていて、それを実践しているのです。

西洋の基本動作の教え方

日本の教育は、教え込む傾向があります。しかし、思考を教える教育では、教え込みは通用しません。子どもに、答えではなく、考えるプロセスを教える必要があります。今回は、米国で生まれたシステム思考教育に取り組んでいますが、教え方という点では、オランダで生まれたシチズンシップ教育ピースフルスクールととても大きな共通点があることに気づきました。どちらも、考えるプロセスを丁寧に分解し、パーツに分けて教えています。

 

ピースフルスクールのもっとも大きな特徴は、小学校5,6年生が、学校中のけんかを仲介することです。すべてのけんかをした子どもたちは、仲介者の助けを得て、話し合いで仲直りをすることが学校の決まりになっています。どんなに頭にきていても、どんなに悲しくても、子どもたちは、心を落ち着かせて話し合いに臨みます。日本でも、このような取り組みが大切だと気づいた学校では、仲介のステップを教える授業を行っています。しかし、日本での教え方と、オランダの教え方には、大きな違いがあります。日本の教育は、仲介のステップを知識として伝え、ロールプレイで練習をすればできるようになると考えます。しかし、オランダの教育は、問題解決型のアプローチを取っており、なぜ仲介が難しいのか、をしっかりと考え、教育を設計しています。このため、子どもたちが、自ら問題解決を行える学校を創るために必要なコミュニケーション力をパーツに分けて教えます。人のものの見方の違いや、誤解が生まれる原因、怒りの温度計を使って自分の感情を俯瞰すること、建設的に批判を伝える方法など、様々な事柄を身につけた上で、仲介を実践する準備をします。

 

システム思考でも、同様に、幼児は、時間の経過とともに物事がどのように変化するのかを理解するために、時系列変化パターングラフを書く練習をします。縦軸に変数があり、横軸に時間が描かれているシンプルなグラフを学ぶのですが、そのために必要な能力用件が大きく4つに分類されています。何を変数に選ぶのか(Y軸)、時間の枠組み(分数、時間、月、年等)をどのように定義するのか(X軸)、グラフを描けるか、グラフをどのように説明するのか。今回は、幼児を対象としているので、絵本やデジタル映像を見て、グラフを書いてもらうことにしました。そのため、変数と時間の枠組みはあらかじめ決めて置き、子どもたちは、登場人物の気持ちや、自転車のスピードがどんな風に変化したのかをグラフにして、そのストーリーを語る練習をします。この練習を繰り返すことで、リフレクション(内省)する力や、将来を予測したり、想像したりする力を身につけることができます。

 

子どもたちが、システム思考を日々の生活の中でどのように活用してくれるか、今からとても楽しみです。

学びの啓発

2018.12.24文部科学教育通信 掲載

今年も、一年、様々な形で、「学び」」をテーマに啓発活動を行なっています。

「学び」は、誰にとっても、生活の一部であり、実践していることなので、なぜ、啓発活動が必要なのかと思われるかもしれませんが、啓発を通して、改めて、学びの奥深さを実感しています。

社会人基礎力の改定

今年、経済産業省が社会人基礎力を改定し、リフレクションという言葉が加わりました。リフレクションは、2003年に、OECDが、義務教育のガイドラインを発表した際に、その中核に置いた言葉です。リフレクションとは、前例を踏襲する(状況に直面した時に慣習的なやり方や方法を規定通りに適用する)だけでなく変化に応じて、経験から学び、批判的なスタンスで考え動くために必要な力です。

リフレクションとの出会い

私が、最初にリフレクションという言葉に出会ったのは、日本教育大学院大学で教員養成を行なっている時でした。当時の私は、リフレクションが、なぜ、義務教育の中核となるが概念なのか解りませんでした。しかし、OECDが定義した義務教育のガイドラインがあまりにも、「美しく」整理されていたので、リフレクションがなぜそこまで大切なのかを理解するために、リフレクションについて学ぶことにしました。いろいろなことに取り組みましたが、その中でも、ドイツでの気づきがもっとも衝撃的でした。

ドイツ人のリフレクション

ドイツには、インダストリー4.0という国家戦略があります。日本でも、第4次産業革命と呼ばれる、テクノロジー革新に伴う産業革命を国家戦略に掲げています。指数関数的に進歩するマシーンラーニングをはじめとするテクノロジー革新に合わせて、産業のあり方を更新させていくことで、ドイツでは、アマゾンやグーグルを超える産業を生み出すことを目指しています。この国家戦略が生まれた背景に、リフレクションがありました。世界のIT トップ企業30社を並べると、26社のアメリカ企業がリストに入り、EUの企業は、4社しかリストに上がらないという現実を直視し、生まれたのが、インダストリー4.0という国家戦略であることを知りました。

ドイツでは、この議論に、15年以上もかけたと聞いて驚きました。大きなパラダイムシフトを起こすためには、様々なステイクホルダーを代表するリーダーたちが議論する必要があったのです。日本では、第4次産業革命という言葉は、政府が打ち出すたくさんの方針の中の一つであり、国家戦略とは言えません。最近では、ソサエティ5.0という言葉の影に隠れてしまっている考え方とも言えます。しかし、ドイツでは、インダストリー4.0が、中核の概念となり、働き方改革も、労働法の改定も、教育改革も進んでいます。この様子から、リフレクションとは、課題を直視する力であり、ビジョンを形成する力であることを学びました。

インダストリー4.0を掲げるドイツでも、わが国と同じように、課題山積です。ドイツは、日本同様、中小企業が、99.7%を占める為、テクノロジー革新は容易なことではありません。6割以上の企業が、インダストリー4.0に懐疑的であったり、投資力を持たないというのが現状です。しかし、15年以上かけて議論し、選択した国家戦略は、課題に直面しても揺らぐことはありません。課題を直視し、前に進むための方策を考え、問題解決を行えば良いのです。

リフレクションとは、過去を反省することではなく、過去を振り返り、現実を直視し、未来を創る力であるということを、ドイツから学びました。OECDが提唱している教育改革のガイドラインでは、問題解決力やテクノロジー革新を起こす力、多様性を包摂し、自分の幸せに責任を持つ力等が掲げられています。その全てにおいて、リフレクションと創造性が大事で、その中でも、中核となるのがリフレクションと記載されていた意味を、ドイツ訪問で初めて理解できたように思います。

リフレクションの啓発

教育改革や社会人育成をミッションに掲げて日々活動しているので、この気づきは、多くの人たちに広めるべきだと考えました。その一つの方策が、リフレクションを社会人基礎力に盛り込んで頂くことでした。

オランダを訪問した際には、4歳児が、リフレクションを行なっている姿を見ました。「3ヶ月を振り返り、一番誇りに思うことは何?なぜそう思うの?どこが一番苦労したこと?次にやるとしたら、どこを変える?」とても自然に先生が、子供に問いかけを行なっています。この発想は、私には全くありませんでしたし、日本では、ほとんど見かけない光景だと思います。教育を変える前に、大人が変わる必要があるという気づきを得たのは、この経験からです。

リフレクションの対象

現在、企業人に対してリフレクションを行う啓発活動を始めています。その活動を通して、改めて、リフレクションの奥深さを実感しています。同じ経験をしても、その意味づけは人により異なり、リフレクションの中身が変わります。リフレクションは、経験の中から、自分の学びに焦点を当てる作業ですから、何に焦点を当てるのかも、個人の選択になります。

このため、リフレクションの質を高めることがとても難しいことに気づきました。これまでの活動を通して、リフレクションの対象は、結果、他者、環境、自分の行動、自分の内面に分類されることがわかりました。リフレクションを行なっていても、結果、他者、環境を対象にしている人は、大事な学びを得ることができないことも解りました。自分の行動、自分の内面を振り返ることで初めて、次に活かせる学びを得ることができます。その前提として、結果や他者、環境の振り返りは大事ですが、自分自身の振り返りを行うことが必須です。

こうすればうまくいく!

