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2025.6.25
ソーシャル & ビジネス
統合報告書の時代
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2025.06.09 文部科学教育通信掲載

 

持続可能な社会に向けて企業も変わろうとしています。統合報告書はその一つの象徴ではないかと思います。これまで、上場企業は、決算のたびに財務情報を開示してきました。売上や利益、株主に対するリターン等々を開示し、どのような事業活動でどのような成果を上げてきたのかを説明することがとても大切なことであるという認識が一般的です。しかし、今日では、このような財務情報を開示するだけでは、企業は説明責任を果たしていないと言われるようになりました。

統合報告書と呼ばれる新たらしい報告フォーマットでは、財務情報に加えて、非財務情報を統合し開示することが期待されています。日本では、まだ法的義務ではありませんが、EUでは企業サステナビリティ報告指令により、2024年以降 段階的に義務化されています。

統合報告書の誕生は、気候変動や貧困問題など、経済が成長し、一部の株主が巨額の利益を得る一方で、地球全体の課題が年々深刻化する現実を変える人類の大きな挑戦が始まりと捉えることができるのではないかと思います。

 

投資家の関心事の変化

地球温暖化をはじめとする経済活動による負の影響が課題となる中で日本年金機構をはじめとする年金基金の中には、長期的な視野を持つ投資家も表れ、企業は、財務情報に加えて、ESG(環境、社会、ガバナンス)情報と自社独自の価値創造プロセスに関する情報を開示すようになりました。ESG情報の開示が始まったことで、企業への期待は大きく変化しました。成長し利益を最大化するだけでは十分ではなく、法令順守および環境に対する責任と、社員のウェルビーイングと共に事業に必要な素材の調達先や取引業者を含めたすべての人々の公平で多様性を包摂する労働環境についても、企業の責任と捉えられるようになりました

 

国際統合報告評議会(IIRC)

2010年にIIRCが発足し、2013年には「統合報告フレームワーク」が公開され、IIRCは、統合報告の目的を、企業の価値創造プロセスを投資家にわかりやすく伝えることと定義付けます。財務・非財務を統合として説明することで、企業の中長期戦略の信頼性が高まることが狙いです。

 

統合報告フレームワークには、従来の経済活動における資本に加え、社会・関係資本および自然資本についても、自社の価値創造プロセスにおける関係性を明確に示す必要があり、企業に求めたことで企業は自社の温暖効果ガスの排出量にも責任を負うことになります。

 

資本の種類

事例

財務資本(Financial)

資金や資産などの財務的リソース

製造資本(Manufactured)

インフラ、設備などの物理的資源

知的資本(Intellectual)

ブランド、特許、知識など

人的資本(Human)

従業員の能力、知識、モチベーション

社会・関係資本(Social and relationship)

顧客、取引先、地域社会との関係

自然資本(Natural)

自然資源、気候、エコシステム

 

かつては、高成長、高収益の成果を上げる企業が優良企業として高く評価されましたが、今日では、地球や人類の幸福に責任のある態度で高い成果を上げることが優良企業の証です。消費者も、地球環境によいインパクトを与えている企業から「もの」を買うことを望んでいます。最後まで変わらないのが金融資本主義の世界に生きる投資家であると言われていますが、現在の流れが進むにつれ、彼らの市民権も失われていくことを期待したいと思います。

 

IIRCの統合

IIRCは、2021年にサステナブル会計基準審議会(SASB)と共に、バリュー・レポーティング財団(VRF)を設立し、2022年には、VRFは、国際財務報告基準IFRS財団に統合され、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の一部として再編されます。

とても興味深いのは、この短期間の間に、財務報告基準とは独立した形でスタートした非財務報告基準が、国際的な財務報告の策定・維持に取り組むIFRS財団に統合されることで、国際的な基準へと発展したことです。2010年に国際統合報告評議会(IIRC)が発足し、わずか10年の間に、非財務報告に対する企業の向き合い方を大きく変える動きが進んだ結果となります。

このような動きを経て、日本においても、企業が統合報告書を作成することになります。

 

欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)

EUは、この領域で最も先進的な取り組みを始めており、現時点で、企業の非財務情報の開示が法的義務となっているのは欧州のみです。

ESRSは、EUの「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」に基づいて、企業が開示すべきサステナビリティ関連情報の内容・形式を定めた基準です。これにより、企業は単なる環境報告にとどまらず、社会・人権・ガバナンスを含む広範な非財務情報を、体系的・比較可能な形で報告する義務を負うことになります。

ESRSは、CSRDに基づき、企業が開示すべきサステナビリティ情報の詳細を定めた基準です。ESRSは企業が「ダブルマテリアリティ(double materiality)」の観点から、財務的影響と社会・環境への影響の両面を評価し、開示することを求めています。

 

ダブルマテリアリティ

「ダブルマテリアリティ」とは、企業がサステナビリティに関する情報を報告する際に重要な2つの視点を示す概念です。

 

  • 影響マテリアリティ(Impact Materiality)

  企業の活動が、環境や社会にどのような影響を与えているか

 

  • 財務マテリアリティ(Financial Materiality)

 サステナビリティ課題が、企業の財務状況や将来の価値にどのような影響を与えるか

 

ダブルマテリアリティは、EUのCSRD(企業サステナビリティ報告指令)およびESRS(欧州サステナビリティ報告基準)の中核原則です。

 

この原則の素晴らしい所は、企業が環境や社会に当たえるインパクトを明示するとともに、環境や社会の課題が企業側に与える財務的なインパクトを可視化することの両面を求めていることです。2番目の視点が含まれることで、企業は自分たちのリスクを低減するために、環境や社会課題に取り組むことになります。

 

我々が今日直面している気候変動や経済格差をはじめとする課題は、企業活動がその原因の一端を担っていると同時に、企業活動も、これらの課題により財務的なリスクを抱えています。ダブルマテリアリティを可視化することにより、企業にとって、これらの課題に取り組むことが、コストの増加という負のインパクトだけではなく、将来の財務リスクを取り除くために必要な投資と考えることができるという点で、ダブル(2重)マテリアリティは、企業の課題解決の取り組みを加速させるとてもよいアイディアではないかと思います。

この10年間にEUや米国、日本をはじめとする世界の専門家や経営者たちが対話と議論を重ねた結果、統合報告書という新しいモデルが生まれたことに感謝と敬意を表する共に、この動きを加速させるために貢献したいです。