ウェルビーイング
2024.07.08文部科学教育通信掲載
先日、ウェルビーイングをテーマに、研修を実施しました。そこで、今回は、ウェルビーイングをテーマに、お話できればと思います。
WHO(世界保健機関)の定義
WHO(世界保健機関)はウェルビーイングを以下のように定義しています。
「ウェルビーイングとは、単に病気や虚弱がない状態ではなく、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態である。」
この定義は、健康を広義に捉え、身体的な健康だけでなく、精神的および社会的な健康も含めています。すなわち、個人が自分の人生に満足し、生活の質が高いと感じる状態を指しています。
ウェルビーイングの要素には以下のようなものがあります:
- 身体的健康:病気や怪我がなく、体の機能が正常に働いている状態。
- 精神的健康:ストレスや不安が少なく、感情的に安定している状態。
- 社会的健康:人間関係が良好で、社会的な役割やコミュニティとのつながりが強い状態。
このように、WHOの定義は包括的であり、個人の全体的な幸福感と満足感を重視しています。
ウェルビーイングの起源
現代的な意味での「ウェルビーイング」という言葉が文献に登場し始めたのは、20世紀初頭から中盤にかけてとされています。この時期には、心理学や社会学、経済学などの分野で人々の生活の質や幸福感を測定・研究する動きが始まりました。
具体的な使用例
- 1920年代: 社会科学の分野で、生活の質や幸福感に関する研究が始まり、「ウェルビーイング」という言葉が使用されるようになりました。
- 1948年: WHOが設立され、その憲章において「健康」を「身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態」と定義し、ウェルビーイングの概念を含むものとしたことが大きな転機となりました。
- 1960年代〜1970年代: 社会指標運動(Social Indicators Movement)が起こり、ウェルビーイングの測定とその指標化が進みました。この時期に多くの研究が行われ、ウェルビーイングという言葉が学術的に広く使われるようになりました。
このように、「ウェルビーイング」という言葉は、20世紀初頭から中盤にかけて社会科学や健康科学の分野で広まり、特にWHOの定義によってその使用が一般的になったようです。
なぜウェルビーイングなのか
ウェルビーイングという言葉が最近よく使われるようになった背景には、いくつかの社会的、経済的、文化的な要因があります。以下にその主な背景を挙げます。
- 健康観の変化
従来の健康概念が病気の予防や治療に重点を置いていたのに対し、近年では心身の健康に加えて、社会的なつながりや精神的な満足度も重視されるようになっています。WHOの健康の定義に見られるように、健康は身体的な側面だけでなく、精神的および社会的な側面を含む広範な概念として捉えられるようになりました。
- 社会的・経済的な変化
経済発展に伴い、物質的な豊かさだけでは人々の満足感や幸福感が完全には得られないことが明らかになってきました。生活の質や仕事と生活のバランス、コミュニティとのつながりなど、非物質的な価値が重要視されるようになっています。
- 精神的な健康の重要性
ストレスやメンタルヘルスの問題が増加している現代社会において、精神的な健康が大きな課題となっています。これにより、ウェルビーイングという概念が強調されるようになり、個々人の心の健康や幸福感が重視されるようになっています。
- 労働環境の変化
働き方改革やリモートワークの普及などにより、職場でのウェルビーイングが注目されています。労働者の生産性や創造性を高めるためには、身体的な健康だけでなく、精神的な満足度や仕事とプライベートのバランスが重要であると認識されるようになりました。
- 持続可能な開発目標 (SDGs)
国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)の中には、ウェルビーイングが重要なテーマとして含まれています。例えば、目標3「すべての人に健康と福祉を」の中には、健康な生活を確保し、すべての年齢の人々のウェルビーイングを促進することが明記されています。
- 科学的研究の進展
ポジティブ心理学や幸福学といった分野の研究が進展し、ウェルビーイングの具体的な要素やその向上方法についての科学的知見が蓄積されてきました。これにより、ウェルビーイングの概念がより具体的かつ実践的なものとして広まっています。
これらの要因が相まって、ウェルビーイングという言葉が広く使われるようになり、その重要性が広く認識されるようになっています。
OECD 学びの羅針盤2030
学びの羅針盤2030のゴールにも、ウェルビーイングという言葉が使われています。学びの羅針盤2030は、前例のない時代を生きる子どもたちが、学校で学ぶ教育内容を示しており、教育が目指すゴールとしてのウェルビーイングを、個人と社会の両面で捉えている所が特徴的です。
学校での学びを通して、自分も幸せに生きることができ、同時に、みんなが幸せに生きることのできる社会を実現する人々を育てることが学校の使命と言えます。また、ウェルビーイングを考える際に、今の幸せだけに焦点を当てるのではなく、未来の幸せのために必要なことについても、守る姿勢を持つことを奨励しています。持続可能開発目標(SDGs)に代表される自然資本を守ることも、未来のための重要な取り組みです。
OECD ウェルビーイングの枠組み
【現在のウェルビーイングを決定付けるもの】
現在の幸せは、生活の質と物質的な生活条件により定義されます。
生活の質
ウェルビーイングにつながる生活の質の面では、以下の8つの要因を挙げています。
健康状態/ワークライフバランス/教育とスキル/社会とのつながり/市民の関与とガバナンス/環境品質/安全/主観的幸福
物理的な生活条件
ウェルビーイングにつながる物理的な生活条件として、以下の3つの要因を挙げています。
収入と富/仕事と報酬/住居
社会のウェルビーイングは、母集団の平均値と下位集団との差異により決定付けられると考えられます。
【未来のウェルビーイングのために継続的に維持するもの】
また、未来のウェルビーイングのために継続的に維持することが重要な資産として、以下の4つを挙げています。
自然資本/経済資本/人的資本/社会関係資本
教育にもウェルビーイングを
小学生に宿題を課さないフィンランドの教育大臣が、インタビューに答える動画を見たことがあります。その際に、「フィンランドでは、子どもたちは、放課後、幸せに生きる練習をしています」と教育大臣が、説明していたことがとても印象的でした。
フィンランドでは、1980年代に行われた教育改革において宿題が廃止され、子どもたちは放課後に自由な時間を持ち、レジャーや課外活動に参加します。自分の興味関心に合わせて活動するため、子どもたちは、自分の好きなことや楽しいことを見つけることができます。
フィンランドでは、学校が安全で平等な場所であることを大切にし、生徒たちの心の健康にも配慮しています。学校では無料の給食や医療サービスが提供され、心理カウンセリングやガイダンスセッションも行われています。小学校の頃から、ウェルビーイングな生き方を練習できる教育システムはとても魅力的に感じます。
国連の2024年度世界幸福度レポートでは、フィンランドが1位、日本は51位という結果でした。日本の子どもたちは、「将来のために、遊びたい気持ちを我慢して勉強することが大事」と教わり、放課後に我慢の練習をしています。日本でも、「放課後は幸せに生きる練習をする時間」と考えることができるようになると、幸福度ランキングも向上するのではないでしょうか。