振り返りの上手な人には、明確な目的意識があることが解ってきました。目的意識のある人は、行動の前に、仮説を持ちます。「こうすればうまくいくはずだ」と考え、行動します。結果は、期待通りの場合と、期待はずれの場合があります。いずれの場合も、彼らは学びます。この法則は合っていたという幸せな学び、あるいは、私には知らないことがあったという学び、いずれも自分のものにして行きます。うまくいかなければ、なぜ、うまくいかなかったのかを振り返ります。こうして、自分が知らなかったことに気づくので、失敗も、大事な学習の機会になります。

アンラーン

振り返りの先に、アンラーンがあることもあります。これまでの当たり前を手放し、新しい当たり前を手に入れることを、アンラーンと呼んでいます。アンラーンでは、価値観の転換が起きるとも説明しています。これまで、こうすればうまくいく、この考え方が正しいと思われていたことが、通用しないという場面に直面した時、人は、アンラーンを迫られます。

変化の激しい今日では、多方面から、アンラーンの必要性に迫られるので、軽やかにアンラーンすることが、幸せに生きるコツでもあります。そのためにも、リフレクションが大事になります。

自分は何を当たり前と考えているのか。それはどのような経験に基づく考えなのか、その考えは、今日、そして明日も当たり前なのか。そうではないのか。自分の考えをリフレクションすることは、アンラーンの準備とも言えます。

すぐにできること

うまく行ったこと、いかなかったことを、振り返り、成功の法則を見出すことから、初めてみていはいかがでしょうか。

大人(先生)と子どもの役割期待

2018.12.10.文部科学教育通信 掲載

人生の準備

2003年にOECDが、新たな教育方針を打ち出した際に、その理由として、これまでの教育では、子どもたちは、人生の準備ができないと述べていました。そして、新しい教育指針には、複雑な問題を解決する力として、3つの大きな領域を示しました。変化・複雑・相互依存の時代に生きる私たちには、これまでとは異なる能力が求められることを、とてもわかりやすく説明しています。

義務教育の指針として、どのような職業につく人にも必要な力として示されているキーコンピテンシーは、とてもレベルが高く、私自身を振り返る際にも、十分に活用できる厚みのある内容になっています。私は、この教育方針に感銘を受け、15年が経過した今日でも、バイブルとして活用しています。

 

もし、OECDの打ち出した教育方針が教育に反映される世の中であれば、明らかに子どもたちの能力は、我々よりも高まっているということになります。実際はどうでしょうか。OECDのキーコンピテンシーが提唱している教育には、学力以外にも、問題解決やテクノロジー活用、対人関係や主体性などの非認知能力も多く含まれています。その多くは、創造性に関連するものであり、実践学習が求められる領域です。このため、経験学習が必要になります。

 

経験学習

私たちは、子どもたちの経験学習を本当に許しているでしょうか。そこで気になるのが、過保護化のトレンドです。教育の仕事を始めた10年前に、はじめて、ある高校の先生から、「40歳成人説」という言葉を教えてもらいました。子どもたちは、20代で人生の選択を迫られるのに、40歳で成人するという考え方を知り、驚きました。しかし、その後、周囲を見回してみると、大学のオープンキャンパスに親が出向き、大学の卒業式にも親が参加し、大学の成績が実家に届き、会社を病欠する際に、親が会社に電話をする等、過保護化の流れが止まらないことに気づきました。これでは、いくら、教育が、アクティブラーニングを推し進めても、子どもたちは、時代が求める主体性を習得することはできません。高齢化社会の中では、10代の子どもたちは、十人に一人。縦社会の中で、子どもが、自分を表現する機会もないかもしれないと、心配になります。

管理者を必要としない人

そんな中、自分で考えて、行動することを奨励する動きは強まりを見せています。学校教育にも、その動きが見られますが、ビジネス界でも同様です。特に、若い企業では、その動きが加速しており、とても興味深いです。大きな流れは、管理される人から、管理者を必要としない人が集う企業の時代に向かっています。10年前には、管理者のいない組織を想像したこともありませんでしたが、今日では、たくさんの企業が、様々なチャレンジをしながら、管理者のいない組織を作りはじめています。

これからの時代の教育

これからの時代の教育が、主体性と経験学習に重点を置くのは、自然な流れであり、また、教育が時代を創っていくのでしょう。そのためには、一日も早く、私たち大人が、過保護になることを止めることが大切です。学校も親も、子どもに、自分で考え行動するスペースを与えること、経験学習を通して成長する楽しさをたくさん味あわせてあげることが大切です。

オランダのシチズンシップ教育を通して、私自身も、主体性と経験学習について学んでいます。その中でも、特に、感銘を受けたことを2つご紹介してみたいと思います。

 

 

約束とルールの違い

子どもたちに裁量を与える場合に、陥ってしまうのが自由放任という考えです。ところが、オランダのシチズンシップ教育は、子どもたちに裁量を与えながらも、大人がしっかりとグリップを握っているところがとても力強く感じます。

【ルール】

ルールとは、何をしてよくて、何をしてはいけないのかを決めたもの。

 

ルールとは、物事がスムーズに進むようにするためのものです。ルールは守らなくてはいけません。どんなクラスや学校にもルールが必要です。多くのルールは先生たちが決め、生徒たちはすべてのことに口を挟むことはできません。ルールは長期間使用されるものであり、多くの場合、一般的なものです。

【約束】

約束とは、お互いに守ると決めたこと。

約束はルールとは異なり、話し合いで決められます。生徒たちは一緒に話し合いに参加し、約束がいったん決まったら、クラス全体でそれを守ることが期待されます。約束を決めるためには、プロセスが大切です。生徒たちは自分の意見を述べることができ、約束について共同責任を負います。そのために、約束を承認する「場」を設けます。つまり、それは、「わたしたちの」約束だという自覚を生徒に持たせることが重要です。

子どもたちは、共同生活に必要なルールと、自分たちで決めることができる約束の2つの違いを理解し行動しています。また、ルールについては、校長先生にインタビューをし、なぜ、そのルールが存在するのかを理解した上で守るので、大人には説明責任が求められます。主体性を育むためには、「なぜ」を理解して行動することが欠かせないということも、シチズンシップ教育から学びました。

子どもと大人(先生)の役割期待

発達の過程にいる子どもたちに、100%の裁量権を与えることはできません。しかし、主体性を育むためには、失敗を許容する経験学習が必要です。このジレンマの中に、親も先生もいるのではないでしょうか。オランダのシチズンシップ教育では、その問題を解決するために、6段階のかかわリ方を定義しています。

