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教育改革のゴール

2020.07.27文部科学教育通信掲載

OECDが提唱する教育改革のためのガイドは、多くの専門家や教育関係者との対話を通して作成している所が魅力です。成果物に、多面的な視点が含まれていて、かつ、統合されている背景には、関係者が、リフレクションと対話を積み重ねた歴史を感じます。

教育改革の芯

今日の教育改革の発端は、21世紀教育国際委員会報告書「学習:秘められた宝」です。報告書は、学習の4本の柱を定義しました。4本の柱とは、知ることを学ぶ(Learning to know)、成すことを学ぶ(Learning to do)、共に生きることを学ぶ(Learning to live together)、人間として生きることを学ぶ(Learning to be)です。この委員会の委員長が、欧州委員会委員長を務めたジャック・ドロール氏であったことから、この報告書は、ドロール報告書とも呼ばれています。ドロール報告書は、今日、グローバル企業の人材開発においても、指針としての役割を果たしています。

秘められた宝

秘められた宝の由来は、日本では、北風と太陽の作者としても有名なジャン・ド・ラ・フォンテーヌの寓話「農夫とその子どもたち」です。ある農夫には、3人の働かない子どもがいました。その農夫は亡くなる直前に、子どもたちに、畑には宝物が隠してあるから、収穫を終えたら深く掘り起こしてみるように伝えました。子どもたちは、父親の遺言に従い、畑を、隅々まで深く掘り起こしましたが、宝物を見つけることができませんでした。しかし、翌年には、今までにないほどの大豊作になったというお話です。この寓話では、主役は労働ですが、ドロール報告書では、勿論主役は、学習です。

30年後の成果物

21世紀教育国際委員会が発足した1991年から、約30年が経過した今、私たちは、OECDが発表した新しいガイド 学びの羅針盤2030を手に入れることができました。OECDが提唱する教育改革の進化を目の当たりにして、リフレクションと対話を続けることで、人間の思考がいかに進化発展していくのかを知ることができます。学びの羅針盤2030は、2003年に発表されたキーコンピテンシーに比べると、とても解りやすいです。

生徒エージェンシー

新しいガイド、学びの羅針盤では、新たに生徒エージェンシーという言葉が登場しました。エージェンシーは、聴きなれない言葉ですが、主体性を意味する言葉です。主体性は、おそらくすべての日本の学校のホームページに、必ず登場する定番の言葉なので、目新しくないと思われるかもしれません。しかし、西洋人の語る生徒エージェンシーは、日本のそれとはかなり異なることを認識する必要があります。

主体性のアップデート

デンマークのある学校では、高校生が委員会を創り、次期校長を選定します。生徒が自ら、校長先生に求める要件を定義し、候補者のプレゼンテーションを聴き、対話を通して候補者を理解した上で、最適な人材を選考します。勿論、先生も、学校の構成員として、この議論に加わります。これが、デンマークにおける生徒の自治を意味します。

日本で広める活動に従事しているオランダのシチズンシップ教育では、小学生が、学校中のけんかの仲介を行い、学校社会の紛争(けんか)を自ら話し合いで解決する共生社会を実現しています。先生が、けんかの仲介を行うのは、子どもたちだけで問題を解決することができない時のみで、それ以外の時は、子どもたちが自ら社会を創る様子を見守ります。

勿論、世界でも、学校は、校長先生が管理し、先生が教え、生徒が、受け身に学ぶという構図になりやすく、この枠組みが、これまでの主流です。しかし、生徒エージェンシーは、この枠組みを、根本的に変えていくことを求めています。

主体性をアップデートする理由

子どもたちは、なぜ、生徒エージェンシーにならなければならないのでしょうか。その背景には、大人による社会変革の行き詰まりがあると感じます。1972年にローマクラブが、成長の限界を発表し、自然資本には限りがあることを知った人類は、半世紀過ぎても、統一見解を持つことすらできず、解決策も十分なものではりません。そして、そのつけを誰が引き受けるのかと考えると、未来の成人である子どもたちですから、彼らが今から社会の課題解決に参画する意義を容易に見出すことができます。

AARモデル

学びの羅針盤では、Anticipation見通し Action行動 Reflectionリフレクション の3つの実践を組み合わせたAARモデルを生徒エージェンシーに必要な習慣と定義づけています。仮説を立て、見通しを持って行動し、その結果を振り返り、次の仮説と行動に活かす力があることが、生徒エージェンシーの条件であるとも言えます。主体的に行動し責任を取るという意味は、常に成功することではなく、行動したら、必ずリフレクションを行い、経験から学ぶことを意味します。

仮説を立って見通しを持って行動した時には、リフレクションのテーマがとても明確です。結果は、見通しの通りだったのか、異なっていたのか、その理由は何か、この経験から何が学べるか と考えることができます。しかし、もし、誰かにやれと言われたからやったという経験では、リフレクションのテーマを特定することができません。AARモデルは、生徒エージェンシーを前提としていると云えます。

時代が求める学習法

AARモデルは、実は、時代が求める学習法で、すでに、ビジネスの世界でも、広く実践が始まっています。前例のある時代には、既知情報を正確に処理し、成果につなげる仕事が主流でしたので、従来の学校教育は、ビジネスにおける生産性と直結していました。学校でよい成績を取れる生徒が、企業でも有能な社員になるという成功法則が存在しました。しかし、前例のない、答えのない時代になると、誰もが、正解を創造することが求めらるえるようになります。創造的な仕事では、自ら答えを見出すために、情報収集を行い、情報を統合し、仮説を構築することから始めなければなりません。そして、勇気をもって、仮説を試し、その結果に学び、仮説を進化させ続けなければなりません。

答えのない時代には、仮説の前提となるゴールも、自ら定義する必要があります。何を実現したいのか、その前提には、現状とありたい姿のギャップとしての課題認識が存在するはずです。AARモデルの実践において、生徒エージェンシーが前提となるのは、このためです。自ら、課題を発見し、定義することで初めて、AARモデルを活用するスタート地点にたつことができます。

AARモデルは、人間の創造性を豊かにするものですが、科学的な思考法でもあります。データに基づく裏付けのある仮説を持つことで、AARモデルの質は大きく変わります。この思考法が、学問の世界だけではなく、社会を動かす上で重要になっている背景には、我々が、複雑な難題を山のように抱える時代、テクノロジーを駆使すれば世界を大きく変えることができる可能性を秘めている時代に生きているからです。

まだ議論されていないこと

ビジネスの世界では、データを持つものが世界を制覇するという予測が、当たり前のように語られています。アマゾンは、すでに、受注前に商品を発送することができる所まで、人間の購買行動を予測することができると言われています。為政者ではなく、技術者の倫理観が世界の倫理を支配する時代に、利他の心を備えた思慮深い生徒エージェンシーを育む教育を目指すことが、教育の究極のゴールではないかと思います。

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