アムステルダムスマートシティ
2024.04.22文部科学教育通信掲載
2024年3月に循環型経済の先進都市として知られるオランダを訪れました。これから、何度かに渡り視察で学んだことをご紹介します。
アムステルダム
最初の訪問先は、アムステルダム市のスマートシティに取り組むアムステルダムスマートシティ事務所です。
(1)アムステルダムは、約92万人の人々が暮らすオランダの首都です。EUからの移住や、移民の受け入れにより、今も人口が増え続けており、住宅不足問題を解決するために、新たな地域開発が盛んに行われている活気溢れる街です。一方、アムステルダム市は、世界的にも有名な観光地ですが、住民の暮らし易さに重きをおき、新しいホテルの建設を禁止するなど、長期的な視点で、アムステルダム市に暮らす人々の幸福を第一に考える都市づくりに取り組んでいます。
(2)スマートシティとは
ここで、スマートシティの定義を明確にしておきたいと思います。スマートシティは、都市の統治と管理の新しいモードです。デジタル技術が特定の領域の関係と流れを改善するのに主要な役割を果たすのがその特徴です。欧米では、2008年以降の経済危機の中で、自治体の公共サービスのパフォーマンスを改善するために始まった多くのイニシアティブが発展し、今日においては、データの管理と収集が向上するテクノロジーを、人々の生活の質の向上、企業の持続可能な発展、環境保護の促進に活用する重要な取り組みとして認識されています。
(3)アムステルダム・スマートシティの誕生
アムステルダム・スマートシティは、2009年は、電力の消費量を抑え、エネルギー効率を高めるために、何ができるかを実験検証する一つのプロジェクトから始まりました。このプロジェクトを提案し、推進した担当者は、その後、アムステルダム市のイノベーション部門の責任者となり、アムステルダム市のデジタルトランスフォメーション推進の重要な役割を担っています。スマートシティ事務所も、イノベーション部門と連携しながら、プロジェクトを推進しています。
アムステルダム・スマートシティの特徴は、民間企業、公共機関、研究機関、住民がパートナーシップを実現し、一組織では実現することができないプロジェクトに、多様なステイクホルダーが参画し、成果につなげることができるところです。スマートシティ事務所のメンバーは、プロジェクトのインキュベーターとしての機能を果たし、プロジェクトの立ち上がり、仮説検証のプロセスを支援します。プロジェクトは通常、3、4年の期間限定で資金が提供されるため、プロジェクトの当事者は、スマートシティプラットフォームで実証実験を進めながら、5年目の実装に向けての準備も行います。多くの場合、実証実験と社会実装では、その成功のために必要なメンバーや条件が異なるため、プロジェクト推進者は、社会実装に向けて、必要な法改正等も含めて、長期的な視野を持ち活動しなければなりません。スマートシティ事務所は、過去から蓄積されたナレッジを生かし、社会実装の準備という観点からも検討が進むように支援を行います。
アムステルダム・スマートシティは、2014年に、世界の都市開発のベストプラクティスを紹介したFMDVの報告書に掲載されたことにより、世界的な注目を浴び、さらにその活動が加速したようです。
スマートシティ事務所
(1)アムステルダム・エコノミック・ボード
スマートシティ事務所は、アムステルダム・エコノミック・ボードの傘下で活動している組織の一つです。アムステルダム・エコノミック・ボードは、ファムケ・ハルセマ市長を議長とし、25名の経済界や高等教育機関、自治体のリーダーから構成されており、アムステルダムの今と未来を創るための方向性やアクションを決める機関です。年に4回開催される会議では、オランダらしく、活発な議論を経て、スマートシティ事務所をはじめとする組織の取り組みの指針を決定します。
アムステルダム市は、現在、2040年に向けて、3つの変革に取り組んでいます。
サステナブルで健康な生活
責任あるデジタルトランスフォメーション
すべての人々に意義ある仕事
今回訪問したスマートシティ事務所も、この変革に貢献するために、様々なプログラムに取り組んでいます。
(2)事務所のメンバー
本事務所の紹介をしてくれたコーネリア・ディンカさんは、カナダ出身の方で、アムステルダム市や人々の
共創に向かうエネルギーに魅了され、この街に移住を決意し、スマートシティのメンバーとして、自らもミッションに掲げるサステナビリティの推進に取り組んでいます。彼女は、自転車で、アムステルダムの街を走りながら、アムステルダムのサステナビリティの取り組みについて学ぶツアーなどを企画運営する「サステナブルアムステルダム」という団体を自ら立ち上げ活動するアントレプレナーでもあります。柔軟な働き方が当たり前のオランダでは、1日の労働時間を延長し、週5日分の仕事を、4日勤務で行うことも許されており、多くのメンバーが彼女同様に、兼業しているそうです。事務所での役割も、多くの場合、多様なステイクホルダーとのコーディネーションを行うことが期待されており、兼業を通してネットワークを広げることは、プロジェクトを推進する上でもメリットになるといいます。
(3)プロジェクトの例
スマートシティの取り組むプロジェクトの一つには、日本でも知られている自動運転ボートの開発があります。2018年にスタートした本プロジェクトは、運河の多いアムステルダム市における環境に配慮した効率的な新しい交通・輸送手段として多くの期待が寄せられています。
ドーナッツシティ宣言
アムステルダムは、2016年に世界初のドーナッツシティ宣言を行い、サーキュラー経済の推進に、プラネタリバウンダーとソーシャルの2つの視点を加えた包括的なスマートシティを目指すことになります。
(1)ドーナッツシティの2つの目的
ドーナッツ経済学は、イギリスの経済学者ケイト・ラワースが提唱する新しい経済学で、ドーナッツの2つの我が示す通り、大きく2つのことを前提に経済を発展させる考え方です。ドーナッツの外枠は、プラネタリーバウンダリーを示し、地球の枠の中で経済を発展させることを意味します。これまでの経済学では、成長し続ける経済を前提としており、このまま成長を続けることは、持続可能ではないことを強く主張します。同時に、経済には、もう一つの役割があると言います。社会に暮らすすべての人々が、経済発展の恩恵を受けることができる、誰も取り残さない社会の実現です。
(2)社会変革の推進
ドーナッツシティを実現するためは、都市のセルフィ(自分で自分を撮影した写真に例えている)を用意し、課題を可視化した上で、都市に暮らす人々や、企業をはじめとする利害関係者とともに、これまでのあり方を見直し、ありたい姿に向かう必要があります。しかし、それは、簡単なことではありません。社会変革の過程では、必ず不満を持つ人がいます。視察中も、タクシー業界の人々は、車を街から排除する施策を強力に推進するハルセマ市長は、不人気だと聞きました。
今回の視察の目的は、オランダ社会の共創力に学ぶことです。社会変革を推進するために、多様な利害関係者が対立を乗り越えて協働する事例に学び、その背景にあるマインドやスキルを理解したいと思います。