1命令

先生が考えて決める。生徒は、先生の決めたことに従う。

2選ぶ

先生は、選択肢を提示し、生徒が選ぶ。

3意見を言う

先生の計画や決定に生徒が意見を聞かれて答える。先生は、生徒のよい意見を計画や決定に反映させる。

4.一緒に考える

計画から、先生と生徒が一緒に考え、最終決定は先生が行う。

5.一緒に決める

生徒が、計画・決定を行う場に、先生も参加し、一緒に実行する。

6.オーナーシップ

子どもが計画・実行を行い、先生は確認だけ行う。

この表に、日本では、0.過保護を加え、先生が問題を解決するを盛り込みました。

この6段階のかかわリ方を実践するためには、先生と生徒が、役割期待に対する認識を一致させる必要があります。また、一緒に決めるやオーナーシップの領域を実現するためには、先生と生徒の対等な関係、相互への強い信頼関係が必要になります。これは、親子でも、同様です。子どもだから親の言うことを素直に聞くということだけではなく、子どもを信じて、子どもの考えに耳を傾ける必要があります。

子どもたちが、人生の準備を行う教育を実現するために、大人が変わり続けることが大切です。子どもの素朴な質問に答えることで、大人も成長できるのではないでしょうか。

経験学習の質を高めるリフレクション

2018.11.26 文部科学教育通信 掲載

昨年12月に行われた経済産業省 我が国産業における人材力強化に向けた研究会「必要な人材像とキャリア構築支援に向けた検討ワーキング・グループ」にて、リフレクションについての提案を行い、今年改定された新社会人基礎力にリフレクションを盛り込んでいただきました。

2003年に改定された世界の教育指針OECDキーコンピテシーの中で、リフレクションは、「状況に直面した時に慣習的なやり方や方法を規定どおりに適応する能力だけでなく、変化に応じて、経験から学び、批判的なスタンスで考え行動する能力」と定義され、変化・複雑・相互依存の時代に生きる子どもたちにとって、最も重要な力と位置づけられています。そこで、社会人には当然必要なことと考え、先の提案を行いました。

平行して、社会人にリフレクションを広める取り組みを進めており、経験学習の質を高めるフレームワークの作成に挑戦しています。今回は、そのフレームワークを皆様にご紹介いたします。( ①~⑤)

ぜひ、使い心地を試していただき、フィードバックを頂戴できますと幸いです。

今年の終わりをリフレクションで締め括ってみてはいかがでしょうか。

動機の源を知る

218.11.12.文部科学教育通信 掲載

「動機の意味は解りますが、動機に源が付くとどのような意味になりますか」そんな質問を頂戴しました。

動機とは、人が、意識的あるいは無意識に、ある状況において行動を選択・決定する要因のことです。職場においては、動機付けが話題の中心となり、モチベーションの高い状態で、みんなが仕事をしているのが理想の職場と考えられています。人々のモチベーションを扱うことは、リーダーの仕事のひとつです。

 

動機の源とは、人が、意識的あるいは無意識に、ある状況において行動を選択・決定する要因のさらに奥にある要因のことで、その人がとても大切にしている価値観、信念に当たります。スポーツが好きな人でも、ランニングが好きな人もいれば、テニスが好きな人もいます。バレーボールやサッカーなどのチームプレイが好きな人もいます。ランニングをしていると楽しい、テニスをしていると楽しいというのは、十分な動機になりますね。動機の源では、もう一歩踏み込んで、なぜ楽しいのかの理由を探求します。ランニングが好きな理由が、一人の時間や内省する時間を大切にしているからという人もいれば、景色を楽しむという人もいるかもしれません。自己ベストに日々挑戦している人もいるでしょう。ランニングの計画は、自分の意思と予定で決められることが望ましいと考える人もいるし、大会に出場することを目指し、勝つことを目的にしている人もいるでしょう。

 

動機の源は、人が生きる上でとても大切なものです。なぜうれしいのか、楽しいのか、意義があると感じるのか、その理由を自らに問いかけることができる人が、本当の自分を生かすことができるからです。

 

キャリアの選択

「大学を卒業し、就職をしたら生涯ひとつの企業で働き定年を迎える」このような生き方が、当たり前だった時代が終わり、人生において何度かキャリアを選択することが当たり前になる時代です。これまでのように、大人や社会が引いたレールの上を、一定の評価を得る形走っていれば安泰という生き方が存在しなくなります。目の前には、レールはなく、自らレールを引いていくことが求められます。その際に、必要になるのが、「自分が何を望んでいるのか」を知ることです。この問いに対する答えを見出す上で大切なのが動機の源を知っていることなのです。

 

自己認識

自分の動機の源を知るためには、自分を知ることが大切です。就職活動では、よく、自分を知るためにアセスメントを使用しています。アセスメントも、もちろん、貴重な情報源ですが、より重要なことは、自分の心の声を聴き取ることです。日々の生活の中でも、楽しく感じる時、残念な気持ちになる時と、私たちは、様々な感情の動きを感じ取っています。多くの場合、私たちはそこには無関心ですが、行動(身体)は感情に忠実で、自分の心に従って行動しています。動機の源を知るためには、「なぜ」を自分に問いかけ、自分の心が大切にしていることが何かを探求することが大切です。

動機の源の多くは、強い原体験に紐付いていることが多いです。また、原体験の中でも、幼少期の原体験は、とても大きなインパクトがるようで、動機の源の中でも、その人にとってとても大切なものになることが多いようです。無論、人によっては、大人になってからの体験が自分の信念につながっているという人もいます。生きるということは、経験するということですから、いつ何時、自分にとって大切な体験に遭遇するかは誰にもわかりません。一方、体験をしたら、すぐに動機の源を見つけられるという訳ではなく、自分に対して問いかける必要があります。「なぜ」を繰り返す習慣はとても貴重なものです。

 

私の動機の源

私は、教育に関心があり、誰から求められた訳でもなく、未来教育会議という任意団体を立ち上げ5年間活動を続けてきました。教育NPOティーチフォージャパンやラーニングフォーオールの立ち上げに参画し、ボランティア活動を続けています。元々、課題を解決することが好きだから、教育というテーマの中で、特に自分が課題だと思うことを選び、活動をしてきました。未来教育会議を始めたのは、ビジョンなき教育改革が人々を不幸にすると考えたからです。教育NPOに参画したのは、既存の組織や制度の中で解決できない教育課題を解決するためでした。

 

課題解決が好きだから、私は教育をテーマに活動する。これが、5年前の私の動機の源に対する理解でした。しかし、活動を進める過程で、様々な選択を迫られる中、課題解決以外にも、大事な動機の源が存在することに気づきました。私は、以前から、企業変革の仕事をしていましたが、その根底には、人が幸せになることを重要視していました。企業は、収益を出し続けなければ人を幸せにすることができません。そのために、企業は環境の変化に併せて変わり続けることが大切です。そう考えて企業変革を推進していました。一方、人は、企業の中で、与えられた仕事に取り組むだけでは幸せになれないと考えていました。これは、私の勝手な思い込みですが、これが私の動機の源につながります。私には、「人は、潜在的な能力を生かすことで幸せになれる」という信念があることに気づきました。

 

私は、今の教育が子どもたちを幸せにしないと考えています。特に、素直なよい子が、先生や親の期待通りに勉強しよい成績を上げて、よい学校を卒業しても、幸せになる確率が非常に低いことがとても気になります。社会人になって、突然、「君の意思はないのか」と尋ねられて、困る様子が想像できるからです。素直なよい子が、周囲の大人を信じて成長したのに、自分の潜在的な能力を活かすことができなくなる。そんな状態を想像すると、勝手に憤りを感じてしまいます。

