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2025年2月10日文部科学教育通信掲載

ビジネスの世界で、多くのリーダーの経営の指南役に選ぶ書籍「ビジョナリー・カンパニー」シリーズの著者ジム・コリンズが提唱する「弾み車」についてご紹介したいと思います。「弾み車」の比喩は、企業の成功が一瞬の飛躍や単独の要因によるものではなく、小さな努力が積み重なることで徐々に加速し、大きな成果を生むプロセスであることを示しています。

ビジョナリー・カンパニーは、企業経営のための書籍ですが、『ビジョナリーカンパニー 弾み車』(ジム・コリンズ著 日経BP出版)には、学校の「弾み車」が紹介されています。そこで、今回は、「弾み車」をテーマにお話ししたいと思います。

学校の事例を紹介する前に、弾み車について紹介します。

弾み車の原則

弾み車の回転を始めるには、最初は多大な努力が必要です。しかし、一定の方向に一貫して力を加え続けることで、やがて加速度が増し、少ない労力でも大きな成果が得られるようになります。このプロセスには以下の特長があります:

  1. 一貫性の重要性
    弾み車を回す力は、戦略、行動、リーダーシップが一貫しているときに最大化されます。方向性がブレると、エネルギーが分散し、加速が妨げられます。
  2. 飛躍の法則
    成功する企業は「飛躍」を遂げる前に、長期間にわたって小さな進歩を積み重ねています。この積み重ねがある時点で臨界点を迎え、外から見ると「突然の成功」に見える現象を引き起こします。
  3. 慣性の活用
    弾み車は一度動き始めると、自らの慣性で回転を続けます。このため、初期の努力が報われ、持続的な成長が実現します。
  4. 負のスパイラルを避ける
    逆に、方向性が一貫していない場合、弾み車の勢いは失われ、エネルギーが浪費されます。企業が成長を維持するためには、一度得た慣性を失わないことが重要です。

 

実践への示唆

弾み車の考え方は、企業経営だけでなく、個人の成長やプロジェクト管理にも応用できます。以下のステップが推奨されます:

  1. 明確な目標を設定する – チーム全体で共有できるビジョンを持つ。
  2. 小さな成功を積み重ねる – 短期的な成果を出し、それを次のステップにつなげる。
  3. 継続的に改善する – 定期的に振り返りを行い、進捗を確認しながら改善を続ける。

ジム・コリンズの「弾み車」の概念は、持続可能な成長を実現するための基盤を提供します。一時的な成功ではなく、長期的な視点を持ち、着実な努力を積み重ねることの重要性を強調しています。この原則を理解し実践することで、個人や組織の成功を加速させることができるでしょう。

 

弾み車と「運命の5段階」

弾み車の概念は、コリンズの別のフレームワーク「運命の5段階」にも関連しています。特に、「謙虚なリーダーシップ」や「文化的な規律」といった要素が、弾み車を回し続ける鍵となります。

ジム・コリンズが提唱する「運命の5段階」は、成功していた企業が衰退していく過程を5つの段階に分けて説明したものです。このフレームワークは、企業がどのようにして失敗の道を歩むのかを理解し、早期の対策を講じるための洞察を提供します。

 

運命の5段階

第1段階:成功から生まれる傲慢

成功により、組織が自己満足や傲慢に陥る段階です。

第2段階:規律なき成長の追求

無秩序に成長を追求する段階です。

第3段階:危険の否定

業績が悪化しても、それを直視せず問題を軽視する段階です。

第4段階:救世主探し

状況を立て直すために、大胆な行動や「救世主」を探し求める段階です。

第5段階:無関心と死

最終段階では、企業が衰退を受け入れ、リーダーや従業員が士気を失います。

「運命の5段階」の理解は、組織が衰退の兆候を早期に認識し、適切に対応するための重要な手がかりとなります。

 

ある校長の考えた「弾み車」の事例

カンザス州のフォートライリー陸軍基地内にあるウエア小学校の新任校長デビー・グスタフソン氏の事例です。

ウエア小学校の生徒の成績は悪く、カンザス州が初めて「要改善」と指定した学校の一つでした。全校生徒のうち、学年相当の読解力に達していたのは、わずか三分の一でした。保護者の世界の基地への移動により、子どもたちも、転校が多く、落ち着いて学ぶことができない環境も課題です。同時に、ウエア小学校の講師の35%が入れ替わる状態も続いていました。そして何より、子どもたちのストレスの要因は、戦場に送り出される家族のストレスであり、一般的なお父さんの単身赴任とは異なるストレスを、家族全員が抱えていました。この状況を理解したグスタフソン校長は、「この子どもたちの教育を先送りにすることはできない」と覚悟を決めます。彼らが、1年生、2年生で落ちこぼれ、満足な読解力を身に着けず転校することになれば、彼らは「落ちこぼれ」になります。「彼らを落ちこぼれにすることは許されない」と考え、グスタフソン校長が実現した「はずみ車」は図の通りです。

ビジョナリー・カンパニーを読み「弾み車」に出会ったグスタフソン校長は、「これだ!」と椅子から飛び上がり、「弾み車」を実現するために取り組みます。弾み車のステップ1は「情熱ある教師を選抜する」です。 しかし、カンザスの田舎の基地では、経験豊富な教師を採用するのは難しい。そこで、未経験でも情熱があり、可能性を秘めた人材の採用に力を注ぎます。正しい価値観を持つ、情熱にあふれる人間を採用し育成することで、「弾み車」は回転し始めます。しかし、経験不足の教員では、成果を出すことができないので、協力的な改善チームを立ち上げベテラン教師による指導を促します。

こうして、ウエア小学校独自の強化法が形づくられると、改善のために、「生徒の進歩を早い段階から頻繁に評価する」 ことが必要になりました。絶え間なくデータが供給され、それがチーム内で共有、議論されると、「すべての子どもについて成果をあげよう!」 「一人も落ちこぼれにさせない!」「一人ひとりの子供が大切だ!」というエネルギーが出てきました。その結果、ステップ4 「一人ひとりの生徒の学習を完遂する」に進みます。グスタフソンとウェア小学校の教師たちは、学年相当の読解力を持っている生徒の割合が35%を下回っていた学校を大きく変え、7年目以降は、継続して99%を維持しています。その結果、情熱ある教師をいつでも採用できるようになりました。

「重要なのは学校の文化、人間関係、そしてチームメートと協力しながら子供達のために向上し、成果を出そうとする姿勢だ。 この学校にふさわしい人々は、そこに魅力を感じてくれる。 おかげで情熱ある人材の供給が途切れず、何年も何年も弾み車を回しつづけることができた」とグスタフソン校長は語っています。

【参考文献】 ジム・コリンズ著『ビジョナリー・カンパニー 弾み車』日経BP

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