skip to Main Content

幸せになる力を子供たちに

2025年1月27日 文部科学教育通信掲載

ピースフルスクールを日本に紹介し10年になります。ピースフルスクールとの出会いを含めると、14年間ピースフルスクールに取り組んできました。そこで、改めて、ピースフルスクールの魅力について振り返ってみたいと思います。

ピースフルスクールは、世界一子どもが幸せな国オランダで開発された自立と共生力を育む教育です。ピースフルスクールは、学校を、子どもたちが、自分、お友達、参画するコミュニティを幸せにする力を練習する場と捉えます。ピースフルスクールを導入する学校では、5,6年生の小学生が、学校中のけんかの仲介を行います。

 

その気持ち、私には全然ないみたい

ピースフルスクールの対話の授業を見学した時のエピソードを一つご紹介しましょう。テーマは、小学校の卒業試験です。男の子一人と、女の子二人が一緒のテーブルに座り、対話をしています。

少し小柄な男の子は、「僕は、一度の試験で将来が決まってしまうと思うと、心が落ち着かなくて嫌なんだ」と自分の意見を述べました。すると、隣に座っている女の子が、「そうなの? 私にはそんな気持ちは全然ないみたい。どんな気持ちなのか、どうしてそんな気持ちになるのか、もっと教えて!」と返答します。

私は、この女の子の反応をまったく予想していなかったので、本当に驚きました。女の子は、男の子の気持ちや考えにまったく評価を加えることなく、ただ、男の子の考えや気持ちを理解することに努めていました。

私は、日本の教室で、もし、この男の子が同じ発言をしたら、周囲の友達からどんな反応が返ってくるかを想像しました。頭に浮かんだのは、「弱っちいな」とか、「ださい」という周囲からの声です。このような反応が予想されるとき、人は、他人の評価を気にして、自分の弱さを口に出さないようにすると思います。

ピースフルスクールで学ぶ子どもたちは、人の気持ちや考えを評価せず、その背景を理解し、共感する対話の手法を小学校のうちに身に着けていました。

 

心理的に安全な教室づくり

ピースフルスクールでは、レッスンの初めに、「今日ピースフルでない人はいますか」と先生がみんなに尋ねます。子どもたちは、「今日はピースフルではない。お兄ちゃんと喧嘩したから」、「今日は悲しい気持ち。おばあちゃんが田舎に帰ったから」、「今日はピースフルではない。朝、眠くてもっと寝ていたかったから」、子どもたちは、自分の気持ちに理由を添えて語ります。この時間には、3つの効果があります。一つは、自分の気持ちに理由を添えて伝える練習、2つ目は、ネガティブな気持ちもオープンに話す許可を自分に与えること、3つ目は、人は、みんな同じ気持ちではないことをこの体験を通して学ぶことです。このような対話を繰り返すことで、誰もが、人の気持ちを評価することにまったく意味がないことをちゃんと理解できるようになります。その結果、みんなで一緒に、心理的に安全は教室を創ることができるようになります。

日本では、人の評価を気にする人が多いと言われますが、その理由は、他人を評価する人が多いからだと気づかされました。

 

なぜ日本にも必要なのか

子どもたちが、将来、幸せに生きるためには、自分を大事にすること、他者を大事にすること、共に生きる社会を大事にすることの3つが欠かせません。日本の教育は、他者を大事にすることと、調和を重んじることは教えることができていますが、自分を大事にすることと、共に生きる社会を大事にすることは、教えることができていないと思います。自分を大事にすることはわがままになることではありません。そこには、自分をメタ認知することや、省察することも含まれます。共に生きる社会を大事にすることは、調和のために我慢することではありません。誰の意見も尊重され、対話を通して合意を形成していくプロセスを経たうえでの調和が必要です。

 

対立のとらえ方

対立はあって当たり前。対立のない民主的な社会は存在しない。

意見が違っても友達でよい。

ピースフルスクールのこの教えは、多様性の時代に生きる子どもたちに不可欠だと思います。対立を悪いことだと捉えてしまうと、よい子ほど、対立を避ける行動を選択します。自分が思っていることを口に出さなければ、その場が収まると考えるからです。せっかくよい考えを持っていても、口に出さなければ、その考えが活かされることはありません。

対立を悪いことだと捉える子は、友達とは異なる意見を持つことを悪いことと考えてしまうかもしれません。このため、友達と考えを合わせるか、考えの違う友達とは付き合わないと決めてしまうかもしれません。

しかし「意見が違っても友達でよい」と幼児期から教わっていたら、少し違った景色になるのではないかと思います。

民主的な社会は、多様な人々が共に幸せに生きる社会です。多様性を前提にするのであれば、対立はあって当たり前と捉える方が自然です。だからこそ、私たちは、今、多様な意見を扱う方法を身につけなければならないのではないかと思います。

異なる意見に恐れることなく、自分とは違う意見を否定するのでもなく、みんなが意見を伝え、聴き合い、良質な意思決定に発展させる力を子どもたちが身に着けることができるのが、ピースフルスクールの醍醐味です。

 

学校は練習の場

市民になる練習を学校で行える。

市民になるためには練習がいる。

ピースフルスクールでは、学校は、子どもたちが市民になる練習を行う場と捉えます。レッスンは、すべて、学校で実践するために必要な知識とスキルを習得するための教育としてデザインされています。

ピースフルスクールでは、5,6年生が仲介役となり、喧嘩をした子どもたちは、話し合いを通して問題を解決します。

日本でも、子どもたちは、学校で、けんかの仲介方法を学んでいますが、多くの場合、喧嘩の仲介は先生が行っています。この違いはどこからやってくるのでしょうか。その違いは、子どもたちが、「小さいパーツ」で学ぶ所にあるのではないかと思います。

喧嘩の仲介では、感情的になっているときには話さない、相手の言葉を遮らない等の掟があります。仲介の席に着き、喧嘩をしている相手と話し合うためには、怒りを制御する力、自分の気持ちや意見を相手に伝える力が欠かせません。

そもそも、自分の感情を制御できないから喧嘩が起きてしまうのですから、喧嘩の直後に、すぐに、冷静に話し合うことは簡単ではないことが前提です。

ピースフルスクールでは、自分の感情をメタ認知すること、感情を言葉で説明することについて練習を繰り返します。怒りの温度計を眺めて、自分の怒りが沸騰していることに気づけるように促します。そして、気持ちの落ち着け方についても、自分なりの実践方法を確立することを奨励します。

人に話を伝える時には、相手に伝わることが大切であることを学んでいます。自分の気持ちや考えを根拠を示しながら話す力も磨いています。

このようなレッスンを通して、誰もが仲介の席に座ることができる状態になっているので、小学校5,6年生が仲介役を担うことができます。

オランダでは、市民になるためには練習が必要だと言います。日本でも、子どもたちが、市民になる練習がたくさんできる環境を増やしていきたいと思います。それが、子どもたちの幸せと幸せな社会につながることを願って。

Back To Top