 

企業の中でも、多くの人々は、自分を抑えて会社や上司の期待に答えることが懸命な生き方だと考えていますが、本当にそうでしょうか。企業で働く優秀な人々は、本来の能力の2割位で仕事をしているのではないかと思う場面が多いです。20代の時には、そのことがとても気になっても、30代、40代とその仕事の仕方に慣れてしまい、やがて、本来の能力を生かす力も減退してしまいます。中には、成長課題を抱えながらも、育成の機会を得ることがなく、50代で突然リストラにあう人たちもいました。もっと、若いうちに潜在的な能力を伸ばす機会があれば、違う人生になったのではないかと思うと、とても残念な気持ちになります。

 

私は、30代の前半で大きなキャリアチェンジに遭遇しました。家業でクーデターが起こってしまい、突然、父が会社を離れることになり、私の進退も問題になりました。幼子を抱えていた私に、会社は、仕事をしないという条件で、毎月20万円の給与を支払ってくれるというとても親切なオファーを出してくれました。しかし、私はすぐに断ったことを今もはっきりと記憶しています。私の頭の中には、「チャレンジがない=成長が止まる=未来の可能性が消える=リスク」というような方程式がはっきりと浮かんでいました。

 

教育機関の使命と役割

私には、教育に対する感謝と信頼もあります。私にとっては、ハーバードビジネススクールに留学したことがとても大切な教育経験になっています。そこで何を学んだのかということよりも、ハーバードビジネススクールの教育機関としての使命や役割に学ぶことが大きいと感じます。彼らが、グローバルな活動を本格化したのは、今から20年前です。現在、世界に14のオフィスを持ち、執筆されるビジネスケースの半数以上がアメリカ以外の世界のビジネスに関する内容になっています。教育機関として、自らを変容させていくことで、存在意義を高め続けていく姿勢が、人々の潜在的な能力を高め続ける教育を支えていると感じます。私にとっては、動機の源に通じるものがあり、このビーイングがとても魅力的に感じます。

皆さんも、ご自身の動機の源を探求してみてください。

21世紀型教育改革

2018.10.22 文部科学教育通信掲載

時代の変化に併せて教育が変わる動きが加速しています。委員を務める未来の教室とEdtech 研究会の所管が文科省ではなく、経産省であることも時代を象徴する変化ではないかと思います。同研究会では、民間の教育関係者とともに未来の教室に向けた実証事業も始めています。

 

経産省がなぜ未来の教室を考えるのかと疑問を持つ方もいるかもしれません。しかし、教育の出口は、経済の入り口であり、人の人生にはその境界線はありません。また、脱工業化社会を実現する上で、求められる人材像に合わせて教育が変わることが大切な今、経済界と教育界の共進化が鍵を握ると感じます。子どもたちの未来のために、省庁も壁を超えて、お互いの強みを生かし、協働していける社会を実現したいです。経済と教育の対話が、経産省と文科省の対話により、大きく進むことを心から期待しています。

 

プログラミングや英語、アクティブラーニングと、教育の中身の議論が進む中、教育改革のあり方も時代の変化を汲み取り、20世紀型から21世紀型に変わる必要があるのではないかと考えます。そのためには、新たな視点が5つ必要です。

 

 

視点1 ビジョンの形成

子ども、保護者、先生、教育委員会、文科省、民間教育サービス事業者、NPO、地域コミュニティ、メディア等、教育には、社会全体の注目が集まります。このため、「日本の教育は、社会の批判が変える」傾向が強いことを知りました。また、教育改革は、トップダウンで推進されるため、改革のメッセージが先生に届く頃には、「何のために」ではなく、「なにを」「どのように」やるのかというメッセージが中心となり、目的なき改革になり易いことも知りました。アクティブラーニングが大事なのではなく、子どもたちが、自ら考える力を磨くこと、仮説を検証する経験を持つこと、お友達の多様な意見を通して、自分の考えを深め、新たな視点を手に入れる協働的な学びができる大人に育つことがアクティブラーニングの目的です。社会人の成功は、テストの成績ではなく、アイディアを具現化した結果により決ります。生まれるアイディアの質と、それを具現化する力を共に高めるために、アクティブラーニングの経験が生かされます。同時に、この力には、ポジティブ志向やストレス耐性など、非認知能力が不可欠です。ところが、学校社会では、目に見える成果、学力に、心の発達が負けてしまい、子どもたちが心を育む機会が、常に軽視されてしまいます。そうならないためには、何のために、新しい教育メソッドが導入されているのか、教育改革が進むのかを社会全体が理解する必要があります。ビジョンの形成にもっと、もっと力を入れていく必要があります。

 

視点2 対話

有無を言わさないトップダウンの改革と異なり、ビジョンの形成には、対話が欠かせません。なぜ、私は賛成なのか、反対なのか。何を心配しているのか。色々な意見を表に出し、議論を積み重ねていくことで、ビジョンは形作られ、揺るがない存在に発展します。そのビジョンが目指す姿が本当に正しければ、最初は反対している人も、その意味を理解する日がやってきます。議論を積み重ねれば、我々が何を選択し、優先しているのかがより明確になります。唯一の道だからと押し付けてしまうと、導入は早いですが、結果的には、誰も納得していない命令なので、長続きしません。経済と教育の対話、社会と教育の対話、色々な立場の方たちが、対話に参加することが大切です。

 

視点3 フラットな関係

ビジョンの形成に、対話が不可欠であると申し上げましたが、そのために必要なのが、フラットな関係です。多様な人々が対話に参加し、相互に学びあうためには、フラットな関係が不可欠だからです。優は劣から学べない。劣は優をこえられない。ヒエラルキーが存在すると、お互いから学ぶことができません。学校の先生、教育委員会、文科省は、夫々役割が違います。その違いを尊重し、優劣の概念を持ち込まない。この姿勢がないと、対話になりません。これが一番難しいことかもしれません。

図 こどもはいつ人生の準備をするのか

こどもが大人になる段階の図

 

 

視点4 システム思考

教育改革を進める上で、大切なことは、現象として見える課題に対処するアプローチを取らないことです。目の前の課題に対処していても、根本原因が残るため、真の課題解決になりません。そこで、課題の分析に生かせるのが氷山モデルのアプローチです。氷山モデルでは、課題を3つの視点で分析します。①過去からの経緯という視点で分析する。②課題の要因となる構造やシステムを把握する。③その現実を創り出している人の価値観やものの見方、社会通念や文化を把握する。そして、原因と結果の関係を理解し、課題の全容を把握した上で、課題解決のためのアクションを考えます。特に、今日のように、教育が大きく変わる時代には、一つひとつのアクションがどのような変化をもたらすのかを理解することも大切です。改革は、何かを壊す原因にもなりますから、教育システム全体に目を向けていないと、教育改革が新たな課題を生み出すという結果になります。

 

視点5 想像力

教育に関わるすべての人々は、子どもたちの段階的な発達・成長に意識を向ける必要があります。幼児を目の前にして、高校生や社会人の姿を想像することは難しいかもしれません。しかし、今、目の前にいる子どもにだけ意識を向けていると、教育を間違えてしまう可能性があります。私は、幼児教育にも関わっていますが、いじめ問題の原因は幼児期から小学校3年生までの教育にあると感じています。保育士さんは、「○○ちゃんが、いたいといっているから、あやまろうね」と、子どもたちのけんかに仲介します。こうして、自分たちで問題解決する経験を持たないまま、小学校4年生になり、先生に助けを求められなくなると、いじめを誰も止められなくなるのです。こんな風にならないためには、保育士さんも、小学校4年生になった子どもたちの様子を想像する必要があります。そうすれば、子どもの幸せを願う保育士さんの幼児への関わり方は変わるはずです。

 

教育改革を推進する上でも、想像力は欠かせません。子どもたちが生きる未来の社会はどんな社会なのだろう。その社会は今とは何が違うのだろう。その社会で、人々が幸せに生きるためにどんな力が必要なのだろう。今とは違う未来の姿を100%予測することは不可能ですが、想像を膨らませることは可能です。想像力を持ち、未来のことを考える姿勢があれば、子どもたちの幸せを願う誰もが、自然に教育を変える必要性を実感できるのではないでしょうか。

 

21世紀型教育改革は、トップダウンでは成功しません。未来を生きる子どもたちが幸せになるための力を習得する教育改革を実現するために、ビジョン形成、対話、フラットな関係、システム思考、想像力の5つの習慣を実践していきましょう!

