最近の投稿
カテゴリー
-
ソーシャル & ビジネス 16
-
教育の未来 168
-
ダイバーシティ経営 110
-
その他 19
アーカイブ
-
2025年
-
2024年
-
2023年
-
2022年
-
2021年
-
2020年
-
2019年
-
2018年
-
2017年
-
2016年
-
2015年
-
2014年
-
2013年
-
2012年
-
2011年
-
2010年
-
2009年
-
2008年
-
2007年
2025年7月14日 文部科学教育通信掲載
今回は、ハーバード大学の発達心理学者ロバート・キーガンが提唱する成人発達理論についてご紹介します。私たちは、子どもが年齢とともに発達し続けることを知っていますが、大人も発達し続ける存在であると考える人はあまり多くないように思います。ロバートキーガンは、こうした常識に異論を唱え、「成人も発達し続ける存在である」と主張し、成人発達理論を提唱しています。成人発達理論は、現在、リーダーシップ開発や教育、組織開発等の分野で、広く活用されています。
キーガンの理論
キーガンの理論は、ジャン・ピアジェの認知発達理論を土台にしています。ピアジェは主に子どもの発達に注目し、知能がどのように構造化されるかを分析しました。一方、キーガンはこの理論を成人期にも適用できると考え、人間の「意味づけの構造」(meaning-making system)が生涯を通じて変化・進化することを明らかにしました。
成人発達理論の根幹は、「何を“主観”として扱い、何を“対象”として扱えるか」という問いにあります。主観とは、自分自身と一体化しており、意識的にコントロールできないものであり、対象とは、意識化され、観察・操作が可能なものです。発達とは、これまで主観だったものを対象化し、自己の視野を広げるプロセスです。
主観(Subject):自分自身と同一化していて、それを「持っている」とは意識できず、それによって世界を見ているレンズそのもの。操作も批判的観察もできない。
対象(Object):自分が「持っている」と認識できるもの。意識化され、吟味・省察・変更が可能なもの。
この区別は、知識の量ではなく「意識の構造」に関わります。たとえば、感情を「自分そのもの(主観)」として扱っている人は、怒りをコントロールできません。しかし、感情を「自分の一部(対象)」として捉えることができれば、それに距離をとり、調整や選択が可能になります。
キーガンの発達の定義
発達とは、それまで“主観”として同一化していたものを、“対象”として意識し、扱えるようになることです。
事例
- 発達前:「私は怒っている(=怒りと同一化している)」→怒りに飲まれる
- 発達後:「私は怒りを感じている(=怒りを対象化できている)」→距離をとって対応可能
発達とは「主観→対象」への変化であり、自己を意識的に俯瞰できるようになることが、次の発達段階への鍵を握ります。
5つの構造的段階
キーガンは、人間の発達を5つの構造的段階に分類しています。
【第1段階:情動的心】
第一段階は、幼児期の「心の構造」を表します。子どもはまだ自分の感情や衝動と自分自身を区別できないため、感情が湧いたらすぐに行動につながることが多く見られます。たとえば、悲しくなったら泣く、欲しいと思ったらすぐに手を伸ばす、というような反応的な行動が特徴です。第一段階の「心の構造」では、感情や衝動は「自分そのもの」であり、それに飲まれている状態です。まだそれを「対象化」して考えたり、他者の視点を想像したりする能力は未発達です。
【第2段階:自己中心的構造】
この段階では、自分の欲求や感情が中心にあり、他者は自分の欲求を満たす手段として見られることが多いです。ルールや期待は外部から与えられたものであり、内在化されていません。この段階の人は、自己主張は得意ですが、他者との協調や自己省察には限界があります。
【第3段階:社会的構造】
他者の期待や価値観を内在化し、所属する集団や関係性に大きく影響される段階です。他者との関係性が自己のアイデンティティと結びついており、「自分は他人にどう見られているか」が自己理解の中心となります。協調性は高いが、自律性には乏しく、異なる価値観との対立を避ける傾向があります。
【第4段階:自己著者的構造】
この段階では、自らの価値観や信念を意識的に構築し、それに基づいて人生を設計できるようになります。他者の期待に流されるのではなく、自分で意味づけを行い、人生を「自らの物語」として捉えることが可能になります。リーダーシップや自己主導的なキャリア形成が可能になる段階です。
【第5段階:自己変容的構造】
ごく少数の人が到達するとされるこの段階では、自らの信念体系やアイデンティティすら相対化し、より広い視点から自己や世界を捉え直すことができます。自己の枠組みに執着せず、多様な枠組みを行き来しながら、常に学び・変化し続ける柔軟性を持ちます。複雑性の高い問題に対する対話的・統合的アプローチが可能となります。
社会の実情(成人発達段階)
- 第2段階(道具的心)
- 主に青年期前半や教育・社会経験の少ない成人に見られます。
- ある種の環境(厳格な管理下、極度のストレスなど)では成人でもこの構造にとどまる場合があります。
- 第3段階(社会的心)
- 成人の最多層。他者や組織に同調しながら生きる人々です。
- 安定した職業人や市民としては十分機能しますが、変化への対応力に限界がある場合もあります。
- 第4段階(自己著者的心)
- 教育水準が高く、自律的な仕事やリーダーシップを担う人に多く見られます。
- この層の拡大が、組織のイノベーションや民主社会の成熟にとって重要とされます。
- 第5段階(自己変容的心)
- 非常に稀な構造。思想家、変革型リーダー、熟達したメンターや教育者などに見られます。
- 「矛盾を統合する力」「対話的な自己超越」「複数の枠組みの共存」などが特徴です。
教育やリーダー育成の現場では、「第3段階→第4段階」への移行を支援することが最も重視されています。組織における変革や複雑性への対応には、少なくとも第4段階の構造が必要とされます。第5段階の人は、チームや組織の対話と学習を促進する重要な触媒(カタリスト)となることがあります。
免疫マップ
キーガンはリサ・ラスコウ・レイヒーとともに、「免疫マップ(Immunity to Change)」という実践的な手法を開発し深層にある「隠れた前提」や「恐れ」に気づくことで、発達の停滞を突破するための支援を行なっています。21世紀学び研究所では、「免疫マップ」に学習する組織の理論を加えた手法を開発し、第4段階、第5段階の発達を目指す人々を支援しています。
自己は常に変化するものです。また、人生とは、意味を再構築するプロセスであると言えます。人生の出来事や他者との関係、自分自身の経験をどのように意味づけるかによって、世界の見え方や行動の選択が変わります。このプロセスは、単に「情報が増える」ことではなく、「構造が変わる」ことを意味しています。「構造が変わる」と物事を捉える前提が変わるため、経験の捉え方や意味づけが更新されます。このため、同じ経験でも、これまでとは違う意味に感じられるようになります。この意味の再構築が、成長と発達を確かなものにするプロセスとも言えます。
終わりに
学校教育で行われている「対話的で主体的な学び」の実践は、VUCA時代を生きる子どもたちが、第4段階の発達を遂げるために不可欠な教育であると思います。子どもたちが幸せな人生を生きるために欠かせない「複雑な問題を解く力」や、「現実を変えていく力」を育むために、「情報の量」だけを評価するのではなく、「構造が変わる」ことに意識を向ける教育の発展を期待したいです。