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思慮深さ(リフレクション)の役割

2024.06.24文部科学教育通信掲載

OECDのキー・コンピテンシーとの出会いがきっかけとなり、現在、リフレクションの啓発に尽力しています。リフレクションという言葉は、学校教育の世界でも、広く使われるようになりましたが、今でも「なぜ大切なのか」、「なぜ必要なのか」と尋ねられる事が多いです。そこで、改めて、OECDが何を私に教えてくれたのかを改めて紹介してみたいと思います。

学びの羅針盤

OECDが提案する「学びの羅針盤2030」は、OECD諸国の教育指針として、世界でも広く活用されています。「学びの羅針盤2030」では、子どもたちが幸せに生きる力として、学校教育で、子どもたちが、より良い未来の創造に向けた変革を起こすコンピテンシーを学ぶことができる学校教育を目指そうとOECD諸国に呼びかけています。

「学びの羅針盤2030」は、OECDが、1999年から2002年にかけて行った「能力の定義と選択」(DeSeCo)プロジェクトが作成したキー・コンピテンシーを更に発展させ、わかりやすく整理したものです。

コンピテンシーという概念は、企業では一般的ですが、学校教育の世界ではあまり耳慣れない言葉です。コンピテンシーとは、高いパーフォーマンスを発揮する人に共通の「行動特性」を指します。コンピテンシーの定義においては、優れた業績や成果を生み出す個人の行動だけに注目するのではなく、行動の基となる価値観や思考・性格に目を向けます。

 

キー・コンピテンシーの基本的特徴

キー・コンピテンシーは、変化・複雑・相互依存の3つの特徴を持つ21世紀に生きる子どもたちは、20世紀の大人とは異なる生きる力を必要とするという前提があります。皆さんもすでにご承知の通り、受験で成功する学力の習得だけでは十分ではなく、複雑な問題を解決する力や、テクノロジーを活かす力、多様な利害を乗り越える力、自らの人生の幸せを定義し生きるチカラ等々を習得する学校教育を目指すために、これらの力を、キー・コンピテンシーとして定義しています。

 

2つの重要な力

OECDは、キー・コンピテンシーを整理したうえで、この枠組みを超える2つの重要な力があると述べています。それが、「自ら工夫・創造する力」と「リフレクション」です。

①自ら工夫・創造する力】

– 今日的な課題に対処するために求められているのは、教えられた知識をただ繰り返すのではなく、複雑で精神的な課題に対処するために個人的能力を開発することである。

– キーコンピテンシーの中心にあるのは、自ら考える力と自らの学習や行為に責任をとる個人の能力である。

②リフレクション(内省力):キーコンピテンシーの核心

– キーコンピテンシーの根底にあるのは、自らを省みる思考と行動である。

– 状況に直面した時に慣習的なやり方や方法を規定どおりに適用する能力だけでなく、 変化に応じて、経験から学び、批判的なスタンスで考え動く能力である。

以下、『キー・コンピテンシー 国際標準の学力を目指して ドミニク・S・ライチェン ローラ・H・サルガニク 編著 明石書店』を参考に、なぜ、この2つの力が必要を解説してみたいと思います。

教えられた知識や技能を超えて

前提として、多くのOECD諸国では、柔軟性、起業家精神、個人的責任に重要な価値が置かれています。人は、社会への適応ばかりを期待されるのではなく、革新的で創造的、自己決定的で自発的であることも期待されています。また、今日的な課題への対処に必要なのは、教えたら知識をただ繰り返すことを超え、には、複雑な精神的課題を解決する能力であると述べています。このため、キー・コンピテンシーに必要なのは、認知的で実践的な技能、創造的な能力に加えて、態度や動機づけ、価値観等を総動員する力だといいます。キー・コンピテンシーの中心にあるのは、道徳的で知的な成長の現れとして、自己を考え、自らの学習や行動に責任を取る個人の能力であると述べています。

思慮深さ(リフレクション):キーコンピテンシーの核心

この枠組みが個人に期待するのは、思慮深い思考と行為です。思慮深く考えることは、やや複雑な精神的過程を必要とし、考えている主体が他者の視点に立場に立つことを要求します。

例えば、なにかの技術の習得において、思慮深さは、個人にその技術について考え、それを理解し、自分の経験の他の面にそれを関連付け、その技術を活かすプロセスに役立ちます。思慮深い個人なら、その技術の実践や活動を行う過程でも、考え、習熟度を高め続けます。

OECDは、こうして、思慮深さが含むものは、メタ認知的な技術(考える事を考える)、批判的なスタンスを取ることや創造的な能力の活用であると述べています。

思慮深さとは、個人がどのように考えるかということだけではなく、その思想、感情、社会的関係性を含めながら、その経験をどのように一般化するように構成すかということでもあります。個人に要求されるのは一定水準の精神的成熟に達すること、つまり自分を社会的な抑圧から、一定の距離をおくようにし、異なった視点を持ち、自主的は判断をし、自分の行為に責任をとるようになることでです。

 

二者択一の考え方を超えて:思慮深さの具体例

多様で複雑な世界が要求しているのは、私達が必ずしも単純な回答やに二者択一的な解決方を即決するのではなく、むしろ、いろいろな対立関係を調整できることです。このため、相違や矛盾を扱う能力が期待されます。

皆さんの中にも、例えば、自律性と連帯性、多様性と普遍性、そして、革新性と継続性というように、同じ現実の両面にある一見矛盾し相容れない目標を同時に実現することを期待される場面に直面した経験を持つ人がいるのではないかと思います。

矛盾した目標を同時に実現するためには、一見矛盾しているように見える物事の多面性を捉え、相互的なつながりを見出し、全体を包摂する方法で答えを見出すことが期待されます。

子どもたちへの期待

変化・複雑・相互依存の社会に生きる子どもたちに期待されていることは、思慮深さです。スピードが求められる今日では、仮説を持って行動し、結果を振り返り、結果から学び次のアクションに活かす学習機敏性が求められると言われています。この際にも、仮説を振り返るだけではなく、仮説の前提にある価値判断やものの見方、動機の源泉を振り返ることが期待されています。より早く、より思慮深くあることが期待される時代だと感じます。

 

サステナビリティ 大人の責任

矛盾する2つの目標の代表例として、企業におけるサステナビリティの取り組みが挙げられます。企業には、成長と利益を追求することが期待されていますが、今日では、社会的責任として環境負荷の低減も目標に加わりました。今日では、この責任を否定する人は少ないです。しかし、今日の姿になるには、30年以上の歳月がかかっています。我々大人は、成長と利益を追求する活動と成長にも利益にも寄与しない、コストと工数のかかる環境負荷の低減のための活動を共に大事にしようとは思いませんでした。二者択一の中で、経済合理性を選ぶ思考は、今、振り返れば思慮深い判断とは言えません。

現在、企業には、自社の排出するCO2を削減することにとどまらず、原材料の調達先のCO2排出量にも責任を持つことが期待されています。この取り組みは、自社のCO2削減とは異なり、多様な利害関係者の立場を考慮し、進めていく必要があり、より複雑な課題解決力が求められます。この活動においても思慮深さが必要になります。

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