幸せな人生を支える人一生の育ちプロジェクト

2018.09.24 文部科学教育通信掲載

10月5日教師の日に、未来教育会議 人一生の育ちプロジェクトの発表会を行います。なぜ、人一生の育ちについて考えたのか。その背景をご紹介します。

 

人は学びの塊

人は、学ぶ意欲の塊として生まれる。そう教えてくれたのは、ハーバード教育大学院の先生でした。赤ちゃんは、学びについての知識を教わる前に、自ら学び始める。よちよち歩きから、はいはい、そして、立って歩くという赤ちゃんの成長、その一つひとつに親は感動を覚えます。ミルクしか飲めなかった赤ちゃんが、自分の手で食べ物を口に入れることができるようになり、いつの間にか、口の周りを汚しながらも、スプーンやフォークで食事が取れるようになる。こんな風に、子どもは、自らの意思で学び、成長を遂げます。もし、目の前にいる子どもや人に学ぶ意欲がないとしたら、それは本人の問題ではなく、環境の問題。そう教えてくれたのも、その先生でした。

 

学ぶ意欲を眠らせてしまう理由が、環境にあるという気づきは、とても貴重なものでした。同時に、私たち大人は、自らが作り出している環境に無自覚すぎるという課題も見えてきました。自分の子育てを考えても、色々と反省をする点があります。

 

人一生の育ちについて深く考えたいと思うようになった経験をいくつかご紹介して見たいと思います。

 

15分勉強できれば十分?

2010年から、子どもの貧困と教育格差の是正に取り組んでいます。最初に実施した寺子屋での経験を今でも忘れることができません。ケースワーカーさんの紹介で集まった子どもたちに、優秀な大学生が学習支援を行う寺子屋での体験です。学習を始める前に、ケースワーカーさんから、「この子たちは、15分座っていられれば、それで十分ですから」と言われました。子どもたちが、期待に応えないと学生さんがかわいそうと思ったのかもしれません。しかし、ケースワーカーさんが、子どもたちが、勉強し成績を上げていくという期待を全く持っていないということもわかりました。ところが、子どもたちの可能性を信じ、真剣に向き合う学生たちと出会い、子どもたちは、初回から、3時間集中して勉強に取り組みました。中学生で割り算もできない子どもたちに、学生も、3時間粘り強く指導しました。おそらく、落ちこぼれた子どもたちにとって、この寺子屋が、人生で初めて、自分の可能性を信じてくれる大人との出会いだったのではないかと思います。

 

中学生で割り算や九九ができない子どもたちの多くは、幼児期から発達が遅れ、最初は生活習慣の問題を抱え、小学校4年生になると学力の課題を抱えます。学校に通っていても、授業についていけず、自分はバカなのだと、自分を諦めてしまうというのが一般的です。そんな子どもたちの面倒を見てくれるケースワーカーさんも、この子たちに勉強は期待できないというものの見方が一般的なのでしょう。そんな環境に育った子どもたちは、中学校でも落ちこぼれ、そして、10代の半ばで、自分の将来を諦めることになります。しかし、最初の寺子屋で見た子どもたちは、「本当は勉強ができるようになりたい」という気持ちを内に秘めていたのです。そして、これまで、その気持ちを誰にも出せなかったのだと思います。だから、自分を諦めることになってしまう。

 

2010年にスタートした寺子屋は、ラーニングフォーオールというNPO活動に発展し、今でも、たくさんの子どもたちの学力向上に尽力しています。目の前の子どもたちの学力がどれほど低くても、必ず、成績を上ることができると信じ、遅れのある子どもたちの学力向上のためのナレッジを蓄積し、徹底した教師教育を行い、成果を出し続けています。

 

落ちこぼれという言葉を作り、平気で子どもたちを学校に通わせる私たちの社会には、人の一生の育ちにとって最適な環境ではないです。10代で自分の人生を諦める子どもたちがゼロになる社会を実現して行きたいです。

 

人一生の育ちを大切にする社会は、誰もが、自分の可能性を信じ、尽力できる社会であると思います。

 

いじめの問題

自分で自分の問題を解決する力を育てるオランダのシチズンシップ教育ピースフルスクールを日本の幼稚園や保育園に紹介する活動を行っています。その活動を通して、なぜ、日本の子どもたちがいじめで苦しむのか、その理由の一つがわかりました。

 

日本の保育士さんたちは、とても面倒見が良く、子どもを大切に育ててくださいます。ある日、その様子を見学していると、保育士さんが、子どもたちの代わりに問題解決をしていることに気づきました。「美香ちゃんが痛いと言っているよ」「謝ろうね」と仲直りをガイドしています。一方、ピースフルスクールの子どもたちは、自分で自分の問題を解決する力を磨きます。嫌なときは嫌という。嫌だと言われたら、楽しくてもやめる。幼児の時から、この行動様式を身に付けます。この小さい習慣が、いじめから自分を守る力になります。

 

いじめの大きな課題は、先生が介入しても、問題を解決することができず、むしろ、問題を悪化させてしまうことです。小学校の低学年までは、保育士さん同様、先生が、いじめに介入し問題解決を行うことができますが、小学校4年生になると、先生が介入できなくなります。中学校も同様です。だとすれば、自ら、自分を守れる人、他者がいじめれていたら、その問題を解決するために行動する人を育てておくことが重要だと思います。保育士さんにこのお話をしたところ、中学生になった子どもたちのことなど想像したこともなかったと言われました。

 

子どもや人の育ちに関わる全ての人たちは、人が一生の育ちにもっと意識を向ける必要があるのではないか。保育士さんとの対話からそう考えるようになりました。

 

未来の教室とEduTech研究会

経産省で行われている未来の教室とEduTech研究会に参加をし、チェンジ・メーカーを育てる教育を促進する活動に従事しています。

 

チェンジ・メーカーに不可欠なことは、自らの意思で問題解決に臨むことです。自分にとって大切な課題を見つけて、その解決策のために行動するチェンジ・メーカーに不可欠なのが、自己肯定感や自己効力感です。チェンジ・メーカーを育てるためには、幼児期から、行動の主体である主体性の感覚を育むことが大切というのもこのためです。自分の意思で行動し、自己を形成する経験を持たないまま、先生の期待に応える中で育った人に、「あなたが解決したい課題はなんですか」と着ても、返事は返ってきません。

 

