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教えない教育

2021.02.22文部科学教育通信掲載

2018年に、東日本大震災・福島第一原発事故から7年ぶりに再開した福島県双葉郡の小中学校には、毎年、一人のプロフェッショナル転校生がやってきます。1月24日に、今年で、3年目となる「教えない教育」を振り返るオンラインイベントが開催され、私も、モデレーターとして登壇させていただきました。「教えない教育」を通して、子どもたちは何を感じ、何を学んでいるのかを探求する中で、たくさんの気づきを得ることが出来ました。

PnS(ピンズ)は、プロフェッショナル・イン・スクールの略で、各界のプロ、特にアーティスト、建築家、音楽家、職人などクリエイティブな職種の人が、「プロフェッショナル転校生」として、教室を仕事場としながら子供達と学校生活を共にするプロジェクトです。

3人の登壇者との対話を振り返りながら、「教えない教育」の可能性を考えてみたいと思います。

大工棟梁の林敬庸さん

転校生第1号は、岡山県西粟倉村を拠点に90年以上にわたり神社・仏閣、住宅などの建築物を創り続ける大工の3代目 林敬庸さんです。プロフェッショナル転校生 林さんのミッションは、台風で倒れた地元の樹齢350年の黒松を使って、大きな机を創ることでした。当時の教育長が、「証し」と半紙に筆で書き、なぜ林さんが学校にやってきたのかを子どもたちに説明し、林さんの転校生生活がスタートしました。林さんの職場は、校長室の隣にある教室です。

子どもたちは、林さんの職場が大好きで、みんな何かお手伝いをしたいと集まってきます。最初に、みんなでルールを決めようということになり、プロの仕事場で何を心掛けるかを、書き出してみると、あっという間に10以上のルールが出来上がりました。林さんや先生が指示をしたわけでもなく、子どもたちが自らの意志でルールを考えました。子どもたちなりに、ここはプロの仕事場であるということを理解したのだと思います。リストの中には、「棟梁の言うことを聴け」というものもありました。

大工が美しい仕事をするために、掃除がとても大切であるという林さんの職人としての哲学は、子どもたちの心を動かします。子どもたちが、いつも、掃除に来てくれたと、棟梁は思い出を語ってくれました。普段とは全く異なる姿勢で、誰もが一生懸命、掃除に打ち込む様子には、先生も驚いたようです。

子どもたちは、棟梁が真剣に仕事に打ち込んでいる時には、教室に入らず、廊下に立ち、窓の外から仕事の様子を眺めていて、棟梁が休憩に入ると、部屋に入ってきたそうです。子どもたちは、真剣に仕事に向かう棟梁の姿から、何を学び取ったのでしょうか。

完成した大きな机の裏側には、棟梁が、タイムカプセルのように、手紙を入れるスペースを作り、みんなの手紙をその中に締まっておいたそうです。富岡町の学校再開の証しとして作られた大きくて美しい机は、今も、学校で子どもたちと共に暮らしています。

 油絵画家の加茂昂さん

二年目の転校生は、油絵画家の加茂昂さんです。加茂さんは、3.11後、「絵画」と「生き延びる」ことを同義に捉え、心象と事象を織り交ぜながら「私」と「社会」が相対的に立ち現れるような絵画作品を制作されていることから、プロフェッショナル転校生2期生に選ばれました。

「鴨ではなく、加茂です」と白板に名前を書き、自己紹介する加茂さんに、子どもたちは興味津々です。加茂さんは、林さんの大きな机を見て、「大きな絵」を書こうと決めたそうです。完成した絵を飾るのは、大きな壁があり、子どもたちが登校したら必ず通る場所にある階段の踊り場に決まりました。加茂さんは、「最初から、どこに飾られるのかが決まっていて、その場所で絵を描くことはめったになく、移動で破損することを心配せず、たっぷりと、絵の具をキャンパスに載せることができた」とお話されていました。実際に、私も完成した絵を見せていただきましたが、そのせいか、作品の中央で美しく咲いている桜の木がとても立体的に見えます。

加茂さんが学校にやってくると、棟梁の仕事場が、アトリエに変身です。加茂さんの最初の仕事は、デッサン。町中を歩きデッサンを何枚も何枚も書き、アトリエの壁に貼っていきます。サッカーをしている子どもたち、遊んでいる子どもたちの様子も、何枚も何枚も書きます。そして、絵の構想が決まり、キャンパスに書き始めてからも、何度も、書いた絵を白く塗り、書き直す様子を、子どもたちは、驚きと共に見ていたようです。「あんなにきれいに書いてあったのに、なぜ、書き直すのかな」、「それがプロの仕事なんだ」こんな風に、先生と子どもたちは話していたようです。

絵の好きな子どもたちが、アトリエで加茂さんと一緒に絵を描く授業もあります。プロのアトリエで、小学生が絵を描くことを想像しただけで、ワクワクします。「教えない教育」なので、加茂さんも絵の指導は行いません。でも、子どもたちの中には、加茂さんに絵の指導をした子がいたそうです。厳しいダメ出しをされたと、加茂さんも苦笑しながら話していました。

加茂さんが行った「色の三原色の授業」は、石を写生することを通して、グレーという色にも、色々なグレーがあるということを体験学習するというもの。色に対して興味が沸く「教えない教育」に相応しい素敵な授業です。

加茂さんの作品「富岡に灯る桜」には、校舎と桜と共に、校庭で活動している子どもたちが描かれています。生徒全員が絵の中に、誰とはわからないように描かれているのだそうです。子どもたちが、躍動感のある姿で描かれている背景には、子どもたちの様子を観察し、何枚も何枚も書き貯めたデッサンがあることを知り納得しました。絵の中央には、大きな桜が描かれています。富岡町には、2キロ以上の桜並木があり、春になると「桜まつり」が開かれます。7年ぶりに避難指示が解除され、小中学校が再開した年には、「桜まつり」も復活しました。加茂さんの絵には、復興への願いと、子どもたちが、今、ここに生きている証し、そして、未来への希望が描かれているように見えました。加茂さんが転校生の任期を終えた今も、加茂さんの絵は学校に存在し、子どもたちの成長を見守っています。

先生の尾形泰英さん

もう一人の登壇者は、林さんと加茂さんをプロフェッショナル転校生として受け入れた学校の尾形泰英先生です。「最初は、えっ? 何?」という感じだったという率直なコメントから始まった尾形先生のお話もとても興味深いものでした。「プロフェッショナル転校生は、先生とは違う、安心できる大人の存在だ」と尾形先生は話されました。先生は、子どもたちを評価する存在なので、先生と生徒の関係には、何かしらの緊張感が存在しますが、プロの転校生と生徒の関係には、この緊張感が全くない様子でした。加茂さんにダメ出しをする子どもがいたり、林さんに人生相談する子どももいたという話にもつながります。

また、尾形先生が、「僕もプロの教員。林さんはプロの大工。加茂さんはプロの画家。異なる世界のプロと一緒に過ごせたことは、自分にとっても貴重な経験となった」というお話がとても印象に残りました。

「教えない教育」とは、子どもたちも、転校生も、学校の先生も、みんなが学び、成長するものなのかもしれません。

 

 

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