ソーシャルアントレプレナーの授業
2024年10月28日 文部科学教育通信掲載
今年も、秋から青山ビジネススクールのソーシャルアントレプレナーの授業が始まります。
日本では、2011年に起きた東北大震災をきっかけに、NPO活動が盛んになりました。
NPOの活動は、過去10年間、あまり大きく発展しませんでした。その理由の一つが、寄付や補助金に依存した運営体制にあります。しかし、最近では、ビジネスとソーシャルの垣根が低くなり、ソーシャルの領域でも、収益モデルとして事業を立ち上げるアントレプレナーが生まれています。私自身も、2009年から、ソーシャルの世界でも活動をしており、ビジネスとソーシャルの融合を目指す、ソーシャルアントレプレナーを支援しています。
私が、ソーシャルアントレプレナーという言葉を最初に知ったのは、NHKのテレビ番組で、ビル・ドレイトンへのインタビューを視聴した時です。ソーシャルアントレプレナーの父と言われるビル・ドレイトンは、社会課題の解決に起業家のマインドと行動様式を生かすことができれば、社会課題の解決が一気に進むのではないかと考えました。ビル・ドレントが1980年に設立したアショカは、現在、世界97か国、4000人のソーシャルアントレプレナーをネットワークする団体に発展しています。
ビルは、社会問題の解決に向かう社会を実現するために、次々と新しいアイディアを提示してきました。
Everyone a Changemaker
「誰もがチェンジメーカーなんだ」という視点を世の中に広めたのはビルです。ビルが2000年に来日した際に、早稲田大学で行った講演では、親や世の中の期待とは違う生き方を選ぶことをリスクと捉え、本当はやってみたいと思うが一歩踏み出す勇気が持てないと悩んでいる高校生に、Give yourself a permission to be a changemaker「チェンジメーカーになることを自分に許可すれば良いだけだ」と、励ましのメッセージを伝えました。
テクノロジー革新が起きたことで、よいアイディアを持ち、よい世の中を創りたいという強い思いがあれば、誰もがチェンジメーカーになれる時代になります。教育の世界では、生徒エージェンシーという言葉で、子どもたちは、よりよい社会をつくる主体であるという考え方が一般的になりつつあります。
エンパシー(共感力)
ソーシャルアントレプレナーにとって、最も大切な能力の一つがエンパシー(共感力)であるという考えを広めたのもアショカです。自分とは異なる立場や状況に置かれた人々の靴を履いてみること。そして、問題を抱えている当事者の立場に立って、問題を解決できることが世の中を良くするために欠かせないからです。実際に、私自身も、NPO活動を通して、子どもの貧困問題の解決に取り組む際に、エンパシーの重要性を知りました。統計では説明できない子どもたちの現状に触れる機会を通して、問題の複雑さ、支援に必要な配慮等について学びました。
シチズンセクター
ビルは、シチズンセクターの到来も予言しました。これまでの社会では、営利団体、非営利団体(NPO)あるいは、政府、非政府(NGO)という区分で、ソーシャルな取り組みか否かを分類してきました。営利企業を中心に世界が発展した米国では前者、ヨーロッパでは後者の分類が多く見られます。しかし、ビルは、この分類は古い考えだと言います。これからの時代をつくるのは、よりよい社会をつくるシチズンセクターであり、営利か非営利かではなく、シチズンセクターなのか否かという2つの世界に分かれると言います。
例えば、ユニリーバは、シチズンセクターの代表的な企業です。ポールポールマン氏が同社の会長であった2010年には、地球のサステナビリティに配慮した事業計画「サステナブルリビングプラン」を開始しています。今日では、パーパスステートメントを「サステナブルな暮らしを“あたりまえ”にする」と定め、事業の中核にサステナビリティを据え、事業活動を行っています。事業は営利目的で行っていますが、同時に、環境負荷に配慮し、調達先の人々も含めて全ての事業に関わる人々のウェルビーイングに配慮すること等、サステナビリティのための戦略とKPIを持ち、事業を発展させることにチャレンジしています。
システムチェンジ
ビルは、ソーシャルチェンジには、4つのアプローチがあると言います。
(1)ダイレクトサービス
困っている人がいたら直接助ける行為のことです。例えば、学習支援のボランティアをしたり、震災の復興支援を行なったりすることが、ダイレクトサービスです。ビルは、子どもたちが学ぶ場所のない地域に学校を創ることも、ダイレクトサービスと呼んでいます。
(2)大規模なダイレクトサービス
スケールを拡大したダイレクトサービスです。ダイレクトサービスに比べると、より多くの人々を支援することができますが、アショカは、ダイレクトサービスを行っている人々をフェローに選出することはなく、次に紹介するシステムチェンジ、フレームワークチェンジを起こす人々をフェローとして認定します。
(3)システムチェンジ
システムチェンジは、目の前の課題を解決するために直接的に支援をするのではなく、課題の根本原因を探り、本質的な問題解決を行う取り組みのことを言います。アショカフェローに選ばれる条件は、システムチェンジを起こしていることです。システムチェンジは、アショカの代名詞と言っても過言ではありません。
例えば、私も日本での立ち上げを支援したティーチフォーアメリカの創立者ウェンディ・コップは、アショカフェローです。米国では、教員採用は地域ごとに行われるため、貧困地域の学校によい教師が集まらないという課題があります。そこで、ウェンディは、アイビーリーグの大学を卒業した学生を2年間だけ貧困地域の学校に教師として派遣するというプログラムを開始しました。その結果、子どもたちの学力は向上し、同時に、プログラムに参加した学生たちは、社会課題と向き合う社会人に成長します。その結果、ティーチフォーアメリカ卒業生の多くは、政治家、学校の創立者等さまざまな立場で、社会変革にリーダーシップを発揮しています。また、ティーチフォアメリカのモデルは、現在、世界63カ国に広がっています。このように、システムチェンジの特徴は、再現モデルが構築されるので、コピーすることや、スケールすることが可能なため、大きな変化を生み出すことが可能になります。
(4)フレームワークチェンジ
フレームワークチェンジは、人々の意識と行動様式に変化を起こすことを意味します。大きな変化が、社会に定着するためには、フレームワークチェンジが欠かせません。例えば、今日では、企業がSDGsに取り組むことが当たり前と考えられるようになりましたが、10年前には、収益を犠牲にする社会課題への取り組みは企業活動として正当に評価されることはありませんでした。このような変化の背景に、国連やロールモデルとなる企業経営者等様々な人々の努力があります。
今年も、授業では、ビル・ドレイトンから学んだ「チェンジメーカーであること」、「シチズンセクターに身を置くこと」、「システムチェンジとフレームワークチェンジを目指すこと」の大切さを伝えます。ソーシャルとビジネスの垣根は年々低くなっていると感じます。授業に参加する学生の多くは、ビジネスセクターで活躍する社会人ですが、これらのアイディアを、事業活動に少しでも活かしてくれることを願って授業に取り組みたいと思います。