課題を解決するためには、多様なステイクホルダーを巻き込む必要もあります。このため、チェンジ・メーカーには、コミュニケーション力や、協働力などの非認知能力が求められます。2002年にOECDが発表した教育方針は、チェンジ・メーカーを育てる教育へのシフトを狙いとしており、学力などの認知能力に加えて、非認知能力の開発に義務教育が力を入れていくことを強く奨励しています。

 

人が、複雑な問題を解決することが期待されるのは、成人になってからかもしれませんが、その基礎固めは、幼児期から始まっているということを誰もが認識する必要があります。学力をどれだけ身につけていても、非認知能力が欠如していると、チェンジ・メーカーにはなれないことも、知っておく必要があります。勉強を頑張ってたくさんの知識を蓄えた人が、それを課題解決に生かすことができないとしたら、とても残念なことです。

 

幸せな人生を支える人一生の育ちを、みんなが支援し合える社会が実現することを願っています。

 

 

リフレクションの啓発

文部科学教育通信 2018.10.8掲載

最近、優秀なリーダーの皆さんと接する機会が増えました。そこで、勇気を持って、これまで感じていた課題を共有することにしました。日本人のビジネスパーソンは、個人レベルでは、世界で最も優秀だと感じます。しかし、残念なことが2つあります。

 その1、日本人は過去を振り返ることができないこと。これは、日本が NO.1になった時もそうでしたし、現在も同様です。なぜうまくいっているのか、なぜうまくいっていないのかを、組織的に振り返ることができません。

 その2、日本人は自ら作り上げた組織や社会を、自らの意思で変えることができないこと。この二つが弱点となり、今日の状態になっていると感じます。

未来を変えるためには、まず過去を振り返るリフレクションが必要です。リフレクションの質を高めるためには、自分の思考や感情を客観視する力が求められます。そして、感情を生かす力が必要です。物事がうまく行っていない時、自己嫌悪に陥るのではなく、だれかを責めるのではなく、課題を直視する勇気と、課題が深刻でもポジティブにその事実を受け入れ、未来創造に向かう力は、いずれも感情の扱いに関するものです。

なぜ、私たちは、リフレクションができないのでしょうか。なぜ、課題が積み上がっていくのでしょうか。その背景にある私たちの特性を見ていきましょう。

課題を話題にしない日本人

日本人と課題について話していると、途中から、話題が変わるという経験をこれまでもたくさんしてきました。最初は、課題認識の話なのですが、途中から、話題は、善い点に移行します。「でも、私たちには、こんないいところがある」「日本のよさをもっと世界に伝えたいよね」このような感じです。課題についての話題は、そこで終わりです。もちろん、善い点を話すことは素敵なことです。しかし、課題の話が、そこで打ち切りになることが問題です。こうして、課題を放置した結果、積み上がっていきます。そして、いつのまにか、課題の原因は、我々の外になるということになります。

日本の経済成長の鈍化は、今日始まった話しではありません。しかし、私の予想が正しければ、近々、日本の経済成長が行き詰るのは、人口減少だからしかたがないという話になると思います。これほど明解で都合のよい理由はありません。携帯電話の数も、食事の数も、人口により決まります。しかし、人口減少だけが、経済が低迷する理由ではありません。この姿勢を継続していると、自分を省みるチャンスを失い、ますます他責を助長することになり、変化のチャンスを逸します。

ソサイティ5.0の前にある4.0

最近では、AIやIoT時代を先取りしたソサエティ5.0というキーワードを耳にするようになりました。ソサエティ5.0とは、2035年にわが国が目指すサイバー空間と現実社会が高度に融合した超スマート社会。Society1.0狩猟社会、Society2.0農耕社会、Society3.0工業化社会、Society4.0情報化社会、その次に来るのがSociety5.0超スマート社会のようです。

超スマート社会は夢のような世界で、「必要なもの・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会のさまざまなニーズにきめ細かに対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、言語といったさまざまな違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会」とのこと。ソサエティ5.0は素敵なビジョンですが、その前に、ソサエティ4.0が実現しているかのようなストーリーになっていることが気になります。目標を遠くに置いたことで、ますます、ソサエティ4.0に向かうエネルギーが減退してしまうのではないでしょうか。

 

日本は、世界で進むソサエティ4.0から完全に脱落しています。アマゾンが誕生したのは1994年、ヤフーの誕生は1995年、マイクロソフトがインターネットエクスプローラーを開発したのは1996年、グーグルが誕生したのは1998年です。1990年代に始まった情報通信技術の革新と新たな産業の創出に、日本の情報通信産業は参画していません。日本は、製造業に強みがあるからよいと思われるかもしれませんが、IoTや第4次産業革命では、製造と情報通信技術の融合が求められます。しかし、情報通信技術の革新が起きなかった日本では、その融合を進める技術者が圧倒的に不足しています。その課題を直視し、対策を打たなければ、ソサエティ5.0は、4.0同様に世界の企業を中心に進められることになるのでしょう。

変化のスピードが、これまでにないほど早く進むこれからの時代なので、それが残念な結果になるのか、逆によい結果になるのかはわかりません。しかし、「必要なもの・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会のさまざまなニーズにきめ細かに対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、言語といったさまざまな違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会」を誰かが創ってくれるような表現とあわせて、責任の所在のない夢の世界の描写がとても気になります。

ドイツのインダストリー4.0との違い

ドイツでは、現在、インダストリー4.0というAIやIoT時代の産業革命を国家戦略として位置づけ推進しています。ドイツは、日本と同様に、99.6%の企業が中小企業ということもあり、産業革命の主役は中小企業です。

2年前に、ドイツを訪問し、BDI(経団連)や商工会議所の取り組みについて話を伺いました。彼らの取り組みは、日本とは間逆です。課題を議論し、直視するところから始めます。課題が明確になると、その次に決断をします。我々は、課題のある状態を受け入れるのか、それとも、我々は、あるべき姿を実現したいのか。こうして、生まれたのがドイツの国家戦略インダストリー4.0なのです。2年前に、未来教育会議の視察の一環で、ドイツを訪問した際に、この事実を知り衝撃を受けました。

ドイツでは、日本の経団連に相当するBDIを訪問しお話を伺う機会を得ました。その冒頭で映し出されたパワーポイントには、アメリカの国旗が26旗、EUの旗が5旗あり、その横には、企業名が書かれています。そして、これが、私たちがインダストリー4.0という国家戦略を打ち出した背景ですという説明を受けました。ドイツ、そしてEUは、情報通信産業においてアメリカに退廃したことを認めた上で、決断をしています。次の時代は、アメリカの一人勝ちを許さない、その決断が国家戦略インダストリー4.0です。では、この決断は、いったい誰がしたのでしょうか。この議論には、すべての産業団体が参画し、大学も労働組合も参画しています。誰も、政府の決めた方針だから、様子を見ようという態度ではありません。夫々が、自分の立場や役割を明確に持ち、貢献しています。

話さなくても課題は存在する

このようにお話すると、ドイツは、ものすごく進んでいると思われるかもしれませんが、決してそうではありません。2年前のことになりますが、我々が視察で紹介されたのは、「衝動」というタイトルが付いた中小企業の実態を調査したリポートでした。ドイツは日本と似ていて、99.6%が中小企業の国です。このため、インダストリー4.0の中心は、中小企業ということになります。調査の結果、56%の企業が、まったく準備ができていないと答え、セキュリティ、人材育成、資金等、できないと考える理由がたくさん出ています。しかし、BDIの方たちも、商工会議所の方たちも、誰も、その事実をネガティブに受け止めていないことも驚きでした。課題を直視し形成されたビジョンの力の大きさを、改めて実感しました。

