教育と技術革新のレース
2024.01.15文部科学教育通信掲載
めまぐるしく変化する時代に生きる私達は、想定外の出来事に対処しながら、幸せに生きる使命を与えられています。先の見通せない未来を、不安と捉えるのではなく、可能性と捉える等、時代の求めるものの見方を持つことも大切です。同時に、我々大人は、この時代背景を前提に、未来を生きる子どもたちの教育を考えることが大事だと感じます。
VUCA時代
世界共通の本格的な教育改革のスタートは、2003年です。その背景をOECDは変化、複雑、相互依存の3つのキーワードで表しました。当時のPISAの報告書の序文には、「人生の準備」というタイトルで、変化、複雑、相互依存の時代に生きる子どもたちのための教育は、過去の延長線にはないことを語りました。
若い成人が未来の挑戦に対処すべく、果たして充分に準備されているだろうか。彼らは分析し、推論し、自分の考えを意思疎通できるであろうか。彼らは生涯を通しての学習を継続できる能力を身につけているだろうか。父母、生徒、広く国民、そして教育システムを運用する人々は、こうした疑問に対して解答を知っておく必要がある。
2000年PISA報告書より
当時の日本は、ゆとり教育の結果、PISAの成績が下がってしまったと過去の延長線で教育改革の議論をしており、この時点での日本社会のものの見方のズレは、その後の教育改革の遅れにも繋がる残念なものでした。
ゆとり教育の時代に始まった総合学習は、世界に先駆けて始まった「変化、複雑、相互依存の時代」の教育に向かう流れでした。一方、教育界では、必ずしもそのような共通認識はなく、多くの教育関係者は、先生の週休5日制のためにゆとり教育がスタートしたという認識でした。また、当時の先生たちは、PBLなどの総合学習の手法を持ち合わせておらず、学びの羅針盤2030が提唱するAARモデル(仮説→アクション→リフレクション)を実践しながら総合学習の授業を発展させていきました。そして、「これならうまくできそうだ」とちょうどコツが掴めた当たりで、ゆとり教育の改革と共に、総合学習の時間は大幅に削減されます。もし時間を巻き戻すことがでるとしたら、あの当時の総合学習の経験で培ったナレッジを今日の探求学習に発展させたかったです。
教育の技術革新のレース
OECDの提唱する教育改革の重要なテーマの一つは、速いスピードで進む技術革新への対処です。
教育改革を考える上で、人間と、AIやコンピューターの違いを理解することが大切である。人間は、抽象的仕事、複雑で文脈を理解する必要のある仕事、倫理的な判断を要する仕事、手作業において、AIやコンピューターより優れている。AIやコンピューターは、定型的な作業、定型的な判断において、人間より優れている。(OECD学びの羅針盤2030年より)
2014年に、オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン博士は、論文『雇用の未来ーコンピューター化によって仕事は失われるのか』で、20年後までに、人類の仕事の約半分が人工知能や機械に代替されるという予測を発表しました。その後、野村総研が、オズボーン博士のチームと共同研究を行い、日本人の仕事の49%が消滅するという見通しが公表されました。
AIの進化でなくなる仕事
- 事務職
- 銀行員
- 警備員
- 建設作業員
- 小売店の店員
- タクシードライバー
- ライター
- ホテルの受付けや客室係
AIが進化してもなくならない仕事
- 営業職
- データサイエンティスト
- 医者
- 介護職
- 教員・保育士
- カウンセラー
- コンサルタント
- クリエイター
https://mba.globis.ac.jp/careernote/1152.htmlを参考に作成
技術革新により、人間に求められる仕事にも、変化が見られます。同時に、技術革新そのものに参画することも、重要な職業になっていきます。この変化を受け入れるために、事例としてよく登場するのが、1900年と1913年のNYの写真です。1900年の移動手段は馬車が中心でしたが、1908年にT型フォードが発売されると、NYの町並みからは馬車が消え、車が移動の中心になりました。このため、馬車から車への移行ができなかった馬車事業者は、職業を失うことになりました。今日の言葉で言えば、リスキリングの成功が、キャリアの成功に繋がるという事例です。
OECDは、教育は技術革新とレースをしており、技術革新に教育が追いつかないと、その結果、不幸になる人が生まれると産業革命の時代を振り返っています。今日は、デジタル革命と、その先にある指数関数的に成長する技術の未来に、教育はどう向き合えばよいのかは、教育関係者にとって重要なテーマです
社会のズレと教育課題
IMD国際経営開発研究所は、2023年度版「IMD世界デジタル競争力ランキング」を、11月30日に発表しました。このランキングは、デジタル技術をビジネス、政府、社会における変革の重要な推進力として活用する能力と態勢を、国・地域ごとに測定、比較する目的で毎年行われています。1位に米国が返り咲き、2位オランダ、3位シンガポール。10位以内には、東アジアの3カ国・地域(香港、台湾、韓国)も含まれる中、日本は、32位という結果で、2017年の調査開始以来、過去最低の結果とです。総合ランキングの結果も残念ですが、最も大きな課題の一つが、人材の領域のサブカテゴリー「デジタル・技術的スキル」が、64位(最下位)になっていることです。
日本企業も、技術革新に適応できていないことが明らかですが、これは、同時に、社会と共進する教育の課題でもあります。