BLOG
ブログ
2025.6.25
リフレクション・対話・学習する組織
人間の成長とアンラーン
SHARE

2025.06.23 文部科学教育通信掲載

 

青山ビジネススクールで、リフレクションの実践力を磨く演習の授業を行っています。講義の最後は、リフレクションの中でも、最も難しいアンラーンがテーマです。アンラーンは、日本語では学びほぐしと訳され、過去の経験を通して形成されたものの見方や行動様式を変えることを意味します。

アンラーンには、ロバート・キーガンが開発したITC(Immune to Change 変化への免疫)という手法を使いました。

 

変化への免疫

ロバート・キーガン(Robert Kegan)は、ハーバード大学教育大学院で長年教鞭を執った発達心理学者であり、人間の意識の発達と成人の学びに関する理論の第一人者です。彼の研究は、個人の内面の成長と、それを支える教育・組織開発のアプローチに大きな影響を与えました。

キーガン教授の代表的な理論の一つが、「変化への免疫」です。これは、人が望む変化を実現できないのは、意志の弱さではなく、深層心理に「無意識の防衛システム=変化への免疫」が働いているためだとする考え方です。

多くの人が「もっとリーダーシップを発揮したい」「健康を保ちたい」「人間関係をよくしたい」といった目標を掲げます。しかし、それが実現しないのは、表面的な行動の問題ではなく、目標と矛盾する無意識の信念や恐れが深層にあることが原因です。

 

心の免疫系

身体の免疫システムは、ウイルスや異物から私たちの身体を守るために働きます。しかし、時に身体にとって無害あるいは有益なものにまで過剰反応してしまうことがあります(アレルギーなどがその例です)。

キーガンが使う「変化への免疫」も、これと同じ構造です。

 

体の免疫系

異物から身体を守る

有益なものにも反応することがある

 

 

心の免疫系

心理的な脅威から「自己」を守る

成長や変化さえも無意識にブロックすることがある

 

このように、「変化への免疫」があるために、変化しようとする意志があっても、「現状を守る無意識のメカニズム」が自動的に作動してしまい、変化を妨げることがあります。

 

隠れたコミットメント

たとえば、ある人が「会議で自信を持って意見を言えるようになりたい」と望んでいたとします。しかし実際には黙ってしまう。

 

この人が無意識に抱えているのは:

  • 隠れたコミットメント:「人に否定されないことを優先したい」
  • 根深い前提:「自分の意見を言えば、きっとバカにされるに違いない」

このような無意識の「自己防衛システム」が、本人の成長の意図に“免疫反応”を起こしてしまうのです。

「隠れたコミットメント」とは、表面上の目標とは矛盾する、無意識下の“別の約束”や優先事項のことです。本人も自覚していないことが多く、深層で自分を守るために機能しています。

 

先ほどの事例

  • 表の目標: 会議で自分の意見をもっと積極的に言いたい
  • 隠れたコミットメント: 間違って批判されたくない、目立たず安全でいたい

 

表の目標と裏のコミットメントが引き合うように働くため、結果として行動が変わりません。このため、自分の中に「矛盾した願い」が存在することに気づくことが、変容のスタートになります。

「根深い前提」とは隠れたコミットメントを支えている、深い信念や思い込みのことです。
これも通常は無意識に信じ込んでいて、現実をどう捉えるかの“フィルター”として働いています。

 

先ほどの事例

  • 根深い前提: 「私は他人から否定されれば、自分の価値が損なわれる」
    → この思い込みがあるからこそ、「間違えたくない」という隠れたコミットメントが生まれている。
  •  

根深い前提を問い直すことが、免疫システムを解体する鍵になります。多くの場合、その前提は、事実からではなく、経験から作られた信念に過ぎないからです。

 

アンラーンのステップ

授業では、ロバート・キーガンの「変化への免疫」を土台に、ピーター・センゲの「学習する組織」の理論を組み合わせて、7つのステップでアンラーンに取り組みました。

ステップ1 改善目標のテーマのメタ認知

ステップ2 改善前の行動と恐れや負の感情の洗い出し

ステップ3 価値観のメタ認知

ステップ4 改善目標の再定義

ステップ5 ビジョン形成

ステップ6 アクションプランの策定

ステップ7 自己変容のリフレクション

 

無意識の阻害行動

アンラーンのステップは、無意識の阻害行動を明らかにすることから始まります。

  • 目標(表のコミットメント): 会議で自信を持って意見を言えるようになりたい
    • 発言の機会があっても黙ってしまう
    • 「これを言ったらどう思われるだろう」と考えて躊躇する
    • 会議前に準備しすぎて、本番では何も言えなくなる
  • 隠れたコミットメント: 否定されたくない、安全でいたい
  • 根深い前提: 「否定される=自分の価値が傷つく」

 

無意識の阻害行動の特徴は、無意識的、防衛的であることです。自分では「守るため」と思っていないのですが、その阻害行動を選びます。阻害行動は、目標に対しては不都合な行為ですが、心の安全やセルフイメージを守る役割を果たします。

 

無意識の阻害行動は、結果として、目標と矛盾する行動のため、望む変化を阻害する結果になります。無意識の阻害行動は、隠れたコミットメントと一致し、それがあることで、「裏の「守りたいもの」が保たれる状況を生み出しています。

 

人は往々にして、「目標を達成できないのは努力が足りないからだ」と考えがちですが、実はこの無意識の行動パターンがブレーキをかけているのです。

「無意識の阻害行動 → 隠れたコミットメント → 根深い前提」という構造を可視化することで、はじめて自分の“内なる矛盾”に気づき、そこから真の変化への道が開かれます。

 

無意識にできることがゴール

アンラーンでは、意識的に新しい行動を試し、徐々に自分のものにしていくことを目指します。

  • 根深い前提のメタ認知

根深い前提について、「本当にそうなのか?」を新しい行動を試す中で確かめます。根深い前提の存在を言語化した後に、その前提が自分の内面に現れると、根深い前提をメタ認知しやすくなります。根深い前提をメタ認知できるようになると、自分の行動を変えることも可能になります。

  • 小さい行動実験

小さな行動実験を通じて、徐々に新しい行動様式を学びます。不安や恐れと向き合いながら、自分を守ろうとするために現れる阻害行動ではなく、新しい行動様式を練習し徐々に慣れていくことで、新しい行動様式を少しずつ自分のものにすることができます。アンラーンでは、いきなり最終的なゴールを目指さないことも重要です。

 

新しい〝自己″のあり方

小さい行動実験を繰り返す段階では、まだ努力が必要な状態です。頭では理解していても、自動的には行動できないため、「意識して変える」必要があります。「根深い前提」が一つの思い込みでしかないと思えるようになると、アンラーンは完成に近づきます。新しい行動や信念が「自分のもの」となると、無意識に新しい行動を選択することができるようになります。その結果、旧来の免疫システムが弱まり、新しい“自己”の在り方が定着します。