課題は直視しなければ、存在しないというものではありません。直視しなくても存在し、その課題が、じわじわとより深刻になる。真綿で首を絞められた状態に、やがて気づいたときは手遅れという感じでしょうか。今なら、まだ、たくさんできることがあるのに、なぜ、私たちは、課題を直視できないのでしょうか。

世界では、マインドフル、グロースマインド、レジリアント等、たくさんの心に関する手法が生まれています。その背景には、誰もが簡単ではないチャレンジに直面する時代の要請があります。私たちの社会も心を強くして、課題解決に臨める日が一日も早く来ることを願い、リフレクションの啓発活動を行って参ります。

 

 

ザンビア・ラーニングジャーニー

2018.09.10 文部科学教育通信 掲載

昨年に引き続き、企業のリーダーシップ開発の一環で、ザンビア・ラーニングジャーニーに同行しました。私の役割は、参加者の皆様が、自分の潜在的な能力に気づき、リーダーシップの開発を行う支援を行うことです。

 

平和な国

アフリカの南部に位置するザンビアは、日本の2倍の国土を持ち、1700万人が暮らしています。経済規模では、2兆7000億円で、日本の佐賀県や、宇都宮市と同じ位です。ザンビアは、1964年の東京オリンピックの閉会式の日に、イギリスから独立をしたことで、日本とも縁の深い国です。ザンビアの国民は、英語を喋り、クリスチャンが多く、また、国民性は、真面目で、ノーが言えない控えめな所が、どこか日本人と似ていると感じます。ザンビアは、周囲を8カ国で囲まれており、陸路が物流の中心ですが、周囲のアフリカ諸国と比べても、民族、宗教、政治等の紛争がなく、平和な国としても知られています。

 

富の格差

人口の半数以上が国際貧困ラインの1日1.9ドル以下で暮しており、貧困の対象は、7割を占める農業・漁業に従事する人々です。その一方で、首都のルサカには、ショッピングモールやカジノ、ゴルフ場もあり、国内の貧富の差がとても大きいことに驚きます。世界の経済活動がつながり、都市部を中心に、新たな経済圏が開発される過程で、国内における貧富の差が拡大するという新たな課題が生まれています。

 

インフラ

インターネットが普及する一方で、道路、水道、下水、電力などの重要インフラの整備は、まだこれからという地域が多く、田舎に行くと、まだ、電気のない生活をしている人々も多くいます。朝日とともに起床し、日没とともに就寝するという生活をしています。食事は、炭を使う手作り料理が中心で、特にシマというトウモロコシを潰して蒸した主食の準備には、かなりの時間をかけています。味付けは塩とトマトというとてもシンプルなものですが、コンビニ食と異なり、自然を贅沢にいただくことができます。

 

5万人のコミュニティ

視察では、下水などの整備がされていない中、5万人の人たちが住む地域、ストリートチルドレンの住む地域やシェルターなど、日本では見ることができない現地の様子を視察しました。

 

5万人の人々が住む地域では、イタリア人の元宣教師がNGOを立ち上げ、地域の女性の力を活かし住民の医療や教育等の支援を行い、地域住民による主体的なコミュニティづくりを促進していました。地域に住む人々は、決して豊かではありませんが、皆幸せそうに生活しており、外国人の我々にも、殺伐としたう空気や争いの様子はまったく見受けられません。5万人の住民それぞれが近隣とつながっている様子は、子どもたちの遊ぶ姿からうかがうことができ、心と心のつながるコミュニティがそこにあることを、視察で訪れた私たちも感じることができました。

 

ストリートチルドレン

ストリートチルドレンは、何かの理由で家族と共に暮らすことができなくなった子どもたちです。お腹をいっぱいにさせるためにシンナーを吸っている子どもたちとの出会いは、とても辛いものでした。そんなストリートチルドレンが自立をすることを支援するために、シェルターを提供しているジャスパーさんとようこさんご夫婦のお話も伺いました。ストリートチルドレンだった子どもたちが、シェルターに移り、自分の才能に気づき、運転免許を取得して自立している若者との出会い等、嬉しくなる出会いもたくさんありました。中には、自らの自立を果たすだけでなく、空いている時間を、ストリートチルドレンの住む地域で過ごし、小さい子どもたちの自立を促すためにリーダーシップを発揮している若者もいました。ここにも、仲間のために貢献するリーダーを中心に、コミュニティが確立されていました。

 

コミュニティ

人々が、心のつながりを持つコミュニティは、田舎の村を訪問した際にも顕著で、ザンビア人の強みであると感じました。日本にも、昔は、このようなコミュニティがあったと聞きますが、今日の日本に比べると、ザンビアの人々は、人と人とのつながりとコミュニケーションを大切にしていて、幸せそうだという感想が、何度も話題に出ました。私は皆さんの発想を聞きながら、オランダのシチズンシップ教育を日本に紹介する中で、教育プログラムを開発したオランダ人のレオさんから、いじめの傍観者がいる時、そこにはコミュニティはないと言われたことを旅の間中思い出していました。心がつながっていれば、いじめられている人の苦しみはあなたの苦しみなるので、放置はできない。もちろん、誰も、本当は助けてあげたいと思いつつ、しかし、自分の身をいじめから守るために、心のつながりを遮断し、傍観者になる。これは、人間本来の生き方としては、不自然なのかもしれません。ザンビアの人々の様子を見ていて、表面的に存在するコミュニティに身を置くことは幸せなことではないということも、改めてよく理解できました。

 

日本企業の存在

ザンビアには、5万人の中国人が住み、ルサカにはチャイナ市場もあります。ザンビアと中国の関係は友好で、ザンビアの債務の半分は中国が負担しているそうです。中国系の建設業者もザンビアに進出し、ODA等による建設工事の多くは、中国系の企業が受注しています。残念ながら、日系企業は、品質が良くてもコストが高いために、建設工事の受注が難しいそうです。幸い、中古車に関しては、7割がトヨタということで、道路では、日本の車ばかりを目にしました。異国の地を訪問し、日本企業の看板や、日本製品を見ると、なんとなくうれしくなるというのは私だけでしょうか。残念ながら、電気製品に関しては、サムソンやLG等韓国製品が中心で、日本のメーカーの姿はありませんでした。

 

ラーニング・ジャーニー

今回の視察の狙いは、現地視察を通して、これから発展を遂げるアフリカという新たな市場を理解することと共に、自己のリーダーシップについてより深く探求することの2つでした。自分の生き方やあり方を見つめ、捕らえ直し、自己変容を起こす手法に、U理論というフレームワークがあります。プログラムは、この理論に基づき企画しました。合わせて、21世紀学び研究所で開発した学び方を活用し、自分の学びをメタ認知する力を高め、自己認識がスピーディに高まる工夫をしました。

 

視察ごとに、もっとも驚いたことや学んだことを振り返る際に、必ずその背景には、どのような経験や価値観が存在するのかを問いかけました。視察は、ザンビアの現状を知る重要な機会であるとともに、自分を知る機会でもあります。人間は瞬時に1100万ビットの情報に触れているのに、40ビットの情報しか拾えないと言います。自分の意識が向いている事柄しか、人間は拾うことができません。事実はひとつではないのです。このため、グループワークが有益な役割を果たします。多様な気づきを共有することで、事実を多面的に捉え直すことが可能になります。同時に、自分の意識がどこに向いているのかを知ることで、自分を知る機会となります。

 

リーダーシップの問い

 

私は、どこからやってきたのか。

私は、今、どこに立っているのか。

私は、何者か。

私は、どこに向かうのか。

 

旅の終わりのゴールは、この問いに対する答えを見出すことでした。一週間の視察ではありましたが、それぞれが感動したり、驚いたこと、その背景にある経験や価値観の違いを共有し、対話を通して自分を見つめる機会を得ることができました。

 

ザンビアという日本とはまったく異なる国、社会、地域やコミュニティに生きる人々の様子に触れ、世界と日本を見る目も変わりました。参加された皆さんのこれからの活躍がとても楽しみです!

消えた育成力を蘇らせよう!

2018.08.27 文部科学教育通信掲載

企業の管理職の皆さんに育成方法を教えるワークショップを行うことがあります。このワークションをスタートさせたのは、今から10年前のことです。多国籍企業のリーダー養成に取り組む米国人アレックス・グリムシャオ氏との出会いから、GEのリーダー養成プログラムを日本化するライセンスを入手し、リーダー養成講座の一環としてスタートさせました。

 

GEのリーダー養成

GEでは、ジャック・ウェルチ氏の時代に、大企業のヒエラルキー的な組織を大改造し、境界線のない学習に最適な組織を創るリーダーを養成する取り組みがスタートしました。その過程で生まれたプログラムを日本で紹介できる機会をもらい、私は幸せの絶頂でした。ところが、日本の管理職の皆さんに、このプログラムを届けたところ、まったく、ピンと来ていただけなかったのです。GEでは、コーポレットユニバーシティであるクロトンビル・リーダーシップ開発センターで、世界中のリーダーたちが受講し、GEを最強の組織に変えて行ったプログラムのどこに問題があるのでしょうか。最初は、何が起きているのかわかりませんでした。しかし、回を重ねるうちに、少しづつ明らかになりました。

 

プログラムの中でも、一番、日本企業の管理職とかみ合わなかったのは、育成でした。育成のプログラムは、フィードバックを最も効果的に行う手法を紹介するものでしたが、そのフレームワークに、だれも感動しないのです。こんなにシンプルで効果的なフレームワークを見て、なぜ、助かったと思わないのだろうか。そう思いながら、プログラムを展開した思い出があります。

 

消えた育成力

その後、私は、この理由がもっと知りたくて、組織に潜伏し、自分自身も人材育成に直接関わり、同時に、研修ではなく、名前と顔の解る人たちに、人材育成の方法を教えることにしました。その結果、すべてのなぞが解けました。日本企業の多くの管理職は、人材育成を止めてしまっていたのです。 私が新入社員だった時代は、まだ、終身雇用が当たり前で、会社は、家族のようなものでした。年功序列でしたから、上司も安心して部下を育てていました。上司に育てられた経験を持つ部下が上司になるので、育成を行うことは当たり前のこととして、組織に継承されていきました。しかし、その姿は、多くの企業から消えてしまったようです。

 

松下電器の人員整理

私が、ハーバードビジネススクールで、日本経営の素晴らしさを徹底的に学び、誇り高く日本に帰国したのは、1989年です。しかし、バブルの崩壊とともに、日本企業は様変わりしていきます。1989年4月には、松下幸之助氏が世を去り、その13年後に、人を大切にする松下電器が、1 万3千人の大人員整理を行いました。今日でも、新卒一括採用や終身雇用が継続しているようにみえますが、日本企業が世界のトップに上り詰めた際に持っていた、人事制度と人材育成力は、多くの企業から消えて行きました。

 

鈍化する成長の中で、管理職の役割も変わっていきます。管理職としてのポジションは与えられるのですが、実質的な部下は数名で、プレイングマネジャーという称号を与えられ、管理職自らが業績を出すために働くという構図が出来上がりました。こうして、育成は、やった方がよいが、やらなくてもよいこととなっていきます。

 

上司も部下も不幸

名門企業の管理職研修で、プレイングマネジャーの皆さんに育成の方法をお伝えしても、活かす場所がないというのが実情だったのです。しかし、彼らに、人材の悩みがないかと行うとそんなことはありません。時間通りに出社するとか、納期を守ることなど、優秀な管理職から見るとあたり前のことをやってくれない部下たちに悩まされている上司がたくさんいらっしゃいました。しかし、上司たちの認識は共通で、育てるより自分がやった方が早いというものでした。

 

 

優秀な管理職の皆さんが、長時間労働になる背景には、部下の能力不足を補う仕事の仕方があたり前になっていることも、大きな要因ではないかと思います。最近では、その部下たちが、自分よりも年齢が上というケースも増えており、益々、育成の機会が減少しているといえます。一方、組織に貢献しないまま、年を重ねて行った社員は、人生100年時代に、自分を活かす場を見つけ難くなるはずです。原点に戻って、若い頃から育ててもらえる環境に身をおく必要があります。

 

育成・成長の時代へ

このような背景を理解すると、なぜ、10年前に、管理職の皆さんが人材育成プログラムを必要としていなかったのかがよくわかります。しかし、これからの時代は、この姿勢は許されません。労働人口が減少し、一人ひとりの社員の生産性を高めることが必要です。これは、企業側の理論ですが、働く側も、一生ひとつの企業で働き続ける時代が終わりを迎えており、自分のキャリア開発に責任を持たなければならない時代です。

GEのように最強の組織を目指す企業では、社員のエンプロイアビリティ(市場価値)を上げることが上司や会社の責任であると考えています。雇用には、劇団型とブロードウェイ型があります。劇団型では、すべての人が、自分の望む役を演じることができません。一方、ブロードウェイ型であれば、自分の望む役を演じることができます。だから、もし、ここにいても、自分の望む役割を担うことができないのなら、社員が外にでてもよいと考えています。同時に、優秀な人材は追跡していて、彼らが望む役割をお願いすることができる時に、ぜひ、戻って欲しいと声をかけるのだそうです。このような関係性が、これからの日本企業にも、求められるのでしょう。優秀な社員は、社会の資産であり、一企業で囲い込むものではないし、囲い込むことにより、能力開発の機会が下がるのであれば、企業にとっても個人にとっても、幸せな働き方ではありません。

 

自律的学習者を育てる組織へ

日本企業は、働き方改革を進めると同時に、企業と個人の関係性、人材育成、自己成長に対する考え方を見直す必要があります。そこで、まず、人材育成のあり方に関して、これまでの経験を踏まえて、新しくプログラムを開発しました。「自分で自分を育てられる個人」を育てる人材育成プログラムです。そのために、上司が、どのように関わればよいのか、どのような環境を創ればよいのかを学ぶプログラムです。

 

最近話題の成人発達理論でも、大人が成長するために、支援が重要な役割を果たすことが明らかになっています。大人になって多くの時間を費やす企業の中で、人々が能力を最大化させることができれば、人も企業も幸せになります。止めてしまうから育てないという論理ではなく、他社で育てた人材がわが社で働く時もあれば、わが社で育てた人材が他社で活躍することもあると考えれば、企業の人材育成力が、社会の人材育成力になります。そんな社会が、人も企業も幸せにするのではないでしょうか。

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